吸血鬼? 別に怖くないな。元の世界に行けば蛭のような顔を持つ気持ち悪い生物を筆頭に、その伝説に模した存在と戦った事も在るのだ。

 しかも、相手は幼女だ。

 あ、いや、言い方が悪いな。うん、史伽と風香と同じく、成長期が少し遅いだけだよな。え? こない? ………ご愁傷様。

恐れろ、というのが無理な話だ。実際、吸血鬼と戦闘経験が無いだけで、危険な感じがしないだけかもしれない。

 まぁ、そんなこともありえるここだが。

 最近ではガクエンチョウも静かになったし、色々あったが、まぁ、元気です。

 

 

 

 

 第八話 吸血鬼って鬼の一種?  前編

 

 

 

 

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、その状況に困惑していた。ぶっきら棒な小顔にウェーブのかかった長髪を揺らしながら、その男を警戒している。

 そいつは、目的の存在と一緒に現れた。何の話も聞いていなかったが、子供に先生をやらせるのだから、副担任ぐらいつけるだろう。

 しかし、その存在は、予想の範囲外であり、その時自分が感じたのは、言い様のない感覚だった。

 其処に在るのは、濃厚な〝血のニオイ〟を纏う、男性だった。これといって、特筆した特徴が在るともいえないが、不恰好とはいえない、黒髪の男。

そして、それを持つ人間は、余りにも普通すぎた。

 取り立てて強大な『魔力』や『氣』を持っているわけでもない。体術や剣術を極めた〝達人〟と呼ばれる存在の動きでもなく、さらに言えば、殺人を犯したもの特有の微弱な殺気すら感じない。

 外見と実力の差が、あまりにも顕著なのだ。

 なら、恐らく―――自分と同じ『吸血鬼』。おらく吸血衝動を血液パックで済ませる、力のない同属だろう。

しかし、違った。そう確信したのは、就任してから四日後だった。

 ごく普通の授業を進め、自分でも分からない事は、先に勉強が進んでいる生徒(雪広 綾香や超 鈴音)と一緒に調べ、進める。生徒になめられそうだが、真摯で誠実な性格から、友好的な関係を築いている、といえた。

そして、あろうことか、普通の人間と変わりない生活を送っていた。吸血鬼だとすれば、食欲も吸血衝動に変わるのだが、そういったわけではない。

目標のネギ・スプリングフィールドが、彼が作ったという弁当を広げていた。色とりどりでは在るが、惣菜のバランスが良く、美味しそうな物だ。

血を吸っている様子なぞ、勿論見ない。

 夜の『仕事』も、こなしていた。茶々丸が撮ってきた映像には、硝子の十字槍を使って人外なるものと戦う姿が、写っていた。

 完全に、一般人の範疇にある、その動き。ろくに鬼の攻撃も避けられず、着弾するかしないかの瀬戸際で、ほんの一瞬、鬼の隙を付き、槍を突き立てる。

 まるで、綱渡りだった。一撃でも喰らえば終わりだと言うのに、それを恐れもせずに見据え、避け、戦う―――――俗に英雄や天才と呼ばれる者達とは違う、泥にまみれた、しかし生死を分けた戦いをこなしてきた、存在の相手だ。

 美しい、とエヴァンジェリンは、感じた。泥臭く、血塗れで戦い続けつつも、それが人間らしく、力強いものに映っていた。

 圧倒的な『魔力』で強力な〝魔法〟を使い、相手を殲滅する戦いとは対照的な、その戦いが、何よりも儚く、美しかった。

 戦場に最後に立っていたのは、血塗れの駒沢 雄一のみ。召喚された人外の者達が送還される光の中、傷まみれの男は、何処までも力強く立っていた。

(………欲しい)

 エヴァンジェリンは、素直にそう思った。

 

 

 

 

 

 最初に気がついたのは、高畑・T・タカミチだった。

 いつもどおり、と言うのは非常に変だが、本当に毎日襲撃してくる敵ともいえる相手に、結界が反応し、異変が起きる。侵入者を告げる結界の場所に向かうと、ソレは居た。

 まるで一肌に赤い血管が浮かんだような体表に、蛭のような顔とまるでネジ穴のように螺旋を描いて配置されている歯、そして触手のような二本の触角を持つ、光沢のある粘着質な体表。

いまだかつて見たことの無い、異形の存在。

 ソレを見た瞬間、察したのだ。ソレが、雄一の言っていた『アカツキ』なる存在なのだ、と。

 ポケットに手を突っ込んだまま、相手の前に出る。ヌラリとした体表と、のそりと言う擬音がぴったり当てはまる行動で、こちらにソレが向いた瞬間。

頭部が、弾けとんだ。頭部を抉られた怪物は、首をしばらくもたげた後、その巨体を倒した。

 居合い拳。『氣』を収束し、居あい抜きの要領で撃ち放つその一撃は、相手の身体を打ち抜き、吹き飛ばしたのだ。

 まだ、油断できなかったが、ソレは、そのまま光に包まれ始めていく。

光の粒子となって消えていく『アカツキ』。どうやら、たいして強くない相手らしく、これ以上戦うよう相手ではないようだ。

 予想していたよりあっさりと終わった事に、肩透かしを食らいながらも、高畑は携帯を取り出した。

 

