彼は、前と少しだけ、変わったところが在りました。

 こんな書き出しの日記は、始めてかも。

 でも、それだけ、不思議なんです。

前の隆信君は、結構やんちゃで、誰にでも分け隔てなく接していて、すぐに心を開いてくれるような人でした。

でも、戻ってきた時に感じたのは、心の壁でした。

 大人になった、隆信君。面倒見がいいのは、いつもどおりだけど、ちょっとだけ人と距離を取ってるような、そんな感じです。

 悲しいかな、って、思います。

 でも、彼女なら―――――――。

 

 昔の隆信君に戻してくれると、思いました。

 

                         鈴音の日記 54ページより抜粋

 

 

 

 

 

 次の日、隆信は沈痛な面持ちで、その光景を眺めていた。

 朝の巡廻。

そう説明され、普通の登校より一時間ほど早く登校した隆信は、アカネに連れられて屋上に通された。

その屋上――――高等棟で、いつも封鎖されている屋上に通されると、アカネはさっそく、持ってきた箱を開け、何かを組み立て始めた。

 その形状を見て、隆信は大きく溜め息を吐き、呟いた。

「対人狙撃銃―――M24SWS≠ゥ。1mを超す銃とバイポッドまであると、さすがに壮観だな」

 隆信の呟きに、アカネは驚いたように、頷いた。

「良くご存知でありますね。そのとおりであります。スコープはレオポルド製であり、バイポッドもハリス製、装弾数は五発、重量は約五、五`であります」

 銃の説明をしながら、組み立てる。そのM24SWS≠持ちながら、給水塔の上に登り、構えた。その後姿を見て、隆信はようやく、頭が動き出した。

スカートの下にスパッツを履いているので、見えはしないのだが、アカネの後ろで給水塔の中心に座り、狙撃姿勢を取る彼女を見ていた。

とりあえず、聞く。

「それで、お前はなにをしているんだ?」

「危険排除のための措置であります。ドラグノフも用意してありますし、この銃よりも新しい、M24 A2≠燉p意してあります。………隊長殿も、やりますか?」

 眼を輝かせる彼女へ、隆信は肩を落としながら、首を振った。

「………よし、まずは確認しようか」

 そう言いながら、隆信は一部、疑問に思う。

「………まさか、実弾じゃないよな?」

 隆信の心配事を払拭するように、アカネは首を振った。

「APLP(対象物限定貫通弾)の改造版であります。通常のAPLPでは、肉体やダラスなど、熱伝導率の低いものに被弾すると粉々になり、対象物に降り注ぐ―――つまるところ、ダムダム弾でありますが、これは全くの逆であり、肉体などに触れても割れません。飛距離から計算しても致死になりにくく、それ以外のものには炸裂―――――――」

「って、やめいッ!」

 そこで、隆信は始めて、叫んだ。いつもは静かに切り返す彼に驚きの視線を向ける彼女へ、隆信は半眼で告げた。

「危ないからッ! っていうかなッ! 俺朝の記憶が無いんですけどッ!?」

「それはそうであります。寝ている所をつれてきたのでありますから」

「さも当然のように言うなあああアアアアアアアアッ!?」

 そう叫び返す隆信を見て、アカネが眉を潜めた。

「………隊長殿、何かありましたか? 昨日と比べて、随分とご立腹のようですが?」

 

「………諸悪の根源が周吉だって分かったからな。今までは仏よりも広い心で許してやったが、今後はそうもいってられねぇ」

 あの、周吉である。

 ちょっとでも面白いと思えば、あらゆる手段を使って実行する。労働する人を馬鹿にしているような才能や、神様よりも強い運など、はっきり言って処理に終えない。

 つまり、関わってはいけない人物なのだ。

 個人的に、アカネの事は気に入っている(妹や子どものような感覚)ので、関わらせないようにしなければ、ならないのだ。

 だから、隆信は、ちょっとずつアカネの性格を直していこうと、思っていた。

 だから――――――。

 

 パンっ。

 

 真横で、軽い発砲音が聞こえ、首に何かの衝撃を感じた時、隆信は頬を引きつらせた。そのまま身体が硬直し、動かなくなった隆信の横で、アカネが腰のホルダーに、グロック37をしまっていた。

「しばらく、静かにしていてくださいであります。今から、任務であります」

 頭が痛くなってきた隆信は、「あの近距離から撃たれた憲次が生きているのだから、この遠距離なら生きているだろう」と勝手に納得し、そのまま寝転がった。下手に知識があるだけ、恐怖も倍増するが、気にしないことにする。気にしたら負けだ。

 パンッ。

 気にしない。

 パ、パンッ!

