さて、心に一生残る傷を残してしまった、雄一だ。前回はここを朝倉に乗っ取られるという失態を演じたどころか、刹那やのどかに―――――――あぁ………。
いや、思考を切り替えよう。二人にはノーカウントにしてもらい、闇歴史に葬り去ってくれれば良い。
しかし、それは違った。予想していない事が、あの白イタチによってなされていたのだ。
いや、予想は、それなりに立てていた。ある程度予測は出来た事だし、予見も出来る行動が、多々あったのも、認めよう。
しかしレウィン………お前は、俺の敵なのか? そうなのか?
「私はマスターに幸せになって欲しいだけだ」
………よし。次の粗大ごみに出してやる。
京都旅行 三日目! その一 冷厳槍月流と神鳴流と
龍宮 真名は、不機嫌だった。
理由は、簡単。昨日の夜行われた、【雄一先生とネギ先生へ伝われ気持ち! 愛のラブラブキッス大作戦♪】の結果を聞いたから、だ。
あろう事か、勝者はあの刹那とのどか、楓。楓はネギ先生だから良しとしても、刹那とのどかが雄一の唇を奪ったのだ、と知ると、漫然たる怒りがわいた。
だから眠れず、不機嫌だと思いながらも、裏庭を歩いていたのだ。時刻はすでに三時――――旅館は、静かに寝静まっている。
(………そもそも、私はなぜ、雄一先生が好きになったんだ?)
それは、自答しなくても分かる。分かるからこそ、腹正しかった。
下弦の月は、淡く光を降ろし、その中で光を生んでいた。視界にきらきらと光る光の粒子を見つけて、真名は眉をしかめた。その人物を認めた瞬間、息を呑む。
裏庭、池の近く。そこに立っていたのは、雄一。両目を瞑り、右手には自身の武器、ガラスの槍、《グエディンナ》を構え、ただ、立っていた。
それは、不思議な光景だった。
文明の火が消え、まぶしい位に降り注ぐ月の光の下、ガラスの十字槍を持ち、ただ底に立つ彼の姿は、何より、美しかった。
そして、雄一は、ゆっくりと槍を構えた。
一気にその場を飛びのくと、槍を下段に構え、大きく身体を回す。大きく振り回した槍を左手で受け取ると、転身―――先ほどとまったく同じ動きで、槍を振るう。
そして、足を踏み出した瞬間に、放たれた突き。水面が風に揺れ、やがて、静まり返った。
教えどおりの型ではない、ただ振るってきただけの、槍の動き。しかしそれでも真名は――――とても力強く、見えた。
雄一は、片手だけで槍を回すと、掴む。そのときにはすでに十字架に戻っているグエディンナを腰のホルダーに戻し、ため息を吐いた。
「………こんなんじゃ、だめなんだろうな」
――――分かっているのだ。今でも分かるとおり、ただの人にしか過ぎない動きで全てを護ってきた、彼の戦い方と、全てを包み込むような安心感に、自分が包まれたいと思っていたのだから。
なのに、眼前の存在は、それに満足していない。
「………なにがだい? 先生」
気がつけば、真名は話しかけていた。突然の訪問者に、両目を見開き、雄一は振り返った。その視線の先に真名がいることに気がつき、苦笑した。
「おい、生徒はもう寝る時間だぞ?」
「気にしないでくれ。先生には関係の無い事だ」
自分で思ってしまうほど、不機嫌そうな声に、内心嫌になった。自分から話しかけて、その態度は無いだろう? 私。
しかし、雄一は苦笑するだけで、咎めようとはしなかった。
「そうそう、真名。ちょっとこっちに来てくれないか?」
「なんだい? たいした用じゃなければ、ごめんこうむりたいけどね」
冷たい―――――どこまでも嫌な奴だ。私は。いくら雄一でも、嫌になるだろう。
しかし、雄一は苦笑するだけで、今度は歩み寄ってきた。
思いのほか近くまでより、彼の顔が近くにくる。相好を崩している彼の顔は、とても安心できる優しいものであって、すっと、私の耳に、触れた。
そして、冷たい感触が、耳に残った。いぶかしげに雄一の手が離れた場所に触れると、イヤリングが、填められていた。
驚きに表情を染める私へ、雄一は告げた。
「レウィンって、俺の仲間が良いものを持ってきてくれて、な。これから危なくなるだろうし、お守りだと思ってくれれば良いさ」
それは、雄一からのプレゼント。
彼は気恥ずかしそうに頬をかくと、苦笑する。
「とはいっても、俺の手作りだからな。かっこ悪いのは申し訳わけないが、しててくれると嬉しい」
―――――――私はなんと、情けない女なんだ。たかだかゲームで負けたぐらいで、西の刺客から生徒たちを護るために動いている雄一へ、八つ当たりするなんて。
そして、なんて卑怯な人なのだ。そんなことを言われてしまったら―――――
「すまない」
謝るしか、無いじゃないか。雄一先生は、私の謝罪に怪訝そうに小首をかしげていた。私はそれが大変面白く、思わず、笑ってしまった。
どうやら、私の心の焔は、消えないらしい。
なお―――余談だが、朝起きたまき絵が見た真名は、いまだかつて見せた事が無いぐらいの上機嫌だったそうだ。
朝方、ロビーが大破したホテル嵐山も、レウィンが事前に頼んでおいた業者と、彼女自身の行動で、すでに夜明け前までには完全に復元されていた。よくよく考えると、旅館内の従業員がいなかったことから、彼女の周到さが、伺える。
そのレウィンを交え、雄一とネギ、明日菜と刹那、のどかに楓、カモと朝倉は、朝のロビーに集まっていた。ちなみにチャチャゼロは、エヴァの元でお仕置きを受けているそうだ。
………何をしたんだ? チャチャゼロ?
