さて、前回はぎりぎりだった雄一だ。正直、死んだ、と思った。

 敵―――『天使』が使っている技は、以前雄一の仲間である竜紀が使っていたものに、近い。ただ、それよりも圧倒的に強いだけだ。

 そして、絶体絶命のピンチに、駆けつけたのは、俺の【相棒】。

 彼女は、いつぞやの出会いを再現し、静かにネギたちを見て――――――

「マスター。三股は、いかがなものかと。ああ、でも、人形を入れれば四股か」

 などと、ほざいてくれた。

 ネジの外れっぷりは健在のようだ。

 

 

 

 第十五話 京都旅行二日目 中編!  破壊神は全てを壊す。

 

 

 

 雄一たちの窮地を救ったのは、対『アカツキ』戦闘兵器、RW‐38389型、ヘルドール=Aレウィンだった。

 銀髪と二筋走る黒髪に、ヘッドホンのようなイヤーカバー。機械人形を表す機械の体躯に、右腕を覆いつくすような銃を斜めに下げながら、彼女は雄一から視線を外した。

 彼女は、両肩のハッチを閉めると、空に浮かぶ『天使』を見上げた。

「さて、マスターが世話になったな、鳥。焼き鳥にしてマスターに振舞うから、羽毛を綺麗にはいでやろう」

 不敵に見下ろしていた『天使』へ、レウィンは対抗するように、不敵な口調で告げる。それを見ていた雄一は、懐かしさとともに呆れを感じながらも、微笑んだ。

「………かわんねぇな、レウィン。少し小さくなったのに」

 記憶の中では、雄一と同じぐらいの体躯で、さらには髪の毛が長かった。武装も僅かに違うが、性能が向上しているのか、動きは以前より滑らかだった。

 その頭の中の、大事なネジが外れている、と雄一は半眼で呻いた。

 思考を先読みしたように、レウィンは口を開いた。

「私は私だ。ああ、それと、今の私はRW‐38389型ではなく、RW‐ε(イプシロン)だから、間違えないように、な」

 さらっとそういいながら、レウィンの躯の節々が、軽い音とともに開け放たれた。そこに光る、純白の白い粒子――――『フォトン』の粒子を煌めかせながらレウィンは告げた。

「マスターと積もる話がある。さっさと消えろ。鳥人間コンテスト優勝候補」

 それはそんなコンテストじゃない、と雄一はツッコミを入れようとして、止めた。どうせ言ったところで彼女は変わらないし、彼女らしさ、というものが消えてしまうだろう。

今の今、ほんの一瞬前まで、あれほど絶望していたのに、今は、安心できる。それほど、自分が彼女を信頼しているのだと、今更ながらに実感した。

次の瞬間、彼女の躯が、開け放たれた。

 現れたのは、数え切れないほどの実弾頭。

レウィンの脚にあるすねがスライドし、地面に二本のパイルが打ち込まれ、固定された。

そして、其れに続くように、彼女の碧眼が『天使』を捉えると、口が動いた。

「『蓮華』」

 次の瞬間、膨れ上がるような無数の弾頭が、撃ちだされた。

 尾を引く、無限ともいえるほどの発射数に、響き渡る爆裂音、そして光。一撃一撃が寸分の狂いもなく『天使』の身体に向かって飛翔し、見えない壁に突き刺さって、爆発した。

対抗する『天使』も、最初は魔法障壁≠ナ弾いていたが、それも次第にヒビが入り、最終的には、砕け散った。

 なおも降り注ぐ弾頭は、やむことを知らない。余りの弾幕に、小さく舌打ちをし、『天使』が飛翔するが、目前に一つ、ミサイルがあった。

 その瞬間、周りを見て、絶句する。

 煙の先に現れたのは、視界を多いつくすようなミサイルの弾頭。

 驚きに顔がゆがむ『天使』を見たレウィンの唇が、ほんの少し歪んだ瞬間。

 

「チェックメイト」

 

 小さな呟きと共に、全てのミサイルが収束するように突き刺さり、爆発の蓮華が咲き誇った。爆音と共に暴風が吹き荒れ、直視できないほどの爆煙が、ネギ達を覆い尽くした。

 煙が晴れた先にいたのは、『天使』。

しかし、その様相は、今までとは、違う。

 水晶とも取れる、ガラスのような能面に、全身を包み込むような淡い光。白と金で修飾された鎧も、さらに神々しく、全身を護るように存在していた。

 それを見て、レウィンは小さく感心したように、呟く。

「ふむ。成程。あの程度では殲滅できないか。流石に、私達の『世界』の『天使』とは、違うな」

 感心し、意味深な発言をするレウィンの言葉へ答えるように、『天使』の体が光に包まれ、もう一度、男が姿を現した。

その顔には、しっかりとした苦笑と驚きが、張り付いていた。嬉しそうな口調で、口を開く。

「………ずいぶんと、規定外な装備だな。一撃一撃に、『氣』を込めるなんぞ」

 その男の言葉へ、レウィンは何の気概も無く、さらっとした口調で、告げた。

「『フォトン』―――光の粒子だ。全ての存在に存在しているゆえ、『魔力』の壁も、数撃てば壊れる」

 事も無げに返すレウィンに、『天使』はますます、笑みを深めた。

 男はスッと身体を返すと、視線と微笑を雄一とレウィンに向け、口を開く。

「………俺の名は、フェルトキア=B次は、その血≠ニやら、貰い受ける」

 自分の力に圧倒的な自信を持って放たれたその言葉に、雄一が何かを答えるよりも早く。

「次があると思っているのか?」

 その瞬間、レウィンの躯が、再度男――――フェルトキアに向けられた。

 再度、爆発の華が咲き誇るが、一瞬早く、男が姿を消しているのを、雄一は見ていた。

 そこで、レウィンがミサイルを撃ち出すのを、止めた。

地面に突き立てたパイルを収容すると、体中のハッチを閉める。ピーッ、という甲高い音とともに、彼女のイヤーカバーから音声が聞こえた。

『戦闘モード終了。休止モードに移行』

 レウィンから、その機械音が鳴り響いた瞬間、彼女の体が、光に包まれた。

 晴れた先にあったのは、白いタンクトップに下地の黒いシャツ、そしてスカートをはいた、銀色の髪とイヤーカバーを持つ、女の子だった。彼女は、スッと碧眼を開くと、口を開く。

