ついに復活我らが雄一! これから始まるのは、怒涛の反撃だ!

 そりゃ『天使』を千切っちゃ投げ、千切っちゃあ投げを繰り返し―――――

「真面目にやれ!」

 ………ぬぅ。ちぅちゃんに殴られてしまった。

 これでも俺、ほんの数分前まで、死の淵を彷徨ってたんだけどな〜〜〜。この扱い、酷くねぇ?

「いいから戦えよ! このくそ馬鹿!」

 まぁ、ちぅちゃんの泣き顔も見たことですし―――――また、殴られてしまった。

 ま、いっちょ、………あがいてみますか!

 

 

 

 

 第二十話 京都旅行 三日目! その四 我は汝と共に在り。

 

 

 

 駒沢 雄一はとりあえず、今の状況を把握しようとしていた。

 起きた瞬間、千雨の向こう側にオーエリアが居て、とっさに彼女の後ろからブラッドクロスを引き出し、突き立てた。

驚いている間に彼女をひきつけ、距離を取る。オーエリアの追撃を警戒しながら、同じ部屋にハルナと夕映が居る事を把握した。

ついでに、『武装』しておく。ふむ。抜かりは無かった。

 ちなみに、腕の中の千雨は眼鏡が落ちて、怒りに――――怒り?

「このくそ教師!」

 胸に抱かれていた千雨の怒りの一撃が、俺の顎に命中。綺麗に打ち込まれた俺は、流石に踏ん張りが聞かず、もんどりをうって大きく倒れた。

その俺へ、追撃とばかりに蹴りを入れる。

本気で蹴りを入れながら、千雨は叫んだ。

「人に、散々、心配かけさせて、おきながら! 元気じゃねぇかよ!」

「ギブ! ギブ! ロープ! ロープ!!」

 無駄かも、と心の中で考えながら、そう叫んでみると、千雨は蹴りをやめ、その場で両足を折り――――口を、開いた。

「心配、かけんなよ・・・この、ばか・・・」

 苦々しい表情をしている千雨を見て、俺は不意に、気付いた。

安堵の涙を見せたくないのだと。そして其れは、彼女なりの強がりなのだ、と。

 なんにしても、心配をかけたのは、俺の所為だ。

「………心配、かけたな」

 その千雨の頭に手を置きながら、俺は立ち上がる。『武装』の上から十分なダメージを与えてくれたが、それでも嬉しかった。

 自身を待っていてくれる存在が、居てくれることが、嬉しい。

 そして、その存在に、心配をかけてしまった。危険が迫っているのを見ても、俺の覚悟が、甘かったのだ。

「さすが雄一先生! 王道だよ! 王道!」

 そういって触覚を廻すパルも、涙目だった。心配をかけたんだな、と思いながら、俺は、オーエリアに向き直る。

 不敵に笑う、『天使』。その姿を見て、眉に皺を寄せ、告げた。

「パルには後で鉄拳制裁として「何で!?」―――オーエリア、テメェ、ウチの生徒に手ぇだしたな?」

 体から、白い靄が立ち昇る。其れは、『武装』により収束、増大された『フォトン』、そのものだった。

 腰から十字架を引き抜いた瞬間、其れが引き延び、槍を創りだす。紅とガラスの十字槍――――其の二本の槍を構え、千雨達の前に出た。

 

 二つの槍を構える俺を見て、オーエリアは―――ふと、相好を崩した。

そのまま『天使』はレイピアを鞘に納め、佇まいを直す。その様子をいぶかしげに見ていた俺へ、オーエリアが口を開いた。

「………此処まで、のようですね。今の私では、貴方の血≠ノは勝てませんし、善を司る私が悪役とは、笑えません」

「………どういうことだ?」

 油断なく口を開く俺へ、彼は苦笑交じりに告げた。

「我等が主に言われたのは、貴方の亡骸の回収です。亡骸ではない貴方を、回収できませんし―――」

 その双眸は、優しく、敵意が無いようにも見えた。

思い返せば、オーエリアはそこまで積極的に戦いへ参加していたわけでは、ない。フェルトキアの行動を戒めたり、他の生徒を助けたりと、絶対的に敵対していなかった。

 それでも、危険が及ぶのであるならば、俺は此処で、倒す。

「んで? 逃げると? ………逃がすと思ってんのか?」

 重く、怒りの込めた声―――それが、凛と震えた。

 

 

 

千雨は、いまだかつて彼がこれほど怒りを滾らせた声を、聞いた事がなかった。

 元々、雄一は戦いを好む存在ではない。だが、その護っている存在へ牙をむくものが居れば、その力をもって全力で対抗する――――そういう存在だ。

 しかし、対するオーエリアも不敵な態度を崩さず、チラッと雄一の後ろの存在を見ると、口を開いた。

「私と貴方が此処で戦って、この周りで石化した人や彼女たちが、無事で済むと思っているのですか?」

 其れは、明らかな脅し。

 雄一には、自信があるだろう。彼の間合いの中の人間を護りきる、自分の戦い方に。

 しかし、それだけではすまない、とオーエリアは言っているのだ。石化の意味は分からないが、それ以外の人間を護って戦うなど、不可能に近い。

 小さく舌打ちし、雄一は構えを解く。それを見た瞬間、オーエリアは後ろへ飛んだ。

 入り口の襖にそっと手を添え、体勢を低くする。

微笑を浮かべると、口を開いた。

「ではまた。『歪な英雄』様。少なくとも我ら【神】は、貴方にたいして絶対的な敵愾心を持っているわけではございませんので」

 その言葉には、どんな意味が込められているのか、分かるのは雄一のみ。しかし、その意味が分かっていながらも、雄一は告げた。

「知らんな」

 オーエリアの言葉に、雄一は即答する。鋭い眼差しで、油断無く睨んだまま、告げた。

「俺が戦うのは、今も昔も――――【大切な者】のためだ」

 その横顔は、あまりにも気高く、あまりにも儚く、強かった。

それを満足げに見て、オーエリアは、すぅっと、襖を閉じ、姿を消した。気配がなくなったのを感じた瞬間には、雄一は襖まで一足で飛び、開け放つ。

 どうやら、本当にいなくなったらしい。和風の庭を睨みつけながら、雄一はひとまず、警戒を解いた。

 またもや訪れる沈黙。其れを破ったのは、雄一だった。

 バタン、と脈絡も無く倒れる。唐突過ぎるその現象に、千雨とハルナが声をあげ、駆け寄る。

対する雄一は、ぴくぴくと身体をヒクつかせながら、口を開いた。

「ち、血≠ェぁ、血≠ェ足らぁん………」

 震えて言う雄一に、思わず千雨とハルナがずっこける。

未だに『武装』したまま、雄一は立ち上がると、ブラッドクロスを手に持ったまま、西の空を見ていた。

「………この馬鹿でかい感じ。………トール≠ゥ。厄介な事になりそうだな」

 鼻の先がひりつくような、微妙なニオイ=B其れは間違いなく、現時点最強の存在―――トール≠フもの。感覚は今まで感じたことの無いほど強大だが、まだ、生まれて間もない個体と言うことに、少しだけ安堵の息を吐いた。

召喚されたから対消滅≠フ危険性はなさそうだが、それでも危険だ。

「………行かなきゃ、な」

 そうつぶやき、歩き出そうとした瞬間、雄一の体がふらつく。

それに驚いて、とっさに支えたハルナと千雨、その二人を見て、雄一は青い顔で苦笑する。流石に、死の淵から復活してブラッドクロスを作るのは、無理があった。

「わりっ、と。………ふぅ。さすがに、きついか」

「お、おい! 無理すんなよ!」

 忘れそうだが、雄一はほんの少し前まで、死の淵にいたのだ。それだけでなくても連戦の影響で『フォトン・ルース』も足りていないし、きっと、前線に出ても、戦えないだろう。

