いや、まぁ、その、なんだ。

 世の中って、本当に理不尽だよね。俺って、ついさっきまで本当に重症だったのに。

 しっかし………でかいねぇ(遠い眼で)。

 はっきりって、こんなでかいトールなんざ、見たことないって言うか。っていうか、何でお前、此処にいるんだ?

 ま、でも、倒すための布石もうったし。とりあえず―――戦うか!

 

 

………うぅ、血≠ェたりん。

 

 

 

 

 

 第二十一話 京都旅行三日目! その五  戦いの傷跡と悲しみと?

 

 

 

 湖畔に現れた雄一を見て、刹那は自身が震えていることに気づいた。

 生きていた。

雄一が、確かに。

 眼前の光景が信じられず、そして証明になるものを、自身が持っていることを思い出した。

 取りだした『仮契約』カードには、姿を変えた刹那の姿があった。翻していた白い布を肩から廻し、翼を左右に広げている、自身の姿。称号も、『全てを隠す剣士』から、『白き翼の刃』へ、変貌していた。

 間違いなく、雄一だったのだ。

 そのカードを、木乃香は、興味津々に覗き込んでいる。絵にかかれている刹那を見て、顔をほころばせた。

「………キレーな絵やな〜〜〜、せっちゃん。? 泣いてるん?」

 木乃香に言われ、刹那はカードを持つ手で頬を擦る。木乃香が抱きつく不安定な格好になったが、木乃香も気にしなかった。

 そして、刹那は気づく。自分が、泣いている事に。

 それが、雄一の無事な姿を見た、安堵の涙だという事には、気づいていた。そして、木乃香は其れを見て、微笑む。

「雄一先生も、罪作りやわぁ。せっちゃん、がんばらへんと」

「な、何を言っているんですか!?」

 木乃香の言葉に、顔を真っ赤にして動揺する刹那。

 

その時、竜頭の鬼が、啼いた。

 

 プラズマ・ストライクの一撃を受けたトールが、咆哮を挙げる。刹那は其れにハッとし、ネギへ叫んだ。

「ネギ先生! 一度引きましょう!」

「はい!」

 そういって、刹那たちが振り返った瞬間、雄一が祭壇に向かって走っている事に気づいた。祭壇に向け、橋を走り、その途中で、宙を駆けた。

 まっすぐ飛来する雄一へ、トールがその巨大な拳を振り上げ、降ろす。決して近くない距離を飛んでいた刹那がバランスを崩すほどの風圧を持って放たれた拳も、雄一は難なく宙を蹴り、避け、さらに飛翔する。

 湖に轟音と盛大な水しぶきを立て、突き刺さる拳を背に、空を翔る、雄一。紅い閃光だけが闇を貫き、トールの身体に傷が走っていく。

 グエディンナを突き立て、尚も疾走した。装甲のない腕を切り裂きながら、雄一は頭部へ向かう。

 トールが、もう片方の手で雄一をなぎ払おうと動いた瞬間、湖畔から大量の弾頭が打ち出され、腕を撃ち払った。レウィンだ、と刹那は察した。

 そして、雄一はトールの頭部に躍り出た。次の瞬間、トールはその口を雄一に向ける。

 再度放たれる、光条。しかし、雄一は一瞬早く宙を蹴ると、その射角から離れた。片手に持つグエディンナを、トールの紅い眼光に向け―――突き立てる。

 

『キャシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 甲高い悲鳴が、轟音となって響き渡る。しかし、雄一はすぐにグエディンナを引き抜くと、その場を飛びのく。一瞬後、雄一を押しつぶさんと振るわれたトールの腕が、自身の顔を叩きつけた。

 そして、湖畔から再度撃ち出される弾頭の嵐。其れは、雄一を探し出そうとしたトールの身体を、激しく打ちつけた。

 

「………すごい」

 その一言に、尽きた。それは木乃香もネギも同じようで、言葉を無くしたように其れを眺めていた。

 圧倒的質量を持つ相手を、二人の『ルシフェル』が蹂躙する。斬りつけることすら難しい強度の装甲を無視し、出来る限り傷を与えていく。

 

 その姿に、恐れはなかった。

 

 まるで舞うように、雄一が宙を駆け、装甲の無いところを切り崩していく。

 雄一に無事を祝うわけでもなく、ただ二人が揃い、共通の敵にたいして演舞を続ける―――――其れが雄一とレウィンなのだと、知った。

 そして、一際大きな白い尾を引く弾頭が、湖畔から撃ちだされた瞬間、雄一がトールから距離を取った。トールは、空中にいる雄一を捕まえようと手を伸ばすが、雄一は『瞬動』して、その手から逃れる。

 そして、レウィンの撃ちだした弾頭が、トールの顔面に触れた瞬間、光が、膨張した。

 圧倒的な熱量と風圧を持って撃ちだされた其れは、トールの身体を焼き尽くす太陽と化す。暴風がネギと刹那、木乃香を吹き飛ばすかのように荒れ、湖では津波が上がっていた。

そして、いままでのミサイル攻撃で傷一つつかなかった装甲に、初めてヒビが入ったのだ。

 光が晴れた先にいたのは、身を焦がしたトール。雄一とレウィンの攻撃に、動きを止めたときだった。

 雄一が、何かを呟き、指を鳴らした瞬間、トールの頭部が弾け飛んだ。

 金色の竜頭が、紅い破片と共に砕け散る。そして、其れと共に現れたバスケットボール大の紅玉を、身を翻した雄一が『瞬動』し。

 グエディンナで、砕いた。

 ゆっくりと崩れ落ちる雷神。盛大な水しぶきと共に湖へと倒れこんだトールの体は、次第に光の粒子に変わり、そして、湖が光の粒子に呑まれた。

 

 綺麗だ、と思った。

 

 紅い筋の入ったガラスの十字槍と、紅い筋の入った武装―――それが解かれ、現れたのは、傷だらけの、『歪な英雄』。

 

 その姿は、光に包まれていた。

 

 

 

 いや、本当はこんなつもりは無かった。おいしいところだけを総取りするつもりも、あろう事か道中にいるという真名やエヴァを無視するつもりも、無かった。

 だくだくと、嫌な汗が顔を伝う。戦って調子が戻ったわけではないが、この回りの『フォトン』に呼応して、身体の調子が戻ってきたからだ。

 あ、ちなみに千雨とパル、朝倉には戻っていてもらった。というか、トールが見えた時点で、雄一が押し返したのだ、が。

 というわけで、雄一は、湖の中心に在る祭壇に、降り立っていた。さすがに限界で、『武装』が勝手に解けてしまったが、まぁ、いいだろう。

 止めのブラッド・レイシャスのため、何度か攻撃していたが、召喚された所為か『フォトン・ルース』を感じないのに気づいたのが、レウィンの光子魚雷が命中した時。

(なるほど、召喚されると『フォトン』がなくなるのか。つうことは、危険を冒してまでダメージを与えにいかなくても、良かったな)