彼らの前に在る机の上にあるのは、色とりどりのカード。それを眺め、雄一は――――。
「よし、カモ♪ 温泉に入ろうな?」
満面の笑顔で、両手両足を縛られたカモを掴む。彼の目の前には、温泉――――と銘が打たれた、てんぷら鍋が置いてあった。
『揚げる気じゃないっすか!? た、助けてくれえぇえぇぇぇぇぇ!?』
カモは身をよじり、雄一の手から逃げようとするが、効果は無い。小麦粉を振り、卵の入っているパッドの中に入れ、入念にパン粉をまぶす。
ちなみに、誰もとめようとはしなかった。朝倉は朝倉で、自身に降り注ぐ災難を恐れ、震えているのみだ。
「もう、そのくらいにしてあげてください、雄一さん」
と、業務用の油がぐつぐつと煮えたぎった鍋へ、カモを入れようとする雄一を止めたのは、意外にも刹那だった。
彼女は、机の上においてある『仮契約』カードを持ち上げると、困ったような微笑みを浮かべた。
「カモさんの言う事はわかりますし、今は少しでも力が欲しいときです。そ、それは、その、恥ずかしかったですが、その、嫌、というわけでは、ありませんし………」
途中までは真剣だったが、だんだん顔を真っ赤にしていく刹那。湯気が出ている彼女を見て、雄一はため息交じりに、カモを解放した。
「刹那に感謝しろよ。俺は、本気だったからな」
雄一の言葉に、カモが高速でうなずく。それほど強く、怖かったのだろう。
「………んで、朝倉はどうするか。爪でも剥ぐか?」
「あんたが一番危険じゃない!」
パシン、と、明日菜が雄一の頭を叩く。確かに、先ほどから雄一は情緒不安定だった。
自身でもそう感じていたのか、叩かれた後頭部をさすると、小さく頷く。
「ああ、流石にやりすぎだな。………いや、話を戻すか。おいコラ白イタチ。これの具体的な使用例を挙げろ。十秒以内に挙げられなかったら、お前をカラッと揚げてやる」
突然話を振られ、卵と小麦粉まみれだったカモが、驚きの顔を向けてきた。
『は!? だ、旦那、何を「はい、一、二、三、四、五、六、七、八、九、一〇。はい残念でした。ほれ、さっさと――――」いやあああああッ!? 尻尾が、尻尾が!?』
油に少しだけ触れた尻尾が、色を持つ。それに悲鳴をあげるカモを、雄一から助けるために明日菜たちが一斉に抑える。
ちなみに、朝倉の罰は、廊下でバケツを頭の上において立っている事だった。今から朝食までの三時間である。地味に辛い。
「すまん………。キスのことになると、どうもトラウマが………」
雄一のファーストキスの相手は、『アカツキ』の一つだった。
無理やり奪いそうな姉である蓮は、「結婚式での誓いのキスがファーストキスって、素敵よね♪」などと、世間一般常識を軽く無視する言葉を吐いていて、無理やり奪おうとはしなかった。
あろう事か、その姉と敵対関係にあった『アカツキ』とキスしたことにより、東京のお台場が沈んだのは、雄一のガラスの心を綺麗に砕いた思い出だ。戻らない。
とはいえ、と雄一は頭を振るう。
「あんまり俺が嫌がってたら、二人の気分を害すだけだしな。とりあえず、カモ。今度こそ説明を頼む」
雄一の言葉に、ようやく安堵の息が漏れた。嫌がられているのか、と思っていたのどかと刹那は、互いに顔を見合わせ、安堵の息を吐き、同時に顔を真っ赤にする。
その二人を置いて、カモがチャチャゼロのカードを掲げ、叫んだ。
『これさえあれば、『従者(ミニステル)』といつでも念会話が出来る上、オリジナルカードを持っていれば、近くに呼び出す事も可能でっさ! さらに、それ特有の専用アイテム(アーティファクト)を出す事が出来るのよ! このカードは「称号」「徳性」「方位」「色調」「星辰性」と「アーティファクト」が――――って、あれ?』
そこで、カモが言葉を区切った。その態度に訝しげなものを感じた全員の視線を浴びながら、カモは怪訝な顔をして、小首をかしげていた。
「どうかしたのか? カモ」
『あ、いや、みなれねぇ数字があって………。何々? 『Photon・Roth』――――なんじゃコリャ?』
訝しげな声を上げるカモ。確かに、前後の文字は英語のようだが、このような使い方を聞いたことが無い。しかも、その横には数字が表されていた。
刹那は、三〇〇、のどかは二八〇〇、チャチャゼロは一二〇〇と、その数値も共通性が、ない。『魔力』の量でも、『氣』の量でもないようだ。
しかし、雄一とレウィンには、覚えが在った。互いに顔を見合わせると、小さく肯く。
そして、レウィンが口を開いた。
「………おそらく、『フォトン・ルース』を当て字にしたものと思われる」
「フォトン………」
「ルース?」
明日菜が呆けた様に返し、のどかが続く。二人に肯いて見せながら、レウィンは告げた。
「私やマスターが使っている能力で、はっきりいえば、光子――光の粒子と呼ばれるものを操るものだ。とはいえ、実際に眼にしている光とは違い、こちらにはさまざまな指向性を与える事ができるので、我々は発光する粒子―――光子とは呼ばない。応用した光子魚雷を内蔵しているが、厳密には『フォトン』と光子は違う」
話がそれたな、と小さく告げ、レウィンは目を閉じた。
「大まかに言えば、指向性を持っている『氣』の、さらに純粋化したものだと思ってもらえば、間違いではない。完全に指向性を持っている『氣』とは違い、力は弱いが、応用が利くと思ってくれ。ちなみに、『フォトン・ルース』とは、『フォトン』の内包量を示す言葉だ」
レウィンの言葉に、カモが納得したようにうなずく。
『ってことは、本屋のねえさんが、もっとも多いって事か。剣士のねえさんは『氣』の達人だから、必然的に少なくなるわけだな?』
「それ以外に、人種でも血統が純粋な者は多く、過去にほかの人種と配偶していた場合、少なくなるといわれている。………ここで言っておくと、私は限りなく純粋な『機械人形』だから、必然的に多くなる」
レウィンがそういった時、刹那が一瞬戸惑った表情を見せた。その後、神妙な顔をして押し黙る刹那へ、雄一が声をかけようとして――――。
「で、よかったか? マスター?」
「あ、ああ。そうだな」
レウィンの声で、雄一は声をかけるタイミングを逃す。もう一度視線を皆に向けると、苦笑しながら言った。
「ちなみに、『魔力』や『氣』とは違い、内包量が変わる事は、ない。使い切ったらしばらく強制的に睡眠をとらされる上、ひどいときは死ぬ事もある」
雄一が戦闘で『フォトン』を多用しない理由――――それは、まさに今の言葉通りだ。血≠フ中に異常なまでに高い『フォトン』を宿しているとはいえ、使い切れば間違いなく、雄一は、戦闘不能になる。
苦笑交じりに、雄一が言葉を区切った。
「とはいえ、操れるかどうかは、完全に先天性のものだ。時に例外もいたが、まぁ、マイナーな能力だし、深く気にしなくて良いだろ?」
雄一の言葉に、全員が納得したようにうなずく。そのさまを見て、雄一は誰にも知られないように、苦笑した。後天性に『フォトン』を操れるようになったのは、雄一だからだ。
「それは良いから、カードの説明だろ? カモ」