 

 

 

「『アカツキ』が出た!?」

 突然の高畑の連絡に、雄一は其処が職員室だという事も忘れ、叫んでいた。辺りの視線に気付き、慌てて退室する。周りに人が居ないのを確認すると、告げた。

「それで、どんな様相だった?」

 雄一の言葉に、電話口の高畑は困ったような声を挙げたあと、答えた。

『蛭みたいな顔を持つ、大きなものだったよ。たいして強くなかったけど、ね』

 どうやら、E級『アカツキ』――オークトのようだ。能力、運動能力は最弱だが、全ての『アカツキ』の幼生であり、突然変異する可能性を持つ、危険な相手である。

 だが、進化しても、しなくても、雄一には分かるはずだ。存在は、今になってようやく把握できるほど微小なものであり、『シナプス』と呼ばれる彼らの通り道から通ってきたものとは、考え辛い。

(戦う前から傷ついていた? もしかして、『鬼』みたいに、召喚されて?)

 おそらく、その可能性が一番高い。あの〝対消滅〟に巻き込まれたら、オークトでは生存する可能性すらないだろう。それに、あの場にオークトはいなかった。

 高畑に何か落ちていたか、と聞いたが、無いといわれた。どうやら、図書館島の地下にいたオークトとは、違うものらしい。

 だが、問題はそうではない。召喚とはいえ、『アカツキ』がここに呼び出されると言う事が、問題なのだ。

(これから出てくるとしたら、手をうたないと………)

 『アカツキ』の特性は、何と言っても『何処から出てくるか分からない』事にある。時も場所も関係なく、世界のあらゆる場所に出現するのだ。学園長に言って警戒してもらってはいるが、本格的に襲撃してきたら、雄一だけではバックアップもままならない。

 とりあえず学園長に連絡しておく事を高畑にいい、電話を切った。

(やれやれ………)

 春休みとはいえ、雄一には一人でゆっくりする時間がなかった。

毎朝、明日菜の新聞配達を手伝いながらマラソンし、学校に出て仕事をし、帰ってネギの勉強と世話をする。ときおり刹那と訓練したり、真名に奢らされたりと、忙しかった。

 そして、雄一はいつの間にか、『図書館島探検部』の顧問になっていた。長髪と眼鏡が特徴的な明るい生徒、早乙女 ハルナが「ラブ臭発生器」と雄一を追い掛け回しているうちに、どこをどう間違えたのか、そうなっていたのだ。

