うむ。ぶっちゃけ、『魔法』って卑怯だと思う。いや、襲い掛かってきた二人には、ソレを使う奴はいなかったのだが、ネギのを見ていると、そう考えてしまうのだ。

 

 後でわかる事だが、俺の『能力』は、はっきり言って代償が大きすぎるからだ。

 

 さて、何をどう間違えたのか、二人と戦う事になった。

 

ん? 何で二人かって? だって、遠くから狙撃されてるんだもん。さっきから耳元をかする音が、絶え間なく聞こえるからだ。避けれるのが、不思議なぐらいだ。

 

 ………はぁ。

 

正直、言おう。

 

俺は弱い。ほんの少し、人間に毛が生えた程度だ。俺の【世界】にいた『ルシフェル』の足元にも、及ばないのだ。

 

 さて、相手は真剣で、しかも岩を砕いている。

 

勝てると思うか?

 正直に言おう。

 俺は、弱いから、血にまみれたのだ。








 第四話 集団暴行ですか?

 

 

 

 

 一瞬で、距離を詰まれた雄一は、慌てることなく十字槍《グエディンナ》を持つ手に力を込め、静かに対峙していた。この世界で始めての戦闘だということを自覚しながら、集中をしていった。

 

 ついで振るわれたのは、大振りの刀。それに、槍を合わせて、弾き返す。


 閃光。弾ける火花をものともせず、雄一は両手で槍を持ち変えた。

「はッ!」

 気合と共に、刀を弾く。弾かれて無防備になった桜咲の腹へ、槍の石突を叩きつけようとし、雄一は――――――瞬時に、一歩下がった。

 刹那、眼前を掠める、何か。

 

それが銃弾だと気付くのに、そう時間はかからない。小さく舌打ちをした瞬間、眼前に躍り出たのは―――桜咲の姿だった。

 桜咲に向け、槍を薙ぎ払う。しかし、桜咲は慌てた様子もなく身体を逸らしてそれを避ける。その瞬間、桜咲は舌打ちをした。

 瞬間、間が空く。桜咲の目が見開くのを感じながらも、雄一は苦笑した。
 
 そのまま、距離を取る。その雄一の行動に驚きの視線を向ける桜咲を見ながら、一気に距離を詰めた。

 一歩踏み込み、槍を握る右腕を突き出す。

桜咲を穿つ一撃は、体勢を立て直した桜咲の斬撃によって、上に弾かれた。その上に弾かれた反動を使い、クルリと身体を転身させ、両手で槍を握る。

 再度、飛来する銃弾。

 

ソレが雄一の肩を撃ち抜くが、雄一は少しだけ顔を歪めた程度で、全く動きを止めなかった。すぐに桜咲に視線を向け、追撃しようとしてきたところを、睨みつけた。

 距離を置くが、立ち止まる時間はない。遠くから狙撃している誰かの一撃は、ソレを許してくれないからだ。

 

 大きく息を吸い、吐き出す。再度視線を戒めた雄一は、次の瞬間から致命傷以外の銃弾を、身に受けていた。

 

 狙撃者は、息を飲む。動きを奪う銃弾を無視し、まるで戦車のように突き進む、その存在を。

 

 桜咲が、切り込んでくる。接近させないように、身体の反動を使い壁のように突きを繰り出すが、その技術の差が在るのか、簡単に剣によって弾かれてしまい、その動きを止められなかった。

 振るわれるのは、迷いも無い綺麗な斬撃。それらを、後ろに飛びながら避ける。

 

所々で斬られたり、銃弾が刺さったりするが、雄一の動きは鈍りもしない。

 突如、雄一の突きが、重くなる。夕凪で払えなくなった桜咲は、小さく舌打ちをすると、その場を飛び退いた。

 

それに追撃を加えようとした雄一へ、龍宮の狙撃がその道を閉ざした。

 戦況は、桜咲と龍宮の困惑を打ち破って、拮抗しているようだった。


 

 

 

 桜咲 刹那は、怪訝な思いを振り払えずに、いた。それと同時に、信じられなかった。

 駒沢 雄一は、けっして強くはない。現に、彼女なら避けられる龍宮の狙撃に蹂躙し、自分の剣術に押されていた。それを示すように、すでに右肩と左太腿から、出血が確認できた。

 

(なら、なんだというのだッ!)

