正直、俺は【神】が嫌いだ。

 裏切る。それはもう、逆に清々しいほどに。


 そして、自分の言葉には、きちんと責任を持っている。

 なぜなら、俺は司令&隊長だ。俺の何気ない一言が、『ルシフェル』の将来を左右する場合があるからだ。その特性上、女性が多いのだから当たり前である。

 ああ、何故、昨日はそれを忘れていたのだ。

 正直、違う世界に来て気が抜けていたのかもしれない。隊長と人の命と言う重い責任が、外れていたのかもしれない。

―――――赦されるわけがないのに。

 そして、今―――――俺は、自分の無責任に、死にたくなった。

 


「僕、ネギ・スプリングフィールドです! よろしくお願いします! 雄一さん!」

 


 神様、俺に恨みでもあるのか?





 第二話 神様、アンタは俺の敵か?






 朝、仮眠室で起きた雄一は、見慣れない天井をみて、一瞬混乱した。すぐに、異世界に飛んできたのだと、思い出す。

(………宇宙膨張に匹敵する対消滅≠セから、可能性は在る、か)


 起き上がり、隣のシャワールームに向かう。ドロと汗にまみれた身体を熱いお湯で洗い流し、眼を覚ますと、高畑が用意してくれたTシャツとジーパンに着替え、仮眠室に戻る。

 鏡に映る、自分――――ほとんど寝ていないのは、自覚していた。



「………当たり前か」



 向こうでは、戦争が起きているのだ。事故と不可抗力とはいえ、こうして五体満足で平和な世界にいるのだから、責任を感じても仕方ないだろう。向こうでは、自分と同じ年齢の人間が、戦っているのだ。

 叫びたい衝動を抑え、雄一は息を吐く。ここで慌てても、事態は好転しない。むしろ、悪化する。

 なんにしろ、向こうでは死んだことになっているだろう。ここで骨を埋めるかどうかは分からなくとも、突き進むしかないのだ。

 そう考えたら、いつもしている訓練をしたくなった。時計を見上げ、まだ五時だと言うことを知り、しばらく考えた様子を見せ、雄一は頷く。

「走ってくるか」



 あの発言から三十分後、雄一は走っていた。春の日差しは在るものの、やはり若干の寒気が残っている朝露の中を、半眼で。

しかし、人がする訓練のマラソンではなく、肩からバッグがつるされている。そしてその中には、印刷物が大量に入れられていた。
「しかし、速いな。これなら、間に合うんじゃないか?」

 雄一は、一人ではなかった。雄一の真横には、訓練している雄一よりも速いスピードで走っている少女が居た。

 

結構な速さで走っているのは、赤髪をツインテールにした、活発そうな女の子だ。髪の毛を束ねている鈴の髪留めと、白と蒼のジャージが似合っている。特徴的なのは、その髪留めと、オッドアイと呼ばれるその目だろうか。

 

オッドアイとは、左右で目の色が違うものを差す、俗に虹彩異色症といわれるものだ。右目が空色、左目が紺色の、綺麗な色をしている。

 彼女は申し訳無さそうに苦笑すると、片手を挙げて謝った。

「ごめんね! 手伝ってもらって!」

 彼女の名前は、神楽坂 明日菜。中学二年生で、新聞配達のアルバイトをしているらしい。

 その彼女の言葉を聞いて、雄一は頬を引き攣らせた。つい数十分前の事を思い出して、苦笑しつつ、口を開いた。

「………あれを手伝いの申し出と言うなら、俺は何も言うまいよ」

 その顔は、雄一にとっては完全に不機嫌なものだった。

 理由は、二十分前に遡る。


 雄一が走り出すと、改めてその学園の大きさが目に映った。

高畑の話だと、幾つかの街が統合して出来たらしいが、それでも大きすぎる。学園内に電車が通っているのだから、その大きさが分かると思う。

 そして、どこからでも見える大きな木、世界樹=Bそれは、雄一にとって、どこか懐かしいものだった。

不思議な感覚が、する。風に揺らめくその動きは、何かを護っているようにすら見えた。

 それらを感じながら走っていると、声が聞こえてきたのだ。まだ朝早いと言うのに、その大声は、雄一の足を止めるのに十分だった。


「ええええええ―――――ッ!? 先輩が来てない!?

