―――チュンチュン。

 鳥の鳴き声でおきたのか、または日々の生活習慣からか。どちらの理由でおきたのかは分からないが、彼女は寝惚けたまま自分に掛かっている布団を剥がすと、今にも鳴り出しそうな時計を止めると、大きく背を伸ばした。

 なんか、変な夢を見ていたような気がするが、もう思い出せない。ややあって、もういいや、と首を振ると、辺りを見渡す。

 いつもはツインテールにしている髪の毛を下ろし、色の違う眼を擦りながら、彼女は下で寝ている同居の同級生を起こさないように、静かに二段ベッドから降りた。

 そのまま洗面所まで向かい、顔を洗う。鏡に映る自分の顔を見て、ふと動きを止めた。

 神楽坂 明日菜。両目で色が違う自分を、その瞳で見ながら、大きく息を吐いた。

「ああ、そういえば、アルバイトの時間だっけ」

 何か忘れていると思ったら、アルバイトの時間だった。ややあって顔を洗い終わった明日菜は、そこでジャージに着替えると、いつもバイトに行くときにかけている鞄を掴むと、入り口に向かった。

 靴を履き、静かにドアを開けると。

 

「お。おはよさん。良く眠れたか?」

 

 そこには、男性が立っていた。

 黒髪黒目、若干目つきが悪いものの、全体的な雰囲気は優しいを持つ彼を見て。

 

「――――朝から乙女の部屋の前に、立つなああああああぁぁぁぁッ!」

 

 ガシャーン、と、窓ガラスの割れる音が、鳴り響いた。

 

 

 第一話 変わったことと、変わらないこと。

 

 

 駒沢 雄一。

 『アカツキ』と呼ばれる反物質$カ物と戦う組織『ルシフェル』、【メルギド】日本本部隊長を勤めていた彼は、とある理由によりここ、『麻帆良学園都市』に飛ばされた。

 様々な経験や戦闘を超え、彼は何故か2‐Aの副担任を務めている。

 今は、神楽坂 明日菜と近衛 木乃香、そして彼の【相棒】であるレウィン・イプシロンが住んでいる部屋の隣に、彼が義弟と認めるネギ・スプリングフィールドと一緒に住んでいた。

 今は、朝、日課であるランニングをしようと部屋を出てきた時、たまたま居合わせた明日菜に挨拶して、何故か殴り飛ばされたところだ。

 ガラスを貫き、外に飛び出た雄一は、あまりに突然すぎる攻撃と頭に刺さったガラスの痛みに耐えながら、何とか体勢を立て直すと、寮の前にある道路に、降り立つ。

 朝早いのと、時々あることもあってか、誰も気にしていないようだが、雄一は眉を潜めた。

「ったく、俺が何をしたッつうんだよ」

 そうぼやきながら、頭のガラスを抜きつつ、雄一は見上げた。今回に関して(と言うより、常にだが)は何もしていないのだが、明日菜の機嫌が悪そうなので、近付かないことにした。

 さて、と思いながら走り出そうとしたところで、声を掛けられる。

「雄一先生っ!」

 物堅い口調に、凛と通る声。それで相手を把握した雄一は、振り返りながら答えた。

「おお、刹那か。おはよう」

 振り返った先には、片方で髪を纏めた、黒髪の女の子が立っていた。鋭い眼差しを優しく曲げ、整った清閑な顔立ちを持つ彼女は、今まさに麻帆良女子寮から出てきた様子で、こちらに駆け寄ってきたところだ。

 いつもは《夕凪》と呼ばれる大刀を持っているのだが、今日は持ち歩いていないようだ。

 その代わり、運動着姿なのだが、雄一は改めて、眉を潜めた。

「? 如何かなさいましたか?」

 怪訝そうに小首を傾げる刹那に、雄一は言葉を濁しながら、首を左右に振った。

(あ、いや、うん。………久々に戻ってきてから考えたんだが、今時ブルマっつうのも、なんかなぁ、と思って、なぁ)