 刹那は、今の状況を恐ろしく感じながらも、実力の差からか、怒りに近い感情を抱いていた。

 

戦況は、まったく変化していない。どれほど傷ついても動きは鈍らず、その動きは鋭くなっていくばかりだ。

いや、むしろ――――徐々に、押され始めていたのかもしれない。

 

 


 雄一も、焦っていた。息もつかない攻撃に、体中に走る痛みが、自身の集中力を増やしながらも、体力を奪っていった。他の二人と違い、自分が不利だと考えているが、どちらにしろもう、長く持たない。

(状況は不利―――なら、各個撃破だ!)

 桜咲に向かうフェイントを入れ、桜咲に槍を払う。虚を突いた攻撃に驚いたのか、桜咲が距離をとる瞬間、転身する。

 狙いは、桜咲ではなく―――――狙撃手だった。

 腰にさしておいた、小型のスローイングナイフを、太腿の血を纏わせて、振りかぶる。

 

ナイフに纏わり付いた雄一の血≠ェ、雄一の『フォトン』に反応した。手に纏わり付く血≠ニ反発≠オあうそのスローイングナイフを、遥か向こう、森の影に向かって、撃ち放つ。

 亜音速の速さを持って撃ち出されたナイフ―――それが、龍宮の隠れていた木を、粉々に打ち砕く。破片が吹き荒び、木々が倒れていく様を見た龍宮は、小さく舌打ちをしながら、その場を離れる。

 

 

 

 


 その一撃は、私に衝撃を与えた。

 何の変哲も無い、あのスローイングナイフを、あれほどの破壊力を持って撃ちだすなど、どう考えても人間業ではない。龍宮の無事は確認できたが、恐らくもう、援護は期待できないだろう。

 そして、それと同時に、何度も通り過ぎた懸念が甦る。

 何故、自分にあれを使わなかったのか。

 

それを考えると、歯軋りが聞こえて来た。余裕を持って戦えているわけではないのに、それを使わない雄一の態度が、気に入らなかった。

 余裕を見せ付けるなら、それを覆す一撃を、決めるしかない。雄一が桜咲に視線を向けた瞬間、私は距離を取った。


 狙うは、岩を切り裂く必殺の刃。


「神鳴流奥義!」

 

 『氣』が体内を駆け巡り、刀身へと伝っていく。その感触を全身で感じながら、私は、技を放つ。

 

「斬岩剣ッ!」

 技名とともに放たれた『氣』を纏った一撃は、下から駒沢 雄一を襲う。『氣』の奔流である一撃は、岩を砕き、地面を抉りとり――――。

 

その場に盛大な破壊音と共に砂埃を上げた。

 決まった。間違いなく、そして、手ごたえも十分だった。



 そして―――――――風が、吹いた。



 桜咲の思惑と違い、煙と共に、雄一が飛び出した。

 

右手に何かを握ったまま、砂埃に隠れ、一気に桜咲と距離をつめ――――右手のものを、桜咲に投げた。

 反射で、斬り裂く。切り裂いた瞬間に見えたのは、紅い液体の入ったカプセルだった。

 爆発し、中身が飛散する。紅い液体が、一直線に桜咲の身体に向かい、触れると思った瞬間――――それが、硬質化し、自由を奪った。

「なッ!?