「あ、間違えたであります」

「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁッ!」

 なんか、幼馴染の悲鳴が聞こえた気がするが、気にしない。

 

 

 

「実を言うと、この学園は校門が二つあるので、隊長殿に片方を担当していただこうと思っていたのですが」

「それは断る」

 不穏な言葉を聞きながら、銃の入っている箱を背に階段を降りるアカネの背中で、隆信は呻いた。

隆信は、朝早く起こされた苛立ちからか、怒りの眼差しでアカネに提案した。

「お前、これがどうにかなったら、覚えてろよ?」

「これも、隊長殿の安全の為であります」

 二言目に出た言葉に、隆信は眉を潜めた

「は?」

 隆信の言葉に、アカネが珍しく真剣な表情で、告げた。

「『生徒会』の相手は武器を携帯しているらしいであります。自分の戦闘能力は、一兵士としては高いほうだと思いますが、隊長殿を護りきれるとは―――――」

「………ここは戦国時代か」

 小さく呻きながら、隆信は溜め息を吐く。周吉らしい、といえば彼の今までしてきた事から見れば、可愛いほうではある―――――のだろうか?。

 とりあえず、見つけて殺そうと決心しながら、隆信とアカネは教室へと戻っていく―――――その、途中だった。

 それが現れたのは。

「危ないであります!」

 アカネの叫び―――それと共に、彼女の手の平が目前に迫り、隆信の顔を掴むと前に投げるように、押し倒した。

 ヒュン、という風を切る音。

そして、輝く軌道が隆信の頭の上を通り過ぎた。

 それを確認するや否や、アカネの方向からガチャ、という音がした。それが、銃弾の装填音だと知るのに、そう時間もかからない。

なぜなら、発砲音が次いで聞こえたからだ。

「甘い!」

 その叫び声と共に聞こえたのは、鉄と鉄が高速で擦れ合う音。

しかし、アカネの音は幾つも響く。

 擦れ合う音と共に、いくつもの光、そして銃音―――それがやむのに、十秒かかった。

 静寂。

ジャコ、という音と共にアカネの持っていたグロック37からマガジンが排出された。それをその辺りに投げ捨て、違うマガジンを装填する。

アカネは布ベストの中から、M4カービンを取り出すと、左手でそれを構えた。

 隆信が、ようやく背中の痛みに目が潤んできた頃、声が聞こえてきた。

「やれやれ、君の武器はマジックのように出てくるね」

 そう言って、砂埃の中から出て来たのは、一人の男。

少し長めの髪に、スラリとした顔立ちの男が、ゆらりと立っていた。足元に落ちている、切断されたゴム弾―――斬りおとしたらしいそれを拾い上げ、彼は呟く。

「まったく、危ないじゃないか。こんなものが当たったら、僕の美形が台無しだよ」

 ゆらゆら揺れる男は、その長い髪の毛を巻き上げると、ふうと溜め息を吐いた。その視線を一身で受けていたアカネへ、隆信は小さな声で聞いた。

「………どちら様かな?」

「『生徒会』副会長、只野 仁志であります。剣術の師範代らしく、剣技にかけてはこの学園一かと」

 そんな補足説明をされても困る、といいたかったが、とりあえずそこは無視しておく。立ち上がった隆信へ、彼―――仁志が口を開く。

「君が、部長の隆信君だね?」

 そう聞かれ、隆信は頷きながら、言葉を返す。

「そうだが、お前は何のつもりだ? 人をいきなり殺そうとするし、銃刀法違反だし………喧嘩売ってんのか?」

 しかし、彼は気にした様子もなく、軽い口調で返した。

「おや? アカネ君だってそうじゃないか。いまさら、って感じもしないかい?」

「………むう」

 隆信は呻くが、確かに今更な気がした。なにより、この学園の理事長が許していそうな気がしたので、必然的に法的処置が取られていると思う。かなり、不服だが。

 隆信は、不機嫌な表情のまま、告げた。

「で? 何ゆえ俺を狙う?」

「ふむ。実を言うと、君は恋の障害なんだよ。障害は排除しないといけないだろ?」

 そういって、剣――日本刀を構える。突然の行動に、隆信は手で制しながら、叫んだ。

「ちょ、なんで俺が障害なんだよ!? アカネが良いなら、俺関係ないだろ!?