 だが、充実している。基地では総司令だったが、それよりは気楽で、自由なものだ。

 と言うわけで、雄一は図書室に向かっていた。春休みで開放されているとはいえ、ほとんどの生徒が図書館島に行くので、いるのは見慣れた顔だ。

「先生、お仕事ご苦労様なのです」

「それ、目上の人に使っちゃいけないんだぞ? 綾瀬」

 図書館に入ってきた雄一に声をかけてきたのは、綾瀬 夕映だった。

ネギよりも身長の低い彼女は、『大麦ギャバコーヒー』という健康によさげな紙パックの飲み物を口にしながら、大きな本を捲っている。

どうでもいいが、その類は何処に売っているのか、雄一は知りたかった。

「おいっす、綾瀬―――って、夕映でいいんだっけ? 遅くなったな」

 図書館島の帰り、御飯を食べた後、あの場に居た全員から、自分の事を名前で呼んでいいと言われていたのを、思い出す。

苗字で呼ぶのが苦手な雄一は、二つ返事で返した。それ以来、大体が名前で呼んでいる。

 雄一の言葉に、夕映は頷きながら、答えた。

「二つの意味で構いません。私たちも、今来た所です」

「おいぃ~~~~す! 先生!」

 夕映の言葉に続くように言ったのは、早乙女 ハルナ――通称「パル」だ。黒髪の長髪に眼鏡をかけ、触覚のように二本の逆毛が特徴的な女子生徒だ。

「パル」と呼んでいるのは明日菜ぐらいだったが、なかなか似合っている名前だと雄一は思う。響きが何となく、電波的だからだ。

 なので、雄一も「パル」と呼んでいた。

「いよ。パル。相変わらず奇妙な電波を察知しているな」

「私の二本の触覚は、そのためのものよ!」

 雄一のボケは、それ以上のボケで返された。突っ込み属性の雄一が敵う相手ではないようだ。

 そんな事をしみじみと思っていると、その横から、彼女が出てきた。

「あ、あの――――ッ! お早うございます!」

「もうお昼だけどな。おはよう、宮崎」

 はわわッ! と驚いて慌てる宮崎に苦笑しながら、雄一は彼女に近付きながら、パルに向き直り、口を開く。

「んで? 今日は何するんだ?」

「私の漫画の手伝いよ!」

 そう公言するパルへ、雄一は問答無用でチョップをかます。正中線、登頂部分に垂直な打撃を受け、激痛にのた打ち回るパルを無視し、雄一は宮崎に向き直り、口を開いた。

「いつもどおり、本の返却と整理でいいか?」

「あ、ハイ!」

 宮崎も、最近では警戒心を解いてくれたのか、心なしか近くに来るようになった。

ほんの数センチだが。

ネギだと本当に近くまで近付くのに、この差は何なのだ? と雄一は怪訝に思う。

 ちなみに、最近はネギと仲が良い。この間、二人で談笑していたのを、雄一は目撃している。

 そんなことを思い出しながら、いつもどおり、宮崎から本を受け取って片付ける。

分館としてある図書館だが、その書物の量は、半端ではない。女の子たちだけで戻すのは大変だろう。

 程なくして、仕事が終わった。仕事を無視して漫画を描くパルの脳天に拳骨を落としながら、雄一は二人に声をかけた。

「時間もまだあるし、みんなでお茶でもしに行くか。………あ、宮崎は「い、行きます!」そ、そうか………」

 宮崎のことを考えたが、彼女は大声で了承してくれた。なにやらパルが「ラブ臭」を察知したようだが、恐らく殴った所為でレーダーが故障しているのだ、と雄一は確信する。直るようにもう一発、殴っておく。

体罰? 治療である。

 その後、いつも刹那や真名のために行く喫茶店で、三人で楽しく御茶をして、別れた。

 夕方―――雄一は、商店街を歩いていた。

今日は、春休み最後の日である。

職員である雄一とネギも登校していたが、なにやら騒がしい明日菜と木乃香達に連れて行かれたのだ。

雄一も連れ出そうとしていたが、クラス担当の教師が一人もいないと言うのは、さすがにまずいので辞退していた。

 と言うわけで、雄一は学校の準備と図書の仕事を終わらし、商店街を歩いていたのだ。

 明日から学校という事もあり、学生の姿はない。時期も終わりに近いので、適当に買った焼き芋を口に入れながら、雄一は夕食の買い物を終え、女子寮に戻る。

 道行く生徒に挨拶され、雄一は笑顔で返す。最初は避けられていたが、最近では笑顔で挨拶をしてくれるまでになった。

 651号室の扉を開け、自分の部屋に入る。買ってきた食品を冷蔵庫の中に入れ、部屋の掃除をし、終わったところで晩御飯の下ごしらえをした時、時計を見上げた。

 なかなかネギが帰ってこない。今晩は『巡廻』があったので、そう時間を取れないのだ。

 溜め息交じりに、雄一は晩御飯を作った。それの上にラップとクロスをかけると、雄一は服を着替えた。

 黒を基調とした、動きやすい服。闇にまぎれるのにはちょうどいい。

 そして、腕にブレスレットをつける。もしも、とは思うが、『アカツキ』がでた時の対処法だ。

(………高畑が『ルシフェル』並に強いだけだと思う、がね)

 そう苦笑しながら、腰にホルダーを巻きつけ、雄一は窓から外に出た。目の前に広がる森の海は、すでに寝静まり、文明の光を分断している。

女子寮の森の中に降り立つと、呟いた。

「………なんか、嫌な予感がするんだよな」

 こういうときの勘を、雄一は外した事がない。いやな方向だけ、だが。

 

 

 

 

 

 少女は、走った。後ろから感じる気配を感じ、そしてそれが自分の妄想ではない事を知ると、そのスピードを速めた。

 場所は、桜通りと呼ばれる場所。入学式シーズンから、春の桜が咲き乱れ、風に揺れてその身を散らし、白い街灯に煌めき、幻想的な世界を造りたてる。

 自分が、御伽噺の世界に引き込まれたような感覚に陥った。古来より、桜は人を惑わす魔力があると言うが、今ならそれも信じられる。そして、平素なら自分も綺麗だと思えただろう。

「其処までだ。佐々木 まき絵」

 しかし、今は、違う。それは、恐怖でしかない。自分の名前が呼ばれ、振り返った少女――――佐々木 まき絵の視線の先には、彼女の知り合いがいた。

「あ、貴女はッ!? エ――――――」

 風が、吹いた。

 

 

 

 

 案の定、雄一の勘は当たっていたことを、

 学園を隅々まで走っていた雄一が其処に来た時には、東の空が明るくなり始めていた。すでに手遅れだと思い、緊張が張り詰める。

 桜の木に背を預けるように、倒れている少女―――それは、佐々木 まき絵だった。倒れている彼女に駆け寄る瞬間、雄一はグエディンナを引き出し、辺りを見渡す。

 辺りの気配を探る。あまりそういうのが得意ではないが、悪意を持っているような奴は近くにいない。それだけでも分かれば、十分だ。

 グエディンナをしまい、佐々木に近付く。彼女の首もとを見た時、息を飲んだ。

「………二つの穴」

 首筋に在る、二つの穴。それは、鋭い牙のようなもので噛まれた跡だった。顔色の悪さから、恐らく、貧血のようなものだろう。

(………おいおい、吸血鬼かよ)

 さすがは〝魔法〟の世界。伝説上の存在が実在するなんて、思ってもいなかった。

(………ま、『アカツキ』も似たようなもんだが………)

 そう自嘲し、雄一は佐々木を横に抱きかかえる。

「さて、と」

すやすやと眠るまき絵をどうするか悩み、とりあえず保健室の方向へ走っていった。

 

