隆信の日記 二ページ目。

 今日、引越しをした。引越し先には、幼馴染の鈴音がいて、運命の再会をした(笑)

 同居人のアカネという軍人が、いた。階級は軍曹らしいが、詳細は不明。

 しかし、どう考えても………あいつの影が見える。あの、天才という外道のにおいが、そこかしこに。

 転校―――――いったい俺は、どうなるのだろうか?

 

 

 

 

「そ、それは、災難だったね」

 午後五時。

引越しの手伝いに来てくれた鈴音に事の経緯を話し、苦笑で返された頃、隆信は事の大きさに気が付いた。

 器物破損、障害、爆発物不法所持エトセトラ―――――警察や消防が駆けつけたが、火を消し、簡単な調書を取って、二つの組織は帰っていった。

 其れでいいのか、と切に思う目の前に、其れを仕掛けた張本人がいたのに。

どこか、不穏な空気も感じたが、隆信はそれどころではなく、溜め息を吐きながら、料理を続けていた。

「うわぁ………・、三万もした釣竿も、二十万のパソコンも、衣服も、こたつも――――消えたな。燃えたよ、燃え尽きたよ」

「申し訳ありません………」

 素直に非を認めるところは賞賛する所だが、アカネはすぐに表情を戒めると、弁明を返す。

「が、いつ何時、装甲車がここを襲うか分からない今、最低限の火力は――――」

 アカネが何かをいい終えるよりも早く、隆信が声を重ねた。

「装甲車を買うような物好きが居るとは思えないし、日本にそんな奴はいない。安心して武装解除しろ。つうか、せっかくカンボジアで地雷撤去しているのに、日本に地雷を埋め込む奴がいるか」

 そう言いながら、ソバを水切りする。別の鍋に作って置いた出汁を、新しく買ってきた丼に盛り、先ほどアカネに買ってこさせた割り箸を、それぞれに渡した。

 ダンボールのテーブル――――明日、引越し業者の保証金が振り込まれる事になり、それで家具を買いに行くのを心に決め、隆信は溜め息を吐いた。

「ま、どうでも良いから、食べようぜ」

「うん! いただきます♪」

 隆信の言葉を聞いた鈴音は素直に、しかも嬉しそうに笑いながら箸を割り、箸をつける。一口口に入れ、上品に口の中に入れると、しばらく咀嚼し、飲み込む。

満足そうに微笑み、口を開いた。

「うわぁ、美味しい! あっさりしていて、それでも味がしっかりしている。隆信君、料理上手だね」

「うむ。婿にするなら今がお買い得だ。未だに誰の手もついていない純品だから、品質は保証、クーリングオフは七日以内に」

 そう悪乗りしていると、アカネの動きが止まっている事に気が付く。さすがに、箸の使い方は知っているようで、一口食べたようだが、それ以降動いていない。

 訝しげに見ていると、アカネが小さく、息を吐いた。

 

 そして突然、涙を流しだした。

 

「美味しいであります! これほど美味しいものは、生まれて初めてであります!」

 感涙の涙――――本当に泣き出した彼女を見て、鈴音が慌てる。生まれて始めて、料理を感動してもらった隆信は、頬をかく。

気恥ずかしいが、物凄く嬉しかった。

 涙を拭いながら、アカネはソバをすする。どれ程人間らしい食事を取っていなかったのか、不憫に思えてしまった。

(まぁ、不憫に思うって事自体、彼女の人生が不幸だと決め付けているんだから、な。失礼な奴だよ、俺って)

 そんなことを考えながら、隆信はあることを思い付いた。

思い付いた瞬間には、提案した。

「どうだ? どうせ、料理も作んないだろう? 一人分作るより、二人とかのほうが節約できるから、朝夜、作ってやろうか?」

「ほ、本当でありますか!?

