ここは、どこだ?

 深淵に近い、闇の中。その帳の中で、雄一は立っていた。

 延々と続く、暗闇。自分の周りに、ただ闇だけが、存在していた。

「………ここは?」

 そうつぶやき、雄一は、自分の状況を思い出す。そう、確か―――木乃香と刹那を狙った矢を弾いた瞬間、胸に熱い何かが突き刺さったはずだ。

そして―――――。

「死んだ?」

 死んだんだ。レウィンに水面から引き上げられ、のどかの泣き顔、チャチャゼロの手を感じ、明日菜の手の感触を最後に、意識が途絶えたんだ。

「………中途半端な死に方だな、俺は」

 元の世界で、仲間をおいて。

そして追いかけてきてくれたレウィンや仲良くなった生徒やネギを置いて自分は、死んだのだ。

 情けない。

 死んではいけないはずなのに、倒れては――――。

「―――っ!?」

何かが、頭の奥に響く。失ったことは覚えているし、覚悟していることも覚えている。しかし、それでも何かを、忘れているような――――。

そう考えたときだった。

『いよう、兄弟』

 野太くも、不敵でどこまでも力強い声が、響いた。闇のその中に、確かに存在する存在を見て、雄一は息を呑んだ。

 知っている、この存在。忘れるわけがない、あの存在。

深紅に燃え上がる髪の毛に、紅い双眸。その男は、闇の椅子に座り、ただ静かに雄一を見ていた。

 そして、雄一は、その存在を知っていた。

 そこに座っていたのは、十年以上前、自分に手を差し伸べてきた、黒い影。

「――――――ペト=v

『いよぉ。………元気にしていたか? 兄弟』

 雄一の言葉に、男――――ペトは不敵に微笑んだ。

 

 

 

 

 第十九話 京都旅行三日目! その三 我は汝とともに在らず。

 

 

 

「雄一ッ!?」

 明日菜が扉を開け放った瞬間、そこは、鬱蒼としていた。

ハルナは、珍しく戸惑った表情で涙を見せ、千雨は部屋の隅で、何も言わずに座り込んでいた。失神した夕映はまだ眼を覚ます様子も無く、眠り続けている。

 そこから少し離れた場所に、雄一が横になっていた。

 部屋に入ってきた明日菜達を見て、雄一に寄り添っていた白衣の女性が顔を挙げ、口を開いた。

「停止した心臓ですが、いまはかろうじて動いています。………お静かに」

 白衣の女性は、そう肯くとスッと立ち上がり、その場を去っていく。

 部屋の中心。敷かれた布団には、横になっている、雄一の姿。その顔は安らかで、今すぐにでも眼を覚ましそうだった。

紫色に変色しつつある唇や、血の気が無い顔以外は、ネギが目を覚ましたときに、すぐ飛び込んでくる雄一の寝顔だった。

 チャチャゼロは、雄一の胸元に座り、じっと雄一の顔を見ていた。

「雄一、先生、ぇ………」

 のどかが駆け寄り、雄一の体に触れる。蝋のようにつめたい雄一の肌に触れた瞬間―――――ガクッと、脚が崩れた。

「あ、ああ、うあ、うぅ………ッ」

 驚き、戸惑い、そして、その現実を知った瞬間、漏れ出す嗚咽。

次いでネギも、ゆっくりと雄一の四個に歩み寄ると、手を乗せた。

伝わるのは、かすかに揺れる、震動。体が冷えたのか、または無くなったのか、体温は僅かにも感じられなかった。

「雄兄ぃ………。嘘、だよ、ね?」

 そのネギの言葉に、ハッとしたのどかが顔をあげ、慌てて自身の『仮契約』カードを取り出した。それに続くように、チャチャゼロも自分の服に手を突っ込むと、引っ張り出す。

 のどか、チャチャゼロの『仮契約』カードから「称号」「徳性」「方位」「色調」「星辰性」「アーティファクト」が点滅していた。

薄く点灯するように光り、時折色を持つが、時折、消えいく。まるで心音のように繰り返される絵柄に、のどかの顔が歪んだ。

 息を呑む皆と違い、ネギが声を上げた。

「まだ、大丈夫です! チャチャゼロさんが動いていますから!」

 雄一の顔を見ていたチャチャゼロも、ネギの言葉で顔を挙げる。

自身の小さな手のひらを見て、握った。その動きに、よどみは無い。

「そ、そっか! エヴァちゃんの封印は、雄一が無効化していたんだっけ!」

 今現在、チャチャゼロが動いているのは、エヴァンジェリンの『魔力』があるからだ。その『魔力』を封じていた『登校地獄』を雄一の血≠ェ無力化している。

 つまり、まだ雄一の血≠ェ、有効に動いているということだ。

 ネギの言葉に、明日菜たちへ光が差し込もうとしたが、唯一レウィンだけが、静かに首を横に振った。

「別の存在の体内に『フォトン』があるとしても、そうすぐに消えはしない。それで安心だとは、言い切れない」

 レウィンの、現実的な言葉に、ネギが、絶望の表情を浮かべた。

「ね、ねぇ、ネギ先生………。魔法≠ゥなにかで、治せないの?」

 いつもは騒がしく、重い空気を嫌うハルナも、今回ばかりは静かだった。もとより雄一とは仲が良い生徒の一人なので、気が気ではないのだ。

 静かなハルナの言葉に、ネギが顔を挙げようとし、レウィンが、首を振った。

「他の人間ならともかく、マスターの能力は全身に駆け回る血=B『魔力』である魔法≠使えば、全身で拒否反応を起こすだろう」

 そうだったのだ。雄一の腕を治すときに、ネギは雄一に断られていたので知っていた。

 他の『ルシフェル』も、基本的に『フォトン』は潜在している。しかし、雄一の場合は、常時発動型で、傷の治りが速い上、魔法に抵抗力がある分、その体は、魔法≠受け付けない。

 理由は、『フォトン』が『氣』に近い性質を持っているところにある。『氣』と『魔力』は、互いに交じり合わないエネルギーなのだ。

 静まり返る部屋の中。

それは、唐突に破られた。

「………なぁ、なにが起こってんだよ?」

 破ったのは、千雨。常時一般人を自負する彼女にしてみれば、人外の者に襲われた挙句、自分達の副担任が死に欠けているのだ。

 常人ならば、あまりの展開の速さに、発狂しかねない。其れを必死に押さえていた彼女は、キッと睨むように明日菜達を睨むと、叫んだ。

「この馬鹿は目の前で死に掛けているし! この馬鹿でかい屋敷! あの『天使』! ………いったい、なにが起きてるんだよ………ッ」

 千雨の怒気は、徐々に小さくなり、やがて、それは悲痛なものに変わった。

 分かっているのだ。目の前に起きているものが、事実だと。

 彼女の中の雄一は、いつもネギの助けをしている姿だった。身長が届かない場所は、雄一がネギの代わりに書き、重い荷物も持ち、誰隔てなく笑いかけられ、怒るときは最後まで怒り、相談はちゃんと最後まで付き合う。

