さて、修学旅行の醍醐味といえば?

 勉強? そんな事を言っている君は、人生の半分を損している!(彼女{朝倉 和美}の独断と偏見です。現に、雄一は勉強も大切だ、といっています)

 買い物? 確かに楽しいけど、もうちょっと楽しそうなのがあるじゃない! 

 え? 布団に入った後のぶっちゃけトーク? ………面白そうだけど、惜しいわ。

 何が一番楽しいかって? ちっちっち、甘いぞ! ワトソン君! え? 誰かって? 聞いちゃいけないんだよ、そういうことは。

 というわけで、レウィンさんとカモッチの全面協力により、今晩、一世一代の修羅場が開催されるのだ!

 その名も! 【雄一先生とネギ先生へ伝われ気持ち! 愛のラブラブキッス大作戦♪】

 なんでも、レウィンさんは「マスター(雄一)に対する皆さんの反応を見るいい機会だ」といい、全面協力! 自分の【相棒】に裏切られるって、悲惨だよね♪

 それぞれの班の部屋には、この概要と参加メンバー申込書、ルール説明を書いた紙も入っているし、あとは十一時まで待つだけだよね。あ、エントリーは十時までですよ〜〜♪

 さてさて、どうなる事やら♪

 

 

 

 

 第十六話 京都旅行 二日目 後編!  ホテル嵐山に吹き荒れる嵐。

 

 

 

 

 さて、騒がしい夕食が終わり、入浴を終えてから雄一は、ネギと刹那、明日菜とチャチャゼロを交えて、明日の事を話し合っていた。

のどかも話に入りたがっていたが、危険だと雄一が何とか説明し、部屋に戻ってもらったのだ。本人は、しぶしぶと言った感じだが、なんとか納得してもらえた。

 ちなみに、レウィンとカモは、いない。ネギに聞くと、なんとあのパパラッチ娘 朝倉 和美に正体を見られたのだが、二人が説得し、協力を取り付けてくれた………らしい。

この瞬間、雄一の背筋に寒気が走ったのは、言うまでもない。

 今は、レウィンとカモでこの宿に結界を張っているそうだ。その様子を見に、朝倉が一緒にいるらしい。

 話を聞き終えた明日菜は、半眼でネギを睨むと、口を開いた。

「よりによって、あの朝倉に見つかるなんて………。ネギ、アンタ、オコジョになりたいの?」

「そ、そんなことありませんよ! ぼ、僕だっていろいろあって………うぅ」

 どんどん尻すぼみになるネギを見ながら、雄一は苦笑する。最近は、頼りになるようになったが、まだまだ回りに注意を払うのが苦手のようだ。

 その雄一の考えを呼んだのか、チャチャゼロが口を開いた。

「ケケケ。今更ダロウガ」

「………まぁ、チャチャゼロの言葉通りだが、って、話がそれたな」

 脱線しそうになる話を、雄一が戻す。頭を抑えながら、話していた事を告げた。

「明日は、ネギと明日菜、レウィンの三人で本山を目指して、刹那とチャチャゼロでこのかを護衛、でよかったか?」

「は? 雄一さんは、どうするつもり――――」

 そこで、今まで黙っていた刹那はハッとすると、じろりと雄一を睨みつけた。その鋭い眼光に、ネギと明日菜が息を呑む。

しかし、刹那はそれを緩める事無く、口を開く。

「………もしかして、あのフェルトキアという『天使』を一人で相手にするつもりですか?」

 刹那の言葉に、動揺した雄一の体が、かすかに動く。それを見て、刹那が声を荒げた。

「だめです! 雄一さんだけで、どうやってあの存在と戦うつもりですか!?」

 当然過ぎる刹那の怒りに、雄一は冷や汗をかきながら、口を開く。

「あ、いや、そのときは………その―――」

「危ないよ! 雄兄ぃ! 僕も、反対です!」

 ネギにも、怒られてしまう。明日菜は、フェルトキアの強さを知らないものの、二人の慌てようを見て、雄一のしようとしている事が危険なことなのだと、おぼろげながらも把握していた。

「ケケケ。俺モアイツトハ、一度戦イタイゾ、コラ」

 そういいながら、ぎりぎりと脚で首を締め付けるチャチャゼロ―――華奢な脚のどこにそれほどの力があるのか微妙に納得できなくも、圧死するわけもいかず、叫んだ。

「分かった! 俺が悪かった! ………はぁ。んじゃ、俺と刹那、チャチャゼロでこのかを護衛しつつ、ネギと明日菜、レウィンで本山を目指そう。狙っている戦力の片方だけでも削げれば、あとはどうにかなるだろうしな」

 レウィンと雄一を分けたのには、理由がある。

このかを狙っている西の刺客ならありえないものの、フェルトキアは雄一を狙い、人目も憚らず襲ってきた。雄一のほうに戦力を割りすぎると、もう片方を狙う可能性もあるからだ。

 おそらく、純粋な戦闘能力で対抗できるのは、レウィンとチャチャゼロ、刹那とエヴァだ。エヴァにも協力を頼もうか、本気で悩んでしまう。

(後で、エヴァに頼んでみるか。………っと、そういえば)

 ふと、気になる。時計を見上げ、まだ十時前を指している事に、訝しげな思いを抱いたのだ。

「………なんか、異様に静かだな」

 呟いた雄一の言葉に、明日菜も気味が悪いように辺りを見渡し、頷く。

「たしかに………。うちのクラスが静かなんて、考えられないわよね?」

 そう。

大騒動が代名詞である3‐Aが、異常なまでに静かなのだ。どこの班もが自身の部屋にこもり、夜出かけようとする生徒を見張っていた引率の先生が、小首をかしげていたぐらいだ。

 何かあったのか、という雄一の心配そうな表情に気づいたのか、刹那が口を開く。

「しかし、今のところ結界に異変はありませんし………。皆、疲れてしまったのではないですか? いろいろ、大変でしたし」

 刹那の言葉に、雄一は頷こうとして――――背筋に寒気が走った。バッ、と立ち上がると、あたりを見渡し、呟く。

「今、誰かに見られた気が―――」

「ちょ、ちょっと、やめてよね………。怖いじゃない」

 本気で警戒し始める雄一に、明日菜も顔を引きつらせて口を開いた。次いであたりを見渡した刹那も、訝しげに目を細める。彼女も、不穏な気配に気づいたのだろう。

「確かに、監視カメラの数が増えているようですが………レウィンさんの行動では? 夕食前に準備をしているのを、見ましたし」

「………うわ、嫌な予感がする」

 今日久しぶりに会ったレウィンだが、雄一の結婚相手を探す事に関しては、妥協を惜しまない。さすがに、中学生相手にはそういうことをしないと思っていたのだが、すこしだけ、不安になってしまった。

「………信じてるぞ? レウィン」

 その信頼は、ほんの一時間後にものの見事なまでに裏切られる事となるのだが、今、雄一が分かるはずも無い。

 その時、刹那が顔を上げた。

「あ、そうでした。雄一さん、ネギ先生。お二人に、これを渡しておきます」

 そういって、刹那はポケットから何かを取り出す。人形の形に切った薄型の紙で、材質は和紙の、奇妙な気配のするものだ。

それを渡しながら、刹那は告げる。

「身代わりの式神です。名前を書いて、『オン』と唱えれば、本人そっくりの式神を作り出せます。ただ、日本語で書かないといけないのと、複雑な事ができないという欠点がありますが、見回りするのに、抜け出すときにでも」