 とある事情により、二週間この『世界』を離れ、三つの年をとった雄一は、今更ながらに麻帆良の異常性を感じていた。

 とはいえ、今更そんなことを考えていたところで、ここの異常性の説明にもならない。なにかと異常性の高いこの場所で、細かい事を気にしていたら、精神崩壊を起こしてしまう。

 『魔法使い』。

 それが存在するその場所が、まさにここ、麻帆良学園都市だ。町1つをそのまま都市にしたということもあり、数多くの人がそこで生活を営み、其れを隠れ蓑に存在する、異能の者達。

 かくゆう雄一も『ルシフェル』と呼ばれる存在なのだが、其れはさておき。

「今からランニングをするけど、刹那もどうだ?」

「はい。お供します。その後、是非、お手合わせを」

 刹那の笑顔に、雄一も不敵な笑顔で、頷くのだった。

 

 

 

 

 飛び散る火花は、双方の武器が本物の証明である事を示し、そして打ち合っていることの証明でも、あった。

 開けた場所、芝生と荒れた大地が交錯する場所で、二人は対峙した。

 片方は、桜咲 刹那。自分の身長ほど在る《夕凪》の銘を持つ大刀を操る彼女は、自身の刀を持つ手に、力を込めた。

 体勢は、低い。低めの重心に、彼女の身長にそぐわない大刀が、奇妙な威圧感を放っていた。

 目の前に立つ駒沢 雄一は、彼女の副担任であり、彼女の憧れの男性である。夏目前と言うこともあり、薄手の長袖を腕まくりし、自身の武器である《グエディンナ》を片手で持って、対峙していた。

 こちらの体勢は、自然体だった。腕からも、身体からも力を抜き、鋭い眼光だけが、相手を狙っているのだ。

 その右手には、ガラスの十字槍、《グエディンナ》。エターナル≠ニ呼ばれる物質で出来ているそれは、激戦を潜り抜けたというのに、傷一つ残っていない。

 雄一とは、何度も共闘し、稽古もする間柄である。しかし、先ほどの一合で、刹那は戸惑いを隠せずに居た。

 雄一がまた一段と、強くなっていたのだった。

 以前でも完成していた戦い方から、更に隙がなくなり、戦い辛い相手になっていた。否、初手で隙をつくのは、すでに不可能かもしれない。

 気合を込め、一気に雄一の懐に飛び込む。飛び込み際に横払いの斬撃を繰り出しながら、脚に『氣』を集中させた。

 『氣』。自身の身体を強化する、内包される力を込めた蹴りを、横払いの後に繰り出すのだ。

 薙ぎ払いを、雄一は屈んで避ける。大刀ゆえ、遠心力を持つ其れに振り回される形の刹那は、其れを利用して、踵の横蹴りを雄一の懐へ、叩き込んだ。

 しかし、蹴りが出されるよりも早く、屈んだ後一歩踏み出した雄一の手が、刹那の太股を、掴んでいた。

「!?」

 勢いが乗るよりも早く掴まれたので、体勢を崩す。しかし、つかまれた足を軸に使い、今度は縦回転の踵落としを、振り下ろした。

「よっと」

 そんな軽い声と共に、雄一は再度一歩踏み込む。刹那が雄一の背中を転がる形に成り、太股から手を離した雄一は、再度距離をとった。

 入れ替わるように位置をかえた二人。どちらからともなく、苦笑の声が漏れると、雄一が武器を下ろした。

「いや、久し振りに刹那と稽古したけど、やっぱり強いな。強くなったよ、本当に」

「そんな。むしろ、こちらが驚いたほど―――って、そうですよね。雄一さんは」

 刹那の素直な言葉と、濁した語尾に、雄一はややあって思い至った。

 ある事情があり、三年の間様々な『世界』を渡り歩いた雄一は、変わらない覚悟と力でそれこそ多種多様な戦いを切り抜けてきたのだ。

 しかし、その介入した『世界』は、雄一が目的を達成した瞬間に、介入した時間まで戻されるので、仲間と呼ばれる者達は誰一人として、雄一を覚えていない、という誓約を受けている、辛い輪廻の上だとしても。

