さて、自分は運がないと最近自覚した。

まあ、女子寮に住む事になったものの、学園長の「警備員じゃ」って言葉で理解した(納得していないが)。明日菜が「頑張りなさい」と同情の混じった視線を向けてきた。

正直、泣けてくる。

 まぁ、それは良いさ。犬に噛まれた程度に思っておこう。噛んできた犬が、狂犬病の疑いは晴れないが。

 

 しかし、甘かった。現代の女子中学生の、本領と言うものを。

 そして、後悔した。人の話を聞かないのは、死に直結すると言うことを。

 

 ………襲われて、後悔したくはなかったが。

 

 

 

 

 第三話 銃刀法違反ですか? え? 俺は槍だもん。

 

 

 

 

「それで、彼女が二人の補助をしてくれるしずな先生じゃ。まだ学校の事をわかっておらんだろうし、何か分からない事があったら聞いてくれ」

「始めまして。源 しずなです。ネギ先生、雄一先生、よろしくお願いしますね」

 学園長の言葉と同時に入ってきたのは、長身で眼鏡をかけた金髪の女性だった。スタイルの良い肢体をスーツに包んだその立ち振る舞いは、歳相応の落ち着きを見せている。

 ネギと共に挨拶をし、さっそく質問しようと思う。のほほんとした笑顔を浮かべるしずな先生へ、雄一は尋ねた。

「しずな先生。学園長は人間なんですか?」

「ええ。(多分)人間(に分類されていいと思うわ)よ」

 言葉の間に微妙な間があったのは、気にしてはいけないのだろう。

だが、正直窓から落ちたと言うのに傷一つないのは、納得できない。本気を出せば塵一つ残さない自信はあるが、この相手にそれが通じるとは、思えなかった。

 そういうわけで、しずな先生の後ろを歩きながら、ネギと雑談していた。ネギの身の上話までされたのは、信用されたからだろうか。
 
 ネギは、姉と二人で暮らしてきたらしい。歳の割りに老成しているのは、その辺りからだろう。


「雄一さんは、『魔法使い』ですか?」


 前のしずな先生に聞こえない声で、ネギが聞いてきた。見上げてくるネギを真っ直ぐ見下ろしながら、苦笑する。静かに首を振ると、告げた。

「俺は、そんなものじゃないさ。………いうなら、傭兵、かな? 人は殺した事ないけど」

「あ、『ガード』ですね。凄いです」

 正確に言えば―――いや、あながち間違っていない。蛭の様な顔を持つ巨大な蟲や、巨人、さらには『天使』まで倒した事があるのだから、こちらで言う『傭兵(ガード)』というのも、外れていないだろう。

