さて、学生の本分は、何があろうと勉強だ。学力はあって困るものではないし、将来の夢を広げるためには、必要不可欠なものだ。

 しかし、そればかりが、学生のするべきものでは、ない。勉強するのと同じぐらい、遊ぶべきだ。

 そう、修学旅行は、目の前である。

 

 

 

 第十二話 京都旅行? 暴走特急京都行き?

 

 

 

 雄一とネギ、そして彼の助言者であるカモは、始発の電車で大宮まで来ていた。

「雄兄! 早く早く!」

 電車が開いた瞬間、弾けたように電車から飛び出し、義兄の名前を呼ぶネギ。そのネギの元気な声に、雄一は若干寝ぼけているような眼を擦りながら、言葉を返した。

「おう、わかったから、そうあわてるな。こけるぞ?」

 雄一は、ため息混じりに、右腕で近くに置いてあったネギの鞄を持つ。荷物を忘れていったネギは、慌てて雄一の元へ戻ってきていた。

エヴァンジェリン戦で切れた筋肉は、すでにくっついており、もう問題はない。

ネギに荷物を渡す雄一を見て、カモは幾度とない思考を、繰り返していた。

(旦那は、『フォトン』を『氣』より弱いといっていたが、実際はどうなんだ? あんなの、下手すりゃ、鬼よりも早いんじゃないのか?)

 カモ自身、雄一の事を信用していないわけではないが、信頼できないような、複雑な感情を抱いていた。はっきりいって、理解できない事が多すぎるのだ。

 カモの考えに気づくはずもなく、雄一は集合場所である大宮駅のホームで、彼の担当である3‐Aの生徒を待っていた。

 昨日から、ネギのテンションは、高かった。さすがの雄一もあきれるほど上機嫌で、故郷である京都の説明をしてくれたを思い出し、またもや苦笑する。

 午前六時。駅にある椅子で、ネギと朝御飯を食べながら談笑していた雄一たちの回りに、職員の姿がちらほら見えるころ、3‐A最初の生徒が、姿を現した。

 上野から来た電車から降り立ったのは、一段と低い背を持つ、金髪の少女だった。

「む………」

「ケケケ。雄一ジャネェカ」

 現れたのは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとその初代『従者(ミニステル)』チャチャゼロだ。

