さて、(本当に)いろいろあったが、無事京都に着いた雄一だ。

 エヴァとの仲の誤解は、きちんと解いておいた。その代わり、エヴァと真名、刹那がにらみ合っていた余波で、胃に深刻なダメージが残ったが、気にしたら負けなのだろう、多分。だから、気にしないことにする。

 そんなわけで、俺達は京都に、午前中のうちに着くことができたのだった。

 

 

 

 

 第十三話 京都旅行一日目! 敵と味方と味方と敵と?

 

 

「ゆ、雄兄、大丈夫………?」

 ネギの心配そうな言葉に、雄一は顔を引きつらせながら、答えた。

「あ、ああ………気にしないでくれ」

 心配そうに見上げるネギの頭を撫でながら、雄一はため息をはく。この間から、真名と刹那に攻撃されることが多くなってきた。何か、いけないことをしたんだろうか、と本気で悩むが―――――。

 それは、雄一にはわからないことである。

 おそらく、理解できるはずもない、と、誰かは悟ったという。

 

 

 

 刹那は、いつもよりも不機嫌だった。

 理由は、いくつかある。

 一つは、同じ班のエヴァンジェリン。

雄一とネギのコンビと戦い、倒され、封印を無効化したのは、人伝いに聞いた。あの雄一のことだから、エヴァンジェリンのことを信用しているからだ、と理解している。

 しかし、事もあろうに、真名に言われなければ、協力を取り付ける気もなかったというのだ。生徒だから気兼ねなく遊んでほしい、という雄一の考えもあったが、刹那にとってそれは、腹正しいこと以外の何物でもなかった。

「………まったく。雄一先生も、私より弱いのに――――」

 刹那は、雄一よりも強い。これは、周知の事実だった。

 雄一の戦い方は、最初から相手の出方を知るまで鬩ぎあい、気配と戦い方、癖などを知り、自分がそれに合わせ、力を出していくタイプのもの。

それは、初見から全力で戦いを挑む刹那のものとは、違う。

 一対一で、戦う戦い方では、ない。多対一で戦う最適の戦い方だが、才能のない雄一が圧倒的に不利なのは、もう全員知っていた。

なのに、彼は一人ですべての相手をしようとする。

 視線の先で、明日菜と楽しそうに談笑している雄一。その横顔を見て、ふとその考えが、響いた。

(………私が、信用できないから、ですか?)

 胸中で、つぶやく。勘のいい雄一のことだ。本質的に違う存在である自分と、距離を置いているのかもしれない、と刹那は思った。

 顔を上げる。今は、クラスのみんなで清水寺の大舞台を見回っていた。

 雄一は、頭にチャチャゼロ、ガイドブックを片手という奇妙な格好で、ネギと夕映の二人とともに、クラスの生徒に説明をしていた。

この修学旅行では、京都の歴史などを数ページの論文にして提出することになっていたので、生徒たちも真剣―――――なのだろう、たぶん――――大騒ぎをしていた。

 ネギは、刹那から見ても浮かれており、襲撃があった際には動けるかどうか、心配だった。

とはいえ、合間合間にきちんと見回りをしているのを見る限りでは、任務のことを放っておくわけではなさそうだ。

(………私は、自分の任務に集中するだけだ)

 明日菜とともに雄一の説明を聞いている、近衛 このかの姿を見て、刹那は感情を消すように、表情を戒めた。

 

 

 

「―――と、言うわけで、ここ清水の舞台から飛び降りても、たいていの人間は助かる、ということだ。夕映っち、補足説明」

「了解しました。八一〇年、正式に寺として認定された清水寺の本堂、〝清水の舞台〟は、もともと観音様に脳や踊りを楽しんでもらうための舞台です。現在は国宝に指定され、「清水の舞台から~~」という言葉通り、江戸時代では二三四件の飛び降り事故が記憶されています。しかし、下の木々や立地条件から生存率が85,4%と意外に高いということが、現在にも伝えられています」

 雄一のかじった程度の知識ではなく、自身で調べた夕映の説明に、クラスの大半から歓心の声が上がった。教師顔負けだな、と苦笑しながら、雄一は全員に向き直る。

「んじゃ、ここでいったん解散だ。この近くの寺で、恋愛だか学業だかを祭った寺があるらしいから、興味がある奴は見学して来い。それと、くれぐれも離れ離れになるなよ?」

「「「「「「は~~い♪」」」」」

 元気に返事をすると、蜘蛛の子を撒き散らすようにクラスメイトはバラバラになっていった。

やれやれ、と大きくため息を吐くと、頭の上のチャチャゼロが、口を開いた。

「ケケケ。キチント先生ヤッテンジャネェカ。見直シタゼ」

 チャチャゼロの言葉に、雄一は半眼で苦笑した。昨日の夜から朝のほんの少しだけとはいえ、京都のことを勉強していた雄一だが、夕映には勝てそうにない。

 ふと、あることに気がつき、雄一が口を開いた。

「………チャチャゼロ、お前って、魔力とか感じるのか?」

「ン? ソレナリニナ」

 怪訝そうなチャチャゼロに対し、雄一は回りを見渡しながら、口を開いた。

「なら、変な『魔力』を察知したら、俺に教えてくれ。ネギとかので少しはわかるようになったんだが、俺はそういった探査系が苦手なんだ」

 実を言うと、『フォトン』の気配と『アカツキ』の気配なら、関東なら関東圏内、関西なら関西圏内、探る事ができる。だが、『魔力』というとそういうわけにもいかず、ネギかチャチャゼロに頼もうと考えていたのだ。

「ケケケ。分カッタゼ」

 自称「悪役」を名乗ってはいるものの、チャチャゼロは雄一に協力的だった。彼女自身は、戦いたいだけかもしれないが、それでも雄一には、心強い。

 基本的に、今回はネギとカモ、雄一とチャチャゼロに別れて監視するということが決まっていた。二手に分かれたほうが、生徒を護りやすいという利点があるからだ。

戦闘能力も、応用力と実力があるネギとカモ、耐久力がある雄一と実力があるチャチャゼロといった感じだ。

 なお、真名と刹那、エヴァたちもそれぞれ監視の目を光らせてもらっていた。巻き込んで悪い、と胸中で思いながらも、バラバラで行動する修学旅行を監視するためには、人手はいくらでも必要だった。

 雄一は、チャチャゼロと辺りを警戒しながら、石段を登る。

その先には、注連縄が張られた二つ岩が置いてあった。結構有名な願掛けのもので、一方の岩からもう一方の岩まで目を瞑ってたどり着けば、その恋が実るとされている、なんとも胡散臭いものだった。