「君は、その歳で『魔法使い』であり、先生か。たいしたものだよ」

「い、いえ。僕なんて、まだまだです」

 目標にして居る人でもいるのだろうか、ネギが真剣な表情で首を振る。その顔は、歳よりも大人びていたが―――どこか、危うい。

 ポン、と彼の頭の上に手を置く。慌てて顔を真赤にするネギの頭を撫でながら、雄一は出来る限り真剣な眼差しで、告げた。


「何かあったら、俺を頼れ。頼りにならないかもしれないが、人生では先輩だからな」

 雄一の真剣な眼差しと言葉に、ネギはしばらく茫然とした顔を向けていたが、すぐに表情を戒めると、笑顔で答えた。

「はい! お願いします!」

「うんうん。それで良い」

 雄一の世界では、ときおり暴走した子供が死ぬ、という事が起きていた。精神的に追い詰められたすえの行動だが、雄一はそれが赦せず、とても悲しいのだ。

 だから、ネギの力になれたら、と思ったのだ。純粋な眼を持つこの少年を、助けてあげたかった。

「ふふ。仲が良いんですね。兄弟みたいです」

 しずな先生の言葉に、雄一はネギの肩に両手を置いて、笑顔で返した。

「ええ。これから、ネギは俺の弟分です!」

そのまま首へ思いっきり腕を巻きつけ、笑いかける。その行動や雄一の笑顔に顔を紅くしながらも、ネギは嬉しそうに声を上げた。

「あ、ほ、本当ですか!」

 嬉しそうに返事するネギへ、「もちろん!」と笑顔で返す。素直に喜ぶネギは、歳相応のそれで、可愛い。

「じゃ、じゃあ、雄兄って、呼んで良いですか?」

「ああ、良いぜ。あと、敬語もいらないって」

 くしゃくしゃと頭を撫でている雄一と、嬉しそうなネギ、そしてソレを母親のように見守るしずな。

 世は、平和だった。

「あ、教室はここです。私は、職員室に戻りますので」




 しずな先生が、ある教室の前で止まり、雄一とネギへ声をかけてきた。それに気がついた雄一は扉を見て、ネギはすぐにしずな先生へと言葉を返していた。

「あ、ありがとうございます! しずな先生!」

「ありがとうございます」


 ネギと雄一の言葉に送られ、しずなは廊下を歩いていった。

「ここが、2−Aか………」

 扉を見て、正直肩を落としそうになった。

 少しだけ開いた扉―――その上に、黒板消しがはまっていたのだ。その視線を下に向けると、ロープのようなモノがあり、その向こう側には――――ボウガンが吸盤の付いた矢をつがえ、こちらを向いていた。

 それをみて、雄一は溜め息を吐く。ネギのほうにむくと、真剣な表情を向けた。緊張しているのか、ネギは小刻みに震え、杖と名簿を抱いている。

「さて、これから色々とあるわけだが、お前には手解きをしておこう。ネギ、名簿を見ておけ」

「え? 雄兄は、どうするの?」

 すぐに兄と呼ぶネギに親愛を感じるものの、雄一は真剣な表情を崩さなかった。真剣な表情で人差し指一本を立てると、真剣な口調で言う。

「明日菜の話だと随分と威勢の良いクラスらしくてな。罠もあるようだし、俺が解除する」

 雄一は、静かに扉に手を掛けると――――思いっきり、開けた。

 扉の向こうで、椅子から立ち上がる音がする。それを無視して、雄一は眼の前のトラップに集中した。

 万有引力の法則で、上から落下してくる黒板消しを、片手で掴む。

 次いでドアの足元付近に張ってあるロープを、蹴り飛ばす。連動して天井から落下してきたバケツを、瞬時に水入りだと判断し、黒板消しを横に投げて、両手で受け止める。どう連動しているか分からない吸盤つきの矢を、蹴りで薙ぎ払った。

 静寂に包まれる教室。ポカンとしているネギのほうに向き、告げた。

「ま、予想通りだな。三つぐらい連動している罠は悪くないが、どうせなら金だらいを所望する」

「す、凄いよ! 雄兄!」 

 尊敬の眼差しで見るネギへ、軽く手を振って答え、雄一は手に持ったバケツを扉の向こう側に置く。

 未だに静まり返っている教室の教壇に、ネギとともに立つ。生徒の視線を一身に受けたネギは、元気な声で自己紹介をした。

「初めまして。今日から三学期の間このクラスの担任をする事になったネギ・スプリングフィールドです。宜しくお願いします!」

 雄一がそれに続く。

「同じく副担任になった駒沢 雄一だ。教科はコレといって担当しないと思いたい。弟分のネギの補佐をするけど、至らないところは許してくれ」

 未だに沈黙しているクラスを眺めると、明らかに警戒している陰が四つ、合った。

 一つは、サイドテールに鋭く凛とした眼差しを持つ、黒髪の女の子。手には、竹刀袋へ手を掛け、中から木刀のようなものを引き出していた。そして、その表情には、明らかな警戒と驚きが映っている。

 もう一つは、褐色の肌を持つ、髪の毛を特徴ある髪留めで止めた背の高い女子生徒。その表情は、一見クールだが明らかに警戒の意を示していた。

 もう一つは、最後尾の女子生徒。そこには金髪の少女が座っており、こちらに警戒する様な視線を向けていた。ウェーブのかかった髪の毛に、身長とは違う威圧感を持っている。

 最後のは、一見分からなかったものの、どこか油断ならない雰囲気を持つ女子だった。身長は、恐らく褐色の女子と同じぐらい、そして開いているのかしまっているのか分からない細い眼は、鋭く雄一を捕らえている。

(………俺、なんかしたっけ?)