 それでも、雄一は、行かなければならない。そう考えると、二人に謝罪を入れて、雄一は身体を離した。

『アカツキ』は――――自分の敵だ。

 ふらつく足取りで、雄一が部屋を出る。

未だに体中の『フォトン』が、操れていない。ペトが身体の細胞を治してくれたのだから、もう少しで、無理にでも動けるようになるだろう。

 だが、戦場まで歩いて行くには、流石に心許ない。『フォトン』が回復するまで待つべきか、悩んだ。

 その時だった。両脇から、人の姿が現れたのは。

「へっへっへ♪ 先生の修羅場を見ないと!」

 見覚えのある触覚に、どこまでも彼女に似合う、悪戯心を含めた笑み。

「………か、勘違いするなよ! 行き位、手伝ってやるよ」

 顔を真っ赤にして、それでもしっかりと身体を支えてくれる、仮面優等生。

 其れは、ハルナと千雨。その二人を見て、雄一は、小さく苦笑する。

「………俺は、幸せだな」

 しかし、それももうすぐ終りなのだと、心に決めていた。

 

 

 

 

 巨大な湖の中心にある祭壇にトール≠ェ出現して、二分ほど経っただろうか。

その巨人の名前を知るわけも無く、動かない事にいぶかしげな思いを抱いていたネギと明日菜は、フェイトと彼が呼び出した『悪魔』と戦っていた。

 ルビカンテと呼ばれた悪魔。

――――それの一撃は、無慈悲そのもの。明日菜がハマノツルギで応戦するが、未だに『送還』するに至らない。翼を持ち、その巨体に似つかないほど、俊敏な動きを見せている。

 ネギは、さまざまな戦闘を頭の中で思い浮かべていた。エヴァンジェリン戦の後、雄一と話し合った戦い方を思い出す。

(『いいか? ネギ。相手が油断しているってことは、勝ち目があるってことだ。よく漫画じゃあ油断していて攻撃しても効果が無いとかあるが、ゼロ距離から最大限の攻撃を放り込めば、効果が無いなんて事はないからな』)

 雄一が教える戦闘術は、全て相手の隙をつくための戦い方。隙を突くといっても、不意をついたり、罠を仕掛けたりするものではない、その強い意志。

 それに、憧れ、ネギも其れを考え続けた。自分が出来る手を全て、使いこなすという戦い方を。

 そして、決めた。

「氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス)17(グラキアーレス) 集い来りて(コエウンテース) 敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント) 魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾(セリエス)・氷の17(グラキアーリス)!!」

 其れは、エヴァンジェリンが使っていた、氷属性の『魔法の矢』。

其れをネギは撃ち出す。

 飛来する『魔法の矢』を見て、フェイトは瞬時に判断する。その攻撃は、自分の魔法障壁≠壊すに足りない攻撃だ、と。

 しかし、其れはフェイトではなく―――彼の周り、地面、階段に突き刺さった。パキパキと言う音を立て、氷の結晶を作り上げる。

フェイトがいぶかしげに視線を向けるよりも速く、ネギは杖に乗って、叫んだ。

「加速(アクケレレット)!」

 その瞬間、杖が加速し、フェイトの反対側に回り込む。いぶかしげな視線を向けるフェイトを睨みながら、ネギは小さく口を動かす。

「………なにをしようとしているかは分からないけど、そうは、させない!」

 そう叫び、飛び出すフェイト。其れを見てから、ネギは叫んだ。

「勝負です!」

 その瞬間、ネギは杖を―――真上に投げ捨てた。

それに軽く驚き、思わず視線を上に上げたフェイトに、千載一遇の隙が、出来た。

 それは、そうだろう。『魔法使い』が杖を捨てるなど、自殺行為にも等しい。

 しかし、ネギはそのまま跳躍―――動きを止めたフェイトへ、手をかざした。

「魔法の射手(サギタ・マギカ)!」

 撃ち出されたのは、無詠唱で放たれた『魔法の矢』。避けなくてもいい其れを、フェイトは半ば反射的に、避けた。当たらなくてもいい、と思ったのだ。

 しかし、次の瞬間。背中から『光』が迫って来た。それに驚き、またもや反射的に回避するフェイト。

その眼には、映っていた。

 ネギが放ったのは、光の矢。そして、氷の結晶によって反射された其れが、自身を狙っていたのだ、と。

その威力は、分散してたいしたことはない。しかし、ネギが狙っているのは、其れではなかった。

 そして、フェイトがネギのほうに視線を向けた瞬間、その姿が無い事に気がつく。

「最大(マークシマ)! 加速(アクケレレット)!」

その声を発したネギは、今まさに、一直線にこちらへ飛んできていた。投げたはずの杖を掴み、一気に加速して、フェイトへ真っ直ぐ飛ぶ。

 表情の読めないフェイトが迎え撃つように構えた瞬間。

ネギの唇が少しだけ、上ずった。そのかすかな変化に、戦闘の間際に居たフェイトが、気付いた。

 しかし、その距離は互いに必殺の距離。そのかすかな変化に気付き、僅かに動揺してしまったフェイトにだけ、隙が出来てしまった。

そして、ネギの口が動く。

「風精の主(ドミヌス・アエリアーリス)!! 解放(エーミッタム)!!」

 その瞬間、ネギとフェイトの周りに現れたのは、暴風吹き荒れる壁。それらは竜巻のように上へ伸びていた。

 ネギが使える防御魔法。竜巻を回りに起こして何物をも拒むその壁――――――今は、武器だった。

「うわああああああああッ!」

 全速力で、フェイトに突撃した。ネギと杖の全質量、そして勢いを消す事もできず、フェイトは始めて驚きの表情を見せ、吹き飛ばされた。

そして――――――竜巻に、巻き込まれた。

 叫び声や恨みの声を残す間もなく吹き上がるフェイトの体は、風や其れに巻き込まれたものにより、蹂躙され、風に消えた。

それを見届ける事無く、ネギは次の動作に移っていた。

「急速停止(ラプテー・スプタシスタット)!」

 竜巻の壁へ自身が呑まれる前に、急停止する。眼前に迫ったその壁を見上げ、ネギは荒れた息を整えていた。

 そして、その場にへたり込む。フェルトキアと対峙したときと同じぐらいの殺気と覚悟をしていたのだから、仕方が無いといえば仕方が無い。

 しかし、問題もある。

この壁の所為で、明日菜の援護にいけないのだ。

なら、今は少しでも休むべきだ。そう、ネギは判断し、座り込む。其れはひとえに、明日菜を信頼している、という事もある。

「………カモくん。明日菜さん」

 外で戦う二つの存在を思い出し、ネギは小さく呟いた。

 

 

 

 

