ある日の朝、いつもの食卓で、珍しくネギとレウィン、明日菜と木乃香だけで朝食を取った後、気難しそうな顔をしたネギに、呼び止められた。
ネギ自体はいつも、小難しい顔をしていたりするのだが、今回はかなり真剣な表情だ。とはいえ、俺だけじゃなくてレウィンや明日菜、木乃香が居ることで、俺だけに伝えることではない事は、理解した。
ゴホン、と、一つ咳をした後、ネギはこう、切り出したのだった。
「雄兄、レウィンさん! 明日菜さん、木乃香さん! 一緒に、『魔法世界』に行ってくれますかッ!?」
実に丁寧な口調で、そういってくれるのであった。
第二話 『ネギま部』結成と、修業と。
「―――簡潔にいうと、長期休暇を利用して、ネギ様のお父様、ナギの捜索をしよう、という事ですね?」
レウィンの無機質な声で、ネギの言葉が簡潔に話された。聞かされたときは、流石に面を食らった顔をしていた雄一も、やや落ち着いた雰囲気で、自分で淹れたお茶に口をつける。
明日菜は、神妙な表情を浮かべていたが、木乃香はおおむね、賛成の方向だ。
雄一は、テーブルの上にお茶を置きながら、真剣に検討してみる。
「まぁ、長期休暇は先生にもあるし、一ヶ月は無理でも、三週間はいけるか。まぁ、始業式とかの打ち合わせだけしっかりすれば、文句も言われないだろうし」
不意に、雄一は明日菜に視線を向ける。雄一の視線に釣られ、ネギの視線と木乃香の視線も、明日菜へと向けられた。
一身に視線を受けた明日菜は、慌てた様子で口を開いた。
「ちょ、何!? 私が決めるの!?」
明日菜の言葉に、雄一は何度も頷くと、答えた。
「まぁ、ネギの『パートナー』は、お前だろ? 俺は、ネギが行くといえば、行くしな」
雄一の『約束』の一つに、ナギの発見と1発殴るというものが、ある。
といより、危険な場所に誰かが行くのならば、誰よりも早く矢面に立つのが雄一だ。そして何より、雄一は知っていた。
「ま、学園長に相談していた、ってことだし、一応、俺にも話は来ていたからな」
『本国』である魔法世界≠ノ行くには、ネギだけでは不可能だ。だからこそ、学園長の力が必要であり、ネギは前々から相談していた。
ちなみに、学園長は快諾している。もともと、若い人間が様々な体験をすることに積極的な人物なので、拒否することはないのだが。
(まぁ、ガクエンチョウも、危険な場所にそうそう投げ込まないだろうし)
前科がある以上、あまり期待できないことではあるが、100%保障されるものなんて、この世に一つもないのだ。
その間にも、色々と考え込んでいた様子の明日菜だったが、ネギの真摯な眼差しを見て、相好を崩した。
「ま、仕方ないわね。ただし、一人で危ない事はしないでよ」
その明日菜の言葉に。
「はい!」
ネギが顔を綻ばせ、眼を爛々と輝かせながら答えた。
こうして、ネギと雄一達の魔法世界″sきが決まった―――かに思われたのだが。
まぁ、一筋縄では収まらなかった。
「で? 『事情』を知っている者達を集めて、「英国文化研究部」と銘を打って申請する、という事か?」
エヴァの家、テラスから覗く小さな空き地で、エヴァはそう告げた。
「ああ」と、気のない言葉を返しながら、雄一は身体を解す。
「ま、学生の身分で、旅費は工面できないだろ? 俺も厳しいし………」
そういいながら、首を回す。その様子を、少し離れたテラスで見ていたエヴァが、茶々丸の淹れた紅茶に口をつけながら、眺めていた。
回りには、それなりの認識阻害の魔法が掛けられている。
エヴァンジェリンに、無茶苦茶な魔力で、いい加減にかけられていた『登校地獄』は、雄一の『能力』によって、完全に消滅した。
お陰で、完全に『魔力』を取り戻したエヴァだったが、今の所、大きな問題を起こした事はない。雄一が頼めば、こうやって魔法を掛けてくれるぐらいだ。
しばらくしてから、唐突に、雄一は眼を閉じた。それからしばらくして、雄一の体がほんのりと、光に包まれた。
『フォトン(光子)』と呼ばれる、『ルシフェル』が扱う力の根源。