雄一の言葉に、なにやら悩んでいたカモが、慌てて顔を上げる。
『おお、すまね。………んで、絵柄は本人の特徴とアーティファクトをあらわしているんっすよ!』
カモの言葉に、雄一が感心したように声を上げた。今更だが、魔法≠ニいうのは、奇想天外な存在である。
「………どんなんだ? 刹那、見してくれるか?」
「え、ええ。良いですよ」
そういって、刹那が渡してくれたカードには、刹那が夕凪を構え、もう片方の手で何か布状のものを翻している姿が描かれていた。
白い布を囲むように赤い紐が通された、和風の布――――それを見て、雄一が眉を潜める。
「なんじゃ? コリャ? 刹那の事だから、てっきり刀か何か、かと思ったんだが・・・」
雄一の言葉に、彼女もうなずく。
「ええ。私もそう思っていたんですが、どうやら、防御用か移動補佐系の道具みたいですね。私には夕凪があるので、良いといえばそれまでなんですが………」
全身を覆い隠すような白布を見て、カモがふっふっふ、と不敵に笑うと、気合に満ちた声を上げた。
『そいつは、『氣』を込めれば結界を作り上げられる上、それだけでも弾く事ができるし――――認識阻害や外界遮断とか、防御用じゃあ、最高級の防具でっさ! 名前は、《hermit of Baal(ハーミットゥ・オブ・バアル) 》―――直訳で、『隠遁者バアル』ですぜ!』
カモの説明を聞いて、ネギが驚いたように顔を上げ、何かを悩むそぶりを見せた後、肯いた。
「バアル―――スペルから見ても、ソロモン王 七十二柱の精霊の一柱ですね。伝承では召喚者を透明にする能力があるらしいですし、防御に長けているのも、理解できます」
そういった類の知識は豊富なネギの説明を聞き、全員が感心の声を上げた。ちなみに、五十一柱のバラムも同じ能力を持っているのだが、それはさておき。
ただ、どこか嬉しそうだったカモも、納得できていないようだった。訝しげに小首を傾げると、口を開く。
『しかし、………これも大概におかしいんっすよ? 本来、悪魔やら天使やらの名を冠した道具なんて、そうそうたやすく出るわけないんすが………今回に限って、三人が同じなんすよ?』
そういって、カモはのどかとチャチャゼロのカードも示す。
のどかのカードは、彼女の周りに三冊の本が浮いているもの。カモが言うには、《Astaroth of thesaurus(アシュタロト・オブ・シソーラス)》―――直訳で『アシュタロトの宝典』である。
アシュタロトといえば、キリスト教によって悪魔の姿に変えられた、女神アスタルテの事だ。地獄の公爵として君臨し、人に怠惰な生活を送ることを目論む悪魔で、未来、現在、過去を知りえた存在らしい。
そして、二本のナイフを体の前で交差し、構えるチャチャゼロ―――《Lerajie of decapitation; knife(レライエ・ディカピレイション・ネイフゥ》―――直訳で、『レライエの首切りナイフ』。
レライエは、もともと弓矢を持つ緑色の服をきた狩人の姿で現れるのだが、ナイフを扱う事もある。しかもそれは傷つけた傷の治りを遅くし、闘争本能に火をつけることが出来た弓矢と同じ能力を持っていたらしい。
三人のアーティファクト、それぞれがソロモン王七十二柱の悪魔の名を冠しており、その能力も、分かりやすい――――が、カモは、怪訝な表情を浮かべていた。
『どれもレアな悪魔――――しかも、ソロモン王の七十二柱と来れば、何かしらシステムに異常が起きているのかもしれねぇ………。表記も、英語だし』
言語は元になるものが多いとはいえ、三人が三人、英語表記で書かれている。『フォトン・ルース』の事といい、悪魔のことといい―――どこか、不安だった。
難色を示すカモやネギを見ながらも、明日菜は首を左右に振った。
「でも、問題は無いんでしょ? どれも怖そうだけど………強そうじゃない」
問題を投げやる明日菜に、訝しげに首をかしげるネギとカモ。雄一は雄一で、チャチャゼロのカードを取り上げると、適当に納得したように肯いた。
「ま、それでも、心強いわけだ。………っと、カモ、アーティファクトって、どうやって出すんだ?」
雄一の訝しげな声に、カモは思考をやめ、ビシッと手を伸ばしながら、こたえた。
『カードを持って「来たれ(アデアット)」でさ。戻すときは、「去れ(アベアット)」でっせ』
カモの説明を聞いて、二人は再度、カードを眺めた。それを見て、ネギは小さく魔法≠唱える。どうやら、認識阻害の魔法≠つかったようだ。
そして、笑顔で答える。
「さっそくやってみたらどうですか?」
ネギの言葉に、刹那は肯き、のどかはおずおずとカードを持つと、小さく肯く。明日菜も、カモから複製カードをもらい、掲げた。
「「「来たれ(アデアット)!」」」
三人の、異口同音の声――――その瞬間、明日菜のカードが引き伸ばされ、ポンと、ハリセンが現れた。熊鬼を一撃の下に葬り去った『芸人殺し(リーサル・ウェポン)』であるそれを見て、明日菜が歓声を挙げた。
「すごい! 芸に使えるわよ! これ!」
「その思考に走るお前がすごい」
世界の神秘を芸に使おうなぞ、明日菜ぐらいしか思いつかないだろう。ある意味、本当に『芸人殺し(コメディアン・キラー)』なのではないか。
刹那のカードは、薄く刹那を包み込んだかと思うと、次の瞬間、ふわりと彼女の身体を包む、白布が現れた。左の鎖骨の場所で軽く留められているだけとはいえ、動きを阻害しそうにはない。
のどかのカードは、三つに分かれたかと思うと、彼女の周りで三冊の本になり、ふわふわと浮いていた。それぞれ、赤、青、白の三色に分かれており、のどかが自由に動かせるようだ。
そして、勝手に白い本が開くと、ぱらぱらと本がめくられた。それに驚きも、のどかが其処に書かれていることを、読もうとして―――――。
「………読めないですぅ」
どてっと、全員がこける。のどかの眼が、今にも泣き出さんばかりに潤んだとき、異変が起きる。ラテン文字がぐにゃりと曲がり、日本語に変わったのだ。
驚いているのどか達を置いて、レウィンが本を受け取り、読む。
「『この本達は、過去、現在、未来を詠むことが出来る。しかし、未来のそれはその時点でもっとも確率の高いものでしかない。現在のそれは、今、自分が置かれている状況を把握できる。過去は、当人の許可がある場合のみ、多人数へ視≠ケる事が出来る。………これを使い、未来に絶望するも良し、過去に縛られるも良し―――――好きに使うと良い。堕落してすごしてくれ』」
レウィンの読んだ、本の説明を聞いて、のどかは、体が震えた。使いようによっては、どんな武器よりも恐ろしい存在が、手元にある――――それも、仕方ないだろう。
「なんか、悪魔らしい忠告よね………」
明日菜が神妙な表情で呟く。こういった方向に脚を踏み込んでいるからそれなりに覚悟はあるようだが、やはり恐れはあるらしい。
おおむね皆の考えが同じだったとき、レウィンは本を持ち上げ、先を読んだ。