「名前? 忘れた」

「イキナリ何ヲ言ッテヤガル」

 そして、それに今、佐々木 まき絵が挑戦して――――消えた。

 突然現れた落とし穴に、落ちたのだ。雄一が慌てて駆け寄ると、結構深い落とし穴の向こう側に、蛙が敷き詰められているところに、まき絵が落ちているのだ。

「た、助けてっ!? 先生!」

 涙目で悲鳴をあげるまき絵に、雄一は慌てて応えた。

「あ、ああ、待ってろ!」

 そういって事前に用意していた縄で、すぐにまき絵を助け出す。涙と恐怖で悲鳴をあげているまき絵を遠めに、少しだけ息を切らしている雄一は、そのトラップを見てつぶやいた。

「………相手は、よほど蛙が好きなのか、嫌いかのどっちかなんだろうな」

 そう結論付ける。どちらにしろ、生徒に手を出した瞬間に、雄一としては、敵と認定されていた。

 その時だった。有名な三つの滝、『音羽の滝』から、奇妙な声が聞こえてきたのは。

「アッハッハッハッハ♪」

「にゃ、にゃんか、世界が回るよ~~~~~~」

「うひゃひゃひゃひゃ♪」

 

 ――――地獄が、映し出された。

あろうことか、クラスの生徒が顔を真っ赤にして、通路に座り込んでいたのだ。その強いアルコール臭に、雄一は瞬時に見上げ―――――――

 滝の上で、はるか遠くをにらみつけている刹那の姿を、見つけた。彼女の足元に酒樽が落ちているのを見る限り、またもや関西呪術の妨害だろう。

 そして、酔っている生徒の中には、のどかの姿があった。

「~あ、雄いひひゃんだ~~~♪ にゃははは」

 妙に上機嫌なのどかが、雄一に抱きつく。それだけならまだしも、雄一の胸元に頬をこすりつけて、満面の笑顔を浮かべながら、口を開く。

「にゃあ~~♪ いい匂い………♪」

それに揺らされながら、目の前に広がる泥酔した自分の生徒を見て、雄一はため息を吐いた。大きく息を吐く雄一の肩からチャチャゼロが降り、のどかの顔を蹴っていたのは、もうどうでもいいことだった。

「………チャチャゼロ、ネギを呼んできてくれ」

「ケケケ。了解ダ」

 のどかの顔を蹴るのを止めたチャチャゼロはそういうと、雄一の肩から飛び降り、ネギの方向へ飛ぶように駆け出していた。

 やがて。

 ネギが来た時には、背中にのどか、両脇に鳴滝姉妹を抱きかかえた雄一が、バスに乗り込んでいく姿が映っていた。根性だけで全員をバスに運び込んだ雄一は、後に語る。

「あれは、天国という拷問だった」

 と。

そして、雄一は再度、敵を倒すことを誓ったという。

 

 

 

 

 ホテル嵐山。

京都を流れる大堰川。

その近くにあるこのホテルが、就学旅行中の宿舎となる場所だった。

ホテルという名の通り、中は西洋風の造りなのだが、所々に和風のテイストが施されている。赤い布をかけられた腰掛や和傘など、実際に昔日本で使われていた器具が設置されていて、奇妙ながらも落ち着いた雰囲気をかもし出していた。

 早めに宿に着いた3‐Aの酔いつぶれた生徒を部屋に運び、その面倒を見ていた雄一は、夕方ごろにはへたり込んでいた。

その疲れを癒すため、一足早く温泉を楽しむことにしたのは、彼の責任ではなかった。

 ネギを連れ、大浴場に向かう。日替わりで変わる二つの入り口のうち、男性のほうに向かう。

すぐに服を脱ぎ、掛け湯をしてから、湯船につかる。ネギも気を張っていたのか、ようやく安堵の息を吐いた。

「ふぅ~~~。いやぁ、いい湯だぁ♪」

「だね♪」

 満足げな雄一に、嬉しそうなネギ。湯気が凄いが、基本的に貸しきり状態である湯船は、広々としていた。

 足を伸ばし、体の傷を撫で上げながら、口を開いた。

「しっかし、敵も本気かどうか分からない微妙な罠ばっかり仕掛けてくるな」

 思い出すような雄一の言葉に、ネギも頷いた。

「そう、だね。皆さんに怪我がなかったのは幸いだけど、これからはそうもいかないだろうし………」

 ネギの言葉に、雄一も頷く。二人もいてあの落とし穴や酒に気づかなかったのだから、不甲斐無いとしか言いようがない。

相手が調子に乗る可能性だって、ある。それが行き過ぎれば、いつ犠牲が出てもおかしくないのだ。

『しっかし、兄貴。本当にいいんですかい? 桜咲をマークしないで』

 その頃になってようやく、一緒に入ってきたカモが、謎の発言をしてきた。それに眉をひそめていた雄一を置いて、ネギが済ました笑顔で答える。

「僕は、自分の生徒を疑って襲うことは、二度としないもん。それに、桜咲さんが西のスパイだったら、もっと前に行動を起こしてたはずだよ」

 ネギの言葉に、カモが口をあけたまま固まった。

 エヴァンジェリン戦で、生徒である茶々丸を襲ったネギは、思い込みで相手を襲うことをやめていた。今日は話す時間がなかったが、明日にでも彼女本人に聞けばいいと、思っていたのだ。

 それに、とネギは言葉を区切る。子供らしからぬ、強く気高い顔で、告げた。

「僕、桜咲さんが悪い人だって、思えないから」

 ネギ自身、確かに刹那との接点は少ない。それでも、雄一と話をしている姿を何度か目撃しているうちに、彼女自身の人柄を、少しは把握していたのだ。

 他人の意見に流されやすいネギの成長をみて、雄一は素直に微笑む。そのまま、カモを掴みあげ、湯船に浸す。

「こともあろうに、この白イタチは刹那を疑ってたんか。よし、死ね♪」

 全くの悪意もない、満面の笑顔で相手を浸している雄一の手元で、ごぼごぼと気泡が拭きだした。

『ゴポッ! ゴポポポポっ!(こ、これにはわけが!?)』

 水中で悲鳴をあげるカモを、開放する。彼だって、ネギの安否を気にしている存在のひとつだ。ただ単に、先入観ですべてを決めているだけであり、其れが必ずしも悪いわけではない。