 刹那の説明に、雄一が感心の声をあげた。

「おお! 便利だな〜〜。ありがとう!」

「ありがとうございます! 刹那さん!」

 雄一とネギはそれぞれ刹那に感謝する。それを素直に受け止め、刹那は微笑む。まだ感謝の言葉を続けるネギと、其れを聞いて頷く刹那を見て、雄一は頷いた。

こうやって、どんどん信頼を深めていけば、本当の仲間になるのも、そう遠くないだろう。

「よし、後二日―――――がんばろうぜ!」

 雄一の宣言に、残っていた全員が、頷いた。

「はい!(うん!)(ええ!)(ケケケ)」

 修学旅行も、残すところ、後二日だった。

 

 

 

「――――時は満ちた」

 暗い部屋の一室、明かりの落ちた部屋で、人の声が響く。点々と灯りが燈るディスプレイには、ホテル嵐山の内部が、さまざまな方向で映し出されていた。

 監視カメラ。旅館自体に付けられた物と、レウィンが独自につけたその監視カメラの映像だった。

「クックック。雄一先生には悪いけど、こんな面白い企画、他の人には渡せないね♪」

 そういって、淡い光に包まれたのは、朝倉。レウィンは参謀と呼んでいる彼女は、肩にカモを乗せて、笑顔を浮かべていた。

 カモは、少しだけ不安そうだが、レウィンが味方にいるということで、少しだけ安心していた。もしこれで雄一がキレても、レウィンが何とかしてくれるだろうという思惑があるのだろう。

(とはいえ、昼間の『天使』や昨日の西の刺客を見る限り、旦那も『従者(ミニステル)』なしじゃぁ、辛いしな。五万オコジョドルも欲しいが)

 『魔力』を感じない雄一だが、それは『氣』に近い『フォトン』によって押しとめられている、とレウィンが言っていた。カモは、『フォトン』という能力に聞き覚えがなかったが、おそらく一部の民族が持つ能力の一部だと、勝手に判断している。

 今は、思考を振り払う。気合を入れるように、カモが叫んだ。

『しゃあぁっ! いっちょ気合をいれて行くか!』

「では、そろそろマスターが戻ってくる。連絡を入れよう」

 レウィンの呟きによって、この【人災】が、始まったのだった。

 

 

 

 

 十時 五十五分。

 自分の身代わりを置いて、外の見回りから戻ってきた雄一は、旅館に入ると同時に、体が震えた。

向こうの世界でも、何度か感じた事があるこの気配に、雄一は眉を潜めた。

「ネギ………俺、嫌な予感がするんだけど?」

 雄一の呟きに、ネギも頷いた。

「ぼ、僕もだよ、雄兄」

 悪寒を感じている二人をよそに、軽快な笑い声が響いた。

「ケケケ」

 雄一の上に乗っているチャチャゼロは、そとの『仮契約』のための結界に、気づいていた。ネギは、妙なところが抜けているので、気づいていない様子だが。

(コリャ、面白クナッテキタナ。ケケケケケケケ)

 不穏に頭を揺らすチャチャゼロを見て、雄一は小首をかしげた。

 静まり返った旅館内。生徒たちは眠ったのかもしれないが、何もいえない威圧感が、その場を支配している。何処から、と警戒を強めた雄一は、視線を前に向けた。

 その時、ロビーに見覚えのある存在がいることに、気づく。その人物を見て、ネギが口を開いた。

「あれ、レウィンさんじゃ………」

「そう、だな」

 ちなみに、この瞬間雄一は、嫌な予感が止まらなかった。それはひとえに、彼女との長い付き合いで培った勘というもので、確信してしまう。

(―――何かしやがったな、アイツ)

 完全に断言している自分の思考と違い、レウィンは、なにやら懐から取り出すと、動き出した。

 そして、無表情のまま。

「第一回、【雄一先生とネギ先生へ伝われ気持ち! 愛のラブラブキッス大作戦♪】開催」

 パフパフパフ、と。

彼女が持っている、球体のゴムがついたラッパが、鳴った。

ポンポンポンと、頭からテープやら色とりどりの紙が噴出し、鳩が飛び出す。ポカン、と置いてかれた様子のネギを横に、雄一はあきれ返っていた。

(―――――何時付けたんだ? そんな機能?)

 呆然としている雄一とネギへ、いそいそと小道具を隠したレウィンが、告げた。

「それでは、頑張ってください」

 そういった瞬間、彼女の姿がぶれ、消えた。それに目を丸くするネギを置いて、雄一は彼女の立っていた場所に近づき、落ちている球体のものを取り上げる。

「………立体映像転写機かよ。………何考えてんだ? あの暴走人形」

 ホログラフィー技術の集大成である道具を使いながらも、その行動には意味が分からない。

 レウィンの真意は分からないものの、何かのゲームに巻き込まれていることは分かる(レウィンの言葉は、小さすぎて聞き取れなかったのだ)のだが、嫌な予感が止まらない。

「とりあえず、部屋に戻ろうぜ? 何かあるといけないし、鍵でも閉めれば………」

 雄一の本能では、今すぐに旅館から飛び出してしばらく隠れていたほうがいいと告げているが、とりあえず無視しておく。心のどこかで、まだレウィンを信用しているのだろう。

 其れが、間違いだと知るのに、そう時間が掛からなかった。

「そ、そうだね、雄兄」

 冷や汗を流しまくるネギと雄一。

そうして、雄一とネギは、自分たちの部屋へ向かい、歩き出したのだった。

 

 

 

「あ、一回部屋に戻っても良いですか?」

 刹那と明日菜は、雄一たちとは反対の方を巡回し、戻ってきたところだ。汗をかいてしまったのでお風呂を借りようと決めたところで、刹那が着替えを取りに戻るということだった。明日菜は、すでに想定していたので、着替えを持っている。

 刹那が自分の班―――六班に割り当てられた部屋に戻ると、異様な光景が映っていた。

 部屋にいるのは、同じ班のザジ・レニーディ。褐色の肌に白く短い髪、そして目の下によくペイントをしている、物静かな女の子だった。

 彼女は、薄暗い部屋の中で、正座してなにやらテレビのようなものを見ていた。

 部屋には、彼女一人。どうしたのだろう、と小首を傾げながらも、問いかけた。

「ど、どうしたんですか?」

 刹那の問いに、ザジは自分の横に置いてあった紙を持ち上げ、刹那に差し出した。それを訝しげに思った刹那は、受け取って中身を見た瞬間、絶句した。

 あわてて、部屋を飛び出す。廊下で待っていた明日菜へ、彼女は叫ぶ。

「大変です! 明日菜さん!」

「な、なにっ!? 敵なの!?」

 明日菜の叫びに、刹那は紙を差し出す。訝しげにそれを受け取った明日菜は、その紙の内容を読むにつれ、顔を紅くし、叫んだ。

「何よこれ!?」

「おそらく、カモさんと朝倉さんで企画したものでしょう! レウィンさんの名前もあるなら、おそらく―――――」

 小さく舌打ちし、刹那は胸中叫んだ。

(何を考えているのですか!? レウィンさん!)

