それは元来、この世界に居てはいけない存在だった。なぜなら、出現に対する条件を満たしていないからだ。

 それは、『アカツキ』と呼ばれる、反物質生物=Bそしてその正体は――――実のところ、よく分かっていない。スイスの研究所から発生したといわれているが、それが何処から来て、何を目的にしているのか、未だに解明されていないのだ。

 しかし、分かっている事がある。

 それは、奴等は人間の『仇敵』であり、『天敵』であると言う事だ。

 そして、それは―――――――雄一の受け持つクラスメイトと担任に、その毒牙を向けようとしていた。

 

 

 

 

 第七話 問いを学ぶのか? 学ぶのを問うのか? 後編

 

 

 

 そろそろ本気で脱出を目指す事にした明日菜達は、コテージで作戦を練っていた。彼女達は、このリラックスできる空間の中、集中して勉強をしたので、テストも大丈夫だろうと判断しての事だ。

 脱出経路は、すでに楓が押さえていた。今は、水浴びも終え、帰りの仕度をしているところだ。

「なんだかんだ言っても、面白かったよね〜♪ なんか、キャンプみたい♪」

 まき絵の自然な答えに、他の皆も頷く。

特に夕映は、かなりこの空間が気に入ったらしく、本当に名残惜しそうにしている。下手をしたら、ココに残ると言い出しそうなほどだ。

「でも、皆さんなら大丈夫ですよ! 明日菜さんも及第点ですし、皆さんも基礎が出来ましたから」

「………ま、朝から夜まで勉強しても、集中できるのは生まれて始めてだしね」

 ネギが素直にみんなの事を褒めると、明日菜が恥ずかしそうに答えた。確かに勉強は大変だったが、いい経験になったことは違いない。

 そういって、名残惜しそうに全員がコテージを出た。腕時計をみて、夕映が告げる。

「すでに、夕方を過ぎています。今から帰れば、明日はゆっくりできます」

「………そうね。結構へとへとだし、休まないとテストも出来ないわよ」

 夕映の言葉に、明日菜が同意する。

そう頷いて、皆が歩き出そうとした瞬間――――――――世界が、変わった。

 突如、湖を囲むようにそそり立っていた壁が、破壊された。その爆音と衝動に驚き、全員が後ろに視線を向けたときだった。

 

 ソレが、其処に居た。

 

 まるで、人肌に赤い血管が浮かんだような体表に、蛭のような顔とまるでネジ穴のように螺旋を描いて配置されている歯、そして触手のような二本の触角を持つ、いまだかつて見たことの無い、異形の存在。その大きさは、上であった石像と、ほぼ同じぐらいだ。

 生理的嫌悪感を覚えさせるその外見に、全員が息を飲んだ。

 

「な、なに………? あれ………」

 まき絵が震えた声を出した瞬間だった。

『キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!』

 甲高い雄叫びを上げ、ソレはこちらに身体を向けると、向かってきた。その瞬間には、楓が飛び出していた。

「はッ!」

 短い気合と共に打ち出された、苦無。しかし、それはその怪物に突き刺さる事も無く、弾かれた。それを見て、楓の左目が開いた、気がした。

 刹那、打ち出されたのは、触手。

まるで槍のように突き出されるその一撃を、楓は軽い身のこなしで避けた。

 地面に降り立つと同時に、叫ぶ。

「何をしているでござるッ! 早く逃げるでござるッ!」

 楓の言葉を聞いて、皆が戸惑った。確かに逃げ出したいが、楓を置いて逃げられないと、全員が二の足を踏んだのだ。

 その瞬間躍り出たのは、全員の予想に反して意外にも、ネギだった。自分の身長よりも長い杖の布を剥ぐと同時に、叫んだ。

光の精霊11(ウンデキム・スピーリトゥス・ルーキス) 集い来たりて(コエウンテース) 敵を射て(サギテント・イニミクム)

 詠唱を開始し、全てを唱えた所で、右手を差し出す。

「喰らえ! 魔法の射手(サギタ・マギカ)!!