 

 

 

 

 走り去る雄一の姿を、見下ろしている影があった。

 エヴァンジェリンが、闇と同じ色のマントを翻し、雄一を見下ろしている。その眼差しには、期待と失望の色が、見て取れた。

 雄一は、警戒したように辺りを見渡し、すぐに武器をしまった。警戒心を解き、佐々木を抱きかかえ、走り去る。

 この距離は、腕の立つものなら確実に気付く場所だ。

 エヴァンジェリンは当初、ここで雄一と戦うつもりだった。武器をだし、警戒心を深めたところで、彼の弱さを、知った。

気付かなかった、のだ。

「………クックック」

 腹の奥底から、笑いが込み上げてくる。

相手は、この距離で殺気を放つ私に気付かない存在。自分が興味を持つとは、到底思えない、矮小な、人間。

「ハァーッハッハッハッハッハッ!」

 ちゃんちゃらおかしい。何故、興味を持ったのだ。

「はっはっはっはっはっはッ! ンッ! ケヒョッ! けひょッ! ゴホッ!」

「ああ、笑いすぎるからですよ」

 咳きこむエヴァンジェリンへ、近くに控えていた絡繰 茶々丸が飲み物を差し出す。それを飲んで落ち着いたエヴァンジェリンは、息を整えながら、口を開く。

「技は二流、察知も二流、頭の回転は三流………ククク。どのように踊るか、見せてくれるだろう? 駒沢 雄一」

 妖艶に微笑む幼女は、月明かりに映えた。

「マスター。どうでもいいですが、服を着ないと風邪をひきますよ?」

「くしゅんッ!」

「ああ、一晩も薄着で過ごすからです」

 勘が鋭いか鋭くないのか、分からない雄一だった。

 

 

 

 

 

「三年ッ!」

 出席番号 17番 椎名 桜子が切り出し。

「「A組ッ!!!」」

 鳴滝 風香と史伽が片手を表同士で合わせ、もう片方を広げながら笑顔で叫び。

「「「「「「ネギ&駒沢(雄一)先生ぇ~~~~♪」」」」」」

 クラスのノリがいい全員が、クラッカーやらテープを投げながら、叫んだ。

「はい、僕は熱血教師ではないので結構です」

「僕の背中で何を言ってるのッ!? 雄兄ッ!?

 ネギの真後ろで突っ込みを入れる雄一へ、ネギが悲鳴を上げた。

さすがはエスカレーター式の学校。学年が変わっても、クラスメイトは変わらず、元気だ。いつぞやか、明日菜がエレベーター式とか言ってたが、一階(一年生)に戻る機能があったって意味がないだろうが。

 しかし、クラスの中では佐々木 まき絵のことが気になって騒げないものもいた。それを素早く察知した俺は、口を開く。

「っと、今日いないまき絵のことが気になっていると思うが、彼女なら今保健室で寝てる。軽い貧血だから、気にするな。心配なら、後で様子を見に行くといい」

 瞬間、安堵の息を吐く数名。なるほど、よほど信頼されているらしい。自分が倒れた時、何人が心配してくれるのだろうか。

 そんな事を、考えた瞬間だった。

「今日は定期検診です! 皆さん! 服を脱いでください!」

 その瞬間、雄一が駆け出す。疾風の速さで教室を飛び出した俺へ怪訝な視線を向けるネギへ、クラスの喚声が上がった。

「「「「「きゃあ~~~~~~♪ ネギ君のエッチ~~~~~♪」」」」」」

「わわっ! すみません! 雄兄ぃッ! 教えてよぉ!」

 あれは、お前が悪い、ネギ。

 死して屍拾うものなし。

 

 

 

 

「酷いよぅ………雄兄ぃ………」

「はは、悪い悪い。確かに俺も悪いが、ネギの言い方もどうかと思うぞ?」

 雄一とネギは、保健室に来ていた。

ネギが心配したのは無論のこと、〝魔法〟に詳しくない雄一が詳しいネギに頼んだこともある。いつもよりも上機嫌なネギは、横になって寝かされているまき絵の首筋にある吸血痕を見て、口を開く。

「………確かに、『魔力』を感じるね。でも、吸血鬼なんて………ここにいるのかな?」

「実在はするんだな、それじゃあ」

 ネギとは違ったベクトルで驚いている雄一は、とりあえず溜め息を吐く。しばらく思考して、すぐに頷いた。

【裏の世界】はともかく、〝魔法〟のことなど全く分からない雄一は、素直にネギへ助成を申し込む事にした。

「ま、どっちにしろ、俺には荷が重いか。ネギ、今晩の『巡廻』、一緒に頼めるか?」

「え? ………良いのッ!?