 隆信の叫びに、彼は小さく首を振った。溜め息を吐いているような、あきれ返ったような表情だ。違う、というのを察し、言葉を変えた。

「なら、鈴音か?」

 隆信の言葉に、意外な人間の声が返ってきた。

アカネが、無表情ながらもどこか疲れきった表情で、告げる。

「………隊長殿。彼は………その………」

「僕の思い人は、遠藤 周吉その人さ!」

 沈黙――――――――――。

 二つの声が重なり、それ以降の声が発せられる事も無く、隆信は小さく頬を掻きながら事を見守っていた。

 その端整な顔立ちとは違い、彼は両刀使い――――いわゆる、同性愛者だった。別に、その愛を否定も肯定もしないが、それに巻き込まれると、何となく否定したくなってしまった。

「………勝手にしてくれ」

 そう本音を言ったのだが、彼には届かないようだ。彼は小さく首を振ると、小さく呟く。

「ダメなんだよ。君がいなくならないと。彼の興味は、いつも君だ。………ああ、羨ましい」

「代われると言うなら土下座でも全財産でも投げ打ってこちらからお願いしたいが――――――」

 半眼で、隆信は想像した。彼が、授業中やら何やらで、自分に対する嫌がらせを考えているのだと考えるだけで、死にたくなる。

 とはいえ、周吉には同性愛を向けられているわけではない。その周吉へ同性愛を向けている相手に殺されるなど、もっての他だった。

 仁志は刀を納めると、ピシッと指差しながら告げた。

「というわけで、君は僕の敵だから。それじゃぁ」

 ピシッと手を掲げると、彼は歩いていった。その後姿―――それを眺め、隆信はアカネに顔を向けると、聞いた。

「グレネードランチャー、あるか?」

「………申し訳ありませんが、今日は携帯しておりません」

「………空が青いなぁ」

 スッと視線を窓にそらし、何となく諦めた面持ちで、呟いた。

 

 

「でなぁ、左利きっていうのは、どう考えても銃撃戦で不利なんだよ。ショートリコイルの排莢口が右側に付いているからな。大抵の軍隊は、左利きは右に矯正するんだろ?」

「そうでありますが、左利き用のものも発売されておりますし、それほど問題でもないであります。矯正とはいえ、右で引き金を引くだけですから」

 そのような感じで、アカネと近代銃講座をしながら、隆信は机の上に突っ伏し、その光景を眺めていた。

 今は三時間目―――担任の授業なのだが、ジムに行ったらしく自習――――その教室の中心(隆信の席の前)で銃の手入れをしているアカネへ、隆信は先ほどから銃の話をしていた。

 クラスの生徒は、思い思いの事をしている。

隣にいた鈴音は、クラスメイトと共に図書室に行っていた。いくときに誘われたが、何となく面倒で断っている。

憲次は(隆信の席と化していたので、一時間目に空教室から持ってきて、一番前のそのまた前においてある)アカネが恐ろしいのか、近くの男子生徒と話をしていた。

 隆信は、続けた。

「朝使っていたのだって、必殺弾だろ? その改造技術、どこから手に入れたんだ?」

 手入れを終え、銃を腰のホルダーに戻したアカネは、平然とした顔で告げた。

「母方からであります。自分の家族は、殺生せずに相手を無力化する、というのがモットーでありますので、殺害数は軒並み低いであります。自分も、未だに人を殺した事はありません」

アカネの言葉に、隆信はほんの少しだけ、安心した。生きるためとはいえ、アカネは人を殺した事があるのでは―――という考えがあったが、それを否定してもらい、気持ち楽に接する事が出来そうだからだ。

アカネは、銃のホルダーをスカートの奥に押し込むと、改めて隆信に向き直る。あまり感情の籠もっていない、それでも最近、少しはやわらかくなったような顔で、言う。

「今から、理事長閣下に報告へ行きますが、隊長殿はどうなさいますか?」

「………アカネ、グロック37、貸してくれ」

 怪訝そうにキョトン、と小首を傾げるアカネだったが、それでも腰からその銃を引き抜き、隆信に渡した。それを持って、隆信はアカネと共に理事長室に向かう。

 