「『P・S まぁ、ぶっちゃけると、相手の心も読めちゃうし、未来も少しは見えちゃうから、恋も勉強もがんばってね♪ 貴女のアシュタロトより♪』」
ドテッ、と。全員がこけた。
レウィンはそのページを読み終えると、そっと本を閉じ、感慨深そうに肯くと、口を開いた。
「成程。人をおちょくる事に関しては、さすが悪魔というべきだろう」
なにやら通じ合うものがあるのだろう、上機嫌なレウィンを見て、雄一は思う。そっくりだと。
「………つうか、貴女のアシュタロトって………バアルだかなんだかの妻だろ? 確か・・・」
頭を押さえていた雄一の言葉に、レウィンはさらに感心の声を上げた。
「さすが悪魔、浮気はお手の物か」
「………とりあえず、お前が持ち主でなくてよかった」
雄一は、ため息をはきつつ、あたりを見渡す。朝早く集まってもらったのだが、早すぎて旅館の従業員が、ようやく動き出したぐらいだ。
起きてくれた皆は、少しだけ眠そうだが、体調は悪くなさそうである。
「チャチャゼロのも見たいが、降りてこないしな………」
雄一のぼやきに、カモが反応した。
『なら、呼んでみればいいじゃないっすか。やり方は、オリジナルのカードを掲げて、召喚(エウオケム・テー)、と名前を叫べば大丈夫っす』
そんなことも出来るのか、と雄一は感心した。これなら、のどかや刹那が危ないときは、呼び出すことが出来る。
「………やって見るか」
そういい、雄一はオリジナルカードを掲げ、叫んだ。
「召喚(エウオケム・テー)!! チャチャゼロ!!」
雄一がそう叫んだ瞬間、身体に、蟲が走る。血管内を逆流するように走るそれは、雄一の持つカードに収束すると光を発し、膨らんだ。
次の瞬間、現れたのは――――ボロボロの、チャチャゼロだった。顔にヒビが入った状態で、表情を変えずに倒れる姿は、汚れた人形の、それだった。
「チャチャゼロ!」
悲鳴をあげ、雄一は彼女の身体を抱き上げる。チャチャゼロは、その頃になってようやく雄一を見上げ、震える小さな手で、胸を掴んだ。
「ケ、ケケ、サ、サンザンオ前ヲ弱イトイッテイタケド、俺モ、マダマダダッタゼ」
雄一は、息を呑み、彼女の細い手を握る。首を小さく横に振りながら、悲痛な声で叫ぶ。
「もういい………ッ! もう喋るな、チャチャゼロ!」
何も映し出さない、彼女の眼――――雄一は、頭をふるう。
「オマエハ、………不幸ニ、ナ」
バタン、と、彼女の手が―――雄一の手からこぼれる。そしてもう、彼女は――――動かなかった。
「チャチャゼロオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!?」
雄一の悲痛な叫びがロビーに響きわたり――――――――――
「………なぁ、乗っておいてなんだが、何時まで続けるんだ?」
「ケケケ、ノリガ良イナ、御主人『様』」
エヴァとの区別をつけるためなのだろう、雄一を「御主人様」と呼ぶチャチャゼロは、カラカラと笑うと、雄一の腕を掴み、よじ登って所定の位置(肩車)に戻る。ボロボロだが、彼女は気にした様子も無い。
そのチャチャゼロへ、雄一は苦笑しながら、偽造カードを渡す。それを受け取ったチャチャゼロは、軽快に受け取った。
「オ、コレガ俺ノ『仮契約』カードカ。ナカナカ、良イ趣味シテルゼ」
そういって、眺めるチャチャゼロ。今では彼女が、雄一の子供にしか映らないのは、なぜだろうか。
全員が微妙な表情を浮かべる中、雄一が口を開いた。
「………そういえばお前、エヴァと『契約』しているんじゃないのか?」
雄一の言葉に、あ、とネギが声を上げた。チャチャゼロは、エヴァの『従者(ミニステル)』―――なら、多重契約になるのだろうか。
しかし、彼女は軽く笑うと、答えた。
「俺ハ、創リダサレタ存在ダガ、正確ニハ『契約』シテナイゼ?」
なんでも、チャチャゼロを魔法≠ナ造ったのはエヴァだが、『契約』みたいなものはしていないらしい。あの怪力やすばやい動きは、彼女の持ち前のものだそうだ。
説明しながらも、『仮契約』カードを見ているチャチャゼロは、おもちゃを与えられた子供みたいで、ほほえましい。ただ、その道具が首切りナイフだと思うと、素直に笑えそうには無かった。
苦笑している明日菜達を見て、雄一が声を上げた。
「………と、忘れるところだった」
そういって、雄一はポケットに手を入れ、何かを取り出した。のどかと刹那のほうにそれを差し出す。
雄一の手に乗っていたのは、翡翠色の宝石がついたブレスレットと、紅玉の付いた指輪。驚きの視線を向ける二人へ、雄一は明日菜のほうを見て、苦笑した。
「明日菜に挙げたネックレスと、同じもんだ。明日菜ほど時間をかけられなかったのは、申し訳ないけど………勘弁してくれ」
ブレスレットは、二本の細い銀色の金属が結われたようなデザインであり、指輪は細かい一点のデザインが施されたものだった。
確かに、明日菜が持っているネックレスに比べ、手がかかっているようには思えなかった。
しかし、雄一はあの後、寝ずにこれらを作りあげたのだ。三つ作り、一つは真名――――二つを彼女たちのために、だ。
その雄一に、刹那とのどかは顔が赤くなる。それを見て、明日菜は微妙な顔をした。その顔をした理由が、自分にも分からず、小首をひねる。
「刹那は剣士だから、持つのに邪魔にならないように、ブレスレットにした。のどかは、その、なんつうか………ダサいけど、指輪だ。嫌かもしれないけ「そんなことありません!」――――そ、そうか」
雄一の言葉が紡がれるよりも早く、のどかが否定する。刹那は、少しだけ不満そうに顔をしかめたが、自分のことを考えて雄一が作ってくれたものだと思い、すぐに笑顔になった。
それぞれ受け取り、刹那は右腕、のどかは中指に填めた。填まるのが、その指しかなかったのだ。少しだけがっかりして、顔を真っ赤にする。
その間、チャチャゼロとレウィンは話をしていた。
「チャチャゼロ様。これを」
そういって、彼女は手のひらを広げる。その手のひらに乗っているものを見て、チャチャゼロは、怪訝そうに答えた。
「ン? 俺ニハ、ソウイウモノハ――――――」
そのチャチャゼロを抱きかかえ、レウィンは少しはなれた場所まで持っていき、彼女を立たせる。体格差があるので、レウィンはしゃがみこむような格好で、彼女へ耳打ちをした。
しばらく話し合った後、チャチャゼロは少しだけ距離を取り、レウィンを頭から下までじっくりと眺め――――彼女と、がっしりと腕を組んだ。
「感謝スルゼ、レウィン」
「いえいえ、お気になさらず」
雄一は、知っている。こういう時の彼の周りのロボットは、大概、碌でも無い事を思いつくのだということ。それはもう、確信以上の確信で。
意図的にその事を頭から除外し、雄一は締めくくった。
「それじゃあ、十時ごろにいったん集合。のどかは、そうだな………。ネギ達のほうについていてくれ」
雄一がそう締めくくると、全員が肯き返した。
「んで? 朝倉はどうするの?」
「………………………解放してやれ」
廊下で、バケツを持っていた朝倉は、このときになってようやく解放されたのだった。
