さて、不測の事態とは何時でも起きるということだ。

 マスターである雄一と再会し、何かと楽しい生活を送っている。

 だがしかし、マスターの形は、こちらでも変わっていなかった。それは、変わっていない、というべきか。

 ネギ様は、強い。精神的に強く、私は安心している。

 しかし、私もマスターも、見通しが甘いとしか言いようが無かった。いや、甘かったのは、私か。昨晩、マスターと話し合ったとき、仲間の事を話してやればよかった。

 そして、マスターが忘れている事を。

 

 

 

 第十八話 京都旅行 三日目! その二  黄昏、来たりて?

 

 

 

 ネギとカモ、レウィン、本屋ちゃんとアタシの五人(正確には三人と一匹と一体)は、京都に在るという関西呪術協会の総本山、その下の階段だった。

一つの山を拠点としたここには、あらゆる外敵にたいして、強力な結界が張られているらしいんだけど―――ま、私には分からないわよね。

 ………正直、レウィンには、驚いたわ。宇宙軌道上にある軍事衛星にアクセスできるのはすごいけど、あれよね、リンクしっぱなしじゃ無ければ方向が分からないっていうのは………なんていうか、凄いのか凄くないのか、物凄く微妙。

「でも、ようやく着いたんだけど………」

「どうした? 明日菜様」

 事も無げに聞いてくるレウィンへ、アタシは全力で叫んだ。

「どこよ此処!?」

 アタシたちの前―――正確には、後ろにも―――には、延々と続く紅い鳥居があった。

 かれこれ一時間歩き詰めで、疲れた………。レウィンは、疲労とかは感じないんだろうけど、本屋ちゃんなんて、息も絶え絶えよ………。

 でも、その途中では、レウィンとネギ、本屋ちゃんの「雄一会議」が起きていたわよね? 雄一の好きな物とか、嫌いなものとか。

………むぅ。雄一って、紫蘇が好きなんだ。誕生日、もうすぐなんだね。祝ってあげないと。

 って、別に、聞き耳立てているわけじゃないんだからね!? 私と話が出来そうなのが居なかったのよ!

 カモはカモで、なんか小さな機械で「マホネット」とかいうところにアクセスしているし。………面白いの?

「ねぇ、カモ。何調べてんの?」

 完全に暇つぶしなんだけど、声をかけてみると、カモが、珍しく歯切れが悪そうにレウィンを見て、ネギの頭から飛び降りると私の肩まで駆け上り、潜めるような声で答えた。

『いや、旦那達の能力――『フォトン・ルース』を調べてんだが………まったく、わかんないんすよ』

 ………は? わざわざそんなことを調べてたわけ? アタシは、きっと不機嫌な表情を浮かべつつ、少しだけ呆れた口調で口を開いた。

「あんたねぇ………雄一もマイナーだって言ってたじゃない。調べてどうにかなるの?」

『………言い方が悪かったな、姉御』

 しかし、カモはアタシの言葉に、警戒するような眼を、レウィンに向けただけだった。………何、その眼?

 カモは、小さく、告げた。

『古今東西、あらゆる世界のマイナーな能力を調べても、その片鱗すらわかんないんすよ? 魔法≠フことなら、あのエヴァンジェリンですら載っている「マホネット」や、あっしらの「オコジョ情報網」も』

「………マジ?」

 

 それって、どういうこと? ………雄一が、レウィンが、アタシ達を――――だましているって言う事?

「――――――そんなこと」

 ない、って、アタシは言い切れなかった。こうして考えてみると雄一は、アタシ達に、話していない事が多すぎる。

 能力にしたって、そうよ。………そりゃ、自分の力を知られたら不利だっていうのは分かるけど………でも、アタシ達は………。

 

 『仲間』、じゃないの………?

「明日菜様、カモ様」

 気がつくと、レウィンがこちらに双眸を向けていた。銀髪、碧眼の戦闘用人形ヘルドール=\――雄一の、【相棒】。

 辺りを見てみると、少しだけ広い場所に出ていた。自動販売機もある休憩場のような場所で、ネギと本屋ちゃんも止まっていた。どうやら、休むかどうか提案したのだが、アタシが言葉を返さなかった事に、疑問を持ったらしい。

「あ、ごめん! 考え事しちゃってさ」

 レウィンの、感情の読めない表情へ、頭をさげた。普段なら、普通の人間と変わりない彼女の表情は、今、無機質に思える。

 レウィンは静かに顔を上げると、のどかに向かって口を開いた。

「今は、現状を確認したほうが良い。のどか様、『アーティファクト』を」

 その頃になってようやく、本屋ちゃんが『アーティファクト』を取り出していることに気がついた。確か名前は―――『アシュタロトの宝典(アシュタロト・オブ・シソーラス』だっけ? ………あの能天気な言葉で、覚えているわ。

 休憩所の腰掛に座って休憩している中、本を浮かべていた本屋ちゃんが、おずおずと切り出した。

「あ、あの、今、私たちは、相手側の結界の中に居ます。これを、解除するには―――ええと」

 ぺらぺらと白い本をめくる。ようやく見つけたのか、本屋ちゃんはしっかりとした口調で、喋った。

「相手の仕掛けているのは、『千本鳥居の結界』です。これは、相手を無限ループさせる鳥居の空間に押し込める事による、完全隔離空間で………突破するには、ループする場所から四つ目の鳥居を壊せば良いらしいです」

 ………え? その本って、そんなことまで書かれているの?