 そう苦笑し、倒れそうになる身体を必死に止めていた。

もう限界だった。血≠操る事もできないだろうし、このまま倒れたら、立ち上がれない気がした。そもそも、全員にからっきしの『フォトン』を供給していたのだから、当たり前なのかも知れない。

 本当に、情けなかった。

召喚されたからか、トールに再生能力がなかったのは良かったが、あのまま放っておいたら、何人の人が死んだだろうか。いくつの町が、吹き飛んだのだろうか。

 そして、その原因の大本が、自分にあるのだ、と。

 その時だった。トール光の粒子が降り注ぎ、それが水面に反射して幻想的な空間を生み出している祭壇へ

――――『天使』が、降り立ったのは。

 雄一は、最初それが本当に、『天使』だと思った。しかし、其れは違った。

『武装』を解き、いつもどおりの制服で降り立った刹那だったのだ。その背中に輝くのは、フェルトキアたちよりも白い、『翼』。

 そして、雄一は知った。彼女の精神を張り詰めていたのは、この姿なのだ、と。

 木乃香を降ろし、刹那がためらいがちに足を踏み出す。彼女は、恐れるように視線を下に向け、決してこちらを見ようとしなかった。

 そして、口を開く。

「雄一、さん。………これが、私の本当の姿―――『正体』です。烏族と人間のハーフで、どちらにもなれない、『化け物』なんです」

 

 ぽろぽろと。

 

 彼女の両頬から、涙が毀れた。堪えるように両目をしっかりと瞑り、溢れる涙を止めるために、両手を握り、血が流れるまで、下唇をかみ締めて。

 トールの光の粒子が、彼女を輝かせる。その光に包まれるその白い翼も、その彼女の涙も、姿も―――――――――――。

 雄一は、何も言わずに彼女に近づく。彼女に手が届く距離になった瞬間、彼女の体が跳ね上がった。それが、怯えているのだと、気づいた。

 自分の正体だけではない。自分の失態の所為で、雄一が瀕死の重体に成った事にも、彼女は負い目を感じている。

 そして其れは、十四歳の彼女に、重くのしかかっていた。

 そう、彼女は、まだ中学生なのだ。傷だらけで戦ってきた自分ですら、戦い始めたのはほんの、数年前からだ。

 だから、だからこそ雄一は、あの時と同じように――――彼女の頭の上に、手のひらを乗せた。

 

 

 

 頭の上に乗せられた、ぬくもり。其れは、出会ってすぐ傷つけてしまった私に、あの時もしてくれた事。優しくて、とても大きな、傷だらけの、手。

 驚いて見上げた雄一さんの顔は、笑顔だった。あの時と、まったく変わらない、優しい眼で私を見ていて―――思わず、涙が溢れ出す。

 その私の顔を見て、雄一さんは心配そうに顔をゆがめた。其れは、驚きと言うより、戸惑いと心配の色だった。

「こんなに下唇をかみ締めて………。動くなよ、今、ハンカチで―――」

 ポロポロ毀れ行く、自分の涙。込み上げる嗚咽をかみ締めていたが、やがて私は、雄一さんに抱きついていた。紅く血に染まったシャツに顔を埋め、全身で体温を感じ、握り締めた。

 汗なのか、湖の水を被ったのか分からないが、湿った身体に、全身で抱きつく。

「う、わ、………う、うわ、うわああああああああッ!」

 ついには、泣き出す私―――――その体を、雄一さんは、優しく抱きしめてくれた。そして、優しく耳元で囁いてくれた。

「大丈夫。………俺は、ここにいる。そして御前は、桜咲 刹那だよ」

 

 溢れ出す涙は、温かい―――――。

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

「何泣かしてんのよ!」

 罵声に近い怒声に、雄一がとっさに判断して刹那を突き離す。驚きの表情を見せる刹那の顔を見送りながら、雄一の視界が―――歪んだ。

 次の瞬間、雄一は吹き飛んだ。それに眼を丸くしている刹那の前を、『武装』した明日菜が通り過ぎた。

 雄一は吹き飛び、湖に落ちる。そこまでに何回か回転し、水面を切るほどだから、かなりの強さだということが、分かった。

盛大な水しぶきを上げ、落ちていった雄一。

血走った眼で睨んでいる明日菜は、ハァハァ、と息を整えていると、雄一がぷかっと浮かび、やがてこちらに向かって泳ぎだしてきた。

 その雄一へビシッと指を差しつつ、明日菜が叫んだ。

「アンタねぇ! ふざけんじゃないわよ!」

 水面に顔を出した雄一は、何を言われているのか分からず、目を点にしていた。そのきょとんとした雄一に向かって、明日菜が叫ぶ。

「ずっと、ずっとアタシ達を護っていてくれたのに、其れも知らないで、アタシ達、馬鹿みたいじゃない………ッ! ………ずっと、ずっと、友達だと思ってたのに、親友だと思ってたのにッ!」

 明日菜の双眸から、湧き上がる、涙。其れを見て、雄一は知った。

 雄一も、明日菜の事は気に入っていた。ネギという共通の事柄もあるし、何よりも彼女の本質的な優しさと面倒見のよさが、心地よかったからだ。

だから、だろう。ずっと雄一が黙っていた事をしって、今までの関係が、いままで築き上げてきた信頼が、崩れた気がしたのだろう。

 雄一は、一足で水中から飛び出す。涙目でキッと睨みつける明日菜へ、雄一は大きく息を吐いてから、頭をさげた。

驚きの視線を向ける明日菜へ、雄一は口を開いた。

「悪かった。明日菜。俺も、何時までも黙っているわけには行かないと思っていたんだが、な。………それでも、この世界に、引き込みたく、無かったんだ」

 しかし、それももう、遅かった。明日菜はすでに、巻き込まれている。

明日菜は自分の目を腕で擦ると、小さく、告げた。

「………無茶、するんじゃないわよ。馬鹿ッ!」

 眼を真っ赤にし、それでも睨みつけるほど力強い眼で、吐かれた言葉。それに、雄一は万感を込めて、答えた。

「………わりィ」

 そして、次に現れたのは、のどかだった。紅い『武装』を解き、雄一を見た途端―――――彼女の眼が潤む。ぼろぼろと涙を流しながら、雄一に駆け寄った。

 そしてそのまま、胸に向かって抱きつく。

「先生ぇ………良かった、良かったよぉ………うう、う」

 ずっとすすり泣くのどか。その小さな肩を見て、雄一は悟った。

 中学生、しかも女の子の前で、少しは親しくなった人間が目の前で死ぬという事は、彼女たちの心の中に、傷を残す事だという事だ。しかも、目の前の女の子は、心優しい女の子である。