 次の瞬間、誰もが息を飲んだ。 

 その空気の中、ネギが手を差し出す―――――が、何も起きなかった。

「サギタ………」

「マギカ?」

 素っ頓狂な声を上げる夕映とクーフェイ。ネギはどんどん顔を真っ赤にしていく。

明日菜は、慌ててネギを抱きかかえると、全員に叫んだ。

「早く逃げるわよ! 楓ッ! 足止めお願い! 無理しないでねッ!」

「わかったで、ござるッ!!」

 最後の言葉を叫び声とし、苦無を投げ続ける。やはり弾かれ、時には通り抜け、苦無は地面に落ちた。

(………手ごたえが無いでござるな。拙者にも、少々分が悪いで―――ござッ!?

 考え事をした、その瞬間だった。

 突如、怪物がその口を開け、こちらに向けてきた。その奥に光が溢れ――――楓は、直感した。

 次の瞬間、怪物の口から光条が撃ちだされる。細く圧縮されたその光は、楓を貫通した。そして、貫通した光は後ろの壁に突き刺さった瞬間、轟音と共に壁が吹き飛ばされた。

「きゃあああああッ!?

 眼の前でクラスメイトが撃ち抜かれ、まき絵が悲鳴を上げた。

 

瞬間、ボン、という音と共に、楓が丸太に変わった。当の楓は、壁に生えている木の根っこに苦無を刺し、その上に乗っていた。

 それに、皆が安堵する。

 明日菜は、みんなの注意が楓に向いている間に、ネギへ耳打ちをした。

「ネギ! アイツを魔法≠ナ倒しなさい! 今なら許すから!」

「………そ、それが、あの、………僕、魔法≠封印しているんです」

 ネギの口から持たされた、突然の告白に、明日菜がしばらく硬直して――――叫んだ。

「ええっ! ど、どうしてよッ! って言うことは、アンタ、本当に足手纏いな餓鬼なんじゃない!」

「あ。明日菜さんに「魔法≠ノ頼るな!」って言われて、テスト期間は自分の力で頑張ろうと思って………………」

 今にも泣き出しそうなネギを見て、明日菜は困ったような顔をする。確かにネギが魔法≠封印していたのは意外だったが、それは自分の言った忠告を、ネギなりに実行したからだった。責められるわけも無い。

 泣き出しそうなネギの頭を撫で付ける。驚きの視線を向けるネギへ、明日菜は憤慨した様子で叫んだ。

「それならそうといいなさいよ! ………それと、足手纏いって言って、ごめん」

 ぶっきらぼうに明日菜が言うが、とうのネギの顔が茫然としている。そのネギを左腕で抱きかかえながら、全員にまた逃げるように言おうとした、まさにその瞬間。

「! まずいッ! 皆の者! 避けるでござるッ!」

 楓の忠告が響く。それにいち早く気がついた明日菜が怪物に視線を向けると、怪物はそのネジ穴のような口をこちらに向けていた。

 収束する光――――それを見て、サァッと血の気が引く。

「皆ッ! 避けてッ!」

 明日菜が叫んだとほぼ同時に、その光が放たれた。

 

 

 

 

 それは、一瞬の事だったでござる。拙者が眼の前の怪物を倒す算段をして、注意を向けていた時に突如、明日菜殿の叫び声が聞こえてきたのでござる。

 瞬間、皆のほうに視線を向けた。だが、問題はなかったでござる。ただ、じゃれ付いているだけでござった。

 しかし、それが致命的だったでござる。怪物に注意を向け、その顔が明日菜殿たちのほうに向いていると気がついた瞬間、拙者は叫んでいた。

「皆の者! 避けるでござるッ!」

 しかし、それは余りにも遅かったでござる。怪物の口から光が漏れたのは、ほぼ同時だったでござった。

 自分の不甲斐無さと、何も出来ない無力感に囚われながら、拙者は苦無を構え、みなの元に向かうでござるが、間に合いそうに無い。

 

 

 そして、見たのでござる。

 

 

 黒い光が、怪物の飛び出してきた穴から、飛び出し―――一直線に、怪物と明日菜殿たちの射線上に躍り出たのを。

 

 

 

 

 明日菜は、無駄だと知りながらもとっさに腕で光を遮り、眼を瞑った。次に訪れる衝撃は――――――いつまで立っても、来なかった。

 それは、何故か。あの怪物と私たちの間に、黒い影が現れたからである。

 其処にいたのは、黒と紅に彩られたスーツを着た、一つの存在。こちらから見える後頭部と肩をすっぽり覆うような黒い装甲に、目元にバイザー、そしてところどころに紅い線が奔っていた。