『姉御! もう少し距離を取れって!』

「う、うっさいわね! 強いのよ! こいつ!」

 肩にカモを乗せた明日菜は、カモの怒声を耳で直接聞きながら、叫び返していた。

 先ほどから、ルビカンテとの戦いは、防戦一方だった。あろうことか、ハマノツルギで叩いても一発で送還¥o来ず、苦痛を与えるだけ。しかも、今では掠りさえしない。

 何より、ルビカンテの攻撃は、重く、速い。戦闘経験が少ない明日菜では、相手が悪かった。

 しかし、明日菜は眼を逸らそうとしなかった。

胸中に在るのは、今は横たわっている、一人の男の事。

雄一は、ずっと、こういう戦場を、こうやって戦い続けてきたのだ。どんな場所で、どういう風に戦っていたか分からないけど、それでも、逃げたくなかった。

 足が震えるほど、今が怖い。

 泣き出したいほど、体が痛い。

 それでも、明日案は逃げたくなかった。

「私だって!」

 雄一は、一人で戦い続けていると、思い込んでいる。きっと、一人で戦える力があるから、一人で全てを抱え込んでしまうのだ。

でも、其れはギリギリの戦い。いつかは折れてしまうかもしれない、危険な戦いだ。

なら、自分たちが彼を助ければいい。歪なら、叩き直して。傷つくなら、治して。

 そう、思い込んだ瞬間だった。明日菜の脚が、石に躓き、バランスを、崩したのだ。

 そして、ルビカンテのその丸太のように太い腕が、狙い済ましたかのように、明日菜を襲った。

 

 

 

 

 一合、二合、三合―――――。

 刀がぶつかり、火花が散り、薄皮を切り裂いていく。薄暗い視界の中、確かに煌めく銀の刃に自身の影を見るほどの至近距離で、二刀流の斬撃を巧みにかわし、避け、互いに神鳴流の奥義を放つ。

「雷鳴剣!」

「ざ〜ん、く〜う、け〜ん♪」

 月詠の間の抜けた声と違い、鋭いその一撃は、刹那の電気を纏った剣による斬撃を、吹き飛ばす。相殺によって生まれた斬撃は、『隠遁者バアル』が弾き返していた。

 『アーティファクト』をもって、ようやく互角。それが、腹正しい。

 剣術に、それほど差が在るわけでは、無い。むしろ、純粋な剣術なら、刹那のほうが上だ。

 しかし、刹那は人を斬ったことが、ない。傷つけはするものの、致命傷を負わせたことはなかった。

 其れが、最後の一線と呼ばれる物。それを踏み越えた者と、そうでない者の差は、広い。

 そして何より、徐々に姿を消していく『隠遁者バアル』の存在も懸念の中にあった。

 ぬくもりが消えていくのが、雄一の命が消えていくようで、怖かった。その恐れは、隙を生み、迷いを生み、そして、動きを止めていく。

 そして、その時がきた。

 不意に、身体から重さが、完全に消え去った。身体に纏っていたはずの『隠遁者バアル』が、カードに戻り、地面に落ちていく。

 一瞬の世界で、ただ其れを見ていた刹那。

其れを驚きの目で見開いた刹那へ―――――――――

 

「極〜大〜ら〜いめ〜い、け〜ん」

 

 『氣』で生み出された膨大な雷が、落とされた。

 

 

 

 茶々丸、チャチャゼロ、エヴァンジェリン三人とフェルトキアの戦いは、互角の戦いを繰り広げていた。

 ガラスの能面と化した顔に、水晶のような躯。どこまでも真っ白な翼に、もはや何かの儀式にしか使われないような鎧は、荘厳な雰囲気さえ、窺えた。

完全な『天使』の姿。そして、片手で振るう大鎌は圧倒的な攻撃範囲を誇り、さらにはエヴァンジェリンよりも早く飛翔し、時折生み出す『焔の矢』が、三人を襲う。

 遠距離、中距離からの攻撃に、対応したのはチャチャゼロだった。

 チャチャゼロは、手にある『レライエの首切り包丁』をしっかりと握り、弾丸のように空中を飛び跳ね、猛攻を掻い潜る。

何度もフェルトキアの懐にもぐりこみ、斬りかかるが、具現化も乏しいこれでは、先ほどから具現化も途切れ途切れのそれでは、斬れ味も悪い。

「―――ちッ! 氷爆(ニウィス・カースス)!」

 エヴァの高速詠唱により、突如現れた氷の塊が、フェルトキアに襲い掛かる。

それを見て、フェルトキアは事も無げに『焔の矢』を創りだし、撃ち落す。その氷の固まりも、大きさや威力がどんどん下がっていくのを、エヴァは感じていた。

 身体の中の『封印』の力が、衰えているのだ。常に放出し続ける『封印』を『封印』している以上、雄一からの補給がない現状では、磨耗するのも当たり前だった。

 小さな舌打ちの後、最後の雄一の血≠フカプセルを、口に放り込む。身体に『魔力』が戻った瞬間だった。

 フェルトキアの両腕が大きく開かれ、次に現れたのは、矢の壁だった。その数は、未だかつて見たことのない、膨大な数だった。

 空を覆い尽くす、焔の矢。もはやねずみ一匹も通さないその霹靂は、静かに動き出した。

「降り注げ。煉獄の焔」

 焔の矢が、音もなく降り注ぐ。

 反転したエヴァは、自身で氷の壁を作り、相殺する。氷壁に突き刺さった矢が、それぞれ溶かし、砕いていくが、幸いにもエヴァへ通る矢はなさそうだ。

『レカイエの首切り包丁』で弾こうとしたチャチャゼロだったが、次の瞬間、とうとう其れが、消えた。

矢自体は、一瞬早く前に躍り出た茶々丸が、両手に装備した剣で弾き、事なきを得るが、それが悪手だと、エヴァは悟った。

 先頭の場所から少しはなれた場所で、迫り来る焔の矢を、ただその双眸に映している、宮崎 のどか。自分の周りに浮いていた本が、『仮契約』カードに戻り、其れを胸に抱いている格好で、見上げている。

 

彼女を、忘れていた。茶々丸も自身も間に合わない、その絶望的なタイミングでも、叫ばずに入られなかった。

「逃げろッ! 宮崎 のどか!」

 次の瞬間、盛大な爆音と極炎を巻き起こし、地面が爆ぜた。

 

 

 

 

「お、多いアルね」

 身体がボロボロになったクーフェイの言葉に、真名が呆れたようにため息を吐く。

 いったい、どれほどの相手を撃ち抜いて来たのか、考える気にも慣れない真名は、カートリッジを捨て、新しいものを装填しながら、あたりに視線を向けた。

「………だから、来るなと言っただろ?」

 そういいながらも、クーフェイの言葉に、真名が苦笑したように微笑む。互いに背をあわせ、未だに減らない鬼に向き合っているクーフェイが、ここまでやるとは思わなかったのだ。

 まだまだ壁のように、否、最初よりも増えているその大群から、声が漏れた。

『いやいや、最近の女子は強いなぁ。向こうのねぇちゃんなんか、怖くて近づけねぇよ』

 などと、目の前の鬼たちは、数が減って行くことをまったく意に介していない。ただ純粋に、戦闘を楽しんでいるようだった。

 真名の銃弾も、残り少ない。足元のギターケースの中には入っているが、装填させてくれる隙があるとは、思えなかった。

 クーフェイが再度、飛び出す。素手で鬼と遣り合っているその存在を見て、真名は苦笑した。それに呼応するように、戦場は再度、動き出す。

 その時だった。襲い掛かってきた鬼へ、右手のベレッタを向け、引き金を引いたときだった。

ガジャ、という音が鳴り響く。その聞きなれない、最悪な音を聞いて、真名は思わず、自身の銃を、見た。

 排莢口に空薬莢が挟まり、スライドが出来なくなったのだ。其れを見て、真名が息を呑む。

(ジャム!? しまっ!?)