 そして其れは、自分が最も忌み嫌っていたものだ、と。すすり泣く彼女の頭を、ゆっくりと撫で付けた。

 そして、雄一は最後に、ネギに視線を向けた。のどか同様、涙で顔を汚したネギは、雄一の視線と目が合うと――――ぶわっと、ネギの双眸から涙が溢れた。

ネギは、手に持っていた杖を投げ出すと、そのままのどかの開いている隣に、飛び込んできた。

「う、うう………うわぁぁぁぁあっ! 雄兄ぃぃッ!」

忘れかけていた。ネギは、まだ数えで10歳。あれだけ懐いてくるように、否、懐いて当たり前の年頃なのに、目の前で倒れたのだ。

雄一は、のどかとネギ二人を、静かに抱き寄せた。

 雄一は、自分の存在の、浅はかさを知った。いや、自分の存在の重みを、知ったと言った方が良い。

 こうして、心配して怒ってくれる存在が、無事を泣いて喜んでくれる存在が、いて。

 自分が、そうした存在の中で、そういう立場にいて。

 ――――なんてことは無い。この【世界】にも、自分の居場所は、確かに存在したのだ。

 

「………ごめんな、皆」

 

 雄一はただ、謝っていた。

 

 

 

「やれやれ。雄一殿も、無事でよかったでござる」

 

 少しだけ小高くなっている丘、森の裂け目から其れを眺めていた楓が、そう呟く。

小太郎の左腕を掴みあげ、湖を眺めていた楓は、安堵の息を吐く。その楓へ、組み伏せられている小太郎が忌々しく口を開いた。

「………くッ! ホンマ強いなぁ………ッ!」

「御主が本気を出さないからでござる♪」

 事も無げに答え、楓は小太郎を解放する。小太郎は、組まれていた右腕を振るいながら、小さく息を吐き、湖の方へ視線を向けた。

「………あのデカ物を、本気で倒しちまったんかいな。………ホンマ、さすがワイの好敵手や。あの兄ちゃんも、強そうやしな」

「お? 雄一殿にも眼をつけたでござるか? 中々聡明な小童でござる」

 嬉しそうに微笑みながら、楓は視線を雄一達に向けた。

 あそこに集まっている皆も自分も、ネギと共に、雄一を助けたいと思い始めている。そして、その歪な形に惹かれ、人が集まっていく。

「やれやれ、これから雄一殿も、主殿も、大変そうでござるな」

 自分もその一人なのだと思い、ぽりぽりと頬をかきながら放たれた楓の独り言は、闇に消えていった。

 

 

 

「駒沢 雄一!」

「あ、エヴァ――って、御前いきなりかよ!?」

 聞き覚えの在る声がして振り返った瞬間、血走るエヴァの姿があった。

彼女は、雄一を押し倒すと、ぎりぎりと雄一の首元に口を近づける。其れを必死で押さえながら、雄一は叫んだ。

「待て待て待て待て待て!? 血≠ェ足りないのは分かったが、吸いすぎんなよ!?」

「やかましい。貴様は私のもの、ゆえに貴様の血≠ヘ私のものだ! カプ」

 終には雄一の首元に、エヴァは犬歯をつきたてた。雄一は、すこしだけ声を上げた後、チュ〜という音と共に動きを止め、ぴくぴくと痙攣し始めた。

あ、おじいちゃん、久しぶり―――

「ってやめぇい! また殺す気かッ!」

 雄一が渾身の力で、エヴァを引き剥がす。名残惜しそうにしていたエヴァだが、雄一の血≠吸収したエヴァは、自身の『封印』を封印している存在が力を持ったことを自覚する。

 その頃になってようやく、エヴァは安堵の息を吐いた。胸元を触りながら、雄一を見下ろす。

「ふ。生きていた事は、褒めてやろう」

「………いまさっき、もう一度殺されかけたんだが………」

 半眼で雄一がそう呟いた瞬間だった。目の前に、スッと手が差し伸べられた。それを掴みながら、雄一は苦笑交じりに見上げる。

「悪い――――――」

 な、とは、言えなかった。眼前にいたのは、褐色肌の長身の女性―――龍宮 真名だった。そしてその双眸は怒りに染まり、青筋が浮かんでいる。

 ピタッと、手が止まった。構わず掴まれた手が握られ、すごく痛い。

 彼女の近くには、服をぼろぼろにしたクーフェイが立っていた。笑顔でニコニコ笑っているところを見ると、真名と仲直りしたらしい。

いや、良かった良かった、とひとりで納得していると。

「………さて、先生。私に言う事は、無いのかな?」

「………あ〜〜〜〜〜、その、なんだ」

 雄一には、在る予感があった。以前、エヴァをからかったときに落ちた、底なしの落とし穴のような、確信めいた予感。

 しかし、真名はすぐに相好を崩すと、安堵の息を吐いた。自分の右の耳につけられたイヤリングに触れながら、告げる。

「まぁ、良いだろう。明日、きちんと私のデートに付き合ってくれるんだろう?」

「あ、ああ、其れは」

 その時だった。いや、正確に言えば、真名が「デート」という単語を放ち、雄一が肯いた瞬間――――ぶわっと、辺りに殺気が溢れたのだ。

 ネギとカモが震える中、最初に口を開いたのは、エヴァだった。

「どういうことだ? 雄一」

 エヴァの鋭い眼光(それ以外にも、幾つかの殺気を感じるが)に、雄一は気圧されながらも答える。

「いや、真名にはいろいろと迷惑をかけたし「私にもかけたとは思わないのか? 貴様は」――いや、ああ〜〜〜でも、その、なんだ。………後で、埋め合わせするから」

 そういいながら、雄一は他に視線を向ける。刹那からは鋭い眼光を感じるし、明日菜からは咎めるような眼光を感じていた。のどかからは、何故か見放された小犬のような視線を感じるし、クーフェイは、両頬を膨らませていた。

(………なんでお前達は、不機嫌なんだ?)