 それでも、雄一の中には、経験として強く、根付いていた。

 麻帆良学園都市に戻ってきた時、『事情』を知っている者達を集め、雄一はあったことを話した。そのときの反応は様々だったが、今回は省略する。

 ふぅと息を吐きながら、雄一は辺りを見渡す。誰にも見られないように気を配ったのだが、此処は色々と規格外の生徒が多いため、油断できないのだ。

「雄一先生も、どうぞ」

「ああ、わりぃ」

 刹那が差し出してきたタオルを預かり、汗を拭う。刹那と目が合い、互いに笑いあいながら、先程の打ち合いの改善点を、話し合った。

 やがて、その話も終わりになると、刹那が声をかけてきた。

「そ、そろそろ、朝食の時間ですね」

「ああ、そういや、そうか。んじゃ、真名によろしくな」

 同室の仲間に宜しくと伝え、雄一は刹那と別れた。刹那は、少しだけ雄一を見送った後、小さくため息を吐く。

「………ちょっと、まだ押しが弱い、か」

 何かと悩み多き年頃なのであった。

 

 

 

 

 ネギ・スプリングフィールド。

伝説の『魔法使い』を父親にもつ彼は、最近では一人で眠ることにも慣れ、眼を擦りながら一人でリビングに出た。

 赤髪に小さな眼鏡をかけた彼は、リビングから香る匂いに、意識を覚醒させ、扉を開け放つ。

 視界の中心には、いつも使われる長い机、左手には、キッチンの見えるカウンターに、見慣れた大きな背中が、見えた。

 多くの命と世界を守り抜いた、力強い背中。自分が目指すその背中は、白いシャツと黒のエプロンが見える。

 その背中へ、ネギは声をかけた。

「おう、おはよう。ネギ」

「うん! おはよう! 雄兄!」

 そこにいる人に、ネギは満面の笑顔を向けるのだった。

 ネギの朝食は、にぎやかである。隣に住んでいる明日菜、木乃香、レウィン、雄一、ネギを基本に、刹那と真名と追加メンバーも現れるのだ。

 今日は、いつもの面子だった。何かふてくされている明日菜をよそに、雄一は皆の前に朝食を配り始めた。

 近衛 木乃香。この学園の学園長であり、関東魔法理事長でもある近右衛門の孫であり、その身に膨大な『魔力』を持つ彼女は、雄一から受け取った味噌汁のお椀を見ると、嬉しそうな声をあげた。

「あわ〜♪ 豆腐と油揚げやわ〜♪」

 嬉しそうな木乃香の言葉に、ネギも笑顔で頷く。雄一の料理は、一工夫されていることもあり、毎日一定以上の水準を保っていることもあって、美味しいのだ。

 明日菜も、ふてくされた様子ながらも雄一からお椀を貰う。

最後に貰ったのは、端正な顔立ちを持つ、レウィンだった。頭の後ろを覆うイヤーカバーに、首に掛かるぐらいの色素の薄い髪の毛が特徴的な彼女は、人間ではなくロボット―――『ヘルドール』と呼ばれる存在だった。

雄一の【相棒】であり、同郷の存在ではあるが、何かと暴走するので要注意すべき存在である。

 レウィンは、そのお椀を自身の顔に近づけると、匂いを嗅いだ後、告げた。

「ふむ。マスターの料理は相も変わらず、美味しそうだな」

「あんがとさん」

 そういいながら、雄一も自分の場所に座る。順番的にはレウィンの右隣で、左手にはネギ、明日菜、木乃香という席順だ。

 朝御飯は、もやしとわかめの中華サラダに、ホッケの開き、味噌汁に御飯と、キュウリの浅漬けだ。それも雄一が作ったものである。

「では、いただきます」

「「「「いただきます」♪」ー」!」

 雄一の音頭で、それぞれが言葉を返す。そこから朝食が始まり、雑談が入った。

 生徒と先生がこういうふうに生活するのもどうか、等と思わなくもないが、公私を混合するような人も居ないので、大丈夫だろう、と思う。そう考えるようになったのも、三年離れていた成果なのだが、それはさておき。

