さて、一般人とそう変わらない力しか持っていないのに、最近血塗れの雄一だ。いや、向こうの【世界】だと感じなかったけど、な?

あの宇宙外生命体『ガクエンチョウ』の倒し方などを考えて、いろいろと策をうつのだが――――――効果がない!

ところで、別バラって知っているか? あれって凄いね。今そう想ったよ。

 そして考えるんだが、お前は何人だ? 龍宮。

 

 

 

 

 第五話 環境破壊? 俺は反対だ!

 

 

 

 久し振りです、お姉ちゃん。ロンドンは寒いですか? 日本は、春と言う季節で、とても暖かくて気持ちが良いです。

伝説の英雄といわれているお父さんを探すため、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指して、この学園にきました。

 最初は、震えるほど怖かったです。自分が人に物を教えるという事が、こんなにも怖い事だと思ってもいなかったです。

 でも、初めて会ったお隣の明日菜さんも、木乃香さんも、優しい人ばっかりです。明日菜さんは少しだけ怖いけど、でも、やっぱり優しい人です。

 しかも、兄弟が出来ました! 駒沢 雄一って言う名前で、僕は「雄兄」と呼んでいます! 

不安で一杯だった僕を助けてくれた、凄い人です! 最初は冗談だと思っていたけど、今では本当のお兄ちゃんのように思います!

 雄兄と一緒の部屋に住んで、一週間が過ぎました。毎朝作ってくれる日本料理はとても美味しくて、驚きました! 

毎晩一緒に寝てくれるし、風呂だって一緒に入ってくれます。ちょっとだけだけど、お風呂も好きになれた、かな?

 凄い、人だと思います。本当に必要な時はそっと手を差し伸べてくれる、そんな優しい雄兄を、僕は尊敬しています。お兄ちゃんはいなかったけど、きっとこんな感じなんだろうなぁ、って思います。

 でも、だからこそ、分かるんです。雄兄が、夜遅くまで起きていて、時折うなされているのを。そして、涙を流しているのを。

 そして、人と距離を取っていることを。

 今日だって、鳴滝さん達が学園を案内してくれると言っていたのに、色々理由をつけていなくなっちゃいました。僕は、ほんの少しだけ寂しかったです。

 だから、思うんです。

 この人と話し、分かり合えるということは、とても素晴らしい事なんじゃないかなって。

 目標が、もう一つ出来ました! 僕は、頑張りますね!

 それじゃあ、身体にお気をつけて。

 

   ネギ・スプリングフィールドから、ネカネ・スプリングフィールドへあてた手紙より抜粋。

 

 

 

 

 

 雄一とネギが2‐Aに入ってから、初めての休日が訪れた。一週間、ネギは学校になれるため、俺はネギが出来ない事務処理などを頑張るため、色々とやっていた。

 その間にも、トラブルメイカーである2‐Aは、様々なトラブルを起こしてくれた。

 高等部を相手に、ドッジボール対決。黒百合だか黒薔薇だか分からないが、あのドッジボール部は、何を目指していたのだろうか? そもそも、ドッジボールなのか? ドッヂボールなのか?

「………先生、せっかくのデートなのに、つれないじゃないか」

 ………他にも色々あったなぁ(遠くを見る目で)。

 ネギの、ネギによる、明日菜のためのほれ薬事件。なぜか俺が巻き込まれ、鳴滝姉妹や刹那、龍宮などに襲われたが、気にしたら負けだろう。うん、きっと、犬にかまれたようなものなんだ。

「あの時は悪かった。正直、分が悪いと思ったんだよ」

 龍宮で思い出したが、あの時の狙撃手は龍宮だったらしい。殺すつもりだったのか、銃刀法違反じゃないのか、と問い詰めた所、エアガンだから問題無しとの事。じゃあ、何故身体を貫通したんだ?

 ま、友達を見捨てるような奴だから、嘘は平気で言うのだろう。

「先生」

 ああ、他にも色々あったな。あの真面目そうな長谷川 千雨がネットアイドル「ちう」だという事が分かり、驚いたとか。まぁ、可愛いんだから隠す必要はないと思うが。

「………」

 可愛いといえば、宮崎のどかに図書券を貰ったんだっけ? 髪の毛を上げて、かなり可愛くなったのだから、彼氏でも出来そうな気がする………多分。

「………鉛球でも食うかい?」

「わるかったごめんなさい許して」

 そう言って、テーブルに頭をこすり付けた。休日に入院は、いただけない。

 そう。今日は初めての休日。忙しかった自分への、ちょっとした御褒美のはずだ。

ネギは鳴滝姉妹と明日菜、木乃香という面子で麻帆良の街を回っている。随分前に誘われたので、楽しみにしていたのだ。

 そして、俺である事、駒沢 雄一は―――――オープンテラスのある、お洒落な喫茶店で、褐色肌美人の龍宮 真名と対面していた。

 何故? んなもん、【神】様に聞け。俺は大嫌いだがな!