 罠をかけたのがあの四人なら、睨まれるのは筋違いだ。そんなことを考えていると、腕が引っ張られる。

「あ、あの、僕達なにか失敗しましたか?」

 静まり返ったままのクラスに不安げなネギが、雄一の腕を引っ張っていたのだ。雄一は相好を崩すと、ある程度回りを観察した後、ネギに言う。

「いや、完璧だよ。ただ、戸惑っているだけ――――」

 雄一の言葉が最後まで紡がれる事なく、止まった時間が―――動き出した。

「「「「「かわいい〜〜(カッコイイ)!!」」」」」

 なにやら幻聴もともなった叫び声に、教室が騒然となった。慌てだすネギに殺到しそうになる女子生徒へ手を差し出すが、すぐにもまれて行った。

その雄一は、小さな女の子に纏わり付かれていた。双子の姉妹なのだろう、そっくりの顔を持つ二人が、雄一へと抱きつくように襲い掛かっている。

その二人を引き離しながら雄一は叫んだ。

「ええいッ! 静まれぃッ!」

「と、とりあえずこの時間は質問タイムにしようと思います。質問したい人は挙手して下さい!」

 雄一のフォローをするように、ネギがそう切り出した。その瞬間、教室にいた生徒が手を挙げようしたが、その代わりに一人の少女が、声をあげた。

 赤毛の髪を後ろで纏めた、見るからに活発そうな女子生徒。手に持ったメモ帳と、首からかけた携帯電話とカメラが光る。どう見ても、パパラッチだ。 

「みんな、ここは私に任せなさい! 根掘り葉掘りあること無い事聞いてあげるわ!」

「ない事を聞いても意味がないんじゃないのか?」

 半眼で突っ込みを入れる雄一の呟きは、華麗にスルーされた。ネギは、名簿を見ながら口を開く。

「あなたは………ええと………」

 出席簿を見て、その生徒の名前を割り出そうとするネギへ対し、彼女は言った。

「朝倉 和美です。では、質問させていただきます、か。とりあえず二人共通のものから。まず年齢は?」

「10歳です」

速答したネギとはちがい、雄一は一瞬悩んだ素振りを見せながらも、答えた。

「18、かな?」

(と言うかネギ、お前、10歳か。あのジジイ、労働基準法どころか教育法にも違反してんじゃないのか?)

やっぱり、殺すべきなのだろうか、と雄一が悩んでいる間にメモを取りながら、朝倉は続ける。

「ふむふむ? 出身は?」

「イギリスのウェールズです」

「日本の茨城だ。ああ、京都に住んでいたこともあるぞ」

 ネギなのか、もしくは雄一の言葉なのか、生徒から何故か感心の声があがる。朝倉はなにやら念入りにメモを取ったあと、口を開いた。

「特技は?」

「物覚えのよさ、かな?」

「突っ込み。料理とかも出来なくも無い。後は、暴動を止めることとかな」

 間違ってはいない。なぜなら、暴走ロボット(レウィン)の鎮圧や、『ルシフェル』を襲う暴漢の撃退も、雄一がやっていたのだ。

ちなみに、暴走ロボットの最大の被害は、基地半壊だった。正直『アカツキ』よりも危険だと思うのだが、何故本部は廃棄しないのだろうか。

 雄一が何か悩んでいると、さすがの朝倉も、言葉を濁した。

「そ、そうですか………あ、では、雄一先生。結構体格が良いようですが、何かたしなんでいますか?」

「ん? あ、ああ。中国系の格闘技と槍術を、少し、かな」

 これは、自身の武器が十字槍だから習ったものである。陰術と呼ばれる隠れた武術で、冷厳槍月流という流派だ。

そういった瞬間、パオをつけた褐色肌の少女の目が光った気がするが、雄一は気にしなかった。眼に入っていないっていったら、入っていないのだ。

「では女性関係は!?」

 若干テンションの上がった声で聞いた朝倉だったが、対照的に雄一のテンションは下がっていた。

「………特に、ないか、な」

 そう苦笑しながら答えた雄一だが、ネギには分かった。

一瞬だけ、とても悲しそうに見えたのだ。その悲しさが、どこまでも続く井戸の底の様で、ネギの胸中に、寂しさが込み上げてきた。

 しかし、雄一はこの時危機感を抱いていたのだ。正直、こんな事を聞かれるとは思ってもいなかったからだ。

(女性関係? 普通そんな事を聞くか!? 実際聞かれたけど、気になることか!? ………となると、かなりマズイぞ! これは! 下手をすれば最も懸念していたあの事を聞かれかねん!!)