 隆信の提案を、アカネが心底驚いた表情で、聞き返した。その勢いに押されながらも、隆信は頷く。

「さっきも言ったとおり、一人よりも二人分作るほうが楽で作りがいがあるからな。どうだ?」

「お、お願いするであります! 是非、是非!」

 ズイッと顔を近づけてくるアカネに、隆信は微笑みながら「しかし」と言葉を区切った。不安げな彼女に対し、隆信は不敵に微笑み、告げる。

「明日の朝食もソバだ。それと、料理場兼食堂で、隣の部屋を使おうぜ。俺の私物が入ったら、狭いしな。いいだろ?」

 隆信の言葉に、アカネは一瞬、呆けた顔をして―――――満面の笑顔で、うなずいた。

「もちろんであります! 今、鍵を取ってくるであります!」

 そう言って、ソバを掻き込むと、走って行ってしまった。騒がしい奴だ、と思いながらソバを食べようとした時、鈴音が神妙な顔をしている事に、気が付く。

「どうかしたのか? 鈴音」

「仲良いなって思って。………気になるの? 榊原さんのこと」

 鈴音の言葉に、隆信が少しだけ苦笑しながら、「違うよ」と答える。少しだけ考えた後、呟いた。

「結局、俺もお人好しだって事だ」

 隆信の言葉に、鈴音は笑顔を浮かべた。先ほどの神妙な色を全く見せずに、むしろ嬉しそうに、頷いた。

「うん! 隆信君は優しいよ。………本当に、優しい」

 鈴音の言葉と態度を見て、隆信はからかうような顔つきをする。少しだけ声音を変え、口を開いた。

「おんやぁ〜〜〜? もしかして、鈴音さんは妬いているのかなぁ?」

「そ、そんなこと無いよ! そんな事!」

 即答されたとはいえ、必ずこういう風にからかうと、すぐに真っ赤になる鈴音が面白い。そうこうして楽しんでいると、アカネが戻ってきた。

「鍵であります! 隊長殿!」

「………隊長殿?」

 鍵を受け取りながら、隆信が聞く。アカネは、まるで当たり前のように説明をする。

「食事の楽しさを教えてくださったのは、隊長であります! この生活では、まだ未熟者の自分にとって、隆信殿は隊長であり、師匠でもあります!」

「………まぁ、呼び名は何でもいいが」

 そういいながら、隆信はアカネの持ってきた鍵を、目の前で揺らす。

鍵は三つ。

何かを思い付いた隆信は、それを彼女達に渡す。アカネはもちろん、鈴音の驚いた顔を見ながら、隆信は不敵に、笑った。

「我が店、『鷹の店』は明後日、毎朝と夕方六時から、営業であります。いつでも御来店くださいませ」

 大仰な隆信の仕草に、二人は嬉しそうに頷いた。

「うん! 絶対に来るよ!」

「絶対であります!」

 奇妙な縁が出来たな、と隆信は嬉しく思った。

 

 

 

 七月 一日。

 朝、時計がわりに使っている携帯のモニターを見て、今日の日付を確認した。

 大きく伸びをし、隆信は眼を擦った。慣れないダンボールの布団を退かし、自分の持ってきたボストンバッグの中からタオルと歯ブラシを取り出し、ユニットバスの浴室へ入り込んだ。

 冷たい水で顔を荒らし、ようやく頭が覚醒する。歯ブラシを銜え、もごもごと動かしながら、もう一度携帯を見た。

(………朝四時か。慣れない環境だし、な)

 そう考えていると、突然――――チャイムがなった。ビクッと体を跳ね上げると、聞き覚えのある声が、扉の向こうから聞こえてきた。

「朝であります! 隊長殿!」

 アカネの声に物凄く嫌な予感を感じながらも、隆信は扉を開けた。

「おはよう。今日も良い天気だな」

「はぁ? 今日は雨ですが………その心意気やよし、であります!」

 アカネの言葉通り、外は雨――――隆信は苦笑しながら、アカネの格好を見て、ため息を吐いた。

その嫌な予感を肯定する軍服姿で、アカネはきっぱりと言った。

「朝の訓練であります!」

 即効で、断った。

 意外にもアカネはあっさりと引き下がり、外に出て行った。

後ろ姿を見送っていたが、なにやら大量の道具を詰めたであろう箱を引き連れ、歩いていく。格好や動きが怪しい上、確実に銃刀法違反だ。とはいえ、今まさに傘を差して巡回中の警官と出会い―――――――――

 朗らかに挨拶をしてきた警官に、きっちりと挨拶を返して、アカネはどこかに歩いていった。

「良いのか………? 法治国家………」

 日本の将来に不安を感じつつも、隆信は背を伸ばし、服を着替え始めた。

 

 

 服を着替え終わった隆信は、朝ご飯を作る為に買い物へ出ていた。アカネが出ていってそう時間も経たずに、雨がやんでいたので、楽なものである。

 朝市。

海に近いこの都市でも有名なこの朝市を、昨日鈴音から聞いて、居ても立ってもいられなかった。四時という時間は少しだけ遅かったが、まだ間に合う。

 そう思い、向かった先は、大繁盛だった。

「はいはい、安いよ!」

 お決まりの売り文句。

それが、様々な人の言葉で彩られ、雑踏の音がそれを遮る。まるで、壁が動くような人垣を眺め、孝信はその熱気に圧倒された。しかし、すぐに表情を戒めると、雑踏を掻き分けていく。

 人の隙間から見える、逸品の数々―――それらを全部一瞬の間に見て、買うべきものを把握する。その値段を一瞬で把握し、腰に下げた百円玉の山が詰まったポーチから、その枚数分の百円玉を、手の感触だけで掴み取り、渡すと同時にそれを奪う。

「毎度!」

 そう言われた瞬間には、違う物品を探している。全てを把握した瞬間には、買うべきものを決め――――全てのメニューを頭で計算した。

 全ての計算が終わった瞬間、買物も終わっていた。

 袋は、大した量ではない。必要以上の量は買わない事にしているのだ。

「おや、今お帰りでありますか? 隊長殿」

 アパートに戻ってきた頃、どうやら同じ時間に帰ってきたアカネが、驚きの表情で言った。

「うむ。訓練ご苦労」

 仰々しい隆信の物言いに、アカネは敬礼で素直に返す。腕を振るい、楽にしろと命令した隆信は、彼女の手に持っている重そうな長方形の箱を指差し、尋ねた。

「それは、武器庫か?」

 隆信の言葉に、アカネは当然、といった顔で告げた。

「はい。対ショック、防音、赤外線、X線透過物質で構成された、キャリーボックスであります。隊長殿がもたれているのは、何でありましょうか?」

 見て分からないのか、と思いながらも、隆信は口を開いた。

「朝ご飯の食材だ。ソバだけっつうのも詰まんないしな。おかしの焼き煎餅も、御飯も買ってきたし、卵やら良い鶏肉、タマネギも買ってきたし、豆腐とかワカメ、味噌、酒、醤油にみりん、鰹節とか。もう、分かるよな?」