性質としては、『氣』に近い物を持ちながらも、『魔力』と『氣』双方の、根本的存在だ。つまるところ、『氣』も『魔力』も、『フォトン』から生まれているのだ。自身から発生することもあり、『氣』に近い性質を持っているのである。
光は、満遍なく、雄一の身体から溢れていた。やがて、その光が収まったと同時に、雄一の目が開いた。
「調子は、いいようだな」
その様子を眺めていたエヴァが、そう告げる。其れを聞いた雄一は、困ったような表情を浮かべながらも、笑った。
「プロミティブが最後に、身体の不調を全て直してくれたからな。まぁ、傷は俺の戒めだから、治さないように言ったけど」
基本的に自虐的な戦いを取る雄一の体は、すでに限界を迎えていた。しかし、全ての役目を終えた雄一の傷を、【大神】と呼ばれる管理者が、癒してくれたのだ。
お陰で、身体に刻まれた傷以外、雄一に今、不調はない。鳴滝姉妹に、誕生日の時勧められた香水もしているので、血のニオイ≠煢氓ウえられていた。
成程、心配はなさそうだ、とエヴァも判断する。それどころか、楽しみでもあった。
(本来の力が全て引き出せるのであれば―――雄一、お前の力は、どれほどのものだ?)
雄一の、本来の力が如何程のものなのか、エヴァはそれだけが知りたかった。
しかし、10分後にエヴァが見た光景は、地面に突っ伏した雄一の姿と、その背中にちょこんと乗る自身の『従者』の姿だった。
よ、弱い………。い、いや、弱いというより、手を抜いていると見るべきか?
初撃では、雄一に有効な一打と言うのは、存在しなかった。私ですら、どんな広域魔法を使っても、有効な一打は与えられないだろう。
しかし、其れは初撃だけだ。一合交えた後は、まぁ、誰でもそうなのだが、隙と言うのは生まれるものだ。
其れを逃すチャチャゼロでは、ない。雄一も其れは分かっているようだが………。
「貴様、手を抜いてたな?」
「………何処をどう見たら、そう見えるんだよ」
私の声に、不満げな言葉を返す雄一。その言葉を聞きながら、私はチャチャゼロに、視線を向けた。
視線の意図を察したのか、チャチャゼロが頷いた。
「マ、手ヲ抜イタッテ訳ジャナイダロ。ソウイウ奴ナンダロ? コイツ」
―――まぁ、そうだろうな。
相手の攻撃を止めるには、相手を傷つけなければならない。実力差があれば、無力で止めることはできるだろうが、相手は油断をしていないチャチャゼロ。まず、不可能だ。
とはいえ、倒れてはいるものの、致命傷はない。見た感じだと、足でも引っ掛けた、か。
もしくは、わざと、だな。
「………相変わらず、底を見せぬ男だ」
「え? 底なんてないぞ? あれ? 勘違いされてね?」
そうだ。この男の底を、生死を賭けた戦い以外で見ようという事自体、おこがましい。
それが、この男なのだから。
「んで? どうするんだ?」
「ん? 何がだ?」
はて、何か言われていただろうか? こいつ等の言う『ネギま部』に関しては、私なりの意見を言っていたはずだが………?
そんな私を見て、雄一は呆れたような口を開いた。
「何って、出かけないのか? ほら、麻帆良祭で回れなかったから、後で出かけようって言ったのは、エヴァだろ?」
――――ああ、正直に言おう。私は、確かにこの瞬間――――。
「へ?」
素っ頓狂な言葉と共に、混乱していたのだ。
と言うわけで、エヴァと一緒に出かけることとなった。いや、忘れられていたのは、ちょっとショックではあるんだが………。
「御前は、そこか」
「ケケケ」
半分セットのようなチャチャゼロは、俺の頭に引っ付いている。先ほどの手合わせで気付いたんだが、やっぱ、接近戦ではチャチャゼロに軍配が上がるよなぁ〜。
………三年間、死ぬ気でやってきてこれっていうのも、気分が滅入るもんだぜ。
まぁ、仕方ない。分かってたことだし。
今は、エヴァが出かけるために着替えているところだ。茶々丸が淹れてくれた麦茶で喉を潤しながら、待っている。俺も汗をかいてシャワーを浴びたが、まだエヴァは出てこないのだろうか。
う〜む。昨日のうちに連絡しておいたほうが良かっただろうか?