 それを見逃す鬼達ではなかった。弾幕が消えたのを察した鬼の一匹が、真名に襲い掛かる。

『貰った!』

 振り返った、真名の視線の先に、自分よりも体格の良い鬼の、迫り来る体躯。

 そして目前へ、棍棒が、迫っていた。

 

 

 

 そう、其れは、ほぼ同時に起き。

 

 そして、その声は、同時に響いた。

 

『生命活動へ重大な危険を察知。強制『武装』』

 

 機械音声で其れが響いたのだ。

 

 

 

 襲い掛かってきた鬼の棍棒が、目の前で停止する。なんだ? と真名が疑問に思うよりも早く、視界が光に染まる。

そして、鬼の一撃を吹き飛ばし、龍宮 真名の体に光が、纏わりついた。

 生暖かく、春の兆しのような温度を持つ其れは、真名の体に張り付き、収束、実体化する。やがて発光をやめた其れは、無機質な輝きをたたえていた。

光が晴れた先にあったのは、姿を変えた、真名の型。

 褐色の肌を覆っていたのは、白のスーツに銀色の装甲が貼り付けられた、鎧。胸のところに薄い装甲が張ってあり、右半身には装甲がついているものの、左側には左腕しか装甲がついていない、肩からは真名の黒肌が覗く、歪な装甲。

 しかし、何より特殊なのは、脚と右腕だった。軽装な上とは違い、ずっしりとした重厚感の在る装甲に、車輪のついたブーツ。其れを覆い隠すような、腰から垂れ下がった布が、存在感を示している。

 右腕には、レウィンと同じ形状の武器が、備え付けられていた。

 そして、真名の右目を覆うゴーグルに、色が燈った。視界に浮かんだ緑色の文字を、読む。

「………『武装・複座』?」

 そうつぶやいた瞬間、悟った。雄一が使っていた、あの『武装』――――それと、同じものだと。そして其れが、あの『お守り』なのだ、と。

 そして、自分の纏っているそれこそが、『武装・複座』だったのだ。

『気ィ抜くなや!』

 次の瞬間、視界に鬼が飛び込んできた。ハッとして飛びのこうとした瞬間、ゴーグルに『緊急回避』という文字が浮かび上がった。

 次の瞬間、凄まじい轟音と共に車輪が回転を始め、推進力を得た真名が、鬼の前から姿を消した。

 ギャギャギャ、車輪がブレーキをかける音と共に、真名はあっという間に距離を取る。バランスの崩れない移動を見て、真名は――――フッと、笑う。

 境内の中の道は、凹凸が激しい。しかし、今の移動では、全然其れを感じなかった。慣性制御か何かは分からないが、銃を扱うものとしては射線がずれないというのは、アドバンテージとして働くだろう。

 次いで、視界に文字が浮かぶ。其れは、彼女の右腕に備え付けられた武器の名称と、その運用方法、攻撃方法だった。

「《グローツ》、か。………いいね、気に入ったよ」

 そういって、弾かれたように右腕を上げ、相手に向ける。射線上に入った鬼、視覚に、青いカーソルが次々と合わせられ、赤に変わった。

 右上に、僅かに表示される其れを、感覚を頼りに、叫んだ。

「タイプA! ファイア!!」

 引き金を引いた次の瞬間、そのカーソル分だけ、銃口から光が発せられた。光条は相手に突き刺さると、一瞬間を置き―――爆発、四散した。

 自動追尾機能付きレーザー。グローツがもつ幾つかの攻撃方法の一つ。

 レーザーに自動追尾をつけているのではなく、自動追尾した対象物にレーザーを打ち込む其れは、的確に、タイムラグもなく、相手に突き刺さった。

 その効果を眼で見ながら、真名は鬼の大群から距離を取る。クーフェイが視界に移る射角内にいないことを確認すると、脚を広げた。

 その瞬間、脚の横についていたパッチが開き、パイルが地面に固定される。グローツの銃身、身体のほうから薄いベールのような布が飛び出し、身体を覆う。

「タイプB・・・・ファイア!」

 次の瞬間、視界を覆ったのは、真っ白な光だった。

 物凄い衝撃を伴う其れは、薄いベールにさえぎられ、熱も衝撃も軽い振動に変わっていた。

爆音、悲鳴、怒声。

光が晴れた先には、先十メートルまで伸びた地面をえぐる軌跡と、黒煙だけが残っていた。

 ひらひらと、体にまとわり付いていたベールが、解ける。剥がれ落ちた其れは、恐らく廃熱と粉塵、耐熱対策なのだろう、若干砲身が熱を持っているだけで、真名自身には何の損害もない。

『な、なんやありゃ!? 卑怯すぎるやろ!?』

 鬼たちの間から、悲鳴が上がる。ぎゃぎゃあと騒ぎ始める鬼達を背に、真名もほんの数瞬、放心していた。

 グローツから顔を離しながら、真名は冷や汗を掻く。雄一は、自分のことを考えてこれを渡したのだろうが―――危険すぎる。

「………やれやれ。過保護だ、とでも思っておくかな」

 そう小さく笑いながらも、すぐに表情を戒める。力を手に入れたのであれば、今すぐに目の前の鬼達を片付けなければならない。

真名は、すぐに疾走を始めた。視界には、未だに膨れ上がる鬼の大群。

 だが、この身を包み込むのは、あの人が授けてくれた、戦う力。今は傷つき、倒れているその顔を、一刻も早く見たい。

 負ける気が、しなかった。

 

「………なんか、真名がすごい事になったアル」

 少し離れた場所で、クーフェイが冷や汗を流していたのは、秘密だ。

 

 

 

 

 

 灼熱の火炎の中。いつまで経っても訪れない痛みに、思わずつぶっていた眼を、開いてしまった。

のどかの視界に映ったのは、真っ白な光だった。

その周辺は、眩いほどの赤い火が燃え盛っている。でも其れは真っ白な光が、さえぎっており、ほんの僅かな焔ですら、通すことはなかった。

 雄一から貰った、指輪が赤く輝き、光が伸びていく。白い光がのどかの身体を護るように放物線を描き、焔を遮っていたのだ。

 そして、その光が、焔ごとのどかの身体に巻きついてきた。熱の一欠けらも感じない其れは、柔らかな触感へと代わっていった。

其れと同時に視界に光があふれ、四散した。

 爆炎を吹き飛ばし、現れたのは、炎よりも紅い布を身体に巻きつけた、のどか。

 胸と肩に存在するのは、薄い装甲。しかし、レウィンのように両耳を覆うようなイヤーカバーと、両肩の装甲は、彼女そのものだった。

 違うのは、絶えずのどかの周りを回る、八枚の鏡。其れは、のどかの考えたとおりに動くそれは、まるで彼女を護るように、ゆっくりと回りを回っていた。

 そして、ロングコートのような紅い服に、黒のタイトスカート。

其れを見て、のどかは戸惑った。自身の変身に戸惑っていたものの、指輪が光っていた事を思い出す。

 しかし、確認するよりも早く、焔の矢が再度、撃ち降ろされた。それに視線を向けた瞬間、身体の周りに浮いていた八枚の鏡が集まり、焔を飲み込み、反射させた。

 放たれたときよりも若干強い速さと威力を持って、弾き出される。

 自身に打ち返された焔の矢を、フェルトキアは小さく舌打ちをしながら、回避した。

距離を取ったところで、茶々丸が距離を詰められないように、前に出る。チャチャゼロに邪魔され、フェルトキアは一動作でのどかを狙う事は、難しくなっていた。

 その光景は、あのエヴァすら、驚いていた。本人であるのどかを、呆然と見ていたが、すぐに思考を切り替えると、フェルトキアへ注意を向けた。

 一方ののどかは、当然ながら戸惑っていた。

「もしかして、これ………雄一先生、が?」

 左手の薬指に填められていた指輪は、服の一部として輝いていた。光り輝く指輪を抱きかかえ、色彩の少なくなったカードを、胸に抱く。

「雄一、せんせぇ………ッ」

 今は傷つき、倒れている人を思い出し、胸がきつくなる。

 カードは、雄一の死を意味し、指輪は、彼の心を意味していた。自分が護りきれないと知っているからこそ、これを、自分に与えてくれたのだと。

 そして、のどかは顔を挙げた。与えてくれたこの鎧――バイザーに映る『武装・來鋼(らいこう)』を身に纏い、立ち上がる。

 そして、フェルトキアへ、力強い視線を向けた。

「………私は、護りたいんです!」

 涙を振り絞って漏れた声に、僅かに、ほんのかすかに、カードがぽうっと、光を齎した。

「ち!」

 その僅かな光が、フェルトキアにとって、最大の隙を作らせてしまった。かすかに感じた、彼の天敵の気配に、思わず意識を向けてしまったのだった。

 小さく舌打ちしたフェルトキアが、意識を戻すまでの間―――其れが、致命的だった。

 