「どうやら、逃げられたようだ。あと数秒遅ければ、塵も残さない自信があるんだが」

 不満げなレウィンを見ていたネギと刹那は、口をぽかんと開けていた。

『すっげ………』

 ネギの肩に乗っていたカモの言葉通り、目の前のレウィンは、雄一達が苦戦していた相手を、圧倒的火力で文字通り圧倒したのだ。

しかも、その姿は今、普通の人間の格好をしている。其れが今まさに、圧倒的な火力を誇っていた存在だとは、誰も思えない。

 そして、意外なことが、起きたのだ。

「レウィン!」

 振り返った彼女へ、雄一が、抱きついたのだ。

 ギュッという音が出るほど強く、抱きしめる。前から抱きしめ、左腕で右肩を抱き、右腕で彼女の頭に触れた。

伝わってくる、人肌を模した機械の身体を、雄一は確かめた。

 しかし、レウィンは顔色一つ変えることなく、冷静な声で、告げた。

「マスター―――――――それはセクシャ」

 レウィンが何かを言うよりも早く、雄一が声を搾り出す。

「………すまなかった」

 雄一の言葉に、レウィンの体が撥ねる。直立していたレウィンは、静かに腕をあげ、雄一の身体を包み込もうとして、躊躇い、両手を握り。

 ―――――――腹を抉りこむブローを放った。

「ぐほ………ッ!」

 唐突過ぎる攻撃に、予測していない雄一は腹部に直撃する。悶絶して片足を付き、倒れる雄一へ、レウィンはぶっきらぼうに、告げた。

「謝らないでください。マスターが悪いわけではないし、私はそれを、咎める気もない」

 腹を押さえつつ、痛みからなのか涙を流す雄一。

その身体を抱くように、レウィンはそっと脚を折ると、雄一を包みこんだ。

 無機質な躯に、確かに宿る熱を感じながら、雄一は頭を垂れた。

「………お久しぶりです、マスター。逢えて、よかった」

 そのレウィンの顔は、まるで人間のように優しい笑顔だった。

 

 

 

 

「はじめまして、皆様方。私は、RW‐ε(イプシロン)ヘルドール=Aレウィン。マスターである雄一が、世話になった」

 怪我をした雄一の介抱をする刹那と、いまだに状況がつかめていないのどか、ネギとチャチャゼロ、カモにそう自己紹介をしたのは、レウィンだった。

自身がロボットであることを明かすと、さすがに皆驚いたようだが、そこは茶々丸に慣れているのか、自分達も自己紹介をする。

 しれっとした表情で淡々と自己紹介をするレウィンは、雄一から見ても、コミュニケーション不足と取れても仕方ないものだった。

「………レウィン、もう少し丁寧に話してくれ」

 雄一の指示に、彼女は「ふむ」と頷くと、急ににっこりと表情を変え、告げた。

「はじめまして、皆様方。私の名前は、レウィンと申します。マスターである雄一様が大変にお世話になったそうで―――――「やめてくれ」――――そうか」

 白々しいまでに笑顔を作り、わざわざ頭まで下げるレウィンに、雄一はげんなりとした表情を浮かべた。

 そして雄一は、ネギと刹那、チャチャゼロと話し合い、この事象に始めて遭遇したのどかに、状況を説明した。

 この世界には、魔法≠ェある事。【裏の世界】がある事。今回の修学旅行で、このかが狙われており、その襲撃が何度かあった事。

そして、ネギが『魔法使い』であり、雄一が『ガード』だということ。

 さすがに話したとき、のどかは戸惑っていた。

ネギの事もそうだが、雄一の事も、驚くことだらけである。

 知らない場所で、さっきの様な存在から、人を護っている雄一が、彼の、本当の姿だったのだ。まだ、何かを隠しているかもしれないが―――――それでも、のどかは、雄一の本当の姿を、垣間見たのだ。

 雄一は、困ったように、口を開く。

「それで、その、どうする? これらは、知らなくていいことだし、危険なことだ。嫌なら、エヴァに記憶を消してもらうこともできるが………?」

 雄一の提案に、のどかの大きな眼が、前髪の隙間から覗いた。

それは、当たり前の処置。この世にある、知らなくていいことの、最も際である【裏の世界】の事は、知るべきことではない。

 しかし、のどかは、衝撃よりも雄一やネギ達のことが知れて、嬉しかった。黙っていたことを咎めるつもりもないし、咎められない。本当に偶然で、知ってしまったことなのだ。

 だから――――――――。

のどかは、しっかりと、首を横に振った。驚きを隠せない一同を見て、少しだけ躊躇いながらも、胸元に手を置きながら、真剣な表情で口を開いた。

「私、雄一先生の事、もっと前から、知りたかったんです。今日の、昔のことを聞くことが出来て、とても辛そうで、でも、私は、ほんの少しだけ、嬉しくて。………でも、私じゃ、ダメな事なんだって、思ってました」

 のどかの言葉に、他の生徒も、顔を歪めた。最初に知った刹那ですら、神妙な表情を浮かべていたほどである。

 だからこそ。

のどかは、胸元を力強く握ると、悲痛な面持ちで、叫んだ。

「だから、消さないでください! 今は、まだ、何ができるかわからないけど、きっと、足を引っ張っちゃうかもしれないけど………やっと、やっと、わかったことだから」

そう。

ようやく、雄一との「溝」の場所が、分かったのだ。深さはまだ分からなくても、それが見えてもいなかった前に比べれば、十分な進歩だった。

 だからこそ、のどかは、「見なかった事」にできない。したく、無かった。

 真剣に見上げるのどか。

その視線を見て、雄一はネギ達に視線を向ける。ネギは、教えてあげて欲しい、という目で、カモも大体そのような感覚で、そうだった。刹那は、雄一に任せるというもので、チャチャゼロは、どうでもよさそうだった。

 雄一は、大きく息を吐くと、微笑む。畏縮しているのどかの頭に手を置くと、口を開いた。

「先生としては、お前のことをほうっておく事は出来ない」

雄一に拒絶されるのか、とのどかが驚きで顔をあげようとするのを、雄一は無理やり押し付けるように、頭を撫でた。

撫でながら、不敵な表情を浮かべ、告げる。

「任せろ。のどかの事、護ってやるから。これから、どうなるかも分からないけど―――――――絶対に」

 雄一の言葉に、のどかは数瞬の間呆然とした表情を浮かべたが、やがて、満面の笑顔を浮かべた。

しかし、すぐに何かに気がついた表情になると、顔を真っ赤にして俯いてしまう。それを、レウィンはしっかりと見ていた。

「雄一先生。そろそろ戻りませんか? 明日菜さんも心配しているでしょうし」

 その時、刹那が声を上げてきた。どこと無く不機嫌そうな言葉だったが、当の雄一は気づかない様子で、そうだな、と軽く返し、チャチャゼロを肩に担ぐ。そして、レウィンに告げた。