 刹那としては、彼女に尊敬の念を抱いていたので、その反動も、大きい。顔を真っ赤にしてうろたえる明日菜へ、叫ぶ。

「とにかく、二人と合流しましょう! 絶対に、龍宮とエヴァさんが狙っています!」

「そ、そうね。急ぎましょう! 刹那さん!」

 そういって、二人同時に駆け出す。

 明日菜としては、雄一とネギが他の生徒とキスすることに、なんら抵抗は………感じないつもりだった。

しかし、いまや仲間とも言える二人が、無理やりキスを奪われるのは――――やめさせなければならない。それに、変に関わる人間を増やすのも。

 普通の思考とは違う心配をしつつ、二人は旅館を駆け抜けた。

 

 

 

 

 ネギは、森の中を歩いていた。頭の上には、チャチャゼロが乗っている。

 なぜ、ここにいるか。

――――――理由は、ただ一つ。

「来たでござるか、ネギ坊主」

 森の入り口で待っていたのは、忍び装束に身を包んだ、楓。それを見て軽く驚くものの、雄一からある程度話を聞いていたネギは、たいして動揺は、しなかった。

 真剣な表情で、ネギは、杖を構えた。彼の頭の上では、チャチャゼロが、ただカラカラと笑っているだけだった。

「長瀬―――いえ、楓さん。どうして僕と戦おうと思ったんですか?」

 雄一と部屋に戻る途中、出会ったクーフェイと楓。クーフェイは問答無用で雄一に襲い掛かり、チャチャゼロとネギが取り残されたのだ。

 そして、残っていた楓が、言った。「話があるでござる、戦闘準備をして、森に来てくれるでござるか?」と。

 そうして、ネギは立っていた。楓と戦うために。

 しかし、理由がわからない。それを問うたネギへ、楓がいつもは薄い眼を少しだけ開け、告げた。

「拙者が知りたいのは、ネギ坊主の実力。雄一殿の隣に立つほどの力があるか、知りたいのでござるよ」

 楓の言葉に、ネギがキッと視線を戒める。彼自身、雄一と一緒に戦うため、戦う事を決意した存在の一つ。

 楓がすごいのは、知っている。目の前で小手先の技を見たことがあるからこそ、その力の底が知れなかった。

正体不明の、相手。そう判断したネギは杖を構えると、静かに口を開いた。

「本当は、生徒と戦うのは嫌ですが………分かりました。僕の力、見てください!」

「気を引き締めるでござるよ? 先はどうだか分からぬが、今は拙者のほうが―――何倍も、強い」

 ブン、と、五人に分身した楓とネギが、ほぼ同時に、跳んだ。

 

 

 

 

 逃げる、逃げる、逃げる、逃げるしか、出来ない。

 人間が逃げる理由は、いくつかある。大まかに言えば、未知な存在と出会い恐怖を感じるか、身の危険を感じるか、の二つに分かれるだろう。

 見覚えのない、未知の存在ではないので、今回は後者だ。なんてったって、追いかけてきているのは、雄一のクラスの生徒なのだから。

 すでに、ネギとは離れ離れになっていた。ネギを襲っているのは、日本の神秘――――忍。大丈夫だろうか? と考えるが、チャチャゼロが一緒だから、大丈夫だろうと思い直す。

 あれが日本の神秘なら、こっちは中国の歴史だ。

 雄一が角を曲がろうとした瞬間、頭部を掠める回し蹴り。小さく悲鳴をあげ、雄一は転がるように廊下に出ると、振り返る。

 そして、叫んだ。涙目なのは、気のせいだろう。

「クーフェイ! おま、いきなり、襲い掛かるな!」

「黙るアル! 雄一! 今日こそ雪辱を晴らすあるよ!」

 そういって、枕のカバーを腕に巻きつけたクーフェイが、襲い掛かる。遠くでレウィンが、『セーフ』と言っていた気がするが、今は無視しておく。

 つまるところ雄一は、クーフェイに襲われていたのだ。

 突き出してきた突きを避け、雄一は後ろに飛びのく。流れるように連撃を繋げるクーフェイの動きには、淀みはなく、じゃれてくるいつもよりキレが在った。

「雄一の事、私嫌いじゃないアルね! 料理もうまいアル!」

「そりゃどうも!」

 短く悲鳴をあげ、雄一は彼女の攻撃を避ける。まさか、生徒であるクーフェイに手を出すわけにもいかず、さらには混乱しているので、相手のリズムを掴む余裕がないのだ。

 それは、そうだろう。楓と一緒に歩いていたクーフェイと顔を見合わせた瞬間、彼女が「雄一! その唇、いただくアル♪」等と、人を食べ物か何かと勘違いしたような言葉と共に襲い掛かってきたのだから。

 雄一は、何とか体勢を立て直すと、その場を飛びのく。なにやら思考に忙しいクーフェイは、顔を真っ赤にして呟いていた。

その間でも、律儀に攻撃を繰り出してくる。その攻撃に、躊躇いや手を抜くそぶりは、ない。

「そう、アルよ。私よりも強くて、料理もうまいアル。・・・優しいし、勉強も教えてくれたアル………。 ! そうネ! 今分かったヨ!」

 そこで、ピンと来たのか、顔を上げ―――彼女はビシッと雄一に指を差す。顔を真っ赤にしながら、悲鳴をあげるように、叫んだ。

「そうネ! 私、雄一のことが気に入っているアル! ようやく合点がいったアル!」

「納得もしないで襲ってたんか! コラ!」

 何故襲われているのか微塵も分からない雄一は、とりあえず叫ぶ。

 雄一の悲痛な叫びは、クーフェイには届かない。満面の笑顔で、口元に猫のような微笑みを浮かべつつ、顔を真っ赤にしながら、自身の考えを肯定する。

「そうネそうネ。なら、問題無いアルよ」

『おおーっと! クーフェイが自分の気持ちに素直になったぁ!』と、どこぞから朝倉の声が聞こえてくるが、意図的に排除する。

とりあえず、後で天誅だ。そう心に決め、雄一は気がつく。

「いや、待て。なんか、根本的に解決していない気がするのは、俺だけか?」

 冷静な雄一の言葉は、暴走する乙女に届かない。

「というわけで、改めてその唇、もらうアル!」

「わけわからんわ!?」

 悲鳴をあげつつ、抱きつこうと飛びついたクーフェイを避け、雄一は逃げ出そうとするが、そこで、身体を止めた。

 そのまま、クーフェイを抱きとめる。それに驚いたのは、これをレウィンが配ったテレビで見ている全員だろう。

 しかし、雄一はとっさに判断していたのだ。

廊下の先にある、階段―――クーフェイを抱きとめた雄一は、自身を楯に、階段を滑り落ちる。背中にダンダンと走る痛みに身を痛めつつ、下の階まで落ちた雄一は、痛みに声を上げた。

一番下に落ちた雄一に、クーフェイは、慌てて立ち上がる。痛む背中を抑える雄一を見て、悲鳴をあげた。

「だ、大丈夫アルか!? 雄一!?」

「あ、ああ………。いってぇ………」

今まで襲ってきていた相手の心配そうな言葉に、雄一は苦笑しながら立ち上がる。背中は痛いものの、すでに慣れたものだ。

 心配そうに、同時に申し訳なさそうに見上げてくるクーフェイ。

その頭に、ポン、と手を置く。雄一が手を上げた瞬間、起こられるのかと目を瞑ったクーフェイは、意外な雄一の行動に、目をぱちくりさせていた。

 それを見て、雄一は厳しく表情を戒める。

「クー。危ないだろ? 何をそんなに焦っているかは、分からんが――――」

「す、すまんアル………」

 シュン、と縮こまるクーフェイ。

それを見て、雄一は相好を崩す。クーフェイの頭の上においておいた手でぐるぐると彼女の頭を撫で回すと、笑顔で告げた。

「ま、怪我が無くてよかった。痛いところはあるか?」

 しばらく頭を撫でられていたクーフェイは、顔を真っ赤にし、下を向く。小さな声で「ずるいアル」と呟くクーフェイへ、雄一は訝しげに小首をかしげる。

「ま、何を急いでいるのか分からんが―――――」

 雄一の言葉は、最後まで紡がれなかった。次の瞬間、階段の上から何か輝くものが飛来したからだ。

 