 水の中から出て来たカモが、咳き込みながら口を開いた。

『ゴホッ! ゲホっ! あ~、死ぬかと思った………』

「………言っておくが、俺は本気だったからな」

 雄一のボソッといった言葉に、ビクッと身体を跳ね上げるカモ。其れを見た後、雄一は相好を崩すと、口を開いた。

「ま、後できちんと紹介してやるから―――」

ガラララ――。

 雄一が言葉を紡いでいる間に、扉が開く音が響いた。

誰か来たのか、と反射的にそちらのほうを向いた雄一と、ネギの視線に入ってきたのは、明日菜と木乃香だった。

 数秒の逡巡。

 互いに視線を合わせ、双方が裸だという結論に至った瞬間――――――――

「きゃあああああああああああああっ!?」

 悲鳴をあげてタオルを抱き、その場に座り込む明日菜に、木乃香が慌てて叫んだ。

「あ、あかんえ! 明日菜! こっち混浴やったんや! タ、タオル巻いとき!」

 木乃香の言葉に、慌ててバスタオルを身体に巻きつける明日菜に、慌てても意外に冷静な木乃香。

 

―――その二人の悲鳴を聞いて、彼女が駆けつけた。

 

「お嬢様っ!?」

 脱衣場から飛び出してきたのは、刹那だった。彼女も着替えの途中だったのか、スパッツにブラウスというアンバランスな格好をして、夕凪を片手に、乗り込んできた。

 そして、雄一の身体を見て、一瞬だけ顔を紅くしたが、周りを見渡すと、動きを止めた。

―――スッと。

顔が正常の色に戻る。鋭く、影を落とした無表情で雄一を睨み、手に持った夕凪へ、手をかけた。

「先生。貴方だけは、信用していたのに――――」

「絶対誤解しています! 刹那さん!?」

 雄一が何故か敬語で悲鳴をあげた、まさにその瞬間だった。

 

―――――――来たれ。

 

 不意に、雄一の表情が戒められ、鼻がかすかに動いた。それに気がついた刹那が怪訝な表情を浮かべ、ネギが顔を挙げた時。

 突如、空から何かが落ちてきた。それは、雄一とネギが入っていた湯船に落ちると、盛大な水しぶきを立て、温泉へと突き刺さる。

 それと同時に、脱衣場から何かが飛び出す。同時、そして突然の事に、刹那が一瞬動きを止めた瞬間には、その横を通り過ぎるように影――――サルに、木乃香が掴まった。

 そして、大浴場に落ちてきたのをみて、雄一は――――眼を見開き、絶句した。

「フラシス………!!!」

 大浴場の温泉の水面、そこに触れるかどうかの高さで飛んでいるのは、B級『アカツキ』広域戦闘生物―――『フラシス』だった。

 ひし形の水晶体のような身体に、いくつも浮かぶ板。

ネギがそれに気づいた瞬間には、雄一は指示を出していた。

「明日菜! 刹那! 木乃香を追えっ! ネギっ! お前もだ!」

 雄一の叫びに、一番に反応したのは、やはり刹那だった。バッと顔をあげると周りを見渡し、その影を見つけ出す。

「! お嬢様!」

 集団の猿に掴まっている木乃香を追うように駆け出す刹那を見て、明日菜は戸惑いながらも答えた。

「わ、分かったわ! いくわよ! ネギ!」

「はい! 雄兄! 気をつけて!」

 浴場を飛び出した木乃香を抱えるサルを追う刹那に続くように、ネギと明日菜が飛び出す。

その姿を見送った後、雄一は表情を戒めたと同時に、その場を飛びのいた。

 突き刺さる光条。其れを見送るよりも早く、フラシスの本体に再度、光が燈っていた。

 ジュッと軽い音と共に、光線が雄一の右脇腹を掠め、通り過ぎていく。

雄一はそれを反射で避けながら、体勢を立て直す。容赦なく、際限なく打ち出される光条が、雄一の肌を焼く。

その音とともに、焦げ臭い匂いが鼻につく。自分の身体の臭いだということを自覚したと同時に、自嘲した。

 そのまま、浴場を飛び出し、森に駆け込む。ある程度駆け出し、大きめのタオルを腰に巻いて、体勢を正した。

振り向くが、フラシスの姿が消えていた。それを認識した瞬間には、雄一は見上げた。

目に映るのは、霰のような、大量の光条、そして月夜に浮かぶ星々。

 

――――光条が降り注ぐ。

 

とっさの判断で、『瞬動』を行なう。無限に打ち下ろされる光条の先には、巨大な風船、フラシスが浮かんでいた。

 

――――空に、いた。

 

 風船のような体の下に、ギョロッとしたような眼を身体に貼り付けた、タコのような存在。光条を打ち出す一つの存在の横には、先程風呂場に乱入してきた影が、合った。

 フラシスの、本体。

二つで一つのそれは、光条を跳ね返す方と撃ちだす方、二つで攻撃してくるのだ。あらゆる角度から降り注ぐその一撃は、威力は低いものの、侮れるものではない。

 無論、雄一にも交戦経験が在る。冷静に相手を見据えていた雄一は、それを作り出していた。

 自身の〝血〟で作り上げた、一本のスローイングナイフ。それに光が燈った瞬間、闇夜に紅い光条が奔った。

 浮かんでいるタコのような存在に紅い光条が突き刺さり、爆発の衝撃と共に、吹き飛ぶ。その爆風に煽られ、もう一方も、高度を下げていた。

 水晶が身体を揺らし、雄一を探そうとして身体を回した時、僅かな月光に晒されたからだが、漆黒に染まった。

 身体を上げた瞬間、其処には一人の男の姿が、在った。その両腕には、紅い十字槍が握られ、月光を透かして神秘的な色を浮かべていた。

其れが煌めき、光が突き刺さる。飛び掛った雄一が、《ブラッドクロス》を、突き立て、その上に乗っていた。

水晶の身体にヒビが入り、瞬時に消える。急な浮遊感を覚えながらも、雄一は冷静に情報を処理していた。

(………召喚された方か)

 地面にぶつかるよりも早く、上に向かって『瞬動』して、勢いを殺す。

 本来、死んだら『フォトン』に還るはずの『アカツキ』だが、召喚された奴は瞬時に消えるようだ。爆発したのは、砲撃専門の方だから、と雄一は理解しておく。

安堵の息を吐きつつ、雄一はブラッドクロスを構成していた〝血〟を砕き、固形化していない〝血〟を、傷口から身体の中に戻す。

 フラシス自体は、耐久力も防御力もない。

問題なのは、他の存在と一緒に攻めてきたときだ。間接的に打ち込んでくる光条は、否が応でも注意をそらされてしまうし、離れ離れになったときは、文字通り死角は無い。

 やれやれ、と苦笑するが、すぐに表情を戒める。

まだ、木乃香は連れて行かれたままだ。

 すぐに増援に向かおうと、思って風呂場に着いた矢先、明日菜達が戻ってきた。腕に抱かれている木乃香を見て、雄一は安堵の息を吐く。

 しかし、次いで浴びせられるのは、明日菜と刹那の冷たい視線だった。一人で戦っていた事に対する非難の眼か、はたまた裸を見てしまった雄一に対する怒りの眼なのか、雄一には判断できなかった。