 その質問だけは避けねばなるまい、と考えた雄一は、早々に声を上げた。

「質問はもう終わりだな。とりあえず後は自習に………」

 満面の笑顔で、さらには有無も言わせず終わらせようとする副担任。その笑顔に、続けて質問しようとした朝倉が止まった。

(初体験は? は、不味かったか)

 雄一の危惧していた質問ではないが、やはり危険な質問をしようとしていたらしい。ある意味、雄一は助かったとも、言えた。

 しかし、パパラッチ娘は止まらなかった。

「あ、すいません。一つだけお二人に聞く事を忘れてました。お住まいは?」

「それがあったああああああああああああああああッ!」

 突然の雄一の叫びに、ビクッと驚くクラスメイト。ざわつき始める教室の雑踏を聞きながら、雄一は肩を落としつつも胸中で叫んだ。

(やられた! い、一体どうすれば!? 女子寮に住みます!? 地獄に落ちろ!)

 あの時、学園長を最強の攻撃で屠っておけばよかったと、本気で後悔した。

しかし、後悔は先に立たず。質問されてしまった現実は、変わらないのだ。

「ぼ、僕はその、雄兄の部屋に泊まるよう学園長先生に………・・」


 しどろもどろのネギだが、正直羨ましい。教室が騒がしくなるが、これから雄一の言うことに比べれば、まだ生ぬるい。

(子供って、良いな。だが俺にはネギの様な子供という切り札を持ち合わせていない!)

「それで雄一先生?」

 逃がさない、という様な顔の朝倉に、何やら軽い笑顔を浮かべながら現実逃避を始めようとした雄一。これがガクエンチョウなら、雄一は躊躇いも無くグエディンナを投げつけるはずなのに、だ。

 その瞬間、天啓のような光が、脳裏に輝いた。

(妥当に教員寮と………)

 もっとも安着だが、もっとも傷口の少ないその言葉を口にしようとした、その瞬間。

「教員寮は満員との事でしたが?」

 雄一は死んだ。がっくりと肩を落とし、教壇の上で意味も無く土下座したくなる。

 これで逃げ場はなくなった。ここは、正直に答えるしかない。
 
 溜め息交じりに、口を開こうとして――――――――


「雄一は、651号室よ。ほら、ネギの保護者みたいなものだし、学園長が寮長もいないとか言ってたし」

「そうやえ〜。ウチの爺ちゃんが、無理やりや〜」

 助け舟が、出た。

 出したのは、なんと神楽坂 明日菜と近衛 木乃香だった。二人ともいるところを見ると、どうやら学園長が意図的に仕組んだようだ。

 しかし、助け舟は嵐の中、出航したらしい。もしくは、泥舟だったのか。

「なんで明日菜が知り合いなの!? 雄一だって〜〜!」

「「「「キャアアアア〜〜〜〜♪」」」」

 ピンク色の悲鳴があがり、教室の矛先は明日菜に向けられた。明日菜は明日菜で、顔を真っ赤にして二人の関係を否定していたが、さらに油を注いでいる事は、火を見るより明らかだろう。

 しかし、助かった事には変わりない。なので、雄一も告げた。

「神楽坂とは、朝、新聞配達で出会っただけだよ。その後、ネギ君たちと一緒にガクエンチョウ室で在ったから。呼び捨てで良い、って言ったのは、俺だし」

 と、言った。

 その後、ネギ君がクラスメイトにもみくちゃにされたり、明日菜と委員長である雪広あやか(ショタコン)と取っ付きあいになったりと、結構忙しかった。

雄一はと言うと、あのトラップを仕掛け、最初に飛びついてきた鳴滝姉妹(風香と史伽)が弟子入りしようとしてきたり、古菲(以下クーフェイ)が勝負を挑んできたりと、大変だった。