「でさ、結局雄一は、どんなところを回ってたわけ?」

「ん?」

 朝食の会話の流れで、雄一が回っていた世界の話になった。童顔のせいか、余り年を取ったといわれないが、三歳年を取っているのだ。知らないうちに成長した、などといわれても、気になるのだろう。

 雄一は、味噌汁を一啜りした後、口を開いた。

「最初は、あのゲームとかに出てくる、「魔王」がいる世界だったかな。縁あって「勇者」のお守りをすることになったんだが、耳が聞こえない上に女の子でな。色々と大変だったんだよ」

 そんな、どうでもいいようなことだ、といわんばかりにさらっと答えた雄一の言葉に、三人の動きが止まり――――。

「「「ええええええええええええッ!?」」」

 叫んだ。余りの声量に頭を振り回す雄一へ、明日菜が身を乗り出して胸倉を掴みながら叫んだ。

「あ、あんた、なんでそんなことしてたのよ!」

「し、しかたないだろ! 『アカツキ』の大多数が、その世界で支配しようとしているやつらばっかなんだから!」

 『アカツキ』というのは、雄一達『ルシフェル』の天敵であり、深層下無意識集合体≠ナある。一生命体が根本では1つに繋がっており、すべてがひとつになると凄まじい力を持つ存在だ。

 そしてそれらは個≠持たず、何かしらの方向性に邁進するという性質がある為、非常に危険なのだ。

 そしてそれらの、最大の目的が、増大。他の生命体を吸収し、増えるのが目的なのだ。

「不幸にも、その勇者は『アカツキ』の影響で耳が聞こえなくてな。俺と一緒に「魔王」を倒したけど、ほとんど彼女一人で倒したようなものだし、時間が戻っても一人で倒せるはずだよ」

 そういい、明日菜に戻るように指示する。流石に自分でもやりすぎたのか、と感じているのか、素直に戻っていった。

その様子を木乃香とレウィンが楽しそうに見ており、明日菜はさらに不機嫌になってしまっていた。

 ネギから期待に満ちた眼差しを向けられ、話を続けた。

「あ、あと、あれだ。此処みたいに馬鹿でかい都市に出たこともあるぞ? ジャッジメントっつう奴等や、超能力者やらがいて、レベル分けされていたな。ま、普通の人が住んでるし、なんとなく、科学の方向性のほうが強かったなぁ」

「へぇぇ。ほんまにいろんな所にいったんやなぁ」

 感心する木乃香の後に、レウィンが言葉を発した。

「で? どんな女の子と仲良くなったんだ?」

 レウィンの言葉に、雄一は眉を潜めながらも、唸った。

「………ムカつくが、女の子ばっかりだったのは、悔しいが認めてやる。男で友達になれたのは、胡散臭い関西弁と中学生で煙草を吸ってる奴だからなぁ」

「それで? 女の子は?」

 レウィンの追及に、明日菜まで加わる。それに怪訝な思いを浮かべながらも、雄一は答えた。

「まぁ、一番大変だったのは、なんか、本をいっぱい覚えている奴と、電気びりびりだったな。結局、空間湾曲は上手くいったんだろうか………?」

 話している途中で、何かしら思い出したのか、心配そうな声音になって行く。雄一も決して安易な気持ちで接してきたわけではないので、其れを察した三人も、口を紡いだ。

「そ、そういえば、あの馬鹿オコジョは何処いったの?」

 気まずい雰囲気を生み出してしまった明日菜が、話題を切り替える。

明日菜の言葉に、そういえば、と言った様子で辺りを見渡す雄一とネギ。明日菜にいわれるまで気が付かなかったとはいえ、オコジョであるカモミールが見つからないのだ。

 それほど心配していないのだが、ほうっておくと厄介なことになる火種その2なので、とりあえず火種その1に頼む。

「レウィン。カモが何処にいるか、見つけといてくれ」

「了解。捜索開始―――発見。今、廊下に居ます」

 頼んだと同時に実行、発見したレウィンの言葉に、雄一とネギが顔を見合わせたときだった。

 チャイムが、鳴り響いた。

 雄一が小首をかしげながらも、玄関に向かう――――と。

「ほれ。貴様のところのものだ。少しは警戒しろ」

 そこに居たのは、金髪の長いウェーブがかった髪を持つ少女だった。 

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。【闇の福音】という二つ名をもつ『最強の魔法使い』だ。今現在、ネギの師匠であり、雄一にも理解を示す、齢五百を越える『吸血鬼』だった。