 ああ、そういえば、言っていたわね。「自分の置かれている状況が分かる」って。ずいぶん規定外みたいよね、未来や過去まで分かっちゃうんだから。

 そう考えていたのか、ネギも声を上げた。

「すごいです!」

 でも、対する本屋ちゃんは浮かない顔をしていた。其の顔にはまだ、恐怖も見える。

「どうしたの?」

 アタシが聞いてみると、本屋ちゃんはおずおずと切り出した。

「い、いえ、あの、その………なんだか、今回はお試し期間みたくて。今度から、代償をいただくって………」

 困ったように声を上げる本屋ちゃん。彼女の差し出した本には、確かに紅い文字で『次からは代償をいただく』と書かれている。

………………まぁ、そういうものなのかもね。悪魔だし。

「ふむ。問題は、そのループする場所だな」

 レウィンはそうつぶやくと、突然顔を挙げ――――次の瞬間、甲高い音が響いた。

『『武装』申請許可。戦闘形態へ移行します』

 そして、光が包み込み、現れたのは、機械仕掛けの戦闘人形だった。そこには、人間を模した彼女の姿はなく、圧倒的な存在感だけ、そこにはあった。

「特殊兵装―――『K‐2398』、セット。射出」

 そういった瞬間、彼女の足についていた箱が開くと、何かが迫り出し、ドン、という音と共に白い尾を引いて、鳥居の向こう側に飛んでいった。

 そのまま、レウィンは後ろを向き、数秒してから、何か飛来する音がする。

 飛来したミサイル――――それを彼女は。

 片手を挙げるだけで、避けようとはしなかった。

「ちょ、レウィン!」

 明日菜が驚いた瞬間ミサイルが着弾し――――ガシャ、という音と共に、それが潰れた。それを片手だけで握りつぶすと、レウィンは事も無げに向き直る。

「弾薬は含まれて居ないし、私の体は核爆発を想定して創られている。これぐらいでは、壊れない」

 ぽかんとする皆を見つつ、レウィンは顔を向け、キョトンとした顔で、小首をかしげた。

「どうした? 『武装』など、マスターがいつもしているだろう?」

 『武装』? ええっと、なんていうか――――――――。 

「いえ、雄兄のグエディンナは見たことがありますけど、なんていうか、その、変身みたいなそれは、初めて見ます」

 ――――そう。それは、変身って言うべき、変化。雄一はよくガラスの槍を使ってるけど、レウィンって、変身なのね。

 と、思ったんだけど………レウィンの表情が、驚きに染まっていた。なにやら考え事をした後――――何かに気づいたようにハッとすると、舌打ちした。

「――――しまった! よく考えれば、分かったはずなのに! 他の人に渡しているから、周知の事実だと考えていた」

 なにやらつぶやいていると、すぐに顔を挙げ、鋭い眼差しを突きつけた。今までにみた事が無い、レウィンの怒りの表情のまま、叫ぶ。

「急ぐぞ! 今のマスターでは、危ないっ!」

 と叫び、走り出そうとするレウィンを、アタシは、呼び止めた。

「ちょ、どういうこと!? 雄一なら、大丈夫なんでしょ!?」

「事情が変わった! 今のマスターではダメだ!」

 そう叫び、走り出そうとするレウィン――――その眼前に、人が現れた。

「まちいや、姉ちゃん。………そう簡単に通す思うてんのか?」

 そういって、現れたのは――――黒髪の少年。ゲームセンターに居た奴だ、と私は察する。その少年は、蜘蛛のような大きい化け物を連れ、道をふさいでいた。

 そう簡単には通さない、という意思なのだろう――――隙無く構えるそれをみて――――――鋭くレウィンが睨んだ瞬間、アタシは、震えた。

 レウィンの体から吹き上がるのは、圧倒的なまでの敵意。感情篭らぬ筈の機械から放たれた、抜き身のような殺気に、おそらく敵である少年の顔も、ひるんだ。

「レウィンさん! 落着いてください!」

 声を上げたのは、意外にもネギだった。それに反応したレウィンへ、ネギは叫ぶ。

「雄兄なら、絶対に大丈夫です! 雄兄が、あんな奴に、負けません!」

 ネギの目に映るのは、雄一への信頼。その色を見て取り――――――

レウィンは、静かにネギのほうを向くと、プシュ、という音と共に、間接から排熱の煙が、噴出した。ようやくいつもの態度に戻ったレウィンは、小さくため息を吐くとつぶやく。

「そうか。あろう事か、私がマスターを信じないとは、愚の骨頂だったな」

「よかった………」

 レウィンも、ようやく落着いたようね。………本当に、雄一のことが大切なんだ。

 レウィンは静かに少年のほうに向きつつ、声をかけてきた。

「明日菜様。ネギ様とあの少年を。………私は、あいつの相手をします」

 レウィンの視線の先――――何も無い、鳥居があった。でも、レウィンは視線を外そうとはせず、次の瞬間、彼女の腕に光が収束した。

 肩から腕全部を覆う、巨大な武器。それに光が燈ると、銃身に光が収束し―――――刃を持つ。それを構えた瞬間、影が、迫り出した。

「僕に気がつくなんて、やるね」

 現れたのは、銀髪の少年。一見するとレウィンと同じように見えるけど、どこと無く――――レウィンより、人形っぽい。

 ………西の刺客、って奴らね。レウィンの強さを見るも、ちょうど良いかもしれない。

「いくわよ、ネギ」

「はい! 契約執行(シス・メア・パルス)×5分間! ネギの従者(ミニストラ・ネギィ)神楽坂 明日菜!」

 ぶわっと、アタシの体に光が燈る。………なんか、微妙に気持ちよくて、いやなのよね、これ。あれ? 前もそんなこと言ってたかも。

 何はともあれ、雄一がピンチっぽいし、急ぎますか!

 ………あれ? 何で雄一の名前が出てくんだろ? あ、レウィンが言ってたから、かな? むむぅ………。

「明日菜さん、悩んでいる暇はありません。いきましょう!」

「あ、ええ!」

 ネギの言葉を聞いて、アタシは駆け出した。

「そこをどいてもらうわよ!」

 確かな気合と共に。

 

 

 

 

 

 駒沢 雄一は、迷っていた。

 いや、正直言って三十分の間に逃げたほうが、圧倒的に良いはずだ。木乃香への被害も心配ないし、生徒たちを手元に置けば、心配も無い。

 だが、ここで叩きのめしたほうが良い、という考えも、ある。月詠のほかに、罠を仕掛けるような奴が居るだろうが、ここでその戦力を削げば、格段に安全になるだろう。何かを企んでいるし、それも防ぐために。

 雄一は、そんな正当防衛の言い訳を考えながら、目の前の存在を、見た。

 正門横にある、『日本橋』―――その中心に立つ、雄一と刹那は、否が応でも人の目を引いていた。回りにはチャチャゼロを頭に載せた木乃香、朝倉と千雨、夕映にパルの姿がある。