 おう、と腕で挨拶をする雄一に、エヴァは歩み寄ってきた。挨拶をするネギに大仰な身振りで答えると、口を開いた。

「中々仕事熱心だな」

「いや、お前こそ―――」

雄一が何かを返そうとした時、エヴァの頭の上に載っていたチャチャゼロが、突然飛び降りた。

ぴょんと雄一の前でエヴァから降りた彼女は、座っている雄一の肩をよじ登ると、髪の毛を掴んで頭の上まで移動した。

肩車をするような場所で、カタカタと笑う。

「今度コソ、一緒ニ殺シアオウゼ。ケッケッケ」

「………チャチャゼロ。お前はどうしてそう、危険な思考回路をしているんだろうな?」

 雄一の呆れたような声に、チャチャゼロは軽い笑い声で返した。

 その『従者』の主であるエヴァは、チャチャゼロと雄一をにらみつけると、不機嫌そうに口を開く。

「貴様ら、ずいぶんと仲がいいな?」

 拗ねているようなエヴァの言葉に、雄一は眉間に皺を寄せながら、唸った。

「………そう見えるなら、エヴァ、メガネ買って来い。好かれているっつうよりは、憑かれているっていったほうが、この場合、正しいだろうが」

「ケケケ。俺ハ、雄一トモウ一度戦エレバ、文句無ェガナ」

 喋る人形に二つの意味で「つかれた」雄一は、ため息混じりに頭を振った。しがみ付くチャチャゼロに肩がこりそうになりつつも、辺りを見渡し、口を開いた。

「あろう事か、お前が一番のりかよ。集合は八時だぞ? こんなに早く来て、何をするつもりだ?」

 集合時間から三時間も早く来ている雄一の言葉に、エヴァは不機嫌そうな態度を崩さず、口を開いた。

「………貴様も大概に、失礼なやつだな。別にいいだろうが。遅れてくるやつより何倍もいい」

 まともな事をいってはいるが、当の本人の出席率が3‐A最低なのは、いかがなものだろうか、と雄一は思う。最近では出席するようになったが、まだまだ問題児なのだ。

 その雄一の疑問には、意外なところから答えが来た。

「トカイイツツ、御主人ノ奴、今日ガ楽シミデホトンド寝テナインダゼ?」

 と、雄一の疑問を払拭したのは、チャチャゼロ。その『従者』の突然すぎる裏切りに、何か言葉を紡ごうとしていたエヴァの動きが、止まった。

こういう時の、彼女(?)の変わり身は、鮮やかというしかない。頭を揺らすように笑う彼女の震動を感じながら、雄一は半眼で呻いた。

「子供かよ。まぁ、子供なんだろうけど………」

「やかましい! 私は子供ではない!」

 雄一の言葉に、エヴァは顔を真っ赤にさせて、叫び返した。其れを聞いても全く訂正をしない雄一を見て、エヴァの怒りはさらにヒートアップする。

「悪いかッ!? 何年もあの土地に居たんだぞッ!? 悪いのかッ!?」

「いや、悪くはない。悪くはない、が、頼むから揺らさないでくれぇ」

 雄一の胸倉を掴み、椅子に乗りながら雄一の頭を震わすエヴァに、雄一は込み上げそうになる何かを、必死に噛み砕く。

雄一を睨みながらも、エヴァは事の元凶に向かって、叫んだ。

「チャチャゼロ! 貴様、どっちの味方だ!?」

「俺ハ御主人ノ『従者』ダゼ? 俺ノ味方ニ決マッテイルダロ」

「前後の言葉に共通項がないわ!」

  エヴァの怒りの言葉に、チャチャゼロが軽く笑う。雄一は、その間に挟まれ、大きくため息を吐くしかなかった。

 そこで、ふと気がつく。よく見ると、いつもエヴァとワンセットの奴が、ここにいないことに気がついたのだ。

 目の前で騒ぐ幼女の脇を両手で抱え、椅子から降ろす。座っている雄一と視線を合わす高さになったエヴァへ、雄一は尋ねた。

「おい、エヴァ。茶々丸はどうした? あいつに限って遅刻することはないと思うが・・・」

 雄一の問いに、エヴァはなにやら怒りの表情を浮かべていたが、フン、と鼻を鳴らすと、きちんと答えてくれた。

「茶々丸なら、もうすぐ来るだろう。何でも、猫のえさを知人に頼みに行くそうだ」

 なるほど、茶々丸らしい理由だ、と雄一は思う。まぁ、変に遅刻するようだったら、自身の機能を使ってくるだろうから、特に心配しているわけではなかった。

 雄一がそう考えている間に、エヴァが隣のネギに視線を向けると、口を開いた。

「そういえば、ネギぼーや。なにやら関西呪術協会とのいざこざに巻き込まれたようだが、せいぜい気をつけることだ」

 そういいながら、エヴァは雄一の朝御飯であるおにぎりを一つ、摘み上げた。其れを口に入れるエヴァを見て、雄一は口を開いた。

「何だ? エヴァは、手伝ってくれないのか?」

 雄一としては、学園長はエヴァにも協力を取り付けていると思っていた。