「んで? なんでパルと夕映っちがいるんだ?」
三日目、朝の出発時間の頃。
朝食時、なにやら涙目で雄一に怒りかかってきた鳴滝姉妹と、ややボロボロながらも元気そうなクーフェ達の誘いを断っていた雄一は、そこに集まった人物を見て、眉を潜めていた。
ちなみに、エヴァに協力を申しこんだところ、痛くご立腹の様子で、ずっとすねたように顔を逸らしているだけだった。茶々丸はすねているだけ、と言ったが、何にすねているのだろうか。
集まったのは、ネギ(とカモ)、明日菜、木乃香、刹那、のどか、レウィン、頭の上のチャチャゼロ、そして五班の夕映とパルだった。ここに居ない朝倉は朝倉で、その事に小首をかしげるところもあるが、パルと夕映がここにいることは、それ以上の意外としか言いようが無い。
其のことを彼女に尋ねてみると。
「いや、だってさぁ〜〜〜〜。なんか、面白そうなんだもん♪」
などと、ほざいてくれた。怪しい触覚をくるくる回しているのを見ると、何かを察したのかもしれない。
とはいえ、追い出すわけにも行かず、全員で出かける事になったのだった。人通りの多い場所で、それとなく別れ、親書を渡しに行くという作戦だったのだが――――――――
「………ゲームセンターかよ」
明日菜たちが入っていったのは、大きなアミューズメントパーク、ゲームセンターだった。コインゲームから箱型まであるので、人ごみはかなり多い。
「し、仕方ないじゃない! 文句あるの!?」
不機嫌そうに叫ぶ明日菜へ、雄一は軽く首を横に振った。
「いや、さすがにこの人ごみだと、敵も襲ってこないだろ。ただ、木乃香から眼を離すなよ?」
「………わ、わかったわ」
雄一の言葉が意外だったのだろう、明日菜が戸惑ったように肯く。ネギは、というと、これまた結構興味津々の表情で、夕映やパルと共に辺りのゲームで楽しんでいた。
(………ま、修学旅行だし、楽しむのは間違っていないしな)
たとえ、それがゲームセンターだとしても、だ。
本当なら、こんな騒動には、巻き込みたくない。心の奥から楽しんで欲しいし、危険なことなんて、何一つやらせたくなかった。
そう考えていると、頭の上のチャチャゼロが声をかけてきた。
「オイ、雄一。ソコノ箱ハ、何ダ?」
チャチャゼロに言われ、雄一は視線をそちらに向ける。そこにあったのは、赤やら青やらで装飾された機械―――プリクラボックスだった。
懐かしむように声を上げつつ雄一は説明した。
「簡易写真機だよ。プリクラっつってな、自分でコーディネイトできるから、流行ってんだよ」
昔はな、と胸中でつぶやく。雄一の時代では、もはや過去の産物となりつつある存在だが、根強いファンも多い。ここは別世界でも、過去の世界なのだ。
そんなことを考えていると、チャチャゼロは興味深そうに、雄一から身を乗り出して、告げた。
「ホウホウ、面白ソウダナ。雄一、撮ッテミヨウゼ?」
「意外に、好奇心旺盛だよな、お前って」
チャチャゼロの思わぬ一面に驚きながらも、雄一はあたりを見渡す。ちょうど、そこに明日菜と刹那、木乃香にのどか達が歩いてきたので、声をかけてみる。
「なぁ。プリクラ撮ろうと思うんだが、一緒にどうだ?」
雄一の問いかけに、刹那が過剰に反応し、驚きの叫び声を挙げていた。のどかはのどかで、顔を真っ赤にしているし、明日菜は意外そうに驚いていた。
「へ? 雄一って、そういうの、好きなの?」
「いや、チャチャゼロが撮りたがっていて、な。せっかくだし、皆と思い出でも―――と思ったんだが、嫌か?」
よくよく考えれば、男女でプリクラを撮るなど、そう多くあるわけでもない。雄一としては、友達感覚で声をかけてみたのだが、彼女たちの反応を見る限り、あまり良い返答は戻ってきそうになかった。
と、思っていたのだが。
「別に良いわよ?」
と事も無げに、明日菜は答えてくれた。
「あ、あの、わ、私も、だ、大丈夫です!」
顔を真っ赤にして、のどかも了承してくれる。刹那は刹那で、何故か咳き込む様子を見せながら、顔を真っ赤にし、答えた。
「わ、私は、そういったのは苦手ですが、雄一さんが、そういうなら………」
「………ところで刹那、顔が赤いし、咳をしているようだけど、風邪か?」
雄一はそういうと、彼女の額に手を当てる。かすかに熱を持っているが、風邪ではなさそうだ。さらに顔を紅くしてしまい、雄一は慌てて手を離す。
ついで、木乃香を見る。彼女の周りには、パルと夕映、ネギとレウィンがいるので、問題はなさそうだ。
性格はどうあれ、レウィンは雄一よりも強い。彼女の本気の姿を思い出し、苦笑しつつ――――息を吐いて、三人に向き直った。
「それじゃ、いくか」
「マズハ、俺カラダ」
そういって、雄一はチャチャゼロと一緒にボックスの中に入り込んでいった。
レウィンは、静かに顔を上げた。今は、あたりを警戒するように、センサーを張り当てていたのだ。
彼女のイヤーカバーから伸びたアンテナが、異様な電波を察知する。『普通』の人間とは違う反応に、スッと視線を向けた。
ネギがやっているカードゲーム式のゲーム機の反対側――――帽子をかぶった、少年。レウィンは、無機質な視線を送りつつ、ネギの耳元へ、口を寄せる。
「ネギ様。向かいの相手、警戒してくれ。人間じゃない」
「え!?」
驚きに声を上げ、レウィンを見上げるネギ。
しかし彼女は、すでに両目を瞑って立っているだけだった。その姿に、ネギは雄一の姿を重ねる事が出来た。
安心できる、守護者。あの『天使』の猛威から、傷一つつける事無く、皆を護りきった彼女は――――まさにそれだった。
しかし、逆に自身のマスターに災厄をふりかけ、それを楽しんでいる彼女は本当に雄一を護るためのロボットなのか、分からなくなる。
だが、わかっている事は、一つある。彼女はなにより、雄一を大事にしているということだ。
目の前に映っている画面には、仮想の魔法戦。
ネギは、負けていた。
「先生、初めてにしてはやるじゃん!」
パルが褒める中、帽子をかぶった男が口元をにやりと曲げ、立ち上がった。
「そうやな。初めてにしちゃあ、うまい方や」
そういって、腰を上げ――――小さく、告げた。
「でも、『魔法使い』としては、まだまだやな」
その、唐突過ぎる言葉に、ネギは、一つ呼吸をすると、真剣な眼差しで見返し、微笑んだ。
「そうだね。でも、僕は――――一人じゃないから」
雄一が一人ではないように、ネギには、仲間がいる。
意外だったネギの言葉に、帽子の男は驚愕の顔を浮かべ、ニヤリ、と微笑んだ。またな、と小さくつぶやくと、男の子は不敵に微笑み、歩いていってしまった。
その背中を見送るネギへ、レウィンが微笑を浮かべた。
「見栄を張りたくなるものもいるが、自身の力を知っていて、きちんと協力を頼むというのも、大事な事だ。ネギ様、貴方は………強いな」
「そ、そんな。………僕なんて、雄兄に比べれば、まだまだです」
そういうネギを見て、レウィンは雄一のほうに、視線を向けた。明日菜と一緒にプリクラ機に入っていくその姿を見て――――ポツリと、つぶやく。
「歪な形が強いとは、思えんが」