「(刹那………今更なんだが、逃げないか?)」

「(―――それだけは出来ません。それに、お嬢様の事を考えても、此処で処理したほうが、安全です)」

 さすがに、ただ暴走していたわけではなさそうだ。言い訳にも聞こえるが、雄一には刹那の怒りの元が木乃香以外に分からず、小首を捻っているだけだったので、彼女の考えだと思ってしまったのだ。

 というわけで、雄一は朝倉に近づき、耳打ちした。

「(これから戦闘がある。………みんなをどこかに移動させてくれ)」

 しかし、朝倉は笑うだけで動こうとはしない。カメラを右手に持ちつつ、声を上げた。

「大丈夫だって♪ 危なくなったら、さすがに逃げるし――――――」

 

 

 

「ほう」

 

 

 

 その瞬間、雄一は、飛び出していた。どこから聞こえたのか、さらには、聞こえたのすら確信できない小さな声に、雄一は身の危険を感じ、動き出していたのだ。

 朝倉を抱きかかえ、その場を跳躍した瞬間、雄一の立っていた地面が砕けた。さらには、無数の赤が辺りの家に突き刺さり、炎上した。

 突き刺さっているのは、焔の矢。それを見て雄一は、察する。突然の出火に驚き、逃げていく人を護るように、槍を構え、叫ぶ。

「朝倉! 全員を連れて逃げろ!」

 雄一が槍を構えたとき、突き飛ばされた朝倉は、雄一の言葉にも反応しない。刹那はすでに木乃香の元に寄り添い、チャチャゼロは雄一の横に立つ。

「朝倉ぁっ!」

 雄一の叱咤により、朝倉がハッと表情を変える。とっさに飛び出そうとした朝倉へ、屋根の上の存在が弓を番えているのを、見た。

「フェルトキアッ!」

 雄一が叫んだ瞬間、矢が放たれる。それは、朝倉と夕映、千雨やパルが居たところに向かって伸びていく―――その瞬間、掻き消えた。

 掻き消したのは、彼女たちの前に躍り出た、長身細身の男。呆然と見上げる朝倉へ、彼は優しく微笑み――――――

「貴様っ!」

 それをみていた刹那が、飛び出す。しかし、一瞬早く男は跳躍すると、屋根の上に飛び乗った。

 木造建築の屋根の上に鎮座するのは、蒼髪の、弓矢を構えた男、フェルトキア。フェルトキアは弓を軽く肩に置きながら、ふんと鼻を鳴らした。

「オーエリア。俺の邪魔をするつもりか?」

 フェルトキアの言葉に、金髪の男――――オーエリアは、優しく微笑むと、答えた。

「いいえ。貴方を選んだのは、我等が主。邪魔をするつもりは在りませんが、むやみやたらに命あるものを狩るというのは、どうかと思いまして」

 そして、男は雄一のほうに視線を向けると、優しく微笑んだ。

「はじめまして。私は、権天使(プリンシバリティーズ)の末席、オーエリアです。駒沢 雄一さん、でよろしかったでしょうか?」

「………お前ら、『天使』か」

 雄一は、驚いていた。

 彼自身は、『天使』に模した『アカツキ』と戦った事があるが、高次元精神体である『天使』とは、初めて会ったのだ。

フェルトキアの姿から、こちらの世界の『天使』だと想像していたが、まさか本物だとは思っても、いなかった。

 しかし、二つの存在が、自分を狙う理由が、分からない。

 だが、其れよりも怒りが、先走る。

「狙いは俺だけだろうが! 他の人を巻き込むな!」

 雄一の怒りは、フェルトキアに向けられていた。ネギを襲い、人の居た奈良公園で、のどかを狙っていた―――フェルトキア。彼は不敵に笑うと、告げた。

「俺たちには大儀がある。大を助けるために、小を切り捨ててきたのは――――――お前も、そうだろう?」

 フェルトキアの言葉に、ギリッと――――雄一の歯が、軋む。模造品である十字槍を低く構え、告げた。

「なりふり構わないことを、大儀の前の犠牲だと………? ふざけんな!」

 雄一の叫び――――それを冷ややかに聞いていたのは、オーエリアだった。彼は、スッと細い眼で雄一を睨むと、口を開く。

「貴方には、分かりませんよ。すでに、賽は投げられているのですから」

 雄一は舌打ちすると、刹那に叫ぶ。

「刹那! 木乃香を頼む! チャチャゼロ、行くぞっ!」

「ケケケ、ソレヲ待ッテタゼ」

 その瞬間、チャチャゼロが浴衣の袖から『仮契約』カードを引き抜き、掲げた。

「来タレ(アデアット!)」

 次の瞬間、カードが二つに分かれ、チャチャゼロが掴み、形を持つ。

 鉈の様な、紅い刀身の剣。切っ先が少しだけ反り返り、相手に傷を与えるための物―――『レライエの首切り包丁』―――それをくるくる回すと、カラカラと笑った。

「フェルトキア、トヤラハ、俺ガヤルゼ? 御主人様」

「ああ、頼む」

 次の瞬間、二人の姿が、消えた。刹那はそれを見送った後、紙を取り出し、小さく口を動かす。

 ポン、という軽い音と共に、紙が人形に変わり、小さな刹那が現れた。

「ちび刹那! ネギ先生たちに連絡を!」

『分かりました!』

 ピッと敬礼して飛んでいくそれを見送った後、刹那は朝倉達に向き直ると、さっと懐から『仮契約』カードを引き抜くと、叫ぶ。

「来たれ(アデアット)!!!」

 刹那の叫びと共に、白い布、彼女の『アーティファクト』である『隠遁者バアル』が現れる。

刹那はそれを、千雨に投げながら、叫ぶ。

「それをかぶっていれば、大抵のことは大丈夫です! 速くこの場から逃げてください!」

返事を待たず、そのまま木乃香に向き直り、口を開く。

「逃げましょう! お嬢様!」

「う、うん」

 いまだに状況を飲み込めず、戸惑っている木乃香を引き連れ、刹那は路地裏へ駆け出した。しかし、その足は―――――すぐに、止まった。

「どこ行くんですか〜〜〜?」

「木乃香お嬢様は、渡してもらいますえ」

 そこに立っていたのは、初日に木乃香をさらったあの女性と、先ほどの神鳴流剣士――月詠が立っていた。

 状況は、悪化し始めていた。

 