 とっさの判断で、クーフェイを抱きしめ、飛びのく。目をまん丸にするクーフェイを置いておき雄一は瞬時に視線を向ける。次の瞬間、把握した。

旅館の床を打ち抜いたのは五百円玉。

雄一には、分かっていた。それを打ち出したのは、褐色肌の彼女だということを。

 

「さて、雄一先生。………死ぬ準備はできているかな?」

 

 頬を引きつらせている真名を見て、雄一は冷や汗をたらす。それは、いつも何故か不機嫌な彼女に攻撃を受けるときと、同じ表情だったからだ。クーフェイを抱きかかえながら、雄一は一歩、後ろに下がる。

「ど、どうしたんだ、真名。俺、なんかしたか?」

 雄一の言葉に、彼女の頬がピクリと、引きつる。

 真名が雄一を見つけたのは、クーフェイが抱きつく一瞬前だった。飛び出したクーフェイの動きは、いくら雄一と言えど、避けられるものだった―――――が、彼はあろう事かクーフェイを抱きとめ、抱きしめた(ように、真名には見えた)のだ。

 そして、階下で繰り広げられていたのは、見つめあい、微笑みあう二人(くどいが、真名にはそう見えたのだ)。彼女が指弾で攻撃したくなるのも、分かる。

 次の瞬間、まるで雨霰のように五百円玉が撃ち出される。悲鳴をあげつつ其れを避けた雄一は、叫ぶ。

「や、やめ! 殺す気か!?」

「ならクーフェイを投げ捨てろ!」

「出来るか!」

 クーフェイを抱きしめたまま、雄一はその場を逃げ出す。いわゆる、お姫様抱っこ、というもので、その気になればすぐにキス出来るのだが、顔を真っ赤にしてオーバーヒートしているクーフェイは、それに気づかない。

 幸か不幸かは、誰もわからないが。

 裏庭に飛び出した、まさにその時、高らかに声が響いた。それに気づいた雄一と真名が、同時に視線を向ける。

 闇夜をバックに浮かぶのは、闇の眷属、【闇の福音】エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 金色の長い髪を振りまきながら、彼女は高らかに叫んだ。

「ハァーハッハッハッハッ!!! 雄一よ! 今宵が貴様の命日だ!」

 雄一は、それを見て、瞬時に判断し、彼女の『呪』の封印を、解く。一瞬、ガクッと彼女の体が傾くが、すぐに体勢を立て直した。

「な――――!?」

 驚きの声を上げる雄一だったが、気がついた。

彼女の『呪』を取り巻く血≠フ『フォトン』が、操れないほど増幅されていたのだ。

そして、思い至る。渡した血≠飲んだのだ、と。

 変な所で使うなよ、と叫びたかった雄一の前に、其の声が響いた。

「へぇ………。【闇の福音】、完全復活かい?」

 そういって口火を切ったのは、真名だった。大量の五百円玉を手の平で持て余しながら、不敵に微笑む彼女の言葉に、エヴァは頬を引きつらせながら、言葉を返した。

「ふん、傭兵風情が、いい気になるなよ? しかし、今日は貴様に用があるわけではない。………駒沢 雄一」

「な、何だ? エヴァ」

 嫌な汗が止まらない。顔を真っ赤にして小さな手で雄一の服を掴んでいるクーフェイを見て、さらに嫌な汗が吹きだす。先ほどから真名とエヴァから感じる殺気やら怒りが、秒単位で増幅しているのだ。

 エヴァは、頬を引きつらせ、言い放つ。

「そこの中華娘を置いて逃げて私に捕まるか、そいつを抱いたまま死ぬか、選べ」

「どっちにしろ救いがねぇ!?」

 悲鳴をあげる雄一を見て、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。茶々丸はどこと無く楽しそうだし、真名はエヴァと同じで、不機嫌そうだ。

雄一は、今の状況を考えていた。どう考えても、レウィンの仕掛けたゲームのせいで、さらにはそのせいでクーフェイが狙われるはめになったのだ。

 当の本人は、幸せそうだが。

 そのときだった。救世主が現れたのは。

「「雄一(さん)!?」」

 其の言葉と共に裏庭に出てきたのは、明日菜と刹那。クーフェイを抱きかかえている雄一と、その雄一を挟んでいるエヴァと真名を見て、動きを止めた。

状況が把握できていないらしい。それでも、明日菜はとりあえず叫んだ。

「ちょっと! よってたかって雄一一人を狙って、恥ずかしくないの!?」

 そういって、雄一を挟むように、明日菜と刹那が躍り出る。真名には刹那、エヴァには明日菜が対峙するように、向かい合う。

「雄一先生、今のうちに逃げてください。………クーフェイを置いて」

 クーフェイの名前を言った瞬間、刹那の目元が暗くなる。その様子を横目で見ていた雄一は、叫んだ。

「ってっ! お前もか!? 刹那!」

 クーフェイは知らないうちに敵を作っているが、今の彼女は有頂天―――――気づく様子も無い。なにやら刹那からも黒いオーラを感じつつも、雄一は駆け出す。

「! 逃がすか!  氷爆(ニウィス・カースス)!

 次の瞬間、あろう事かエヴァは魔法≠放っていた。雄一が避けた場所に突き刺さる氷の刃を見て、雄一が冷や汗を流す。

 ばさ、という音と共に、エヴァが地面に降り立つ。不敵に微笑む彼女は、雄一に向かって、妖艶な笑みを浮かべる。

「さぁ、選べ。私の『従者』になるか、もしくは、死ぬかだ」

「選択肢がありそうで無ぇ!?」

 悲鳴をあげる雄一へ、彼女は憮然とした態度で言い切る。若干顔が紅い気がするが、雄一は気付く余裕も無かった。

「そもそも、貴様の煮え切らない態度が悪い。さっさと選べ」

「そうはさせるか!」

 そう叫び、飛び出したのは、刹那だった。

彼女は瞬時にエヴァと雄一の間に割り込むと、低く夕凪を構える。それに気づいたエヴァが、とっさに空中に飛び立ち、手を交差させ、叫ぶ。

「氷爆(ニウィス・カースス)!」

「雷鳴剣!」

 同時に放たれた『氣』と魔法=B

次の瞬間、爆発音が鳴り響く。

盛大に砕け散る氷の塊と電撃。それが視界を埋め尽くした次の瞬間、刹那が何かを投げた。すぐに人差し指と中指をつけ、両目を瞑ると、叫ぶ。

「オンアクヴィンラウン、キャシャラクマン、ヴァン!」

次の瞬間、空中に投げられた缶が爆発――――水蒸気があたりを包んだ。「おお!」と雄一が感心した瞬間、雄一の手が引かれる。

「逃げます! 雄一さん!」

「いくわよ!」

 両手をつかまれ、引っ張られる。当然、両手で抱えていたクーフェイは、下に落とすこととなった。

「痛いアル!」

 刹那と明日菜の二人に、雄一の両手が引かれ、抱きかかえていたクーフェイを落としてしまう。

雄一が彼女に謝るよりも早く、刹那と明日菜が雄一を引きずって、旅館内に逃げこんだ。

 頭をさすりながら立ち上がるクーフェイへ、二人の人物が見下ろす。背筋に寒気が走ったクーフェイは、恐る恐る振り返り――――――。

「さて、クーフェイ。死ぬ準備は出来たか?」

「中華娘、死んでも良いのだろう?」

 振り返った先にいたのは、真名とエヴァの両名。互いに顔を引きつらせ、真名は五百円玉を、エヴァは氷の塊を手で持て余していた。

 きょとんと目を点にして眺めていたクーフェイは、たらりと汗を一筋たらすと、小さく呟いた。

「ここは、天国アルか?」

「地獄だよ」

 