その雄一へ、エヴァは不敵に笑うと腕を交差させ、無い胸を反らしながら答えた。

「なぜ私がそんな面倒くさいことをしなければならない!」

 そういいながらも、エヴァは雄一を一瞥する。小首を傾げる雄一の顔を見てから、ネギを見て、おずおずと口を開いた。

「………ま、まぁ、貴様が「俺ハ暇ダシ、修学旅行ニ興味ハナイカラナ。手伝ッテヤルゼ」―――――」

 口を開くと同時に響いた言葉に、雄一が声をあげた。

「本当か? チャチャゼロ!」

 意外な存在の協力宣言に、雄一が真上を向く。その雄一の視界に入るように前かがみになったチャチャゼロが、頭を揺らしながら、答えた。

「ケケケ。久シ振リニ、暴レラレソウダカラナ」

 不穏な言葉に頬を引きつらせながらも、雄一は感謝の気持ちを表した。

「お、おう、ありがとう、チャチャゼロ」

 チャチャゼロの戦闘能力の高さは、雄一が一番知っていた。油断さえしていなければ、雄一など足元にも及ばないほど強いし、頼りになるだろう。

 カモと何かを話しているチャチャゼロを置いて、雄一は一瞬前のことを思い出すと、エヴァに顔を向けた。

「あれ? エヴァ、さっき何か言お「なんでもないわ! 愚図ども!」―――」

 なぜか、唐突にエヴァが不機嫌になっていた。不機嫌そうに雄一の横、ネギの反対側に座ると、雄一のおにぎりを口の中に入れた。

それに怪訝な思いをしながらも、雄一はため息混じりに辺りを見渡す。他に来ている生徒はいないようだな、と確認した。

 ややあって、雄一があることを思い出し、ネギに視線を向けた。

「ところで、ネギ。親書は大丈夫か?」

 今回の任務は、関西魔術教会の長に親書を届けることだ。雄一の言葉を聞いたネギは、スーツの上から親書を確認すると、笑顔を向けた。

「はい! 懐に入っています!」

 バン、と胸を叩くネギを見て、雄一は少しだけ心配した。出来ることなら、この小さな義弟に京都を満喫して欲しい。

 ただ、ネギ自身も頑張りたい、という気持ちでいるのを、雄一は知っている。出来る限りネギに任せよう、と思いながら、雄一は腕に巻きついている時計を見た。

 軽く声をあげ、雄一は立ち上がる。

「そろそろ職員が集まる時間だな。ネギ、皆のことを待っててくれ。ほれ、チャチャゼロ、どけよ」

「ケケケ。気ニスルナ。ドウセ、今サラダロウ」

 チャチャゼロの言葉に、確かに、と思ってしまう自分が悲しい雄一は、苦笑しながら頭の上にチャチャゼロを乗せたまま、集合場所に向かう。

 ネギとエヴァだが、途中で振り返ってみて見たが、仲は良さそうだった。それにホッとしながら、職員の集合場所に向かう。

「おはようございます、雄一先生。かわいい人形をお連れしてますね」

「やぁ、おはよう」

「おはようございます、しずな先生、瀬流彦先生」

 そこにたっていたのは、雄一とネギの補佐役であるしずな先生と、『魔法先生』の中でも比較的平和的な思考を持つ、瀬流彦先生だった。

学園で「鬼の新田」と呼ばれている先生の代わりに来た先生なのだが、何故だか微妙に困った表情をしている。

 雄一を手招いてきたので、雄一はそれに従った。怪訝そうな表情を浮かべる雄一へ、瀬流彦は声を潜めながら、片手を挙げつつ、口を開いた。

「突然すぎて君とネギ君には悪いんだけど、僕、学園に戻ることになってね。くれぐれも、気をつけてくれよ?」

 その言葉に、雄一は眉をひそめる。京都に行くクラスは3‐Aだけだとはいえ、雄一とネギだけでは、有事の際に対応しきれないのは眼に見えていた。

 しかし、瀬流彦先生が戻るほどなのだから、学園でも大変なことが起きているのだろう、と察する。ややあって、答えた。

「………そうなんですか。わかりました。でも、学園長に、有事の際には真名達の力を借ります、って伝えといてくれますか?」

「ああ、わかったよ。ごめんね。………じゃあ」

 そう断りを入れて、瀬流彦はそのまま学園に向かう駅乗り場へ、駆け出していった。其れを見送っていた雄一へ、上から言葉が降り注ぐ。

「ケケケ。安心シロ。餓鬼ノ子守リグライ、手伝ッテヤルゼ」

 その、チャチャゼロの言葉に、感謝の言葉を返すべきなのだが、雄一は体を震わせ、口を開いた。

「………なんか、協力的なチャチャゼロが怖いのは、俺だけか?」

 妙に協力的なチャチャゼロに、何か裏があるのでは、と思ってしまう雄一を見て、彼女は、呆れた口調で告げた。

「素直ジャナイ御主人ノ代ワリダカラナ」

「………? 意味がわからん」

 しばらく悩んでも答えが出ない雄一の言葉に、チャチャゼロの珍しいため息が、頭の上から聞こえてきた。

 

 

 