「あ、マスター」
俺がそんなことを考えていると、件の人物のエヴァが、ようやくやってきた。
振り返ったのだが、意外だった。
波を打つブロンドヘヤーに、白い柔肌、其れよりも純白のゆったりとしたブラウスに、スカート。ところどころ十字架のデザインが入っているのが、アクセントを加えている。
凄まじく似合っていた。
「ほほう、似合っているな。さすが、ゴスロリ主義」
「其れは褒めているのか? ああ?」
まぁ、見た目は完全に小学生だし。本人がゴスロリ好きなので、幼く見えてしまうんだけど、な。
「そういう貴様も………似合っては、居るぞ?」
「そうか?」
ああ、そうそう。シャワーを浴びた時に、軽く着替えておいた。上は黒のタンクトップと、七分袖のジャケットを更に袖まくりしている。下は、蒼のジーパンだ。
―――こういうセンスしかないんだよ、ちきしょう………。
(落ち着いた雰囲気ながらも、男っぽいな。童顔といわれて、顔をしかめておったが………)
外は暑いが、通気性はいいので、暑くはない。エヴァは、茶々丸から白い帽子を受け取ると、こちらに顔を向けた。
「では、行くか。何処に行くのだ?」
帽子を深く被り、見上げてくる。その小さな女の子へ、俺は手を伸ばしながら、答えた。
「気の向くまま、ってのはどうだ?」
「………ちゃんとエスコートしろ、馬鹿者」
その手を握りながらも、憎まれ口を叩くエヴァの顔は、笑っていた。
「此処は、いつも活気に溢れているなぁ」
エヴァと雄一は、とりあえず麻帆良の商店街へ着ていた。服を買いたい、という雄一の申し出も在り、エヴァとチャチャゼロから特に文句は出なかった。
ちなみに今、雄一とエヴァはしっかりと手を握っている。回りからは微笑ましい視線が来るが、誰も恋人とは思わない。
シックな雰囲気を持つ、ガラス張りの洋服店に入った雄一は、薄手の半袖を手に取りながら、口を開いた。
「んで、ネギの修業はどうなんだ?」
「ん? ぼーやか? 貴様が居なくなった三週間で、それなりに成長したぞ? 居なくなってから、しばらく私が指示してはいなかったが、眼を見張るものはある。お? これなんかどうだ?」
そういい、エヴァが差し出してきたのは、黒地に十字架が大きくプリントされた半袖だった。十字架も細かい装飾がされているので、シンプルながらも格好いい。
受け取りながら、サイズを確認する。サイズ的にはMとLの中間ぐらいが丁度いいのだが、エヴァが持ってきたのはLサイズ―――着やすいとは、言える。
「コレ、『御主人』ノ趣味ダロ?」
チャチャゼロの言葉通り、エヴァの趣味全開といえるが、雄一は納得した。
「んじゃ、これ貰って行くか。後、ズボンか」
「サイズはどうなんだ?」
エヴァに見積もってもらい、服を買う。自分でもセンスが良いとは思っていない雄一にとっては、エヴァの提案は嬉しかった。
ふと、雄一の視線の先にある物が映る。其れを手にとって、視線を下に向けた。
かなり上機嫌な表情で、雄一の服を選ぶ、エヴァの姿。身長差もあり、親の服を選ぶ子供にも見えなくないが、そういうと怒るだろう、と思う。
そのエヴァの、つばの大きな帽子を、取る。それに驚いて、「ひゃッ!?」という悲鳴をあげ、見上げてくるエヴァの頭へ、其れを乗せた。
頭に乗っかったのは、ハンチング帽。彼女の、白い服とは対照的な、黒を基調に、白いリボンがぐるっと巻かれた、可愛らしいものだ。
男物のところに、何でこんなものがあるんだ、と思いながらも、見上げてきたエヴァへ、雄一は笑顔を浮かべた。
「似合うぜ、エヴァ。女の子はこういうの嫌いかな?」
雄一の言葉に顔を真っ赤にした彼女は、小さく「ば、馬鹿者」と言うと、そそくさと服選びに戻った。
しかし、彼女の帽子は雄一の手の中にあり、彼女の頭の上には、黒のハンチング帽。
苦笑しながら、雄一は一緒に会計を済ますのであった。