 根本的なところを分かっていない雄一は、ため息を吐きながらも、苦笑する。立ち上がりつつ、口を開いた。

「………何はともあれ! これで終りだ! さ、戻ろうぜ? ネギ――――」

 

 雄一が、視線を向けた瞬間だった。

 

 ネギの後ろから、何かが迫り出し―――光が、燈るのを、見た。

 次の瞬間、雄一はネギを突き飛ばす。そこに現れたのは、白髪の少年―――其れが、石のように固まった手を、雄一の、腹部に突き立てた。

 無表情な少年に、はっきりと映ったのは、戸惑いの色―――――。

そして、雄一は不敵に微笑み、自分の両手に持っていたもので、弾き返す。

 雄一が握っていたのは、グエディンナの雛形である十字架だった。フェイトの一撃で、傷一つつかないそれに、フェイトも警戒心を露わにした。

次の瞬間、飛び出したのは、エヴァだった。

「死ねッ!」

 彼女がフェイトの身体を引き裂くように、魔力の爪が引き伸びる。

 弾け飛ぶ水面とフェイトの体――しかし、其れは同質のものだった。驚きに双眸を見開くエヴァへ、フェイトは告げる。

「今日は、此処で引かせてもらうよ。………ネギ君。今度は――――」

 そして、水に戻っていった。

其れを見て、エヴァは舌打ちをする。自身の『魔力』による爪を戻しながら、フェイトの行動を解析する。

「逃がしたか。………動きから見て、人形か何かだろうが………厄介だな」

 追って倒すには、完全に『封印』を解放するしかない。エヴァがそうフェイトに評価をつけた瞬間だった。

 

 

 雄一の体が揺れ、倒れたのは。

 

 

「雄一!」

 今までのことを思い出し、明日菜達が駆け寄り、悲鳴をあげた。倒れた雄一は、小さく痙攣を繰り返して――――――

 

 

「血≠ェぁ、血≠ェたらぁん」

 

 と、ほざいてくれた。

 ぴくぴくと震えている雄一。駆け寄ろうとした全員がずっこけた。

 プルプルと怒りに拳を震わせている明日菜は、顔を真っ赤にして――――

「紛らわしいことすんじゃないわよッ!」

 

「プロゲバッ!?」

 明日菜の鉄拳を喰らい、雄一は宙を舞った。其れを見て、全員の顔に笑顔が戻る。

その中で唯一、真名が呆れたようにため息を吐いていた。

「やれやれ。………どこまでも、強い人だ」

 其れは、雄一の強さだろう。どんな状況でも諦めず、卑屈にならない。

 雄一は、落ちた地面にゴロンと仰向けになる。トールの光の粒子の雨は止み、空には変わらぬ星空が、爛々と瞬く。

 心地よい風が吹き、草木が鳴り響く中、雄一は、微笑んで、叫んだ。

 

 

 

「帰って飯でも食うかッ!」

 

 

 

 闇夜はどこまでも、澄み切っていた。

 

 

 

「………そういえば、レウィンとチャチャゼロは?」

 本山に戻る帰り道、雄一は真名の背中から皆に尋ねた。

 トールとの交戦中、何度か援護射撃があったのはわかっていたが、それから二人(というよりは二体)の姿を見ていない。全員が同じ様子で、辺りを見渡している。

訝しげな視線を向ける雄一へ、途中で合流した楓が手を挙げた。隣には、黒髪と犬耳のついた少年の姿があった。刹那の話では、『狗族』と言われる妖怪の子供らしい。

「なんや、途中ですれ違った時、糸目の姉ちゃんに話しかけ取ったで」

 関西弁の少年の名前は、犬上 小太郎。負けたから、絶対に逃げないらしい。敵側の存在だったらしいが、どこと無く気持ちのいい少年である。

そして、レウィンに言伝を預かっていた楓が、口を開いた。

「後始末に行くといっていたでござるよ♪」

 その時だった。

 遥か後方の森の中で、爆発音が鳴り響いたのは。それは、何度か続いた後、女性の悲鳴が聞こえ―――静かになった。

 雄一は、冷や汗をかきつつ、呟く。

「………あれだ。レウィンだけは敵に廻したくないな」

 よく裏切られ、敵に回る雄一の言葉に、全員が静かにうなずいた。

 

 

 

 

「いいのか? チャチャゼロ様。マスターの元に行かないで?」

 黒焦げの大地、眼を廻して倒れているのは、天ヶ崎 千草だった。逃げ出したところをレウィンとチャチャゼロに見つかり、空爆されたのだ。

 チャチャゼロはいま、レウィンの頭の上にいる。チャチャゼロは、ぽりぽりと自分の顔をかくと、告げた。

「柄ジャネェナ。取リ乱スナンテ、恥ダゼ」

「………ふっ。恥ずかしいのか」

 レウィンの言葉に、チャチャゼロも愉快そうに頭を揺らしながら、答えた。

「オマエモソウジャネェカ。ケケケケ」

 そのチャチャゼロの言葉には、目元だけを暗くしたレウィンが、答えた。

「いえ、今見ると思わず殺しかねないので。………それに」

 淡々と答え、レウィンは顔を挙げる。静まり返った境内の中では、すでに戦の気配はない。ようやく安堵したように『武装』を解き――――自身の手のひらを、見た。

 人間を模した、手のひら。藤次が作りあげてくれたこれも、機械。

「私は、泣けない」

「………ケケケ。オ互イニ、正直ジャネェナ」

 二人はただ、見上げていた。

 

 

 

 

 

 本山に戻る前に、レウィンたちと合流した。チャチャゼロは何も言わず、雄一の頭の上に載って、機嫌良さそうに頭を揺らしている。

 そして、大きな屋敷に入った瞬間、大歓声と共に迎え入れられた。

 そこには、石化していたはずの本山の人達や詠春の姿があった。おきだした夕映は訝しげに自分のおかれている状況を考えているようだった。

 千雨、パル、朝倉の話によると、あの後もう一度オーエリアが来て、『石化』を解いていったらしい。

雄一に「また会えると良いですね」と言葉を残していた。二度とごめんだが、さすがは『天使』だと、思っておこう。

 其れからはもう、大宴会だった。本当はここに来る前から用意してくれていたらしいが、雄一が死んで暗くなっている雰囲気でそれどころではなかったらしい。雄一は申し訳なく、地面に額を擦りつけていた。

 何十畳も在る部屋の中、大量に並べられた豪華な食事を前に、雄一はお預け状態だった。

 知らなかったとはいえ、巻き込まれた千雨とハルナ、そして納得のいっていない夕映、クーフェイへ、雄一は事情を説明していたのだ。無論、ネギやエヴァと話し合って、詠春から許可を貰っている。

 そこには、全員の姿があった。雄一の『事情』を聞こうとしていたかもしれないが、雄一は話さなかった。

「―――と、言うわけだ。俺の『能力』やら『事情』は、麻帆良に帰ったら、きちんと説明する。………っと、嫌なら記憶を消す事もできるが………? エヴァがやるんだが」

「いっそクラス全員にばらせばいいんだ」

 とは、エヴァの言葉。

 雄一の問いに、千雨は眉間に指を当てつつ、手のひらをこちらに向けていた。必死に飲み込もうとしているが、今までの現実も間違っていないので、そう簡単にはいかないらしい。