 集合時間の八時になるころには、クラスの全員が集まっていた。

ネギが点呼を取り、班ごとに新幹線に乗り込む。雄一は、その様子を見ながら、新幹線に乗り込んだ。

 その途中で、見覚えのある少女―――明日菜に呼び止められた。

「おはよ、雄一。サンドイッチありがと―――――って、何で頭の上にチャチャゼロをおいてるの?」

「気にするな。気にしたら負けだ」

 雄一の頭の上に載っているチャチャゼロに難色を示す明日菜を見て、雄一はため息を吐きながらも分けのわからないことをいう。

チャチャゼロは、雄一がエヴァや茶々丸のところに行け、と何度いっても取り合おうとしないのだ。

 他の生徒にも笑われ、軽く落ち込んでいる雄一を無視して、明日菜が口を開いた。

「ネギの奴、張り切ってたわね」

 あちらこちらを駆けているネギを見て、明日菜が苦笑する。その明日菜を見て、お前もだろう、と言いたい雄一は、それを噛み砕き、肯く。

「ああ、そうだな。………とはいえ、子供だから、そう背負わせるのも間違いだし――――とと、そうだ。明日菜、あのネックレス、してくれてるか?」

「ん? もちろんしてるわよ」

 当然、といわんばかりに、明日菜が首もとのネックレスを引っ張り出し、雄一に見せる明日菜。それに安心したように、雄一は肯くと、口を開いた。

「有事の際には、それを思いっきり握ってくれ。ま、お守りだけどな」

「? 意味はわかんないけど、了解」

 理解していない明日菜をおいて、雄一は断りを入れた。明日菜は軽く手を振ると、そのまま木乃香たちのほうに走っていく。

雄一に気がついた木乃香に手を振りながら、雄一は自分の席に向かって歩いていった。

「おはよう、先生。頭の上にファンシーな人形を乗せてるね」

「………」

 その声に、雄一は一瞬だけ動きを止める。そのまま、ゆっくりと相手に顔を向けると、疲れているんだ、と思い直し、眼を揉む。

 その後、眼を擦って、再度見た。

 雄一の席の隣には、優雅に座っている真名の姿があった。

ぴたっと動きを止めた雄一は、再度辺りを見渡すと、ポケットからしおりを取り出し、自分の席を確認する。ついでに、隣の席も確認し、配られたチケットと座席番号を照合した。

 確信が持てると、ようやく口を開いた。

「なぁ、真名。さも当然のように座っているところ悪いんだが、そこは、元瀬流彦先生の席なんだが?」

「ああ、そうだね。私は騒がしいのが嫌いだから、こちらにきたんだ。先生も、ポッキーでも食べるかい?」

 そういってポッキーを差し出す真名。ため息混じりに彼女からそれを受け取ると、とりあえず自分の席に座った。

「………んで、前が楓と刹那なんだな?」

「おや、よくわかったね?」

 前のシート、しかもご丁寧にこちらに向けられているシートの上に、風呂敷と忍具、そして竹刀袋がおいてあるのを見れば、嫌でもわかるだろう、と雄一は思う。

呆れている雄一へ、真名が告げた。

「なにやら、修学旅行が大変になっているらしいじゃないか。【こちらの世界】を知っている人間に協力を依頼するなら、事情ぐらい説明するのが筋じゃないかい?」

 その言葉には、ひしひしと怒りが込められているのを、雄一は感じ取った。横目で見てみると、足に備え付けてあるホルダーから銃が見え隠れして、彼女の手が添えられている。

今まさに銃でも引き抜かんばかりの彼女へ、雄一は答えた。

「………そりゃそうだ。んで? 刹那と楓は?」

 雄一の問いに、真名が肩を竦め上げた。銃から手が離れたのをみて、雄一はひそかに安堵する。

「出発前の巡回さ。楓は上、刹那は下だけど」

 二人の行動を聞いて、雄一は半眼で呻いた。

「………俺よりもすごいな、あいつら」

 念入りに調査をする二人は、はっきり言って雄一よりもプロらしい。安心する傍ら、物凄く残念なのは、なぜだろうか。

 その雄一を見て、真名は苦笑する。ポッキーを指の上で回しながら、軽い口調で答えた。

「私もそうだが、先生があまり怪我をするのは、好きじゃないらしくてね。先生は、実力はいまひとつなのに前に出たがるし、それに妙な安心感を覚えてしまうから、そういう状況が出来ないように、一生懸命なんだよ」