「え? え、ええ………」

 物凄く戸惑い、しばらく考えた後――――彼女は、ポンと手を叩くと、自信満々に答えた。

 

「人体模型でありますな」

 

 アカネの言葉に、隆信はその場に倒れた。

 突然倒れた隆信へ、アカネが驚きながらも慌てて駆け寄った。

「ど、どうかなされたでありますか!? 隊長殿!」

頭を抱えている隆信を慌てた様子で見ているアカネへ、隆信は自嘲めいた笑顔で答える。

「………ジンタイモケイっていう料理があるのかも、って思ってしまい、我ながらのお笑い体質なのか、って再確認しているところだ」

 そう自嘲しながら、立ち上がった。痛むこめかみを押さえながら、口を開いた。

「で? どこから人体模型の材料だと思ったわけなんだ?」

 隆信の疑問に、アカネは笑顔で答えた。

「鶏肉は人の筋肉、煎餅は人体内の骨の硬さと同じであるし、豆腐は脳と同じ硬さでありますし――――」

 そこで、アカネの言葉が止まる。だらだらと汗を流し始める彼女を見て、隆信は呻いた。

「その三つの要因だけで人体模型だっていうんだから、良い根性している」

 そもそも、人間の内臓の硬さなど知る由も無い隆信は、眉を押さえながら続けた。

「親子丼だよ」

「親子丼? どんなものでありますか?」

 アカネの問いに答えようとして―――――隆信は、首を振った。

「作って食わせたほうが早いな。ほら、食堂行くぞ」

「イエッサー!」

 反射的にそう答え――――――隆信に対して硬質ゴム弾が撃ちだされた。

 

 

「………お待ちどう」

「………ぅ、ぅ、………」

 ぶっきらぼうに、顔を晴らした隆信が、彼女に丼を差し出す。

隣の部屋―――朝来たら、内装が変わっていて、普通のお店みたいな内装だった―――の、キッチンを挟んだカウンター越しで、ずっと畏縮しているアカネは、居心地の悪さを感じているらしい。

対面して立つ隆信の顔は、赤くはれ上がっていた。其れが硬質ゴム弾の一撃だという事は、目の前のアカネの表情で分かるだろう。

 そのアカネへ、隆信は溜め息混じりに告げた。

「まぁ、洒落にならん痛みだし、それを体感出来たから、これからどういうときふざけて良いか分かるし、もう気にしていないさ。ほれ、冷める前に食べろ」

 隆信は、さほど怒ってもいなかった。料理が終わって、満足なのもあるが、今までどこか近寄り難かった―――ようには、全く見えなかったが――――アカネに、少しだけ近づけたような気がしたからだ。

「………とはいえ」

 改めて、辺りを見渡す。

 部屋は、凄い事になっていた。

もともと、ユニットバスやクローゼットが在った場所が改造され、カウンターの付いたキッチンに変わっていた。

六畳間の畳だった部屋は、フローリングの床に改造され、キッチンも火力が十分のコンロになっている。広いステンレスの台も、使い勝手が良かった。道具なども、ほとんど必要なものは揃っていた。

 昨日の夜改装したらしいが、隣で寝ていた隆信は、物音など全く聞いていない。未だに底の見えない彼女に、逆に恐怖を感じていた。

「お、美味しすぎるであります………!」

 目の前、カウンターで親子丼(鶏肉をつみれにした、上品な一品)に感涙している彼女を見て、やはり、どこか恐怖しきれない。

 エプロンを片付けながら、隆信は続ける。

「それで、今日は何か用事があるのか? さっきっから、慌ただしいが………・」

「はい! 明日の―――――――」

 明日の、で彼女の言葉は消えた。なんだろう、と思い、彼女のほうに向き直ると、少しだけ考える素振りを見せ、首を横に振る。

「今日は、雨でありますので、武器の手入れをするで在ります。隊長殿は、どうなされますか?」

 明日の、から続く言葉を聞きたかったが、隆信はあまり気にしなかった。アカネのやっていることが分からないのもあるし、なにより自分も何をするのか決めていなかったのだ。

「う〜〜〜〜〜む、家具は、昨日のうちに頼んであるしな。今晩、届く予定だし………・CDショップにでも行こうかな?」

 隆信はこの時、知らなかった。

 この瞬間、彼女を止めないことにより、自分が事の中心に入れられたのも。

 その日、夕方にアパートに戻っても、彼女は帰ってこないで、隆信が一時に眠りに付くまで、アカネの姿はなかったことも。

 神様はどうしても、彼を中心に置かなければいけないらしい。

 

 

 

 

 

 

 明朝。

隆信は、昨日帰ってこなかったアカネの心配をしながらも、朝ご飯と昼食のお弁当などを作り、学園の制服に着替えた頃、チャイムがなった。

「隆信! おい、隆!」

 その、大声と聞き覚えのある声に、隆信は扉の向こうにいる人間を、推測――――確信に近い面持ちで扉を開け――――――――。

「………あれ?」

「おはようであります、隊長殿」

 そこにいたのは、アカネだった。先ほどしたのは、間違いなく男の声―――しかも、親友の憲次の声だったと思うのだが、そこにいたのは、隆信と同じような制服を着た、アカネだった。