―――しかし、二人が何かに気づいた瞬間、彼女達は視線を逸らす。刹那は、頬を紅くしているが、時おりチラチラと雄一を見ていたし、心なしか明日菜も頬を染めていた。

 なんだろう、と雄一が視線を下に降ろした瞬間。

「………あ」

 腰に巻いていたタオルが、ところどころで破けていることに、気がついた。

 

 

 

 

 

「………つまり、関西呪術協会とかいうところが、木乃香を狙っているわけね」

 呆れた、というのが私の正直な感想かもしれない。

今は眠っている木乃香は、膨大な『魔力』の持ち主らしく、それを狙っているのが、関西呪術協会とかいう所の下部組織だという。京都旅行が中止にならないように、本部とやらに親書を届けないといけないそうだ。

 そして、それを黙っていたのは、雄一とネギ。

………あ、なんか、苛立ってきた。

 ちなみに、場所は私と木乃香の部屋。今日は、ほとんどのクラスメイトが酔いつぶれているので、静かだった。

 雄一は、困ったような表情を浮かべると、口を開いた。

「………悪い。早めに、明日菜には言っておこうと思ったんだが、朝から大変だったからな。本当なら、御前達にはしっかりと修学旅行を楽しんで欲しかったし………」

 ―――――む、そういえば、昼間からいろいろなことがあったわね。それに警戒していたなら仕方ない、か。雄一の性格上、勝手に背負っていただろうし。現に、そうなったけど。

 そう思っていると、ネギが申し訳なさそうに続けた。

「すみません、明日菜さん。僕が、不甲斐ないばかりに………」

 人知れず、ため息が出る。それが、ネギに対してなのか、雄一に対してなのか――――――おそらく、両方だろう、と判断しておく。とりあえず両方にチョップをかました後、雄一に向き直った。

「んで? あんたが戦ってたあれ、何なの?」

 私のチョップが痛かったのか、頭部を撫でていた雄一が、答えた。

「ん? あれは、フラシスって――――たいした奴じゃないさ。それはさておき、刹那、木乃香が敵の狙いってのは、本当か?」

 あ、話を逸らした。雄一が話を逸らしたがるなんて、少し意外ね。まぁ、丸腰の雄一が倒せるんだし、たいした事が無いっていってたんだから、大丈夫よね。

 でも、あれ、図書館島の地下であった『怪物』と似ていたのよね。関係があるのかも。それに雄一が関係しているのは、意外だけど。

 雄一の言葉に、桜咲さんが眉をひそめて、答えた。

「はい。学園長から話がいっていると思っていたのですが?」

 それは初耳だったのか、雄一の顔が変化して行く。

「………あんの、宇宙外生命体め」

 あ、珍しく雄一が怒ってるわ。これで、学園長室はまた壊れるわね。………まぁ、今回のことに関しては、フォローする気もないけど。

 雄一は、呆れた様子ながらも首を左右に振ると、口を開いた。

「とにかく、これからは襲撃も本格的になるだろう。ネギは、常に杖を携帯、明日菜はネギの面倒を頼む」

 そして、雄一の視線はカモに向けられた。その視線にオコジョはビクッと身体を跳ね上げている。ああ、カモっていう名前だったっけ。あの変態オコジョ。

「………カモ。お前の能力は、ネギにとって必要なものだ。ネギを、頼んだぞ?」

『………! 了解でっさ! 俺ッチに任せてくだせぇ!』

 あのカモに協力を要請するということは、本当に切羽詰った状況みたいね。私も、気を引き締めなきゃ! ………っていうか、私には何の協力も求めないんだ。

「ここに、3‐A防衛隊の結成ですね! よぉし! がんばりましょう!」

 ………ネギって、こういうの好きそうよね。ま、でも、友達の為に裏切ったんだから、桜咲さん――――ううん、刹那さんのためにも、頑張んなくちゃ!

「改めて、頼むな? 刹那」

「はい!」

 雄一の言葉に、刹那さんが少しだけ嬉しそうに答え―――嬉しそうに? あれ? もしかして、刹那さんって………。

 雄一の仲間だったりするの? ハブられていて不機嫌だったとか。

 ………なんか、誰かに馬鹿にされた気がする。

 

 

 

 

「僕、早速見回りに行ってきますね!」

 僕は、そう皆に宣言して、外に走って行った。外に出ると、周りに人がいないか確認して、認識阻害の魔法を掛けた後、杖に乗ってカモ君と一緒に、空を飛んだ。

『旦那に頼られた・・・・。クックック! これであっしも、ようやく活躍の場が・・・・!』

 雄兄に頼られて、カモ君は上機嫌だった。何かと雄兄には邪険に扱われているけど、やっぱり、頼りにされて悪い気はしないよね。

特にその相手が雄兄だと、僕だって舞い上がっちゃうし。

 その時だった。カモ君が何かに気がついたのは。

『! 兄貴! さっきの『魔力』がまだ宿の中にあるぜ!? 急いで戻ったほうが!』

「! わかった!」

 カモ君の言葉で、僕は身体を翻す。

次の瞬間、森の方面から、何かが撃ちだされてきた。

 紅く燃え盛る炎の矢―――瞬時に、僕は呪文を唱えた。とっさの判断で、反転する。

「風楯(デフレクシオ)!」

 詠唱とともに、僕の突き出した手が、それを弾く。〝魔法〟付加されたその矢を吹き飛ばしながら、僕は落下する。地面にぶつかる瞬間。

「風花(フランス) 風障壁(アエリアーリス)」

 ぼそっとつぶやいた呪文が発動し、地面に叩きつけられる寸前に、楯が現れ、ふわりと地面に降り立つ。油断なく森をにらみつけ、その人物が、現れた。

「反射速度は、まぁまぁだな」

 現れたのは、蒼い髪を持つ男。片手が赤く燃え盛り、掴んでいるのは、弓。そして、それが振るわれた瞬間、現れたのは、大鎌だった。

 それを構えながら、男は告げた。

「じゃあ、死んでくれるか? 先生さんよ?」

 

 

 

 

 瞬間、男の足元が、爆ぜた。ネギは、とっさの判断で飛びのく。瞬時に杖に乗って空に舞い上がると、懐に手を入れる。

 取り出したのは、先端に月の彫刻が施された、杖。それを片手に、ネギは叫ぶ。

「風精召喚(エウォカーティオ・ウァルキュリアールム)! 剣を執る戦友(コントゥベルナーリア・グラディアーリア)! 迎え撃て(コントラー・プーグネント)!」

 ネギの呪文とともに現れたのは、剣や槌などを構えた、ガラスのネギの複製だった。四体現れたガラスのネギは、一斉に男に襲い掛かっていく。

 男は小さく笑うと、大鎌を軽く振るう。

その瞬間、炎が舞い上がり、闇夜を照らす。

 奔るのは、一本の炎。それが、斬撃となり、ガラスのネギを吹き飛ばした。

片手で吹き飛ばす男を見て、ネギは、小さくカモへ、告げた。

 