 

 

 

 レウィンと少年の戦いは、拮抗していた。

 光の刃を振るうレウィンだが、それが触れるよりも早く、少年の姿が水に変わり、ダメージが与えられない。しかし、レウィンは驚く様子も見せずに、瞬時に光を解放――――銃身を突きつける。

 次の瞬間、撃ち放たれるのは、光の粒子。水を蒸発させんばかりの光だが、少年の水は触れもせず、距離を取った。

 距離を取る二人。

レウィンが、口を開いた。

「生命活動を確認できない。魔法$カ物か何かだな」

「………君みたいな自動人形は、初めて見る」

 そういって、静かに構えを解く。いぶかしげに思っていたレウィンへ、少年は口を開いた。

「ここで最後まで戦っても良いけど、僕には目的があってね。ここは、ひかせてもらうよ」

「………逃がすとでも思っているのか?」

 

 レウィンの言葉に、少年は静かに微笑む――――瞬間には、レウィンが動いていた。

本体ですらない奴を、もとより逃がす気など、ない。必殺の確率を求め、レウィンは自身が持てる一つの行動を、取った。

「蓮華」

 自身の最大火力。装填してある一部の兵器以外、全ての兵装を撃ち出すコードを、小さくはき捨て、レウィンの体が、開いた。

 そう形容するしかない。腕や脚、さらには胸のパッチが全て開いて、迫り出したのは、弾頭。

次の瞬間、レウィンの背中についていたバックパックが、翡翠の様な色を持ち――――粒子が、光った。

 次の瞬間、真っ白い煙の粉塵を巻き上げ、膨大な数の弾頭が、相手に襲い掛かる。少年は舌打ちし、飛びのいた瞬間―――――世界が、紅蓮に染まった。

 

 

 

 

 ネギと明日菜が対峙した少年は、血気盛んな声で、告げた。

「ワイは犬上 小太郎や。ネギっちゅうんは、やっぱ、お前やったか」

「………ええ」

 ネギは、油断無く視線を這わす。明日菜は明日菜で、ハマノツルギを出し、警戒している。

 それをみて、小太郎は鼻で笑う。

「これやから西洋『魔法使い』は嫌いなんや。女の後ろに隠れているだけで、何も出来ないし―――――なぁ?」

 挑発。それは、接近戦に慣れていない、ネギに対する挑戦状だ。そして、ネギは――――――それを、受け取った。

「明日菜さん、此処は、僕が」

「ネギ………」

 心配そうに振り返る明日菜の視線の先には、迷いが無い、ネギの顔があった。

 力強い、横顔。それをみて、明日菜は―――フッと、笑う。

「やりなさい! ネギ!」

 明日菜の言葉に――――

「はいっ!」

 とネギが答えた。

 その瞬間、ネギが杖に乗って、飛翔する。一瞬早く跳躍した小太郎と、同じ方向へ――――出来る限りのスピードで、飛翔した。

「なんや! 逃げるんかいな!」

 叫び小太郎には眼もくれず、ネギは、詠唱を始めた。

「風精召喚(エウォカーティオ・ウァルキュリアールム)! 剣を執る戦友(コントゥベルナーリア・グラディアーリア)! 迎え撃て(コントラー・プーグネント)!」

 唱えるのは、ネギが戦術の主軸として使う、風の中位精霊の複製。現れたのは、七人のガラスのネギ。

 ぶわっと広がると、それぞれ、違う獲物をもって小太郎に襲い掛かる。小太郎は、小さく嘲笑を浮かべると、叫んだ。

「こんなんじゃ、足止めにもならへんで!」

 そういった瞬間、小太郎の影から何かが飛び出す。犬状の式神――――それが、何体も飛び出し、ガラスのネギ一体に付き複数が飛び掛り、破壊した。

 しかし、すでにネギは、次の行動に移っていた。

「焔の精霊(ウンデクセサーギンタ・スピリトゥス・イグニス)28柱! 集い来たりて(コエウンテース)! 敵を討て(サギテント・イニミクム)! 魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾・炎の28矢(スピリトゥス・イグニス)!!」

 撃ち出されたのは、焔の矢。それは、道のところどころにある鳥居を破壊――――崩れてきた鳥居が、小太郎を襲う。

「へ、まだまだっ!」

 気合一閃。『氣』の篭った一撃が、それらを吹き飛ばす。へん、と鼻で笑い小太郎はネギへ視線を向け、その姿が無い事に気がついた。

 しかし、彼の『耳』には、それが聞こえていた。

「上かっ!」

 聞こえるのは、風きり音。結界ぎりぎりの高さまで上り詰めたネギが、高速で滑空する。

 一直線に飛ぶネギが、叫ぶ。

「ラステル・マスキル・マギステル! 吹け一陣の風(フレット・ウネ・ウェンテ) 風花(フランス)! 風塵乱舞(サルタティオ・ブルウェレア)!」

 唱えたのは、ネギが「三枚符術京都大文字焼き」を吹き飛ばした、豪風――――それに、落下していたネギの体が止まり、小太郎の動きが、上から叩きつけられる暴風で、強制的に止められた。

 驚きの表情を向ける小太郎へ、ネギは、重力によってゆっくりと落ちながら――――叫んだ。

「ああああああッ! 魔法の矢(サギタ・マギカ)!」

 無詠唱魔法を乗せた、拳の一撃が、ゆっくりと小太郎の身体に吸い込まれ、小太郎を吹き飛ばす。

 それと同時に、遥か彼方で、爆音が鳴り響いた。

 

 

 

 紅蓮の花が咲き乱れ、爆音と煙だけが視界を支配する。続けざまに放たれていた弾頭は、やがて収まり、消えて行く。

 残るのは、硝煙の白一色。レウィンは、肩のパッチを開いた。

 次の瞬間、煙が風に吹かれたように、弾けた。残っていたのは、僅かな硝煙と、破壊の爪跡であるクレーターのみ。

 圧倒的だった。問答無用で吹き飛ばしたその火力は、あらゆるものを滅し、森だった場所を更地へと変化させる。

虫一匹残さないその威力は、まさに、地獄の炎。それをみていた明日菜はぽかんと口を開け、カモは、ぶるっと震えた。

(一個師団の『近衛魔法使い』並の威力じゃねぇか! レウィンの姉御が仲間でよかった………)