布ベストと白いブラウス、紺のスカートをはいている。

心なしか、服が膨らんでいるような気がしたが、とりあえず、彼女が無事だったのをみて安心して、入り口においておいた弁当箱を差し出す。

「ほれ、朝ご飯用にオニギリも作っておいたから、暇な時に食べておけよ」

「おおっ!? ありがとうであります!」

 銃を、太股のホルダーに戻しながら弁当箱を受け取ったアカネ―――隆信が、訝しげな視線を向けた。

「あれ? 銃なんか抜いて、なんかあったのか?」

「不審者を排除してきただけであります。なんでも無いであります」

 恐らく、夜の巡回だったのだろうと思い、深く追求しなかった。それでも、誰か呼んでいるような気がしたが、その時、声が聞こえた。

「あ、二人とも、おはよう」

 朗らかな、女の子の声。

振り返った先にいたのは、鈴音だった。アカネと違い、布ベストをきていない彼女は、制服が良く似合っているが、真面目な彼女がきていないことが意外だった。

 ニヤニヤしながら、聞く。

「おや? 鈴音は布ベストを着ないのか?」

 隆信の言葉、アカネの服を見て、驚いた顔で首を振った。

「え? ………学園の制服に、布ベストは無いよ?」

 鈴音の言葉に、隆信が訝しげな声をあげると同時に、アカネが続けて口を開く。

「このままでは、遅れる可能性が在ります。急ぎましょう」

「? ああ」

 どこと無く急かすアカネに、訝しげな二人はその疑問に気が付くことなく、歩き出した。

 

 

 『龍桐高等学校』は、広い学園だった。

 幼稚園から大学まで一貫して同じ敷地にある、日本屈指のマンモス校―――― 敷地は東京ドームの敷地十四個分(小さな町並み)――――学園内には、大学病院や老人養護施設まで、あった。

 そんな学園は、特異な構造をしていた。

 まず、学園を二分にするような一直線の道――――学園のほぼ中心に、広場がある。

 そこを基準に、まるで時計の文字盤のように、施設が建っていた。

十二と六は、校門。一から二までは小学校、三から四まで中学校――――そして、五から七までが高等学校、八から十までが大学、十一から十二までが病院等の施設だといえば道に迷わないほど、しっかりと区間整備されている。

 校庭は、一から三の方向。学食や職員室などは、四から六までの間に配置されていた。他の実験棟なども、そのような感じで置かれている。

 そして、この学園の別名が、時計学園だった。

 その広さを誇示する掲示板を見上げながら、隆信は大きく溜め息を吐いた。はいってくる校門は、六時。高等学校が両手の方向にあるとはいえ、その広さに目眩がするほどだった。

「………最初に職員室に行かないといけないんだろ? どこだ?」

「自分が把握しているであります」

 意外なアカネの言葉に、安心したように相好を崩すと、鈴音は口を開いた。

「それじゃあ、私は行くね。榊原さんは私と同じクラスでしょ? 待ってるね」

 鈴音の言葉を聞いて、隆信はワザとらしくしんみりとした表情で呟いた。

「これで、お別れか。………短い再会だったな」

「え? そ、そんな、今生の別れではないような………」

 引き攣ったように笑う鈴音と隆信へ、意外なところから言葉が投げかけられた。

「安心してくれであります、二人とも」

 アカネの言葉に、二人はアカネを見て、彼女の不敵な笑顔に、眉を潜めた。

「下準備は万全であります」

 この時にはもう、手遅れだった。

 

 

「森繁 隆信君?」

 職員室棟、一階にある高等科職員室の一室で、隆信は我が耳を疑った。その勢いでズレ落ちた眼鏡を何とか掛けなおしながら、呟く。

「………俺が、一年A組だって言うんですか?」

 目の前に座る男性の担任―――短い髪に、爽やかな笑顔が特徴的な長身の先生―――名前は大山 広茂―――は、盛大に笑うと、頷いた。

「いや、昨日なぜか、A組に欠員が出てな。その前にも、書類を間違えて全部ここに入れられてたし、どうせだから、って事で。ま、君にとってはどうでも良いことだろ?」

 どうでも良くない。

そう叫びたくなったが、隣に立っているアカネに変な風に思われたくないので、黙っている。

 確実に、何かしたであろう彼女は、それでも感情の読めない表情で、先生に質問をしていた。

「高官殿。この学園の見取り図は入手したのですが、正式なのが欲しいで在ります。ですので、どうか正確なものを要求するで在ります」

「おう、ありますありますっと。ほれ」

 渡されたのは、学園の縮小図―――――何となく、彼女に渡してはいけない気がしたが、止める前に彼女はそれを読み始めていた。

「んじゃ、教室に行こうか?」

「了解であります! 高官殿」

 精神的においていかれながらも、隆信は彼女達の背中についていった。

 

 アカネは、教室の前でガチガチに緊張していた。同世代の人間に、しかも多人数に会うのが始めてという彼女は、隆信の後の紹介である。

 先生に呼ばれ、教室に入った時、歓声が上がった。女性の歓声こそ少なかったものの、ノリの良い生徒たちなのか、歓迎の言葉が投げかけられる。

 その中で、隆信は不敵に告げた。

「こんにちは綺麗なお嬢さん、さよなら野郎供! ………掃除が面倒、料理が面倒という方々に朗報です! どうぞ、私に紹介させてください! 俺は、森繁 隆信。現在独身街道まっしぐらで、洗濯物、料理と何でもあれ! 今なら三十パーセントオフ! クーリングオフは永久保存! バッシング可で、七十三万五千ピガロ!」

 最初からテンションマックス―――――このクラスは、それについてきた。

「買ったぁ!」

「残念! 女性限定です!」

 真先に手を上げた男子生徒をすげからく却下する。次いで手を上げた女子生徒―――意外に可愛い彼女は、笑顔で叫んだ。

「分割効きますか!?