 

 

 

 

 

 今日は、ゆっくりと料理を作る為に、買物に出かけたのが、運の尽きだった、とも言える。

ついでに、足らないものを宇宙外生命体『ガクエンチョウ』から戦利品として奪い、買い揃えようとしていたのだ。いや、一度の戦闘で何十万も落としてくれる彼は、確かに重宝すべき存在なのだが。

 時刻は、すでに夕刻。真っ赤になった町並みがその色をどんどんと落とし、黒い色が強くなっていく時間帯。

龍宮とあったのは、偶然としか言いようが無い。

街を歩いていたら、声を掛けられ、無視するような間柄ではないので(血は流したが)、世間話をしたのだ。

話の流れで、なぜか雄一の驕りでカフェに向かう事になったのだ。納得いかないのは、仕方ないだろう。

 真名は、餡蜜を食べている。その数は、すでに六個目と言う異常な数に突入していた。正直、これほど食べても別バラだというつもりなのだろうか。

 溜め息交じりに、運ばれてきたクリームパスタを食べる。なかなか美味しいが、なんとも食欲がなく、今ひとつだ。やすいのが原因だろうか。

 どちらにしろ、財布には大ダメージだ。あからさまな現実逃避は、もう止めよう。

 

「………で? 俺になんか用か?」

 

 龍宮が餡蜜を食べ終わったタイミングで、雄一が告げる。正直、雄一は龍宮のように、何歩も前に手を打つような存在が苦手で、正直、声を掛けられるとも思っていなかったのだ。

龍宮は、食後のコーヒーに口を付けながら、静かに頷く。

「ああ。実は、明日『仕事』があってね。巡廻ルートを増やしたいんだが、人手が足らないんだ」

 龍宮の言葉に、雄一が眉を潜めた。

「………そういや、お前も【こちら側の世界】の人間だったな。んで、巡廻っつうのは、例の奴か?」

 この学園は、様々な危険に満ち溢れている―――高畑から聞いた言葉だったが、それは雄一にも容易に想像できた。

 現行の科学技術の何倍も先を進む技術者に、その成功例。裏の話なら、桜咲 刹那が護っていた木乃香のように、膨大な魔力を使おうと、狙う輩までいるのだ。

 しかし、今の雄一には、若干の不安があった。その不安を見てか、もしくはもともと言うつもりだったのか、龍宮が口を開く。

「ああ、学園長から、なにやら『許可』が降りているよ。今度から、先生の意思に任せるそうだ」

「マジか!? なら、安心だ」

 雄一の言葉に、龍宮が小首を傾げた。

雄一の戦闘スタイルであり、この【世界】とは根本的に違う技術―――雄一達の言葉で、『武装』と呼ばれる戦闘状態は、学園長にその決定権を預けておいた。

これは、信頼を得るための雄一の策であったが、どうやらそれらは杞憂で終わったらしい。

 事実、雄一の働きは学園長の想像以上だった。

 高畑と同じく、広域指導員として不良生徒を叩きのめす。

 事務員として、残っている書類をきちんと片付ける。

 清掃員として、広場まで綺麗にする。

 先生として、相談をきちんと受ける。

 等など、一週間で彼は、ずっと働いていたのだ。それを認めない学園長では、ない(一度、木乃香の婿になるように進められたときは、満面の笑顔でグエディンナを突きつけてやった)。

 しかし、『仕事』なら学園長から直接言われるはずだ。何故、龍宮から言われたのだろうか、と雄一は眉を潜める。

 その疑問に答えるように、龍宮が口を開いた。

「いや、もともとは私の依頼なんだよ。でも、先生の『本当の力』を知りたいと思うのは、人情だと思わないかい?」

「………刹那から聞いていたか」

 ある程度予測できていた事だが、彼女は本気らしい。真剣な眼差しの視線を受けながら、雄一はパスタを口の中に放り込むと、頷いた。

「ま、全力とはいかないけど、少しは格好良い所見せないと、好かれる前の問題だな。二人の最初の印象は最悪だろうし、頑張って挽回するさ」

 はっきりいって、刹那と龍宮には呆れられていると思っていた。雄一の体がボロボロになったのに、二人が無傷だと言う事を考えれば、至極当然だろう。とはいえ、雄一は彼女達を傷つけようなど、さらさら考えていなかったが。