まさに、地面に足がついた、きちんとした存在。

 その一方で、傷だらけの体を廻し、あの圧倒的な恐怖に、真っ向から挑む雄一の背中。自分が見たことが無い、あの顔。

その後姿を見て、千雨は、悲しいと思ってしまった。

 彼の背中が遠すぎる気がして―――――――悲しくて。

 千雨は、小さく、告げた。

「誰か、………助けてくれよ………」

 訪れたのは、永遠にも近い沈黙。静まる部屋の中、雄一を良く知る一つの存在であるレウィンは、静かにその場所を去った。

 

 

 

ホテル嵐山では、残り少ない修学旅行を楽しんでいる3‐Aの笑い声が響いていた。

(煩い)

 その声が、今のエヴァンジェリンには、耳障りなものに聞こえて仕方が無かった。さすがに彼女達に罪は無いし、分かっているのだが、それでも苛立つのだ。

 そして、危機的状況に陥った時に、自分を呼ばないあの馬鹿にも、苛立っていた。

 性格上、分かっては、いた。たとえ自分の何倍も強くても、自分が護る立場に居る限り、あの馬鹿は絶対に、エヴァに助けを求めないだろう。

それが酷く癪に、障った。苛立ちを隠す事無く、ロビーで呼び出した人間を待つ。

 エヴァは、チャチャゼロを通して、現状を把握していた。たった今、雄一の心臓が止まりかけ、危険な状況から脱したばかりだ。

まだ安心できる状況ではないと、知っている。自分が其れを、一番感じているのだ。

 自分を封印から護っている血≠フ『フォトン』が、弱まっている。雄一が渡した血≠フカプセルも、もう後一つ――――時間が、無かった。

「………情け無い」

 昨日の失態も、そうだ。たかだか中国娘が羨ましいことをしたぐらいで大局を見誤り、刹那とのどか、それどころか自身の『従者』にまで裏切られたのだ。

 エヴァは今、二人を待っていた。本山に入ったとすれば、敵が何かを仕掛けてくるだろうし、それに耐えられるのは、二人しかいないと、確信していたからだ。

 そして、茶々丸に引き連れられ、連れてきた二人を見て、口を開く。

「遅かったな、龍宮 真名、長瀬 楓」

 エヴァに言われ、褐色の肌をもつ少女―――真名は、肩をすくめた。長身の楓は、軽く頭をさげ、口を開く。

「何のようでござるか? エヴァ殿」

「………」

 呼び出された用件がなんなのか、いまだに把握できていない楓とは違い、真名には何かが起こっていることぐらい、分かっているようだった。

 今、旅館には式神のネギ達が居る。それを見て、大まかなことは想像していた。

 しかし、エヴァの口からもたらされた言葉は、その予想を上回るものだった。

「………駒沢 雄一が、死に掛けている」

 

 

 

 

 

 刹那はただ、そこに立ち尽くしていた。

 京都の町並みが見下ろせる、庭の一角、桜の木の下。そっと桜の木に触れ、額をつけた。

 今、自分が何を考えているのか、分からない。なにを見て、なにをしているのか、それすら、分からなかった。

 すっと、右手で懐から『仮契約』カードを取り出す。まるで、点滅するように絵を変えるカードを見ても、何も、考えられなかった。

 カードを握る右手に輝く、白いブレスレット。いつもは翡翠色に輝く宝石は、今、色をなくしたように、光が鈍い。まるで、託してくれた人の状態を、教えてくれるように。

「なにをしているのだ? 刹那様」

 その時、人影がスッと歩み出てきた。

 出てきたのは、レウィン・イプシロン。人によって作られたその顔立ちは、平時では人間の其れに見えるものの、今の彼女は、どこまでも無機質に思えた。

その無機質な彼女の眼が、自分を捕らえている。それだけで、心が痛い。

宝石のように輝くその眼は、私を、恨んでいるように見えてしまったから。

「………」

 何も、答えられなかった。

 雄一が危険な状況だと聞いてから、いや、この本山に来てから、自分は何も喋れなかった。

 自分を、ただ、責めていた。あの時、過信せずに早く逃げ、木乃香から離れさえしなければ、雄一が、あの焔の矢に貫かれる事も、無かった。いや、そもそも、危険を冒す必要も、無かったのだ。

 私は、いつもそうだ。周りには忌み嫌われ、蔑まれ、友達もろくにできずにいた。

しかし、それでもようやく出来た『仲間』が、大切にしたいと思った人が、歪で、いまだに全てを隠し通している自分の所為で――――。

 死に、かけていた。

 出来ることならば、変わりたい。雄一は、此処で死んでいいような人間ではないのだ。

「――――――マスターは」

 突然、レウィンが、口を開いた。無限の思考に走りかけていた刹那は、ハッとしたように顔を挙げると、レウィンのほうに、向き直る。

 その無機質に思えた横顔が、差す月光に照らされている。その横顔は、誰かが作ったものとは思えない、自然な雰囲気が、佇んでいた。

 レウィンは、刹那を見ようとはせず、口を開いた。

「『ルシフェル』という、覚醒種の中ですら、異種だった」

 『ルシフェル』。

それは、『フォトン』を操る事ができる、雄一達をさす言葉。雄一本人がそういっていた、偏狭の場所にある、戦士の総称だ。

其れを思い出していた刹那を、レウィンは僅かに覗いていた。その視線に気がつくと、刹那は顔をゆがめるが、対照的にレウィンはかすかに笑うと、口を開く。

「自身の内包する『フォトン』自体は、たいしたことは無く、それどころか、一般人よりも少ないぐらいだった」

「え?」

 それは、予想外の言葉だった。驚きに顔を見上げた刹那を見ようともせず、レウィンは続けた。

「………もともと、『練器』という個人特有の武具を出せずに戦える『ルシフェル』など、居なかった。『練器』を出す事が、戦闘への第一条件といわれるぐらいだ」

『練器』――――出すだけで、人の10倍の能力を引き出し、ようやく『フォトン』が操れるようになる、『ルシフェル』たる、器。雄一から聞いた話を思い出しながら、刹那はふと、あの紅い十字槍を思い出していた。

「しかし、マスターは、それを持っていなかった」

 その言葉に、刹那の眼が、見開いた。

「―――え?」

「恐らく、ブラッドクロスを『練器』と捉えていたと思うが、其れは違う。あれはただ、マスターが自身の血≠固形化した、武器だ」

 雄一には本来、『ルシフェル』に成れるほど、力が無かった。『フォトン・ルース』は持っていたものの、操る術を持たず、本当に、一般人でしかなかった。

 しかし、其れは、ほんの僅かな歪みで、変わった。

「自ら望んでなったとはいえ、『ルシフェル』の最下層にも届かない力に、マスターは絶望した」

 自身の才能の「限界」を知り、絶望した彼の、僅かな運命の悪戯で狂った、運命。

「そのマスターが、とったのは」

 狂った運命の中、雄一がとった行動。

それは、レウィンが起動する、十年も昔の話。最初の【襲撃】が起こるのとほぼ同時に起き、そして歪めた、本質。

そしてそれは、雄一の覚悟は無くとも、【世界】の選択だった。

「――――【大世界】の『悪魔』との、契約だった」

 レウィンの言葉を聞いて、刹那は、わけが分からなかった。なにを言ったのかすら分からないほど、突然出たその言葉に――――。

「―――――――え?」

 戸惑った言葉しか、発せなかった。

 フェルトキアやオーエリアからは、『フォトン』を感じない。

それも、そのはずだ。『フォトン』は、存在するものにしか、存在しない。

 では、一番強く存在するものとは?