――――二班クーフェイ、脱落。真名とエヴァは、私刑のため、戦線離脱。

 

 

 

 ネギは、逃げていた。

 四方八方から飛んでくる手裏剣を、時には魔法で、時には屈んで避け、低空で飛翔する。森の中を右往左往しながら、必死に相手の影を追いかける。

「ケケケ。来タゼ」

何時の間にかネギの杖の後ろに乗っていたチャチャゼロの警告に、ネギは上を見上げた。

 月を背に、浮かび上がる姿に向け、ネギは腕を振るう。体の回りに浮かんだ『魔法の矢』が、軌跡を残しながら飛来した。

 無詠唱で放った、ネギの『魔法の矢』が相手を貫通する。しかし、それはすぐにボン、と音を立てると、丸太を残して消えた。

 しかし、ネギは驚きもしない。だからこそ、無詠唱を使ったのだ。

「アルティス・スペキアーリス、フロースノクティクル、リミタートゥス・ペル・トリーギンタ・セクンダース、シネ・カントゥ・クラウィス・モウェンス・シット」

 おそらく、楓にはそう簡単に魔法≠当てる事はできない。先ほどから何度も分身を吹き飛ばすが、当の本人は、見当たらない。

 なら、確実に当てるまでだ。

 小さく、ぼそぼそと呟き―――――ネギは顔を上げた。決意した眼差しで、宣言する。

「ディラティオー・エフェクトゥス! 勝負です! 楓さん!」

 森の中で聞いているであろう楓に、宣言する。

 ネギの宣言を聞いていた楓は、不敵に微笑む。何やら策を練っているようだが、これほどの実力差なら、問題無い。

 そのときだった。

「風精召喚(エウォカーティオ・ウァルキュリアールム)! 剣を執る戦友(コントゥベルナーリア・グラディアーリア)! 迎え撃て(コントラー・プーグネント)!」

 ネギの宣言戸と主に、彼のあたりにガラスのネギが現れる。その数、およそ――――――――十二。

 彼らは、それぞれ身体を反転させると、一気に直進してきた。あらゆる方向に飛ぶガラスのネギ、その一体が、まっすぐ楓を狙っていた。

「!」

 条件反射で、苦無を投げる。ガラスのネギに突き刺さった瞬間、その体が消えた。

 しかし、瞬時にそれの意図を察する。ネギが、鋭い眼光をこちらに向けたからだ。

(! 囮!?)

 楓がその意図に気づいた瞬間、ネギは跳躍した。距離を取るために、楓は隠れていた木々から飛び出すと、一瞬で十二枚の手裏剣を、投げ放つ。

 それを避けさえすれば、一瞬でも視線がそれれば、変わり身の分身と、変わる事ができる。

 しかし、ネギのその鋭い目は、凶器に晒されても、逸らされることは無かった。あろう事か、高速で飛来する杖から飛び出したかと思うと、顔だけを護るように両手で交差させ、手裏剣の嵐に飛び込んできたのだ。

 本来、当てる目的で投げたわけではない手裏剣は、彼の身体を薄皮一枚切り裂くと、はるか後方へ飛んで行った。

 ネギが、楓の身体に触れた瞬間、彼が叫ぶ。

「風精の主(ドミヌス・アエリアーリス)!! 解放(エーミッタム)!!」

 次の瞬間、ネギの手から風が吹き荒れ、それが実体化し――――楓の身体を包み込む。淡く発光する縄を見て、楓が驚き、同時にネギは、叫んでいた。

「杖よ(メア・ウィルガ)!」

 瞬時に自分の杖を呼び寄せ、楓の体ごと杖を掴む。地面をえぐりながら、杖が急ブレーキをかけ、地面を抉り――――そこで、動きが止まった。

楓をお姫様抱っこしているネギは、月夜の中やさしく微笑むと、告げた。

「僕の勝ちですね? 楓さん?」

 その頬からか、血が流れていた。楓が放った手裏剣で切れたのに、それを気にする様子も無いネギを見て、楓は顔を真っ赤にし、苦笑する。

「やれやれ、油断大敵でござるな」

 楓を開放した後、ネギは楓に応急処置をしてもらう。さすがに痛かったが、最近では怪我をするのも珍しくないので、ネギも表情を変えなかった。

「しかし、よく考えたでござるな? 囮を使うのもそうでござるが、あのネギ坊主が唱えていた魔法=Bもともと唱えておいたのでござるな?」

「すごい! よく分かりましたね!」

 楓の洞察眼に、ネギが感心の声を上げる。

 実を言うと、ネギの戦い方は雄一と一緒に考えていた。

ネギが覚えており、戦闘用に使える魔法≠ヘ九つ。

そして、楓を捕まえたのは基礎の捕縛系と、遅延系と呼ばれる、あらかじめ詠唱を唱える事により、短いキーワードで発動させるものの組み合わせだった。

 捕縛系の結界は、地面に描けば強力なものだが、普通に放てばそれなりの効果しか出せない。しかも、詠唱が長く、相手と対峙しているときは、唱えられないという欠点がある。

 だから、隙を突いて詠唱、遅延させる。本来は、相手の身体を拘束させた後、無詠唱の『魔法の矢』で追撃、距離を取って『雷の暴風』を叩き込む、という作戦だ。

 準備は大変だが、捕縛した相手に連撃を当てるこれは、実践では有効に働く。

 事前に雄一と練り、ネギは実行して見せた。二人には、確かに協力関係が、あったのだ。

 そのネギを見て、楓は思う。

(なるほど。………雄一先生と共にあるネギ坊主を手伝うのも、良いかも知れんでござる)

 そして、楓は、決めた。スッとネギの前に立つと、見下ろす。それに驚きながら、立ち上がるネギへ、彼女は片膝を付いた。

 

 

「ネギ坊主――――いや、ネギ・スプリングフィールド殿。甲賀忍者が中忍、長瀬 楓。これより影となり、脚となりて貴公の敵を討とう。ここに、契りは交わされた」

 

 

 それは、甲賀忍者として、主に対する、忠誠。目を見開くネギを見て、楓は不敵に微笑む。

「難しい事を言っているようでござるが、ネギ殿と共に戦うという事でござる」

 スッと、楓の目が薄く開く。優しく微笑むと、彼女は口を開いた。

「拙者は、気が多いでござるが、雄一殿を護りたい。ネギ殿、共に――――雄一殿を護ろうではござらんか」

 楓の言葉は、上下のそれではなく、『仲間』としての言葉。それを聞いて、ネギはしばらく目をぱちくりさせた後、嬉しそうに微笑むと、元気よく答えた。

「はい! 一緒に、雄兄を護りましょう!」

 嬉しそうなネギを見て、楓も微笑む。内心では、苦笑していたが。

(やれやれ。拙者も、修行が足らんでござるな。気が多すぎでござる)