彼女は、手に持ったものを雄一のほうに向けて投げてきたので、雄一は其れを手で叩き落した。

『グペッ!?』

 潰れたかえるのようなうめき声を上げる白い『何か』を無視して、雄一は再度、エヴァンジェリンへと顔を向けた。

「よう、おはようさん。朝飯でも――――」

 雄一が、エヴァを朝食に誘おうとした瞬間、エヴァの背後から何かが、飛び出した。とっさに其れを見極めた雄一は、その存在に、一瞬だけ身体を硬直させた。

 その雄一の髪を、その小さな影が掴んだ。其れを軸にぐるりと回るように身体を滑り込ませると、雄一の頭を抱きしめるように、両足を伸ばした。

「ケケケ」

 特徴的な、軽快な笑い声。

遠心力により、首へと負担が掛かった雄一は、首をさすりながらも、その存在へ声をかけた。

「あんまり、無茶な乗りかたすんなよ? 痛いんだからな、それ」

 雄一の抗議の声にも、チャチャゼロは軽快な笑い声を返すだけだった。髪の毛をぐるぐると巻いている感触を覚えながら、雄一は改めて、エヴァに視線を向けた。

 すると、エヴァの目が半眼になっていることに気が付く。彼女は、両腕を組みながら雄一を見上げると、頬を引きつらせながら、告げた。

「仲良さそうだな、お前らは」

 何を今更、と言おうとしたが、チャチャゼロが頭に自分の顎をつけると、思いっきり身体でつかみながら、告げた。

「羨マシイノカ? 御主人?」

 チャチャゼロの言葉に、エヴァの顔が一瞬で朱に染まった。ゴゴゴ、と良く分からない威圧感を放ちながら、エヴァは右手をわなわなと震わせた。

「死にたいようだな………」

「いやいや、落ち着けよ、お前」

 今にも暴れだしそうなエヴァを宥めすかしていると、後ろから足音が聞こえてきた。

「雄一、何してるの―――って、エヴァちゃんじゃない」

 後ろから出てきたのは、明日菜だった。雄一が視線を向けると、頭に乗っかっているチャチャゼロを見て、眉を潜めた。その明日菜の対応に、チャチャゼロは軽く笑うことしかしなかった。

 とりあえず、雄一はエヴァへ、声をかけた。

「今、朝御飯食べてるところだけど、お前も食べるか?」

「………まぁ、いただこうとするか」

 エヴァの言葉に、雄一は笑顔で返すのだった。

 

 

 

 エヴァを交えての朝食は、楽しく過ぎたと思いたい。エヴァが俺の飯を奪い、チャチャゼロが味噌汁を飲むのを邪魔したり、明日菜とエヴァが喧嘩をしてネギがオロオロしていたり、木乃香が楽しそうに笑っていたり、色々とあった。

一番の反響を受けたのは、俺が回った世界の話なんだが、ぶっちゃけ、あんまり話したくはないよなぁ。いや、経験だけは積めたからいいんだけど、結局強くなって無いし。

だって、自分は覚えていても、向こうは覚えていないんだぜ? まぁ、自分で選んだことだから今更何を言うわけでもないけど、な。

「………というわけで、今日は休みなわけだが」

 夏休みに入ったのは、つい先日。俺が戻ってきてまだ二日目なのだが、帰ってきた日とその次の日に歓迎会(なのかな? 多分)を開いてくれた。嬉しいのだが、一緒に来ていたアーニャがなにやら不穏な空気になっていたのは、記憶に新しい。

 そのアーニャだが、昨日、今日と俺が予約したホテルに泊まっているので、ネギに迎えに行かせた。幼馴染と言うことでかなり仲が良かったんだが、何となく夕映と火花を散らしていた、よーな………?