「その『悪魔』はあらゆる契約の礎――――つまり、血を持って『悪魔』等と契約する術式を編み出した、【大世界】の存在。そして、マスターに分け与えられた、その血≠ヘ、【世界】と、契約した」

 一番強く存在するモノ―――【世界】そのものとの『契約』。それは雄一が望み、選んだ道であり、そして大きく歪めた、原因。

それが、雄一の戦いの始まりだった。

「しかし、汚染が進んだ【世界】がもたらした『フォトン』は、強力だが、最強ではなかった。それをもってしても、マスターの力は、一『ルシフェル』と同程度。すこし、上回るだけだった」

 しかし、それでも雄一は、戦い続けた。最前線、全ての『アカツキ』を前に、あろう事か、『ルシフェル』すら護ろうと、戦い続けたのだ。

「小を切り捨て、大を救わなければいけないときが来たこともあった」

『アカツキ』の大規模な襲来が起き、小さな町を見捨てると、軍上層部が決めた時。

「マスターは誰にも言わず、誰も引き連れず、一人で救援に向かった」

 誰が、選んだわけでもない。自分で選んで。

 たった一人、村人が逃げる時間を少しでも稼ぐために、己自身で。

「………分かるか? マスターは、切り捨てる小を、自分に、してきたのだ」

 切り捨てなければいけない小が必要なら、雄一は、自らを選んだ。助けられない絶望的な状況でも、雄一が向かっても状況が改善されるわけでもないときでも。

雄一は、一人で選んできた。責任を持つ立場と言うことを知っていても、居ても立ってもいられず、そして動いてきた。

 だからこそ、だろうか。軍として形成された『ルシフェル』の多くが、雄一を慕い、集まったのは。そう考えたレウィンは、フッと笑う。

 それと同時に、レウィンの声は、小さくなった。

「私には、分かりかねなかった。マスターの本質が」

その言葉は、レウィン自身が感じた、雄一と言う存在と『人間』という存在の、最も大きくかけ離れた部分だった。

悲しそうな眼差しと思ったと同時に、刹那には、レウィンの瞳が、輝いて見えた。

 辺りを紅く染める夕焼けに、紅い光の粒子を散らすレウィン―――――。

「………たしかに、マスターは、どんな存在よりも歪で、愚かだが、私は、何物よりも――――――『人間』だと思った」

 結局、雄一は誰よりも『人間』らしく、動いてきた。

 そして、とレウィンは刹那を見ると、ふと、笑った気がした。その儚くも羨望の光に、刹那は――――。

「そして、マスターのために、涙を流している貴女様は、誰よりも、『人間』だ」

 ああ―――――そうか。

そうだったのか。

そっと自分の頬に手を当て――――確信した。

 ただ、レウィンが、輝いて見えるわけではない。

自分がただ、泣いていた。かみ締めた下唇が切れるほど力強く、押さえていただけなのだ。

 しかし、それも終には途絶えてしまい、押し寄せるのは、激情だった。怒り、悲しみ、叫び、堰をきったように反流する感情の波に、刹那は、耐え切れそうになかった。

大粒の涙となって、その嗚咽と共に、零れていく、その後悔の念。

 スッと、刹那を包み込む存在が、あった。

 レウィンが両手を広げ、刹那を、その胸の中に抱いていたのだ。自分より、ほんの少しだけ大きな彼女は、ほんの僅かに身体を強く抱くと、小さく搾り出した。

「今、マスターは居ない。だが、マスターは、絶対に帰ってくる。だから今は、私の胸を貸そう。………今はただ、泣いてくれ」

 ギュッと、包み込んでくれたレウィンの服を、刹那は掴む。人間の肌のそれでしかなく思える服に顔を擦りつけ、とうとう、限界が来た。

泣いた。

「あ、あああ、ああ、あ、………うわああぁぁぁぁッ!」

 湧き出る感情を抑える事無く、刹那はただ、泣いた。泣く事を忘れていた自分の体は、しかし、忘れてなど、居なかったのだ。

 ただ、その場所が、なかったのだ。

 レウィンはその刹那を力強く抱きしめ、小さく、告げた。瞬きすらしない双眸を、ただ、刹那の向こう側から覗かせていた。

 レウィンにとって、今、一番辛い事。

「マスターが、還ってこないはず、ないではないか………」

 レウィンはただ、泣けないこの身が、辛かった。

 

 

 

 

 私達は、レウィンさんを追いかけていました。

 本当は、チャチャゼロさんのように近くに居たかったけど、居なくなった刹那さんとレウィンさんのことが気になってしまい、木乃香さんと朝倉さんに後を任せて、着いてきたのです。

 そして、刹那さんと出会っているところを見て、話を聞いて――――――不覚にも、私は、泣いてしまいました。雄一先生の過去の話でしたが、とても辛いものだと、知りました。

 千雨さんは、ずっと下を向いて、黙り込んでいました。ハルナは、ほんの少しだけ元気が出たみたい。

 ネギ先生は、私と同じで、泣いていました。明日菜さんも貰い泣きしていたのか、目が赤いです。

 カードは、今でも不安定―――――でも、すこし、思うんです。

 こうやって、雄一先生を待っている人たちが居る。だからきっと、助かるんだって。

 雄一先生は、ずっと、そうやって生きてきたんだって。

 

 だから、先生。帰ってきて、ください………。

 

 

 

 

 刹那は一通り泣いた後、レウィンからスッと離れる。少しだけ息を吐き、何かを決したように、口を開く。

「………私は、『人間』では―――――『人間』だ」」

 泣き止んだ後、懺悔するように刹那が言った言葉を、レウィンは瞬時に潰した。おそろい多様に見上げた先には、悪戯が成功したような笑みを浮かべるレウィンの顔が、在った。

 その顔を見て、刹那はふと、気がつく。

(もしかして、レウィンさんは――――)

「その通りだ。刹那様」

 今度こそ本当に、刹那は驚く。眼を見開く刹那を見て、レウィンは今度こそ嬉しそうに微笑んだ。それは、本当に人間にしか見えず、そして、優しかった。

それに苦笑しながら、刹那は思う。紅くなった眼も、顔を洗ってきたので、すでに治っていた。

(………レウィンさんこそ、『人間』にしか、見えない)

 目を擦りながら、刹那は顔を挙げる。その顔には、少なくとも、悲観の色は、無かった。

 いまだに、カードの『絵』は、安定していない。しかし、それでも、確かに、私の手には、それが在るのだ。

 しかし、それでも怖くなっていた。あの夜、雄一の言葉を聞いて、そう考えてしまい、確信が、持てないのだ。

「………雄一さんは、どう思う、と思いますか?」

 刹那の言葉に、レウィンはいつもの調子で、しれっと答えた。

「私はマスターではないし、私がどういったところで、未来は変わらない。私は、雄一ではないからな」

 ずるいな、と刹那は思う。どうしてこう、周りの人は、私を先に、自分の足で歩ませようとするのだろうか。

 そう刹那が考えた瞬間だった―――――-

 

 

 

 爆音が、鳴り響いた。

 

 

 