「それに」

 と、雄一は言葉を区切る。訝しげな視線を向ける龍宮へ、雄一は不敵に口を開いた。

「生徒に危険な仕事を、させてられないしな」

 雄一の言葉に、龍宮の動きが一瞬止まり、やがて大きなため息となって、吐かれた。

「先生、それ、本気でいっているのかい?」

「………? 何でだ?」

 雄一の言葉を聞いて、龍宮は再度、溜め息を吐いた。

 彼女自身、雄一を卑下した眼で見ているわけはない。

むしろ、学園長に『能力』を封印されていて、刹那と自分二人を退けたのだ。その戦闘知識と経験、純粋な戦闘能力は、そこら辺の『魔法先生』よりも当てになる。

 なにより、あれよりも強くなるというのだ。敵ならともかく、仲間ならこれほど頼もしい存在はいない。

 戦えば戦うほど、その鋭さが増す、というのは刹那の意見。

龍宮も、概ねその意見には賛成だが、何か、根本的に違う気もするのだ。自分の『眼』でも見えないのだから、確信ももてないが。

 溜め息を吐き、小さく首を振る。

「………ま、そんな難しい事をいっているわけじゃないんだ。私と刹那の仕事についてきてくれれば良い。何、召喚された鬼相手の簡単な仕事だ」

 何でも、東日本にはこちらとは違う魔法体系の組織があり、そこの末端が暴走して襲ってきている、という情報があった。東洋の魔法ではないので、対処が難しいそうだ。

「なら、手伝うさ。俺の本当の戦闘を、見せてやるよ」

 雄一の言葉には、はっきりとした覚悟と裏付ける自信が、見て取れた。その雄一の様子に、龍宮は小さく微笑む。

 すると龍宮は、しばらく悩んだそぶりを見せ、口を開いた。

「先生は、もともと何をしていたんだい? 魔法≠焉w氣』も扱えないようだけど?」

 龍宮にそう問われ、雄一は眉を潜める。そこで、刹那が『龍宮は傭兵として各国を渡り歩いていた――』という言葉を思い出し、適当に考えていた説明をする。

「ん? あ、ああ、魔物専用の『ガード』さ。特定の組織に居座った事も無い、根無し草だったよ」

「………そうかい。なら、噂を聞かないわけだ」

 血塗れになる『力のない傭兵』など、噂になるわけもなく、龍宮の耳には届くまいと思っての事だ。それが功を期したのか、龍宮から追求の言葉はない。

 安堵している雄一とは対照的に、龍宮はその怪訝な思いを深くしていた。

(わざわざ魔物専用の『ガード』なんて、言うわけない。『ガード』はそもそも魔物専用だし、私のようなソルジャーでも無さそうだ………。どうやら、何かを隠しているようだね)

 そして、その隠している事が、彼にとっては何よりも大きいものだと、おぼろげながらにも察していた龍宮は、追求しようとはしなかった。興味も、それほど在るわけでもないからだ。

 そして、時間は七時を回った。

 雄一は、ネギに遅れると電話を入れ、龍宮と共に指定された場所に向かった。

場所は、女子寮から少しはなれた、森の中にある岩石群である。時々雄一が訓練に使う場所で、人目に着かない場所でもある。

 其処につくと、すでに誰かの姿があった。瞑想にふけっているのか、刀を腕の中に抱きながら、目を瞑っている。

それが刹那だと気づいたのは、その大振りの日本刀からだった。《夕凪》(名前を聞いた)を腕に抱き、岩石の上に座っていた刹那へ、雄一が声をかけた。

「おーい、刹那ぁ〜」

雄一が近付くと、刹那は静かに顔を挙げる。辺りを見渡し、二人の姿を見つけた刹那の顔には、軽い驚きが見て取れた。

「雄一さん、どうしてこんな所に?」

 刹那はそういいながら、岩石から飛び降りる。小さく小走りで駆け寄ってくる刹那へ、雄一軽く微笑みながら、答えた。

「ようやく力を使えるようになったからな。二人の信用を得る為に、及ばずながら手を貸そうと思って、な」

 龍宮は、説明していなかったようだった。刹那は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに龍宮へ、鋭い視線を向けていた。