 その、真名の言葉に、雄一は半眼で呻く。

「きっと、褒めてないんだろうな」

「カカカ。当タリ前ダ」

 未だに肩の上に乗るチャチャゼロに止めを刺され、雄一はため息をはいた。

「おはようございます、雄一先生」

「おはようでござる、雄一殿」

 丁度その時、見回りに行っていた2人が戻ってきたようだ。いつもどおりの制服姿で、夕凪を抱えた刹那と、いつもの笑顔を浮かべる楓を見て、雄一も言葉を返す。

「おお、おはよう」

 戻ってきた刹那と楓を含めて、雄一は全員に挨拶をした後、今の状況を説明した。

エヴァにも協力を頼もうとしたところ、チャチャゼロを通じて状況を把握しているらしい。向こうからアプローチをかけているようで、雄一には意外だった。

 説明を終えた後、刹那が眉をひそめた。

「そうです、か。………本山に向かうんですね」

 神妙な面持ちの刹那を見て、真名が納得したように肯いた。

「そういえば、神鳴流は関西呪術協会の傘下にあったな」

 真名の言葉に、刹那がうなずく。それを学園長から聞いていた雄一は、刹那を安心させるために、言葉を紡いだ。

「このかの為に裏切ったんだろ? 安心しろ。俺が、全員護りきってやる」

「ソノ度ニ血塗レジャア、格好ツカナイゼ?」

「あう………」

チャチャゼロの合いの手に、雄一が言葉につまり、他の三人が笑い出す。笑われたとはいえ、それでも刹那の顔に元気が戻ったのを見て、雄一は満足だった。

(………全部を護るのが、『ルシフェル』――――俺の、役目だからな)

 遠い昔に契った約束。それは、雄一の在り方だった。

 そうこうしている内に、新幹線が、京都に向かって走り出した。

 

 

 宮崎 のどかは、運悪く朝から雄一に会えなかった。

彼女が来たときには雄一は職員の集まりに向かっており、戻ってきたときにはすでに集合がかけられ、まじめである彼女が話しかけられる雰囲気ではなかったのだ。

 そののどかと向かい合って座っているのが、「パル」こと早乙女 ハルナと綾瀬 夕映、だった。

彼女たちは、しおりを見ながら、どの段階で雄一を誘うのか、密談という名目の大騒ぎをしていたのだ。

 その中でもっとも乗り気な早乙女 ハルナは、特徴的な触覚をぐるぐると回しながら、口を開いた。

「ほら、やっぱり二日目の自由行動だって! 雄一先生なら、二つ返事だよ!」

 それに返答するのは、のどかではなく綾瀬 夕映。真剣な表情をずいっと寄せつつ、冷静な分析を返した。

「そうはいいますが、雄一先生は仮というにはあまりにも模範的な教師です。その後に一緒に行動することができなくなってしまうのなら、三日目のほうがインパクトがあると思うのですが………」

 のどかを置いて、どの段階で雄一を誘うか相談する二人を見て、のどかは顔を真っ赤にして眼を回していた。

(ふえ〜っ!? 大変なことになっちゃったよ〜〜!?)

 彼女としては、雄一と修学旅行を楽しみたい、というのは本音だ。しかし、先生である雄一は、一人の生徒にだけ構うわけもなく、自由行動のときに自分たちについてくるとは、限らないのは、分かっていた。

 それに、雄一自身も人気があった。現に、先ほどから鳴滝姉妹の二人が、雄一を誘うと躍起になっている。

 雄一は、その面倒見のよさから、子供に好かれる傾向があるようだ。ネギが、もっとも具体的な例であり、そのネギはのどかの恋を応援してくれていた。

 そのとき、何かしらの結論に至ったパルが、声を上げた。

「やっぱ、告白しかないっしょ!」

「え? ………え? ええっ!? えええええぇ〜!!?」

 どこをどう捻じ曲がったのかわからない結論に、のどかが顔を真っ赤にして悲鳴をあげた。そののどかを面白そうに見て、パルが告げる。

「大丈夫だって。雄一先生だって、のどかのこと悪く思っていないみたいだし、チャンスはあるよ!」

「で、でも、歳が………」

 そう。雄一とのどかでは、先生と生徒という間柄もあるが、三歳の年の差があった。

 三年と侮るなかれ、高校生高学年と中学生高学年では、その価値観や精神年齢の差などに、その年以上の差があると思っていい。逆に五年年下のネギのほうが、まだ告白しやすいだろう。

 それに、自分は―――――雄一のことを、まだ、知っていない、とのどかは思っていた。それは近付こうとする人間が感じる、大きな溝≠ナあった。

 そののどかの心境にも気づかず、パルはすでに雄一への告白プランを練り始めていた。のどかの意見など全く聞く様子はなく、暴走は続く。

 

それを呆れた様子で見ていたのは、長谷川 千雨だった。

 