「レウィン。悪いんだが、のどかを連れて行ってくれないか?」

 雄一の言葉に、彼女は事も無げにうなずいた。

「了解した。のどか様、私の背中に乗ってくれるか?」

 レウィンの言葉に、いきなり名前を呼ばれたのどかが、どもりながらも答えた。

「あ、はい! ………お、お邪魔します」

 のどかがレウィンの背中に乗ったのを確認した後、一斉に走り出す。

刹那とネギ、雄一、少し遅れてレウィンという順番だった。全員が人間離れした動きをしているのだ、というのをみて、のどかが眼を点にしている。

 そののどかが風を切る中、レウィンが口を開いた。

「ところでのどか様。マスターをどう思うかな?」

 突然聞こえた、レウィンの言葉に、のどかは一瞬だけ、思考が止まった。

「え?」

 数秒たってようやく絞り出た其の言葉に、レウィンは小首を傾げた。

「おや? 間違えたか? こう見えても人を見る目はあるつもりなんだが」

 事も無げに、確信めいた口調で言うレウィンに、のどかが反応した。

「あ、あのッ! そのッ!」

 顔面を真っ赤にして、慌てふためくのどかを横目で見ていたレウィンは、小さく微笑む。

其れを見たのどかは、思わず見惚れてしまう。人間と見間違えてしまうほど人間らしい彼女の笑顔を見て、のどかは眼前の相手がロボットだとは、思えなかったのだ。

そのままレウィンは、視線を走る雄一の背に向け、口を開いた。

「慌てなくて大丈夫だ、のどか様。マスターを落とすのは、そう簡単なことではない」

 レウィンの確信めいた言葉に、のどかがちょっとだけ小首を傾げた。

彼女の言葉は、のどかでは理解できないが、それでも、分かる。

レウィンは、雄一の事が好きなのだ、という事が。

 そして、自分は、何故かはわからないが、ほんの少しだけ、彼女に気に入られた、という事を。

 

 

 

 

「はじめまして、皆様方。私は、RW‐ε(イプシロン)ヘルドール=Aレウィン。マスターである雄一が、世話になった」

 奈良公園の喫茶店に戻ってきた雄一たちは、ぼけっとしているパルや夕映、このかを介抱している明日菜と合流した。

敵襲は無かったらしいが、あの爆発音や遠くで舞い上がる粉塵に、ずいぶんと心配させてしまったらしい。

 そして、先ほど仲間になったレウィンは、全員に自己紹介をする。ようやく回復したパルが、二本の触覚を回転させながら、口を開いた。

「それで、レウィンさんは雄一さんの何なのかな? どう思ってる?」

 パルの言葉に、レウィンはまったく表情を変えず、しれっと答えた。

「マスターは、私の大事な人であり、私はマスターのことが大好きだ」

 などと、核爆弾並みの爆弾発言をしてくれた。

「「「えええええええ!!!!」」」」

「ケケケ。モテルナ、雄一」

 それぞれ違う驚きをあげているが、当の雄一は全く関係なさそうな表情で、喫茶店のお茶を飲んでいた。

レウィンの話を聞いていた雄一は、首をかしげる。

「いや、レウィンの言葉は、まんまだろ? 俺だってレウィンのことを大事な【相棒】だと思っているし、好きだしな」

 ズデン、とレウィンとチャチャゼロと明日菜以外が、倒れる。いぶかしげに見ている雄一と無表情なレウィン、ケケケと笑うチャチャゼロを見て、夕映が呟く。

「こ、これは、予想以上に強敵ですね………」

 夕映の言葉に、次いで復活したパルが、呟く。

「フッフッフ。鈍感な主人公というのは多いけど、実際に見ると、歯がゆいわね」

 そう呟きながらも、怪しいオーラを爆発させるパル。

明日菜は明日菜で、なぜ皆がこけたのか分からず、頭を抑えていた。

その明日菜へ、雄一が顔を近づけ、ひそひそと話しかける。

「レウィンも、こっちの世界の存在だ。俺なんか比べ物にならないほど強いから、頼りにしていいぞ?」

「そ、そんなに強いの?」

 明日菜の問いかけに、雄一は躊躇いも無く頷き、彼女はさらに混乱した。

 明日菜が驚くのも、無理はないだろうが、事実、レウィンは雄一を越えるポテンシャルを秘めたロボットだ。

 レウィンの武器は、腕をすっぽり覆う形状を持つ全範囲対応武装《レイ・ソード》。彼女の内部で発生する対消滅≠フエネルギーを純変換した『フォトン』を刃として振るったり、撃ち出したりすることができるのだ。

 さらに、理論上では永久的に駆動可能なエネルギー。半永久的に『フォトン』を作り出せるので、それで自身を覆うことにより、破壊以外の要素で壊れることは、無い。

 さらには、自身の中で対消滅≠起こす為に、食事という形で正物質を取り込む。廃棄物は一つも無いが、自身の身体に汚れが溜まるので、定期的にお風呂に入るのだ。

 その装甲は、対消滅≠想定して創られているので、滅多な事では壊れない。

 後半の説明は、全員にしておく。つまるところ、レウィンは人間と同じ生活を送れる、ということだった。

「というわけで、皆、仲良くやってくれ。っと、悪い。 他の先生に連絡してくるから、ちょっと席をはずすぞ?」

 そういって、雄一は軽く挨拶した後、チャチャゼロと共にその場を後にした。

 少し離れた場所で、しずな先生を筆頭に三人の先生に電話をしたが、学園長の通達が来ていたらしく、すでに把握していたらしい。

 携帯をしまいながら、雄一は胸中で呟いた。

(レウィンを受け入れてくれるのは嬉しいが、学園長、帰ったら吹き飛ばす)

 其れが届いたのか否か分からないが、麻帆良の土地でガクエンチョウが震えたが、どうでもいい話では、ある。

 その時になって、チャチャゼロが声を上げた。

「ケケケ、雄一ヨ。御主人様ガ用ガアルソウダゼ? ツイデニイッテヤレヨ。コノ近クダ」

 チャチャゼロの言葉に、雄一は軽く頷いた。ある程度思考した後、自分に言い聞かせるように、口を開く。

「………そうだな。茶々丸にも、口裏を合わせておきたいし」

 そういって、雄一は振り返った。

レウィンに話しかけるパルとのどか、このかに明日菜、ネギ、カモ、少し離れたところで周りを警戒する刹那。

 この世界に来て、新たにできた大切な存在達。

「………そろそろ、時期、か」

 雄一とレウィンが異【世界】人だと知るのは、高畑と学園長のみ。

自身の保身のため、『アカツキ』襲来を危惧しての事だったが、いつまでも黙っているわけには行かないのだ、と身に染みている。あの『天使』は『アカツキ』ではなかったが、その存在は間違いなく、遜色ない存在だった。