 しかし、もっとも大変だったのは、この後だったのだ。





 そう、出会ったのだ。





 銃刀法違反者どもに。





 放課後。

 忙しく過ぎ去った学校の事を思い出しながら、雄一とネギは、ほぼ同時にため息を吐いていた。

 ネギと一緒に、家に帰る途中だった。晩御飯は外で食べよう、という話になり、雄一とネギは今日のことを話していた。

「雄兄、人気だったよね?」

 笑顔で見上げるネギへ、雄一は苦笑しながら答えた。

「いや、俺はお前のほうが凄いと思うぞ? 俺、数人には嫌われている節が在るし」

「え? そ、そうかな?」

 結局、あのサイドテールの女の子は、最期まで雄一の事を睨んでいた。人に嫌われるのは、いくつになっても嫌なもので、雄一は軽く欝になりそうでもあった。

二人が広場に出たところで、階段にそれを、見つけた。

「あ、あれは、27番、宮崎 のどかさん」

 広場の階段を降りようとしていたのは、眼を覆う長い髪の毛が特徴的な女の子だ。その髪形で眼の前も余り見えていないと言うのに、あろう事か階段を降りようとして―――――。

「………あれは、危ない、な!」

 最後の言葉を合図に、雄一が飛び出す。ネギが、ソレに驚くがその先―――宮崎 のどかが足を踏み外したのは、ほぼ同時だった。

 ネギが反射的に、杖に巻かれた紐を剥ぎ、叫んだ。

「風よ!」

 その声を聞いて、雄一は『魔法』を始めて視た。自分よりも速く、眼の前の宮崎を抱く優しい風。

その下に、自分の身体を滑り込ませた。

 一瞬の空白の後、重さを身に感じた。しかし、女の子の軽い体重と同じく、その身体は――――軽い。一緒に落ちてきた本が雄一の眉間に突き刺さったが、気にしたら負けだろう。

 宮崎は、気絶しているようだった。大量の本を抱いて歩いて落ちたのだから、当たり前だろう。ふう、と安堵した息を吐きながら、雄一は彼女ごと、立ち上がる。

ネギのほうを見てみると、眉を潜めた。

ネギは今、明日菜に引き摺られていく所だった。どうやら、『魔法』が見られたらしい。

 両腕で抱きかかえているネギを見て、雄一は呟いた。

「………頑張れ、ネギ」

 酷いようだが、雄一には既に、打てる手段など、ない。気絶している彼女を見棄てるわけにも行かず、噴水近くのベンチに寝かせることにした。

ついで、彼女の持っていた本を集めていると、どうやら起きたのか、キョトンとした様子で見回している彼女の姿が在った。
「あ、駒沢先生………」

「よ。宮崎さん。あんな荷物持って危なくないのか?」

 軽い口調で手を挙げ、彼女に近付こうとした瞬間、小さく悲鳴を挙げられてしまった。怯えさせたのか、と思ったが、彼女の顔を見て、すぐに察する。

 どうやら、男性恐怖症のようだ。彼女の意思に反する反応を見ても、間違いない。

 雄一は苦笑すると、一歩下がった。震えが止まったのを見て、やさしく微笑みかける。

「怖いなら怖いって言わないと、な? ま、この本を運ぶ事ぐらいやるから、案内してくれないか?」

 雄一の言葉に、宮崎の驚く気配がした。

「ご、ごめんなさい! わ、私、先生の事………」

「気にするなって。ほれほれ、行こうぜ」

 実際、嫌われることには慣れていないが、理由が在るのなら、雄一は全然気にしない。

 宮崎は立ち上がると、雄一の少し前を歩き出した。その小さく震える肩を見ながら、雄一は軽い口調で告げた。

「髪の毛、長くないか? せっかく可愛いのに」

「あ、えッ? ええッ!?