 驚いたように声を上げるネギだが、それも当たり前だ。

 雄一は、危険だからといってネギを『巡廻』に出したことは、ない。まだ早いと思ったし、ネギでは荷が重いとも考えていたのだ。

――――――本音を言うと、血塗れになる姿を見て残念がらせたり、心配させたりしたくなかっただけだが。

 その考えをとりあえず振り払い、雄一は頷いた。

「今夜七時、桜通りに集合。俺は仕事を終わらせてから直接向かうが、お前はちゃんと準備してから来いよ?」

「うん!」

 雄一に頼られて嬉しいのだろう、ネギが満面の笑顔で答えた。しかし、其処にはほんの少しの緊張感と、恐怖心が見て取れる。安心させるように雄一はネギの頭を撫でつつ、思考した。

(………とはいえ、相手のことが何もわかっていないのは、辛いな。刹那か、真名辺りにでも聞いてみるか)

 そう考えていると、雄一とネギも、身体検査の時間が来た。

 

 

 

 

 

 

 夕方、雄一は速めに仕事を終えると、携帯電話で連絡した先に向かった。

 場所は、いつも真名に奢らされる甘味処だ。雄一が向かうと、真名と刹那、そして何故か楓までいた。

 あろう事か、三人は色々と口論をしているようだった。楓と真名は静かに、刹那が少しだけ怒り気味という奇妙な雰囲気が感じられる。

 しかし、笑顔を浮かべているはずの真名の額には青筋が、楓の眼は、湾曲していないで真っ直ぐ、そして細く開いているのがわかった。

ちなみに、刹那があれほど怒りの表情を浮かべているのを、雄一は見たことがない。

「私が一番っ! 一緒に『巡廻』している回数が多いんです!」

 そう叫ぶ刹那を見て、真名が冷ややかに微笑む。

「今日、私に(直接電話が)来たんだが?」

 真名の言葉に、楓が片眼を上げる。

「拙者は、二人とは違うものの、最初に秘密をしったでござる。不可抗力とはいえ、彼にそれを言い、黙ると言えばどれほど感謝される事やら」

 楓の言葉に、二人の体が一度、跳ねた。三人の中心に置いてあった、三つの水の入っているコップに、ヒビが入る。おそらく、ウェイトレスがおいていって、誰も取らなかったのだろう。

 美人が三人いる。周りから見ていた軟派な男達は、声を掛けたくても、その異様な空気に声を掛けられなかった。

 正直、誰も話しかけないと思っていた。地面に露出した地雷を踏むような人間など、此の世にいるはずがない。

「おう、三人とも、珍しいな。仲が良いのか?」

『積極的に地雷を踏みにいったあああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!』

 突然現れた『無謀な男』に、喫茶店の中に居た客の心が一つになり、視線が全部集まる。

それを気にした様子も無い男――――駒沢 雄一は、辺りの視線を感じながらも、口を開いた。

「三人とも、何について話し合っているのかは分からんが、公衆の前で恥ずかしくないのか? 注目を浴びているぞ?」

「「「むっ………」」」

 雄一の的確な指摘に、三人がようやく止まった。

静かになった三人をそれぞれ見て、雄一は空いている刹那の横に座った。その瞬間、他の二人が視線を鋭くし、刹那が無意識に微笑む。

「ま、周りの視線が消えるまで、談笑でもしようぜ。その後、話す」

 三人にそう告げ、雄一は視線を真名に向けた。

「龍宮って、あの神社だろ? あそこって、お前の家?」

 前々から気になっていたことを聞いてみる。小高い丘の上に在る神社は、結構有名だったりする。

「ああ。そうだよ。今度、家に来てみるかい? 先生になら、親を紹介するけど?」

「いや、遠慮しておく」

 それは残念、と真名は軽く答える。こうやっていつでも余裕を持って行動できるのは、真名の強さだろう。

 雄一はついで、隣の刹那に視線を向けた。

「刹那の流派は、京都に本流があるんだって? 今度、手合わせしてみないか?」

 一番『巡廻』を共にすることが多いこともあり、刹那の戦い方は知っていた。

 雄一とは違い、まるで舞うように「夕凪」を振るう刹那の戦い方は、雄一が求めていた戦い方でも在る。

 弱いがゆえ、攻撃に力を振るえない。弱いがゆえに、ギリギリの戦いをするしかない雄一。

 しかし、刹那は雄一の戦い方を尊敬していた。闇雲に戦火を広げないため、相手の注意を完全に引いて隙をつく戦い―――それは、自身が傷ついても、気にしない戦い方だ。

「はい! 構いません! 私も、雄一さんの流派には興味がありますし。たしか、冷厳槍月流、でしたか? 聞いた事がない流派ですが………?」

 それはそうだろう、と雄一は思う。向こうの世界だって、本当に老いきった老人が、辛うじて雄一に授けた流派だ。しかも、習ったのは五つの基本技術と心得だけだ。

「俺の流派は、主に五つの精神と技術から成り立っている。一つは、転身。槍を中心に身体を入れ替えるだけ。ま、槍使いには当たり前のことだし、大した事は無「――――って、雄一さん!」………なんだ?」

 悲鳴を上げるように言葉を区切ったのは、刹那だった。疑問符を上げる雄一へ、刹那は信じられないといった様子で、告げた。

「流派の心得や奥義を、人に教えて良いんですか?」

 元来、自身の流派における心構えなどが知れると言う事は、吸収―――もしくは弱点が露出する事に他ならない。

 雄一は、苦笑した。

「………どうせ滅びる流派だから、隠す必要も無い、ってのが、師匠の教えでね。お前達にとってはつまらないかもしれないけど、知って損する事じゃない。続けるぞ?