レウィンの言葉に、いぶかしげな視線を上げたが――――彼女の顔から、感情は、読み取れなかった。
しばらくして、レウィンが声をかけてきた。
「そろそろ、向かおう。明日菜様、のどか様」
雄一と撮ったプリクラを眺めていた明日菜は、レウィンの言葉に、うなずいた。プリクラをポケットに入れつつ、雄一の方向に向き直った。
「あ、うん。雄一、そっちも気をつけてね」
明日菜の忠告に、雄一は真剣に肯く。
「ああ。レウィン、みんなを頼む」
雄一の言葉に、レウィンがうなずき、全員が、動き出した。
ネギと明日菜、のどか、レウィンは総本山に向け、ゲームセンターを抜け出す。そのまま、人通りの少ない道をレウィンが衛星からの情報で弾き出し、一気に駆け抜ける。
街中を駆け抜けながら、明日菜は後ろをチラッと見ると、呟いた。
「でも、雄一たちは大丈夫かしら………。こっちは親書を届けるだけだけど、雄一は変な『天使』に狙われているようだし………」
明日菜の言葉に、ネギとのどかは心配そうな視線を交わす。それを見ていたレウィンは、静かに微笑むと口を開いた。
「いや、あの『天使』がマスターを狙っているのは間違いないが、残っている刹那様とチャチャゼロ様なら、切り抜けることは可能だ。マスター自身、場数は踏んでいるからな」
「………そっか。そうだよね」
レウィンの言葉に、明日菜が神妙な顔をする。少しだけ空を見上げ、胸中でつぶやいた。
(三歳違うだけなのに………どうして、あんなに、強いんだろう)
それは、雄一とレウィンだけが知り、他の誰も知りえていない事。考えれば、雄一のあの戦い方や傷がどこでついたのか、自分は、知らない。
もやもやしたまま、明日菜は路地裏を駆け抜けた。
「というわけで、何時までもゲームセンターにいるわけにも行かんし、どっかに移動しようぜ?」
雄一は、ネギ達が移動した事を夕映とパルに告げ、移動を提案した。何時までもゲームセンターにいるわけにも行かないと、夕映とパルはそれを了承――――ゲームセンターを出た。
「(………良いんですか? 雄一さん? 綾瀬さんや早乙女さんを連れて)」
ぼそぼそと話しかけてきた刹那へ、雄一が同じ口調で答えた。
「(もし、西の刺客があそこにいたら、夕映やパルを人質にとるかも知れないしな。変に撒くと、後を追いかけてくるだろ? 朝倉はどこに行ったかわからんが、今回はしゃしゃり出てこないだろうし)」
雄一の言葉を聞いて、刹那は声を上げた。
確かに、彼の言うとおりだった。相手が手段を選ばなくなった場合、狙われるのは【裏の世界】を知らない人が残った、五班。遠くにおいておくより、自分の近くにおいておいたほうが、安心できるのだろう。
そんな風に刹那と話していると、パルが声をあげた。
「むむっ!? そこから「ラブ臭」を察知したよ!」
「………なぁ、それって、どんな臭いなんだ?」
頭の触覚を回しながら叫ぶパルに、雄一は本当に聞いてみる。つい先日、神鳴流の剣士に血のニオイ≠ェすると言われたばっかりで、少しだけ敏感なのだ。
雄一の問いに、パルは笑顔で叫んだ。
「甘酸っぱいニオイよ! 修羅場は、どろどろしたニオイよ!」
「………分かりやすいが、分かりにくいな、それ」
どろどろしたニオイとは、一体なんだろうか。雄一はそんなどうでもいい事を思いながらも、視線を木乃香に向けた。
今は夕映と共に、ガイドブックを見ながらうれしそうに会話をしている。
そして、思う。
(自身が望んでいない力で、人知れず狙われる――――許せない、よな)
突如現れる『アカツキ』という災害から、人を護り続けてきた『ルシフェル』である雄一は、素直にそう思う。そして、木乃香を護ると人知れず誓った。
そして一向は――――【太秦シネマ村】というところに来た。
と、入り口で思わぬ人物と出会ったのだ。
「げ」
「おう、ご挨拶だな、千雨」
入り口にいたのは、長谷川 千雨で、雄一を見て露骨に顔をしかめたのだ。
人に嫌われ辛い雄一だが、千雨には嫌われている節がある。理由がまったく分からない雄一は、小首をかしげていた。
しかし、千雨本人は、かなりの現実主義者である雄一のことを、嫌っているわけではない。ただ、どうしてもそういった態度になってしまうのだ。
他の奴らは、と思い、雄一が口を開こうとしたところ、千雨がさっさと答えた。
「あいつらは、すでに中だよ。私は、すこし外を見回ってたんだ。払え」
「え、何!? その命令口調は!?」
ふん、と鼻を鳴らしそっぽを向く彼女だが、どこと無く楽しそうで、雄一は何も言えなくなる。一人だけ払うのは間違っていると思い、結局―――全員分を払った。
入口で人数分のお金を払い(チャチャゼロの値段で物議をかもしたが)、雄一は――――ため息を吐いた。
「………金が」
打ちひしがれている雄一を見て、頭の上のチャチャゼロが面白そうに笑う。それを見ていていた刹那は、おろおろしながら自分の財布を取り出す。
「あ、あの、私、自分の分ぐらいは………」
「いや、気にするな。金欠の理由は、あの暴走特急人形のせいだ」
【裏の仕事】もそつ無くこなし、普通の仕事の給料もきちんともらっていた雄一だが、その努力の結晶は、宿の修理代で吹き飛んだのだ。
軽くなった自分の財布を懐に入れつつ、雄一は首を振る。
「かまわないさ。………ああやって、喜んでくれるんなら、本望だ」
雄一の視線の先には、楽しそうに会話をする一同。途中で朝倉と合流し、雄一はため息混じりに苦笑していた。
その雄一を見て、改めて思う。
どうしてこの人は―――心の奥から、人の喜びを喜べられるのだろうか。
そう考えていると、突然、後ろから元気な声が上がった。
「雄一さ〜〜〜〜〜〜〜〜ん、せっちゃ〜〜〜ん、向こうで貸衣装があるんやて。一緒にいくで〜」
嬉しそうな声で刹那の右腕を掴み、木乃香が引きずる。刹那は、悲鳴をあげながら彼女の腕から逃れようとしていた。
「え!? お、お嬢様、わ、私は!」
暴れだす刹那の左腕が、唐突にひょいっと取り上げられた。それに驚いて振り返った先を見て、刹那の顔がボン、と火を噴いた。
「お〜〜〜〜〜〜〜〜。俺は、何にしようかな」
掴んでいたのは、雄一。木乃香とニコニコ笑いながら、刹那の腕と腕を組んでいるそれは、見ようによっては、デートみたいで。
刹那は結局、木乃香と更衣室に行くまで、何も出来なかった。
刹那は、木乃香の差し出してきた新撰組の服装に着替え、ため息を吐いていた。
サイドテールの髪の下を通したハチガネと、浅葱色の上着、そして白い袴――――剣士たる自分には似合うものの、どこか納得できなかった。
対する木乃香は、赤と黄色の花が描かれた、昔のお姫様が着るような服に、豪華なかんざしをしていた。結い上げた髪の毛も、その彼女を彩る服も、何もかも似合っている。
自分が新撰組の服が似合うというのは、それと同じなのだろうか、と考え、刹那はため息を吐いてしまった。
その服装に似合わないブレスレットだが、刹那は外そうとしなかった。雄一が作ってくれたものだし、外すわけが無い。