 しかし、当のレウィンは不満そうで、口を開く。

「逃がしたか。………光子魚雷を撃ち込んでおけばよかったか?」

口をあんぐりと開ける明日菜とカモをおいて、レウィンはネギのほうに視線を向けた。

吹き飛んだのは、あの少年。

どうやら、勝ったらしい。しかし、その少年はたいしたダメージも無く、すぐに立ち上がる。

「………なんや、フェイトの兄ちゃんも―――って、どうしてクレーターが出来取るんや!?」

 驚きの声を上げる小太郎。確かに、気がついたらクレーターが出来ていたのだ、驚くのにも、無理は無いだろう。

 小太郎が小さく舌打ちした瞬間、のどかが声を上げた。

「皆さん! あれをッ!」

 『アシュタロトの宝典』を持っていたのどかの指差した先には、空中に現れたヒビがあった。どうやら、先ほどのレウィンの攻撃で、件の鳥居が吹き飛んだらしい。

「んなッ!? 逃がすわけには――――ッ!?」

 動き出す小太郎へ、何かが、張り付く。

 それは、小太郎の注意がそれた瞬間に紡がれた、ネギの捕縛結界。それに驚いている小太郎へ、ネギは片目を瞑り、微笑みながら告げた。

「相手と戦っている間は、敵と目を離しちゃいけないって、雄兄が言ってたよ?」

 いたずらが成功したように微笑んだネギは、皆に向け、叫んだ。

「脱出しましょう! 明日菜さん!」

「りょ〜かい!!」

 レウィンが瞬間的にのどかを抱きかかえ、ネギが杖に乗り、明日菜が、ヒビに向かって飛び出し、ハマノツルギを振るう。

 そして――――――――

 パキィン、という鏡の割れる音と共に、風景が変わった。

「脱出〜〜〜〜〜〜!」

 こうしてネギ達は、脱出を果たす。本山入口の階段下に現れたネギ達は、カモの進言により、結界を封印しているところで―――――

『ネギ先生!』

 それが、現れた。突如、空中に現れたのはデフォルメされた刹那――――ちび刹那だった。彼女は、慌てた様子でネギに近づくと、叫んだ。

『先日の『天使』が現れました! 仲間も一緒で!』

 ちび刹那の言葉が終わるよりも速く、明日菜が叫んだ。

「! ネギ!」

 そして、把握する。かなり危険な状況だということに。明日菜の叫びと視線を見て、ネギも答えた。

「はい! 救援に行きましょう!」

「了解だ」

 そのまま、ネギとレウィンが高速で京都の町を、駆け抜けた。

 その途中、のどかは、いやな予感が止まらなかった。まるで、虫が背中に這いずるような、奇妙な感覚に、不安になった。

「雄一、先生………」

 それは、儚くも――――風に消えていった。

 

 

 

 

 

「ケケケケ」

 頭を揺らしながら笑い声を上げるチャチャゼロを見て、フェルトキアは声を出す。

「俺の相手はお前か? お人形ちゃん」

 嘲笑うようなフェルトキアの言葉を聞いて、チャチャゼロはおかしそうに笑った。両手に構えた、鉈のような『レライエの首切り包丁』をぶら下げつつ、口を開く。

「俺ハ、戦エレバ、ドウデモイイゼ。『天使』相手ハ久シ振リダガ、楽シマセテクレ」

 次の瞬間、チャチャゼロの足元が、爆ぜた。

 弾丸のように高速で飛来するチャチャゼロに、フェルトキアは虚を付かれる。反射的に変換した自身の大鎌を振りかぶるが、あろう事か空中でとんだチャチャゼロが、それを避け――――二つの残光が、フェルトキアの体を切り裂く。

 それに怒りをたぎらせ、反転した瞬間になぎ払う。

これも、チャチャゼロは背中を向けたまま宙を一回踏むと、軽々と避け、隙だらけになったフェルトキアの背中を切りつけた。

「ケケケ。貰ウゼ?」

 そのまま、『天使』の証である翼に鉈を振り下ろそうとしたが、一瞬早く反応したフェルトキアが、大きく大鎌を振るい、チャチャゼロは距離を取る。

(小さい上に、速い、か。スピードだけじゃあ、オーエリアの奴にも匹敵するな)

 正直、人形と侮っていたのが、間違いだった。その体からは判断できない膂力と、小回りの利く躯に、『魔力』を使った、『瞬動』。

 そして、言いようの無い焦燥感。あの鉈で切られた場所から、怒りが生まれるようだ。

 焦りで動きが大降りになるところを、小回りの利くチャチャゼロが、一撃を加えていく――――実に、彼女に適した武器だった。ただ、必殺の一撃になりにくいのが欠点か。

(切レ味モ、悪イシナ)

 とはいえ、チャチャゼロ自身は、気に入っていた。

 しかし、足場が悪い。現在進行形で燃えている家屋なのだから仕方ないが、それでも―――――崩れるのは、時間の問題。

 決戦は、短期でつける。空を飛ばれると、さすがのチャチャゼロでも、分が悪いのだ。

 そのときだった。フェルトキアが、何かに気づいたように顔をあげ、自嘲めいた笑みを浮かべた。

 フェルトキアの大鎌が一瞬で弓矢に変わり、矢を番える。次の瞬間、紅蓮に染まる矢が解き放たれた。

 甘い、とチャチャゼロは笑う。この至近距離で遠距離攻撃をしたところで、掠るわけもないのだ。

 予想通り、瞬間的に動いたチャチャゼロには、掠りもしなかった。チャチャゼロは「ケケケ」と笑い―――――――。

そのときだった。遠くで、悲鳴が上がったのは。

 チャチャゼロは気にもしなかったが、フェルトキアはそれをみて、確かに微笑んだ。持っていた弓矢を消し、踵を返す。

 隙だらけの背中に、興をそがれたチャチャゼロが、声を掛けた。

「オイオイ、逃ゲルノカヨ?」

 チャチャゼロの問いに、フェルトキアは、振り返らず、答えた。

「俺の、任務は――――終わったようだからな」

「? ――――ッ! 雄一カッ!?」

 チャチャゼロがはじめて見せた、驚きと焦燥の表情を見て、フェルトキアは口を開く。

「次、会った時は―――お前の最後だ。お人形ちゃん」

 次の瞬間、フェルトキアの姿が光に包まれ、消え去った。それを見送る間も無く、チャチャゼロは、弾けるように飛ぶ。

 彼女自身も、初めて感じる感情。

焦りに、身を焦がしながら。

 