 夕焼けが裏庭を染め上げ、闇が現れだす頃、その音は静寂だった裏庭と屋内を切り裂き、その広大な屋敷全体に響いた。

『なんだなんだなんだ!?』

 カモの叫び声が、響いた瞬間には、全員が身構えていた。

しかし、爆音が鳴り響いているというのに、屋敷の人間は誰も出てこない。いぶかしげに思いながら明日菜はその場を飛び出す。

 辺りを忙しなく見渡す明日菜へ、声がかけられた。

「大丈夫か?」

 振り返ると、すでにレウィンが来ていた。聞かれていた事に気がついたのか、刹那の顔が赤いが、今の状況は、それどころではなかった。

 鳴り響く轟音とは対照的に、静か過ぎる室内。

その時、誰かが、廊下に現れた。其れを見た刹那が、誰よりも早く気がつき、叫んだ。

「長ッ!」

 這い出てきたのは、詠春だった。その体は、徐々に色を失い、パキパキと、音を出して石に変わっていた。それに驚きの声を上げるのどかを置いて、レウィンが駆け寄る。

 レウィンに抱え起こされた詠春は、苦笑交じりに口を開いた。

「………不覚でした。………まさか、こうやすやすと、木乃香を奪われるとは」

「お嬢様が!?」

 声を上げたのは、刹那。慌てて駆け寄る刹那を見て、申し訳なさそうに顔をゆがめる。

「長い平和の中、勘が鈍ったのでしょうね。君には、申し訳が立たない」

「そんなこと、ありません………!」

 石化する体に顔をしかめながらも、詠春はキッと表情を戒め、口を開いた。

「………明日には、援軍が来るはずです。今は、逃げてください。あの、白髪の少年は、格が、違いすぎる」

 そう言葉を残した瞬間、彼の体が、完全に石に変わった。それを見送った後、レウィンは詠春の身体を静かに横たわらせると、立ち上がった。

「………緊急事態」

そうレウィンが呟いた次の瞬間、体に光が燈った。

 現れたのは、銀色の装甲に姿を変えた、レウィン。機械駆動の躯を隠す様子もなく、碧眼の双眸を睨むように開くと、皆に向き直り、告げた。

「木乃香様を助けに行こう」

 力強いレウィンの言葉に、刹那が力強く肯く。

その刹那の肩に、ポンと手が乗った。それに気がつき振り返った先には、明日菜の顔が在り、彼女は力強く微笑むと、ビシッと親指をつきたてた。

「いきましょう。木乃香を助けに!」

 刹那は、思う。自分は、本当にいい仲間と出会えた、と。

 刹那は明日菜の言葉に答えるように頭を縦に振ると、静かに眼を閉じ、懐から、カードを取りだした。

「来たれ(アデアット)」

 小さな、しっかりした声で告げた瞬間、光が燈った。ぶわっと広がった白い光は刹那を包み込むように広がり、そして、実体化した。

 『隠遁者バアル』。姿を消す事ができるという悪魔の名を冠したこれは、刹那の本当の姿を現したかのように白く、薄い。

 それを身に纏いながら、刹那は双眸を戒め、告げた。

「行きましょう!」

「………俺モ行クゼ」

 そういって、廊下の向こう側から歩いてきたのは、チャチャゼロだった。彼女も、両手に『レライエの首切りナイフ』を持っていた。

その彼女達を見て、レウィンは肯いた。ついで、ネギの後ろに居るのどかへ視線を向けると、声を掛けた。

「のどか様。『アシュタロトの宝典』を。代償とやらを知りたい」

 レウィンの言葉に、声を掛けたれたのどかが、弾けたように動き出した。

「あ、はい! 来たれ(アデアット)!」

 握っていたカードが光の粒子に変わり、三冊の本が現れた。その中の一冊である白い本が勝手にのどかの前にふらふらと現れると、ぱらぱらと捲られ、ページが現れた。

 そこに書かれた文字を、のどかがおずおずと、読み出した。

「………『我、神の水を求む』。………神の、水、ですか?」

 のどかの能力を見て、驚きつつも、千雨は叫ぶ。

「そんなもの用意できるわけ無いだろうが!」

 しかし、ネギと刹那、レウィンは互いに思考する様子を見せ、最初に、ネギが口を開いた。

「謎かけ、ですか?」

 ネギの言葉に、レウィンが首を縦に振る。レウィンはすでに、なにを指しているのか分かっているようだ。

「ただの引っ掛けだ。古来、神の水と呼ばれるのは、日本圏内で存在している」

「神の水―――御神酒と呼ばれる、日本酒の事ですね?」

 刹那の言葉に、明日菜が苦笑する。ポリポリと頬をかきながら、口を開いた。

「さすが、悪魔、ってところかしら。素直に聞いても損をするだけ、ってことね」

 本気で神の水を探しに行きそうだった明日菜だったが、わすかに安心したようだ。

しかし、安心は出来ないだろう、とネギは考えていた。最初は簡単なもので、これからどんどん報酬を望んでくるだろう。悪魔の常套手段だ、と思ったのだ。

一行は、さっそく台所に向かう。台所においてあった日本酒を掛けた所、白い本に、文字が浮かび上がった。

レウィンがそれを取り上げ、読む。

「………『有効期間は一日一杯♪ 大変なようだけど、がんばってね♪ 貴女のアシュタロトより♪』………さすが、悪魔。状況を考えないな」

 レウィンの淡々とした口調でも、そこには呆れの色が見て取れた。確かに、『悪魔』から見たら、今の状況など、余興に過ぎないのかもしれない。

 しかし、これは、大事な仲間を助けるための戦い。

明日菜は表情を戒めると、告げた。

「………さ、本屋ちゃん! 今、敵はどこに居るの?」

「はい!」

 そう答え、本を捲り、すぐに顔を挙げた。

「この裏の神社に向かっています! この裏には、古の大鬼神を封印した封印石があるようで、おそらく、それを狙っていると思います!」

 『アシュタロトの宝典』により判明した情報を聞いて、刹那が冷静に答える。

「確かに、この裏にはリョウメンスクナを封印した御封石があります。木乃香お嬢様の『魔力』を使って復活、コントロールするのが、目的ですね」

 リョウメンスクナ。

日本書紀では、飛騨国に現れ、朝廷の敵として暴れまわった、鬼神だ。

前後に顔が二つ付いており、おまけに腕が前後一対の四本、足も前後一対の四本あったとされている。

背丈は1丈・18丈等様様。手には弓矢、剣を持ち、動きは俊敏で怪力。それが出てきたとすれば、今の戦力では、どうしようもない。其れが現れ、しかも自由に操れるとすれば、それは確かに、脅威になりえるだろう。

 相手の目的がはっきりとし、ネギは、自身の杖を握った。杖に撒きついた布を振り払い、千雨に向き直った。

「千雨さん。ハルナさん。………雄兄を、頼みます」

 千雨は、不機嫌そうに顔をゆがめてネギを見て、千雨は告げた。

「戻ってきたら、説明してもらうからな。………記憶を消すなんて、詰まんない事するなよ!」

 不機嫌そうな千雨の言葉に、ハルナは不敵に微笑み、叫んだ。

「いってこぉ〜〜〜〜〜い! ネギ先生♪ 勝ちなさいよ!」

「はい! 必ず!」

 そういって、ネギ達は駆け出した。そのクラスメイトと先生を見送り、千雨は、小さく、笑った。

「………暢気な奴らだ。………でも、いいな」

 いまだにこの状況を受け入れていない自分に比べ、どれほど彼女たちは強いだろうか。

 そう考えながら、千雨は雄一の部屋に、若干歩調を強めながら、戻って行った。

 