「隙を見せましたね」

 

 響いたのは、茶々丸の声。いつの間にか取りだした銃を、フェルトキアの方向に向けている。其れは対物ライフルのように重々しく、特殊な装飾が施されていた。 

 フェルトキアの攻撃が酷く、換装が出来なかったのだ。そして何より隙が少なく、銃弾など打ち出す隙などなかった。

 それが、この僅かな隙で、全て終わらす事が出来たのだ。

「結界弾、セットアップ。発射します」

 射出した瞬間、フェルトキアの身体を包み込むように、光が奔った。球状に形成された結界を睨みつけ、エヴァが叫ぶ。

「―――私にこれを使わせたんだ、誇っていいぞ? 『天使』!」

 何時の間にか距離を詰めたエヴァが、自身の細い腕をバッと振り上げ、叫んだ。

「リク・ラクラ・ラック・ライラック! 契約に従い(ト・シュンボライオン) 我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)! (クリュスタリネー・バシレイア)!」

 漏れ出す『魔力』の余波で、ピシピシと、凍りつく大気。それと同時に、凄まじい寒気が、フェルトキアを包んだ。

瞬時に展開された絶対零度の氷が、結界ごとフェルトキアを包み込む。

 負けじと、焔を巻き起こすが、其れは、氷を溶かすどころか、結界を破る事すら不可能だった。

「来たれ(エピゲネートー) とこしえのやみ(タイオーニオン・エレポス) えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)!」

 さらに分厚くなっていく氷の壁が結界を打ち破り、フェルトキアを覆っていく。それに身動きが取れなくなっていったフェルトキアは、自身の最後の焔を、生み出す。

 エヴァと茶々丸に向けられ、撃ち出された焔の矢は、突如現れた鏡によって、弾かれた。

 小さく舌打ちして、視線を落としたフェルトキアの先には、力強い顔で見上げているのどかが、映った。

フェルトキアの双眸が、怒りに歪む。しかしその怒りの顔すら、白い氷の結晶に、包み込まれた。

「全ての命ある者に等しき死を(パーサイス・ゾーアイス・トン・イソン・タナトン)! 祖は、安らぎ也(ホス・アタラクシア)!」

 ベキベキベキと、フェルトキアを包み込む氷にヒビが入り、身体に光が奔り――――

 そしてエヴァが、小さく指を鳴らす。

 

「おわるせかい=iコズミケー・カタストロフェー)!」

 

 パキャアアァァァン、という甲高い音と共に、フェルトキアが、砕けた。

 

 

 

 地面に落ちてきたフェルトキアの頭部へ、エヴァ達が歩み寄った。氷が取れ、僅かに残った顔をゆがめながらも、すでに戦う身体も力も残っていないフェルトキアは、小さく、皮肉めいたように微笑む。

「――――貴様らは、なにをしているのか、分かっちゃいないんだな」

「フン。知るか」

 そういい、エヴァは腕を組む。そのエヴァを見上げ、フェルトキアは今はじめて気が付いたように、口を開いた。

「真祖≠ゥ。………まぁ、いい。どうせ、お前たちじゃあ、アイツをどうする事もできやしない。絶望から助け出すことも、背負う事もな」

 

 皮肉めいた、嘲笑うかのようなフェルトキアの言葉に、エヴァの双眸が鋭く尖った。フェルトキアの嘲笑う声に、チャチャゼロが、口を開く。

「ソンナコト、ドウダッテイイ」

「チャチャゼロ」

 自身の『従者』から出た声に、エヴァが驚きの声を上げる。其れを気にした様子もなく、チャチャゼロは、フェルトキアを見下しながら。告げた。

「御前ヲ見テイルト、イライラスル。サッサトクタバレ」

「………へ、人形ちゃん。あばよ」

 そうして、フェルトキアは光の粒子と化し、消えていった。

「………くッ!」

「マスター!」

 フェルトキアが消えると同時に、足を突いたエヴァへ、茶々丸が慌てて駆け寄る。

『魔力』は余裕で残っているのだが、『封印』が削れ、『登校地獄』の効果が漏れ出したようだった。どうやら、エヴァが戦うのは、もう限界らしい。

 フェルトキアを倒して、ようやく調子が戻ったのか、チャチャゼロが頭を揺らした。

「ケケケ。情ケネェナ、御主人」

「煩い、この不忠人形め。・・・・ちッ! 封印の封印が弱まっている・・・。これまでか」

 自身の『魔力』を使ったため、もともと相容れない存在である『フォトン』が削れたのだ。いつもならそこに触れないように運用するのだが、相手が先頭慣れしているだけ在り、強く、その余裕もなかったのだ。

 雄一の血≠ェ削がれていくのが、エヴァには気に入らない。どうしてこう、自分の周りの人間は、死に近いのだ。

 そして、見上げる。

視線の先にいる、紅い鎧に身を包んだ宮崎 のどかを見上げると、口を開く。

「宮崎 のどか。………先に行け。今の御前なら、少しは役に立つ。チャチャゼロ! ついていってやれ」

 エヴァの言葉に、チャチャゼロは軽くうなずき、のどかの周りに浮いている鏡に載る。

「行コウゼ?」

「………はい!」

 そうして二人は、森の中を駆けていった。 

 

 

 

 

 

 それは、突然の事だった。

 まるで暴風のように、全てを包み込んだのは、碧色の壁。其れは、月詠の放った雷の一撃を、事も無げに吹き飛ばしたのだった。そしてそのまま、月詠をも弾き飛ばす。

 そしてそれは、刹那の体に巻きついた。徐々に落ち着き、無機質な色を持ったのは、一瞬後だった。

次の瞬間現れたのは、碧の水晶のような、装甲。

 流曲線を描く装甲は後ろに伸び、背中につながっている。背中はまるで、翼の付け根を表すように伸びていたが、今は、光の粒子だけが漏れていた。

 そして、自身を護るように伸びていく、布。腰と前掛け、後ろをぐるっと護る、軽装の『武装・風劉』―――其れが、右肩の装甲に刻まれていたのだ。

 そして湧き上がる力。『氣』が効率よく体内を駆け巡り、増大していった。

「これ、もしかして………」

 そう、それはかつて、楓が見せてくれた写真の中に写る雄一と同じもので。

 

 そして其れは、『力』だった。

 

 驚きに、眼を見開く月詠へ、刹那は一気に間合いを詰める。いつもよりも速く、体が動いた。

 余りの加速に、月詠も反応し、反射的に斬撃を繰り出すが、其れを潜るようにかわした刹那は、《夕凪》を構える。

そして増大され、収束された『氣』を込められた《夕凪》を、振るった。

「斬・岩・剣!」

 