 そして、その存在が手に持っている黒い布。それが、怪物の光条を討ち払ったのだ。

 無論、皆にはわかっていないようだが、楓はしっかりと見ていた。

布のようにしか見えないそれを大きく振るい、光条を吹き飛ばしたのである。その存在は、手元にある黒布を適当に投げ捨てた。

『君達は、早く逃げたまえ。私は、アレの相手をしよう』

 突然響いた声。

それは、重い威圧感を伴った、老成した声だった。機械音声で無理やり変えた声とも、判断できる。

 次の瞬間、その人物の視線が、明日菜に向けられた。明日菜は、その視線を受けて、ほんの少しだけ親近感を覚えた。何故か、頼りになるような印象を受けたのだ。

「誰だか判らないけど! ありがとう!」

 明日菜の言葉に、その人物は、静かに答えた。

『………グッドラック。お嬢さん』

 妙に大人びた言葉と共に、眼の上で手のひらを軽く動かす。それを見て、明日菜達は怪物の飛び出してきた場所から、外に出る。

 天にも届かんばかりに伸びる螺旋階段に、皆が息を飲んだ。

「急ぎましょうッ!」

 ネギの言葉に、全員が頷いた。

 階段を登る中、ネギも先ほど現れた既視感を覚えていた。あの人が入ってきた瞬間、あれほど切迫していた空気が、ほんの少しだけ軽くなったのだ。

 そして、思う。もう、大丈夫だと。

(………雄兄と一緒だ)

 でも、声も違うし、存在感も威圧感も段違いだった。良く判らない力を持っているし、ほんの少しだけ、怖い。ほとんど『魔力』を感じない雄一のほうが、まだ安心出来た。

 そう考えながらも、ネギは後ろをちらちらと見ていた。

 後ろ髪を引かれる思いのまま、それを振り切り、眼を前に向けた。

 

 

 

 

 ネギ達が去ったのを見て、雄一は変声機のスイッチを切った。そして、バイザーを上げ、もう一度怪物に視線を向ける。

 其処にいたのは、間違いなく――――『アカツキ』だった。

そこに存在するが、存在が少し違う空間に存在するため、『フォトン』か『氣』、そして魔法≠ナしか倒せない、未知の生物。

反物質≠ナ構成されている。

とはいえ、正物質と反応して対消滅≠起こすのは、特定のエネルギーに限られているので、その心配は必要ない。

が、それでも脅威なのは、確かだ。

 だから彼は―――――この世界に来て、初めて『武装』をした。漆黒のスーツを基調とした、紅い線の奔る装備のことを、指す。

 『ルシフェル』と呼ばれる覚醒種が使う、装備だ。

 『武装・皇卦』。

雄一が向こうの世界に居た時に作られた、雄一専用の武装。『フォトン』の流れを出来る限り可能にする、頑強さを主にしたものだ。

両手の掌に出力機構があり、『フォトン』を収束した弾を撃ちだすことも出来る。これにより、彼は全ての距離で戦えるようになったのだ。

 眼の前の相手は、E級『アカツキ』――――オークト。最低ランクの『アカツキ』だが、彼も『ルシフェル』しか倒せない。………魔法≠ニ『氣』で倒せる可能性も在るが、絶対ではない。

眼の前のオークトは弱いが、一つだけ注意するべきものがある。

それは、オークトが『アカツキ』の幼生であること。突然、ランクを無視して一気に進化したりするのだ。

以前は、オークトからカルタニスに変わり、トールに変化した事もある。

 しかし、雄一に、そんな暇を与えるつもりは、ない。

 なら、何故――――雄一は、この感覚を感じているのだろうか。

 前頭葉を焦がすような、ちりちりとした痛み。強力な『アカツキ』が近くに居る時の、『ルシフェル』自身の防衛本能だ。

 考えても仕方ない、と高をくくる。次の瞬間、雄一の姿が、消えた。

 収束した『フォトン』を足の裏で爆発させて移動する、いわゆる『瞬動術』。距離を一気に詰めて、『フォトン』を収束した拳を、叩き込む。

 普通のオークトなら、消滅させるのに十二分な一撃。塵すら残らない一撃だ。

 ――――――――そう、『普通』のオークトなら。

 しかし、バリアを壊す事は出来ても、本体には傷一つ付かない。なにやら、別の力で加護を受けているようだ。

 それもそのはず。

眼の前のオークトは、あろうことか《メルキセデクの書》を吸収した存在だ。メルキセデクといえば、かの大天使メタトロンが生前に書き残した《エノクの書》にも書かれた、平和と正義を司る天使のことを指す。