 

 

 

 暗闇の中、雄一は口を開いた。

「ペト、か」

 目の前にいるのは、十年前、スイスの研究所に来ていた雄一の目の前に現れ、世界初の対消滅≠ゥら雄一を護った、存在。

 そして、雄一の人生を大きく変えた存在だった。

 紅い髪に、紅眼、そして闇のように蠢く黒布。全容を見たことはないが、それでも自分と同じ背丈を持つ彼は、眼には見えない闇の椅子に腰掛けた様子だった。

 彼は静かに微笑むと、口を開いた。

『兄弟。こうやって話すのは、十年来だな。………俺様との約束≠焉A護ったようだし』

「………約束=H」

 嬉しそうに口を開くペトを見て、雄一は小首をかしげる。

彼と出会った後の事は、もやがかかったように思い出せないのだ。

正確に言うと、名前と姿しか、覚えていないのだ。久し振りに会った、という感覚はあるものの、約束≠フ意味も何もかも、抜け落ちていた。

なにかを、忘れているようだった。

 しかし、ペトは雄一の態度を咎める様子も見せずに、なおも嬉しそうに微笑んだ。

『お前は、大変だったな。天敵である『アカツキ』の『幹部』に、『天使』。あろう事か――――っと、これは言っちゃいけないんだったな。悪い悪い』

 まるで親友と話すように気さくな言葉に、雄一は改めて、眉を潜めた。

 先刻感じたように、ペトと直接話すのは、これで「二度目」。此処まで好意的な相手ではなかったはずだし、なにより、出会えない理由があったはずだ。

其れを問うために、口を開いた。

「………それで、お前は何でここにいるんだ? 確か―――」

 そこで、言葉が途切れる。先のことがわからず、自分がなにを言っていたのか、分からなくなったのだ。

 ペトは、ここにいていい存在ではない。それは知っている。

なのに、なにが言いたかったのか、分からなかったのだ。

(今、俺は何を言おうとしていた?)

 目の前の存在を、知っていても、あまり会ったことのない相手のはずだというのに、何故か既視感を、覚えるのだ。

 何度も何度も助けられ、そして、ずっと隣に居たような、そんな既視感。

 答えが出ない押し問答―――しかしそれは、ペトの言葉によって、理解できた。

 

 

『【大世界】、だろ?』

 

 

 ペトの言葉に、雄一の記憶が突如、蘇る。さぁっと、頭の奥から降り注ぐ記憶の奔流に、動きを止めた。

 全てが、流れ込む。忘れていた、否、消えていたあらゆる記憶が、此処に流れ込んできた。

 周りの風景が乱れ、歪む。雑音のように映像が乱れ、まるで映画のように記憶が、あたりに浮かんだ。

 ペトは立ち上がると、大仰に手を振った。今、この場所、この瞬間を示すように両手を広げ、口を開く。

『あらゆる可能性を示す、その可能性の一つ一つを枝とした。人はそれを、【世界】と呼んび、それは、あらゆる可能性、力、存在、場所があり―――――』

 そして、と小さく区切り、雄一を、まっすぐ見つめた。

 まるで詠うように。

 まるで踊るように。

 まるで語るように。

不敵に笑い、彼が口を開く。

 

『幹を【大世界】と呼ぶ』

 

 そう―――――ペトは、【大世界】の―――――

 

『もう一度我が名を教えよう、我が兄弟! 我が名はペト=I 契約と誓約の魔神なり!』

 

 契約と誓約の魔神、ペト。【大世界】に属し、あらゆる世界で、契約と誓約の仲立ちをする血≠フ魔神であり、『悪魔』。

 そして、文字通り、雄一と血≠分け合った、存在。

『消えゆく世界の中、俺様は、お前にほんの少しの血≠分け与えた。海にマッチの火を投げ入れるようなものだったが、お前は、確かに【世界】を救って見せた! 投げ出した【神】に、誓約して!』

 そう、だった。全てが自分の中に染み渡り――――今、全てを、思い出した。ペトの言葉が呼び水の如く、吹き上がる記憶の奔流。

 そう。雄一達が居た【世界】は、いうなれば、枯れた枝。今まさに、消えゆく存在だった。

 しかし、【世界】は拒否した。滅びたくない、と、【世界】が――雄一を――選択した。

 あの日、ただ『悪魔』の気まぐれで助けられ、血≠分けられ、それでも一般人の範疇にしか存在できない雄一と、正確には、その中に流れる血≠ニ【世界】が、契約した。

 そして、『ルシフェル』にすら匹敵しない、一般人の範疇に居た自分が、生まれた。

それは、歪な、背伸びをしていた存在と成り、戦い続けた。

 ペトは静かに微笑む。その微笑には、素直な喜びと一塩の悲しみ、そして絶望の色も、見て取れる。雄一がいぶかしげに思って居ると、ペトが口を開く。

『だからこそお前は、あの【世界】から生き延びた。………ようやく、ようやく、終わったと思ったんだが、な………』

 そう、言葉を濁した。その理由は、雄一も知っている。

「………あの、『天使』か」

 フェルトキアとオーエリアという、二体の『権天使(プリンシバリティーズ)』――――そして、それは、自分を殺しに来た。

 これが意味することは、二つ。

『【世界】か【神】が………俺達を、消したがっている、という事だ』

 ペトの言葉に、雄一は、自嘲めいた笑みを浮かべた。元の世界から追放され、流れ着いたこの場所ですら、否定され、殺された。

 思う。自分は、【世界】にとっても、【大世界】にとっても―――――――――

 

  いらない、存在なのではないか。

 

 その雄一の心情を読んだかのように、ペトが、口を開いた。

『さぁ、選べ。兄弟。………このまま、死ぬか―――――また、辛い輪廻に陥るか』

 それは、【世界】に対する選択だった。

 

 

 

 

 

 のどかの指示により、追いかけた先には、確かに神社が存在していた。

 闇に沈む広大な境内に、巨大な湖。青々と茂った森に囲まれ、何かを祭るような祭壇が設置された、その岩の上。

 レウィンの目が捕らえたのは、三つの影。あの白髪の少年―――フェイトという少年と、天ヶ崎 千草、そしてその鬼が捕らえる、木乃香の姿。

 ネギとカモ、刹那、明日菜、のどか、チャチャゼロの六人を引き連れたレウィンは、静かに向き直ると、宣言した。

「そこまでだ! 天ヶ崎 千草とその一味、今投降して木乃香様を解放するならよし。さもなければ―――――」

 その瞬間、レウィンの体に光りが燈り、『武装』した。明るく染まった境内に現れた、銀色の戦闘人形は、右腕を巨大な砲台で覆いつくし、光が、燈った。

 そして、何よりも鋭い眼差しで、告げた。

「排除する」

 レウィンの言葉に、後ろに立っていた全員が構える。のどかは戦えないのだが、チャチャゼロが援護するために立っていた。

 刹那の纏う『隠遁者バアル』は、時折消えそうに成るぐらい薄くなったり、色を取り戻したりを繰り返している。その周期は、時折早くなり、遅くなっていた。

(………少しだけ、力を貸してください。雄一さん)