肩を竦めている龍宮をジト目で睨みながら、雄一は腰のホルダーからグエディンナを取り出す。

そして、腰に付いている紅い液体の入ったカプセルを取り出したところで、刹那が声をあげた。

「あ、それって。………確か、前に私を拘束したもの、ですよね?」

「ん? あ、ああ。………たいしたものじゃないさ」

 雄一の持っているカプセルの中身は、雄一の血≠セ。

普通の血≠ニは違い、長期保存が出来る加工がされたものなのだが、それ以上のものではない。

とはいえ、年頃の女の子に自分の血≠セ、といって気分を害されても困る。

 カプセルを、グエディンナの石突のところにつけると、中の空洞から刀身の溝まで流れ、刃に伝わった。

万遍なく伝わった瞬間に、固形化すれば―――グエディンナが、真の意味で完成するのだ。

 

 紅い筋と刀身を持つガラスの槍、グエディンナ。『エデンの首』という意味を持つその槍を抱え、二人に顔を向け―――――

「どうした?」

 怪訝な思いのまま、小首を傾げた。ジッと雄一を見ていた二人は、互いに顔を見合わせ、頬をかく。

「い、いや………」

 二人とも、なにかしら驚いている様子だった。訝しげにグエディンナを眺めた後、龍宮が口を開く。

「アレだね。献血で採血するときのチューブにそっくりだ」

「………………」

 やはり、龍宮には嫌われているのだろうか。

 

 

 

「でも、凄いですね。その槍、いままでとは比べ物にならないほど、存在感がありますよ」

 森の中を歩いていると、刹那がそう切り出してきた。その刹那に苦笑しながら、雄一はグエディンナを軽く回し、頷く。

「ま、いつもの状態じゃあ、紙も斬れないからな。十字槍の特性も生かせていないし」

 十字槍の特徴は、なんと言っても、その両翼についた刃だ。

あれで突かれると攻撃範囲が増える上、上手く槍を掴んだとしても、引かれて斬れるという可能性も在る。

さらに言えば、槍の横をすり抜けて相手を攻撃するのも難しい、実に理に適った武器でもあった。

 ただし、その構造上、突きのスピードが遅くなるという欠点があるが。

「でも、夕凪だって結構、大物だよな? 振り回すような感じだし。野太刀っていうのか?使うのは難しそうだが………」

「そう、ですね。私も、使いこなすのが大変でしたが、今ではもう、この大きさに慣れてしまっているので、逆にこれじゃないと落ち着かないぐらいですよ」

 そう言って夕凪に手を添える刹那の横顔は、【相棒】の存在を信頼している、兵士のそれだった。

 【相棒】――――向こうの世界では、レウィンが【相棒】だったな、と雄一はしみじみと頷く。

なんでも、ロボットだから子供が産めない↓なら、作らないでその子孫を見守ろう↓よき人と結婚させる、という謎の思考回路を持っている、困った存在だった。

とはいえ、普通の人間よりも人間らしいレウィンは、名実共に雄一の右腕であり、背中を任せられる【相棒】だったのも、事実だ。

 彼女も、対消滅≠ノ巻き込まれたのだろうか? 壊れたとしても、再生できるから大丈夫だとは思うが、心配である。

(――――ああっ! 止めやめ!)

 元の世界のことを考えて憂鬱になるのは、止めていた。どんなに考えても、事態が好転するわけも無いし、さらにいえば手が打てるわけでも無いのだ。

 今することは、眼の前の二人を護る事。必要ないことかもしれないが、彼女たちには絶対に、傷一つつけさせは、しない。

 そう新たに決意した瞬間、龍宮が銃を構えた。グロッグ37という有名な銃だが、恐らく術式を施した銃弾を使うので、改造銃だろう。

 スラリと夕凪を引き抜く刹那―――――――二人を見て、雄一は口を開いた。

「どうでもいいが、改造銃も銃刀法違反じゃないのか?」

「………ノーコメントで」

 くだらない駆け引きの後、森から這い出してきたのは、異形の者だった。

 大中小、様々な色を持つ千差万別の鬼=B古来より、日本最強の式神として使役され、恐怖の象徴として、時には正義の使者として、その存在をいわれ続けた物。

 最初に、刹那が動いた。

「神鳴流奥義ッ!」

 その叫び声と共に、刹那が鬼≠フ懐に飛び込む。戸惑う鬼の斜め下方から――――『氣』の伴なった斬撃が、爆砕した。

「斬岩剣ッ!」

 その技名とともに放たれた一撃で、吹飛ぶ異形の鬼。

予想以上の強さなのか、もしくは油断して戸惑う鬼に向かって、龍宮が雄一の横で、引き金を引く。

 

『ヌブッ!?