「一括単勝のみです!」

 意味の分からない掛け声。それを、聞いていた広茂先生は、パンパンと手を叩くと、笑顔で告げた。

「彼は、以前この辺りに住んでいた事があるそうだ。シカトするのはいいが、いじめは止めておけよ。面倒だから」

 そのいい加減な言葉に、非難の声はクラスから上がった。

「先生としてそれってどうよ?」

「義務教育じゃないんだ。好きにやれ」

 広茂先生のいい加減な発言を聞きながら、隆信は声をあげた。

「あ〜〜〜〜。諸君。次にはいってくる転校生の女子生徒だが、彼女に『命令口調』を強要しない事を推奨する。あと、ばかにしたりすると撃たれるから、気をつけてくれ。下手をすれば、爆発するぞ」

 隆信の言葉に、ノリの良いクラスメイトが、叫んだ。

「そんな、爆破してくれるなら外にとめてある理事長の車でも―――」

 爆破してくれ――――――――恐らく、ふざけてそう告げようとした瞬間だった。

 盛大な爆発と共に、窓の外が真っ赤に染まり、火柱がのぼった。

 静まり返る教室。

隆信は、視線を廊下に向けるが、その先にいるはずのアカネの姿がなかった。次いで、広茂先生に視線を向け、大きく溜め息を吐き、教室に向き直る。

 そして、諦めたように告げた。

「まぁ、犬に噛まれたようなものだと思ってくれ」

 誰が弁償するのか、疑問だった。

 

「ただいまご紹介いただいた、榊原 茜であります。長い間、戦場にいたせいで随分と世間一般常識から外れておりますが、ご学友の方々、どうぞよろしくお願いします」

 アカネの言葉に、クラスの男子が沸いた。

 見た目は、短髪で活発的な才色兼備のお嬢様――――見た目だけだが――――なのだから、人気が出るのは当たり前だ。それらの視線を浴びながらも、アカネは全く動じない。

「趣味はなんですか?」

 クラス男子の声に、アカネはその方向に顔を向け、答えた。

「主に武器の手入れであります。その他には、機密文書の解読、警視庁へのハッキング等――――――」

 完全に犯罪だ、と隆信が突っ込む前に、他の生徒から声があがった。

「好きな男性のタイプはなんですか?」

 女子の声――――それは確かに、隆信も気になった。恐らく、クラスの大半も気になるだろう。

 しかし、当のアカネは、初めて怪訝そうな表情を見て、口を開いた。

「男性のタイプ、でありますか? 日系人ですので、恐らく日系人かと………・・」

「いや、そういう意味じゃなくて」

 隆信は、思わず突っ込む。なおも怪訝そうなアカネへ、隆信は言葉を選びながら、説明した。

「ほら、付き合うとしたらどういう性格の人が良いか、とか、そういうことだよ?」

 隆信の言葉に、アカネは戸惑ったように眉を潜め、呟いた。

「………突き合うですか? 突剣及び銃刀は苦手でありますが………?」

「………もういい」

 やはり、彼女はどこかずれている――――が、クラスではそれを個性と思っているのか、男子生徒が大いに沸いている。それを半眼で眺めながら、隆信は呟いた。

「物凄く幸先が不安だ」

 きっとそれは、間違いでないのだろう。

 

「お、お疲れ様」

 隣の鈴音―――今日休んでいる人間の席が、そこなのだ―――に激励され、隆信は机に突っ伏していた。転校生の特性上、昼まで人の波が途切れる事はなかったが、今は学食やら昼飯やら、外で取る生徒が多いらしく、教室には見慣れた顔が多かった。

 アカネは隣の席で、なにやら見取り図に書き込んでいた。ドイツ語かフランス語か、はたまた難解な暗号なのか、隆信には全くわからなかったので、とりあえず無視する。

 時折、隆信の拵えた弁当を突付いては、味に深く感動している―――それが面白い光景だというのは、伏せておく。

「でも、今日は憲次君、休みなんだね」

 二人目の幼馴染――――体格の良い古い幼馴染を思い出しながら、呟く。

「おお! そういえば、憲次の奴はどこに行った? いつもなら呼んでもいないのにうちに押しかけるぐらいの豪快さなのに、まさか、俺が引越ししてきた事を知らないわけじゃないよな? 不良になったのか?」