名前の意味は、『【神】セデク≠アそ我らが王』というもの。

その名の通り、セデク(バビロンに幽閉されるユダヤ王の旧名)には絶対的な忠誠心を持って使えていた天使だ。オリジナルといわれている本だけあって、それの内包する魔力は、すさまじいものがある。

 一説には、エルサイムの司教と言う説もあるが、聖書に「魔術を使うべからず」の旨を書いてあることを考えても、恐らく《天使の書》の方だ。………ただ、その場合は《写本》になるのだが。

 どちらにしても、雄一にとっては面倒な事になってきた。このまま戦って経験を積ませ、進化でもされた日には、手に負えなくなる可能性もある。

「―――――何があったか分からんが、オークト如きに負けられるかッ!」

 しかし、何度攻撃しても、その壁は壊れない。『氣』と『魔力』が相容れない力という事は、高畑から聞いていたので、恐らくオークトの身体に纏わり付いている加護は、『魔力』によるものだと、雄一は推測した。

(………『アカツキ』は自身の運動エネルギーを作る為に、他のものを食べる習性がある。恐らく、明日菜たちが狙っていた本でも食べたんだろ)

 勘が鋭い雄一、すでに把握した。

 その場合、雄一にうてる手立てが無くなった事を示していた。

 『氣』を使う相手なら、『フォトン』で何とかする事が出来た。

が、『氣』に近い性質を持つ『フォトン』では、あの魔法障壁を破壊するのは、困難を極める。

 プラズマ・ストライクなら、塵芥も残さずに吹き飛ばすことも出来る――――が、ここは、貴重な本を貯蔵している場所だ。さらに言えば、あの射程距離ではここが崩れて生き埋めになる可能性も在る。

(………つうか、俺の手札って、プラズマ・ストライクとアレぐらいか………・)

 できる業は、二つ。その両方は、条件を満たさなければ効果が出ないものばかりだ。自身の能力とはいえ、使い勝手が悪い事この上ない。

 次の瞬間、オークトから何十もの触手が雄一に襲い掛かった。小さく舌打ちをして、『瞬動』を使う。その場を飛び退き、一気に十メートル上に現れると、それを見下ろす。

(………触手まで増えてやがる。内包するエネルギーまで増えてるし………進化するのも時間の問題か)

 せめて、ネギみたいに魔法を使える人間が居れば、どうにかできる――――――

 

 

 

 そう思ったときだった。

 

 

 

「おや? なにやら、お困りのようですね」

 雄一の心臓が、止まった。

 突然、眼の前に人が現れたのだ。頭の上からローブをかぶった、長身の男が雄一の立っている柱の前に、空中で浮かんでいた。

「うわああああああああああッ!」

 叫んだ瞬間、オークトがこちらを向き、口を開く。舌打ちをしながら、雄一が『瞬動』しようとして――――――

「おやおや。たいした魔力ですが、この程度では、私にかすり傷一つ与えられませんよ?」

 そういって左腕を上げた瞬間、オークトの放った光条が幾つにも分かれ、分散した。それらはあらぬ方向に飛び、力を無くして消えていく。

 事も無げにあれを無効化したローブの男は、顎を擦りながら口を開く。

「おやおや、珍しい形の存在ですね。………ふむ? 探していた《メルキセデクの書》の『魔力』も感じますね。なるほど。アレが取り込んだようですね」

「………さっきの力といい、その言動といい、アンタも『魔法使い』か」

 どうやら、眼の前の男はあのオークトが吸収した何か―――《メルキセデクの書》を探していたらしい。

「………アンタ、あの魔法障壁≠チて言うんだったか? あれをどうにかできるか?」

 雄一の言葉に、ローブの男は即答した。

「ええ。可能ですよ」

 簡単に言い切る男の言葉を頼もしく思いながら、雄一はグエディンナを引き抜く。カプセルを石突に填め、発動―――十字槍を構える。それに驚きの視線を向ける男へ、雄一は改めて口を開いた。