 戸惑いの声をあげる桜咲。『氣』を込めるが、細く紅い拘束具は、壊れそうにない。

 桜咲に使ったのは、雄一自身の血≠フ硬質化による、捕縛術。

雄一の『能力』は、血≠ノよる反発≠ニ操作、硬質化などの形状変化だ。

 

 液体である血液で縄を作り、硬質化させたのだ。雄一の血≠ヘ、エターナル≠ニ同じく『フォトン』を内包しているので、そう簡単には壊せない。

 桜咲が怒りの視線を向けた瞬間、正確に言えば、雄一の姿を視認した瞬間。

 

絶句した。

 砂埃が晴れて、現れた雄一の身体は、血塗れだったのだ。

 手応えもあり、確かに眼の前の存在は、ダメージを受けていた。『氣』の奔流による斬撃が、体中に裂傷を作り、すでに身体はボロボロだった。

 しかし、その斬撃など、ほんの少しでも『氣』か『魔法』に触れていた人間なら、完全に防げるものだ。魔法障壁には、傷一つどころか衝撃すら与えられないのだから。

 しかし、雄一は、その傷に痛む様子も見せず、其処に立っていた。鋭い眼光を鈍らせもせず、ただ、其処にいた。

 

 ただ、何処までも力強い、眼差しと姿を持って。





 雄一は、けっして一般人から外れるような、能力を有していない。

 本来、『ルシフェル』は、自身の分身ともいえる『練器』と呼ばれる武器を出して、一人前だった。その武器に、本人と関連性はないものの、出すだけで身体能力が向上するのだ。それは、人の10倍に匹敵する。

 唯一の例外が、雄一だった。自身の血≠操る事により、内包する『フォトン』を操る事ができ、常人の何倍かの運動能力を得ることができたのだ。

 しかし、それも微々たるものだった。

 

 一般兵の『ルシフェル』にですら、基礎身体能力は負けている。無理やり血≠操る事によって、その差を埋めて来たに過ぎないのだから。

 

桜咲 刹那たちのように幼少の頃から鍛えた人間に比べれば、素人に毛が生えた程度でしかない。

 ただ、雄一はそれだったのだ。

 ほんのちょっとだけ、人よりも速く判断し、決断し、行動する。桜咲の「斬岩剣」ですら、致命的な攻撃の部分を弾くだけだ。それ以上は出来ないし、不可能だった。

 つまり、駒沢 雄一は、完全なる一般人の範疇に居た、という事だ。

 しかし、それでも――――雄一は、確かにそこに立っていたのだ。

(………血が、血が足りん………)

 自分の体表を流れる、赤い血のぬくもりを感じながら、雄一は苦笑する。すでに慣れた痛みなどを全身に感じながら、静かに桜咲を見ていた。

 

流失していく血は止めているものの、桜咲の一撃を止める毎に、身体に薄く張り付いた血≠フ装甲が、剥がされたのだ。

 硬質化して砕かれたものは、二度と自身の血≠ニして扱えない。

(………だが、いつもの事)

 『練器』を扱う仲間と、偽りの『練器』を使ってきた自分―――――血塗れになるのも、いつもの事だ。

 本当は、今すぐにでも倒れたい。

 

いくら桜咲だって、命をとるようなことはしないだろうし、倒れてもどこか行けとは言わないだろう。

 

なにより、二人の能力は今の雄一とは比べ物にならないほど高く、勝てる可能性など、万が一もない。本当に勝つつもりなら、『武装』すればいい。

 しかし、それは雄一にとって、禁忌だった。

 自分の能力とはいえ、何度も考えては捨てるその考えに――――雄一は、告げた。

「俺は、二度と逃げない」

 不可抗力とはいえ、この世界に逃げてきた自分。

 新しい弟が出来て、嬉しかった自分。


 少しでも、みんなの事を忘れ、笑ってしまった自分。
 
 そのどれもが、皆に申し訳なく、そして、辛かった。自分だけ、あの地獄のような戦場から逃げてきた事に、叫びたくなるような嫌悪感を覚える。

 だから、俺は―――――二度と、逃げない。倒れる事も、許されないのだ。

 だから、最初からこの勝負は、雄一が死ぬか桜咲を止めることでしか決着がつかないのだ。

 狙撃手から、狙撃はない。桜咲がつかまったのを見て、警戒しているのだろう。ホッとしたようにため息を吐いた、まさにその瞬間だった。

「――――なぜ」

 不意に、桜咲が口を開いた。眼の前には、雄一の紅い縄で拘束された刹那が、雄一を睨みつけている格好で、座っていた。

 雄一は、グエディンナを左手で持ちながら、桜咲を見た。

「何故、反撃しないッ!」

 桜咲の言葉に、雄一は自分の未熟さを怨んだ。誤魔化すように浮かべた苦笑ですら、桜咲の怒りを買っているようだった。

(………あっさり、ばれたな)