彼女は、悩みながらも、告げた。

「あ〜〜〜〜〜。はいそうですか、っていえる話じゃねぇが、現物を見ているからな。とりあえず、記憶を消すのは無し。………危ないようだから、適当に付き合うさ」

 千雨らしい返答に、雄一は苦笑する。ついでハルナ、夕映に視線を向けるが、すでに二人の矛先は先に知っていたのどかに向けられていたので、返答を待つ必要はないようだ。

 朝倉は、先ほどからカモといろいろ話をしているし、クーフェイは料理に夢中――――――真剣に話していた意味があるのか? 俺。

 はぁ、と大きくため息を吐きながら、雄一は気を取り直す。頭の上で日本酒をグビ飲みしているチャチャゼロを載せながら、雄一は物凄い勢いで食事を始めた。

 何だかんだ言って、雄一は昨日からろくに食事を取っていない。さらには自身の血≠熨ォりていないので、本能的に食事を取っているのだ。

 ちなみに、雄一は結構、半端ない量を食べる。

 山のような食事を食い散らかす雄一の横には、久しぶりに笑顔を浮かべているネギの姿があった。

「でねでね! 雄兄が言ったとおり、効果が合ったよ!」

『しっかし、防御用のあの竜巻を攻撃に使うたぁ、たいした応用力だぜ! 旦那!』

 ネギとカモの言葉を聞きながら、雄一は笑顔で答える。

「戦い方一つで、いくらでも応用が利くのが『魔法使い』だろ? ネギも、一つの使い方にこだわらず、臨機応変に戦えるようになれば、一人前だな」

 そういいながら、近くのコップを持ち上げ、口の中に入れた瞬間、ブフゥと噴出す。噴出した液体がネギの顔に降り注ぎ、雄一は慌てて其れをタオルで拭く。

「ああ、マスター。貴方の危惧どおり、此処にある飲み物は酒だ」

「心を先読みしてくれてありがとう、糞暴走人形ッ!?」

 嫌な予感を覚えている雄一の背中へ、ぬらりと立ち上がる影があった。

 其れを背中で感じ取った雄一は、脂汗が噴出すのを、感じた。

「雄いひしゃ〜〜〜〜〜ん♪」

「うわぁッ!? やっぱり出た!?」

 現れたのは、酒に酔ったのどか。トロンと溶けた眼で雄一の後ろから抱きつき、身体を押し付けてくる。中学生ながらも発達した、女の子の柔らかい感触に、雄一は体を硬直させた。

 そのまま前に回りこみ、雄一の胡坐の上に自分の体を乗せる。猫のようにじゃれ付くのどかは、不意に雄一を見上げた。

 顔を真っ赤にして、トロンとした眼を向けてくるのどか。其れへ、雄一は嫌な予感を感じつつも、声をかける。

「どうかし――――」

 言葉は、最後まで紡がれなかった。

 じゃれつく一端だったのかも知れない。もしかしたら、この瞬間だけ、先祖がえりしたのかもしれない。

 のどかが、小さく舌を出すと、雄一の頬を舐め上げたのだ。背筋に寒気が奔るような快感に、雄一が硬直する。

 宴会場が、静まり返る中、猫のどかが酷くご満悦な笑顔を浮かべ、雄一の腹に顔を擦りつけた。

「えへへ〜〜〜〜♪」

 

 走馬灯が、奔る。

 

――――――それに、雄一は見覚えがあった。

 湧き上がるのは、殺気。殺気を出しているのは、エヴァと刹那、真名の三人だ。不機嫌オーラは明日菜と千雨、クーフェイからも感じるが、のどかは酔っているだけで、悪意はなくて、短絡的にいうと雄一は、諦めた。

あれだ。この時点で、俺が何かをしようがしまいが、彼女たちの不機嫌は治らないし、何にたいして不機嫌なのかも分からないし、のどかを退かす訳もいかないし―――詰まる所、打つ手など存在しないのだ、と知ったのだ。

「慕われている証拠だ。潔く死ね」

 レウィンの妙に辛辣な言葉を皮切りに、刹那の斬岩剣、真名の一斉射撃、エヴァの魔法=Aクーフェイの馬蹄崩拳、明日菜のハマノツルギによる一閃を身に受け――――雄一はきりもみ回転をしながら地面に突き刺さった。

(………あれ? いつもよりもダメージが多いぞ?)

 

 

 

 

 宴会も終り、明日菜と刹那、酔いが冷めたのどかにレウィンは、先にお風呂へ来ていた。案内されたお風呂は、屋敷の中にある露天風呂で、周りを庭に囲まれた、風情あるものだった。

 シャワーを浴びながら、明日案は怒髪天を突く勢いで、叫んだ。

「ったく! 雄一も、何時もいつもいつもやられ放題なんだから!」

 不機嫌そうにそういう明日菜に、刹那は苦笑した。

酔っていたのどかは、自分のしていた事をレウィンから聞いて、今は湯船に沈んでいる。刹那は刹那で、不機嫌そうに頬を膨らませていたが、本人は「怒っていませんよ」と切り捨てていた。

 その時、明日菜がにやりと笑う。

「でも、あれよね。何だかんだいって、刹那さん、雄一のこと好きでしょ?」

「あッ! ええッ!?」

 明日菜の言葉に、刹那の顔が真っ赤に染まる。湯船が沸騰するんじゃないか、と思わせるぐらい真っ赤になった刹那は、しばらく口をパクパクさせ――――そのまま、湯船に沈んでいく。

 しかし、しっかりと、答えてくれた。

「………はい」

 数十秒ほど経ってから漏れた声は、肯定の言葉だった。思わぬ反応と答えに、明日菜が眼を点にした。

 刹那は、ずっと湯船の波紋を見ながら、口を開く。

「で、でも、その、あ、あ、ああ愛しているとか言うのじゃなくて、なんていうか、命の恩人ですし、その、えと、………あ、少し、傍にいられたらなって、思って」

 最終的には、顔を真赤にして、両手の人差し指をクルクルと回していたが、その言葉に明日菜どころかのどかも、眼を点にしていた。

 あの刹那が、公言したのだ。其れを、驚かない人間はいない。

 刹那はバッと顔を挙げると、今度は明日菜に向けて指を差した。

「そういう明日菜さんはどうなんですか!? ネギ先生ともそうですが、雄一さんにも気があるように見えますし!」

 思わぬ反撃を食らった明日菜は、同時に顔を真っ赤にして押し黙る。彼女の胸元に光るネックレスを見て、刹那は少しだけ不機嫌そうな顔をする。

「ずっとしていますし、ネギ先生よりも雄一さんの心配をしているように見えたのですが?」

 半眼で嫉妬深い眼差しを向けながらの刹那の言葉に、明日菜は戸惑った様子で答えた。

「いや、あの、その心配って言うか、なんていうか、雄一って一人で全部抱え込むじゃない! だから! ………だから、だ、から………」

 明日菜の声は、小さくなっていった。其れと同時に刹那とのどかの表情も、曇る。

 雄一は、自他共に弱いと認められていた。なのに、誰よりも危険な場所へ、ためらいもなく突き進む姿を、皆は見ているのだ。それは、活路を切り開くためには必要なことかもしれないが、それは、無理することだというのか。