「そうなのよ、明日菜ちゃん」

 其処にいたのが、神楽坂 明日菜だ。

 何でも、同じアルバイトの子が怪我をしたらしく、休んだらしい。その分まで明日菜に頼もうとしたが、彼女だってその量を捌くのは不可能思っているらしい。

そうだと、雄一も思っていた。彼女が着ている上下の服を見れば、おそらく彼女は走って配るはずだ。その二倍の量など、対処できるわけが無い。

 そして、眼が合ったのだ。

 懇願するような、困った眼を釣りあがらせている、そういった眼。恐らく、通りすがりの雄一にただ視線を向けただけだろうが、雄一には―――寒気を感じさせるものだった。

 足を止めていた。なにやら、この子に関わらなければいけないと、宇宙に言われている感じがする。何を言っているか分からないが、そういうものだった。

 そして、明日菜はドスドスと距離を縮めると、雄一に半泣きで怒ると言う謎の表情をしながら、叫んだ。

「ちょっと! 其処の! 手伝って!」

 そうやって、高圧的に切り出してきたのだ。

 



 私、神楽坂 明日菜。渋いオジサンが好みの、何処にでもいる中学生!

 正直、朝は参ったわ。同じバイトの子が休むなんて、思ってもいなかったし。そのせいで量が増えて遅刻するなんて、どうしようもない阿呆じゃない。最近、遅刻が多くて怒られたばっかりなのに!

 だから、あの時は藁にすがる思いだったんだと思う。本当に通りすがりの男子生徒に声をかけたのも、切羽詰まっていたんだと思う。

 彼の名前は、駒沢 雄一。高校生らしいけど、その外見は少しだけ憂いが帯びていて―――悲しげだった。

 だから、かな? 少しだけ、気になったのは。………言っておくけど! 私は高畑先生にしか興味ないからね!


「ナハハー。………ごめん」


私は、頭を掻きながら苦笑する。誤魔化す癖だったが、何となく、彼だったら許してくれると思ってしまったのだ。

 彼は、静かに笑う素振りを見せると、笑顔で答えてくれた。

「………いや、いいって。どうせ、やる事もなかったし」
 そうなのだ。雄一は、呆れた様子で溜め息を吐いたと思うと、私を罵倒するわけでも、逃げるわけでもなく。

『で? どれをやれば良い?』

 と二つ返事をしたのだ。

あの時は、自分でも信じられなかった。それを正直に言ったところ、雄一に「ならやるな!」と突っ込みを受けたけど、でも、仕方ないじゃない。

 新聞は、すでに配り終わっている。私も足が速いほうだけど、雄一は同じぐらい速いのだ。


 さすが、男の子。これには正直、感心した。




「ほれ。コーヒーで良いか?」

「うん、ありがと」

 私と雄一は今、帰り道の坂を登りながら、自販機のあったかいコーヒーを飲んでいた。それほど寒い、というわけではないが、何となくホッとするのだ。

慣れない鞄に肩がこったのか、腕を大きく回しながら、苦笑交じりに口を開く。

「しっかし、ま、大変だな。朝のバイトなんて」

「う〜ん、慣れちゃってるしね。………今は、そうでも無いかな」

 流石に、バイトで学費を溜めている事は、いえなかった。それでも、同世代―――じゃないんだっけ、先輩のはずの雄一に、溜め口で気楽に話せるのは、凄いと思った。

 そういう雰囲気が、雄一にはあるのだ。なんとなく、付き合いやすいかも知れない。

新聞屋に付くと、叔父さんと叔母さんに感謝されていた。雄一は、少しだけ気恥ずかしそうに頬を掻くと、事も無げに首を横に振った。

 そして、雄一は「また」と私に声をかけると、最初に会ったときのスピードで走り出した。

その背中を見て、私はふと、虚無感を覚えたのを、未だに悩んでいた。

 走り出した雄一の背中は、とても大きく――――なぜか、寂しそうだったからだ。







「ははは、元気な女の子だな。ま、良いけどさ」

なんとなく気持ちがいい女の子だったな、と雄一は思い返す。初対面の人間に「手伝え!」といった割には(そのせいか?)面倒見が良く、話してて面白い。

走り終わり、部屋に戻る途中で、高畑が向こうから歩いてきた。雄一が軽く手を挙げて挨拶すると、彼も口にくわえた煙草を外しながら、軽く微笑んだ。

 そして、口を開く。


「お早う。朝から精が出るね」

「習慣ってのは、抜けないらしい。ま、軽くだけど」

 そういいながら微笑む雄一を見て、高畑は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに微笑むと、安心したようにため息を吐いた。