 ま、いっか。今日は麻帆良を回るとか言ってたし、俺は俺で残っている仕事でも片付けようか。

学生が休みでも、基本的に先生は忙しいものだ。特に俺の場合は、ネギの副担任と言う立場もあり、ネギには年相応に遊んでもらう為(無論、最初の一年だけだが)、学生と同じ感覚での休暇が与えられていた。

 そう考え職員室に向かったのだが、実は、ガクエンチョウが俺を先生として除名(正確に言うと、活動停止)していた為、仕事がないのだ。

 当初受け持つはずの仕事も、何故かレウィンが終わらしており、他の誰にも迷惑をかけなかったということで、実の所、図書館探検部の顧問ぐらいしかやることが残っていない。

と、いう訳で、俺も街に出た。上手くいけばネギ達に合えるかな、などと考えていたのだが………。

「こら! 聞いていますの!? 雄一!」

「わーってるって、高音」

 俺は高音・D・グッドマンと佐倉 愛衣の二人組に捕まっていたのだ。

高音は金髪で長髪の、何かと高圧的な雰囲気を持つ女性であり、愛衣は赤髪のツインテールで、いつも箒を持ち歩いている子だ。

 高音とは同い年ぐらいで、良く話をするのだが、『事情』を知りつつ、まだ説明していないからか、かなり不機嫌だった。おとなしめの愛衣も、流石に怒っている様子が見えた。

「わかったわかった。説明してやっから、とりあえず近くの店にでも行こうぜ?」

 説明しなければしないで、面倒なことになるし、なにより視線が痛い。

 ああ、ガクエンチョウにはすでに、話を通してある。色々と話しきれていないこともあるが、まぁ、俺は俺、だからなぁ。

 と言うわけで、近くのカフェに入ると、愛衣に頼んで認識阻害の魔法を使ってもらい、あの時起きたことを、短絡的に話した。

「対消滅≠ノ巻き込まれたものの、相克関係にある俺には効かなかったので、そのまま他の『世界』に蔓延っていた『アカツキ』を討伐して、気が付いたら三年経ってたけど、こっちの時間では二週間で戻ってこられた」

 ………うん。自分で言っていてなんだが、わけがわからない。其れは二人も同じようで、高音は怒りに震え、愛衣はポカンとしていた。

 そこから高音が爆発し、洗いざらい話したのだが、まだ納得していないようだった。

「まったく! ………とはいえ、相手が危険だという事は、あの時に理解していたから、もう何も言いませんが―――大概にしてくださらない?」

「本当に、気をつけてくださいね」

 キッと睨みつけてくる高音に、俺は微妙な笑顔しか浮かべられなかった。

カフェも奢り、貴重な時間も潰れるなど、結構散々な眼に合ったのだが、とりあえず二人も納得してくれたようなので、まぁ、いいほうだろう。

 『仕事』があるという二人と別れ、また薄くなった財布にため息を吐きつつも、また町を回ろうと、歩き出すのだった。

 夏休みと言うことも在り、生徒達は積極的に町へと繰り出しているようだ。

 ………そういえば、レウィンは何処に行ったんだっけ?