 しかし、それでも、悪くは無い。雄一もそうだが、ネギも彼同様、危ういところも在る。

 だから、決めたのだ。

護る、と。護れなくても、その横にいたい、と。

 ネギと一緒に、宿に戻る途中、楓が何かを思い出す。

「忘れていたでござるよ」

「え? 何をですか?」

 宿の裏庭。月明かりが全てを淡く映す中、楓とネギの姿が映し出される。身長差が在ったそれが、同じ高さまで下がると、影が、繋がった。

 ネギの口唇部に、かすかに感じるぬくもり―――それは、スッと離れると、楓の満面の笑顔が、眼前に映った。

 そして、眼一杯の楓が、告げた。

「ゲームではござるが、拙者も『従者』希望でござる。では、ネギ殿。何かござったら、いくらでも頼ってくだされ♪」

 ニンニン、と。

 彼女は微笑むと、姿を消した。残っているのはあまりの事に真っ白になった、ネギだけ。

 ガサッと、茂みが揺れる。そこから現れたのは、何故かボロボロのチャチャゼロだった。

ネギの杖に乗っていた彼女は、あろう事か持ち主が空中に飛び出し、制御を失った杖は、茂みに突っ込んだのだ。

(………俺ノ扱イガ酷クナイカ?)

 そう考えながらも、先ほどの光景を見て、チャチャゼロは機嫌を直した。面白いものが見られた、と思ったのだ。

 そして、チャチャゼロは動き出す。目的は――――雄一だった。

 

―――――二班 長瀬 楓 勝利。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁっ………」

 肩で息をしながら、雄一は地面に座り込む。同じように息を切らしているのは、明日菜と刹那。

そして、三人がいる場所は、真っ暗な厨房だった。

 エヴァと真名は、すでにゲームを忘れ、クーフェイに襲いかかっていた。雄一にとっては朗報だが、それを知るすべが無いのが、かわいそうだろう。

 厨房の入り口に手を着いた雄一は、口を開いた。

「し、しかし、一体何が起きてんだ? レウィンが関係しているのは、分かったんだが」

「………これ」

 明日菜が差しだしてきた紙を受け取り、雄一はそれに目をむけ、絶句した。そこに躍っている文字、数字、企画を見て、開いた口がふさがらなかった。

「どうやら、カモさんが企画、朝倉さんが実行、レウィンさんが支援していたようです。制限時間まで、残り一時間――――ここで、身を潜めましょう」

 そういって、あたりを見渡す刹那。ちょうど良いところ(?)に、戸棚があったので、そこを指差す。

「雄一さんは、あそこで。明日菜さんは、入り口で見張りを。私は、戸口の前で見張っています」

「………了解。暖簾(のれん)も在るし、死角から見張るわ」

 てきぱきと指示を出す刹那と、それに従う明日菜。その二人を見ながらも、雄一も怪訝な思いに駆られていた。

「あ、いや、ゲームはわかるんだが、何でキスなんだ? しかも、何で俺?」

 雄一の呟きに、二人がズコッと身体を傾けた。狙われているイコール好意を抱かれていると、微塵も考えていないのだ。

 若干あきれ返っている明日菜と、複雑な表情を浮かべている刹那へ、雄一が口を開いた。

「で? お前たちは、何で俺を助けてくれるんだ?」

 雄一の、当然といえば当然過ぎる疑問に、明日菜と刹那の動きが止まる。

微動だにしない二人を見て、雄一は小首を傾げつつも、刹那の指示通り、大き目の戸棚を空け、身を潜めた。

 刹那と明日菜は、それぞれ顔を見合わせた後、どちらからとも無く、苦笑した。

「そ、それじゃ、私は見張るから!」

「お、お願いしますね? 明日菜さん」

 微妙な空気を保ちつつ、二人はそれぞれ、持ち場に着いた。

 明日菜は、入り口から死角になる場所で、座る。あたりを見渡しながらも、胸中で呟いた。

(私、雄一の事嫌いじゃないけど………でも、あれよね! ゲームでキスを奪われるなんて、間違っているわよね!? そうそう! 間違っているんだから、いいのよ)

 と、即決で納得する。あまり悩まないのは彼女の良いところだろう。

しかし刹那は、戸に背をもたらせながらも、思考がぐるぐると回っていた。夕凪を抱きしめながら、自分の背中―――薄い戸の向こう側にいる雄一の事を、考えていた。

 レウィンに言われたから、というわけではないが、雄一の事を考える事も、多くなっていた。それだけ意識しているといえばそうだが、未だに確信が持てないのだ。

 なぜ持てないのか、それは刹那にも分からない。彼女の中で、『本当の自分』がそれほど大きな意味合いを持っているからだ。

 そしてそれは、逃げ、なのかも知れない。

 ロボットであるレウィンは、それを受け止め、前を向いていた。決して悲観せず、愛する存在を見ている。

 自分は、そうできないのか――――そう考え、刹那は呟いた。

「………雄一さん」

「ん? どうした?」

 ややこもった声で、雄一が答えてくれた。声は、届いているらしい。

 

 

 

 雄一は、刹那に呼ばれ、声を返す。

その声に、暗い感じを受け、雄一は小首をかしげた。どうでも良いが、この戸棚は雄一が胡坐をかけるほど広いのだが、何を入れているのだろうか。

 おそらく、外に出ている大勢の客用の炊き出しの鍋が入っていたのだろう。お祭りで見るような大きなものが入る空間だから、確かに広くないと入らない。

 そんなことを考えていた雄一へ、刹那の声が、聞こえてきた。

「雄一さんは、レウィンさんを………どう、思っているんですか?」

 躊躇いと共に放たれた刹那の言葉に、雄一は眉を潜める。

 