 雄一にとって、自分たちの存在はなんなのか。其れが、知りたかった。

 レウィンは、興味もなさげに自身の身体を洗っている。その肢体を見ていた刹那が、声を上げた。

「でも、本当にレウィンさんは、人間のようですね。見た目は、完全に女性の其れですよ」

「はい。とても綺麗です」

 ぽうっとしたのどかの言葉通り、レウィンの体は、見た目は人間の其れにしか見えない。黄金率に沿って作られたその肢体は、一つの完成した芸術品ですら、ある。

 レウィンは、事も無げに告げた。

「私を作ってくれたファザーは、この躯を出来る限り人間に近づけたそうだ。人口筋肉と人工皮膚に覆われてはいるが、私は、間違いなく、機械だ」

 そういい、レウィンは水を流す。白い人工皮膚の下には、精密機械の塊と冷却水、オイルなどが流れているが、どれだけ水に浸ろうが、浸水しない作りになっている。

その時だった。レウィンが顔を挙げ、口を開いた。

「………不味いな。マスターとネギ様、詠春様の反応が近づいてくる」

「「「ええッ!?」」」

 悲鳴をあげた三人――――その時、更衣室から声が響いてきた。

 

「いやはや、私も傷はあるほうだと思っていましたが、雄一君を見ていると、まだまだと思いますよ」

「いやいや、普通は、傷なんかつかないのが当たり前なんですから」

「でも、雄兄も長さんも、すごいですね。………僕もがんばらなきゃ!」

「ネギ。傷が男の勲章って時代は昭和に終わっているぞ?」

 楽しそうに談笑して近づいてくる気配に、刹那が混乱した。

 

(ど、どどどどどどうしましょう!? 明日菜さん!?)

(あわわわわ)

 慌てふためく三人へ、レウィンが淡々と告げた。

(明日菜様とのどか様はこちらへ。刹那様は、『隠遁者バアル』で姿を消してください)

(あ、そうですね! 来たれ(アデアット)!)

 何故か『仮契約』カードを持っていた刹那が白い布につつまり、姿を消し、レウィンの案内でのどかと明日菜が岩の陰に隠れた瞬間、お風呂の扉が開け放たれた。

 現れたのは、三人の姿。腰にタオルを回しているのと、湯気で包まれているのが、幸いだった。

 ――――どうでもいいが、刹那が『隠遁者バアル』を、姿を消す目的で使ったのは、これが初めてだったりする。

 

 

 

 数十分で復活した俺は、ネギと詠春さんと共に、露天風呂に来ていた。どうでもいいが、本当に俺はいちど死に掛けていたのに、この扱いは酷くないか? 

 まぁ、傷はもう塞がっているし、あの『フォトン』で随分と回復したんだけどな。

お風呂は、かなり広い。どことなくレウィンの気配を感じつつも、俺は詠春さんと共にネギを挟みこむように湯船に沈んだ。

「ふぅ〜〜〜〜生き返るぅ〜〜〜〜」

『文字通り生き返ったんだから、笑えねぇぜ、旦那』

 ネギの頭に載っていたカモが、そう告げる。

むぅ、そう来るか。まぁ、ペトのおかげで復活したし、その余波なのか随分と元気になったが、一時期は本当に酷かったらしいな。話を聞けば、誰も食事に手をつけていなかった、というのだから。

 とはいえ、襲撃が夕刻から八時くらいまで、そして宴会があったことを考えれば、それほど時間が経っていないといえば経っていない。自分の胸に大きな穴の痕が出来たが、まぁ、いつもの事といえば、いつもの事だし。

「でも、本当に雄兄が生きてて良かったよ。―――うぅ」

「思い出し泣きするなよ、ネギ。………悪かったな」

 そういいながら、目の前で泣き出しそうなネギの頭を、撫でる。なんだかんだ言って、まだまだ子供なんだなぁ、と、しみじみ思った。

 エヴァとかの話から、フェルトキアを倒した事は聞いていた。さすがエヴァ、【闇の福音】だか大層な名前を持っていることは、ある。

「しかし、慕われていますね。雄一君」

 突然の詠春の言葉に、俺は目をぱちくりさせた。

考えてみれば、まぁ、予想以上に皆が俺を心配してくれた事には驚いたし、少しは親しみを持ってくれているのだが、皆良い娘なので、当たり前といえば当たり前だ。

 なんか含みがありそうで、小首をかしげる俺へ、詠春の口が開く。

「あんなに元気な刹那君を見たのは久しぶりです。彼女には、小さな頃から不自由させて………」

「そのとおりだな」

 断言する。ネギが驚いているようだけど、当たり前だろう?

「どうせ、どっかの馬鹿達があの姿を見て苛めたりしたんだろうし、本人も自分の姿が歪だと思って、木乃香に近寄らなくなったんだろ?」

 俺の指摘に、詠春さんの顔が強張る。それだけで、そうなのだ、と理解した。

大きく伸びをして、風呂の淵にもたれかかりながら、俺は言葉を続ける。

「俺みたいな中途半端な奴が言うのもなんだが、其れは大人の責任でもあり、アイツ本人の責任でもあったさ。どっちも先入観で動いて、自身を動けなくしていっただけだ」

 其れは、前の世界に対する『ルシフェル』に対する人間の対応で。

 その中でも『異種』である、俺への対応に、似ていた。

 確かに、刹那と俺は、似ているのだ。

 しかし、其れは大きな枠組みでの反応でしか、ない。

 今の刹那のように、仲間など――――望めばいくらでも出来るのだ。ただ、刹那は小さいときに其れはできても、大きくなるに連れて、其れを忘れただけだ。

 そして、それが当然だと、感じていたのだ。

 でも、もう。

「今は違うだろ? ネギも認めているし、明日菜や木乃香、のどかだって気にしていない。あいつが気にしていた木乃香だって、全然受け入れてくれている。機械であるレウィンや茶々丸、吸血鬼のエヴァまでいて、『天使』のような羽を持つ奴がいても、良いじゃないか」

 それに、と俺は言葉を区切る。小さく震えていたその姿を思い出して、微笑んだ。

「俺も、刹那を大切に思ってるしな」

 

 

 

((「「ええええええええええええええええぇぇぇぇぇッ!?」」))

 雄一の言葉に、アタシと本屋ちゃんが声を押し殺して叫んだ。ただ、レウィンは『またか』といったような眼で雄一を見ていたのが、引っかかった。

「もちろん、ネギも明日菜ものどかも真名も―――3‐Aの奴ら、全員好きだ。………ほんと、最高の奴らだよ」

 その雄一の言葉に、アタシと本屋ちゃんの顔が赤くなる。あれ? アタシ、何で顔が赤いの!? アタシが好きなのは高畑先生なのに!?