流石に手荷物を持ったまま行動を続けるのも何なので、荷物は駅前のロッカーに預けてきた。
駅前の喫茶店、テラスになっている所で、円形のテーブルに座って待っていたエヴァとチャチャゼロに軽く手を挙げながら、雄一は椅子に座った。
近付いてきたウェイターに、アイスコーヒーを頼みながら、雄一はエヴァに聞いた。
「んで? 実際の所、ネギはどのくらい強いんだ?」
雄一の言葉に、無粋な真似をするな、とエヴァから抗議の視線が行くが、彼女は答えてくれた。
「ぼーや以外も、積極的に訓練していた。ほとんど師事していないが、かなりの力はもっているだろうな。………しかし、デートの最中で「オイ、雄一、コレハドウダ?」」
「お、似合っているぞ? チャチャゼロ」
尻すぼみに小さくなっていったエヴァの言葉をかき消すチャチャゼロの言葉に、雄一は顔を向ける。
視線の先には、先ほど雑貨屋で大きなリボンを買ったチャチャゼロが、雄一の前に座って前髪につけている。其れを直してやりながら、雄一は運ばれてきたアイスコーヒーに口をつけた。
時刻的には、丁度正午を回ったところだ。
「エヴァ。どっかで飯を食うけど、どこがいい?」
「む? そうだな。何処でも良いが………せっかくだから、「超包子」にでも行ってくるか」
エヴァの提案に、雄一も是と返す。チャチャゼロを持ち上げながら、財布を取り出した。
「んで、午後はボウリングにでも行くか? それとも、どこか行くところでもあるのか?」
「行きたいところではないが――――」
そういい、エヴァは力強く微笑むと、口を開いた。
「丁度いい場所が、ある」
その顔はどこか、悪戯めいた色を持っていた。
そういいながら、歩きだしたエヴァを見送った瞬間、雄一はゾクッと、背筋に何かが走った感触を覚えた。
「おおうッ!? ………あの暴走人形、また何かしてんな?」
不意に感じた悪寒に、確信に近い閃き。
そうだ、と確信しながらも、何をしているかわからないもどかしさに、一種の絶望感を覚えながらも、雄一はエヴァに連れられて道を歩いていた。
向かう先は、どうやら図書館島らしく、雄一も何となく、予想はついていた。チャチャゼロが髪の毛をいじくるのを感じながら、雄一はぼやいた。
「何となく、嫌な予感がするんだよなぁ」
その頃、ネギと明日菜は、学園長室に来ていた。
今朝話していた『ネギま部』――正式名称「英国文化研究部」の申請と、ネギとの手続きの話をしていたところだ。
「ふむ。雄一君のパスポートの申請もあるから、八月上旬ぐらいじゃな」
実を言うと、雄一のパスポートは申請が終わっている。麻帆良祭中に海外に行かせようとしていたので、当たり前だ。
色々と話をしている中で、違和感を放っている二人組がいた。
レウィン・イプシロンとアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ――通称、アーニャの二人である。
別段、今日がはじめての顔合わせと言うわけではないのだが、以前は他にメンバーがいたうえに、アーニャが意識してレウィンと会わないようにしていたからだ。
自分よりも背が高いレウィンが、見下ろしている。その無機質な視線を感じながら、アーニャは内心、汗をだくだくと流していた。
(こ、この人が、ユーイチが言っていたレウィン、ね)
雄一の身の上話を聞いた時、【相棒】として名が上がったのが、このレウィンだった。『ヘル・ドール』といわれる自立人形だということは聞いていたが、どんな感じなのか聞いたときの、雄一の疲れきった眼が、今でも忘れられない。
『レウィンは―――基本的にはいい奴だよ。うん。まぁ、時に訳もわからなく俺を拉致したり、勝手に婚姻届を作っていたり、暴言を吐いた相手を拷問していたり、国家の最重要機密を持ってきたり、空中から絨毯爆撃を敢行したりするけど、基本は安全だ』