「善かった」

「んあ?」

 予想外の高畑の言葉に、雄一は思わず呆けた声を返した。その雄一を見て、優しく微笑み、高畑は口を開く。

「君は、どこか遠くを見て、寂しげだったからね。笑えるなら、大丈夫だ」

 そういえば、高畑に笑顔を見せたのは―――いや、こっちに来て自然に笑えたのは、先ほどのが初めてかもしれない。自分で自分を追い込んでいたのか、と苦笑しながら、雄一は笑う。

 そして、不敵に答えた。

「ああ、大丈夫だ!」

「………よかった」

 高畑が微笑み、雄一は頬を掻く。こうやって、大人の存在に心配されるのは、彼自身、かなり昔のことだったからだ。

その雄一を見て、高畑は口を開いた。

「ああ、どうせなら、朝ご飯でも食べに行こうか。おごるよ?」
「あ、マジで!? 行こう! 今すぐ行こう! さぁ行こう!」

 二つ返事で返した雄一と共に、高畑は朝開いている飲食店へ足を向けたのだった。

 なお、この日の高畑の財布の中身がなくなったことだけは、追記しておこう。







 さて、突然だが俺こと駒沢 雄一は、自分の言葉にきちんと責任を持つ男だ。だから、自分の言った言葉を反故にするようなことはしないし、発言するときはこれでもか、というまで考えて、発言する。

 高畑と共に、あの宇宙外生命体(?)『ガクエンチョウ』のいるガクエンチョウ室に足を踏み入れると、其処にはガクエンチョウのほかに三人の人間がいた。

宇宙外生命体は、今日もその証明である長い頭をゆすっていた。あの中に何が入っているのか、雄一は結構本気で見てみたかった。

「失礼しま――――って、随分人が―――っていうか、お前、神楽坂か」

「って、雄一に高畑先生!? 何で二人がここにッ!?

 其処には、朝人を巻き込んだ神楽坂 明日菜がいた。ガクエンチョウに突っかかっていたらしく、机から身を乗り出している。

そのほかには、黒髪長髪でどこかのほほんとした女子生徒と、小さな男の子がいる。

 赤髪に整った顔立ち、鼻の上に乗っかる程度の小さな眼鏡と、杖を隠しているであろう、長い棒。その風貌から俗に言う、【こちらの世界】の存在だと言うことには、気づいていた。

 それを一目見て、ガクエンチョウへ告げた。

「なにをした、変形頭蓋骨ジジイ」

「儂は人間じゃ!」

 なにやら訳の分からない事をほざくガクエンチョウを無視し、もう二人のほうへ視線を向けた。

「あ、明日菜が朝ゆうてたんはこの人か〜。ウチ、近衛 木乃香」

「あ、君が神楽坂と同室の。俺、駒沢 雄一。好きに呼んでくれ―――――って、まて。………『近衛』?」

 自己紹介の苗字に、雄一の動きが止まった。静かにガクエンチョウのほうへ視線を向けると、ガクエンチョウは「儂の孫♪」等と地球外の言葉で告げた。

 雄一は、スルーした。

「で、君は?」

「無視か? 無視なのか?」

 ガクエンチョウは不満らしい。そのジジイを視線から外し、もう一人の存在――――赤髪で自分の身長よりも長い杖を持っている男の子に向けられた。

 男の子は、真っ直ぐな視線を雄一に向けると、元気な声で告げた。

「はい! 僕―――」

 彼が名前を言うより速く、明日菜が叫んだ。

「聞いてよ! 雄一! この餓鬼んちょが私のクラスの担任だって言うのよ!? しかも、私の部屋に泊めろって言うのよッ!?

「………マジか?」

 明日菜の言葉に俺が疑問の声を挙げ、木乃香が答える。

「マジえ〜」

 木乃香の気の抜けた声が、同意を示す。しばらく明日菜と視線を交わした後、高畑に視線を向け―――彼の眼がガクエンチョウに向けられている事に気付く。

 はぁ、と溜め息を吐く。その溜め息をつき終わるよりも速く、木乃香が金鎚を差し出してくれたので、それを預かり―――――――――

「何考えとンじゃアアアアアアアアッ!?」

「ぐろっぷッ!?