二つ目は、受け流し。点で受けるんじゃなくて、面で受ける。

三つ目は、回転。相手の力を弾くのではなく、利用する。

四つ目は、集中。相手の身体を中心に置くのではなく、自分を中心に、相手を立ち回らせる。

そして、最後のが良くわからないんだが………」

 そこで、雄一の言葉が濁る。疑問に思う三人をそれぞれ見て、雄一は答えた。

「力を入れるな。つまり、非力になれ、っていっていた。一体どういう意味なのか分からないし、全てを教えてもらう前に死んじまったからな、師匠の奴」

 しんみりと話す雄一を見て、三人が神妙な顔をする。とはいえ、死ぬ前に師匠である隗洸は免許皆伝を言い渡していた。「時が来れば分かる」とも、いっていた。

 雄一は、辺りに視線を這わせた後、口を開いた。

「そろそろ、注意もそれただろ。で? 楓、お前はなんのようだ?」

 雄一の言葉に、三人の顔が豹変した。刹那は怒り、真名は笑顔を引き攣らせ、楓は満面の笑顔で、懐に手を入れ、何かを取り出す。

 雄一に、封筒を渡してきた。雄一は、それを受け取り、中を見て――――絶句した。

 連続写真。其処には、『武装・皇卦』を解除している雄一の姿が、コマ切りで撮られていた。楓に驚きの視線を向ける雄一へ、彼女は答えてくれた。

「悪いでござるが、残って観戦していたでござる。いや、先生があの方だったとは、正直おどろいたでござるよ。ああ、ちなみに、カメラを持っていたのは、偶然でござる♪」

 雄一は、ガックリと肩を落とした。よくよく考えれば、楓が逃げたところを見ていなかったのだ。

 それと共に、隣の刹那、斜め前の真名から殺気を感じる。その殺気の意図が分からない雄一へ、楓が告げた。

「拙者も、【裏の事情】が分かる一人ゆえ、この事は他言しないでござる。命を救ってくれた恩人でござるからな」

 この時点で、楓の中の雄一像は、『ヒーロー』だった。あの怪物をと戦った時もそうだが、それを思わせる何かが、雄一にはあったからだ。

 なので、楓は雄一へ少なからず好意を抱いている。それは「恋」などではなく、尊敬の念だったが、すでに自覚している真名と、未だにその感情を持っていなくとも戸惑っている刹那には、輝いて見えた。

 その楓へ、雄一も、素直に答えた。

「………助かるよ。二人も、正直悪かった。黙っているつもりはなかったんだが………」

 そういって、刹那と真名に謝る雄一。

 彼の言葉通り、黙っているつもりなどなかった。

向こうの世界では余りにも一般常識過ぎて、教えると言う考えに至らなかっただけである。何せ、雄一が『武装』したのはあの戦いのみだ。

 それでも渋い顔をする二人へ、拝むように両手を当てて謝る雄一。

それを見て、刹那と真名がそれぞれ顔を見合わせ、溜め息を吐いた。どうやら、二人とも本気で怒っているわけではないらしい。

「今日の分と、今度餡蜜を奢ってくれればいいさ」

「私は………そうですね。今度、手合わせしてくれればいいです」

 やさしい二人の言葉に、雄一は感謝した瞬間、何かを思い出し、手元の時計を見た。

 六時半。そろそろ、時間だった。

「悪い! これから予定があるんだ! 金は置いておくからッ!」

 そう言って二万円ほど机の上に置き、駆け出す雄一。それを刹那が思わず手で追い―――――――其処で止まった。

 見てみると、三人とも手を上げていた。もう一度、にらみ合いが始まり――――――――

『助けてええええええええええええぇぇぇぇぇぇッ!』

本来一つになるはずのないファミレスの客の気持ちが、一つになった。

 ちなみに、雄一が本来呼び出した目的を完全に忘れ、呼び出された真名が、悲しい思いをしたのは秘密だ。

 

 

 

 

(こ、怖いよ………!)

 宮崎のどかは、件の桜通りを歩いていた。桜は満開、ところどころ光る電球に照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出しているが、今は彼女の恐怖を煽るしかなかった。

(こ、こんな時、先生と一緒なら………怖くないのに)

 宮崎の言う先生とは、ネギではなく、雄一のことだ。

 最近では、宮崎はネギと仲が良い。それは、二人に共通の話題があるからだ。

 駒沢 雄一。

 宮崎とネギは、雄一のファンに近いものがある。お兄さんの自慢話をするネギと、その情報を知りたい宮崎は、男性恐怖症を余り感じないネギと話をして免疫をつけることになったのだ。

 現在、宮崎が雄一へ好意を抱いている事を知っているのは、いない。夕映辺りは気付いているようだが、宮崎自身は「余り怖くなくて、頼りになる男性」と認識しているだけだ。

 しかし、宮崎が「男性」と認識して、近寄ろうとしている事自体、凄い事なのだ。

 自分の心が分からない宮崎は、びくびくしながら桜通りを進む。

今日の朝、佐々木 まき絵がこの辺りで見つかったことが、彼女の恐怖心を仰いでいるのかもしれない。それを和らげる為に、宮崎は雄一のことを思い出した。

(………頭をなでてくれた時、温かかったな………)