 正直に言えば、雄一には何度も反撃のチャンスは在った。槍を横払いで払い、後ろに飛び退いた桜咲へ軌道を変えて、突けば、確実にダメージを与える事が出来たはずだ。

 半身を逸らした時だって、わざわざ両翼の刃を桜咲の躯から逸らしていたのだ。余りにも偶然過ぎるそれに、気付いたのだろう。

 すっと、桜咲に近付く。身体を強張らせる桜咲の腹――――紅い縄に触れた瞬間、それが砕けた。それと同時に、グエディンナが十字架に戻る。

 その光景を信じられないような眼で見ていた桜咲へ、雄一は浮べられる満面の笑顔で、告げた。

「俺の勝ち♪」

 雄一の言葉に、桜咲の眼が見開き、点になっていた。






「いてててッ! 痛いってッ! 桜咲!」

「我慢してください!」

 雄一は、桜咲と共に広場に戻っていた。すでに夕刻近く、辺りは真赤に燃えているように紅く、その紅さにも雄一の血≠ェ混じっている。そう考えた雄一が苦笑した瞬間、右腕に染み渡る痛覚が、広がる。

 ボロボロの服は、すでに桜咲の手によって、剥がされていた。すでに布と化した服をはがされる時――――――――。

「いやああああああああッ!? ご無体なッ! お代官様ッ!」

 と冗談で叫んだら、殴られた。顔を真赤にしながら、それでも応急処置してくれる桜咲は、真面目と言うか、何と言うか。

 その桜咲は、雄一の身体を見た瞬間、息を飲んだ。

 傷だらけの躯。傷のないところを探すほうが難しいほど、大小さまざまな切り傷などの傷が、無駄のない彼の身体に、刻まれていたのだ。

 傷口を消毒し、包帯を巻く。驚いた事に、血はすでに止まっていたが、消毒の際に痛がっていたところを見ると、痛覚は間違いなくあるらしい。

「………先生は、『氣』を使えないんですね」

 確認する為に、桜咲は尋ねる。この質問は、相手に自分の手の内を示すようなもので、答えは期待していなかったが、雄一は事も無げに、サッと答えた。


「ああ。それに近いものは使えるけど」

 分かっていた事だが、今の『フォトン・ルース』では、桜咲のような『氣』を防ぐ事は出来なかった。『武装』すればどうにでもなるかもしれないが。


「………すみません」

 突然、桜咲が謝って来た。伏し目がちに、本当に辛そうに謝る刹那を見て、雄一は苦笑した。

 

何に対して謝っているのかは、雄一には分かっていた。だからこそ、軽く笑って答える。

「気にすんな。そんだけ、お前にとって近衛が大きな存在だってことだ。それに、俺は傷の治りは早いから、明日には治ってるよ」

「………ですが」

 なおも何かいいたげな桜咲を見て、雄一は少しだけ寂しそうな顔をした。向こうの世界にいたときの記憶を思い出しながら、本当に少しだけ、切ない声で、告げた。

「………お前、生徒に傷をつけるとでも、本気で思っていたのか?」

「え………?」

 豹変ともいえる、雄一の言葉に、桜咲は驚きの視線を向けた。

 

雄一は、桜咲を見ているわけではなく、夕日をバックに佇む世界樹≠ノ向けられていた。

 

 雄一は、最初から桜咲に傷をつけるつもりなど、なかった。だからこそ攻撃を外していたし、ナイフだって威嚇に留めていたのだ。

 

 その横顔は、何処までも切なく――――儚かった。

 桜咲が、ぼうっと雄一の顔を見ていると、雄一は静かに桜咲に向き直り、微笑む。

 