『あいや、強いな、この餓鬼も』

『あ〜〜。飛び道具は卑怯や〜〜〜』

 

 ――――などと、緊張感のかけらも無い言葉を残し、消えていく鬼。

 ――――どうでもいいが、雄一の鬼の像が崩れていくのは、気のせいだろうか。

 とはいえ、いつまでも刹那たちばかりに任せるわけにも行かない。グエディンナを大きく振り回すと、後ろ、包囲してきた鬼へ、横払いを繰り出す。

 

 斬。真っ二つに裂けた鬼が『あやや、もう終わりかい』とこれまたやる気のなくしそうな言葉を残して消えていく。

 その姿を見届けながら、言葉を紡ぐ。

「『ルシフェル』駒沢 雄一………――――――行くぞッ!」

 次の瞬間、雄一が駆け出した。

 鬼の繰り出す棍棒による打撃を、ほんの少しだけ身をそらして避け、その頭部にグエディンナを突き刺す。

それを引き抜くや否や、転身、襲い掛かる鬼に、斜めの袈裟斬り、さらに回転するように身体を動かし、腰の捻りと腕の捻りをくわえ、両腕を振り上げている鬼を、穿つ。

 光の粒子となって消える鬼を背に、雄一は其処に立っていた。

「さて、鬼の諸君。君達は、俺の血を望むのかな?」

 微笑んだその横顔は、何処までも不敵だった。

 

 

 

 

 龍宮は、信じられない表情でそれを見ていた。刹那の援護と自分の防衛に気を抜くわけではないが、それでも自分が他の存在に気をとられる事は、珍しい。

 けっして、雄一の戦いは、優雅なものではない。一般人の域を超えない、雄一の戦い―――それは、誰にでも可能な戦い方だった。

しかし、雄一はその中で、最大限の効果を生み出していた。

ほんの少しだけ動くのが速く、判断でき、そして実行する。武術で言う先の先をとるその戦いは、泥にまみれたような戦い方だ。

 ダイヤモンドの輝きは、ない。

されど、それは陶器における名品と同じ、なんともいえない存在感が、在った。近くにいるだけで、安心できる存在感と、力強くそこにある、雰囲気。

(………ったく、本当に、人間かい?)

 苦笑するしか、なかった。

 三〇体はいた鬼が、全て倒されていた。内訳は刹那が一二、龍宮が一一、雄一が七である。

 雄一は、打ちひしがれた様子で、体育座りしていた。順調に倒していたものの、やはり『氣』を使う刹那や龍宮には勝てなかったようだ。

地面に『の』の字を書いている雄一を見て、龍宮が呆れたように溜め息を吐く。

「先生、そんなにがっかりしなくても、十分だったじゃないか。たいした術者が召喚したわけじゃなかったから弱かったけど、正直、たいした手腕だよ」

 龍宮が、励ましているのかトドメを刺しているのか分からない言葉をかけた、まさにその瞬間だった。

 雄一が、立ち上がった。

そして、瞬時にグエディンナを構えると、龍宮と刹那に叫ぶや否や、刹那を思いっきり突き飛ばし、後ろに飛んだ。

「避けろッ!」

 一瞬遅れ的こ多その言葉の、まさにその瞬間。

 

 

世界が、白に染まった。

 

 

「―――――ック! 大丈夫かッ!? 刹那ッ!? 先生ッ!?

 光が晴れた瞬間、龍宮が叫ぶ。それとほぼ同時に視界が晴れ――――絶句した。

 クレーターが、出来ていた。地面に埋まっていた何かが爆発したような、破壊の跡。それを視線で確認した瞬間、森から足音がした。

「龍宮ッ!」

 出て来たのは、刹那だった。無事な姿に安心しながら、もう一人の人物を探す。

「――――ッ!」

 そして、絶句した。

 其処にいたのは、今までとは比較できないほど重厚な『魔力』が籠もっている、鬼=Bそして、その手には――――雄一の姿が、あった。

 

 先ほどの爆発は、膨大な『氣』と『魔力』の籠もった一撃だった。とっさに突き飛ばされた刹那ですら、あれほど吹き飛ばされたのだ。

その中心にいた雄一は、そう考え、ぞっとする。

 鬼が、手を離す。糸の切れた人形のように倒れた雄一は、動かない。

「貴様ァッ!?