「せっちゃん、ブレスレットしてるんやね。綺麗やわ♪」
「あ、いえ、そう、ですか?」
木乃香の裏表の無い言葉に、刹那は顔を赤くする。服装に合わないアクセサリーとはいえ、それは彼女に似合っていた。
次いで現れたのは、朝倉。ほっかむりに動きやすい服装は、ねずみ小僧の格好だろうか。
その後現れた千雨は千雨で、京都の舞妓さんに変装していた。一瞬分からなかったのを考えると、意外と変装の腕前があるのかもしれない。
そして、パルは刹那と同じ、新撰組。夕映は町娘と、無難な選択。
そして―――――――。
「お待たせ」
現れた雄一をみて、全員が息を呑んだ。
雄一の格好は、無骨な武道着。白と黒の上着に、腹の部分に撒かれたサラシ、そして真っ白なズボンに、紅いハチガネ。
格好自体は、珍しいものではない。ただ眼を引いたのは、彼の身体についた、無数の傷と、引き締まった身体だった。
筋肉で膨れ上がっているわけではない。一見、貧弱にも見えるその身体には、確かに筋肉の姿があり、白い傷跡が走っていた。
その白い傷が、体中を埋め尽くし、白い肌にすら見えてしまうのだ。
全員が止まっている中、雄一が、頭を掻いた。
「ありゃ? 狙いすぎたか………」
雄一の戸惑いの言葉に、浴衣姿のチャチャゼロが、カラカラと笑った。
「いや、皆、お前の傷に驚いているんだよ」
そういったのは、千雨。乱暴な物言いだが、彼女の言葉は正しく――――もっと正確に言えば、その肉体にも、驚いているのだが―――誰もが息を呑んで、声を出せずにいたのだ。
「雄一先生って、身体鍛えてんの?」
パルの言葉に、雄一は頬を掻きながら、答えた。
「ああ。昔から、槍術を習っていてな。最近は鍛錬もまばらだが、これでも意外とやるもんだぜ」
そういって彼が振り回したのは、十字槍。もちろん模造の物だが、意外に丈夫なので、有事の際には頼りになるだろう。
というより、腰に隠しているグエディンナは、嫌でも人の目に付くのだ。
その十字槍を肩に担ぎながら、雄一は全員に視線を向け、感嘆の声を上げた。
「よく似合ってるな、お前ら。元が良いと、映える―――っつうか、うちのクラスはレベル高いよな」
今更ながら、自分の担当しているクラスの異常性に気がついた雄一は、汗を流す。
雄一の台詞を聞いていた刹那とパル以外の生徒は、少しだけ頬を赤らめている。褒められて悪い気はしないのだろう。
刹那は、少しだけ複雑そうな顔をしていた。格好が格好なだけに、褒められても素直に喜べそうに無かったらしい。
しかし、それ以上に驚いたのは、雄一のしているブレスレット。それは、間違いなく自分と同じデザインだった。何が違うか、と聞かれれば、その真っ黒な色ぐらいだろう。
その雄一を見て、パルはにやりと口をゆがめた。
「おんや〜? 刹那さんのしているの、雄一先生とおそろいじゃないのかな〜」
「なっ!?」
パルの言葉に、顔を真っ赤にしてブレスレットを抑える刹那。対照的に、雄一は平然と答えた。
「そりゃ、俺が作ったんだからな。………あれ? 変か?」
その雄一の言葉に、全員の動きが止まった。刹那は顔を真っ赤にし、パルの触角は止まって、朝倉はなにやらメモを取り、千雨が唸る。
雄一の言葉に、木乃香がのほほんと答えた。
「そんなこと無いえ? 綺麗なデザインやと思うし」
「………そうだな。手作りのわりには、よく出来ていると思うぜ?」
雄一のをじっくり眺めていたのは、千雨。自分でかわいい服などを作っているのだから、そういうのに興味があるのかもしれない。
互いの服装への論争が終わり、雄一たちはシネマ村を歩く事にした。途中で三班の生徒に会えば良いな、と考えたぐらいだった。
昔の町並みを模した町並み、そのいたるところでは変装した人が写真を撮っている。雄一は、軒先に広げられている土産品を眺めつつ、つぶやいていた。
「瀬流彦先生は、湯飲みとかで良いかな。タカミチには………扇子か。学園長はいらんだろうし、あとは―――――」
「ケケケ。マメダナ、御主人様」
チャチャゼロと共に、店先の商品を眺める雄一を見て、周りの人はほほえましく見ていた。さすがに動く人形だと不味いと思っていたが、こちらの人は結構受け入れてくれるらしい。
「………んで、先生。その頭の上の奇想天外物質は、何だよ?」
「周りの人に受け入れられているというのに、何でそうお前は見たものを認められないんだ? 千雨」
唯一納得していないのは、千雨だった。彼女は彼女で、クラスメイトの異常性に気づいている人間の一人なので、常識人だと思っていた雄一の態度が気に入らないらしい。チャチャゼロもそうだが、昨日から合流したレウィンも、原因だろう。
一見して人間に見えるレウィンと、一見して人形にしか見えないチャチャゼロ――――それに囲まれている雄一は、彼女の中で非常識人になりつつあった。
雄一の言葉を聞いていた千雨は、呆れたようにため息を吐く。
「常識人だと思っていたあんたも、大概に変人だよな」
その千雨の言葉を聞いた瞬間、雄一は、ふっと視線を空に向ける。
突然の行動に落ちそうになるチャチャゼロが、雄一の髪の毛を掴み、必死にしがみ付いている中―――――雄一が、つぶやいた。
「常識って、なんだろうな………?」
「………苦労しているんだな」
千雨は唐突に、理解した。
ここからは見えないが、きっと、心の汗が眼から流れているのだろう。常識人であるからこそ――――いや、変人でも理解できないレウィンの行動を受けてきたからこそ、雄一は動じないのだ。
動じないだけで、一般人なのだ。
ポンポンと雄一の肩を叩く。雄一は大きくため息を吐くと、苦笑した。
「ま、あいつはあいつで――――本当は、悪い奴じゃないはずなんだが………」
「言葉を濁すな!」
ついには言い切れなくなった雄一へ、千雨の突っ込みが入る。苦笑しつつ、雄一は刹那達のほうに視線を向けた。
木乃香に連れまわされながらも、どこか楽しげな刹那をみている雄一を見ていた千雨は、小さく口を開いた。
「あの二人、………仲直りしたのか?」
桜咲 刹那が近衛 木乃香を気にかけているのは、千雨も知っていた。しかし、それは遠くから護っているようなものであり、今のように騒いでいる姿など、一つも見た事が無かった。
千雨の言葉に、雄一がうなずく。
「………ああ。完全じゃないけど、な。だから、俺は――――」
「え?」
雄一の言葉がよく聞き取れず、千雨が怪訝そうな顔を向け、見たのだ。
何かを決意している、雄一の横顔。それは、まっすぐ刹那と木乃香を見ていて、何よりも、優しかった。ただ、その優しさは、ろうそくのように細く、儚い。
ふと、知った。雄一は、何かを隠していると。
それを聞いてみようとした瞬間だった。雄一が、飛び出したのは。
慌てて振り返った先、木乃香と刹那の前に止まっていたのは、一台の馬車。
手綱を持っている黒装束―――黒子の馬車から降り立ったのは、西洋風の服装をした少女だった。
口元だけを隠すように扇子を広げ、どこか虚ろな笑顔を浮かべている。
「どうも〜〜〜。神鳴流、月詠です〜〜〜」