「どうって、お前・・・・。俺の、大切な【相棒】だよ」

 今、現在進行形で裏切られているものの、レウィンは間違いなく、雄一の【相棒】だった。

最初は雄一に護られ、戦っていた彼女も、戦闘をこなすごとにレウィンは強くなり、今では雄一なんぞ比較にならないほど、強くなった。

 成長するロボット、ヘルドール=Bそれは、間違いなく、雄一にとって大切な存在であり、それ以上ではあっても、それ以下には成りえない存在だった。

 しかし、雄一の返事に、刹那は納得していないようだ。沈黙が続く中、雄一は大きく、ため息を吐いた。

それが聞こえたのか、刹那の緊張するのが分かり雄一は、告げた。

「刹那。俺は、レウィンがレウィンである限り、仲間だと思っている。お前がお前である限り、お前は――――仲間だ」

 雄一の言葉に、刹那は息を呑んだ。

 それは、『人間』である刹那に向けられて、発せられた言葉。刹那が刹那である限り――――『人間』が『人間』である限り、護ってくれると、解釈も出来る。

 そう。雄一は、刹那が『人間』であることを、疑ってもいない。だからこそ言ってくれたのだと、刹那は感じてしまった。

 刹那がそう感じるのも、無理はない。烏族と戦った事がある雄一が、まさか刹那がそれと『人間』の『ハーフ』だと、知る由もない。

 そして、雄一は根本的なまでに、『人間』を護って来たのだ。

 だから、刹那は思った。知られてはいけないと。知られたら、雄一の仲間の範疇から、外れてしまうのだ。

 こうして、刹那は恐れを抱く。

 真意も分からない雄一は、押し黙ってしまった刹那に怪訝な思いをしつつも、ある音に気が付く。

それは、ガサゴソと段々近づいてきて――――

ガタッ、という音と共に、雄一の背にあった壁がはずれ、そこから、盛大な煙と一緒に、ヘッドライトを付けた夕映とのどかが、這い出てきた。

 煙と埃を振り払いながら、言葉が響く。

「げほ、ごほ………。まさか、あの場所からここに繋がっているとは。これでは雄一さんを見つけられませんね」

 埃と共に出てきた夕映は、まだ雄一の事に気づいていないらしい。後から出てきたのどかも、思いのほか大きな戸棚の中で、咳き込みながら口を開く。

「でも、雄一先生はきっと巻き込まれているだけだし………見つけたら、私たちの部屋で匿ってあげようよ、夕映」

 なるほど、のどかは優しいな、と思いつつ、雄一は彼女たちの元に四つんばいで近づく。ヘッドライトをはずしながら、夕映が口を開いた。

「しかし、雄一先生は「俺がどうしたって?」―――――――」

 ピタッと、二人が止まる。壊れた人形のように頭を向ける二人は、雄一を見つけた瞬間、叫んだ。

「「きゃああああああああああああっ!?」」

「うおっ!?」

 突然の叫び声に、雄一が思わずその場を飛びのき、頭を上にぶつけてしまった。とっさの事と、突然の激痛に雄一はほんの一瞬だけ、意識を無くす。

 それに気づいたのどかが、慌てて雄一を抱きとめようとして、夕映の身体にぶつかる。それほど大きくない戸棚の中、あしを引っ掛けたのどかは、雄一の身体にぶつかり、雄一を押し倒す格好となった。

 そして、のどかは気づいた。雄一の顔が、自分の目の前にあることを。

 

自身の唇に、ぬくもりがあることを。

 

 それを見ていた夕映は、顔を真っ赤にしてそれを見ていて、のどかは慌てて雄一から身体を引き剥がし、ようやく視界が戻ってきた雄一が、頭をさすりながら身体を持ち上げた。

「あれ? さっき、のどかが――――」

 雄一が何かを言おうとした瞬間、のどかの顔が沸点を超え―――――

「だめえええぇぇぇぇっ!!!!!!」

 と、信じられないほど強い力で、思いっきり雄一を叩いた。突然の攻撃に、雄一はいつもどおり自身から後ろに飛んで、威力を逸らそうとした――――のが、間違いだった。

「どうしたんですか!? 雄―――――」

 一さん、と、刹那はいえなかった。

突然の叫び声に驚き、とっさに身体を反転させ、しばらくしてからもう一度の悲鳴を聞き、ただ事ではないと判断した刹那が、戸を開いた瞬間、飛びのいた雄一の顔が、そこにあったのだ。

 どさっ、と。雄一が、刹那を押し倒す。

そして、二人の顔は恐ろしいほど、至近距離にあった。

 互いに眼を見開き、顔を真っ赤にさせる。その距離は、およそ10センチ。危なかった、と雄一は胸中で胸をなでおろす。

「わ、悪い、刹那―――――」

 そういって、すぐに立ち上がろうと両手を地面につけなおそうとした、その不安定な体勢のときに――――――

 

「ケケケ」

 

 と、しばらく聞こえていなかった、悪魔の声が響いた。

 刹那の目には、映っていた。戸棚の上に現れたチャチャゼロが、あろう事か雄一の後頭部に向かって落ちてきて――――ドン、と抱きつく。

 その反動で、10センチの間は、埋まった。突然の衝撃に、とっさに力を込めた雄一の顔は、刹那にぶつかるのを防ぎ、まさに、唇だけを、刹那の口へ、つけていたのだ。

 

 唇を、つけていた。

 

 沈黙と静寂が、厨房に訪れる。唇に伝わるぬくもりと、かすかに震える振動―――――耳までありえないほど真っ赤にした、刹那の顔。

それらを把握して、雄一は慌ててその場を飛びのく。

 明日菜の、呆然とした顔。戸棚から這い出てきた、夕映とのどかの顔。そのなかで、小悪魔だけが、頭を揺らす。

「ケケケ。ナイスタイミングダッタナ」

 雄一は、何もいえなかった。

 それと同時に、放送が旅館内に、鳴り響く。

『現時刻、十二時 四八分を持って、『ゲーム』は終了だ。オッズは後、公表する。ゲームの勝者は後日、朝倉参謀か私、レウィンまで申し出るように。商品が出る』

 と、実に淡々と告げたレウィンの声を聞いて、雄一が崩れ落ちた。四つんばいの格好で、落胆している。

 その雄一の頭から、チャチャゼロが降りた。訝しげに思った雄一へ、チャチャゼロは。

「ケケケ。良イ機会ダ。俺モ、シテヤルゼ」

 と。

 彼女の機械である口が、雄一の唇に、触れた。

 しばらくくっ付けた後、チャチャゼロは顔を離し、カラカラと笑った。

「ケケケ。コレデ、今度強イ奴ガ出タラ、俺ヲ呼ベルナ?」

 チャチャゼロの狙いは、それだった。雄一とネギの周りには、戦闘が起こるのだが、いつもタイミングが悪く、逃してしまう。

だったらどちらかの『従者』になれば、いい。

「ケケケ。頼ムゼ? 「御主人」?」

 ふと、雄一に限界が、来た。旅館内には、阿鼻叫喚、歓喜に震えた声、失望のため息などが響き渡る。それをすでに遠のく意識の中で聞きながら――――雄一は、誓う。

(首謀者ども………ぜってー、殺す)

 雄一の、ものめずらしい物騒な決意を胸に、雄一は闇に落ちた。

 

 

 

 

「えっへっへ〜〜〜〜〜ネギ君♪」

 佐々木 まき絵は、途中で消えた真名の変わりに、こちらも途中で消えた千雨と組んでいたあやかと共に、二人の部屋に来ていた。

 目の前では、すやすやと眠るネギと雄一の姿。それを見ているのは、二人だけではない。

「へっへっへ、雄兄ぃ〜〜〜〜〜覚悟しなよぉ〜〜〜〜〜? 僕から逃げられると思わないでよ?」

「え、あぅ〜〜〜。私も、その雄兄のこと、好きだから」

 風香と史伽が、眠っている雄一にそっと近づく。

 二人とも、顔が赤い。ネギともキスをした事がある風香だが、大人である雄一とすると思うと、否が応でも緊張してしまうのだ。

 史伽も、同様。互いに、顔を見合わせ、近づいていった。

 それと同時に、あやかがネギの唇に、自身の唇を近づけていく。それをとめようとまき絵が引っ張るが、あやかは異常なまでの力を発揮し、徐々に近づいていく。

ネギと綾香がキスした瞬間と、ほぼ同時に両頬にキスをするような形で、眠っている雄一の頬に双子の唇が触れた瞬間―――――――

ボン、という音と共に、雄一とネギが弾けた。盛大な音と衝撃――――煙が晴れた後、そこにあるのは、目を回す風香と史伽、そしてあやかの姿。

 きょとんとしていたまき絵の耳に、放送が、聞こえてきた。

『現時刻、十二時 四八分を持って、『ゲーム』は終了だ。オッズは後、公表する。ゲームの勝者は後日、朝倉参謀か私、レウィンまで申し出るように。商品が出る』

―――――一班 鳴滝 風香、史伽 敗退。

―――――三班&四班 雪広 あやか 佐々木まき絵 敗退。

 こうして嵐は、収まった。

 