 そして―――――。


「………とま、桜咲のお礼参りも終わったところで」

 今までの真面目な雰囲気を全てぶち壊す、雄一の軽快な声が、響いた。


「は? あ、え?」

 流石の桜咲も、その変化に戸惑っているようだった。その様子を見ていた雄一は、それをおかしそうに笑うと、少しだけすねた様子で、口を開く。

 

「まぁ、就任一日目からお礼参りとは思わなかったけどなぁ。先生は、悲しいぞ?」


 と、その表情をまたもや豹変させ、雄一は立ち上がった。鞄の中から新しい上着を引っ張り出すと、それを着込み、再度桜咲の方に向く。

 

そして、真剣な表情で、口を開く。

「ま、お前の言っている通り、俺は手加減をしていた。だが、それはお前を馬鹿にしているわけじゃなくて、学園長に止められているんだ。無論、近衛に手を出す積もりも無い」

 その視線は、何処までも本気だった。

 戦い終われば、駒沢の純粋さ、誠実さが分かった。

 

彼の血のニオイ≠フ原因が体中の傷にあることが分かり、あの先入観が払拭されたからかもしれないが、彼は何処までも、優しい。

 どこかふざけているが、本当に必要な時は真剣に対応する―――――彼は、誰よりも人間だった。

(………それに比べ、私は)

 そんな誰よりも人間らしい雄一を、先入観から傷つけた自分は、やはり『化け物』なのだ、と刹那は思う。鳥族や人間からあぶれたこの身、『化け物』と呼ぶのに、相応しいかもしれない。

 そう、自嘲した時だった。

 ポン、と頭に何か暖かいものが乗っかった。

 自分とは違う、人の体温。そして、全てを安心させるようなその温もりに、言葉を失う。静かに身体を震わせながら、視線をあげた。

 雄一が、桜咲の頭に手を載せていた。満面の笑顔で、桜咲を覗き込むと、口を開く。

「お前も、一緒に守ってやりたいと思ってる」

 そういい、思いっきり、頭を撫で付けてきた。

 

人に頭を撫でてもらった事など、何年ぶりだろうか。

 もしかしたら、まだお嬢様を「このちゃん」と呼んでいたとき位からかも知れない。そして、他の人の体温を感じたのも―――同じぐらい、昔の事かもしれない。

 そう、昔のことだった。




 桜咲とここで出会ったときから感じていたのは、これだったのだ、と雄一は確信する。

 彼女は、張り詰めていた。その理由は分からないが、きっと、自分の存在を左右するぐらい、重い理由が、そこにあるはずだ。

 彼女は、優しい。それこそ、自分なんかが比べるのも馬鹿らしくなるほど、不器用ながらも、純粋に。

 そして、彼女は自分の命と同じぐらい、近衛 木乃香を大事に思っていたのだ。だからこそ、あんなに辛い顔で、戦っていた。

 今まさに溢れそうになる、コップの水のように。
 ボロボロになっても人の命を繋ぐロープのように。
 張り詰めた弓の弦のように。

 その眼は、かつて仲間達がまだ戦力外だった時の、自分と同じで。

 その背中を支えてあげたいと、雄一は思っていたのだ。

 

だからまず、この言葉を、口にする。無論、桜咲の頭を撫でる力を、弱めもせずに。

「俺が傷ついたのは、桜咲の所為じゃない。はっきり言っておくが、俺が弱いからだ。でも、な。俺のほうが長く生きているし、それなりのことを経験してきた」

 だから、と雄一は言葉を区切る。茫然と見上げている桜咲の頭を撫でながら、不敵に微笑んで。

「だから、ちったぁ、先輩を頼れ。あ、でも、人生の先輩と言うだけでたいした事も出来ないがな」

 自嘲した様な、雄一の笑顔。ほんの少し前、自分がしていたことすら忘れるほど、その顔は――――桜咲にとって、嫌なものだった。

 


「そんなこと―――」

 雄一の言葉に、必死に否定の言葉を返そうと、声を荒げる桜咲を見て。

 