 刹那が叫び、夕凪を構える。それに呼応するように、龍宮も銃を構え―――

 その瞬間、吹き飛ばされた。刹那が驚きの声を上げた瞬間、夕凪と弾かれる音がする。

 一瞬で移動した鬼の裏券が、龍宮を吹き飛ばしたのだ。運良く銃に当たったおかげで致命傷は避けられたが、その一撃は、重かった。

 次の瞬間、刹那が吹き飛ばされる。そして、鬼の体がこちらに向く。

(チッ! 手元に銃が―――――)

 絶体絶命、さらには先ほどの一撃で、手がしびれ、しかも一歩も動けそうにも無い。

(やれやれ、こんな所で死ぬなんて―――――ついていない)

 状況を冷静に把握できたおかげで、自分の状況が絶望的なものだと把握していた。だから、諦めるのも速いのかもしれない。

 しかし、その考えは―――その存在によって、掻き消えた。

 

 

「テメェ………」

 

 

 搾り出された、一人の声が辺りに響いた。

 

 

 

 

 

 雄一は、油断していた事に自己嫌悪していた。戦い終わった跡で、あんな風に油断すれば―――隙を突かれると、知っていたのに。

 相変わらず、反吐が出そうなほど、自分は弱い。その弱さは、すでにどうしようもないほど、救いがない。

 だが、雄一には、自分以上にその鬼が、赦せなかった。

 恐らく、術者の作戦だったのだろう。何十もの弱い相手と戦わせ、油断させた所で狂化させた鬼をぶつける。

悪くない戦い方だ。悪くはないが――――反吐が出る。

 ふらつく足を押さえつつ、立ち上がる。相変わらず血塗れになるのは、運命らしい。

 グエディンナは、手元にない。まぁ、在ったとしても、眼の前の相手に通じるとは思わなかった。

 ――――――なら、通じる攻撃を使うのみ

我が血≠ヘ、狼煙。

我が血≠ヘ、運命。

 全てを無視して、手に入れたこの力――――それは、偽りの『練器』の姿だった。

 雄一の血≠ェ集まり、細く伸びていく。パキパキと硬質化していく響きとともに、それが現れた。

 紅く伸びる刃と、紅黒の光沢。グエディンナと同じ様相を持ち、決定的に違う、雄一の力。

 

 《ブラッドクロス》

 

 一リットル近くの血を使い構成されるその槍は、雄一の切り札。そして、この槍が放つのは、破滅の一撃だった。

 ゆっくりと身体を向ける鬼―――その後ろに龍宮と刹那がいないことを確認し、雄一は息を吐いた。

 雄一の身体に、『フォトン』が宿る。血≠ノ溶け込んでいた『フォトン』を抽出しただけだが、まだ戦えるほど回復した。

 それだけではない。この力は、覚悟の力だ。

『フォトン・ルース』の絶対量が増大し、収束する。体の奥底、全てから眠っている『フォトン』を一時、集めることが出来るからこそ、爆発するような力を得ることが出来るのだ。

 だから、代償は酷い。それすら覚悟し、雄一はブラッドクロスを構えた。

 見据える先には、鬼。今まさに、閃光と化して雄一を叩き潰そうと、跳躍した所だ。耳には、刹那と龍宮が、「逃げろ」と叫んでいた。

 だからこそ、雄一は引かない。負ける気も、ない。

 だから、彼女の期待に応えられるのは――――この技しかない。

 右手で槍の持ち手の最端を持ち、左腕をそっと長く添える――――その間に、光が走った。

 雄一の血≠フ力は、反発。以前、龍宮にむけてはなったあの一撃は、その血の反発によって打ち出されたものだ。

 しかし、今はそれとは比較にもならない。槍そのものが、血なのだから

 急速に加速をまして、撃ちだされる。

そう、リニア・レールのように。

「プラズマ―――ッ!」 

 体が沈み、弓がしなるように体が曲がり―――。

「ストライクッ!」

 次の瞬間、視界が赤い閃光に染まった。

 

 紅い閃光と化したブラッドクロスは、眼にも留まらぬ速さで撃ち出され――――鬼の体に突き刺さる。

瞬間、ブラッドクロスが爆砕し、破片が鬼に降りかかった。粉微塵になるまで切り刻み、体が引き千切れ、飛ぶ。

 高密度で硬質化し、光速に近い速さを得た槍は、森を三〇メートルほど吹き飛ばし、岩石群に突き刺さって、爆発の華を咲かせた。

重い音を鳴り響かせ、それと同時に岩石郡が崩れだす。

 予想外の、雄一の一撃。一瞬で荒れ地と化した森を眺め、雄一は―――――――

 

 

「おー………………」

 

 

 気の抜けた声を発した。

 

 

 

「おー、じゃないだろう? なんなんだい? あれは?」

「おう! 俺の必殺技だってッ! 痛いッ! 消毒液がしみてめっちゃ痛いッ! っていうか、何でこすり付けているの!?