「俺は、駒沢 雄一。お互いのため、共闘しようぜ?」

 雄一の言葉に、彼は数秒悩んだ様子を見せ、頷いた。

「………そうですね。私は―――クウネル・サンダースとでも名乗っておきますかね」

「………どこぞかのフライドチキン人形の名前かよ」

 とはいえ、それで十分だった。

 何重にも撃ちだされるオークトの熱線を、先ほどから片手で弾くクウネル。

どうでもいいが、強すぎる気がする。雄一が何もしなくても、クウネルだけでどうにかなるのではないか。

「では、あの魔法障壁≠壊す魔法≠使いますので、トドメはお願いしますよ?」

 そういって、クウネルは両手をオークトに向け、なにやら呟く。

 刹那、オークトの周囲と共に、オークトがしばらくなにやら見えない音をたてて立っていたが、潰された。魔法障壁≠砕き、粉々になる光の粒子―――――其処までやっておいて、クウネルはこちらを向いた。

「では、トドメをお願いしますね♪」

「………必要か?」

 そう呟いた瞬間、オークトに向けて『瞬動』を発動した。

一直線にオークトへ、グエディンナを突き立てた。

 次の瞬間、奇声を上げてオークトが暴れだす。雄一はそれを見て、その場を飛び退いた。

 オークトが、ゆっくりと立ち上がる。それを見ていたのか、クウネルが突然雄一の近くに現れ、声をかけてくる。

「おやおや、トドメはお願いしたはずですが?」

 どこか不満げなクウネル――――それを見て、雄一はグエディンナを掲げながら、告げた。

「もう、手はうっているよ」

 雄一の掲げるグエディンナ――――その中心にあった、紅い血が、消えていた。それを知っていたのか、もしくは見ていたのか、クウネルに、軽い驚きが走る。

 雄一は不敵に微笑むと、指を鳴らした。

「『ブラッド・レイシャス』」

 次の瞬間、オークトが内部から弾け飛んだ。

 

 

 

 雄一の血≠フ能力は、反発=B

そして、雄一は自由に血液≠『操る』ことが出来る。その『操る』の中には、三態の一つ、固形化することも含まれているのだ。

 早い話、雄一は相手の体内に自分の血液≠流し込み、固形化させ、分割、反発させたのだ。体の内部から散弾銃を撃たれる様なものは、はっきり言って、防ぎようはない。

「やれやれ、恐ろしい技ですね」

 クウネルが、素直な感想を口にする。雄一は、苦笑しながら答えた。

「そんな、たいした攻撃じゃないさ」

 とはいえ、弱点がないわけではない。

ひとつは、『雄一の入れた血液が、雄一の血液である』事。人間で行なった場合、他の血液が混ざって、それはすでに『雄一の血液ではない』事になる。

 そしてもう一つが、相手の『フォトン・ルース』よりも自分の『フォトン・ルース』が勝っていないと、不可能だと言う事。相手はE級『アカツキ』、雄一のほうが上に決まっている。