「ううん。学校でも人気のあるほうだし、成績は上だし………。隆信君が座っている場所が、憲次君の席なんだ」

 聞いていて苛立つような言葉だが、確かに人気はあるらしい。幼馴染として負けているのが嫌だが、それを妬むつもりも無い。

「そうか。なら、文字を彫っちゃる」

 そう言って、アカネの方向を向いた時(ナイフを借りようと思ったのだ)、その異変に驚いた。

「あれ? 榊原さんは………?」

 鈴音の言葉通り、アカネが消えていた。机の上においてある、地図―――そのところどころに、赤で×点が書かれている―――その横に、これまた赤で、Bの文字。

 訝しげに眺めている隆信へ、鈴音が口を開いた。

「あれ? ここって、………不良の溜まり場」

 しばらく考え――――全てに納得し、ポンと手を叩く―――――それと同時に、遠くで爆発が起きた。

 ざわめく学園の中に、救急車の警報音。それらを遠巻きに、隆信は呟く。

「法治国家で放置………洒落にならんな」

 洒落にならない言葉だが、おそらく、洒落ではないのだろう。

赤のB。BOMB(爆破)という意味なのだろう。

 アカネが戻ってきた。いつもの平然とした顔だが、着ていた制服が少しだけ埃まみれになっていたのが、気になる。足のホルダーに銃を戻しながら、アカネは隆信へ、手を差し出す。

「地図を返してくださいであります。残っている箇所は四つです」

 地図を返すはずも無く、隆信は眉を潜めたまま、告げた。

「爆破するなっつうの。アホ」

 隆信に驚きの表情を浮かべ、アカネは怒りの表情で口を開いた。

「あ、阿呆とはなんでありますか! 自分は、『任務』に忠実なだけであります!」

「………『任務』?」

 アカネの言葉の中に、気になる単語があった。訝しげな隆信に対して、アカネは憤慨した様子で、告げる。

「この国にある『銀楼学園』という所には、《ケネリア》という私営軍隊が在ります。それと同じぐらいの敷地を誇るこの学園ですので、私が理事長閣下に申請した所、『特別活動部』として認証が降りたところであります。この権限により、この学区内で私は武器の使用を公的に許可されて――――――――どうなされたで在りますか?」

 訝しげなアカネの顔を真っ向から見て、隆信は大きく溜め息を吐いた。しばらく自分の頬を掻きながら、空に向かって口を開く。

「なぁ………。軍隊を持つ学校って言うのも、確かに危ないけど、確かに在るんだよな。だからって、爆破して良いのか?」

 何となく、全てが面倒になりつつある隆信は、適当に頷き納得する。納得したら、人として大切なものをなくしそうな気がするが、気にしないで良いだろう。多分、気にしていたらこれから身が持たない、という生存本能だろうが、その本能に従おうと思う。

「ま、頑張ってくれ――――じゃなくて、(相手が)死なない程度に頑張ってくれ」

「サー! 必ずや、生還してみせるであります!」

 やる気満々で、アカネは地図を持って走って行った。その後姿を見送った後、隆信は机の上に突っ伏し、呟いた。

「………殺人教唆になるのだろうか?」

「多分、大丈夫だよ」 

 遠くから、爆発音が聞こえてきた。

 

*****

 

 隆信は、不満だった。それを背で感じたのだろう、アカネが口を開く。

「何か、気になされているようでありますな」

 アカネの言葉に、ぴくぴくと頬が引き攣ったが、彼女には見えていない。出来る限り不満そうな声で、告げる。

「アカネが、午後の授業を全て欠席して、なんか数多い救急車の音が聞こえてきたのは気になるといえば気になるが、まぁ、何かの勘違いだとして、………とりあえず今は、この状況の説明を要求する」

 何故、アカネと話しているか――――そうせざるを得ない状況だから、としか答えようが無い。

 授業が終わった、そのチャイムと同時に、アカネの方から何かが射出され――――その何かが、網だと分かった瞬間には、捕縛されていたのだ。その上から、さらに縄で縛り上げられ、どうしようもなくなった隆信を引き摺り、アカネはどこかに向かっているのだ。

 辺りの視線が痛々しすぎて、息苦しいなど気にする余裕も無い。もはやどこか、死にたくなっている隆信を背に、アカネはどこか事務めいた口調(いつものことだが)で、事も無げに告げた。

「理事長閣下がお呼びであります。今すぐ、自分と出向いてくださいで在ります」

「話し方じゃあ、何か自由意志とかありそうに感じるが、全く選択権がないな。周りの視線が恥ずかしいとは思えないのか?」

「すでに慣れたものであります」

 どこか、物凄く納得できるような事を聞いてしまったが、隆信は大きく溜め息を吐いた。

アカネが慣れていようと、自分自身が慣れていないことに気が付いた時には、理事長室前についていた。ようやく、サバイバルナイフによって開放された隆信は、怪訝そうに眉をしかめながら、その扉に眼を向ける。

職員棟の四階に、理事長室は在った。その豪勢な扉(ただの扉だが、何となく高そうに思える)を開け、通された先――――そこにいたのは、中高年ではなく、若い―――――――見たことがある、男子生徒。

「おや? 君は、隆信君じゃないかね」

「………諸悪の根源は、貴様か、遠藤ぉ………!」

 目の前に立つ、物静かな男子生徒を見て、全ての謎が一致した―――否、謎は増えたものの、これまた何となく、納得してしまった。

 怒りの眼差し、久し振りの再会として何かしら言わなければならないのか、とも思ったが、目の前の男に挨拶するほど良い印象を持って別れたわけではない。

 

 遠藤 周吉。

 

 頭脳明晰、聡明、俊才、神童等々――――それらは全て、彼の為にあるといっても過言ではない。彼とは、小学校からの付き合い(二つ年上)だが、その頃から大学への誘いがあり、テレビなどで取り上げられた事もある。しかも、格好も良いという、なんとも非の打ち所の無い人物だ。