 コンコン、という軽快な音に続き、声が聞こえた。

「はい、どうぞ」

 間違いなく、周吉の声。

隆信は、小さく眼を瞑る。

昨日、この部屋の構造、備品の配置などは、把握していた。扉を開け、真っ直ぐ先――――そこに、理事長の机があり、その机よりも三十センチ上ぐらいには、周吉がいるはずだ。

扉を蹴りあけると、銃の照準を彼の頭部―――あるべきところに、向けた。

引き金を引く―――よりも早く、隆信は眉を潜めた。周吉の姿がそこに無いのを確認すると、銃を降ろす。部屋を見渡しても、彼の姿はなかった。

しかし、声は続く。

「はっはっは。随分とご立腹じゃないか、隆信君」

「だああああああああああああああああッ!? き・さ・ま・はあああああああああッ!?」

 理事長の机に近付き――――――音源を発見する。彼の携帯電話のディスプレイには、通話中の表示と、彼の顔が映っている。

TV電話だ、と察した時、声は響いた。

「『任務』ご苦労様♪ 苦情が一件来ているけど、君達のおかげで、今日は何の犯罪も起きなかったようだ」

 苦情。

間違いなく、憲次だと思う。その誤射をしたアカネは、平然とした顔のまま事の経緯を見ている。その彼女を一瞥した後、隆信は周吉に向け、口を開いた。

「それで、どうしてアカネに『任務』とやらを頼んだんだ?」

 隆信の疑問に、目の前の小さな周吉は、軽快な笑顔を浮かべながら、告げた。

「実はねぇ、この学園、敷地のわりには警備員も少ないから、誘拐事件が多くてね。一日一件ぐらい、かな?」

「警察呼べ! つうか、増やせ! 警備員!」

 笑顔で言える言葉ではないのだが、周吉の顔はずっと笑顔だった。しかし、すぐに表情を戒めると、真剣な表情、口調で口を開く。

「実を言うと、他にも理由があるのだよ」

「なんだよ?」

 銃の安全装置を外しながら(忘れていたのだ)、隆信は聞いた。周吉は、しばらく笑った後、相好を崩して、恐らくこれ以上ないって程の笑顔を浮かべながら、告げた。

「面白いかなって♪」

 ターンッ、という軽快な音が、理事長室に響いた。

 グロック37をアカネに返しながら、隆信は痛む頭を抑えた。銃弾を打ち込まれた携帯電話は、中身をその辺りにぶち撒きながら、時折光を発している。机には、焦げの付いた穴が開いているだけだった。

「あ・の・や・ろ・う・はあああああああああああああああああッ!? アカネッ!? 探し出せッ!」

「イ、イエッサー!」

 隆信の不穏な気配と叫びに、アカネは直立不動でビシッと敬礼すると、そのまま走り出していった。

 

 