 強大な『氣』が篭った一撃が、相手の立つ地面ごと、吹き飛ばした。『氣』の奔流は、其れだけには止まらず、そのまま天高く噴出し、月詠ごと、湖の向こう側へ吹き飛ばす。

 爆裂音の後、残ったのは、抉れたような、巨大な、爪跡だけだった。其れを見て、刹那は、自分の手を見た後、冷や汗をかいた。

「か、加減が、難しいですね………」

 余り負担もなく、更に動かしやすくなった

 指向性を持たない『フォトン』とは違い、指向性をもつ『氣』は、こと戦闘に関しては上だろう。まるで、『氣』のめぐりが身体の表面を覆っている、そんな感覚だった。

 そして刹那は、月詠のほうをちらりと見た後、駆け出す。

 

 向かうのは、祭壇だった。

 

 

 

 明日菜は、その声に驚いた瞬間、自分の胸元が青く発光していることに気づいた。そして其れは、ルビカンテの一撃を光で防いでいたのだった。

 青白い光は、そのままルビカンテを、大きく吹き飛ばす。弾かれたルビカンテは、警戒するように、距離を取った。

 そして、その光が今度は、明日菜を覆い尽くす。その光が収束し、実体を持ったとき、そこに存在しているのは、白いスーツに身を包んだ明日菜の姿だった。

幾何学的な白いラインの入った、身体のラインを映し出す胸から肩にかけての蒼い装甲に、黒のバイザー、そしてその左腕には手のひらを覆い尽くすような装甲。

 太腿を覆い隠すように膨らんだズボンを収束させ、細い装甲に包んだ脚。それらは全て、行動を阻害しないように設定され、さらに軽い。

 そして、其れは、色は違えど、かつて見た、あのヒーロー≠フ姿と同じだった。

「こ、これって………」

 そして、思い至る。彼が渡してくれた『お守り』の存在を。

其れを示すように、明日菜の胸元には、あのガラスのような結晶で創られた、菱形の細かい彫刻の彫られた、ネックレスが、填められていた。

 

 そして、知った。

 

あのヒーロー≠ヘ、雄一であり、雄一は、文字通りずっと、護ってきてくれたのだ、と。

 今だけじゃない。あの、図書館島でだって、あの『怪物』から、自分自身の正体を隠し、出会ったときに知らない振りをするぐらい、普通に、当たり前のように、人知れず。

 雄一は、褒めてもらおうなどと、思っていなかった。知られて感謝されようなんて、思ってもいないのだ。

 何故なら、自分は其れを知らなかったし、彼は誇らなかったから。

 ただ、『人間』を護りたくて、戦っていたのだ。

 馬鹿みたいに傷だらけになって。傷ついて、訝しげに思われても、気にせず。

 ―――――身体が、嘘のように軽い。襲い掛かってきたルビカンテを見据え、明日菜は奥歯をかみ締める。全身に漲る力を振り絞り、叫んだ。

「ふざけんじゃないわよ!!!!」

 其れは、雄一に対する怒りを込められて振るわれた、拳。其れは、今まで岩のように不動だったルビカンテを、思いっきり吹き飛ばした。

巨大な身体が浮き、慣性の法則を無視し、吹き飛ぶ。

 ドシン、と地面に倒れるルビカンテ。しかし、明日菜はそれに驚きもせず、ただ、震えていた。

 怒りにも似た、感情に。

 誰に言われなくたって、雄一は護ってくれていた。それを言わないのは、雄一の性格だし、仕方ないだろう。

 でも、だから、だからこそ! 気に入らない!

(誰がなんと言おうが、アタシは、雄一の親友!)

雄一自体が違うといおうが、関係なかった。それはもう、決めたことだから。

 

 ただ―――――ただ、悲しかった。

 

「………決めた!」

 明日菜は、決めた。雄一が今、生きていようがいまいが、関係ない。

 出会ったら、一発、殴り飛ばす。

 そう決心し、明日菜はルビカンテに向き直った。圧倒的な膂力を持って自分を蹂躙してきた相手も、いまや恐怖ではなく、明日菜の怒りを増幅するだけの存在だった。

「どきなさいよ! 馬鹿!」

 握りなおしたハマノツルギで一閃――――ルビカンテが、鏡のように砕け散り、吹き飛んだ。

 

 

 

 

 レウィンは、龍宮 真名を遠めで見て、瞬時に状況を把握した。

 彼女が着ているのは、『武装・複座』。以前の仲間であり、雄一の従姉である京子が着ていた、遠距離戦用の『武装』。

 そして同時に現れた、三つの反応。

「なるほど。マスターが凛香達の『武装』を配っていたのは、そういうことか」

 龍宮 真名―――実は、他の皆もだが――――の『武装』は、雄一から直接『フォトン』を搾取するように設定されていた。無論、それらは自身の『フォトン』を使いきってから、だ。

刹那は、その上に自身の『氣』が加わった所為で、今のレウィンと同じぐらいの強さを誇るようになっていた。否、地盤がしっかりしているだけあり、レウィンよりも強いかもしれない。

 ふと、レウィンは微笑む。自身のマスターを誇らしげに、笑う。

 相変わらず、だった。どのような状況に陥っても、誰もかも助けようとするその気構え。さすが、自分のマスターだと、思っていた。

そして、レウィンの頭に、青筋が浮かぶ。分かってしまったのだ。

相変わらず、人の心配を知らないのだ、と。

 彼女の思考回路に浮かぶのは、数々の、雄一の凶行。自身を省みず、他の存在のために、戦い続ける、愚かなまでに率直な存在。

「ええそうだとも。マスターは何時も何時も何時も何時も私の想像以上のことをしてくれる。気に入らん気に入らん気に入らん」

 眼前の全てが、気に入らん。

 ぶちっと、唐突もなくレウィンの頭から、異音が鳴り響いた。それは、人間にとって堪忍袋の緒と呼ばれるものであり、レウィンにとっては思考回路の1つだった。とはいえ、レウィンの思考回路には幾つものバイパスと予備回路があり、今回は何故か予備回路だったので、問題はなかった。

ただ、先ほどから好き放題言ってくれる鬼どもも、気に入らなかった。

 全部、吹き飛んでしまえ。

「極・蓮華」

 短絡的に、そして瞬時に達した答えに、レウィンの躯は、素直に応じてくれた。

 次の瞬間、レウィンの腹が、スライドする。その腹の奥から、弾頭が迫り出し―――次の瞬間、真上に向かって解き放たれた。

 いぶかしげに見上げる鬼達、其れを見ながらレウィンは、小さく告げた。

「爆ぜろ」

 刹那、ミサイルの弾頭がいくつにも分かれ、光が、溢れた。

 光球。膨大なエネルギーと共にその光球は肥大化し、鬼達を飲み込む。そのまま地面に突き刺さり、徐々にしぼみ始め―――――最後には、消えた。

 光子魚雷。簡単に言えば、超局所的対消滅#囃e。ミサイルの着弾時点から内側に集束していく光が、全てを飲み込んで行くのだ。

 対消滅で消え去った鬼を無視し、レウィンは駆け出す。残ったのは、あの真名とクーフェイに任せればいい。

 レウィンは、駆け出した。

自身の最大の天敵、『アカツキ』の元へ。

 

 

 

 

結界があけ、見上げたネギは―――言葉を無くした。

 