………『魔力』はどうなのか、分からないが。

 オークトが、『フォトン』に還る。キラキラと光の粒子を撒き散らして消えるその様は、『アカツキ』独特のものであり、天敵でも神々しいものを感じてしまう。

 残っているのは、本と、何か光る物。おそらく本は、《メルキセデクの書》のはずだ。

 では、落ちているのはなんだ? と思った時、雄一には見覚えがあった。

「これは―――もしかして………いや、でも、なんでこんな所に………?」

 オークトが残していったのは、ここに存在してはいけないものだ。薄い光沢を持つそれは、やがて赤と黒の斑色になり、熱が取れる。

 雄一の持っているものを横から見て、クウネルも声を上げた。

「おやおや、コレはコレは。なるほど、いやはや………・」

 一人納得しているクウネルを見て、雄一は眉を潜めた。勝手に納得している事と、さらには全て知っているようなその態度に、喰えぬ者の気配を感じる。

実力も先ほどのをみてわかっているので、はっきり言って、敵に回したくない。

 クウネルは、しばらくこれを眺めた後、思い出したように顔を上げる。そしてそのまま雄一の横まで歩き、しゃがんだ。

 《メルキセデクの書》を拾い上げると、口元だけで笑い、告げた。

「いや、ここの管理を任されている身とはいえ、今日は良いものを見られましたよ。あ、そうそう。出来れば、私の事は、口外しないでいただければ良いのですが?」

 まるで、雄一が言わないと知っているような口調。雄一は雄一で、クウネルに黙ってもらう事が在った。

 ギブ&テイクの関係だと言うことだ。

「………んじゃあ、クウネルもこの物質の事は言わないでくれ。正直、これを俺以外が持つと、ろくな事になりやしねぇ」

 雄一の言葉に、クウネルはしばらく悩んだ後、軽く頷いた。

「………クス。分かりました。では、また、ごきげんよう。ああ、そうそう、そこに地上に直結しているエレベーターが在りますので、良かったらどうぞ」

 駒沢 雄一君、とそう言葉を残し、クウネルは壁の方向に指をさした状態の姿のまま、消えた。

 クウネルの消えたところをしばらく見た後、雄一は手に持っているそれを眺め―――――――息を吐いた。

 そこで、ようやく『武装』を解除する。長い間『武装』していたおかげで、今日扱える『フォトン・ルース』が尽きたのだ。

「………ま、任務完了って事で」

 手に持った石をポケットに入れ、雄一はクウネルの指差したほうに歩いていった。

 

 

 

 

 ネギ達は、螺旋階段を登っていた。しかし、思いのほか時間がかかっているのは、しょうがないだろう。

 その理由―――それは、階段のいたるところに問題の付いた壁が下りていることだ。答えないと通れないらしく、皆がない知恵を絞って答えている。

 ちなみに、ネギに回答権はない。最初の問題で、釘を刺されたのだ。

 ずっと続く螺旋階段。

その途中で、楓が追いついてきた。

「楓ッ! 大丈夫だったのッ!?

 明日菜の声に、楓が笑顔で答える。

「大丈夫でござるよ。それに、あの怪物も倒したでござる♪」

 楓は、一部始終を見ていた。怪物――オークトが消えるのを見届けた後、明日菜たちに追いついたのだ。

(しかし、あの方が雄一殿だとは、驚いたでござる。あの血のニオイ≠ヘ、こういう事でござったか)

 楓も、雄一の濃厚な血のニオイ≠ノ気が付いた人間の一人だった。

しかし、初見で判断をしない彼女は、しばらく雄一の後をつけて、安全を確認したのだ。無論、雄一は気付いていない。

 正体は、明かさない方がいいだろう。明かさないで欲しいが為に、姿を変えて助けに来てくれたのだから。

「………まるで、ヒーローでござるな」

「え?」

 楓の独り言は、思いのほか大きかったのだろう、全員が視線を向けてくる。自分の声の大きさに気付かないという失態に苦笑しながら、楓は告げた。

「あの御仁でござるよ」

「………そう、ね。よくよく考えれば、助けに来てくれたんだ」

「かなりの使い手と見たアル! 手合わせ願いたいアル!」

 怪物が倒されたと聞いて、全員が安堵した。そしてそれと同時に、階段も終わりを迎える。

 昇った壁の向こうに見えるのは、エレベーター。地上直結と書かれたそのエレベーターを見て。

 

「「「「「「「やったあ(アル)〜〜〜〜♪」」」」」」」

 

 全員が、歓声を挙げた。

 時刻は、すでに闇に包まれていた。その中、歓喜に包まれたボロボロの姿の皆を、待っている存在が在った。

 それに気が付いたネギが、声を上げた。

「雄兄っ!」

 エレベーターで上がった先にいたのは、雄一だった。

どこかつかれた顔で、呆れたような笑顔を浮かべる彼へ、ネギは一直線に飛びつく。そのネギを受け止め、雄一はようやく安堵の表情を浮かべる。

「ったく、心配させんなよ? ほらほら、泣くなって」

「うぅ〜〜」

 ネギはまだ、一〇歳の子供なのだ。それでいて、先生の立場と言う責任のある立場は、辛かったのだろう。

その苦労を労うように、頭を撫でてやる。

 ついで、バカレンジャーと木乃香に視線を向けた。やはり、心配をかけたのが気になるのだろう、気まずい表情をしている。楓だけは、いつもの笑顔だが。

 雄一は、大きく溜め息を吐くと、明日菜と木乃香の近くに歩み寄る。ビクっと肩を跳ね上げる二人を見下ろして、雄一は――――――――。

 