 それと遭遇したのは、教室への帰り道だった。

「あら、貴方が『特別活動部』部長、隆信さんでしょうか?」

 それに、どういう返答をすれば良いというのか、隆信にはわからなかった。とりあえず、目の前に立っている女性は、間違いなくこの学園の生徒である事は間違いない。

 長い麻色の髪―――きりっとしながらもどこか母性を感じる眼差しに、おそらく隆信の胸元も無いであろう身長。

見下ろす顔を見上げながら、隆信は溜め息をはいた。

「何ですか? 人の顔を見て溜め息を吐くなんて」

「………どうも、ここ最近巻き込まれる形が多くてな。悪い、疲れてんだ」

 疑問の詰まった顔で小首を傾げる彼女を見上げている、隆信。

 何故、自分よりも身長の低い彼女を見上げなければいけないのか―――それは、二人の取り巻き(恐らく、SP)に押さえつけられているからだ。

屈強な黒人風の男に組み倒された時には、死ぬと思ったほどだ。

 アカネとは、その前に分かれていた。まぁ、理由はあのクソッタレ理事長の所為なんだが。

 潰れそうな重圧に、肺が潰されそうになりながらも、隆信は口を開いた。

「それで、俺が一応部長の隆信だが、お前は?」

 隆信の問いに、彼女は満面の笑顔で答えた。

「はい。生徒会会長を勤めさせていただいております、二ノ宮 遙です。以後、お見知りおきを」

 そういって、手を差し伸べる彼女。黒人風の男が完全に押さえているのを、身で合図すると、彼女はハッとした様に頷き、告げた。

「二人とも、おやめになってください。彼は、安全ですよ」

 遙の言葉に、二人は眼を見合わせながらも、頷いて隆信を解放した。

痛む体を抑え、擦りながら隆信は立ち上がる。今度は、彼女を見下ろす形だが、彼女は気にした様子もなく手を差し出してきた。

 一応握手し、隆信は頬を掻く。聞き辛かったが、それでも口を開いた。

「ええっと………『生徒会』会長さんですか? ああ、なんでも、理事長と対立しているとかどうとか」

「………お恥ずかしいことながら、生徒会副会長が好意を抱いているようで、眼を惹く為にちょっかいを出しているようで………」

 成る程、と隆信は納得する。

周吉は黙っていれば(黙っていろと叫びたいが)格好良いのだから、確かに人気は出ていそうだ(副会長は男だが)。

真面目そうな『生徒会』が、おふざけ半分でやっている理事長に反発するというのも、考えられないことではない。

 しかし、どう考えても下級生がやりそうな事だった。思わず、口から漏れていた。

「………小学生かよ」

「お恥ずかしい限りです………」

 気恥ずかしそうに俯く彼女を眺め、隆信は自問する。

(………待て。じゃぁ、目の前の女の子は何の為に?)

 隆信の疑問が浮かんだのを先読みしたのか、彼女は笑顔で答えた。

「ですから、私としても、変ないざこざを起こしたくないのです。なので――――――」

 彼女は、ドキッとするような、満面の笑顔で、答えた。

「私を『特別活動部』に入れてくれませんか?」

 きっちり二十秒―――――考えた後、呟いた。

 

「はい?」

 

 隆信の疑問の言葉に、彼女は笑顔で答えた。

「生徒会会長が『特別活動部』に入れば、生徒会が手を出す事はありません。部活動ですので、体裁も問題ありませんしね」

「そういう問題でも無い気が………まぁ、でも………」

 彼女を部活動に入れる――――それだけで、今日のようないざこざが無くなれば、万々歳だろう。しかし、どこでどのような活動をするか分からないのだから、人を巻き込むのはいかがだろうか。

 それに、言い様の無い不穏な気配が、彼女からぷんぷんする。半眼で呻いていた隆信へ、その声が響いた。

 

「ダメであります」

 

 声は唐突、しかも背後から聞こえてきた。驚いて振り返るとそこには、先に帰っていたはずのアカネが、珍しく難しい顔で立っていた。

 彼女は、難しい顔のまま隆信と遙の間に割り込むと、鋭い口調で告げる。

「生憎と『生徒会』役員はこの部活に入れないとしています。そして悪いのですが、隊長殿に近付かないでくれますか?」

 珍しい、敵愾心。隆信は、そのアカネの反応に驚きながらも、口を挟む。

「おいおい、別に入れたって構わないだろ? 大体、紛争するのもどうかと――――」

 キッと睨まれ、隆信は口籠もる。アカネは厳しい表情と口調で告げた。

「彼らは、我々の間に割り込み、結束をギタギタにしてから解散させるつもりであります」

「そんな事」

 無い、と隆信が言うより早く、遙がのほほんとした口調で、呟いた。

「あら? ばれてましたか?」

「マジか!?

 遙の言葉に驚き、隆信は距離を取る。予想が的中したアカネは、腰から銃を引き抜くと、厳しい表情で告げた。

「隊長殿をかどわした罪――――重いです」

「いや、使い方間違っているぞ? それにかどわされてない」

 アカネの言葉に、なんの突っ込みもせず遙は笑顔で告げた。

「ここで戦うのでしたら、容赦はしません。しかし、お互い授業中の身――――ここは、引きませんか?」

「うわっ!? 忘れてた!?