 皆に打ち明けるべきか否か。

選択の時期は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

「刹那様。少々お時間をよろしいか?」

 パルや夕映の質問攻めから開放されたレウィンは、少し離れていた刹那に声をかけた。

刹那は、声をかけられたことに驚きながらも、了承し、このか達に断りを入れ、レウィンと共に少しだけ輪から離れる。

 皆が小さくなるほど離れたところで、レウィンがあたりを見渡した。奈良公園のベンチまで刹那を連れて行くと、腰をかける。

「どうぞ、腰をかけてくれ。立って話すのは、不自然だ」

 ぶっきらぼうな言葉遣いなのに、厭味に思わせないのは、彼女の特徴だろう。浮世離れした彼女に、刹那は何故か気圧される。

「は、はぁ………」

 レウィンに言われ、刹那が座った。夕凪を反対側に置きながら、体をレウィンへ向けた。それを見た後、レウィンが口を開く。

「さて、質問は三つ。よろしいか?」

 刹那に了承を求められ、刹那は戸惑いながらも、肯く。それに満足したようにレウィンは肯くと、口を開いた。

「ではまず一つ。マスターのことをどう思いますか?」

「な――――――――!?」

 レウィンの言葉に、刹那が絶句した。彼女の言葉に、顔を真っ赤にしていく刹那を軽く見ると、レウィンは納得したように頷く。

「成程。気にはなるが、戸惑っているか気づいていないのか、もしくは――――自身を偽っているか―――」

 レウィンの言葉に、刹那が息を呑んだ。

その瞬間、レウィンの双眸が、刹那を値踏みしているように見られていることに、気がつく。

 全てを見透かすような、宝石のような碧眼。うっすらと映る自分は、彼女の目に、どう映っているのだろうか。

 レウィンは静かに目を閉じると、距離を取る。

やんわりと、それこそ自然に微笑むと、告げた。

「私は、特に詰問するつもりも、聞く気も無い。刹那様が何を隠していようが、マスターに害がなければ、いいのだ」

 そういうと彼女は首を振った。この話はこれで終わり、と言わんばかりに。

「さて、ここからは、マスターについてだ。分かる範囲で答えて欲しい」

 先ほどの口調から一変、彼女の言葉が、真剣なものになる。スッと細くなった眼差しに、刹那もつられて真剣な表情に、なった。

「マスターは――――――麻帆良の地に来てから、何回《ブラッドクロス》で『プラズマ・ストライク』を放ったか、分かるか?」

 プラズマ・ストライク。雄一が持つ能力の血≠使う、唯一の『必殺技』であり、最強の攻撃。

 ブラッドクロス。雄一が、自身の血≠使い、創り上げる深紅の十字槍。

 どちらも、刹那は見たことがある。動きと運動能力は一般人と同じ雄一の中で、唯一【裏の世界】に通じる二つの力。

――――――刹那が知るかぎり、放ったのは――――一度のみ。

「一度、です。少なくとも、私が知る限りでは」

 正直に答えた刹那だったが、レウィンの態度は、変わらない。おそらく彼女が人間なら、息を飲んでいたのだろう、と辛うじて察する事ができた刹那は、次の質問を待った。

「いつ頃だ?」

 次いで放たれた言葉にも、刹那は真剣に答える。

「………もう、一ヶ月と半月ほど前です」

 自分と龍宮を守るために、あの強力な鬼を倒すために放った、あの一撃。

威力的には、自分が持つ封印している決戦奥義ほどあるだろうか。ただ、その次の日に体調が優れていなかったことを見ると、反動は酷いようである。

 刹那の言葉に、レウィンが安堵の息を吐いた。安心したように微笑むレウィンの顔は――――確かに、人間のそれだった。

大好きな存在の安否を気遣う、その横顔。

 本当に、彼女はロボットなのだろうか? そんな漠然とした疑問が、浮かぶ。もしかしたら、私よりも人間なのではないのだろうか――――刹那は、そう思ってしまう。

「そして、最後の質問だ。刹那様は、マスターが、強いと思うか?」

 それは、何を意図しているのだろうか。

 あろう事か、自身の【相棒】である雄一のことを、強さを知りたいという。刹那は、その真意は掴めずも、真剣に悩み―――――――口を開く。

「雄一さんの戦い方は、相手の息を乱して、自分のペースで戦うものです。銃弾で腕を貫かれても動き一つに迷いも生まれず、相手の呼吸を見切った後は、徐々に自身のスピードを上げていき、隙を突く。初見、一対一の戦いでしたら、おそらく、そうやすやすと負けないでしょう」

 それは、刹那なりに垣間見た、雄一の戦い方。

 事実、刹那の言うことは、当たっていた。むやみに戦渦を広げず、仲間を護る雄一の戦い方は、全てを護ろうとして戦い続けた、普通の人間の生み出した、戦術。

 だから、その戦い方は――――――――。

「人間としては、強いですが、戦士としては、弱い」

 そういうことだった。

初見で全力、さらには一撃死を狙ってくる戦いでは、雄一の勝つ確率は、一つもない。人間の行動力としては一流だが、その一流の動きを、『魔力』や『氣』で底上げされている存在の戦いでは、雄一の勝つ可能性は、低くなる。二度目の戦いとなれば、絶望的だ。

 つまり、どこまでも人間としか戦えない、戦いなのだ。

 刹那の言葉に、レウィンはほんの少しだけ眼を閉じると、微笑んだ。

「………そこまで分かっているのなら、私に言うことは無い」

 そういうと、レウィンは急に立ち上がり、刹那の目の前にたつ。太陽の日を背にするレウィンは、静かに片足を地面につけると、頭を下げた。

 自分に頭を垂れている。それに気づいた瞬間、刹那は目を見開いた。

「な、何を!?」

 驚き、慌てて腰を上げようとする刹那へ、レウィンは、告げた。

 

「どうか、マスターを助けてくれ」

 

 静かに告げられた言葉に、刹那の言葉が、止まる。それを見て、レウィンは――――告げた。

「私はすでに、マスターの横にいる資格がない。………そして私は、マスターとは到底、結ばれない」

 ―――――それは、突然すぎる、レウィンの告白。驚きで言葉を無くす刹那へ、レウィンは、言葉を紡ぐ。

「………マスターは、ある事情により、仲間と、別れた。私だけが、マスターの元に来たが、私には、マスターを幸せにすることが、できない」

「そんなことは―――――」

 無い、とは、言えなかった。

 なぜ、雄一が仲間の元を離れたのか。それすら、刹那には分からない。しかし、彼女の言おうとしていることは、分かっていた。

 女に生まれたから、というわけではない。未だに、自分が雄一の事が好きなのか、それにすら、自信が、ない。

 それでも、女の子として、一時期は夢見た、普通の夢。

好きな人と暮らし、子供を作るという事。ごくありふれた、人として正しい、その形。

 機械人形には無理な、その夢。それを、彼女は他の人間に、託しているのだ。

だからレウィンは、普通の人間よりも人間らしく、自分の気持ちに素直なのだ。

そんな彼女だからこそ、その想いは誰よりも、大きかったのだ。

そして、それが叶わぬ夢と知った時の、絶望も。

レウィンの心境を察した刹那は、言葉を無くす。絶句し、見ている刹那を見て――――

 

 

 

 

「………と、言うわけで、早く素直にならないと、取り返しがつかなくなるぞ?」

 

 

 

 

 しれっと、本当に軽い口調で、レウィンが告げた。沼の底のように重かった空気が、一瞬で軽くなり、刹那は呆然と、微笑むレウィンを見ていた。

「刹那様があまりにも出遅れているようで、な。………初見だが、真面目な貴女の様な方が、マスターの伴侶であって欲しいと、思ってしまう。ああ、だが、私はあくまでも中立で、今はのどか様よりだが」