 赤い髪の毛を後ろでまとめ、顔のほとんどを隠すようなめがねをしている彼女は、天才ハッカーにしてネットアイドル「ちぅ」である。

それを雄一とネギに見られてしまって以来、何かと雄一とネギに対して、粗暴な言葉遣いをするようになった。特に雄一には、露骨な態度をとったりする。

 その彼女は、肘掛に肘を乗せると、頬杖を付いた。

「よく言ってくれるぜ。………ったく、あんな粗暴教師のどこがいいんだか………」

 何故雄一が回りに好かれているのか、全く分からない千雨は、舌打ちしながらそんなことを呟いていた。

 やる気を全く見せない千雨は、ふと視線を上に上げ

 

――――ゲコ、という音を聞いた。

 

「は?」

 怪訝な声を上げた瞬間、屋根から緑色の物体

 

つまるところ、蛙が落ちてきた。

 

 

 

「「「「「「きゃあああああ!?」」」」」」

 

「! 何だっ!?」

 

 突然響いた悲鳴に、雄一が弾けたように立ち上がり、飛びあがった後、とっさに視線を向けた。騒がしいのを確認した雄一は、楓と刹那、真名とそれぞれ視線を交わすと、肯いて飛びだす。

 その途中、雄一は、後部車両に逃げていく影を見つけた。その不振な存在の気配と背中に、駆け出した真名と楓へ叫んだ。

「先に行けッ! 俺は不審人物を追うッ!」

「了解。気をつけて」

 その背中を追う雄一へ、ついていこうとした刹那に、ネギの親書をとられる現場が飛び込んできた。

とっさに状況を判断した刹那は、反転してその親書を取った鳥の式神を一閃の元に切り伏せる。その時、一瞬遅れてネギが駆け込んできた。

 ぱらぱらと落ちていく紙―――親書を警戒するネギのほうに差し出しながら、刹那は告げた。

「気をつけてください、先生」

 冷たい口調だ、と自分で苦笑しながら、刹那は雄一の後を追った。

 

 

 

 

 雄一は、人ごみを掻き分け、最後尾の車両に向かった。途中から人が減り、なぜか空いている最後尾の車両には、一人の姿があった。

 青白い顔に、空よりも蒼い髪の毛、そして氷のように鋭い双眸に、凛とした顔立ち―――それを見た瞬間、雄一は既視感を覚えた。

 ゆっくりと、男は体をこちらに向け――――不敵に微笑んだ。

「はじめまして、か? 俺は、お前に見覚えがあるんだが」

「俺はお前なんか、見たことはないがな」

 男の言葉に軽口を叩きながら、雄一はグエディンナを引き抜く。その雄一を、男は片手で制しながら、軽い口調で口を開いた。

「そうあわてなさんな。どうせ、そのうち戦うことになるんだ。今日は、顔見世程度だ」

 男はそういうと、手元から何かを取り出す。

 紙。

それを軽く振ると男の周りに光が漏れた。雄一がそれに驚いた瞬間、男の声が、響く。

「貴様が、『ルシフェル』である限り、俺らは戦う運命にあるんだからな」

 その、何気なく放たれた男の言葉に、雄一は眼を見開いた。

「! 待てッ!」

 雄一と学園長、高畑しか知らないはずのその言葉――――次の瞬間、光に包まれ、はれた先には、もう誰も立っていなかった。

 呆然と立ち尽くす雄一は、十字架のグエディンナを掴んでいるだけで、精一杯だった。

 

人払いの何かを張ってあったのか、徐々に人の気配がし始めた頃、ようやく我を取り戻した雄一は、他の乗客が来る前にグエディンナを腰のホルダーに戻すと、思考を開始した。

(俺のことを知っている? 相手は、『アカツキ』だとでも言うのか?)

 記憶の中にある、【天敵】の事を思い出し、身を震わせる。

しかし、『アカツキ』の中で人間化できるのは、幹部クラスの『アカツキ』のみ。その幹部クラスの『アカツキ』は雄一達が倒しているので、いるはずがないのだ。

 だとすれば、いったい誰なのか―――――把握するには、情報が少なすぎた。

 踵を返し、しばらく戻った後、雄一は目の前に広がる光景を見て

 

――――がっくりと肩を落とした。大きくため息を吐いた後、言葉を紡ぐ。

「わかっているのは―――――」

 目の前で、右往左往するネギ、そして慌てまくる3‐Aの生徒―――それを見て、雄一はため息交じりに、確信めいた口調で、告げた。

「楽には行かないって事か………」

 きっとそれは、運命なのだろうな、と雄一は思った。

 