 目の前に立つのは、巨大な体躯を持つ、巨人。頭部が龍の形をもち、今では巨大な山にも見える。金色に輝くその身体は、わずかに帯電しているのか、光を放っていた。

 巨大な、竜頭の鎧。隙間のそれぞれは筋肉で盛り上がり、脈動していた。

 しかし、まったく動かない。その双眸は、未だに光をなくしていた。

「ネギ!? 大丈夫だった!?」

 その時、明日菜の声が聞こえ、ネギが反応した。慌てた様子で振り返ったネギは、視線の先で更に混乱することになった。

「あ、明日菜さ――って、なんですか!? その格好!?」

 つい先ほど別れたはずの明日菜が着ているのは、蒼と白の鎧だった。頭の上のバイザーを押しのけながら、明日菜は不機嫌そうに口を開く。

「雄一のくれた奴よ。ったく、あの馬鹿、ずっと黙ってたなんて………!」

 不機嫌そうに文句を言う明日菜を見ていたネギは、目を輝かせた。『変身』セットのような『武装』を見て、欲しくなったのかも知れない。

 そのころになり、全員が終結し始めていた。最初に来たのはレウィン、ついで『武装』した刹那とのどか、チャチャゼロだ。

 その姿を見て、明日菜がジト眼で口を開く。

「………本屋ちゃんの、格好いいよね」

 タイトスカートに、赤を基調にした服のような装備。女性向けの装備、という感覚だった。

「い、いえ、明日菜さんのも格好いいと思いますよ? 私のは、少し、ひらひらしすぎているというか………。刹那さんのは、なんか、翼みたいでかわいいです」

 話題を振られた刹那は、神妙な面持ちで、それでも顔を真っ赤にさせながら、否定した。

「あ、いえ、私は――」

 顔を真っ赤にして話し合う三人へ、レウィンが冷ややかに告げた。

「いまは『武装』評論会をしている場合ではない。問題は、あれだ」

「………ナンカ不機嫌ダナ」

「いいえ、そんなことは絶対にありえない」

 瞬時に切り返すレウィンの身体からは、怒りの焔が見て取れた。それを横目で見ていたチャチャゼロも、静かに頭を振るう。

しかし、すぐにレウィンは真剣な眼差しを竜頭の巨人に向けると、口を開いた。

「あれは、『アカツキ』の中で現在確認されている兵力中、最強の攻撃力と最硬の防御力を誇る、決戦『アカツキ』―――トール≠セ」

「………『アカツキ?』」

 怪訝そうな明日菜の声に、レウィンは視線を向けながらも、きっぱりと首を振った。

「それを説明すると、時間が足りなくなる。問題は、あれが動き出した場合だ」

「………実際、どれほど強いんですか?」

 刹那の言葉に、レウィンは自身の武器《レイ・ソード》を掲げながら、告げた。

「私の光閃(スメラギ)に匹敵するレーザーを際限なく撃てる上、その射撃は正確無比。機動力はなくとも、その巨体と攻撃、さらには再生能力まで兼ね揃えた、まさに最悪の敵だ。私達は、半径二十キロ四方を無人にして、殲滅させてきた」

 レウィンの言葉に、明日菜の顔色が真っ青になった。

「そ、そんな、馬鹿みたいな敵に! 勝てるわけないじゃない!」

 明日菜が叫び声を挙げる。

確かに、とレウィンも思っていた。向こうの世界でも、完全体トールに対抗できるのはS級『ルシフェル』か、良くても完全な雄一のみ、とされていたぐらいだからだ。しかも、雄一は抵抗できただけであり、一人で倒す事は出来なかった。

 しかし、トールにも弱点があった。

「あの龍の頭―――その額にある、あの紅い部分を破壊すれば、トールは自身の身体を構成する素粒子を維持できない」

 トールの正体は、あの身体ではない。本物のトールは、竜頭の額についている紅い宝石―――反物質≠ナ構成された、本体だ。本来なら見ることも出来ない其れは、身体の巨大化により、見えるほど大きくなっていた。

 大きさとしては、バスケットボール大ほど。今では視認できない其れを、どうにかして破壊するしかない。

 問題は、その場所。正確にそこを撃ち抜くためには、レウィンが戦闘しないで行動しなければならない。

しかも、光閃(スメラギ)を避けられたら、熱量の影響でしばらく動けないだろう。それだけの熱量をひねり出さなければ、撃ち抜く事は出来ないはずだ。

 少なくとも、誰か囮にならなければ、無理だ。

「………僕が、やります」

 そういって声を上げたのは、ネギ。空を飛べるのは、ネギだから、当たり前といえば当たり前だが、レウィンは、首を横に振った。

「相次ぐ連戦で、ネギ様の『魔力』も残り少ない。それに、あの近くには木乃香様がいる。………最低でも、二人は」

 そう。まだ、木乃香は敵の手に落ちていた。残っている相手も残りは千草だけとはいえ、油断できないはずだ。

「………あれ? そういえば、カモ君は?」

 ネギの言葉に、明日菜がそういえば、と顔を挙げた瞬間―――彼女の胸元が暴れまわった。突然のことに嬌声と悲鳴を同時にあげた瞬間、少しだけ開いていた脇のところから、白い何かが飛び出してきた。

 それは、カモだった。

『死ぬかと思った死ぬかと思った死ぬかと思った!』

「うっさい!」

 パシン、とカモを地面へはたき倒す。顔を真っ赤にしていた明日菜は、小さく息を吐き、告げた。

「とにかく、動き出す前に突っ込めばいいじゃない」

 いまは、時間も惜しい―――そういった、瞬間だった。

 いままで黙っていた巨人の眼に、光が燈ったのは。

 半ば反応したのは、刹那と明日菜、レウィンとネギ。反応できなかったのどかを明日菜が飛びついて庇い、ネギが杖を構えた。

 次の瞬間、その巨体に似合わず、竜頭がこちらにすばやく顔を向けた。遠めでも分かる、紅い双眸から光が溢れ、口が開く。

次の瞬間、レウィンの双肩が開いた。

 輝く宝玉から光が発し、全員を覆い尽くす。其れを援護するように、のどかの鏡が張り付いた瞬間。

 

 

 

 

―――――――光が、啼いた。

 

 

 

 

 

 其れは、もはや音とは形容できなかった。空気を振るわす音ですら、必殺の武器と化し襲い掛かる。湖の森からネギ達を通り、はるか彼方の山に光が触れた瞬間――――蒸発した。

 圧倒的な破壊。もはや『暴力』としか形容できないその光は、はるか彼方の山を吹き飛ばし、終結した。音が彼方まで貫き、そして反響していく。

 しばらく口を開いた後、トールはその口を閉じる。そしてそのまま、ゆっくりと、立ち上がった。

 まるで、轟音のように鳴り響く山のような巨体。

 抉れた射線上だったが、そこには全員の姿が、確認できた。

 レウィンとのどかの防御で、何とか防ぎきったが、レウィンの宝玉にはヒビが入っていた。過負荷により、身体制御を調えている間、小さく舌打ちすると、レウィンは口を開く。

「くッ………! 威力は桁違い、か!」

 予想よりも強い一撃に、レウィンは意識領域を焦がす。その威力は、彼女の知るトールの一撃ではなかった。

 左右に伸びるのは、黒煙と焦げた土。焦土と化したその一撃は、明日菜達にとって、戦意を刈り取って足るものだった。

「………こ、こんなのって」

 絶望に近い心境の中、それでも不意に、明日菜は考えた。

 雄一達は、こんな化け物と戦っていたのだ。脚を踏みしめ、こちらに近づいてくるトールを見上げ―――――ただ一人、立ち上がった。

 ネギ。自身の杖をしっかりと握り、震える身体を抑え、その双眸をトールに向けている。

 圧倒的な暴力を目の前に、ネギは、それを見据えていた。

 あれが、雄一の戦ってきた存在。雄一がずっと迎え撃ってきた、恐怖。『魔法使い』である自分がこれほど恐怖を感じているのに、一般人の範疇でしかない雄一が、これと戦っていたのだ。