 その顔は、どんな人間よりも人間っぽく、どこか子供のような、小悪魔のような印象を与えた。未だに呆然とする刹那へ、レウィンは真剣な表情で、答える。

「ただ、どのような場所、時であろうと、私がマスターの幸せを祈っているのには、違いないから、あしからず」

 そう微笑み、その場所を立ち去るレウィン。

その背中を見て、刹那は―――――

「………ぷッ、あは、あははははははっ!」

 思わず、笑ってしまった。

なんてことはない。彼女は、雄一のことを第一に考え、途方もなく、強いだけだ。人間としても、女性としても、一つの存在としても。

 だから、すでに悩んでいない。今の状況を悲観するわけではなく、それを最大限に生かそうとして。

そして、自分を、応援してくれるために。

「………自分に、素直に、か」

 不意に、刹那の表情が曇る。レウィンが託してくれたこの純粋な想いは、刹那にとって何よりも大きく、何よりも、高かった。

 

 

 

「あいつは、何者だ?」

 エヴァと合流して最初に聞いた言葉は、それだった。

 場所は、奈良公園から少し離れた所にある、休憩所。茶々丸とは別行動の彼女だったが、どうやら茶々丸に護衛を任せ、自身が会いに来たらしい。

 どうでもいいが、和服姿のエヴァを見られるというのは、かなりのレアな状況ではないのだろうか、と雄一は何気なしに考えていた。

幼女の姿なのに、夜の花火を模した紋様の浴衣は、彼女のウェーブがかかった髪の毛と、よく合う。

 だから、率直に告げた。

「似合うな、エヴァ。やっぱ、元がいいと、映えるな」

「………ッ! 貴様は、そう、何で、………ええい! 今は私のことではないッ!」

 顔を真っ赤にさせ、雄一に叫ぶエヴァ。その彼女を両手であやす雄一の姿は、遠目から見れば、約束を違えた父親と娘のようにしか見えない。

 彼女は憮然とため息を吐くと、髪の毛を掻き揚げた。

「チャチャゼロを経由して、大まかなことは把握している。貴様の仲間であるレウィンとやらも、あの『天使』も。――――――私が知りたいのは、『天使』のほうだ」

 キッと眼差しが鋭くなる。それには、雄一を咎める視線が、含まれていた。

「何なのだ。あれは!? 私の全盛期並の『魔力』を持っていたぞッ!?」

 エヴァの叫びに、雄一は少しだけ考え、首を横に振った。

「いや、俺にもよく分からない」

 事実、あの存在は、『アカツキ』ではない。『フォトン』も感じないが、エヴァやネギから感じる『魔力』や、刹那の持つ『氣』を感じるのを見ると、こちらの世界の存在なのは、間違いないのだ。

 『魔力』が多い、というよりは、『魔力』の塊のような存在だった。

 しかし、雄一には、それがなぜ、自分を狙っているのか―――怪訝な思いはあるものの、分からなかった。

「ケケケ。俺モ戦イタカッタゼ」

 そういうチャチャゼロだが、正直あの存在と戦うのは、難しい。レウィンのように遠距離武器を大量に持っているならともかく、空中で戦える存在となると、ネギかエヴァになるだろう、と雄一は判断している。

 エヴァは、小さく舌打ちをすると、呟いた。

「だが、近衛を狙わなかったところを見る限り、西の刺客ではないだろう。貴様を狙うという事は、貴様に恨みを持っている奴らだが―――」

 そして、探るようなエヴァの視線に、雄一は肩をすくめた。

「俺は、大して強いわけじゃないし、あんな奴は知らないさ。ただ、自分のことをフェルトキア≠チて言っていたが」

「………フェルトキア。姿形から見ても天使の一人だろうが、聞いた事もない名前だ。悪魔が存在するのだから、天使は存在しているはずだが」

 そこで、エヴァが顔を歪める。その態度にいぶかしげな視線を向けると、エヴァが口を開いた。

「貴様は今まで、『天使』の姿を見たか?」

 エヴァの問いに、雄一はしばらく考え、首を横に振った。

「いや、少なくとも、それに近い姿を持つ奴らと戦った事はあるが、本体は、無いな」

 雄一達が戦った『アカツキ』の中にも、『天使』を模した存在が、いた。

いたものの、フェルトキアほど、強くはなかった。見た事があるという既視感も、そこから来たと思われる。

 そういう雄一を見て、エヴァは不機嫌そうに頷く。

(やはり、何か隠しているな………。くそッ! いつもなら気にならんというのに!)

 あの『天使』との戦いを見てから、エヴァの胸中をざわめかせるのは――――気に入らない、の一言。雄一が何かを隠しているのは気になっていたが、必要があるなら話すと思っているから、問い詰めなかった。

 しかし、相手は雄一。ネギとは違う方向で、自分だけで溜め込む男なのだ。危険な場所には、いくら自分より強い存在でも変わらずに突っ込んでいく。

それは、死んでも変わらない。

 イライラするが、それを問い詰めると自分が雄一を見ている気がして、嫌なのだ。

確かに、自分から話しかけにいく事もあるし、他の女子と話しているときにちょっかいを出したりもする。雄一の動向を知るためにチャチャゼロをそばに置かせていたし―――――

(って、これでは完全に恋する乙女ではないかッ!?)

 自身の考えを否定するように頭をぶるぶる振るうエヴァを見て、雄一が小首をかしげた。

「………で? あのレウィンとか言うロボットは――――――」

 気を取り直したエヴァの言葉に、雄一が何かを答えようとしたときだった。

「私のことか? 金髪幼女」

 唐突に――――。

話の核であるレウィンが、ずいっと顔を出してきたのだ。突然現れたレウィンに、エヴァが悲鳴をあげ、距離を取った。

対する雄一は、呆れたようにレウィンへ表情を向けると、告げた。

「サイレントモードで近づくって言ってるだろうが。俺はともかく、慣れていない奴には刺激が強いんだよ」

「それは申し訳ない。金髪幼女、悪かったな」

 しれっと告げるレウィン。その時になってようやく茶々丸と合間見えた。

 異世界のロボット同士の対面。

何故か――――二人の間に、光が走る。

 しばらくして、ゆっくりと近づく。同時に右手で握手し、互いに人差し指を突きつけ、少し高い場所で手を叩きあい――――――

 同時に雄一に振り返り、肩を組み合った。どうやら、意気投合したらしい。

「誰が金髪幼女だ! 茶々丸! 貴様は何意気投合している!? 何だっ!? さっきの行動は!?」

「いえ、特に意味は」

 茶々丸の言葉に、エヴァは低くうなる。とはいえ、雄一にもさっきの行動の意味は分からないが。

 茶々丸のネジを巻いているエヴァを見て、チャチャゼロがカラカラと笑った。それを見て、雄一も微笑む。その様子を見ていたレウィンは、思う。

(マスターは、すでにこの世界に慣れているようだ。………私は、私なりに行動すれば、いい)

 彼女の望みは、半分達成された。残りの半分は、これからだ。

 そして、レウィンはそっとエヴァに近づくと――――なにやら耳打ちをした。それを見ていた雄一は、どんどん顔を真っ赤にしていくエヴァを見た。

「な――――――」

 絶句するエヴァへ、レウィンは静かに微笑むと、告げた。

「そういうわけだ。貴女も、素直になるべきだと思うが?」

 冷ややかな笑みを浮かべるレウィンを見て、雄一の背筋に寒気が走ったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 さて、どの時代でも、情報というものは、結構重要なものだ。