 

 

 荒地。どこまでも広がる黒い大地のその上に、五つの人影が立っていた。

「………いくん、だな」

 口を開いたのは、黒髪を長く下ろした女性で、名を伊澤 京子―――雄一の従姉でもあり、雄一の属していた組織での上司だ。

その彼女へ、銀色の髪の毛を持つ少女は、答えた。

「ああ。竜紀、凛香、遊里、そしてもう一人の「レウィン」、後は、頼んだ」

 短い銀色の髪に、正規のボディーよりもほんの少しだけ小さめな身体で、レウィンは口を開いた。もう一人の自分は、こともなげに肯く。

「コピーである私が、これほど会いたがっている人物だ。オリジナルのレウィンなら、倍以上に会いたいだろう。こちらは任せ、行ってくれ」

 レウィンの思考ルーチンや感情をコピーした、人工知能を持つ「レウィン」に、肯く。その後、赤い髪の毛を後ろに束ねた女性に、視線を向けた。

 柏木 竜紀。心優しく、敵である『アカツキ』を倒すのも、ためらった彼女は、レウィンに、顔を向けた。

 本当は、今すぐレウィンとともに雄一へ会いたい。

が、彼女はすでに名実ともに、最強の『ルシフェル』の一人であり、そして行く資格も、なくなっていた。

 だから、レウィンに託す。

「………雄一君に会ったら、伝えて。「こっちは任せて。絶対に平和にするから。そして、雄一君も――――幸せになって」………て。凛香も、遊里も同じ気持ちだと思うから」

 雄一とともに戦場を駆け抜けた四人のうち、凛香と遊里は戦闘に出ていた。他の支部から出すといっていたが、彼女たちが拒んだのだ。

『雄一が護った世界は、私たちが護る』と、怒鳴り散らし。

 だから、竜紀はこの場所を動くわけには行かない。もう、決めたことだから。

「………ああ。必ず」

 最高の戦友との、永遠の別れ。だが、別れの瞬間を感じるだけ、自分は幸せだと、思っていた。雄一は、それすらなく、この世界から追い出されたのだ。

 そして、最後に立っていたのは、彼女の生みの親である藤次だった。

 彼は、手に持っていたものを差し出すと、口を開く。

「………これをもっていけ。お前ら四人の『武装』に、雄一の『武装・皇卦』だ。んで、これがお前の武装をできる限りつめたバックパック。これだけで日本の国家予算一〇年分なんだから大事に使えよ?」

 藤次の、自嘲めいた言葉に、レウィンは頷いた。

「………ありがとう、ファザー」

 感謝し、そのバックパックを受け取る。リュック大のものだが、空間圧縮法を使い、中身は途方もない量の兵器がつめられているのだ。

「それと、向こうの世界に、何体かの『アカツキ』が確認されている。………気をつけてくれ」

「ああ」

 そういって、レウィンは、身体を反転させた。

彼女の目の前にあるのは、超小規模のブラックホール――――『時空塊』。『フォトン』を込めれば、たった一度だけ、雄一の飛ばされた世界へ、飛ぶことができると証明された、戦争の残り傷だ。

 そして、それに耐えられるのは、レウィンだけ。レウィンは『武装』し、最後に皆のほうに振り返ると――――口を開いた。

「それでは、行ってくる。………また」

 一瞬だけ躊躇って毀れた言葉は、再会を誓う言葉。其れを聞いた竜紀も、微笑んだ。

「………うん! またね!」

 それに、京子も続く。

「………ああ」

「また、な」

 こうして、レウィンはこの世界から、消えたのだった。

 

 

 

 

 再起動。

 レウィンは、自分の目を起動させた。

目の前に映るのは、広大な森。

そして、レウィンのいる場所は、巨大な木の上だった。ぼろぼろになっている『武装』を廃棄し、自身の身体を休止モードに移行させる。

 銀色の短い髪に、黒い筋を走らせた髪、そして青を基調としたワンピースに身を包んだレウィンは、ゆっくりとあたりを見渡す。

 そして、広がる都市を見回してから、レウィンは瞬時に、ネットワークに不正アクセスを開始した。

(麻帆良と呼ばれる土地と認定。マスターが来ている可能性は、大。学園長が人間ではない可能性も高いというなぞの情報を見る限り、何かある可能性、大)