『其れのどこが安全ッ!? 暴走とかしない!?』
アーニャのもっともな意見に、雄一は光の移らない眼差しを虚空に向けて、こう続けたのだ。
『ま、全身の火薬に火がつけば、少なくとも地中海沿岸は火の海に沈むだけだ』
『ねぇッ!? ユーイチ!? 安全のあの字もないんだけど!?』
そんな存在が、目の前に居るのである。
脅えないわけが、ないのだ。
「アンナ様」
ビクッと、アーニャの肩が弾ける。其れすらも見透かしたような、レウィンの眼差しが静かに和らぐと、言葉が紡がれた。
「ふっ。マスターに何を吹き込まれたか分からないが、私はそれほど危険な存在ではないぞ? 精々、その想像の一割がいいところだ」
「え? あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど………」
まだ敬語なアーニャへ、レウィンは機械に思えない、満面の笑顔を浮かべていった。
「無理に敬語を使われなくてもいいですよ? それと、レウィン、と呼び捨てしてください。私も、アーニャ様、と呼ばせていただくので」
そういいながら、レウィンは右手の拳を、自身の胸に預ける。その眼は何故か力強くて、とても優しい色が燈っていた。
(………あれ? レウィンって、思った以上に、いいひ、と?)
人というには語弊があるが、雄一が言っていたことを聞いて、アーニャが想像していたものよりも、全然まともに思えた。
そのことを確信したからか、アーニャの顔から警戒と言うものが、なりを潜めたのだ。
「あ、うん! よろしく、レウィン!」
「ええ、よろしく。つきましては、ネギ様の用件が終わるまで、今回のことに関して私のほうから説明させていただきたいのですが?」
どうだ、とアーニャはその確信を深めた。イマイチ、話についていけなかった自分のために、こうまで親切にしてくれるではないか、と。
ユーイチの言う事も、ちょっと当てにならないわね、なんて思いながら、ネギのほうに視線を向けるアーニャ。
しかし、彼女は気づいていなかった。
ネギに一瞬だけ視線を向ける、その僅かな間。
レウィンの口角が、釣りあがっていたことに。
(ふっ。ネギ様に好意を抱いているアーニャ様の存在に、ネカネ様。其れでなくても、新しい情報は有益―――ふふふ。マスターが警戒させていたようだが、まだまだ甘いな)
レウィンとは、こういう存在なのである。
「いやはや、貴方が見えられるとは、これはもう少し、いいお茶を用意すべきでしたね」
エヴァに連れてこられたのは、図書館島深部にある、通称「クウネルアジト」だった。滝に包まれ、夏でも爽やかな空気を運ぶ此処は、確かに過ごしやすい。
エヴァの転移魔法の残滓の先には、長身の優男がいた。長いローブに、右側面の髪の毛だけを長く伸ばして纏めている、一見すれば女性とも見間違えてしまう彼は、雄一も見覚えがある存在だった。
「クウネルか」
「お久し振りです。雄一君」
もの優しい笑顔に、雄一も苦笑で返した。何処となく苦手な感じを受けるのは、やはり先読みをする相手を苦手にしているからだろうか。
とはいえ、雄一も、クウネルのことが嫌いではない。何より、聞いた話では麻帆良祭の時、姉と一緒に『アカツキ』の軍勢を押しとめていたのだというのだから、頭を下げなければ成らない相手だ。
雄一のいた世界で、名実共に【最強】が相応しい、姉と肩を並べて戦える存在―――それが、クウネルなのだ。
「ああ、クウネル・サンダースは、ただの偽名だ。本名はアルビレオ・イマ。【紅き翼(アラルブラ)】の一人だ」
ふん、と鼻を鳴らしてそういうエヴァは、ずかずかと歩き出していた。自分から連れ出したくせに、なんで不機嫌なんだ、と雄一は思う。
(………クウネル――ああ、アルだっけ?「クウネルでいいですよ」―――)