 レウィンのことを説明されたネギは、雄一とレウィンと共に、早めに宿に戻っていた。ちなみに、五班は新京極に行くらしく、途中で別れたのだ。ちなみに、チャチャゼロは雄一の頼みにより、今はこのかの頭の上にいる。

 エヴァは、茶々丸と一緒に京都を見回っていた。警戒の必要がなくなったからだ、という。

 そしてネギは、レウィンと楽しそうに談笑していた。

「そうだったか。ネギ様はマスターの義弟になったのか。………蓮が知ったら、どう思うか」

「はい! よろしくお願いします! って、蓮さんって、誰ですか?」

 レウィンの言葉に、ネギは疑問符、雄一は苦笑する。

「俺の、義理の姉さんだよ。別に、いいだろ? 義姉さんなら、何もいわんだろうし」

 おそらく、ネギの事を見れば気に入ってくれるはずだ。

 だが、雄一としては、義姉の蓮に良い思いでは、あまりない。命を助けてもらった事は確かに嬉しいし、頼りになるのだが、その性格に問題があった。

義理とはいえ、雄一と結婚しようと作戦を練っていた世界最強の『ルシフェル』と暴走ロボットの戦いは、雄一の中でもトラウマになっている。

東京ドームよりも大きな基地が半壊したのだから、笑えない。

 過去のトラウマを引きずっている雄一を置いて、ネギの肩に乗っていたカモが、レウィンに告げた。

『しっかし、俺っちもレウィンの姉御みたいな奴は始めてみるぜ。エヴァンジェリンのところの奴とは、違うんだろ?』

「ああ。設計コンセプト自体違う」

 さらに言うと、レウィンは今の時代よりも九年先、しかもその頃ですらオーバーテクノロジーといわれた技術の粋で造られたヘルドール≠セ。

反物質≠ニいう無限に近いエネルギーに、空間圧縮搭載法という技術を応用し、二百発近いミサイルを搭載しているのだ。『フォトン』を込める事ができるのも、彼女―――レウィンという擬似人格があるから出来る芸当、らしい。

 そのレウィンは、カモと仲がいい。のどかに魔法≠フことを説明している時、少しはなれたところで『契約』について話し合っていたのは、雄一も見ていた。

 それになにやら肌寒い事を感じつつも、雄一は顔を上げた。

「そういえば、これから夜の見回りを決めるんだった。ネギ、レウィンと一緒に部屋に戻っていてくれよ。結構、もう宿に帰ってきている班もあるらしいし」

 雄一の言葉に、ネギは笑顔で返事をする。あの後(レウィンを紹介した後)皆と奈良公園を回り、夕映と仏像話をして、かなりご満悦のようだった。

「マスター。私が、二人を見ておきますので、安心を」

 レウィンの言葉に、再会の感動も薄れてきた雄一が、唸った。

(………いまさらだが、お前に任せると碌なことにならないんだが)

 その言葉を、奥歯で噛み砕く。いくら奇想天外な思考をしているレウィンとはいえ、来たばかりの場所でろくでもないことは、起こさないだろう。

 ――――自信が、なかったが。

 

 

 

 

 

「つまり、『従者(ミニステル)』になると、身体能力が上がるというわけか。『仮契約(パクティオー)』というのも、その儀式で―――――」

『そういうことでっさ! しかし、旦那には『魔力』を感じやせんが・・・?』

「いや、マスター自身の能力のせいで、『氣』に近い『フォトン』で『魔力』が抑えられているのだろう。確認できないが、それを知る意味でも―――――」

 と、カモとレウィンが話をしている間、ネギはあたりに注意しながら、見回りをしていた。

 今は、見回りの途中だった。

夕方頃、クラスの人間が戻ってくるのを確認しながら(そのたびにレウィンが自己紹介をしている)、宿の周りを重点的にしている。

 そして、宿の玄関を出たところだった。ネギの視界に、小さな猫が道路に飛び出し―――――トラックが、それに気づいている様子もなく、運転している所だった。

 このとき、体がとっさに動いた。瞬間的に杖へ巻かれた布を剥がすと同時に、身体に風を纏う。

 瞬間的な移動。一陣の風となったネギが、子猫を抱きかかえた次の瞬間、茂みから光が発せられた。それを横目で見てしまい、動きを止めてしまう。

 次の瞬間、目前にトラックが迫り――――

 

 

 

 ドガシャ、という重い音が、鳴り響いた。

 

 

 

「大丈夫か? ネギ様」

 音を立てたのは、トラックのほうだった。

瞬間的に飛び出したレウィンが、すねから出した固定用のパイルで地面に突き刺し、トラックを片手で受け止めていたのだ。トラックがど真ん中からひしゃげ、窓にヒビが入っている。

中の人物に、怪我はないようだった。しかし、口から白い泡を吐いているのを見ると、かなりのショックを受けているようだった。

 顔をネギのほうに向け、安否を気遣うレウィン

と、其の時。

「ネギ先生! 大丈夫!?」

 茂みから飛び出してきたのは、麻帆良のパパラッチこと、朝倉 和美だった。首からカメラを提げた彼女は、慌ててネギを起こす。

と。

 ジャコン、という音と共に、レウィンの腕が向けられる。その腕に握られた巨大な銃口が、静かに朝倉の頭部に、向けられていた。

「朝倉 和美。貴女が焚いたフラッシュで、ネギ様が死に欠けた。死ぬ準備は出来ているのか?」

 レウィンの言葉に、流石の朝倉も声をあげた。

「うわわわわわっ!? って、あんた誰!?」

「あわわっ! ぼ、僕は大丈夫です! レウィンさん! 落着いて!」

 ネギにとめられ、レウィンは自身の武器レイ・ソードをしまう。ほっとしたネギと朝倉へ、レウィンが告げた。

「それで、ネギ様。魔法≠ニやらを彼女に見られたようだが、大丈夫なのか?」

「え? ………ああああああああああああああああっ!?」

 ネギの絶叫が、響いた。

 何を隠そう朝倉は、何かをネギを追い掛け回し、魔法≠突き止めようとしていた存在だった。レウィンという存在が居たせいか、ちょっと気が抜けてしまったらしい。

 狼狽するネギへ、ここぞとばかりに朝倉が詰め寄る。

「先生♪ さっきの事を説明して欲しいな♪ ほら、ちゃんと証拠写真あるし♪」

そういって、デジカメを見せてくる朝倉。そして、デジカメのディスプレイには、しっかりと魔法≠使って飛び出すネギ、猫を抱きかかえ、驚きの視線をこちらに向けるネギが、映し出されていた。