「ま、色々と言いたいことはあるが、帰って飯にしようぜ? 色々疲れただろ?」

 

 雄一の言葉に、明日菜と木乃香が驚いたような顔を上げた。それに続いて、クーフェイとまき絵、夕映へと言葉をかけていく。

楓は、まだ笑っている。その楓を見た雄一は、苦笑していた。

 雄一を見て、明日菜は―――ようやく、わかった。自分が、安堵していることを。

 それはそうだ、と明日菜は思う。不慮の事故で二日も遭難し、さらには化け物にまで襲われたのだ。あの時は必死だったが、思い出したように恐怖心が芽生えた。

 しかし、その恐怖も、雄一の笑顔を見て、霧散した。

ついで出て来たのは、苦笑。

「………ほんと、疲れたわね。帰りましょ! 皆!」

 明日菜の言葉に、皆が笑顔で答えた。

 

 

 

 

「お〜〜〜し。出来た」

 

 雄一は、エプロン姿で料理を作っていた。すでに雄一の手により綺麗にされたネギと、家の中のテーブル(明日菜の部屋からテーブルを借りて、繋げたもの)の上に。完成した料理を並べる。

「しかし、大変だったな、ネギ。怖かっただろ? 魔法≠燻gえなかったみたいだし」

「う、うん。………でも、明日菜さんたちも優しくしてくれたから」

 そう言って笑うネギをみて、雄一は微笑む。一連の出来事で、ネギも随分成長したように思えた。

「ふぅ、いい湯だったわぁ〜〜〜」

「お邪魔しま〜す♪」

「ニンニン♪」

 木乃香を皮切りに、図書館の遭難組が、雄一の部屋に入ってきた。

雄一の提案で、とりあえず六人には大浴場で汗を流してもらい、雄一の作った料理を食べてもらう事にしたのだ。

八人も入るとさすがに狭いが、全員気にしていないようだ。それより、テーブルの上に並べられた料理―――中国料理と日本料理を見て、歓声を挙げた。

「うわぁ………。相変わらず、料理とかは上手いのね」

「ややわ〜。ウチ、自信なくしてしまうわ〜」

 雄一の料理を何度かご相伴した二人とはちがい、初めて雄一の料理を見た四人は、歓声を上げる。

「これは、なかなか………」

「美味いでござる♪」

「って、もう食ってンのか!? 長瀬ッ!」

 何処から出したか分からない箸で、すでに食事を食べ始める楓を見て、雄一が突っ込みを入れる。

それを見ながらも、雄一は全員の分の御飯と味噌汁を配った。

 全員が席につく。雄一は、一つ咳をしてから、口を開く。

「ま、美味しくないと思うが、料理は用意した。とりあえず―――――」

 

「「「「「「頂きます(アル)!!!」」」」」」」

 

 約一名、挨拶もしないで飯を食べ始めていた。

「う、美味いアルッ!?

「はわぁ〜。美味しい」

 などと嬉しいことを言いながら、皆が食事を続ける。その顔には、笑顔が戻っていた。

しかし、一人だけ不機嫌な顔をしている人間が居る。

明日菜だ。何故か分からないが、戻ってきてから雄一を見ると、顔を紅くするのだ。

ぶっきらぼうに食事を続ける明日菜へ、雄一は告げた。

「なんだ? その親方も吃驚な大物食いは? ちゃんとかまないと太るぞ?」

「うっさいわねッ!」

 先ほどからこうだ。

大浴場から戻ってきた時から、何故かずっと怒り心頭なのである。料理に不満がないのは、彼女の箸の速さで分かるのだが、何が気に入らないのかは、分からない。

 そして、クーフェイとまき絵のニヤニヤとした笑顔。だから、それは何の意味がある?