 そういえば、アーニャとネギ達を観察するとか何とか言っていたっけ。アーニャも、すこしはネギに素直になればいいのになぁ。

 アーニャとは、それなりの付き合いだ。まぁ、ネギのお姉さんであるネカネさんにはお世話になっていた時の付き合いなのだが、何かと目くじら立てるんだよな。

 まぁ、日本には興味があるはずだし、ネギも一緒だし、気にしない方向で行くか。

 そんなことを思っていると、視界に見覚えのある顔が、あった。

 トコトコと歩いている後姿。薄手の蒼のワンピースに、長い前髪を持った彼女は、両手で紙袋を提げているのだ。

 まぁ、ぶっちゃけると、宮崎 のどか、なのだが。

「お〜い」

 一人のようなので、声をかけてみる。しかし、のどかは気にした様子もなく、トコトコと歩いて行ってしまった。

「………」

 嫌われているのか、と考えてしまうが、実際の所、彼女が気付いていないだけだ。

「お〜い」

 そういいながら、彼女の背中に近付く。肩に手を置いた瞬間、手が思いっきり弾かれた。

 払われたのではなく、驚いて跳ね上がった勢いで、手が弾かれたのだ。万引きが見つかった女子高生以上の反応に、思わず驚く。

 その間に、のどかはこちらを見て、眼を丸くしていた。かなり慌てた様子で、叫ぶ。

「ゆ、ゆういひひぇんひぇえッ!?」

 ―――訂正、慌てすぎだった。

「いよう」

 軽い調子で、答える。特定の生徒と仲良くするのはドウナンダ、と自分でも思うが、この学園だと、結構普通らしい。

 まぁ、さっきの二人(高音と愛衣)は、普通にタメ口なのだ、が。

 そうこうしているうちに、のどかはどうやら落ち着いたらしく、片手を心臓の位置において、深呼吸をしていた。

 嫌われていないのは分かるのだが、あんまり、こう、なんていうか、なぁ?

「あれ? 雄一先生じゃん」

 そういいながら現れたのは、眼鏡をかけた、触覚のように逆立っているクセ毛が特徴的な、黒髪の女の子、早乙女 ハルナだった。

 目下、危険人物の一人だ。事あることに俺を「ラブ臭発生装置」だの、「フラグメイカー」だのと言い回し、かき回してくれる。

 ちなみに、いわゆる腐女子といわれる生徒だ。

 彼女の服装は、Tシャツにジーパンと、ラフな格好だった。彼女らしいといえば、彼女らしい。ちなみに、渾名は「パル」である。

 さて、取りあえず、俺のするべき行動といえば………。

「あ、あのさ、先生? ………なんで拳骨を作ってるのかな?」

「んあ? 違うのか?」

 違うよ!? と涙目でいうハルナの言葉を聞きながら、俺は彼女の持っている紙袋を見て、何をしていたのかを察した。

 ま、悪い生徒じゃないんだけど、な。

 そんなことを考えていると、旗色が悪くなってきたのか、ハルナが声を上げた。

「そ、そうだ! 先生もさ、なんでこんなところにいるの!?」

 ………慌てているという事は、なんか変なことでもしてたんじゃないのか?

 そんなことを考えながらも、一応、答えた。

「ネギがアーニャと出かけててな。 ………ん? そういえば、二人はついていったんじゃなかったのか?」

 夕映が着いていったから、当然のように着いて行っているものだと思っていたのだが、違うらしい。

ははは、と軽く笑いながら、答えた。

「いやぁ、鳴滝姉妹がついてったから、良いかなぁ、なんて」

「あの、見失っちゃったんです」

 ほぼ同時、しかし、俺としてはのどかの方を信頼しているので、のどかに視線を向ける。

「何? 尾行でもしてたのか?」

 まぁ、十中八九、後ろで逃げようとしている、あの触覚の持ち主の手腕だろうが。

 ガシッと、頭を掴む。力任せに振り返らせると、満面の笑顔を浮かべた。

「ちょ、恐い怖い!? た、ただ夕映とネギ先生がくっ付けば面白いかなぁ、なんて」

「よし、天誅だ♪」

 アガガ、と悲鳴をあげるパルを置いて、俺は頭を回す。

成程、少し路地を離れた所に二人がいるのは、そういうわけだったのか。

そのまま、のどかに視線を向けた。

「んで? ネギと夕映とアーニャは?」

 俺の言葉に、のどかが困惑しながらも答えてくれた。

「あ、あの、見失って………」

「ああ、そうだったっけ。んじゃ、もう帰ってるかも。もしかしたら、エヴァハウスかも」

 そういえば、アーニャにネギのことを話したら、鼻で笑われたっけ。ネギがそんなに強いわけないじゃない、って。

 ………正直、俺より強い気がするんだが?