狼狽するネギへ、朝倉がさらに詰め寄ろうとした瞬間、レウィンが口を開く。

「仕方ない。ネギ様はマスターの大事な義弟。ここは、朝倉に黙ってもらうしかないな」

 そういって、『武装』しようとするレウィンに、ネギとカモが悲鳴をあげた。

「それはだめええええぇぇぇ――――――!!!」

『そうだ! 旦那だって、そんなこと望んじゃいねぇぜ!? レウィンの姉御!』

 必死に叫ぶネギ。忘れがちだが、魔法≠フ存在を広めると、オコジョにされ本国に強制送還されるのだ。

 そのネギの肩に手を置くと、レウィンは優しい笑顔を浮かべ、答えた。

「安心しろ。存在した事すら判断させないように、あらゆる記憶や記録を消して、消し炭も残さなければ―――――」

「何に安心しろって!?」

 悲鳴をあげる朝倉に、じりじりと詰め寄るレウィンへ、カモが叫んだ。

『お、俺っちが説明するでっさ! た、頼むからこれ以上暴れないでくれ!』

 こうして、レウィンは止まった。

 カモが、朝倉に事情を説明する。途中でレウィンが合流し、なにやら話し合っている様子にかわっていた。

途中までは怪訝そうだった朝倉も、レウィンとカモと話している間に、驚き、戸惑い、小悪魔のような笑顔、目元が隠れるような笑顔をみせていた。

 時々、「キス」やら「クラス闘争」やら「仮契約」やらと、不穏な言葉が聞こえてきた。

 実に、二時間。トラックの運転手は、異様な雰囲気の二人(と一匹)を置いて、レッカー移動していた。

途中でネギが見回りに行った後も、三人(正確には一人と一基と一匹)が話をしていた。すでに夕刻を過ぎた頃―――三人が腕を組む。

「では、お互いのため、ここは手を組もう。朝倉参謀」

「了解! あたしに任せといてよ! レウィンも、カモッチと一緒に準備をよろしく!」

『これで俺っち達は金持―――ゲフン、ゲフン! 向かうところ敵なしだぜ!』

 なにやら結論が出た様子だった。

そして、朝倉はネギに向き直ると魔法≠フことを隠す旨を伝え、自身のカメラのメモリーを渡し、さっさと旅館の中に戻っていってしまった。肩にカモが乗っていったところを見ると、ずいぶんと仲良くなったらしい。

 その後姿を見ていたネギへ、レウィンが微笑む。

「よかったな、ネギ様。これで、当面情報流失の心配はない」

「………う、うん。でも、何の話をしていたの?」

 ネギの疑問に、レウィンは悪戯っぽく笑って見せ、人差し指一本を口元に当て、優しく微笑む。

自然な、笑顔。その笑顔を見て、ネギは自分の顔が赤くなるのを感じた。

 そして、レウィンは告げた。

「世の中、知らない事があると、面白いと思わないか?」

 

 

 

 

 

 雄一がロビーで書類を片付けていると、最後に五班が戻ってきた。ロビーの机で仕事と外から帰ってくる生徒をチェックしていた雄一を見つけると、明日菜と刹那、のどかが寄ってきた。チャチャゼロは、このかと一緒に食堂に行ってしまう。

「ただいま〜〜って、大変そうね」

「ただいま戻りました。襲撃はありませんでしたか?」

 同時に声をかけてくる明日菜と刹那に苦笑で返しながら、雄一は手元のボールペンを置くと、答えた。

「いや、たいした物じゃないし、襲撃もなかったよ。お帰り、三人とも。そっちは?」

 雄一の問いに、明日菜が呆れたように答えた。

「本屋ちゃんが知りたいっていうから良いけど、あんた達、もう少し気をつけなさいよね。一般人にばれるとオコジョ&強制送還なんでしょ?」

 どうやら、明日菜ものどかから聞いたらしい。苦笑しつつも、雄一は返した。

「ま、そこは見逃してやってくれよ。こっちの戦力も限られている上、正直、あの敵は強いしな」

 雄一の言葉に、刹那が真剣な表情で頷く。彼女からしてみれば、自身の奥義の一つを、ただ放出した『魔力』の塊で弾かれたのだから、その差は感じているはずだ。

 とはいえ、彼女も負けると思っているわけではない。初見で急場だったからこそ『氣』の練りが甘かったからであって、もう一度対峙すれば、一歩も引けを取らない自信が、ある。

 そこで、雄一がロビーの時計を見上げた。

「っと、そろそろ夕食だし、皆も戻れよ。俺は、もう少ししたら行くから」

 あからさまな話題の切り替えに、明日菜は若干の不満を露わにしながらも、答えた。

「………ん。あんまり無理しないでよ?」

 なんだかんだ言っても、明日菜は雄一を心配しているようだった。服に隠れて分からないが、雄一の身体はボロボロだし、昨日からろくに寝ていないのを、知っているからだ。

「その、がんばってください………」

 のどかは、控えめな挨拶をする。彼女らしいと思うが、ちょっとずつ打ち解けているのだ、と思えた。

「失礼します、雄一さん」

 最後に、頭をさげてその場を立ち去る刹那。どうやら、このか達と一緒にいることに、それほど拒否感情を抱かなくなってきたらしい。

 それで良い、と雄一は思う。何を隠しているかは分からないが、信用してもらうには、まず自分から歩み寄らなければいけないのだから。

 ふと、思う。自分は、歩み寄っているのだろうか。

 ほんの少し前まで、意図して他人と一線をひいて接していた、と思う。

しかし、エヴァとの戦いからネギや明日菜とは距離が縮まり、今回の修学旅行では、男性恐怖症ののどかにも近づけたと思う。

 『仕事』を組む事が多い刹那のことも、知った。きっと彼女は、このかを大事に思っているからこそ、いや、大事に思っていると思い込んで、距離を取っていたのだ。

それが、本人にとって、どれほど辛いか、考えられず―――いや、意識的に、考えずに。

 なら、自分は―――――?

「………」

 雄一は、ロビーから見える庭園を眺める。夕闇に浮かぶ、紅い景色には、向こうの世界とは違わない世界が、映し出されていた。

 戦争が起きていた世界。

自分が過ごしてきた世界。

何かを忘れている、世界。

 そして、置いてきた仲間と、追いかけてきたレウィン。全てを想い、雄一は、目を閉じた。

「………俺は、幸せ者だな」

 

 何度も漏れた、その言葉。そして、そのたびに思う。

 

 

 

 

 自分は、幸せになってはいけない存在なのだ、と。

 

 

 

 

 

 ふと、レウィンの事を思い出した瞬間―――――背筋に寒気が走ったのを、ここに追記しておこう。

「嫌な予感がする」

 

 それはきっと――――――外れていないだろう。

 

 

 

 

 

 

 夕食後、宮崎 のどかがそれを知った瞬間、昇天しそうになった。

 きっかけは、このかと夕映、パルと一緒に部屋に戻ったときのことだった。玄関の入り口に落ちている、「3‐Aの皆様へ」という封筒を見つけたからだ。

 中には、朝倉 和美が企画した【雄一先生とネギ先生へ伝われ気持ち! 愛のラブラブキッス大作戦♪】という、さまざまな色と装飾が施された、紙。

 ルールは、以下のとおり。

 

一、 攻撃は、枕のみ。それ以外を使ったら、反則負け。

二、 目標は駒沢 雄一とネギ・スプリングフィールドのみ。

三、 一班 二人のみ! 

四、 三位までにはプレゼント有り!

五、 制限時間は、十一時から一時までの二時間!