「お風呂でぇ、明日菜が雄一さんとそっくりやぁ、って話しとったんよぉ」

 木乃香のカミングアウトにより、明日菜の顔が真っ赤になる。リンゴよりも紅い明日菜は、叫び声を上げた。

「私が好きなのは高畑先生よ!」

「いや、そっくりと好きなのは違うんじゃないのか?」

 雄一の冷静なツッコミを喰らい、明日菜の顔が限界を迎えた。その顔を見ながら、雄一は笑う。

自分の御飯を食いながら、答える。

「ま、でも明日菜とそっくりなのは、認めるかも。突っ込み属性だし、直情バカだし」

「自分の事をバカと言い切る辺り、明日菜よりも賢いかも、です」

 夕映の言葉に、明日菜が吼えた。

眼をぐるぐる回す明日菜の頭をポンと叩きながら、雄一は顔を上げる。

「ちょいっと、出歩いてくる。ゆっくりしていってくれ」

 そう皆に断りを入れ、雄一は部屋を出た。

 ゆっくりと、雄一は屋上に向かう。風が吹き荒び、闇が世界を包む中、雄一はポケットから、それを取り出した。

 この世界で、この存在を知る者は居ない。そして、知ってはいけないものだ。

 しかし、雄一は、異世界人だ。条件次第では宇宙膨張に匹敵する対消滅≠ノより、この世界に呼ばれた存在でしかない。

 そして、この世界では反物質≠フ創造は、成しえていない。だからこそ、雄一はここが異世界だと知る事が出来たのだ。向こうの世界では有名な『アカツキ』がいなく、魔法≠ェあるこの世界を。

 だからこそ、雄一は知りえた。手元にある物質を。

「反物質=Aか」

 雄一の手元に在るのは、『アカツキ』と同じ物質―――反物質≠セ。

対消滅が起こりうる危険な物質だが、これも『アカツキ』同様、自身で正物質を取り込んで、対消滅を起こす事はない。

 そう。あくまでも、自身で取り込む事は、ない。外部から組み込む事は、可能なのだ。

 だから、これは世界最高のエネルギー源であり、世界最悪の兵器でもあった。もし、何かしらの影響でこれが反応したら、間違いなく、日本は、消滅する。

 雄一は、自分の手首をナイフで、切り裂く。こぼれだす血≠、それに付け―――――――覆い、反発≠ウせる。

 血の内側で、対消滅≠ェ起こり、辺りがほんのりと赤く染まるが、すぐにそれは、収まった。

 対消滅≠フ衝撃を、反発≠ウせる。これぐらいの大きさの物質なら、何とかなるが、カルタニスクラスに大きくなると、その威力も大きく、雄一の血≠ナは押さえられない。

「………」

 雄一の心境は、複雑だ。

 この世界に来て、雄一は平和を感じていた。同時に仲間に申し訳ない気持ちもあったが、それと同じぐらい、ネギや皆との生活が大切になりつつあった。

 見上げる。見上げた空には、闇に覆われる世界を照らす、たった一つの月が――――光を差していた。

 そして、雄一の視線は、世界樹へと向けられた。薄く発光し、風に揺れる巨大な樹―――――それに向けて、雄一は呟いた。

「………俺は、呼ばれたのか?」

 その呟きに、答えるものは、居なかった。

 

 

 

 

 後日談。

 ネギ達は、見事学年トップになった。それが、あの遭難と戻ってきた次の日の補習に在るのは、誰の目にも明らかだ。

 『アカツキ』は、アレから発生しなかった。卒業式と終業式が終わり、春休みに入っても、その姿が見つかったと言う報告はない。

 そして、雄一は楓に何故か気に入られ、たびたび団子と御茶を奢らされる羽目になった。一度、それを見つけた真名に餡蜜をおごり、一緒にいた刹那に睨まれたり、彼女にパフェを奢ったりと、色々と金が減っていた。

 さらに、最近では宮崎に会うと露骨に避けられている。あそこで頭を撫でたのが失敗だったらしい。

「………ま、平和が一番だよな」

 そういって、雄一は空を仰いだ。

 

 なお、余談だが、ネギ達が戻った次の日、理事長室が吹き飛ばされるという事件が起きたが、すでに事件としても扱われず、誰もが一笑に伏せていた。

 人間、慣れって言うのは恐ろしいものだ、と宇宙外生命体が呟いたのは、どうでもいいことである。

 

 

 

 

                      図書館島編    完



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