 それは、さておき。

「ま、なら家に戻るか。パル。お前は今から、家に帰って勉強もってこい」

「なんで!?」

 ギリギリと、手に力を込めながら、笑顔で言ってやる。

「お前、最終日までやらないつもりだろ?」

 数学と英語は、最後までやらせることにした。

 

 

 

「――――で? 連れてきたと?」

 二本の色の違う筋の髪の毛に、肩までの透き通る銀髪。ヘッドフォンのようなイヤーカバーに、黄金率を模した肢体をもつ彼女は、入り口で自身のマスターに対して、ため息を吐いた。

 その表情は、無表情。基本的に表情は変わらないが、ロボットとは思えない表情を見せるのが、彼女だ。

 レウィンの微妙な眼差しに、雄一は右手で捕まえているパルを解放すると、彼女に声をかけた。

「で? 他の連中は?」

「木乃香様は、ネギ様を迎えに行ったぞ? どうやら、色々と巻き込まれていたようで、道に迷ったらしい」

 何をしているんだ、と表情で訴えながら、雄一はのどかと頭を押さえているパルに視線を向けた。

「んじゃ、また後でな」

「ううぅ………」

 目尻に涙を溜めているパルに、やりすぎたか、と思わなくもなかったが、正直これぐらいやらないと、本当に手を抜くことを、雄一は知っている。

 部屋に帰って取ってくるまでの間に、晩御飯の用意をしないといけない。当たり前のようにかなりの人数が集るので、いつも大騒ぎだった。

 しかし、雄一にとって、楽しみなのは間違いないが。

「昨日のうちに豚の角煮は作ってあるけど、脂っぽいのは女の子が嫌だろうしなぁ。久し振りにシーザーサラダ食べたいし、買い物にでも行ってくるか」

 暑いから、冷製パスタでもいいかもしれない、などと考えていると、見慣れた顔が文字通り、顔を出した。

「………帰ってきたんだ。お帰り」

 明日菜だった。朝から何かと不機嫌だったが、すこしは機嫌が戻ったようで、若干物腰が柔らかい。明日菜の場合、美味しいものを食べると、コロッと機嫌が戻ることもあるのだが。

 丁度良かったので、雄一は声をかけた。

「あ、明日菜。買い物に行くけど、何か欲しいものでもあるか?」

「え? 雄一買い物に行くの? ………せっかくだし、私も行くわ」

 なんか、色々と考えていた様子だったが、すぐに、そう言い出した。それと同時に入り口においてある自分の靴を履くと、雄一に悪戯めいた表情を浮かべた。

「ま、なんか驕ってもらおうかな。で? 晩御飯は何?」

「ん? とりあえずシーザーサラダかな」

 そういいながら、レウィンに声をかけて、扉を開けて出て行く二人の背中を見送って、レウィンはフッと、微笑んだ。

 何て、不自然で自然な光景だろうか。一昔前まで、一瞬先すら分からない闇に包まれた世界が、こうも、綺麗なのだから。

「ゆっくりしてこい、マスター」

 ここが、貴方の求めていた、場所なのだから。

 

 

「あ、雄一!」

「雄兄!!」

「雄一先生」

「お、ネギにアーニャ、それに夕映っちか。今帰りか?」

「遅かったじゃない。木乃香も?」

「そうや〜。二人はどっか行くん?」

「ん? 買い物だ」

「そういうこと」

「あ、雄兄ぃッ! みっけ♪」

「見っけです!」

「風香に史伽か」

「拙者もいるでござるよ」

「よ。楓」

「………なんでユーイチの回りに、こんなにいるのよ」

「雄兄は、人気者だからね♪」

「ネギ先生も、人の事は言えないです」

 

 

 

 歩けば、見知った顔がある。

 戦いの連鎖は辛く、知った顔が忘れて行く輪廻を過ごしたけど、その戦いは、無駄じゃなかった。

 戻って、こられた。

 その実感は、何物にも変えられない。

 

「如何したの? 雄兄?」

 

 全員が、俺に視線を向ける。

 その視線の、一番前にある存在が、丸い目が、俺を見ていた。

「………いや」

 笑みが、自然と毀れる。それと同時に、戒めた。

 まだ、終わっていない。始まっても居ない。

 ようやく、約束≠果たせる場所に、立ったのだ。

 

 ただいま。

 

 その言葉は、最後に言おう。

 

 

 今日も、麻帆良学園都市は平和だった。

 

 

 

 





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