 でも、どこか呆れた様子で、レウィンの口が開いた。

(「勘違いしないで欲しいのは、マスターの恋愛感情だ。小さい頃から義姉に求婚されていたせいか、自分の考えている事は口にするのに、率直な言葉は額面どおり受け取れない」)

 ………え? ぎしって、何?

 え? 義理のお姉ちゃん? え? 義理だから結婚できるって、どういうことよ?

(「法律上、不可能ではない。まぁ、私が認めなかったがな」)

 ………まぁ詰まる所、雄一の言葉は言葉通りってことね。はぁ………。 

………? あれ? なんで、残念そうなの? アタシ? 普通、嬉しくない!?

 べ、別に! 雄一のことなんか好きじゃないからね! ただ、親友だから、少しだけ、あの、嬉しかっただけなんだから! 残念なわけないんだから!

 あああああああああああッ! イライラする! 

 アタシがイライラしている間に、三人の会話が続いた。

「はっはっは。どうせなら、二人のどちらかに木乃香を嫁に貰って欲しいんだけどね。どうだい? 雄一君? 私が言うのもなんだけど、将来美人になると思うよ?」

 と、自分の娘である木乃香をネギと雄一に薦める。

まぁ、二人なら間違い―――って、何考えてんのよ!? アタシは!? ああ、なんか雄一が復活してから調子が狂いっぱなしじゃない!?

 と、そのとき、雄一の体が跳ね上がった。………あれ?

 雄一の右側(反対はネギ)のところ―――奇妙な波紋が広がってない? なんか、人が身を寄せているような――――――――。

 ………あああああああああああッ! 刹那さん!?

 『隠遁者バアル』って、ええ!? そういうことも出来るの!? 全部から認識できないって、触っている事とか、そういうことも!?

 規定外もいいところじゃない! 羨ま――――って、何考えてんの!? 私!?

 

 

 そうこう考えているうちに、事態は進展していた。

 

 

「………? なんか、右側になんかあるな」

 そういって、俺は右手を伸ばした。ふにっとした触感があるのだが、其れがなんなのかわからず、左手を伸ばし、其れに触れた。

 そこにあるのだが、わからない。なんか、山のようなものがあって、細いものに分かれ、正面には小高――――――あれ? 布?

 俺は其れを掴み、引き上げた。

そして、スッと―――――其れが現れた。

 俺が引っ張った白い布を胸に抱き、顔を真っ赤にしている刹那。そして、自分の手が彼女の正面、女性を示す小高い丘に添えられており、頬が引きつる。

 顔を真っ赤にして、刹那は両目に涙を溜めた顔を震わせ、叫んだ。

「きゃああああああああああああああッ!」

 突如現れた刹那の拳によって、俺は宙を舞った。一回、二回回転し――――ドシャッという異音と共に、雄一が風呂場に落ちた。

(激いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッ!?)

 もだえていると不意に、目の前に足が見えた。その、少しだけ見覚える足の先から、ずいっと見上げ―――――絶句した。

 そこには、蒼と白の鎧『武装・皇卦(色違い)』に身を包んだ明日菜の姿。その右手には、ハマノツルギ(コメディアン・キラー)が握られていた。

 ヒクヒクと頬を引きつらせ、怒りの眼差しを向ける明日菜へ、雄一は「何でここにいるの?」とか、「何で『武装』しているの?」とか、そういった疑問をかける勇気もなかった。

 ただ一言、弁明する。

「………わざとじゃないぞ?」

「うっさああああああああああああああああああああいぃッ!」

 

 

 その夜、雄一が闇夜に吹き飛んだという。その時、雄一はほんの少しだけ、生き返ったことを後悔したとか、しないとか。

 

 

 

 

 

 大騒ぎが終り、全員が寝静まりかえった後、雄一は一人、本山に続く長い階段に、腰掛けていた。夜の帳が下りた京都の町並みは、近代化が進んでも日本古来の風景があり、やはり綺麗だ。

 雄一は、ずっとその風景を見ていた。

彼の【世界】では、京都の町並みは戦火で燃え、更地と化している。彼の故郷とも言える場所はすでに、存在していなかったのだ。

時代は違えど、その光景は、雄一にとって理想の一つだった。

「出てこいよ、レウィン」

 雄一の突然の言葉に、すっと人影が現れた。自身の駆動音を最小限にするサイレント・モードを解除しながら、レウィンは答えず、雄一の隣に座った。

 言葉は、ない。互いに一年間、戦場を駆け抜けてきた【相棒】同士だから、必要もないのだ。

 ―――否、一年どころでは、なかったか。

「………マスター。皆の元を、去る気か?」

 レウィンの口から出た言葉は、雄一の覚悟。

 フェルトキアとオーエリアを退けたのは、間違いない。しかし、彼らは『権天使(プリンシバリティーズ)』―――九階級在る『天使』の中でも、七階級の存在でしかない。これ以上強い存在が出てくれば、大切なネギ達を傷つけると思っていた。

 何度も何度も、悩んだ。悩んで悩んで悩みぬいて――――決めたのだ。

 風が吹く。

春の夜風に身を預けながら、雄一は立ち上がった。一歩、階段を降りて、振り返る。一緒になって立ち上がったレウィンと同じ目線で、口を開いた。

「マスターとして、雄一がレウィンに命ず」

 それは、総司令として、レウィンに下す最後の命令だった。

 

 

 

 

 朝、ネギが眼を覚ましたとき、雄一の姿がなかった。それに嫌な予感を感じ、ネギは部屋を飛び出す。

 廊下の途中、明日菜と木乃香が歩いていた。出会ったネギは、開口一番、叫ぶ。

「明日菜さん! 雄兄見なかった!?」

「ゆ、雄一………? 見なかったけど――――もしかして、アイツ!?」

 瞬時に、明日菜が察する。木乃香の心配そうな視線を受け、明日菜が駆け出す。

 大広間、大宴会場、裏庭、風呂場――――明日菜と木乃香、ネギが探し回っても、雄一の姿はどこにもなかった。

 起きだして来たみんなの手を借りて、近くを全て探したが、雄一の姿はどこにもなかった。

「雄一ッ!」

 最後の場所―――謁見の間。そこに駆けつけた時、レウィンの姿があった。

 彼女は振り返り、口を開く。

「おや、皆様方。どうなされた?」

 訝しげに視線を向けるレウィンへ、明日菜が叫んだ。

「雄一の姿がないのよ! アイツ、もしかして――――!」

「………皆に迷惑をかけないように、いなくなったのか?」

 千雨の言葉に、全員が押し黙る。其れを見たレウィンは、小さく肯くと、何かを思い出したように口を開く。

「其れはそうと、刹那様やエヴァ様の姿も見えませんが?」

「え?」

 声を上げたのは、全員だった。

 