じっと、雄一の視線がクウネルに向く。心を読まれた、というより、彼の思惑通りに動いている感覚を、覚えた。
「ハハハ。では、こちらへ。今、美味しい紅茶を淹れますね」
「はいはい」
目の前に居るクウネルには、到底敵いそうになかった。
通されたのは、ソファーと椅子がそれぞれ並んでいる、庭園のようなつくりの場所だった。近くにはお茶を淹れる為の道具が用意してあり、クウネルの読んでいたであろう本が、小さく積まれていた。
クウネルが紅茶を淹れていると、彼に聞こえるようにエヴァが口を開いた。
「さて、これからの事だが、雄一。貴様の『事情』は、完全に終わったのだな?」
それは、エヴァとしては当然確認したい事象の一つだった。
何せ、【大世界】と呼ばれるくくりで起こりえる、最悪の事象。そして、雄一が此処に呼ばれた、最大の理由が、『アカツキ』の【襲撃】だった。
その質問に、雄一はこともなく答えた。
「ああ。大丈夫だ。もう、気配を微塵も感じない」
この【大世界】のくくりの中には、『アカツキ』は存在しない―――【大神】であるプロミティブが、確約してくれた事を話す。
ちなみに、プロミティブというのは、【大神】の中でも最高クラスの存在で、今現在の、雄一の『フォトン・ルース(貯蓄量)』を一手に担っている。
つまるところ、雄一の力の源が、プロミティブなのだ。
(………【大世界】そのものと同量以上の『フォトン・ルース』持ちなのは分かるんだけど、漏れている『フォトン』だけで、俺の全盛期の三倍だからなぁ)
ある程度、会話をしたことがある内容で思い出した事実だったが、今でもへこんだことは覚えている
とはいえ、『アカツキ』の完全消滅―――その帰結を迎えることになったのは、雄一の行動以外の何物でもなかったのだが。
思考がやや外れた方向に飛んでいた雄一だったが、クウネルの言葉で我に戻った。
「本当に、お疲れ様です。コレで、安心できるでしょう」
「そうだな。私自身、戦ったのがあのリヴァイアサンと言う奴だったが、かなり厄介だった」
思い出すように語るエヴァに、クウネルも続く。
「蓮さんも、非常にお強い方でしたね。美人ですし」
「………まぁ、非常識が人の形をして歩いている感じだからなぁ」
たとえプロミティブクラスの『フォトン・ルース』を持っていても、勝てるビジョンが見えない。単に、『ルシフェル』との戦い同士が、『フォトン・ルース』で絶対的に左右されるものではない、というのが、本当の理由だが。
そうこうしている内に、クウネルが紅茶を淹れて戻ってくる。雄一は受け取り、その香りを楽しんだ。
「………そういえば、さ。聞きたいことがあったんだけど」
「うん?」
クウネルから受け取った紅茶を眺めながら、雄一はエヴァへ視線を向けた。
「ナギが生きているとしても、やっぱり魔法世界≠ネのか?」
雄一の問いかけに、クウネルが優しく微笑みながら、口を開いた。
「どうしてですか?」
雄一の真意が分からないクウネルに、雄一は腕を組みながら、答えた。
「いや、色々と話を聞いてはいるんだが、どうも納得できなくてな。ほら、ナギとクウネルの居た【紅き翼】は、前大戦の英雄なんだろ? そりゃあ、死んだなんていわれても、今の今まで発見されないなんてこと、あるのか?」
雄一の疑問を聞いて、二人はようやく合点がいったようだ。
「ああ、そういうことか」
「確かに、不自然ではありますね」
死んで居ないという事は、クウネルの『仮契約』カードで分かった。しかし、前大戦の英雄が、今まで人の眼に触れずに居られるなんて、可能だというのか。
それに、聞いた話によれば、ナギは攻撃特化の『魔法使い』のはず。
「そりゃ、『別荘』なんてあれば話は別だけど、エヴァでさえちょくちょく見つかってたんだ―――ああ、そういえば、お前は手をだしてたんだっけ」