 今は全てを隠している、私に―――――――――――。

 小さな、力を。

 刹那は力強く、叫ぶ。

「天ヶ崎 千草ッ! お嬢様を返していただく!」

 そういって飛び出そうとした瞬間、辺りに光りが宿った。驚いて後退する刹那をかばうように、ネギが飛び出す。

 光り始めていたのは、湖。千草の高笑いが、響き渡った。

「あんたらには、地獄を味わってもらいますえ」

 その言葉と共に、それらは、現れた。

 鬼を初めとし、烏人、甲冑に身を包んだ小鬼など、さまざまな異形の型を持つ妖怪が、光り輝く水面から無限に湧き出てくる。

 その光景、まさに、地獄。絶望の淵で見るであろう、全てを諦める光景。

 それを見て、レウィンは、小さく、告げた。

「馬鹿にしているのか?」

 マスターである雄一が見た地獄など、これよりも酷い。こんなもの、生温いとしか言いようが無かった。そして其れは、レウィンの思考領域に言い様の無い怒りをもたらせた。

 憤怒の色に顔をゆがめ、レウィンは、叫ぶ。

「ネギ様! 刹那様! 木乃香様を! 私は――――こいつらを!」

 次の瞬間、レウィンは《レイ・ソード》を突き出す。彼女の体の節々から光の粒子がこぼれると、収束し―――――

「光閃(スメラギ)」

 収束された光条が撃ちだされ、壁のように存在する鬼が吹き飛ばされた。

 全てをなぎ払う、光の一撃。それで鬼の壁が吹き飛ばされ、道ができた。

 そして、レウィンはのどかを抱きかかえ、跳躍する。そして、鬼の大群と木乃香を連れ去った一味との間に、降り立つ。のどかを降ろし、後ろの三人と合流した。

 なおも増え続ける鬼の大群を見て、レウィンは止まった。それに驚きの表情を浮かべる明日菜を一瞥し、レウィンは身体ごと向き直る。

「先に行ってくれ。………この中で、大量の敵と戦い合えるのは、私だけだ」

 そう。広域戦闘が可能なのは、おそらくレウィンと刹那、そしてネギのみ。しかし、先の戦闘を続けるにあたり、持続的で平均的な力を震えるのは、レウィンのみだ。

 のどかとチャチャゼロへ、告げる。

「三人についていってくれ。チャチャゼロ様、私の代わりに、のどか様をよろしくお願いします」

 レウィンの言葉に、ネギが何か言おうとした瞬間、チャチャゼロが笑って答えた。

「任セロ」

「………よろしくお願いします」

 次の瞬間、湧き上がったのは、鬼たちの鬨の声。

 レウィンはただ一人、銃口に光の刃を輝かせ、戦場へと舞い戻った。

 光り、輝き、閃光。刃の全てを持って、レウィンは鬼たちを切り刻む。時には光条を、時には長い光の刃で、全てを阻む。

 それを遠巻きで見ていたのは、ひときわ大きい鬼と、烏族。

『ほう。最近の人形は速くて強いなぁ。しかし、一人だけじゃあ………』

 その瞬間、烏族の頭部が吹き飛ぶ。一筋の、細い閃光――――――それは、レウィンたちの反対のほうから、放たれた。

「いやぁ〜〜〜〜。真菜の言うとおりアルね! 強そうな人ばかりよ!」

「………やれやれ。クーフェイにつけられているなんて」

 現れたのは、黒い肌を中国服に包んだクーフェイと、ギターケースをその場に置き、鋭い眼光と鈍く輝く銃身を向けている龍宮。

「いくあるよ!」

 そういって、飛び出すクーフェイ彼女は今、雄一が置かれている状況を、知らない。知っているのは、エヴァに教わった真名と、楓のみ。

 

 大切な人の近くに居られなかった、自分。不甲斐なく、気に入らなかった。

「………今日の私は不機嫌でね。悪いけど、手加減は―――――できないよ?」

 二丁拳銃を手に持ち、真名が躍り出た。

 

 

 

 

 

 

 ネギと明日菜、刹那と木乃香、チャチャゼロが走る。鬼は、レウィンが完全に押しとめているのか、追いかけてくる様子も無い。

 刹那とネギ、明日菜が先導して森に挟まれた道を走る。奇妙に静かな空気と、徐々に光りを持ち始める祭壇に、誰もが飲まれそうになっていた。

 その途中、チャチャゼロが足を止めた。ふっと顔を見上げるチャチャゼロへ、全員が足を止め、明日菜がいぶかしげな視線を向けた瞬間、口を開いた。

「………先ニ行ケ。俺ハ、アイツニ用ガアル」

 チャチャゼロの視線の先。

森の上で大鎌を肩にかけている『天使』が、不敵に笑っていた。

 その姿は、白と金に装飾された鎧へと変えていたが、圧倒的なまでの重圧感に、誰もが震え、そして否が応でも、名前を覚えてしまっている。

「フェルト、キア………ッ」

 その瞬間、刹那の体に言い様の無い怒りが、込み上げていた。

 目の前の存在は、木乃香を護った雄一の隙をついて攻撃してきた、敵。怒る権利も、彼のために剣を振るう権利もないかもしれないが、それでも、許せなかった。

今すぐにでも夕凪を引き抜いて、襲いかかろうとした瞬間、声が響く。

「大局を見誤るな、桜咲」

 その声に、誰もが驚く。

 月明かりの下、フェルトキアの反対側にある森に現れたのは、漆黒の翼と碧色の髪を持つ『従者』――――

フェルトキアと同時に現れたのは、エヴァンジェリンと茶々丸だった。

 驚く面々とは違い、チャチャゼロは視線すら向けない。いつもは笑みを浮かべている彼女の顔も、静かにフェルトキアを睨みつけているだけだった。

 その近くに降り立ち、エヴァが口を開く。

「………らしくないな、チャチャゼロ。お前が、取り乱すなんて」

「取リ乱スワケネェダロウガ」

  そっけなく言い放つチャチャゼロを見て、エヴァは咎めもせず、自身も不機嫌な眼差しを向けた。組んでいた腕を解き、殺気の込めた眼差しで、告げた。

「………やるぞ、茶々丸、チャチャゼロ。フェルトキアとやら。私のものに手を出した償い――――貴様の命で償え」

 吹き上がるのは、『魔力』。それを見た瞬間、フェルトキアが嬉しそうに微笑んだ。

「面白い………!」

 こうして、三人と『天使』が、衝突した。

のどかは、それを見ていることしか、出来なかった。介入できるほどの武力も無いし、また、邪魔になるしかないと、分かっているからだ。

彼女の周りに浮いている本は、時折点滅している。

 力が無い自分が、悲しかった。

 

 

 

 