 驚いて本を落とす宮崎を見て、雄一は微笑んだ。これほどまでに分かりやすい性格なのも、珍しい。

 結局、図書室まで、宮崎は真っ赤だった。




 一瞬、思考が止まっていた。桜咲 刹那は、反射的に《夕凪》を竹刀袋から取り出そうとしていた。

 今日、新しい先生が来るということは、聞いていた。そして、副担任も変わるということも、聞いている。

 正直、興味はなかった。木乃香お嬢様に害を与える相手でなければ、私にとっては興味を持つものでも無いからだ。

 ただ、話の種ぐらいには、なる。

「龍宮、どんな人が来るか、聞いていないか?」

 私の問いに振り返ったのは、褐色の肌を持つ女子―――龍宮 真名だ。『仕事』では、背中を任せるほどのパートナーであり、ルームメイトでもある。

 龍宮は、静かに首を振った。

「いや、何も聞いていないな。………ま、君の大事なお嬢様には手を出さないだろう?」

  大人びた雰囲気のある真名の言葉に、私も頷く。もし、お嬢様に手を出すような相手なら、斬るのみ、だ。



 そして、それがドアを開けて入ってきた瞬間、背筋に寒気が走った。反射的に《夕凪》を引き抜きそうになって、龍宮に止められた。

しかし、その手が振るえているのも、一緒に分かった。

 圧倒的なまでの、血のニオイ=B距離があると言うのに、そのあまりにも普通すぎる異常な気配に、私と龍宮、さらに長瀬 楓、あのエヴァンジェリンさんまで、反応していたのだ。


 そう。あれは、血のニオイ≠フ塊。どれほどの血を浴びてきたのか、想像が付かない。そして、ソレは――――普通の一般人には分からないほど、普通だった。

 入ってきた男は、駒沢 雄一と名乗った。動きに武術のソレを見出す事は出来なかったが、隙がないようにも、思える。

 自己紹介を見て、龍宮は「警戒しないで良い」といった。楓もおおむねその方針らしく、最後には龍宮共々、笑っていた。

 しかし、私は龍宮に『依頼』した。共に戦って欲しい、と。

 そして、見極める為に、ここにいた。





「先生、すこし、良いですか?」

 宮崎に軽く礼をして、あわててネギを探す雄一がそう声をかけられたのは、突然だった。広場で辺りを見渡している所に声をかけられて、一瞬だけ戸惑ったぐらいだ。

 振り返った先にいたのは、出席番号15番の桜咲 刹那だった。彼女を見て、雄一は軽い口調で声をかける。

「おう、どうした? 英語の質問なら俺にされても仕方ないんだが」

 英語には全く自信の無い雄一の言葉に、桜咲は眉を潜めながら口を開く。

「………違います」

 睨みつけるような眼差し。ここまで生徒に嫌われていると、雄一としては人知れず旅に出たくなった。


 思えば、この子はずっとそうだった。なんで嫌われているのか謎で仕方ないが、とりあえず傷心の心を悟られないように、雄一は告げた。

「それで、何のようだ?」

「………先生は、【こちら側】の人間ですよね?」

 桜咲から告げられた言葉に、雄一はその軽い態度を戒め、真っ直ぐ桜咲を見た。桜咲は長い刀――恐らく、古刀に分類される、大振りの日本刀を、構えた。

 戦え、という意思表示なのだろう。肌にひりつくような殺気に、雄一は身体を強張らせた。

 雰囲気が、違う。少なくとも、茶化す雰囲気ではなかった。

「………理由を、聞こうか?」

 ため息交じりに出た声に、桜咲は淡々と、こたえた。

「木乃香お嬢様を狙っているのなら、それを阻止し、違うのなら―――――強さを知りたい」

 木乃香お嬢様? と疑問に思ったが、すぐに思いつく。あの学園長の孫―――確か、魔法理事長である近衛 近右衛門の孫なら、狙う人間も多いかもしれない。

(………なるほど、彼女は護衛か。しかし、それなら何で?)

 記憶にある彼女は、木乃香と距離を取っていた。あれで、護衛といえるのだろうか。
 どちらにしろ、戦いは避けられないらしい。ここで説得してもどうせ聞く耳も持たないし、もう片方が納得しないだろう。

 肌に感じる殺気と、もう一つの視線を感じながら、雄一は腰のホルダーから、グエディンナを引き抜く――――ソレと同時に、『フォトン』を込めた。

 十字架の四辺がそれぞれ伸び、ガラスの十字槍が創りだされる。

筒の中心から刀身の中に空洞があり、さらには刃にその空洞が延びている、刃のない槍。純粋無垢な硝子の結晶に、桜咲が警戒の色を深めた。

 グエディンナを構えながら、雄一は告げた。

 

 

「ところで、ソレは銃刀法違反だろ?」



 答えてくれなかった。

 

 

 

 

 




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