 そう思うのは、彼の本質を知らないからだ、と隆信は断言する。

 彼は、愉快犯なのだ。楽しむためにはどんな苦労も惜しまないが、その楽しむというベクトルが、常軌を逸している。楽しければ何でも良い、というのが彼の根源だ。

 恐らく―――否、絶対、アカネがここにいるというのなら、考えられることは一つ。

 彼に突っかかるように、隆信は叫んだ。

「お前は何か!? こんな危険人物の、ふざけきった申請を通すために理事長になっただろ!?絶対!」

 隆信の叫びに、彼は爽やかに笑いながら、部屋の中心にある理事長の椅子に座り、くるりと回ると、軽快に告げた。

「ほう。よく分かるね。前任の理事長殿は、すでにグァムで豪遊だよ。というより、彼女を呼んだのは何を隠そう、私であるし、理事長は三週間前からやっているのだよ」

 はっはっは、とまるで世間話をするように告げる彼―――――半眼で睨みつけながら、告げる。

「どうやって学生が理事長やっているんだよ………!」

 またもや盛大に笑い、彼は告げた。

「違う違う。学生が理事長をやっているのじゃなくて、理事長が学生をやっているんだよ」

 そういう問題じゃない――――そういう前に、彼はあさっての方向に視線を向けながら、告げた。

「だって、大抵の勉強はここで出来るし、御金も株で一攫千金当てちゃったしね。三回ぐらい豪遊して人生を楽しめるよ」

「全国でまじめに仕事をしている人へ土下座しやがれ」

 ケラケラと笑う周吉に殺意を感じながらも、隆信は彼らしい、と思ってしまう。はぁ、と大きく溜め息を吐き、ずっと入り口で立っているアカネを親指で示し、告げた。

「それで、何で俺を連れてきたんだよ?」

「君に『特別活動部』の部長をやってもらおうかと思いまして」

 事も無げに発された、たった一言。

その言葉に、隆信は眉を潜め、とりあえず聞いた。

「………なぜ?」

 隆信の疑問に、彼は笑顔で答えた。

「彼女、まだ国籍が出来ていないからね。その他にも、ほんわかとした問題が多くて。だから、彼女に一番信頼できる人を連れてくるように、といったら、君が来たわけだ」

 隆信は、アカネに視線を向ける。当のアカネは、たいして気にした様子も無く、肩をすくめあげた。

「羽柴殿では、少々酷かと思い、隆信殿を連れてきたのであります」

 何となく、その物言いに傷つきながらも、隆信は首を横に振った。

「誰が―――つうか、俺にアカネの手綱が操れるとは思えネェ。喧嘩は弱いし、勇気も無い。無理無理無理無理無理!」

 そう言って振り返る。周吉は小さく溜め息を吐くと、「そうか」と告げた。理事長の机に両肘をつけると、呟く。

「なら、羽柴君に頼もうかな。彼女なら、断る事も無いだろうし――――」

 隆信の弱点を知り尽くしている周吉に隆信が勝てるはずも無く―――――――

「――――――ぅくぅ! 死ね! 血も涙も無い鬼め!」

 血涙を流しながらも、隆信は了承した。確かに、アカネを放置しておけば被害は広まるだろうし、それの責任者として鈴音を配置すれば、彼女は疲労で死んでしまう。

断れる要素は、一つもなかった。

 

 

 結局―――――引き受けた。あのまま嫌だと突っぱねたら、あの二人のベクトルが鈴音に向きかねない。お人好しの彼女では、押し切られる可能性のほうが高いのだ。

 学園からの帰り道。

無論、同じアパートに住むアカネと隆信は、一緒に帰っていた。別に、そういうことを恥ずかしがる歳でも無いし、誰もからかってこないからだ。

「それで、活動内容は?」

 隆信の言葉に、アカネはきびきびとした口調で告げた。

「主に反抗勢力の排除、該当地域内における学生の安全を確保する事であります」

 その安全を乱しているのは、お前だと叫びたかったが、とりあえずその言葉は飲み込んでおく。反論が無かったからか、アカネが言葉を続けた。

「この『特別活動部』に所属するものには、以下の特権が与えられるであります。

一、授業はいつでも認欠できる。

二、学校領域内での、殺傷兵器以外のあらゆる武器の使用を許可する。

三、逮捕権を有する事が出来る。この場合、それを執行したものは、「みなし公務員」として扱われる。

――――以上であります。その他にも、学食のメニューが全品半額、購買部での―――」

「もういい。どうせ、使わないし」

 なにより、どうやってその権利を法治国家日本から権利として得られたのか、気になるが、きっと分からないのだろう。渡された腕章―――それを制服の上に縫いつけながら、溜め息を吐く。

「………晩御飯、何が良い?」

「美味しい物が良いであります。それと、オニギリやお弁当は最高に美味しかったであります」

 料理を褒められ、とりあえず嬉しかったが、ついでのように言われると、何となく傷ついてしまう。

それを挽回しようと、今晩の献立を頭の中で組み立てながら、告げた。

「ま、とりあえず帰ったら飯だな。食堂直行な」

「了解であります! 急ぎましょう!」

 嫌いではないのだろう、アカネは顔を綻ばせると、隆信を引いて帰り道を走っていった。

 