「カモ君。雄兄に、連絡を。………あの人は、危険だよ」

 たった一合で、相手の実力を冷静に把握するネギ。その頬に伝わる汗が、異様に冷たい事を、自覚していた。身体が震え、逃げ出したいが、ネギは引かなかった。

光の精霊11(ウンデキム・スピーリトゥス・ルーキス) 集い来たりて(コエウンテース) 敵を射て(サギテント・イニミクム)

『精霊を操りながら攻撃呪文!? 無理だ! 兄貴!』

 カモの叫び声を無視し、ネギは真上に向かって、打ち出した。

魔法の射手(サギタ・マギカ)!」

 撃ちだされた、十一の光の矢。それが空に光るとき、男が苦笑した。

「仲間への連絡か? 来る前に、片付けないと、な」

 あくまで、焦る事無く、淡々と告げる男。その男がネギに向かって飛ぶ瞬間、残っていた三人のガラスのネギが、相手の身体に張り付く。

「―――何を? ………!」

 怪訝な表情を浮かべた男が、怪訝な表情を浮かべて見上げた瞬間、絶句する。

闇夜を照らす紅い光が、降り注いできたのだ。

 光が弾け、闇を照らす『魔法の矢』が、男に降り注ぐ。

 粉塵が舞い上がっている中、ネギは、瞬時に身を反転させ、体勢を正した。

勝ったとも、一矢報いたとすら、考えてもいない。警戒心を解かずに、鋭く回りを見渡していた。

 在るのは、恐怖。エヴァンジェリンと対峙した時以上の、濃密な死の気配だ。決して焦る事無く、ネギは向きを変え、宿に戻っていった。

 粉塵が晴れる中、一陣の風が吹き、爆煙が晴れた。

現れたのは、先程の男。身体の回りにほんの僅かに残っていた煙を振り払いながら、不敵に微笑む。その姿には、毛ほどの傷もなかった。

「………ふっふっふ。状況判断は、一流だな」

 そう不敵に微笑み、男の身体が爆ぜた。張り付いていたガラスのネギを吹き飛ばし、残ったその姿は、白い羽を持つ、神々しい姿。

 『天使』――――そう呼ばれる存在が、そこにいた。

 

 

 

 

 ネギが襲撃されたのとほぼ同時刻、木乃香が起きだした。眠たい目を擦りながら、ぼうっとした視線を空に浮かべる。そして、小さく肯くと、立ち上がった。

「木乃香、どうしたの?」

 警戒していた明日菜に呼び止められ、木乃香は眠そうな目のまま片手を上げ、答えた。

「花を摘みにいくんや~~~」

「………あ、トイレね。私もいくわ」

 そういって、明日菜もついていく。トイレの入り口で木乃香と別れ、彼女のことを待つ。

 五分後―――遅いと思い、明日菜はトイレのドアを叩く。

「はいっとるえ~~~~」

「………」

 何かが、おかしい。そう思った明日菜は、瞬時に行動に移った。

「ごめん! 木乃香!」

 木乃香に断りを入れ、扉を開けた瞬間、絶句した。

そこに張ってあるのは、紙。明日菜は瞬時にトイレの窓に駆け寄ると、そこから立ち去る大きな頭を見た。

「やばっ! 敵だ!」

 トイレから駆け出し、旅館内を駆け抜ける。

その途中で、刹那と合流した。

 何でも、ネギの『魔法の矢』を見たらしく、警戒していたところ、誘拐される現場を目撃したそうだ。今、彼女は携帯電話で反対側を警戒していた雄一へ、連絡を取っている。

「今、京都駅の方向に向かっています! はい!」

 短縮ボタンに登録しておいた雄一の電話を切り、刹那は小さく舌打ちをした。目の前を走る大きな茶色の頭部をにらみつけ、口を開く。

「雄一さんは、松山方面―――増援は、不可能ですね」

「ごめん! 私がついていたのに!」

 正直に頭を下げる明日菜へ、刹那は首を横に振った。すでに西の刺客がホテルに忍び込んでいたことに気づいていなかったのは、刹那自身の失点だ。思わず、舌打ちが出てしまう。

「しかし、ここまで後手に回らざるを得ないとは………! 不覚………ッ」

「仕方ないわよ。ネギと雄一だけじゃあ、限界があると思うし」

 そのときになって、宿に飛び込んできたネギと、合流した。青ざめている表情を見る限り、何かが起きたのかもしれない。話す間もなく、二人は合流し、走り出した。

 影は、灯の落ちた駅――――嵯峨嵐山駅に、ちょうど入ってきた電車に飛び乗っていた。閉まる寸前、明日菜達も飛び乗ることに成功する。

「おやおや、元気な子供ばっかやな」

 影―――猿がそういい、なにやら札を取り出す。其れを頭に添えると、小さく口を開いた。

お札さんお札さん。ウチを逃がしておくれやす

 そういって、札を投げ、隣の車両に逃げる猿。

―――次の瞬間、札から暴力的なまでの水が、噴出した。おそらく、どこかの川とこの電車を、繋げたのだろう、とネギは判断する。それに対抗するように、ネギが〝魔法〟を使おうとするよりも早く、水はネギを覆いつくした。

 あっという間に水で満たされる車内。水中では、ネギの〝魔法〟も使えない。明日菜も突然の事に驚き、溺れる一歩手前だった。

(くッ!)

 刹那が胸中で、忌々しく舌打ちをする。水にまみれ、満足に剣すら振るえない今の状況では、木乃香を助けられないのだ。

 助け、られない。

(――――ッ!!! ふざけるなッ!)