 雄一としては、軽い気持ちでやったことだが、彼女としては衝撃的だった。

 男性恐怖症となって以来、触られたのは初めてだった。あの大きな掌で撫でられると、ホッとする。

 ようやく、体の力が抜けた。少しだけ微笑みながら、今度はゆとりを持って歩く。

 幻想的な桜並木―――今度は、違う方向に考えた。

(先生と一緒に歩けたら、………その、は、恥ずかしいけど、う、嬉しいかも………)

 想像しただけで顔を真赤にする宮崎。顔を真っ赤にして、虚ろな態度で歩く宮崎は、遠めにも少し、おかしい。

 その時だった。

「クックックッ!」

 声が、桜通りに響く。次の瞬間、闇が広がり、目の前に収束した。

「ハァーッハッハッハッハッハッハッハ!」

 次の瞬間、現れたのはエヴァンジェリンだった。こうもりが収束して出来たマントを翻し、宙に現れたエヴァンジェリンへ。

「えへへ♪ わふッ!」

「グハァッ!?

 気が付いていない宮崎が、ぶつかった。

 高さが、不味かった。中途半端に高く飛んでいたせいで、宮崎が自分の想像で恥ずかしくなり頭を下げた瞬間、ちょうど腹部の高さに頭が来たのだ。

 突然の、思わぬ痛みに、エヴァンジェリンが悶える。その時、ぶつかった宮崎が、エヴァンジェリンに気が付いた。

「あ………エヴァンジェリンさん。こんばんは」

 いささか見当はずれな言葉だったが、宮崎にしてはエヴァンジェリンとは顔見知りであり、邪険に扱うつもりも無い。自分のやったことには、気付いていないが。

「き、貴様………ッ!」

 青筋を浮かべるエヴァを見て、宮崎は身体を振るえた。いつの間にか、エヴァンジェリンはもう一度飛翔して―――――

(と、飛んで………って!)

 いつの間にか、エヴァンジェリンが飛んでいた。そして、以上に伸びた犬歯を見せ付け、告げた。

「普通の人間より大口を頂くぞッ!? 宮崎 のどか!」

「キャア――――ッ!!!」

 怒りで暴走したエヴァンジェリンに、襲われた。

 

 

 

 

「―――――ッ! 悲鳴!? ネギ、行くぞ!」

「うん!」

 桜通りを巡回していた雄一が、宮崎の悲鳴に気が付く。瞬時にグエディンナを引き抜くと、走り出す。

「って! ネギはやッ!? 待ってッ!?

 杖に乗ってさっさと走り去るネギに、置いてけぼりを食らう雄一。二分ぐらいした後、悲鳴の聞こえた方向で光が奔った。

 普通の人間の速さしか持たない雄一が、ネギに追いついた時、ネギと影が、空中で踊っていた。ときおり発する光条を見ると、どうやらこれが魔法戦の様である。

「………派手だな。このまま突っ込んだら、俺が死にそうだ」

 呟きながら、雄一は倒れている存在に近付く。

「って、宮崎か。………なんか、嬉しそうに失神しているだけだし、大丈夫か?」

 目立った外傷は、ない。そこに寝かせておくと風邪をひきそうなぐらいか。

「こら―――ッ! 吸血鬼―――って、雄一!?

「誰って、明日菜ぁッ!? しかも、木乃香までっ!?

「ほえほえ~~~~」

 突然現れた二人を見て、雄一は眉を潜めた。

「何でココに?」

 考えても分からないので、聞いてみる。すると、木乃香が笑顔の表情を変えずに告げた。

「ネギ君が雄一先生と見回る~いうて、嬉しそうにしとったからのなぁ。うち等も応援にきたんやぁ~。吸血鬼騒動も気になるしなぁ」

 木乃香ののほほんとした説明に、同意をするように明日菜が頷いて―――――。

「そうそう………って、犯人はアンタね! 雄一!」

「はぁ? なんでって………ああ、そうか」

 手には、少しだけ着衣の乱れた宮崎に、それを抱きかかえている雄一。

(―――――うん、犯人にしか見えないな)

 雄一も、納得する。

「って、んなわけあるか! 俺が来る前からの噂だろうがッ!」

 がぁ、と本気で叫ぶ雄一へ、明日菜と木乃香が同時に頭を?いた。

「はは、じょ、冗談だって………」

 眼がマジだ、とここに追記しておこう。やれやれ、と小首を回し、大きくため息を吐いた後、ハッとした。

「って、そうじゃない! 今ネギが犯人を追っているんだ! 明日菜、木乃香、宮崎を頼んだ!」

「えっ!? って、早ッ! 木乃香、お願い!」

「ああ~ん、まってぇな~」

 宮崎を木乃香に押し付け、雄一と明日菜は駆け出した。

 桜通りを明日菜と共に駆け抜け、美術棟へでた雄一は、空でときおり起きる光に、眼をぱちくりさせていた。

 縦横無尽に駆け抜け、ネギが放っているのは、魔法の矢(サギタ・マギカ)。それに対抗して、影はなにやらマントから試験管を投げ、突如爆発―――咲いたアメジスト色の盾を展開し、防いでいる。