現れたのは、雄一と戦った、神鳴流の剣士。二刀流の使い手で、圧倒的な剣技で雄一を倒していた、月詠が、立っていた。
彼女は、自分の手袋を脱ぐと、刹那のほうに放った。それを軽く受け止め、刹那がゆだんなく、睨む。
「じゃなく、そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございます〜。今日こそ借金のカタにお姫様を貰い受けに来ましたえ〜」
と、用意したであろう言葉を口にする。シネマ村で突然行われる客を巻き込んだイベントを装って、木乃香を手に入れようというのだろう。
「場所は、正門横、『日本橋』。今から三十分後―――逃げたらあかんえ?」
そのときには、すでに雄一が刹那と木乃香の前に立っていた。
地面に降り立つチャチャゼロを音で確認しつつ、雄一は十字槍を握り、ハッとした。
いぶかしげに視線を向ける月詠へ、雄一は右手を水平、左手を上に向け、その先に手のひらに当てる。
俗に言う――――タイムの合図である。仲間である刹那も、月詠と同様、戸惑った。
小首をかしげる月詠へ、雄一は近づき、耳打ちした。
「この間、外に放り出したまんまだったが、風邪とか引かなかったか?」
雄一の言葉を聞いて、月詠がはじめて、驚きの表情を浮かべた。しかし、すぐに笑顔を浮かべると、首を振った。
「大丈夫ですえ。どなた様が服をかけていってくれたですし〜」
無論、かけたのは雄一だ。正確に言うと、『武装』の一部をかけておいたのだが、それは暗に、風邪を引いて欲しくないという雄一の優しさから来ていたのだ。
安堵の息を吐いた瞬間、雄一へ、月詠が微笑みかけた。
「おかしな人ですね〜。敵である私を殺さないどころか、心配までするなんて」
月詠の言葉に、雄一は不敵に、微笑む。
「そりゃ、そうだ」
そんなのは、当たり前である。雄一が護ってきたのは、彼の大事な存在達、そして、『人間』だ。だから、雄一の中では月詠も、間違いなく、護るべき人間なのだ。
不敵に笑い、告げた。
「俺の敵は、俺が決める。其れだけだ」
「………」
揺るがない、雄一の言葉に、月詠がはじめて、眼を開いた。軽く笑いながら、雄一は手を振ると、刹那たちの元に戻る。咎めるような刹那にかるく謝罪をすると、向き直った。
月詠は立ち上がり、今度こそ、笑顔を浮かべた。先ほどまでの無機質な笑顔ではなく――――――満面の笑顔で。
刹那は、いらだっていた。
雄一はあろう事か、敵にタイムを申し込むと、馬車の近くで敵、月詠と話をしていたのだ。こちらから見える月詠の顔が、驚愕や戸惑いの色を見せているのを思い出すと、何を言っているのかわからなくとも、苛立っていくのが分かった。
戻ってきた雄一は、あろう事か敵に手を振っている。咎める視線に軽く謝罪し、隣に戻ると、警戒心を戻す。
そこでようやく、安心した。雄一は別に、敵へ寝返ったわけではないのだ。
(雄一さんのことだ。この間、外においておいたのが、気になったのだろう)
刹那の考えは、当たっていた。敵味方関係ない雄一の優しさに、刹那が微笑む。
しかし、次の瞬間、月詠が浮かべたのは、人らしい笑顔。
そして、言葉が発せられた。
「ウチ、雄一さんのこと気に入ってしまいましたわ〜〜。というわけで雄一さん。今回の決闘で負けたら、ウチのものになってもらいますわ〜〜〜」
――――――――世界が、止まった。
(――――――今、なんていった?)
刹那の脳は、ゆっくりと、判断する。雄一のことを気に入って、貰い受ける。その単語に、刹那は止まった。
もらう。
誰を?
木乃香お嬢様と雄一さん。
どうして?
気に入ったから。
どうする?
―――結婚。
後半ではすでに木乃香の姿は無く、刹那の頭には、目の前で雄一のことを貰い受けると言い切った、《敵》だけが在った。さまざまな疑問や言葉、怒りが混ざり合い―――。
すっと、騒がしかった雑踏が、静まり返る。刹那は、自分が落着いている事にいぶかしげに思いつつも誓った。
殺そう、と。
目の前の存在は、許してはいけない存在なのだ、と。
「せ、刹那………?」
突然隣から吹き上がった殺気に、雄一と木乃香がおびえ、チャチャゼロが面白そうに笑っていた。殺気が心地よいのだろう。
刹那は、このときだけ、チャチャゼロの気持ちを理解していた。ああ、成程―――――――嫉妬とは、これほどまでに――――不快なものなのか。
全部壊して楽にしちゃいたい、甘美な誘いに、身を寄せた。
「………神鳴流 決戦奥義―――」
スッと夕凪の合口を切り、構え、尋常じゃないほど吹き上がる『氣』を見て、雄一が声を上げた。
「って、待て待て待て待てっ!?」
雄一は、慌てて刹那を抱きとめる。こうするしかなかったのだが、周りからは黄色い歓声が上がり、一瞬遅れて正気に戻った刹那は、雄一を見上げ、自身を抱きしめている事に気づくと、顔を真っ赤にした。
月詠が、静かに馬車に乗り込むと、スッと微笑み、告げた。
「ウチは、本気どすえ? ほな、三十分後に再開しましょ〜〜〜〜〜♪」
月詠の言葉に再度、刹那の殺気が吹き上がり、それにおびえた馬たちが黒子の合図も待たず、走り出す。その姿を見ながら、刹那は小さく舌打ちをした。
「ちっ! このままでは雄一さんとお嬢様が! やるしかないのか!」
やる気(この場合は、二つの意味どちらでも可)満々の刹那に、雄一は冷や汗をかきつつ、口を開く。
「いや、三十分の間に安全な場所に「いきましょう! チャチャゼロさん! 今ならあの剣士を切り刻むのすら許せそうです!」―――――って、チャチャゼロ!?」
そういって、木乃香すら置いて駆け出す刹那。
その後姿を眺めつつ、雄一は――――――ため息を吐いた。
「何を怒ってんだか分からんが、月詠、ご愁傷様」
その様子を見ていた千雨は、頬を引きつらせながら、つぶやく。
「この状況でわかんないって………雄一、馬鹿だろ?」
しかし、と思う。千雨は、次いで残っていた三人の内二人を見て―――――
「くっくっく! スクープだよ! 題して『禁断の恋! 雄一先生をめぐって二人の剣士が衝突! 雄一先生はどちらのもの!?』――――いけるわ!」
「修羅場臭が、修羅場臭があああッ!?」
――――ため息を吐いた。
「こいつらよりは、ましか」
千雨のつぶやきを聞きながら、『まったりサイダー』という謎の飲み物を飲んでいた夕映が、口を開く。
「馬鹿ばっかりです」
夕映の言葉が、妙に重く聞こえた。
一方、レウィン達は――――――
「ああ、あれが金閣寺か」
池に寄り添うようにして立つ、黄金色と紅色の建物を見て、レウィンが感慨深そうに肯く。その横に立っていたネギは、満面の笑顔で喜んでいた。ちゃっかり、入場券のお札を懐に入れている。
「すごいですね! うわぁ! 本当に金色だ!」
その二人を見て――――のどかはおろおろし、明日菜は、叫んでいた。
「どうして道に迷うのよ!」
レウィンの高性能な機能を上回る方向音痴によって、まったく違う場所に着いていたりするのだが、どうでも良い話では、あった。
続く。
面白かったら拍手をお願いします!