「なッ!? 女子供には手を出していないぞ!? 私に剣を向けてきた奴を払ってきただけだ!」
心外だ、とばかりに叫ぶエヴァ。それを横目で見たクウネルは、自身の紅茶を静かに置くと、宥めている雄一へ、視線を向けた。
「雄一君の言おうとしている事は、分かります。しかし、現に見つかっていないことを考えれば、誰かの『別荘』にいたか、未開の地のダンジョンに潜んでいたか、はたまた、旧世界≠ノ来ていたか―――可能性が多くて、まず、見つからないでしょう」
いずれにしても、ナギは【偉大なる魔法使い】の称号を持つ存在だ。本気で身を隠すのであれば、発見は難しい、との事。
何故、身を隠さなければいけないのかは分かりませんが、とクウネルは言う。その表情から真意を読み取れないというのは、正直、厄介だった。
(他にも、聞きたい事はあるんだけどなぁ………)
目の前に居る二人に、聞きたい事はいくつかある。
例えば、神楽坂 明日菜の事だ。
麻帆良祭の時、この二人が話をしていた事は、覚えている。雄一にとって三年前のこととはいえ、聞きたかったこと筆頭だ。
問いかければ何かしらのアクションはあっても、恐らく、本当の事は教えてくれないだろう、と思う。
色々な世間話をしながらも、話題は何かと雄一が回ってきた【世界】の事になる。
この【世界】には魔法世界≠ニ現実(旧)世界≠フ二つがあるとはいえ、全く別のベクトルで歴史を刻んできた【世界】の事は、興味をそそられるらしい。
「しかし、あれだな――――」
雄一の話を聞いていたエヴァが、フフン、と鼻を鳴らす。ソファーに身体をもたらせながら、雄一のほうを見て、口を開いた。
「三年も放浪したんだ。少しは『新しい力』とやらを、手に入れたんだろう?」
エヴァの問いかけに、雄一は小さく不敵な笑顔を浮かべると、頷いた。
「おう、少しだけな。俺の『フォトン』に、『反発』の力が少しついた」
自信満々にそういった雄一に、エヴァの動きが、止まった。机の上で紅茶を飲んでいるチャチャゼロと視線を合わせた後、ゆっくりと雄一に向かって、視線を向けた。
「は?」
意味が伝わらなかったことを悟った雄一は、言葉を続けることと成った。
「ああ、今まで『反発』の能力は、血≠ノしか使えなかったんだけど、『フォトン』にも少しだけ使えるようになったんだ」
雄一の『反発』が使えるのは、実の所血≠セった。有効範囲を広げて、ギリギリ皮膚の十センチ上までは展開できるが、『反発』出来る質量が極端に減るのだ。
それが、『フォトン』で行えるということだ。
「ほう。便利になったじゃないか」
ちょっとだけ感心していたエヴァへ、雄一は半眼で呻いた。
「でもよ、『反発』出来るのも、精々、風ぐらいだぜ? 一応、必殺技の一つは編み出しはしたが………正直、使いたくないし」
「ほう。其れは、気になりますね」
「トイウカ」
ガシッと、チャチャゼロが雄一の首に飛び乗り、足を絞めた。
「俺トノ戦イデダセヤ」
「のおおおぉぉぉぉッ!? ぎ、ギブギブッ!?」
ギリギリと首を締め付けられていく雄一が、チャチャゼロの足にタップしていると、クウネルが突然立ち上がった。
不思議そうに視線を向けると、滝のほうに向かって、静かに手を上げたのだった。
水の弾けるような音と共に、滝から何かが飛び出す。
出てきたのは、一本の大きな金属板。白い板に、金色の術式のようなものが刻まれた其れは、用途こそは全く分からないものの、随分と貴重そうな物品だった。
其れに手を触れながら、クウネルは雄一に向き直った。
「コレに向かって、その技をやっていただけませんか? 勿論、切り札、というのであれば止めますが?」
クウネルの言葉に、雄一はエヴァとチャチャゼロにそれぞれ視線を向けた。
二人とも、視線の程度はあれ、期待しているようだ。特にチャチャゼロは、模擬戦で使われなかったことに、酷く腹を立てているようにも、思えた。