 

 

 

「マジかよ………」

 千雨は、自身の目の前で起きている光景が、信じられなかった。突然家屋に火の手が上がったかと思うと、謎の二人組が現れ、自分たちの副担任とその頭に載っていた機械人形が、暴れだしたのだ。

 そして、彼女たちの副担任は、屋根の上で、もう片方の存在と、戦っていた。

 あのパルでさえ驚きに言葉を失っているし、一見冷静に見える千雨も、内心は混乱していた。夕映など、気絶している。

 なにより、目の前の状況が、信じられなかった。

(な、放火だぞ!? つうか、あの変人ども! 銃刀法違反―――じゃなくて!)

 思考が駆け巡る中、朝倉だけが、冷静にシャッターを降ろしていた。刹那から渡された白い布は、今、夕映にかけられていた。

 非日常が、日常を犯していく。その雪辱感と、恐怖心。それらが頭の中で交じり合い―――――真っ白になった。

「………朝倉」

 気づけば、千雨は、朝倉に話しかけていた。

「なに? ちうちゃん」

「次ぎ言ったら殴る、って言いたいが、今はそれどころじゃねぇ! なんなんだ!? あれは!?」

 千雨の言葉に、朝倉は、スッと真剣な表情で、口を開いた。

「………世の中、私たちも知らない事があるってことだよ」

「なんだって!?」

 いい加減な朝倉の答えに、千雨が激怒し、振り返る最中で、その朝倉が、口を開いた。

「………でも、ね。現実に目の前で起きているんだよ? ………これを、私は、否定できないのよ」

 目の前で引き起こされているその非日常も、現実―――その朝倉の言葉に、千雨の口が、止まった。

 

 そう。これは――――――現実だった。

 

 

 

 

 雄一は、グエディンナを構えつつ、オーエリアと向かい合っていた。互いの身をあたりの炎が紅く映し、揺らめいている。

 オーエリアが持つのは、細身の剣、レイピア。それをヒュン、ヒュン、と振るいながら、口を開く。

「貴方はなぜ、自分が狙われるか、分かっていますか?」

 オーエリアの問いに、雄一は静かに、答えた。

「俺が、異世界の存在だから、か?」

 フェルトキアは、『アカツキ』の存在を知っていた。間違いなくこちらの世界の『天使』が、なぜ『アカツキ』を知っているかは、分からない。

 しかし、オーエリアは首を横に振る。スッと眼を細めると、口を開いた。

「忘れているようですね。いや、思い出されれば、こちらが危険です。………悪いですが、貴方には、此処で確実に消えてもらいますよ?」

 オーエリアがそういった瞬間、彼の姿が、消えた。

 とっさの反応で、グエディンナで心臓を遮った瞬間、火花が散った。

 瞬間的に距離をつめた、オーエリアの突き。正確に突き出してきた一撃は、グエディンナと火花を散らす瞬間、雨のように切っ先が―――ぶれた。

 グエディンナで防いでいる場所以外を、切り裂く斬撃―――それは、雄一の手すら、切り裂く。

 レイピアの戦い方は、そのしなりのある細い切っ先で相手を切って体力を奪い、動きが鈍ったところで心臓を貫く、といった戦い方だ。

そのしなりから繰り出される突きは、他の武器には無い軌道と数を、映し出す。一朝一夕で避けられるものでは、ない。

 雄一は、グエディンナを大きく振るう。距離を取ったオーエリアへ、転身した瞬間、突きを繰り出す。その速さは、今までの雄一の比ではない、最高速の突きだ。

 確実に決まる距離で、最高のタイミングで放たれたその一撃は―――――――

「遅いですね」

 次の瞬間、姿を消したオーエリアを、捕らえられなかった。

 その瞬間、左肩に走る、鋭い痛み。雄一の後ろに回りこんだオーエリアは、そのまま雄一の肩にレイピアを突き立てたのだ。

「くッ!」

 ジリジリと焼け付く痛みが頭に響いた瞬間、自分の右肩から体温が奪われている事に、気づく。

 とっさに、前に『瞬動』―――距離を取る。右手でグエディンナを掴み、左手で右肩を触る。

 氷のように冷たい肩。ピリッと、右腕に痛みがはしった。

 凍傷。一瞬で痛みの質を知ると、雄一は血≠フ巡りを早めた。局所的に体温を上げなければ、動きが鈍くなるのだ。

 それを見逃すわけもなく、オーエリアが、弾けるように飛び出す。それと共に繰り出してきた突きは、避ける間もなく、雄一の左わき腹を、突き刺した。

 早い―――いや、圧倒的なまでに――――迅い。刹那と手合わせするときとは、比べ物にもならなかった。

 しかし、雄一はこの時点で、防御を捨てていた。

反撃するように槍を突き出すが、圧倒的に、遅かった。槍を突き出した時点で、オーエリアは射程距離から逃れている。其の差を、身体に叩き込んだ。

 二人の時間軸が、違いすぎた。人間の反射速度の限界を超えたそれに、雄一の手が詰まっていく。

 その雄一を見て、オーエリアは、息を吐いた。

「―――――正直、がっかりですね。向こうの世界の『歪んだ英雄』が、この程度とは」

 『歪んだ英雄』。

それを聞いて、雄一は息を吐く。そして久々に、頭に来た。

自分が英雄? ―――ふざけるな。

「俺は、英雄なんかじゃない」

 そういい、雄一は、自身のブレスレットへ、手を伸ばす。正直、『武装』しなければ勝てる相手ではない―――そう考え、自嘲した。

 なにを言っているんだ? 俺は。この身はもとより、普通の人間の域を超えられないのだ。もともと、『武装』しないで勝てると思っていたほうが、間違いだ。

 そう。だから俺はあの手を、取ったのだ。

 自身の力を全て使い、目の前の存在を倒す。

そう決めた、まさにその瞬間だった。

その光景に、眼を奪われたのは。

 

 