 

 

 

 雄一が復活した瞬間、雄一は地面に額をこすりつけるように土下座していた。えぐりこむように自分の頭を床にこすり付ける雄一へ、対面して正座していた刹那とのどかは、戸惑う。

 場所は、ロビー。参加していた生徒は、暴走したように激怒する雄一に恐れ、早々と教室に戻っていく。

ちなみに、クーフェイと真名、エヴァの姿は、無かった。というより、旅館にもいない。

 その頃、ネギがふらふらと現れた。真っ白になっているネギは、夕映が介抱している。

何でも、楓にキスされたらしい。

 顔を真っ赤にしている刹那は、取り繕ったような笑顔で、両手を振った。

「そ、その、雄一さん、気にしないでください。事故でしたし、私も、その、そんなに、その、えっと………」

 どんどん尻すぼみになる刹那に続くように、のどかが声を張り上げた。

「そ、そうですよ! そ、それは、私、ファーストキスでしたけど、その、えと………ぅぅ」

 どんどん声が小さくなり、顔が真っ赤になる二人は、ちょこんと正座をした。

顔を真っ赤にして、刹那とのどかは視線を交わしあい、さらに真っ赤にしてうつむいてしまう。

 チャチャゼロはというと、雄一の頭に乗っかり、どこと無く上機嫌だった。先ほどから笑っているだけだが、彼女だけは雄一に向かっていったので、雄一も謝るつもりは無いらしい。

 明日菜は、呆れたのか、もしくはいらだっているのか分かりかねるが、眉間に指を当てていた。

 しばらく地面に額をこすりつけていた雄一は、やがて顔を上げ、ため息を吐く。今すぐにでも切腹したいが、すでにそれは明治時代に禁止されている。本当に二人へ申し訳なく思いながらも、雄一は口を開いた。

「二人には、その、事故とはいえ、迷惑をかけたな。………この償いは必ずやるから」

 心の奥底から申し訳ないと思いながらも、一旦空気を変えようとしたときだった。

 能天気な声が、ロビーに響いた。

 

 

「やっほ〜♪ 雄一センセ♪ やったね♪」

「さすがはマスター。慕われているのもそうだが、二人と一体も『契約』するとは」

『兄貴も旦那もよくやったぜ!』

 

 

 ロビーに意気揚々と入ってきた朝倉 和美とレウィン、そしてカモ――――その声を聞いた瞬間、空気が違う方向へ、変わった。

雄一は幽鬼のようにふらりと立ち上がる。前に座っていたのどかや刹那ですら分からないほど黒い表情を浮かべ、彼は振り返った。

瞬間。世界の空気が、凍る。それは、ふらふらだったネギや機嫌よく笑っていたチャチャゼロですら、動きを止めるほどだった。

双眸を怪しく輝かせる雄一は、傍目から見ても怖い。

悪魔の眼光。ありえないほどのさっきと怒気が含まれたその眼光は、其の名の通りだった。

 ネギと夕映が互いに身を寄せ震わせ、明日菜が表情を引きつらせ、のどかが夕凪を構える刹那の後ろで震えるほどの、狂気と殺気の中(チャチャゼロは嬉しそうだ)―――――――――雄一は、口を開いた。

「………白イタチ、パパラッチ娘、暴走特急人形。覚悟は、出来ているんだろうな?」

 ゆらゆらと揺れながら、そう呻く雄一。

 しかし、朝倉とカモは、余裕そうだった。あろう事か、カモはタバコを吸いながら、レウィンの肩に乗り、イヤーカバーに手をつけながら、宣言した。

『甘いぜ、旦那。レウィンの姉御がこっちについている以上、旦那に勝ち目はないぜ?』

 その言葉に、明日菜が声を上げた。彼女自身、雄一本人から「レウィンは自分よりも強い」と聞いていたから、だ。

 しかし――――――。

 当のレウィンは、無表情ながらも若干怖気づいたような表情を浮かべながら、カモの言葉にしれっと答えた。

「ああ、忘れていたな。私は、マスターには勝てんぞ?」

「『………へ?』」

 訝しげな声を上げるカモと朝倉。それに答えるように、雄一は告げた。

「コード〇〇〇。レウィン、『武装』申請却下。行動も却下だ」

 雄一の、マスターとしての『命令』。

本来、本当の仲間として、【相棒】として、絶対使う事のない(と思っていた)絶対強制権のあるそれを、雄一は、使ったのだ。レウィンの思考回路は、雄一の声紋を照合し、認証――――『命令』を実行する。

 これで、レウィンは『武装』も出来ないし、行動もできない。雄一は静かにグエディンナを引き抜くと血≠フカプセルを、石突に入れる。

 引き伸びる、十字槍。微塵も動かなくなったレウィンの後ろに隠れた朝倉が、青白い表情を浮かべた。

「え? え? もしかしてこれって、死亡エンド?」

『に、逃げるぜ!? ブン屋のネエ―――――』

 一瞬早く気を取り戻したカモ達が振り返るよりも早く。

「地獄に落ちやがれええええええええええええええええええぇぇぇえッ!?

 慌てて逃げ出そうとするカモと朝倉、止まっているレウィンへ、雄一は、刀身の無い、グエディンナを解き放つ。

紅い閃光が、ロビーを巻き込み、吹き飛ばしながら―――――――――――プラズマ・ストライクが、全てを貫いた。

 

 三つの影は、闇夜の京都に散った。

 

 

 

 

 闇の京都で、違う影が三つ、あった。

「死ね! 氷爆、氷爆、氷爆!」

 辺りに突き刺さり、氷の花を咲かせるエヴァの魔法=B

「死ねシネシネシネシネ」

 ぶつぶつといいながら、しかし軽い駆け足程度で、超遠距離から指弾を連発する真名に追われ、クーフェイは夜の京都を駆け回っていた。

「いやアルいやアルいやアルぅうウウウウウウうっ!? 雄一、助けてアルゥゥゥ!?」

「安心しろ。お前を葬った後は、奴も葬ってやる」

 エヴァは、別段焦ってもいない。おそらく力付くでも雄一を『従者』にするつもりなのだろう。たとえ、それが今日でなくても、いいからだ。

 真名は真名で、途中でそれに気づいたものの、最後の日にしてやれば良いと思っていた。一緒に逃げた、あの奥手の刹那が出来るわけもないし、雄一だって逃げ切っていると思っていたのだ。それは、エヴァも考えている事だった。

 しかし、このとき二人は知らなかった。

 その奥手である刹那と、クラスでも奥手であるのどかが、雄一のキスを手に入れている事を。そしてエヴァは、自身の『従者』が裏切っている事を。

 そして、それにより、雄一に災害が降り注ぐのも、時間の問題だった。

 嵐の後の三日月を眺め――――茶々丸が、遠くに映るエヴァを見て、呟いた。

「ああ、あんなに楽しそうに」

 ―――――――雄一の周りのロボットは、ネジが外れるらしい。

 こうして、京都の二日目は、終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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