 ネギ達がしばらく走った後、またもや境内に見覚えのある姿があった。それを見た刹那も、足を止める。

彼女たちの目の前に現れたのは、月詠。

夕凪に手を触れながら、刹那は口を開く。

「………そこをどけ、月詠」

 鋭く不機嫌な刹那の声に、月詠は軽くこたえた。

「そうはいかないんです〜。そういう契約なんでぇ」

 そう答える月詠を見て、刹那がネギ達に声をかけた。

「ここは私が。………ネギ先生、明日菜さん。木乃香お嬢様を頼みます」

 恐らく、この中でこの人物をとめられるのは、自分しかいない。確信に近い刹那のその言葉に、ネギは頷き、明日菜が答えた。

「………分かった。気をつけてね」

 そういい、ネギと明日菜がとびだす。月詠が二人に襲いかかろうとした瞬間、刹那が飛び出す。

 弾ける火花。月詠の長刀を弾き、押し出し、刹那は、距離を取った。明日菜とネギは、その間に駆け去っていた。

 ややあって、月詠が口を開く。

「………雄一さんの姿は見えませんが〜、………大丈夫なのですか?」

 月詠は、雄一を気に入っていた。刹那立ちの前でプロポーズまがいの事をしたことを思い出し、刹那は、顔を怒りでゆがめた。

 目の前の存在が、雄一を愁うことが、何故か許せなかったのだ。

「貴様に教えるわけが無いだろうが!」

 次の瞬間、二人の間に火花が散り、二つの神鳴流が、衝突した。

 

 

 

「ったく、次から次へと………こっちはそれどころじゃないのに!」

 アタシは、不機嫌だった。木乃香が誘拐されたのもそうだけど、それと同じくらい雄一が危険な状態だというのが、気に入らなかったからだと、思う。

 ずっと、そうだ。毎日のように生傷を増やして帰ってきたのは、きっと、レウィンの言うとおり、歪な存在だったからだ。弱いのに、護ろうとしたからだ。

 『悪魔』と契約してもなお、人の範疇にしかない力しかもたない雄一は、自身を犠牲にして、戦ってきたんだ。

それが、酷く不公平なのは、アタシにも分かる。代償を払って『悪魔』と契約するというのが、やってはいけないことであり、歪な事も、わかっている。

 奇妙な違和感も、あった。それがなんなのか、アタシにはわからないけど――――――気に入らない。

 何もわかっていなかったのに、雄一の仲間だと思っていた自分が、気に入らない。

 全部、雄一の所為だと思う。全部を護れるはずが無いのに、護ろうとして傷ついて――――――死んだ。

「………ネギ」

 気づけばアタシは、ネギに聞いていた。ネギはいぶかしげに顔を挙げて、アタシを見ている。その眼には、同じ不安の色が、篭っていた。

「雄一にとって、あたし達って………」

 なんなのかな? と問おうとした、まさにその瞬間だった。

「またあったな、ネギ!」

 黒髪と学生服に身を包んだ、あの男の子が立っていた。その黒髪の中に、ゆらゆらとゆれるのは―――――白い体毛の、犬の、耳?

「………小太郎君」

 ネギが、少しだけ困った声を上げた。今は、小太郎にかまっている暇なんて無いのだが、あの眼を見て、逃がさないということに気がついたのだろう。

でも、妙に負けず嫌いなアイツに構ってて、間に合わなかったら馬鹿だ。

「さぁッ! リベンジだぜ!」

 今まさに飛び出そうとした小太郎とネギとアタシの間に、盛大な煙が立ち昇った。それに驚き、距離を取った小太郎に、声が響く。

 

「酷いぞ、主殿。拙者を置いてけぼりするとは」

 

 煙の中から現れたのは、意外かどうかは分からないが、楓だった。忍者服に身を包んだ彼女は、静かに視線を小太郎に向けると口を開く。

「………話は、エヴァ殿を通じて、聞いているでござる。今、レウィン殿の元には龍宮殿とクーフェイ殿が行っているでござる。そして拙者は――――」

 ゆっくりと小太郎を見て楓は、あたし達へ告げた。

「主殿。命令を下してくだされ」

 楓がそういい、ネギは少しだけ躊躇い、首を横に振った。驚きの表情を浮かべる楓へ、ネギが笑顔で答える。

「長瀬さん。僕は、長瀬さんを仲間だと思っています。ですから、………お願いです。小太郎君を、止めて置いてください」

 それは、対等だからこそ出る、『お願い』。それを聞いて、楓は満面の笑顔を浮かべた。

「了解でござる」

 楓が肯いた瞬間、ネギとアタシは駆け出した。それを食い止めようと飛び出した小太郎だったが、とっさの判断で、飛びのく。次の瞬間、手裏剣が地面に突き刺さった音が聞こえた。

「主殿は通させてもらうでござる。御主の相手は、拙者でござるよ?」

「………女は殴りとうないねん」

 小太郎の言葉を聞いて、楓は少しだけ目を開け、口を開く。その表情は、面白そうだった。

「今は、おぬしの主義を変えるべきでござる。一度は屈した身なれど、拙者は―――主殿よりも強い」

 次の瞬間、二人の姿が森に消えた。

 

 

 

 

 

 祭壇まで、あと少し、そう考えた瞬間だった。

 祭壇に続く階段の上にいる千草と木乃香それを見た瞬間、地面がにょっと伸び上がる。それは、次第に形を成し、次の瞬間、白髪の少年―――フェイトが立っていた。

「ここは、通さないよ」

 そういって、立ちふさぐフェイトへ、ネギが叫んだ。

「光の精霊17柱(セブテントリーキンタ・スピリートゥスルーキス)! 集い来たりて(コエウンテース)! 敵を討て(サギテント・イニミクム)! 魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾・光の17矢(セリエス・ルーキス)!!」

 次の瞬間、光の『魔法の矢』がフェイトを襲う。彼は其れを見て、軽く顔をしかめるだけで、動こうとすら、しない。必要ないと、判断したのだ。

 そして、光の『魔法の矢』は彼の魔法障壁≠ノよって、弾かれた。

 驚きに顔をゆがめるネギへ、フェイトが、告げた。

 

「その程度で僕を倒せるとは、思わないでくれよ? ネギ・スプリングフィールド」

 

 フェイトが小さく告げた。

 その瞬間―――――――祭壇に、光が燈った。

 

 

 

 ―――――来たれ。

 

 木乃香の膨大な魔力によって呼び出された其れは、全ての存在が、見上げていた。

 

――――――来たれ。

 

 そして、同時に襲われる、異常なまでの威圧感。そして、虚無に近い――――絶望。

 

――――――我らは全にして一、一にして全。

 

 光の粒子が晴れ、現れたのは―――巨体。高さは全長にして20メートルはあろう、その巨大な体躯は、金色の鎧によって、彩られていた。

 そして何より眼を引くのは―――――

 

――――――我らは何も感じず、そして我らは何も得ない。

 

 その、巨大な体の上に載る、龍の頭。ズシン、という重い音と共に現れた、その龍の頭を持つ、巨大な存在。

 

――――――それゆえに、深い悲しみも無く、深い喜びも、いらない

 

 刹那と月詠が。

 

 レウィンと鬼達、真名とクーフェイが。

 

 のどかとエヴァ、茶々丸、チャチャゼロ、フェルトキアが。

 

 楓と小太郎が。

 

 フェイトとネギ、明日案が。

 

 そして、呼び出した千草と失神した木乃香全てが見る中で、龍が―――その紅い双眸を、闇夜に映した。

 

 

――――――ゆえに我らは、【世界】の終りなり。

 

 

 祭壇に現れたその巨人。

其れを見て、レウィンは其れを、知っていた。周りの鬼の存在すら忘れ、口が、意図せず開く。

「………トール=v

 巨大な体の大きさは違えど、そこに存在しているのは、『アカツキ』最強の存在であり、『幹部』に最も近い、『雷神』の姿だった。

 