 場所は、ほんの少し離れた、城を模した場所――――木乃香を護るように刹那が立ち、月詠が前、もう一人の女符術師が後ろで――――遠くから、矢を番えている式神。

 そして、その切っ先が、二人に向けられているのを。

 

 

 雄一は、一瞬で体中に、指示を出していた。

 自身でも耐え切れない、血≠フ『フォトン』を瞬時に動かす、『瞬動』。さっきまで、圧倒的なスピードで雄一を圧倒していたオーエリアよりも迅い、その移動。

 内部の血の巡りが速すぎて、ところどころで血管が破れる。体中に激痛を感じながら、雄一は、その距離を瞬時に詰め、体と血≠ヘ、答え――――――。

 その身を、投げ出した。

 

 

 

 

 

 

 刹那は、瞬時に判断すると、木乃香の手を引いて、その場を逃げ出していた。二対一というふりな状況で戦えるほど、自分に自惚れていないからだ。雄一かチャチャゼロのどちらかが『天使』を倒し、合流してくれるまで、逃げ切るしかない。

 それに、ちび刹那がネギ達を呼んでくれるという選択肢も、あった。距離的にはそう離れていないのだから、すぐに来てくれるだろうとも。

 木乃香を抱きかかえ、人の居ない町並みを駆け抜ける。誘い込まれている、という感覚もあったが、迷うほど、余裕は無かった。

 城の反対側に飛び出した瞬間、千草と呼ばれた女性が、そこに立っていた。

 彼女はビシッと指を差すと、叫ぶ。

「それ以上、動くんやないえ! あそこを見いや!」

 そういって、指し示した先には、天守閣に、弓矢を番える鬼の姿があった。小さく舌打ちし、刹那は夕凪を構える。

「せっちゃん………」

「大丈夫です、木乃香お嬢様」

 大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。神鳴流に、遠距離武器は、効かない。

 それが、慢心だとは、気づかなかった。慢心以外の何物でも、無かった。

 狙いはあろう事か、木乃香だったのだ。

 その場を飛びのこうとした瞬間、矢の狙いが自分ではないと知り、一瞬だけ―――動きが止まった。

 そして、その一瞬は―――絶望的な、瞬間だった。

 高速で飛来する矢は、木乃香の顔面を狙っていた。驚きに双眸を見開く木乃香その距離、実に二メートル―――刹那は、悲痛に顔をゆがめた。

 自身の身体を楯にも出来ない、その距離。

 しかし、突如現れた雄一が、弾く。それを見て、刹那の顔が綻び――――――

 

 そして咲いたのは、血#沫だった。

 

 

 

 まるで、閃光のように。

 まるで、闇を切り裂く花火のように。

 まるで、消え逝く焔の、最後の灯火のように――――――

 

 

 刹那には、見えていた。信じられないほどのスピードでその場に現れた雄一―――――その心臓部へ、紅蓮の矢が突き刺さったのを。

 そして――――勢いを止められず、城の外堀に堕ちていく、雄一の姿を。

まざまざと、鮮明に――――――――。

 

「雄一ぃ!!!」

「雄兄ぃ!!!」

「雄一先生ぇ!!!」

 その時、城の外まで走ってきたネギ達を見つけた。しかし、その距離もまた、絶望的で、雄一の身体は水面に叩きつけられ、盛大に、水しぶきを上げた。

「ちッ! 増援や! 引くで! 月詠はん」

「………了解です〜」

 とっさに判断する千草と、少しだけ後ろ髪を引かれる想いである月詠―――逃げ出した二人を、追う気力も、自分には、無かった。

 後ろへ駆け去っていく足音だけが、耳に響いていた。

 

 

 

 

 ネギ達がちび刹那の案内によってシネマ村に来たとき、入口が封鎖されていた。レウィンが、とっさの判断で高い塀を飛び越え、城に向かって走っていく。

 そして、見たのだ。

 敵の矢から木乃香を護り、外堀に堕ちていく――――雄一の姿。木乃香を狙っていた矢は弾かれ、安堵した瞬間、その安堵を引き裂くように心臓へ、雄一を狙った凶弾が、確かに、突き刺さっていたのだ。

 そして、その距離は、助けるのには、間に合わない、距離だった。悲痛に叫んだのは、ネギとのどか、明日菜の三人。

 そして、盛大に起きる、水しぶき。レウィンはのどかを降ろすと、躊躇も見せず外堀へ、飛び込んだ。

 しばらくして、レウィンが外堀から、飛び出す。その腕には、雄一が抱かれていた。外堀の反対側――――刹那の元で、レウィンは雄一を、降ろす。

 確かに、心臓に矢が、突き刺さっていた。そして、水にぬれた雄一のまぶたは重く落ち、開きそうに無い。時折、体をビクつかせている以外、行動を起こす様子も見えなかった。

「せっちゃん………。雄一さん、雄一さんは?」

 木乃香の言葉に、刹那は静かに、レウィンを見上げた。レウィンはその視線を一身で受け、レウィンは躊躇いもなく口を開いた。

「非常に危険な状態だ。『武装』もせずに、無理に力を使ったせいか、体中の血管が、ところどころで引きちぎれている。傷まみれで水に入ったせいで、軽くショックも起こしている………このままでは、危険だ」

 その時になって、チャチャゼロが現れた。自身の『アーティファクト』を消しながら、口を開く。

「オイオイ、………御主人様、何ノ、冗談ダヨ?」

 そういって、チャチャゼロは雄一を見下ろし、座る。ぺちぺちと顔を、その小さな手で叩くが、その動きはどこか、ぎこちない。

そして、雄一に、反応は、無かった。

「「「雄一(兄)(先生)ッ!!」」」

 その時、残りの三人も、その場に到着した。のどかは、雄一に駆け寄ると、小さく引きつったように悲鳴をあげる。しかし、すぐにしゃがむと、心配そうに顔をゆがめていた。

「雄一先生? ………雄一、先生ぇ………っ」

 次第に、眼尻に涙が溜まる。雄一の左手をしっかりと掴み、自分の額につけていた。

 レウィンは、雄一の上着を剥ぐと、腰に巻いていたサラシを剥がし、心臓に刺さっている矢を引き抜き、瞬時に、包帯を巻きつけた。そして、そっと寝かせる。

 明日菜は、その雄一の横に座り、その顔に手を触れ――――冷たい感触が、手に残ったのを、自覚した。時折聞こえる弱弱しい呼吸音は、今にも消え入りそうなほど、細い。

 ネギが、声を上げた。

「レウィンさん、ど、どうすれば―――!?」

 しかし、レウィンはまったく慌てた様子も見せず、淡々と告げた。

「慌てるな、ネギ様。今必要なのは、安全で静かに出来る場所へ、一刻も早くマスターを連れて行くことだ。………刹那様、刹那様?」

 刹那は、雄一の頬に触れ、自分の口から、血が流れている事に気がついた。かみ締めすぎた下唇から、血が流れ出したのだ。

 情けない。今思えば、いくらでも手はあったのだ。

 