 フユノキ荘≠フ前に着いたとき、人影があった。

 長身、短髪の男―――――その顔立ちに、隆信は見覚えがあった。その男は、隆信を見ると、笑顔で、しかし妙に殺気だった顔で、告げた。

「よう、隆。お前が帰って来たって聞いて、朝来たのに、突然銃弾撃ち込むたぁ、随分な彼女だな? 隆」

 目の前に立つのは、幼馴染の田崎 憲次。

彼の言葉を聞いて、隆信は朝聞こえた空耳とアカネが銃を引き抜いていた事、全てが合致した。

 クルッと彼女のほうを見ると、アカネは露骨に怒りの眼差しで、憲次と隆信の間に仁王立ちする。銃を引き抜きながら、告げた。

「朝、いきなり隊長殿の部屋の扉を叩いていれば、変人だと思うであります。よって、自分に何の過失は無いであります」

「いや、いきなり発砲はやりすぎだろ」

 隆信のツッコミを見事にスルーし、憲次は引き攣ったような笑顔を浮かべ、告げた。

「この平和な日本で銃を撃っている奇人傭兵に言われたかぁ、ねぇよ! この間から俺ばっかり銃撃してるだろうが!」

 二人は前から顔見知りらしい。昔から女好きだった憲次のことだから、今でもナンパしているのだろう。傭兵として雇われたアカネと遭遇していてもおかしくない。

 それを肯定するように、アカネが口を開いた。

「駅前で女子や自分に声をかけているのが悪いであります。最近では、条件反射で引き金を引いてしまうようになってしまったであります。癖に過ぎません」

「んなもん、癖にするな! 俺だってそう露骨にナンパしているわけじゃネェ!」

 大体の事情―――というより、全てだろう――――は分かった。いい加減頭が痛くなり始めた隆信は、叫び続ける二人の間に割り込むと、とりあえず頬をかき、憲次の方向を向き、告げた。

「久し振り。鈴音にでも聞いたのか?」

「ああ。俺達、付き合っているからな」

 そう憲次が言った瞬間、破裂音が辺りに響いた。それとほぼ同時に憲次のこめかみに黒い何かが突き刺さると、それに続くように、ゴム弾が霰のように降り注ぐ。

 吹飛んで、近くのゴミ捨て場に突っ込んだ憲次のほうを向いて、露骨に顔をしかめながら、アカネが告げた。

 

「羽柴殿と貴様みたいな屑野郎が付き合っているという事実関係は全くありません。というより、貴方の口が開くたびに不快指数があがっていくので、黙ってくれませんか? このままでは、全火力を用いて、貴方を消去る覚悟で――――――」

 

「頼むから止めてくれ」

 どうやら、彼女のもっとも嫌いな人種のようだ。さらに言えば、生理的に受け付けないのか、近付こうとすらしない。彼女の露骨な態度に顔をしかめながら、隆信は空を仰ぐ。

「………平穏な日々が、消えていく」

 呟くような言葉―――――それに、アカネはビシッと敬礼し、宣言した。

「安心してくださいであります、隊長殿。平穏な日々は、自分が必ず取り戻してみせるであります!」

「そのお前が元凶だ、とか言っても、きっと気にしないんだろうな」

 あらゆることを諦めた面持ちで、隆信は小さく、頭を下げた。

 食堂として開放された部屋で、隆信は料理を作っている。食事を作るという条件で憲次を許してもらい(とはいえ、カウンターの席の端と端だが)、隆信は料理を続けながら、憲次と昔話をしていた。

「しっかし、相変わらずかわんねぇな。少しは喧嘩も強くなったのか?」

「知らん」

 一言で斬り捨て、隆信はエプロンを正した。

大きく溜め息を吐きながら、今晩のメニューであるチンジャオロースーとワカメと豆腐、ネギの味噌汁、それらを全て作り上げ、彼女達の前に置く。でんと構え、告げた。

「ほれ、さっさと喰え。美味いものの前で喧嘩したら、俺の持てる力全てを費やして、張ったおしてやるからな」

「………いただくであります!」

 物凄い勢いで食べ始めるアカネを横目で見ながら、憲次は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、隆信から料理を受け取り、呟く。

「と、まぁ、匂いで美味い事は分かるし、大した腕だ。きっちりと婿修行は終えたようだな」

「………本当にそれには触れないでくれ」

 今思い出しても震え上がる婿修行の思い出を振り払う。どうしたら熊狩りが婿修業になるのか、問いただしたかった。

思い出に涙を流しながら、隆信はアカネに向き直った。

「それで、周吉の言伝で日本に来たのか? アカネは?」

 隆信の言葉にアカネは食事の手を止め、しっかり咀嚼してから頷いた。隆信を真っ直ぐ見て、告げる。

「はい。カンボジアの激争地帯に向かう途中で出会い、この話を貰いました。自分も学力や見聞、それに、相手側に気になる人間がおりまして――――――」

「………相手側?」

 アカネの言葉が気になって聞き返そうと思ったが、隆信への疑問に答えたのは、意外にも憲次が答えた。

「どうせ、『生徒会』のやつだろ? あの学校の取締りとか、結構幅広くやってるからな。先輩が理事長になった後も、あいつらだけが過激だし………。んなところだろ? どこにでもあるさ、そんな話」

「………どこにでもあるのか? そんな話?」

 一抹の不安を感じながら、隆信は呻いた。

 

 

 


 


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