 力の限り投げた金鎚が、ガクエンチョウの後頭部にのめり込む。肩で息をしている俺の背で、男の子が木乃香の影に隠れて震えていたのは秘密だ。

 俺は怒りを収めることが出来ず、頭から血らしきものをだくだくと流している学園長を引き上げ、引きつった笑いを滲ませながら口を開いた。

「てめぇ、その頭は見せ掛けか? 空っぽか? むしろ妖怪の類だろ? そうだといえ、そうだといえば一撃で葬り去って――――」

 雄一がホルダーからグエディンナを引き抜いた所で、ガクエンチョウが声をあげた。

「ま、まて、話しあえば分かるじゃろッ!」

 かなり青ざめるガクエンチョウを見て、溜め息混じりにそれを戻す。「死ぬかと思ったわい」といいつつ、全くダメージのないガクエンチョウは、雄一に向かって告げた。

「彼が担任をするのは、確かに大変じゃ。だから、御主に副担任を頼もうと思っていたんじゃ」

 などと、昨日とは比べ物にならない爆弾発言をしてくださった。

 うむ、これでも俺は、良識ある人間だ。暴力や殺人などは究極的な最終手段であり、手などはいくらでもあるはずだ。人間の可能性は無限大。

 しかし相手は、宇宙外生命体。そう考え、でた俺の結論は――――。

 

「よし、殺そう」

 

そう言い放ち、さっそく腰の中に納めていたグエディンナを取り出した。これだけでは足りないと思い、物騒なナイフを取り出したところで、悲鳴があがる。

「ま、まてッ!? 雄一君にも昨日言っておいたじゃろうが!?」

 そこで、俺の動きが止まった。

確かに昨日、「新しい担任が来るから、副担任をやってくれ」と言っていた。そして俺は、それを了承した経緯が在る。

それに完全に動きを止めた俺へ、学園長が自信たっぷりに止めを刺す。

「昨日も言ったが、ばれなきゃ良いんじゃ、ばれなきゃ」

 その自信たっぷりの発言が、俺の怒りに火をつけた。ゆらりと幽鬼のように身体を揺らすと、半眼と暗い目で学園長を睨む。

「………つうことは、ばれなきゃ殺して良いって事か? ガクエンチョウ」

 血走る俺を意識的に視界から外し、学園長は男の子に告げた。

「して、ネギ君。彼は【こちらの世界】を知っておる。何かあったら頼ると良い」

「あ、はい!」

 学園長の言葉に、男の子が雄一に視線を向け、笑顔で告げた。

「僕、ネギ・スプリングフィールドです! よろしくお願いします! 雄一さん!」

 ………神様、今から殺しにいってもいいだろうか?


 


 とりあえず気を取り直した雄一は、男の子―――ネギを真っ直ぐ見ると、笑顔で答えた。

「おう。俺こそ、迷惑かけるかもしれないな。よろしく、ネギ先生」

 そういいながら、頭をぐりぐりと撫でてやる。雄一の言葉にようやく安心したのか、ネギが相好を崩して答えた。

「ネギでいいですよ。僕も雄一さん、って言っていますし」

 そういうネギは、雄一にとっては付き合いやすい人間だという事を理解させた。屈託の無いこの笑顔を宇宙外生命体から護る事を使命感として、雄一も答える。

「なら俺も雄一だけで良いさ。ま、一つ頼む」

 共に握手して、これからのことに思いを馳せ―――――――。

「住む所はどうするのよ!」

 明日菜の叫びに、雄一はもう一つの問題点を思い出す。真っ直ぐ学園長のほうを向いて、とんでもない笑顔で、告げた。

「つう訳で、俺の部屋はどうなった?」

「ふむ。ここじゃ」

 そう言って、封筒を差し出してくる学園長。在宅証明書と鍵の入っている封筒には、もう一枚の藁半紙が入っていた。

それを取り、読む。

「何々………女子寮651号室――――って、女子寮
!?

「しかも私たちの隣じゃないッ!?

 明日菜の叫びに、三度ほど驚き――――いままでにない溜め息を吐いた。ゆらりと、幽鬼のように身体を揺らしながら学園長―――否、もはや完全にガクエンチョウの方に向くと、自然と笑いが込み上げてきた。



「あ、ハハ、ハ………ハハハははははあはははあは!」

「ま、待て、話せば――――」




「分かるかああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!?


 ガクエンチョウが、机ごと学園長室の窓から吹飛んだ。

 ちなみに、ネギは高畑にしがみついていながら震え、明日菜と木乃香は呆れたような溜め息と、わかっていなさそうな笑顔でそれを見ていた。

 とにかく、雄一の受難は始まったばかりらしい。

 










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