雄一が、少しだけ寂しそうな顔をした後、口を開いた。






「つう訳で、その寂しい人生の先輩と一緒に、飯でも食いに行くか。色々と聞きたい事も在るし、ここも知りたいし」





「………へ?」

 またもや眼を点にした桜咲は、悪戯の成功したような顔で微笑む雄一を見て、動きを止めた。

 

先程までのシリアスな空気が一転して、軽くなる。その余りの温度差に肩透かしを食らった桜咲をおいて、雄一は鞄を拾った。

 昨日、ガクエンチョウから借りた(奪ったともいう)御金がある。どうせなら、色々と聞きたい事もあるし、なによりクラスメイト(ちょっと意味が違う)と親睦を深めるのは、いいことだろう。

 なら、問題あるまい。道徳的にも問題無いのだから、不可能はないのだ。ちょっとだけ慌てている桜咲が少しだけ面白くて、雄一は口を開いた。

「ほら、行くぞ、桜咲。美味しい店を教えてくれ」

 そう言って、手を振る雄一――――それを見て、桜咲は、自然と笑みがこぼれた。ほんの数時間前まで恐れていた男が、今はあんなにもおかしく見える。

 いや、彼は最初からそうだったのだ。ただ単に、自分の目が曇っていただけだ。

 

だから―――桜咲は、雄一に駆け寄り、小さな声で告げた。

「………刹那でいいですよ、先生」

 雄一は、桜咲が言っていることを、一瞬理解できなかった。しかし、すぐにその言葉を思い返すと、それを噛み砕き、飲み込む。


「ん? あ、マジ? 了解! お前も、俺のこと雄一で良いぞ?」

 元来、人のことを苗字で呼ぶのが嫌いな雄一は、すぐに了承の返答をした。人にばかり苗字で呼ばせるのも気が引けるので、自分の事を名前で呼んで良い、と告げる。

「………はい! 雄一さん!」

 襲った後ろめたさや、気まずさを全て吹き飛ばしてくれる雄一の空気。同時に、ほんの少しだけ、自分の本当の悩みも吹き飛ばしてくれないか、と悩んでしまう。

 今は、それを捨てよう。少なくとも、考えている暇は無さそうだ。

 頭に残る温もりを思い出し、何故か顔が熱くなる。久し振りの温もりだから、戸惑っているのかもしれない。なにやら動悸も早くなっているのは、きっと風邪でも引いたのだろう。

 それでも、悪くは、なかった。







 その夜。

 雄一が自分の寮の部屋に戻ると、半泣きのネギに迎えられた。なにやら、雄一が帰ってこないことに酷く不安をあおられたらしい。そこら辺は子供なんだな、と雄一は苦笑する。

 明日菜は、黙ってくれるそうだ。

 

朝のことと良い、ネギの事と良い、結構良い奴だな、と雄一は思う。

 

しかも、雄一の事で不安そうなネギの面倒を、殺気まで見ていてくれたと言うのだから、頭が下がる思いだ。

(………ふむ。今度、ケーキでも作ってもって行こう)

 

そんなことを考えながら、雄一はネギの頭を撫でつつ、口を開いた。

「ほらほら、ネギ、もう泣くなよ。ほれ、風呂でも入って寝ようぜ」

「あ、ぼ、僕はもう入ったよ! 雄兄、入ってきて!」

「ん? そうか?」

 慌てた様子のネギに、少しだけ眉を潜めたが、気にしないことにする。速い所風呂に入って、寝たいのだ。

 風呂に入ってでてくると、すでに寝間着に着替えたネギがたっていた。何でも、一緒に寝たいそうだ。まぁ、断る理由も無いので、腕枕をしてやる。

 今日は、本当にいろいろな事があったな、と思い出す。明日菜に新聞配達を手伝わされたり、ネギと言う義弟が出来たり、2−Aの生徒と会合したり、宮崎に嫌われたり、刹那と仲良くなったり、狙撃されたり。

 

なかなか、濃い内容だった。と頷く。



 こうして、雄一の異世界での、長い一日が終わったのだった。

 

 

 



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