 昔、掴めなかったあの小さな、木乃香の手。其れを思い出した瞬間、刹那の身体に力が噴出す。

竹刀袋の中から《夕凪》を取り出した次の瞬間、電車の扉が切り開かれた。

凄まじい勢いと音と共に、溢れ出す水は、猿と一緒に、木乃香を襲う。木乃香は猿が庇い、そのために動きが止まった。

それと同時に、電車が止まり、全てのドアが開いた。ザバァッと水が流れ出し、押し出されるように明日菜と刹那、ネギがホームへ流れ出す。

のどに入っていた水を吐き出しながら、刹那と明日菜、ネギは互いに声を掛け合う。

「大丈夫ですか!? 二人とも!」

「は、はい! 何とか!」

「ゲホ、………やってくれたわね」

 すぐに返事を返すネギと、怒りを露わにする明日菜。その二人の返事を聞いた時には、猿は木乃香を抱きかかえ、走り出していた。

三人は、瞬時に猿を追うように、駆け出す。

 しばらく走った先にある神社への階段で、サルが足を止めた。そしておもむろに、ぬいぐるみの首元を掴み、剥がした先には、女性が立っていた。

 階段の上から見下ろす女性。その腕の中で眠る木乃香を見て、全員の表情が戒められた。

その顔に、明日菜は見覚えがあった。

「あ、あんたは! あのときの売り子のお姉さん!」

「ほっほっほ。気づくのが遅いどすな~~~」

 人の神経を逆なでする笑いだが、刹那は動かなかった。

 相手との距離は、直線にして一〇mと少々。こちらが階段の下だということを考えれば、下手に動けない。夕凪の合口をきりながら、女性に叫ぶ。

「お嬢様を返せ。・・・・さもなければ・・・斬る!」

「ほほほ。人を殺したこともないあんさんが、そないことで斬るとは、思えへんなぁ~~」

 女性の言葉に、刹那の舌打ちが響く。一瞬で間をつめるため、前傾姿勢になった瞬間、女性から札が投げられた。

 その札の存在を、刹那は知っていた。瞬時に其れだと見切ると、叫んだ。

「まずい!」

 刹那は、夕凪を抜刀したが、すでに時は遅い。

お札さんお札さん。ウチを逃がしておくれやす」

 その瞬間、目前を多い尽くす焔の壁。それに突っ込みそうになる刹那を、とっさの判断で明日菜が抱きとめる。それに続くように、ネギが杖を構えた。

 燃え盛る炎の向こうに、女性の声が巻き上がった。

「ほぉ~~っほっほっほ。ウチの「三枚符術京都大文字焼き」は、並みの術者では解放できへんえ~~。ほな、さいなら~~~」

 そういって踵を返す女性―――その背中へ、しっかりとした声が、響いた。

「ラステル・マスキル・マギステル! 吹け一陣の風(フレット・ウネ・ウェンテ) 風花(フランス)……

  すべての不安を打ち払うように、背中を押すように一陣の風が吹き抜ける。振り返った刹那と明日菜の目には、〝魔法〟を発動させているネギの姿が、あった。

風塵乱舞(サルタティオ・ブルウェレア)!!

その声と共に、風は暴風となり、壁となる炎を吹き飛ばす。

治まった風の先、階段の上にいる呪符使いは、自らが作り出した焔を消し飛ばされ、さらにはそれが子供によるものだと知り、驚愕の表情を浮かべていた。

 そして吹き飛ばした子供――――ネギは、真剣な眼差しのまま、告げた。

「逃がしません! 木乃香さんは僕の友達であり、生徒ですから!」

 次の瞬間、ネギは懐からカード―――明日菜の絵が書かれた、『契約カード』を取り出す。そして、高らかに叫んだ。

「契約執行(シス・メア・パルス)×10分間! ネギの従者(ミニストラ・ネギィ)神楽坂 明日菜!」

 その瞬間、明日菜の身体に光が燈る。刹那を降ろした明日菜は、不敵に刹那を見ると、口を開いた。

「行こう! 木乃香を助けに!」

 その気高くも強い横顔は、まさに戦乙女の顔―――それを見て、刹那も微笑む。

「はい! お願いします!」

 刹那が夕凪を構えた瞬間、カモが叫んだ。

『姉御! 今からパートナーだけが使える専用アイテム(アーティファクト)を出すっス! 名前は『ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)』! 恐らく剣だぜっ!』

 「武器!? そんなのがあるのっ!?」

明日菜の戸惑いの声。それに、答えるようにネギは詠唱をはじめ、今度は明日菜の腕から光が漏れる。

光はやがて棒状に広がり、徐々に形を作っていく。

現れたそれは―――――。

 「……え? ハリセン!?」

 見間違えるはず無く、ハリセンだった。

 「え? お、おかしいなぁ?」

  明日菜とネギの驚きは無理もない。ハマノツルギなんていう大層な名前の魔法のアイテムだと思って期待したら、ハリセンなのだ。

まぁ、ある意味最強の武器に間違っていないのだが、この際どうでもいい。

  しかし、外見だけで判断はできないかもしれない。女性が使役するサルたちだって間抜けな外見なのだ、と刹那は考えた。

 『と、とにかく行っちまえ姉御!』

  ネギの肩に乗っていたカモが叫ぶ。それに答えるように、明日菜は其れを構えた。

 その瞬間には、呪符使いである女性から、ひときわ大きな鬼が召喚されていた。サルに近い鬼と、熊に似た鬼。

――――先ほどまでのサルとは、比べ物にもならないほどの、威圧感。其れを楯に、女は叫んだ。

「ほっほっほ。ウチの猿鬼と熊鬼は一味違うどすえ? ほな、さいなら~~~♪」

「くっ! 待て―――――」

 

 女が逃げようとした、まさにその時だった。

 

 紅い光が、闇夜を貫く。

 

 紅い光条が刹那と明日菜の横を通り過ぎ、さらには猿鬼を貫き、女性の右頬を掠って階段に突き刺さった。

 突き刺さったのは、ガラスの槍《グエディンナ》。

そして、風が吹く。

 現れたのは、傷だらけの、彼女たちの副担任。

その片腕には、なにやら西洋風のふりふりの服を着た女子が、紅い縄に縛られ、目を回していた。

苦笑交じり、それでもあらゆる敵にひるむことない眼光が、呪符使いの女性を貫いていた。

 

 その人、駒沢 雄一は、手に持っていた女の子を近くの木々に寝かせると、口を開いた。

 

「遅くなったな、三人とも」

 ぼろぼろな身体とは対照的に、不敵に響いたその声は、空を覆った雲を、吹き飛ばした。

 

 

 

 

 刹那から報告を聞いた雄一は、瞬時に『武装』し、駆け出す。

 電車よりも早い、『フォトン』による『瞬動』。闇夜に溶け込むようなスーツに、紅い閃光を闇夜に浮かばせながら、雄一はネギたちの乗る電車に追いついたのだ。

 とびだす三人を見て、雄一は『武装』を解く。この姿で戦ってもいいのだが、その場合、消費する『フォトン』も段違いなので、【切り札】としてとって置くことにしていたのだ。