雄一は、大きくため息を吐くと、立ち上がった。
「ったく。一回だけだぜ?」
雄一は、クウネルの立てた金属板に近付くと、少し離れるように目配りをする。其れを正確に理解したクウネルは、エヴァのほうに向かって下がっていった。
雄一は、静かに息を吐くと、眼を瞑る。神経を集中しているのは、見て取れるほどに、分かるほど。
次の瞬間、空気が爆ぜた。雄一の全身から、爆発的に膨張した『フォトン』が空気を揺らし、風を生み出す。其れは、それなりの広さがある足場を覆い尽し、円状に広がっていった。
雄一の目が見開いたと同時に、雄一が叫んだ。
「――――プラズマッ!」
そのまま雄一は、右手を空に向け、その手首を左手で掴んだ。
轟と、風が荒れる。今さっき、吹き飛んだはずの空気が集束し、雄一の右手の先に向かって、集ってきたのだ。
雄一の右手の血管が浮き上がり、やがて風が光を持つ。集束した風から白い光が生まれ、其れはやがて、青白い光へと色を変えた。
プラズマ。
淡い白い球体の中で、紫電の色が弾ける其れを、雄一は金属板へと、視線を向けた。
そして、気合の篭った声と共に、手に生まれた其れを、叩きつけた。
「グレイブッ!!!」
次の瞬間、白い金属板に吸い込まれるように白い球体が押し込まれ。
その刹那、凄まじい爆発音と共に、爆発、四散した。
吹き飛んだ破片はそのまま滝の方にまで吹き飛び、残ったのは白い金属板の下半分だけだった。球体の触れた部分は融解し、内側から砕かれた破片は、広い足場を抉り飛ばしていた。
打ち込んだ雄一は、手のひらに息を吹きかけながら、エヴァとクウネルに視線を向けて、今の技を説明した。
「あ〜。『フォトン』で球体を作り、その中の空気だけを『反発』させて、中心で圧縮したんだ。勘違いして欲しくないのは、『反発』出来るのが空気だけだったってわけで、選んだわけじゃないぞ?」
雄一を避けるように『フォトン』を展開し、空気だけ『反発』させ、圧縮して叩きつける。
言うだけならば簡単だが、『フォトン』を体外に発してコントロールすると言うのは、非常に難しい。何より、『反発』させている幕を破られたら終わりなので、成功率も低いのだ。
威力は、見ての通り。チャチャゼロは少しだけ納得したのか、「ヤルジャナイカ」といいながら、雄一に向かって蹴りを放っていた。
呆然と見ていたエヴァは、クウネルに視線も向けずに、聞いた。
「おい………。あの板、何だ?」
「一応、対衝撃、対魔法呪文を練りこんだ、飛行挺の外部装甲なのですが………いやはや、本人が嫌がっている意味が分かりましたよ」
クウネルの実直な感想に、エヴァは驚きながらも、同調した。
(―――確かに、な)
文字通り、必殺の技。使いどころは非常に難しいが、自分やクウネルでさえ同様の時間をかけなければ破壊できない其れを、破壊する力を持つのだ。
十分過ぎる威力だが、彼の本分ではない。
雄一の力は、「封じる力」。相手を必ず殺す技を、欲しているわけではないのだ。
(つまり、三年間で強くはなったものの、それは全て、相手を傷つけねばならぬもので、自信の血肉にはなっても、使えない、というわけか)
実の所、雄一は全く、変わっていないのだ。それが嬉しくも在り、少しだけもどかしくも、ある。
しかし、これから先、ナギを追うのであれば、必ず戦わなければ成らないことになる。否、むしろ、戦いとは切っても切れない運命にあるのは、間違いないのだ。
なら、一緒に矢面に立つ。勝手に護ろうと動くのだから、護ろうとイs手傷つくことすらも許さなければ、いいだけだ。
「おい! 雄一ッ! こっちに来い!」
隣に、居させろ。
そんな事をしながら、午後の時間は、ゆっくりと流れて行くのであった。
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