「気のせいですッ!」

 なぜか怒り心頭の刹那による応急処置を受けながら、雄一は自分の起こした環境破壊の傷痕を眺めていた。

「あっちゃ〜〜〜、やりすぎたか? こりゃあ、環境破壊そのものだな」

 雄一の言葉に、刹那や龍宮を咎める言葉など、なかった。咎めるつもりも無いし、雄一自身は鬼に憤慨している。

「………ったく、あのクソ鬼。龍宮や刹那に傷でも残ったら、どうするって言うんだ」

 そう言って、雄一はずっと怒っていたのだ。それが、二人の傷に起因している事が分かると、二人とも気恥ずかしそうに頬をかいていた。

(………やれやれ。私としたことが、あんな姿に心動かされるとは、ね)

 絶望に近いあの状況で、血塗れや震える足で立ち上がる雄一を見て、なぜか、安心してしまった。

その時から耳を打ちつける心臓の鼓動が早いのだが、まだ収まらないのだろうか。

 それらを誤魔化すために、龍宮は口を開いた。

「で? どうやったのか、あの紅い槍は何なのか、教えてくれるかな?」

 雄一は一瞬だけ呆けた顔をした後、申し訳なさそうに眉を日疎遠手、口を開いた。

「………秘密という事で」

 龍宮に追求しないで欲しい、と頼む。苦笑して右手を挙げると、それを見ていた龍宮が片眼を瞑り、なにやら顔を真赤にしている。

風邪か? と雄一が素っ頓狂な事を考えている間に、龍宮が口を開く。

「ま、まぁ、その、なんだ。………せ、先生がそう言うなら、まぁ、秘密にしよう」

 龍宮の言葉に、刹那が瞬時に続いた。

「私も言いません」

「………悪いな。刹那、龍宮」

 なにやら憮然としている刹那に怪訝な思いを抱きながらも、雄一は二人に感謝の意を表す。

すると、そこで何かに気がついたのか、龍宮がキョトンとした顔で問いかけてきた。

「何で私は苗字で呼ぶんだい? 先生?」

「ん? ………そりゃ、なんつうか、中学生とは思えないし、俺と同じぐらいって思っちまうし、何となくだが」

 龍宮を龍宮と呼ぶことに、それほど深い意味はない。最初にそう呼んでいたから、といえばそのままだ。

 彼女は肩を竦めると、なにやら微笑みを浮かべ、口を開いた。

「なら、真名で良いよ。私は雄一先生、とでも呼ばせてもらおう」

 龍宮の言葉に、雄一は軽く驚いた。彼女の性格上、名前で呼ばれるのは苦手なのだと、勝手に想像していたからだ。

「お? そうか? それなら俺からも頼むぜ。元もと、苗字で呼ぶのは嫌いなんだってイテエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェッ!?

 了承の意を伝えた瞬間、刹那が傷口に消毒液をかけてきた。それに悲鳴を挙げ、雄一は辺りを駆け回る。

 その雄一を背に、刹那が龍宮―――真名に、顔を向けた。訝しげな、どこか不満げな表情で真名を見て、口を開く。

「龍宮。もしやと思うが、お前………」

「おや? 君もかい?」

 真名の言葉に、刹那は顔を真っ赤にして「違うッ!」と叫んだ。何処からどう見てもそうとしか見えないのだが、本人には自覚がないらしい。

 やれやれ、と首を振る。男性関係に疎いルームメイトのことは応援したいが、事が事、真名に譲る気など、毛頭もなかった。

本人も持て余している感情だが、恐らく、これが「恋」なのだと、自覚したのだ。

 釣り橋効果? 関係ないね。どんな風に彼を想ったとしても、この温かい気持ちは―――――間違いではないのだ。

 「悪いが、私は諦めが悪くてね」

 だから、早く素直にならないと、私が独占するぞ?