 

 だからこそ、ネギは――――逃げない。

 

 その姿を見て、刹那は思う。自身の大切な幼馴染である木乃香を助けるために、自分が出来る事――――そして、その、覚悟。

 できることなど、とうの昔に分かっていたはずだった。そして、その覚悟は、今、出来た。

「………ネギ先生。そして、皆さん」

 だからこそ―――『全てを隠す剣士』から、決別しなければならない。

「私が、木乃香お嬢様にも隠していた秘密―――でも、貴方たちなら」

 

 そして、光が、広がった。

 光の粒子を撒き散らし、左右に広がったのは、純白よりも白い『翼』。辺りに舞い散る白い羽を背に、刹那の『翼』は、『武装』の背中から、引き伸ばされていた。

 純白の羽を散らしながら、刹那は口を開く。

「………私は、化け物です。でも、でも、信じてください!」

 其れは、人ならざるもの。妖ですら、人間ですらない自分の、本当の姿。

 誰の顔も、見られなかった。その目は、きっと、自分を蔑んでいた人たちの眼と同じで、見る勇気も、出なかった。

 

 しかし――――

 

 次の瞬間、背筋に寒気が走った。ビクッと身体を跳ね上げた刹那は、振り返り―――興味津々で自分の翼を触る、明日菜とのどかの姿があった。彼女たちは、しばらく刹那の翼を触った後、明日菜が進み出て。

 バチン、と、彼女の尻を叩いた。

 ひや、と悲鳴をあげる刹那へ、明日菜がため息を吐き。

「なぁにいってんのよ、こんなのが背中に生えているなんて、格好いいじゃない」

 と、一言で切り捨てた。

「へ?」

思いのほか痛く、少しだけ涙を流しながらも眼を丸くしている刹那へ、明日菜は親指をつきたてながら、告げた。

「木乃香だって、このぐらいで人を嫌いになるはず、ないじゃない! もちろん、私だって!」

 明日菜の言葉に、のどかが頷く事で、続いた。肯定するように、両手を胸に抱いて、叫ぶ。

「そ、そうです! すごく、綺麗だと思います!」

 チャチャゼロは、そののどかの鏡の上で、カラカラと笑った。

「ケケケ、俺ハ、ドウデモイイゼ」

 そして、ネギも叫んだ。

「そうです! あの『天使』より、全然『天使』です!」

 そして、最後にレウィンが、事も無げに告げた。

「言っただろう? 貴方は、誰よりも『人間』だ、と」

 次々と上がる五人の言葉を聞いて、刹那は、また込み上げてくるものを感じた。その涙は、いままでの冷たいものではなく―――暖かい。いまの、胸のように。

 そして、決意は、固まった。ネギの方向を向くと、口を開く。

「行きましょう! ネギ先生!」

「――――はい!」

 力強い声に、刹那は思う。自分は、いい人達に出会えた、と。

 

 

 

 作戦は、こうだ。

 レウィン、明日菜とのどかの二手に分かれ、トールを混乱させる。その間に、刹那が木乃香を救出し、ネギとチャチャゼロがトールの頭部の紅玉を破壊する、というものだ。

 そして、レウィンと明日菜、のどかは二手に分かれる。湖をはさんで、二手に分かれ、トールに向き直った明日菜は、静かにその恐怖と対面した。

「………雄一先生。ずっと、こんな風に戦ってきたんです、ね」

 ふと、漏れたようなのどかの言葉を聞いて、明日菜は肯く。

 彼女たちだって、まだ中学生。普通の中学生でしかない。

 しかし、雄一は、ずっと前からこれと向き合っていたのだ。レウィンの言うとおりなら、たった一人で、これ以上の敵と。

 明日菜は、大きく息を吐く。キッと見上げ、のどかに告げた。

「本屋ちゃん、行こう! 」

「………はい!」

 こうして、作戦は始まった。

 

 

 

 千草は、自身が呼び出した存在に、当初は訝しげな思いを抱いていた。予想していたリョウメンスクナとは違う存在だったし、召喚してから十分ほど経っても動こうとはしなかったからだ。

 しかし、先ほどの光条は、予想を遥かに超えた威力だった。これなら、たとえ世界中の『魔法使い』を敵に廻しても、勝てる気がした。

 しかも、この存在からは、いまだに未熟な感覚がするのだ。

 つまり、まだ強くなるという事。そう考え、背筋がゾッとした。恐怖ではなく、歓喜という感情で。

 その時だった。湖の水を切り裂いて、二つの影が飛来したのは。

 トールが、飛来する二つに向け、反射的に横薙ぎの光条を放つ。瞬時の判断で其れを避けた二つは、二手に分かれ―――一つが、自分の前に躍り出た。

 それは、姿かたちは違うが間違いなく、あの神鳴流の剣士だった。

「天ヶ崎 千草。・・・・・・・・・お嬢様は、返してもらうぞ!」

 次の瞬間、刹那の姿は光に消え―――瞬間、目前に躍り出た。それに驚きの声を上げるよりも早く、木乃香を抱きかかえ、刹那は夕凪で千草を弾く。

 木乃香を抱きかかえ、天空に身を翻した刹那は、木乃香に向かって声をかけた。

「お嬢様、お嬢様!」

 そして、その呼び声に気づき、顔を挙げた木乃香は、弱々しく微笑むとちいさく「せっちゃんや」と、告げた。それに心が熱くなる中、木乃香が、続く。

「せっちゃん、綺麗や。まるで、『天使』の剣士様や」

 木乃香がそう、笑顔で言った、まさにその時だった。

 

 トールの頭部に躍り出たネギが、叫んだのは。

 

「ハァアアッ! 雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!!」

 

 そして、ネギの手から放たれた暴風が、トールの頭部を打ち付けた。

 誰もが、終わったと思っていた。そしてそれは、裏切られる。

 煙が晴れた先にいたのは、無傷の竜頭。至近距離で放ったネギの『雷の暴風』は、トールに傷一つつけなかった。

 驚きに双眸を見開くネギ―――其れに向け、トールが口を開き、光が収束。

 

 

 

 

 閃光が、貫いた。

 

 

 

 

 

<strong>紅い</strong>、閃光が。

 

 

 

 

 暴風を纏い、戦場を横切る紅い閃光は、トールの開いた口に突き刺さり、重い音と共に、トールの頭部が跳ね上がる。トールの口から撃ちだされた光条は、闇夜の空に向かって撃ちだされ、空を染め上げた。

 

 そして、ネギと刹那が、振り返った。

 

 のどかと明日菜が、振り返った。

 

 チャチャゼロとレウィンが、振り返った。

 

 

「闇夜の町に華が咲き――――――」

 

 響く―――響く―――響く。

湖の中心に続く、祭壇への橋の上。

誰よりも強く、誰よりも気高く、誰よりも儚い声が、聞こえないはずなのに、確かに響く。

そして、その姿を、全員が、視≠ス。

 

「鬼の啼く、声がする」

 

 漆黒の布、漆黒のスーツに黒の装甲、そして紅い『フォトン回路』、黒のバイザーで髪を上げた、ガラスの十字槍を肩に、担ぐ存在。

 

「我は汝と共に在らず、だからこそ、汝と共に在り!」

 

 不敵なまでに鋭い眼光、スーツに溶け込む黒髪、そして何物も通さんといわんばかりにそこに仁王立ちするのは―――――

 

「待たせたな! 皆!」

 

 駒沢 雄一。その人の姿だった。



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