 

 と言ったもの。協力者の名前には、レウィン・イプシロンの名前が書かれていた。

 のどかは、大混乱だった。レウィンの名前があるという事は、雄一先生も把握している事なのではないか、というより、他にも雄一先生を狙っている人が、私も参加―――‐‐‐‐つまり、混乱しているのである。

「やったじゃん! 朝倉もいい仕事してるね! レウィンッチもいい感じだよ!」

 パルは大喜び、夕映はなにやら考え事をしているものの、おおむね了承していた。

「はわわ〜〜〜。雄一さんとネギ君が目標かぁ〜」

 驚いているのか、楽しんでいるのか、このかが笑顔で声を上げる。ルールを読んだ後、夕映はさらっと言い放った。

「なら、参加メンバーは私とのどかでいいですね」

 そういうと、夕映はさらさらとメンバー表に名前を書き入れる。それを聞いて、のどかが声を上げた。

「ゆ、夕映! で、でも、雄一先生も了解していないものかもしれないし」

「甘いですよ、のどか。すっきり餡子蜂蜜グレープよりも」

 一体何味だ、と突っ込みを入れたくなる謎の清涼飲料水の名前を言いながら、夕映はビシッとのどかを指差す。ビクッと身体を跳ね上げるのどかへ、夕映が口を開く。

「のどか。雄一先生は、かなりまともな部類に入る男性です。しかし、だからこそ、競争相手は多いのです。龍宮さんやエヴァさん、刹那さんなど、相手は一筋縄ではいかない人ばかりです。その人たちに優位を取るには、ここで成功させるべきです」

 ちなみに、それが参加の意味と関係がないのは、言うまでもない。だが、夕映のあまりにも当然だ、といわんばかりの言葉に、のどかも黙ってしまう。

「と、言うわけで、良いですね?」

 そこで、のどかは冷静に考える。

(たぶん、これはレウィンさんとカモさんが考えたんだと思う。・・・なら、雄一先生が巻き込まれちゃうんじゃ………? ! なら、助けないと!)

 彼女には、雄一を助けようと決心した。少なくとも、大切な接吻は、こういうことで使うものではない。自分の場合は―――――――

顔が真っ赤になる。

(わ、私は、雄一先生が良いって言うなら………。じゃなくて! あ、ああ、でも! これ、ゲームだし………ああ、でもでも!)

 思考が良心と自身の欲望の間で揺れている間に、夕映は部屋を出て行ってしまう。このかはニコニコ、パルは怪しい笑みを浮かべ、触角を回していた。

 五班、参加者。

綾瀬 夕映 宮崎 のどか。

 

 

 

「私が行くよ♪」

 四班の部屋では、佐々木 まき絵が声を上げていた。図書館島での出来事以来、ネギにそれなりの敬愛と親愛を感じている彼女は、真っ先に声を上げたのだ。

「それで、もう一人なんだけど「私が行こう」え?」

 声を上げたのは、彼女の予想に反して、龍宮 真名だった。なにやら不敵に微笑む彼女は、クールな笑顔を浮かべると、余裕すら見せていた。

 無論、彼女の狙いは、雄一。最後の日の約束は取り合っているものの、のどかや刹那に遅れ気味だと、自覚していたからだ。

 一方のまき絵は、予想外の協力者に、微笑んだ。

「よろしく! 龍宮さん!」

「ふふふ。頼むよ? まき絵さん」

 四班、参加者。

佐々木 まき絵 龍宮 真名。

 

 

 

「――――――私が行くぜ」

 そこには、不敵に笑う千雨の姿があった。彼女の狙いは、雄一とネギ――――がキスされている、恥ずかしい写真。恥ずかしい姿を見られていた彼女は、ここで何故か対抗心を燃やしていたのだ。

 もう一人は、言わずもがな―――――雪広 あやか。自称ネギの保護者だが、最近は雄一にべったりのネギを、振り向かせるための参加だ。

「ネギ先生のファーストキスは私あやかがいただき―――ゲホン、護りますわ!」

 三班、参加者。

雪広 あやか 長谷川 千雨。

 

 

 

「私が出るアル!」

 そう宣言したのは、クーフェイ。彼女は、雄一に何度か勝負を挑み、いつもぎりぎりのところで負けている。その雪辱と、あわよくば――――といった心境だった。

 ちなみに、クーフェイは雄一の朝食を何度かご相伴しているうちに、彼女自身気づいていないものの、親愛を感じていた。それは、ネギが雄一に感じているそれと、同じものだったりする。活発的な妹、と雄一も思っていた。

 そして、もう一人は、長瀬 楓。しかし、彼女は悩んでいた。

(………雄一殿も捨てがたいが、ネギ坊主も捨てがたいでござるな)

 エヴァに負けたとき、楓が面倒を見て立ち直ったネギの横顔を思い出すと、顔を紅くする。しかし、雄一の闘いを見て、その横に立ちたいと思うのも、本音だ。

 揺れ動く乙女心。それは、どちらに傾くのか。

 二班、参加者。

クーフェイ 長瀬 楓。

 

 

 

「いくよ! 史伽! ネギ先生も捨てがたいけど、やっぱり雄兄だよ!」

「で、でもでも、雄兄も、知らないかもしれないよ!?」

 皆の前では雄一先生という二人も、誰も見ていない場所ではネギのように雄兄と呼ぶ。その二人は、何度かネギと一緒に雄一と遊ぼうとしたが、雄一自身が避けていたせいで遊べず、なら京都で! と思っていたのに、五班に付きっ切りの雄一に、怒っていたのだ。

 何を隠そう、雄兄ファン(現在、他のメンバーはのどかとネギ)の一員だ。見た目も精神年齢も子供(本人に言うと怒る)な二人は、雄一は「頼れるおにいちゃん」の位置だ。

 というわけで、二人は――――参加した。

 一班、参加者。

鳴滝 風香 鳴滝 史伽。

 

 

 

 

 

「クックックックック・・・・・」

 ここは、六班の部屋。不敵に微笑むエヴァンジェリンは、手元にある紙を眺め、告げた。

「なかなか面白い事を考えてくれるな、あのオコジョに、朝倉め」

 彼女は、宿の周りに張られている結界が、仮契約のためのものだと、知っていた。なぜなら、あのレウィンとか言うロボットにいわれたのだから。

 あれの正体は、茶々丸にも分からない。分かるのは、『魔法使い』一個師団並の火力を誇る、兵器の一つだろうことだ。おそらく、接近戦なら茶々丸に分があるが、遠距離戦なら、優位を誇るだろう。

 しかし、それは当然のこと。大砲は、『魔法使い』なのだから。

(クックック! 煮え切らない態度も、これまでだ! 雄一!)

 人知れず微笑むエヴァ―――――――それをみて、茶々丸が呟く。

「マスターも、明るくなられた」

 それが雄一のおかげだと、茶々丸は思っていた。

 六班、参加者。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル 絡繰 茶々丸

 

 

 こうして、参加者は集った。

 台風は、ホテル嵐山を舞台に、十一時より吹き荒ぶ。

 

 

 

 



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