 雄一の言葉どおり、三十分の間に逃げればよかった。

 自分の『アーティファクト』を使い、木乃香と姿を消せばよかった。

 自分の力に、過信などしなければ―――――良かったのに。

 

「刹那様」

 決して、相手を咎めるわけではなく、戒めるわけではない―――鋭い声。それに自身を取り戻した刹那は、静かに顔を挙げると、口を開いた。

「………本山に向かいましょう」

 時間は、無かった。

 

 

 

 夕映とパル、朝倉に千雨をおいていくわけにも行かず、連れて行くことにした。あまりにも突然すぎる変化に戸惑い、恐れる中でも、雄一が危険な状態だと知ると、千雨は叫んでいた。

「はやく病院に連れて行けよ!」

 その千雨の言葉に、レウィンは静かに首を振った。

「病院では、襲撃された際に、処理しきれない可能性もある。敵は、二つ―――なら、刹那の言葉を信じたほうが、いい」

そのぐったりとした雄一の横をあるくチャチャゼロは、笑顔ながらも、感情が読み取れなかった。

ただ、ずっと雄一を見上げていた。

 二回目。本山への階段を、上る。道中は静かで、誰も口を開こうとはしない。

 そして、長い階段を上ったところで、その光景に、皆が口を開いた。

 広大に広がる敷地に、深紅の巨大な鳥居。そして、華厳な風格をもって立つ門の前には、何十人という巫女や頸王の姿。

 そして――――――

「「「「木乃香お嬢様!! お帰りなさいませ!!」」」」

 同時に、周りの桜から花吹雪が、舞い上がった。呆然と口を開いているネギ達へ、木乃香が、声を上げた

「ここ、うちの実家なんや〜〜」

 そして――――――――

「「「「「「『ええええええッ!?』」」」」」」

 ネギ、カモ、明日菜、のどか、パル、千雨、朝倉の驚きの声が、辺りに響いた。

 それと同時に、白髪の老格な雰囲気を持つ男性が、進み出た。堀の深い顔に、優しい顔立ちを持つ彼は、真剣な表情のまま、口を開く。

「ようこそお越しくださいました。私は、近衛 詠春です」

 そこに立っていたのは、関西呪術協会の長―――近衛 詠春。そして、木乃香の父親であり、刹那へ木乃香の護衛を頼んだ張本人である。

 彼は静かに視線を這わせると、告げた。

「現状は、分かっています。………腕利きの医療班と部屋を用意させておきましたので、どうぞ」

 詠春が進めるとおり、皆は総本山へ足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 雄一達を横にし、ネギ達は西の長と対面していた。チャチャゼロは、雄一のそばを離れないうえ、いまだに眠っている夕映とパル、千雨は状況の変化に戸惑っており、雄一の居る部屋にいたのだ。

仕方なく、他の七人―――ネギとのどか、木乃香、明日菜とレウィン、朝倉とカモで対面していた。大きなお座敷の、一段上がった場所で静かに座っているのは近衛の父親、詠春だった。

 本当は、誰もが雄一から離れたくなかった。心臓を突かれた雄一は、レウィンや医療班が傷をふさいだものの、後は、本人の意志の力次第だ、といわれたのだ。

 峠は、今夜。

刹那は、自分の体に力が篭るのを、感じていた。

「………もう一度、自己紹介をしておきましょう。僕が、木乃香の父であり、関西呪術協会の長、近衛 詠春です」

 そういって、詠春はまず、頭をさげた。突然の行動に驚いたのは、ネギ達だけではなく―――重臣と思われる人物達からも、だった。

「この度は、部下である天ヶ崎 千草とその手の者達により、雄一という、大事な人を傷つけてしまい、申し訳なかった」

 詠春の言葉―――それに、レウィンが答えた。

「気にするな。そんなことより、ネギ様、親書を」

 思いのほか冷たいレウィンの態度に、明日菜が叫んだ。

「レウィン! そんなことって―――雄一は、死に掛けてるのよ!?」

 明日菜の叫びに、全員がそう思ったのだろう、口を紡ぐ。

 しかし、レウィンは明日菜に冷ややかな視線を向け、口を開いた。

「前線に立っている以上、そういうことは、私もマスターも覚悟している。それよりも、マスターが命を賭してなしえようとした事を、きちんとこなす事が、先決だ」

 レウィンの淡々とした口調に、明日菜が身を乗り出し、彼女の頭から響く、CPUの駆動音を、聞いた。

甲高くなっていく処理音を隠すように、レウィンが告げる。

「『感情』とは、厄介なものだ。………これほどまで、自我を抑えるのに精一杯になる」

 考えれば、わかる事だった。【相棒】であるレウィンが、その片割れの心配をしないはず、無いのだ。もしかしたら、この中で一番心配しているのかもしれない。

 のどかは、ずっと『仮契約』カードを心配そうに見ていた。カモの説明により、契約者が死ぬとカードから「称号」や「徳性」などが消えると、聞いていたのだ。

「………心配なのはわかりますが、手はうっています。それに、此処にくればもう安心です」

 鬱蒼とした雰囲気を吹き飛ばすように、詠春が口を開こうとした瞬間だった。

「皆ッ!? 大変ッ!」

 どたどたと駆け込んできたのは――――朝倉。彼女は息も絶え絶え、両目に涙を溜めつつ、叫んだ。

「雄一先生の心臓が止まっちゃったよ!?」

 

 

 世界は、静かに軋み始めていた―――――――――

 

 

 

               続く。

 

 

 

 



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