 すでに授業が始まっている。隆信は、慌ててアカネを捕まえると、遙への挨拶もそこそこに走り出す。アカネも、特に抵抗せずに隆信と共に走り出していた。

 その後姿を眺め、姿が消えた頃、遙は呟いた。

「ふふ。面白い方」

 それが何を意味しているのかは、側近のSPにしかわからなかった。

 

 放課後。


夕闇が空を包み、放課後の部活動が終わって学園中の子供が帰る頃、朝と同じ場所、同じ面子、その状況で、とうとう隆信の堪忍袋の尾が切れた。

「うわあぁぁぁあああああああああああアッ!」

 最後のほうは、もはや絶叫――――隆信は、叫びに叫んだ。その絶叫―――鳴り響いたのは、放課後の屋上だった。無表情のまま眼を瞑り、絶叫が終わるのをまっていたアカネは、それでもいつもの無表情のまま、告げた。

「隊長殿。精神的なストレスが溜まっていると思われます」

「全部己の所為じゃああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 またもや鳴り響く、叫び――――それを先ほどと同じように聞いていたアカネは、少しだけ表情を強張らせ、口を開いた。

「自分が? 例えば、どのような………?」

「………はああああぁぁァァァアアアアアアアアアッ!」

 溜め息から、絶叫へ―――――血涙を流しかねない勢いで、隆信はその場に座り込んだ。もはや、諦めかけた面持ちで改めて大きく溜め息を吐き、肩をすくめ上げた。

「もういい。勝手にやってくれ。俺はもう疲れっちまった」

 立ち上がり、屋上の扉から出て行こうとする隆信へ、アカネが声をかけた。

「………隊長殿? どちらへ?」

「帰って寝る。晩飯は作っておくから―――――」

 その時だった。悲鳴があがったのは。

 その声に驚いた隆信は、振り返り―――すでにアカネが銃を構え、引き金を引いていた。その後、聞こえてきたのはタイヤのすれる音―――そして、急発進の音だった。

 銃をそこに投げ捨て、アカネは隆信に向き直った。

「隊長殿! 誘拐事件が発生しました! 追跡します!」

「は、はぁ!?

 隆信がそういった時、アカネはなにやら通信機で話終わった瞬間、銃を組み立て始めた。M24SWS≠組み立て終わると、それが、現れた。

 爆音のような駆動音、そして、照らされたライトをみて、絶句した。

 UH‐1=\――アメリカ空軍が使っている、軍用万能ヘリ。隆信が驚いている中、アカネは隆信の背中を無理やり押し、乗せようとする。

「ちょ、俺、帰るって!」

 屋上のヘリから飛び降りるような距離―――足を踏ん張る隆信へ、アカネは叫んだ。

「乗ってくださいっ!」

 無理やり押し込められ、ヘリはそのまま、宙に浮かんだ。

「発信機を追ってください」

 手に持っていた機器を渡され、操縦手は頷く。そのまま急に浮上するヘリ―――乗り込み口のところが全開になっており、今にも落ちそうな隆信の前で、アカネは近くに安全ロープを締め付け、銃を構えた。

 すでに、暗闇に包まれた町並み。

文明の光が点々とする中、アカネが銃を構えている。それを見て、隆信は、正直、死にたくなった。

 

 三分も経っただろうか、操縦手から声が上がった。

「下ノ、黒イ乗用車ダ! シッカリ狙エ、アカネ」

 片言の日本語。

どうやら顔見知りらしい、その黒人の言葉に、アカネは銃を構え―――――小さく舌打ちした。

「ダメだ! ここからでは、タイヤが狙えない!」

「了解シタ!」

 ヘリが、ぐわんと動く。その先―――視線の向こう側にあったのは、陸橋――――そこに平行して、ヘリが飛ぶ。

 銃を構えるアカネ―――隆信は陸橋の上を見て、叫んだ。

「馬鹿っ!? 今撃ったら、他の車と事故起こすだろうが!」

「ッ!?

 バッと銃を上にあげるアカネ―――「どうすれば」というアカネの視線を受け――――――隆信は、しばらく考えた後―――頷いた。

「ヘリで前に回り込めば良いだろ。警告して、止まんなかったら――――撃て」

「了解しました!」

 アカネが、操縦手に指示を出す。操縦手はすぐに頷くと、操縦桿を引いた。

 舞い上がるヘリ―――その先を走る黒い乗用車は、どうやら追跡に気がついたらしく、加速した。

 乗用車が山道に差し掛かった頃――――ヘリが車の上を通りすぎた瞬間――――悲劇は、起こるべくして、起きた。

 最初は、ヘリが車の前に出て行こうとしたときだ。操縦のせいで、機体が横になった時――――隆信が、落ちたのだ。原因は、シートベルトの締め忘れだった。

(ああ、シートベルトって、大切なんだなぁ)