 ネギと明日菜、刹那を追いかけ、階段に近づいたとき、それが現れたのだ。

「お初にお目にかかります~~~。神鳴流どす~~~」

 現れたのは、西洋風の出で立ちをした、背の小さな女の子だった。その姿を見た瞬間、雄一は反射的に、グエディンナを引き抜いていた。

 感じるのは、殺気。肌にひりつくその痛みを感じながら、雄一は口を開いた。

「そこ、どいてくれないか? ええと………」

「あ、自己紹介が遅れました~~。ウチ、月詠いいます」

「あ、ども。俺は、駒沢 雄一です………」

 殺伐とした空気とは違い、何処となく腑抜けた空気に、雄一は頬を?く。その中で、月詠が口を開いた。

「そんで、お兄さんは何どすか? その〝血のニオイ〟とはちごうて、隙だらけどすが?」

 雄一の纏う、濃厚な〝血のニオイ〟に反応した、月詠。

それを聞いて、雄一は自分の身体を嗅ぐ。しばらくして、呟いた。

「………そんなニオイがするのか。嫌だな、それって」

 毎回血塗れになっているうえ、彼の〝血〟の能力から、当たり前といえば当たり前だが、雄一には濃厚な〝血のニオイ〟を纏っていた。とはいえ、それは他の誰かのものではなく、自分自身が流した、彼の痕跡なのだ。

 月詠は、ゆっくりと二本の日本刀を構える。それを見て、雄一は眉をひそめた。

「神鳴流には、二刀流まであるのか。………ったく」

「そういうお兄さんは、槍使いどすか? 使い、というよりは、担い手、といった感じとおみうけしますが~~~」

 その言葉に、雄一は苦笑めいた表情を浮かべた。

 雄一は、決して槍の使い手ではない。身体の一部として扱えるものの、槍による戦闘では、分が悪すぎる。

 何故なら、冷厳槍月流を名乗っていても、全ての伝承を終わっていない、未熟者だからだ。

だから、担い手。

 しかし、それは戦闘技術での話だ。雄一の〝力〟は、それだけではない。

雄一は、決して油断する事無く相手の洞察を進めながら、口を開いた。

「悪いが、時間がなくてな。………冷厳槍月流 正統後継者 駒沢雄一」

 名乗り、グエディンナを構える。それに答えるように、月詠がフッと微笑むと、短刀を逆手に構え、口を開いた。

「神鳴流~~~、月詠どす~~~。ほな、行かせてもらいますえ?」

 刹那、月詠の姿が消えた。雄一は決して慌てる事無く、右に視線を向け、槍による横払いを、振るう。

 ガキン、という音と共に、弾ける火花。小さく舌打ちをしながら、雄一は払った槍の持ち手を握ると、押し切った。

 転身。距離をとった雄一へ、『氣』の篭った一撃が、襲い掛かった。

「神鳴流~奥義~ら~いめ~いけ~ん♪」

 気の抜けた声とは違い、『氣』によって発電現象を引き起こし、雷を纏った一撃が、雄一を襲う。

雄一は、それを食らうわけにも行かず、『瞬動』を使い、避けた。

 まるで雷が炸裂するように、砕ける地面。あれを食らったら、雄一では跡形も残らないだろう。

 しかし、雄一は落着いた様子で相手を見据える。必殺の一撃をよけられたことにも顔色一つ変えず、月詠がもう一度、構えた。

 互いに、表情の質は違えど、表情を変えない者同士。互いに相手の心理を読めない状態だ。

 その瞬間、焔が階段で舞い上がった。それを見て、初めて雄一の顔に焦りが浮かぶ。

 その隙を見逃す月詠では、なかった。一瞬で距離をつめ、両手の刀を振りかぶる。

「!」

 気がついたときには、懐に月詠の姿があった。その両手の刀に、光が燈る。

「斬岩~剣、双牙ぁ」

 雄一がとっさに防御したその身体を、気の纏った斬撃が、襲った。

 ろくにガードもできなかった雄一の身体は、『氣』の奔流に打ち出され、吹き飛ばされる。まるでゴミ屑のように空中を舞った雄一の身体は、そのまま地面に叩きつけられた。

地面に叩きつけられ、動かなくなった雄一―――――其れを見て、月詠が怪訝そうな表情を浮かべた。

「あれ? 終わりどすか?」

 おどける様に、しかも無防備に近づいてくる月詠。それだけ、致命傷の手応えが合ったのだ。

――――次の瞬間、地面から何かが飛び出し、彼女の身体に巻きついた。ハッとした彼女が、急いで振り払おうとするが、それは月詠を縛り上げると、堅牢な縄へと、変貌した。

驚きの表情を浮かべる月詠へ、雄一は身体を持ち上げつつ、呟く。

「イテテ………。容赦もくそもないんだからなぁ………。せめて、峰打ちにしてくれればいいんだけど、よ」

動ける、という事実を目の当たりにした月詠は、初めて眼を見開いた。

 雄一は、体中に走る裂傷を、〝血〟で防ぐ。血を流しすぎてくらくらする頭を抑えながら、雄一は足を踏みしめ、立った。この『能力』による貧血など、彼には慣れたものだった。

 まるで蓑虫のように転がる月詠を捕縛しているのは、雄一の〝血〟。血溜まりから作り出された縄によって、身動きが取れない月詠の顔は、笑顔だった。

「はぁ、油断しましたわぁ。………それで、私を殺すおつもりどすか?」

 純真無垢な表情で告げる月詠へ、雄一はため息を吐くように、答えた。

「………人殺しは勘弁しろ。こう見えても、人を殺したことはないんだから」

 人を死なせたことはあるが、と胸中で呟く。自身に嫌気が差しながらも、雄一はため息を吐いた。

 痛む身体を押さえつつ、月詠に近づく。とりあえず、メガネを奪い、彼女の服の中に入れ、失神させる。

彼女を片手で抱きかかえ、グエディンナを拾い上げ、もう一度、視線を戒めた。

 グエディンナに〝血〟を通し、走り出した。

 

 

 そして、今に至る。雄一は、術者を睨みつけながら、三人へ告げた。

 