 もはや、雄一の入る余地はなかった。明日菜も同意なのだろう、呆けたように顔を上げている。

 ネギが何かを呟いた瞬間、分裂した。とはいえ、それはガラスの光沢を持つ、八人のネギだった。

 次の瞬間、そのネギが影を追撃する。

「………って、そういうわけにもいかない、かッ!」

 それと同時に、雄一は、駆け出す。向かう場所は、一番高いあのビル。

 ネギの硝子像が一斉に影に襲い掛かるが、影の取り出した試験管が闇夜を舞い、炸裂、硝子像が吹飛ぶ。しかし、何体かは残って、影を追撃する。

 そのまま、雄一の入っていったビルの中に、入っていく。その衝撃波で、ビルの窓が吹飛んだ。

 次の瞬間、硝子を突き破りながら、影が反対側に躍り出て、試験管を投げつけた次の瞬間、ビルの窓ガラスが、吹飛んだ。

 それに吹き飛ばされたのは、ガラスだけではない。

雄一も、吹き飛ばされていた。宙に飛び出した雄一は、小さく舌打ちをし、叫ぶ。

「なにくそッ!」

 烈火の気合と共に、足の裏に収束させた『フォトン』を爆発させる。推進力を得た雄一は、そのまま何度も空中を駆け上がり、屋上に躍り出た。

 屋上に躍り出た雄一が見たのは、影ともう一つの存在につかまっているネギ。

もう一度、その相手にまっすぐ『跳躍』した、その時だった。

「うちの隣にいる居候に何しているのよッ!」

 などとわけの分からない事をほざきながら、明日菜が屋上に飛び出して、後頭部を蹴り飛ばしていたのだ。

なにやら、硝子の砕けるような音と共に吹飛んだのは、影だった。

(どうでもいいが、何で俺よりも速いんだ? 明日菜の奴?)

 そうこう考えているうちに、吹飛んだ影は屋上のヘリを越え、闇夜に堕ちていく。雄一は小さく舌打ちをすると、その影に向かって、跳んだ。

 その影を胸に抱いて、雄一は屋上に降り立つ。驚いている明日菜に向かって、叫んだ。

「コロスケかッ! テメェは!」

「意味わかんないわよッ!」

 叫び声を上げる明日菜を見ている雄一。

その腕の中に抱かれた影が、叫び声を上げた。

「き、貴様ッ! いつまで私を抱いているつもりだ!」

「っとと、すまん、危なかったからつい、な」

 叫び声を上げた影を降ろし、それが、誰だかようやく判った。驚きの視線を向けながら、彼女の名前を呼ぶ。

「って、誰かと思ったら不良金髪少女のエバンジェリンじゃないか」

「誰が不良金髪少女かッ!? しかも、私の名前はエヴァンジェリンだッ!」

 叫び声を上げるエバ―――エヴァンジェリンを横目に、雄一はもう一人に視線を向けた。

「って、おまえ、絡繰か。ったく、素行いいお前が夜中に徘徊なんて、先生悲しいぞ?」

 雄一の言葉に、茶々丸は礼儀正しく一礼してから、答えた。

「申し訳ございません、先生」

「ってなに和んでいるッ! それに貴様ッ! 私を倒しに来たのではないのか!? 助けてどうするっ!? 助けてッ!」

 ギャアギャアと騒ぐエヴァンジェリンを見下ろしながら、雄一は困ったように小首を傾げた。明日菜に縋りついて泣くネギを見つつ、答えた。

「って言っても、過去の事を聞いても貧血程度だし、エヴァンジェリンが悪い奴のように見えないし。幼女だし」

「幼女言うなッ!」

 雄一の首もとを掴んで揺らすエヴァンジェリンだが、背が足りずに腹の部分を踏みつけるような格好だ。はっはっはと乾いたような笑顔で返しながら、雄一は為すがままにされる。

「………ちッ! 帰るぞッ! 茶々丸!」

 そう言って踵を返し、歩き出そうとするエヴァンジェリン――――彼女へ、雄一が声をかけた。

「エヴァンジェリン、ちゃんと御飯食べろよ~~。そんなんじゃ成長しないぞ~~?」

「だ、黙れっ! 腐れ教師! それと、ネギ先生! 人を巻き込みたくなければ、他言しないことだなッ!」

 教師を罵倒し、エヴァンジェリンと茶々丸は姿を消した。

 それを見送り、雄一は大きく息を吐く。

どうやら、吸血鬼はエヴァンジェリンだったようだ。逃げずにネギと戦ったところを見ると、ネギよりも強いのか、ネギが目的だったのかもしれない。

 未だに泣きじゃくるネギの頭を撫でつつ、雄一は大きく溜め息を吐いた。

「………なんか、まだまだ波乱がありそうだ」

 明日菜と一緒にネギを宥めながら、雄一は隠れて溜め息を吐いていた。

 

 

 

 

                              中編へ続く

 



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