 悲鳴も疑問の声もあげるより早く、隆信は、乗用車の天井に叩きつけられた。

激痛を感じるその前に、反射的に手が車の前に伸びた。

 車の上に張り付く格好。

アカネが何か言っているようだが、風と恐怖で聞こえない。その時には、車が急停車――――――体が浮いた。

 手を離さず、反転――――クルッと半分回ったところで手を離し――――踵に、ガラスの感触があった。割れる音――――そして、当たった反動でまた逆に半回転し、天井に頭をぶつけた。ガコ、という音と共に天井がへこむ。

 バタバタと頭を抱え、もんどりうつ隆信は、道路に転がっていった。

車が止まっている事に、気がついた。

「ううっ………」

 車から這い出てくる数人の男――――爆音が辺りに響き、それと同時に大音量のアカネの叫び声が、聞こえた。

『隊長殿ッ!』

 ヘリから飛び降りる影(逆光なので見えなかった)が車に駆け寄る。男たちが、その影に掴みがかろうとした瞬間、ドスン、という重い音が鳴り響き、男たちが吹飛んだ。その男たちへ、アカネは男達を捕縛する。

 痛む頭を抑えながら、隆信は車から降りた。後部座席に座っている誘拐された子へ、手を伸ばした。

「大丈夫?」

「ええ♪ もちろん」

 

 世界が、止まった。

 

 そこにいたのは、生徒会長―――――遙だった。眼を見開くほど驚いている隆信へ、彼女はさっきあったときと同じような表情で、のほほんと告げた。

「SPの交代のときを狙われまして。助けていただき、有難うございます」

 そういうと、彼女は隆信の手を取る。顔を近づけてくるとき――――アカネの声が聞こえた。

「隊長! ど、の………?」

 手を取り合う二人を見て、アカネが呆けた顔を向けていた。隆信は、しばらく茫然としていたが―――驚いて、彼女の手を離す。

その遙へ、アカネが叫んだ。

「なぜ貴女が出て来るでありますか!?

 怒り心頭の眼差しで睨むアカネへ、遙はのほほんと答えた。

「誘拐されまして。でも、大した手際ですね」

 どちらが? といいたかったが、アカネの厳しい視線を受け、いえなくなった。

 その後、彼女は電話をして、迎えに来た自動車に乗って帰ってしまった。やはり金持ちらしく、迎えに来たのは英国製のリムジンだった。

ヘリで学園の屋上に戻ってきたアカネと隆信は、片付けをしていた。敵側である彼女を助けてからか、アカネはずっと不機嫌だった(気がする)。

が、それでも隆信は小さな声で、告げる。

「彼女も、学園の生徒だろ? なら、問題ないだろ?」

「そうでありますが………」

 何となく納得の行かない彼女―――片づけが終わり、帰りの準備が終わった後、告げた。

「でも、ま、この仕事が必要だって、ようやくわかったさ。帰るぞ、アカネ」

 隆信は、アカネの頭をポンと叩く。呆けたようにずっと見ていたアカネは、自分の頭を撫でると、今あったことを思い出し、小首を傾げた。

(どうして………?)

「? アカネ、帰るぞ?」

「あ、わかったであります」

 そう答え、アカネは銃火器の詰まった箱を肩に引っさげ、隆信の後を追いかけた。その途中で、先ほどの思考を巻き返す。

(隊長殿の手は、あれほど暖かいのでありますか?)

 奇妙な感覚を覚えながら、アカネは歩き出していた。

 

 

 

 

 隆信の日記 三ページ目

 はっはっは。俺の予想は大的中だ! あの馬鹿遠藤が裏で手を引いていやがった♪ 死ねば良いのに♪ 

 幼馴染の鈴音は、いろいろと良くしてくれている。そういえば、憲次の奴とも再会したが、運が悪い事に例の軍人に眼をつけられていた。ご愁傷様。

 そのアカネだが、料理に感動して泣いて以来、俺が世話をしている。餌付けする、という感覚だろうか。

 その彼女も、正義の味方だった。驚いた事に、本当に誘拐事件がおき、ソレを解決したのだ(実際は、俺が解決したようなものだが)

 その誘拐された人物――――遙。はっきり言って、苦手な人種である。それどころか、遠藤と同じ匂いがする。危険だ。

 とりあえず………明日も早いし、寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 







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