 その言葉は、奥歯で噛み砕いたが。

 

 

 

 

 

 環境破壊に貢献してしまった雄一は、刹那と真名の心配もあり、部屋まで送ってもらった。流石に部屋の中には入れられず、外で別れる。

「雄兄ッ! どうしたの!?

 扉を開けて飛び込んできた姿に、ネギは悲鳴をあげて駆け寄ってきた。刹那と真名は軽くネギに挨拶をすると、さっさと自分の部屋の方向に歩いていってしまった。

 心配そうに見上げるネギの頭を撫でていると、部屋の奥から人影が出てきた。

「雄一? 随分遅かったけど―――ってッ!? なにッ!? その傷!」

 雄一の部屋に、神楽坂 明日菜の姿があった。どうやら心配していてくれたらしく、夜の九時を回る今まで、待っていたらしい。

「悪いな。明日菜。ネギの面倒見てもらって」

「………アンタ、最近本当に生傷が多いわね。何かあったの?」

 部屋に上がり、適当に御茶を淹れて居間に持っていく。座ってその様子を見ていた明日菜とネギにお茶を配った後、まず一口、飲む。

明日菜に本当の事を言うわけにもいかず、適当にあしらう事にする。

「歩いてたら恐竜に襲われてな! ハッハッハ!」

「………そ、そっか。大変だったね」

(信じたよ! おいッ! しかも、顔を見る限り珍しい事じゃ無さそうだし………!)

 そういえば、クラスメイトにロボがいたな、などと思い出しつつ、御茶を飲む。

心配そうに見上げてくるネギの頭を撫でながら、明日菜にも御茶を出した。それを飲みつつ、明日菜が口を開く。

「んで、雄一も『魔法使い』関係なの?」

「ブフゥ!?

 口に含んでいた御茶を、盛大にネギに吹きかけてしまった。慌ててネギの顔を拭きつつ、雄一は明日菜に顔を向けて、眉を潜めつつ尋ねた。

「………なんで知ってんだ?」

 ネギがばれたのは分かっていたが、雄一がばれる理由にはならない。ジッとネギを見ると、彼はおろおろしながらどんどん涙目になっていく。

「………よし。ネギ。今晩は一人で寝ろ」

「ええっ!?

 この世の終りみたいに叫ぶネギを見て、明日菜は溜め息を吐いた。小さくかぶりを振って、口を開く。

「………違うわよ。色々考えて、カマをかけただけ。………その様子を見れば、当たってたみたいね」

「………どうしてその勘や思考回路が、勉強とかに発揮されないのかね」

 明日菜の局所的な勘の鋭さに慄きながら、雄一は溜め息を吐く。ネギに謝罪の気持ちを込めて御茶を淹れつつ、口を開いた。

「ま、間違っちゃいないが、俺は魔法≠燻gえないし、『氣』も使えない、ただの一般ピープルだよ。詳しくはいえないが、ね」

 何処をどう見たら一般人に見えるのか、と突っ込みたかったが、明日菜はそれ以上何も言わなかった。

 それは、なぜか。

実を言うと、明日菜本人にも、分からない。雄一の横顔を見て、なぜか聞いてはいけないと思ったからだ。

 駒沢 雄一は、他人と一線を引いている。最初に会ったときは普通だと思ったが、一週間も顔を合わせていると、それは確信に変わっていた。

そう。彼は、私たちに歩み寄ろうとしていない。必要以上に接する事に、恐怖を抱いているのだ。

そして、何かに酷い罪悪感を覚えている。それは、記憶のない明日菜と、同じ根源のものだ。そしてそれは、明日菜よりも――――――重い。

 不意に、席を立つ。その突然の行動に訝しげな視線を向ける雄一へ、明日菜はぶっきらぼうに告げた。

「ンじゃ、もう今日は帰るから。おやすみ」

「お、おう。おやすみ」

「おやすみなさい。明日菜さん」

 戸惑いながら返す雄一と、無邪気な笑顔で返すネギ。その二人を見て、軽く手を振ると明日菜はさっさと出て行ってしまった。その態度は、どこか怒りを感じさせた。

 無論、本人にそれを問いただせば「怒ってないわよ!」と怒りながら叫ぶだろう。明日菜本人も、何故ムカムカするのかわかっていない。

「………何怒ってんだ? 明日菜の奴?」

「………さぁ?」

 二人に分からないのは、当たり前だろう。

 とりあえず、今日は多くの事があった。久し振りに放った『必殺技』で、体が軋む。

「………とにかく、寝るか」

「うん!」

 元気なネギと共に、雄一は寝室に向かうのだった。

 

 

 

 

 



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