 

 

「………いくのか」

「ええ」

 肩から荷物を吊るし、刹那は肯いた。身体には、『隠遁者バアル』を翻し、ゆっくりと歩き出す。

 それを、廊下の縁に座りながら見ていたエヴァは、軽く鼻を鳴らしながら、口を開く。

「―――せめて、別れの挨拶ぐらい、しないのか?」

「………今、皆さんの顔を見たら、決意が揺らぎますから」

 刹那は、一族の掟で、皆の元を去ろうとしていたのだ。本来、黒い翼しか持たない烏族の中で、不吉な色を持つ白い翼の不幸は、雄一にすら降り注いだのだと、思っていた。

 そんな刹那を見て、エヴァが不敵に告げる。

「まぁ、貴様がいなければ雄一は完全に私のものになるから、都合が良いといえばいい」

 ピタッ――――っと、刹那の足が、止まった。その様子をおかしそうに見ながら、エヴァは言葉を続ける。

「さらに言えば、月詠とか言う神鳴流の剣士、未だに見つかっていないぞ? まぁ、別に私としてはどうでもいいことだが――――」

 そう、エヴァが言った瞬間だった。明日菜たちが駆け込んできたのは。

 刹那は慌てて、駆け出した。其れと同時に、叫ぶ。

「明日菜さん、ネギ先生! 雄一さんと一緒に木乃香様を護ってください!」

 涙をこぼしながら、駆け出す刹那へ、ネギが叫んだ。

「雄兄がどっかいっちゃったのに、刹那さんまでどこかいっちゃうんですか!?」

 次の瞬間、木乃香に突き飛ばされ、明日菜に蹴り倒された刹那は、驚きの視線を向ける。エヴァすら驚いている中、明日菜が叫んだ。

「あの馬鹿っ! きっと、迷惑をかけたからって――――――」

 明日菜の叫びに、エヴァが舌打ちをする。

「っち! 愚かな!」

「先生ぇ………」

 涙を流すネギとのどか、其れを見ていた千雨と真名が顔をしかめたときだった。

 悲痛に沈む面々を見て、今まで押し黙っていたレウィンが、口を開いたのは。

「ああ、マスターなら――――――」

 ついで放たれた言葉に

「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」」」」」

 全員がきょとんとした眼を向けていた。

 

 

 

 

 

 ホテル嵐山。

京都を流れる大堰川―――その近くにある、就学旅行中の宿舎。

ホテルという名の通り、中は西洋風の造りなのだが、所々に和風のテイスト―――赤い布をかけられた腰掛や和傘など、実際に昔日本で使われていた器具が設置されていて、奇妙ながらも落ち着いた雰囲気をかもし出していた。

 そこへ、明日菜たちが駆け込む。フロント正面のロビー、そこで、帳簿を持って各班の外出をチェックしていたのは――――

「ああ、遅かったな、お前ら」

 頭にチャチャゼロを乗せた、浴衣姿の雄一だった。

 何時までも先生が足りないというのも変だし、詠春が送った式神が暴れているという報告もあったので、雄一は朝早く、旅館に戻ってきていたのだ。

ゼェハァ、と息を乱している明日菜たちを見て、雄一はビクッと体を震わし、慌てた様子で近づく。

「ど、どうしたんだよ!? お前ら!? つうか、何で怒ってんの!?」

「………この」

 ピクピクと、明日菜の頬が引きつる。次の瞬間、ハマノツルギを手に持っていた。

 刹那が、夕凪に手を添える。吹き上がる殺気は、いまだかつてないほど強大。

 のどかが、『アシュタロトの宝典』をしっかりと握っている。持ち上げるだけでプルプルしている彼女の眼には、涙が溜まっていて。

 真名が、銃を構える。アンチマテリアルライフル―――『対物狙撃銃』L82A1≠構える真名の顔には、しっかりと青筋が刻まれており。

 そして、エヴァが自分の『従者』に向かって両手に『魔力』を集中させており――――――全員が確かに、キレていた。

 「修羅場臭、修羅場臭が―――!?」と触覚をまわすパルに、完全にあきれ返った千雨と夕映、「ははは」と笑う木乃香、写真を撮りまくる朝倉に、震えるネギの頭に手を置いている楓がいて。

 そして、何故か親指で首元を掻っ切る仕草をして、其れを地面に向けているレウィンがいて――――――

 

「あれ? 俺何かしたっけ? つうか、またかよ!?」

 

 

 

 雄一の悲鳴の後――――――ホテル嵐山が、震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――闇夜の中、雄一はレウィンへ、告げた。

「俺と一緒に、この【世界】と戦ってくれ」

 それは、雄一の宣戦布告だった。

かつて、自分の【世界】の【神】にたいして向けた、槍と同じ言葉。覚悟の、言葉だった。

その言葉に、レウィンは驚きを隠さずに、口を開いた。

「意外だ。マスターの事だ、どこぞかに姿を消すかと思った」

 レウィンの言葉に、雄一は苦笑する。

「………最初は、そう思った、さ。俺さえ去れば、ネギ達が平和になるって」

 だけど其れは、逃げだった。なにより、護るべき約束≠たがえている。

「俺は、まだまだ、皆と約束≠オている」

 それは、ペトと言う『兄弟』とも交わした、約束=Bそして其れは、この世界で生まれた、確かな【繋がり】。

「其れを果たしたときは――――そんとき考えるさ」

 そういって、雄一は京都の町並みを見下ろした。違う【世界】で、自分が戦火に飲まれた町――――そこは、今でも、温かい。

 思った以上に、自分は受け入れられ、心配されていた。

だから、思うのだ。ここで雄一が姿を消したら、護れるものも、護ってきたものも傷つけてしまうのだ、と。

 だからこそ、雄一はレウィンに手を伸ばす。闇に包まれる境内の中、銀色の髪の毛を風で翻すレウィンは、その手を見て、眼を丸くしていた。

 散る桜の花びらに包まれるレウィン―――碧眼のその【相棒】へ、雄一は不敵に微笑む。

 そして、口を開いた。

「一緒に戦ってくれるか? 【相棒】」

 雄一の言葉を聞いて、レウィンは始めて、苦笑する。雄一の伸ばした手に、そっと自分の手を載せながら、レウィンは小さく、肯いた。

「ああ。もちろんだ。マスター」

 レウィンの言葉に、雄一は確かに、微笑んだのだ。

 

 

 

           こうして、長い三日目が、終わった。

 

 

 

 そして、次の日。

 皆に追い掛け回されている雄一を見て、レウィンは微笑んだ。

「受難はこれからのようだな、マスター」

 その機械人形の言葉は、誰にも聞こえていなかった。

 

 





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