 

 

 

 

『はっきり言おう、兄弟。お前は、弱い』

 ペトは、椅子に座りながら――――そう告げた。脚を組み、両手を交差させると、鋭い眼差しで雄一を睨み、口を開く。

『いくら向こうの【世界】を救ったとはいえ、お前はこちらの【世界】にも、【神】にも歓迎されているとは、言い辛い。………おまえ自身も、その血≠ノ耐えられるかどうか、言いがたい』

 ペトの冷たい言葉に、雄一は押し黙った。

 それは、うすうす感じていた事。機械であるレウィンならともかく、本来、この【世界】にいてはいけない自分という『人間』が、異物で在るという事。

 それは、【大世界】の摂理。

「―――俺は」

 俺は、なにをしたいのだろうか。

 

 

 

 

 静寂が包み込む部屋の中で、千雨はじっと、雄一を見ていた。

 彼女はハルナと朝倉と共に、此処に残った。夕映はまだ眠っているが、今の状況を知らなくていいな、と苦笑し、其れで良いだろうと、千雨は思う。同時に、其れでいいのか、とも。

 真面目で力強く、誰とでもすぐ仲良くなれる彼。授業は分かりやすいし、分からないところは必死に勉強していた彼。其れが、どこか――――自分たちとは違う、と思わせていた。

 千雨は、そっと雄一の胸板に、手を伸ばす。しずかに上下する其れは、弱弱しく―――――儚い。

 そう、儚い。人の夢を追いかけるが如く、歪んで見える雄一が、気にかかっていたのだ。好き嫌いではなく、どこか、気になる―――其れを知ってか、自分のクラスメイトもよく声をかけている。中には、其れを超えている存在も居るが。

 かすかに感じる雄一の胸は、ボロボロだった。傷だらけで凹凸だらけの胸板は、古傷を示している。

 不意に、その動きが止まった。

「………おい、雄一」

 呆然と、雄一の顔を見る。その千雨を見て、朝倉とハルナが声を上げた瞬間―――――――――

「おや? まさか、他にもいるとは」

 その声が、部屋に響いた。

 驚いて振り返った千雨の先には、雄一と戦っていた、あの『天使』が、やさしく不敵な笑みを浮かべながら、そこに立っていた。

 オーエリア――――彼は、優しく微笑むと、口を開く。

「では、その亡骸を渡してもらいましょうか? お嬢さん方」

 雄一はまだ、眠ったように死んでいた―――はずだった。

 ただ、ドクンと、小さく、心臓が撥ねる。

 ドクン、ドクン、ドクンと、心臓が、跳ね上がりはじめた。其れを手のひらで感じ、千雨が顔を上げたと同時に、オーエリアがレイピアを、引き抜いた。

 ドン、と脚を踏み込み、跳躍。そのレイピアの切っ先が、雄一の頭部を貫こうと向かい――――千雨が、とっさに身で挺して庇いたて―――――

 そのレイピアの切っ先が、突き刺さった。

 

 

 

 

――――――――そんなことは、分かっていた。ずっと歩いてきたこの道。歪で、細い道を渡り続けた結果の、この道。

 そしてたどり着いた、この場所。

 全てを思い出し、全ての理由を知り、自分の罪を思い出した雄一は、静かに、歩み出た。

 雄一は、スッと眼を開く。ペトをまっすぐ見て、口を開いた。

「ネギを父親に会わせたい。エヴァに会わせてやって、殴りたい。刹那と木乃香を友達に戻してやりたい。のどかを助けたい。真名と京都を回りたい!」

 そう。

全てが、自分とみんなの、約束。そして、遠き日に置いてきた仲間、追いかけてきた仲間との、約束。

 雄一は、小さく顔を上げ、口を開いた。

「俺は、死ぬわけにはいかない。たとえ、この身を世界に拒絶されても――――俺はまだ、罪を償いきっていない。もし、生きることが許されなくても、まだ、終わっていないんだ」

 多くの『ルシフェル』の死を見て、『アカツキ』を葬り、【神】と対峙した自分。

其れは、全て、自分の選んできた道。

 そして自分は――――其れを、背負わなければいけないのだ。

 ペトは、その雄一を者悲しげに見ると、小さく、呟いた。

『………辛いぞ? その道は』

「ああ」

 これから選ぶ道は、辛い。そんな事は、分かっている。

 でも、其れは、決まっているのだ。

 雄一の事を見ていたペトは、やがて大きく息を吐くと、再度、闇に腰掛けた。

『なら俺の言うことは無い』

 其れは、若干呆れの篭った、声だった。しかし、その根底に在るのは、僅かな嬉しさと信頼の色だった。

 其れを垣間見た雄一は、苦笑すると、踵を返した。

「勘弁、な。俺はどうやら、こういった道を歩くらしい」

 いつの間にか、握られていた血≠フ十字架―――《ブラッドクロス》。其れを肩に担ぎ、雄一は不敵に微笑む。

 その時、ようやく光が燈った。暗闇の空間を真四角に切り取ったその光へ、雄一は、脚を光に向ける。

『お前の命は、俺が紡いでやる』

 雄一は、驚いて視線をペトに向けた。ペトから出た言葉は、雄一にとって、それほど意外なものだったのだ。

 今の雄一は、瀕死の状態だ。『フォトン』によって、辛うじて紡がれているその生命を――――ペトが、自身の『能力』によって、雄一を助けるといっているのだ。

 彼は、不敵に微笑むと、口を開いた。

『【兄弟は支えあうもの】なんだろ? ・・・・『兄弟』』

 不敵に見返してきたペトへ、雄一は微笑み、光が、世界を満たした。

 

 

 

 

 千雨は、自分が死んだと思っていた。とっさの判断で身を挺して雄一をかばい、レイピアが心臓を貫――――――く痛みは、何時までも来なかった。

 千雨は、静かに眼を開いた。

 目前に移っているのは、レイピアを千雨の左脇下へ突き出しているオーエリア――――そして、右脇から突き出されたその紅い十字架。

―――――それが、オーエリアの体を貫いていた。

 ぐいっと、千雨の体がひきつけられる。それに驚き、戸惑う中、その声が、響いた。

 

「俺の生徒に手を出すんじゃねぇ。………鳥人間」

 

 風が吹く――桜が舞う―――闇が啼く。

 その全てを、薄暗い部屋の中に生み出し、その体に、光が燈った。その光に思わず眼を閉じ、両手でさえぎった千雨――――光が空けた先にいたのは―――――‐‐‐

 

 

 黒髪、黒眼。漆黒の闇よりも黒いスーツに、紅い装甲をつけ、バイザーで髪をくくり挙げたその存在。

 

 

彼は、千雨を左腕で抱きしめ、右腕の紅い槍を振り回しながら、口を開く。

「『ルシフェル』日本本部【メルギド】総司令兼隊長、駒沢 雄一」

 そして――――――雄一は、不敵に微笑んだ。

「我が血=B恐れぬならばかかって来い!」

 雄一は、選択した。

 【世界】と【神】にあがない続けると。

 

 

 

 

 

                            続く

 

 



 面白かったら拍手をお願いします!







 目次へ