「悪い、遅れた。できる限り早めに来たつもりだったんだが、あそこの女剣士にとめられて、な」

 その言葉に、明日菜がようやく反応した。雄一に視線を向けると、叫んだ。

「って、ぼろぼろじゃない!? 大丈夫なの!?」

 明日菜の叫びに、雄一は微笑だけを返す。これぐらい、いつものことだといわんばかりに。

 その時、残っていた熊鬼が襲い掛かってきた。ファンシーな外見の存在だが、その一撃は、油断できなかった。

 しかし、その瞬間には、雄一の姿はなかった。

鬼の棍棒の一撃を恐れる様子すら見せず、雄一は相手の懐に、飛び込む。

 右の拳による一撃。しかし、『フォトン』も込められていない一撃は、鬼の身体にダメージも与えられない。

 鬼の注意が、こちらに向く。その瞬間、雄一は叫んだ。

「明日菜っ! 刹那っ! ネギッ!」

 雄一の叫びに、全員が目を見開く。雄一がひきつける、という雄一の言葉だったが―――――明日菜は、従わなかった。

「こなくそッ!」

 振るうハリセンが、熊鬼に触れた瞬間、パキン、という軽い音とともに、鬼が紙に戻り、それがはじけ飛んだ。

 訪れる沈黙――――それを破ったのは、雄一だった。

「最初見たときは何だと思ったが、リーサルウェポンの一種だったのか? まぁ、お笑い芸人にとってはそうかもしれないが」

「何とかなったんだからいいじゃない!」

 そう叫び、明日菜が符術使いの女性を睨みつける。呆然と状況を傍観していた女性が、また何かをするよりも早く。

「風花 武装解除(フランス・エクサルマティオー)!」

 ネギが叫び、〝魔法〟を放つ。それを受けた女性の服が吹き飛び、木乃香が宙に舞う。一瞬早く反応した明日菜が木乃香を抱きとめ、雄一と刹那に親指を突き出す。

 雄一と刹那は、ほぼ同時に駆け出した。丸腰相手だから、雄一は〝血〟の抜いたグエディンナで、刹那は込めた『氣』を、撃ちだす。

「百花繚乱!」

「似非・プラズマ・ストライク!」

 持ち手に張り付くぐらいの〝血〟で撃ちだされたプラズマ・ストライクと『氣』の篭った直線的な一撃に、符術使いは―――――。

「覚えてなはれ~~~!」

 と三流の捨て台詞を残し、吹き飛んでいった。

 其れを見送りながら、雄一は冷や汗を流しながら、呟く。

「着地、大丈夫か? つうか、始めてみた。ああいう奴」

 雄一が呆然と見上げている中、刹那が駆け出した。

「お嬢様!」

 夕凪を一瞬で収め、刹那が木乃香に駆け寄る。明日菜に抱かれた木乃香は、ほんの少しだけ目を開けて、周りを見渡すと、微笑んだ。

「あ、せっちゃん………」

「お、お嬢様!」

 木乃香の言葉に、戸惑う刹那。その刹那へ、木乃香は嬉しそうに、口を開く。

「よかった………。ウチ、せっちゃんに嫌われたわけじゃ、ないんね………」

「嫌うなんて、そんなこと――――」

 するわけないじゃないですか、という言葉は、出なかった。視界が涙であふれ、見えなくなっていたのだ。

「………明日は、一緒に行動やえ。………せ、っちゃん」

 そういって、瞼を閉じる木乃香。すやすやと息を立てる彼女を見て、刹那が微笑む。その光景を見ていた雄一も、見上げてきたネギと顔を合わせ、同時に微笑んだ。

 こうして、雄一達は、木乃香を護りきった。

 

 

 

「………大丈夫です。変なことはされていませんね」

 ネギの診断を聞いて、三人と一匹に、安堵のため息を吐いた。やれやれ、とため息を吐きながら、雄一はグエディンナを腰のホルダーに納める。

 ネギの武装解除を受け、木乃香も裸だったが、すでに明日菜の手によって、雄一の上着を着ている。

長袖の上着を渡したので、タンクトップという姿だった。さすがにまだ肌寒いが、雄一には気になることではない。

「さて、なら戻るか。………っと、悪いな、刹那。遅れた上に怪我まで見てもらって」

 

「………もう慣れました」

 呆れたように、それでも笑顔で彼女は答える。さすがに治療道具はないので、雄一の服を破ったものでだが、今は十分だ。

包帯だらけの雄一が木乃香を背負い、旅館に向かって歩き出す。

結構距離はあるものの、この時間、この格好で交通機関を使うわけにも行かず、途中でタクシーを拾っていくことにしたのだ。

 その途中で、明日菜が口を開く。

「でも、刹那さんは本当に、木乃香を大切に思ってるのね。なら、一緒に行動すればいいのに。………まぁ、私が口を出すことじゃないと思うんだけど」

 明日菜の言葉に、刹那の表情が曇る。その刹那に明日菜が気づく前に、雄一が口を開いた。

「明日菜は、そういったところに機敏だな。なんだかんだいって俺らの手伝いをしてくれているし。面倒見がいいっつうか、お人よしっていうか………」

「う………」

 顔を真っ赤にして押し黙る明日菜を見て、雄一は笑う。その雄一に顔を真っ赤にして、明日菜が食って掛かった。

包帯だらけで木乃香を背負いながらも、明日菜と言い争う雄一。

騒がしい二人を見て、刹那は思う。

(………私も、ああやって、お嬢様と笑いあえるのでしょうか?)

 それは、彼女の見ていた夢。

彼女が望む世界。

彼女が望む、姿だ。

 しかし、自分は、木乃香に近づいていい存在では、ない。『烏族』の中でも、異形の者として扱われた自分は、木乃香に触れていいほど――――綺麗な、存在じゃない。

 しかし、最近では、もう一つ、恐れていることがあった。その原因である存在を見て、刹那は思う。

 

(………雄一先生も、正体を見たら、私を『化け物』と呼ぶのでは………?)

 血塗れで、『人間』を護り続けてきた雄一。

その彼が、もし自分の正体を知って、『化け物』と呼んだら―――――。そう考えるだけで、胸が締め付けられる思いだった。

 始めて会った時、暴走して攻撃した自分へ、血塗れになりながらも微笑みかけてきた雄一。

自分と真名を背に、気高く立っていた、あの姿。

 すべては、『人間』を護る雄一の姿だった。

 自分の正体を知った時、果たして雄一は、私に笑いかけてくれるのだろうか。

 護って、くれるのだろうか。

 不意に、見上げる。静かな、虫の囀る声が響く中、京都の町並みは、闇に沈んでいた。自分の胸中みたいだ、と自嘲する。

 その中で唯一―――下弦の三日月が、淡い光を放っていた。

 果たしてそれは、私の心に光を差してくれるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 そのころ、京都を目指したレウィンは、青森にいた。

自分が青森にいることを把握したのは、つい先程。道に迷ってもう一度軍事衛星をハッキングしてからだ。

 レウィンは、大宮駅で乗る新幹線を間違えたのだ。それに気がつくわけもなく、レウィンは最終駅まで乗り、青森に来たのだ。

 真っ暗な道路。車も通らない場所で、レウィンは呟く。

「さて、どうするか」

 最新技術の結晶とも言えるレウィンだが、彼女は方向音痴だった。性格を付加したときに発生したもので、それを消すことは作成者である藤次にも不可能だ。

 果たして、彼女は雄一の元にいくことができるのだろうか。

 それは、【神】のみぞ、知る。

 

 

 

 

 

 



 面白かったら拍手をお願いします!







 目次へ