 瞬時に判断し、次に雄一の存在を検索する。

 宇宙衛星軌道上の軍事衛星を使って、日本を一望する。宇宙の目から得られた情報を、自身のCPUを使い、『フォトン』を内包する存在だけ、はじき出す。

似たような存在である『氣』の存在も把握、今は除外する。

 そして、見つけ出した。懐かしい、気配を。

 その瞬間、レウィンはその場を飛びのいた。

くるりと反転して、何十メートルもある木―――麻帆良の象徴ともいえる『世界樹』から飛び降り、レウィンはつぶやく。

「………現在、京都に向けて走行中の新幹線の中に、存在を確認。同時に、敵性行為を確認」

 目の前には、タバコを吸っている男が、立っていた。検索にて、高畑・T・タカミチと呼ばれる人物と判断し、向き直る。

 そのレウィンへ、高畑は呆れたように口を開いた。

「その姿、形や気配から見て、ロボットのようだけど。………何者か、教えてくれるかな?」

 高畑の言葉に、レウィンはほんの一瞬だけ逡巡した後、淡々と答えた。

「敵になりうる存在へ、情報を流すとでも御思いか?」

 瞬間、身体に光がともる。

次の瞬間、現れたのは、機械の躯―――両肩と身体を銀色の装甲に包んだ、レウィンの戦闘形態だった。

 そして、右腕を覆いつくすような銃器に光がともり、刃が現れる。それに驚く高畑へ、レウィンは叫んだ。

「行くぞ!」

 まるで爆発するように、レウィンは高速の動きを持って、高畑に襲い掛かった。

 

 

 

 

 かつての戦友であるレウィンが、高畑に襲い掛かったころ、雄一の身体が不意に震えた。背筋に走るその寒気を感じ、つぶやく。

「なんだ? この、知り合いが命の恩人に斬りかかっているような感覚は………?」

「ずいぶん具体的な感覚だね?」

 真名の鋭い突っ込みに、雄一は自身の身の上を思い出し、ため息をはいた。

 蛙騒動は、チャチャゼロが見つけた札により、幕を閉じていた。

雄一の感謝をうけたチャチャゼロは、「ナラ戦エ」といい、今雄一の手によってガムテープで封印されている。蓑虫のような状態で、荷台にうつ伏せで置かれていた。

 荷台から、声が響いた。

「………コノ扱イハヒドクナイカ?」

 当然過ぎる避難の声に、雄一は半眼で返した。

「じゃかしい。お前のような危険物を置いておいたら、俺が捕まるっつうの」

 ちなみに、楓は蛙恐怖症らしく、倒れてしまった。今は、3‐Aのいる場所で、横になって那波に介抱されている。

 とりあえず雄一は、チャチャゼロを解放することだ。「粘着デベトベトダ」と文句を言うチャチャゼロを無視し、雄一は刹那に向き直った。

「しかし、親書を狙ってくるとは、な。相手の目的は、仲直りの妨害か」

 刹那の言葉を聞いて思い至った雄一の言葉に、刹那は頷く。

「そう思っていいと思います。関東魔術協会を嫌っているのは、末端の組織ばかりですから」

 刹那の言葉に、雄一が唸った。腕を組みながら、呟く。

「場所は学園長から聞いているんだが、俺とネギ、刹那に真名だけじゃあ、きついな。楓の弱点だって、今回の騒動で知られているだろうし………」

 そう呟く雄一に、意外にも真名が反論した。

「そういわないでやってくれ。誰にだって、苦手なものはあるだろう?」

 楓のフォローをする真名。それを聞いて、雄一も苦笑する。

「俺にも、………あるか。嫌いじゃないんだが、苦手な奴………」

「そうなんですか?」

 意外そうに声を上げたのは、刹那だった。基本的に人当たりもよく、面倒見もいい雄一に、そういった人間がいるとは思えなかったようだ。

 彼は、多くの『ルシフェル』を纏めていた、総司令という立場にいる人間だった。対人関係は完璧に近いが、理解できない人間も多い。

 人間以外も、だが。

「………気にするな。っと、話がそれたな」

 なんとなく、なんとなくだが、胸中の存在は今、どこかで暴れている感じがする。それを無理やり押しとどめながら、雄一は話を戻す。

「とはいえ、魔法≠ェ分からないと、辛いな。刹那だって、全部の呪術を知っているわけじゃないんだろ?」

「ええ。………ネギ先生は、申し訳ないんですが、頼りなくて………」

 旅行で浮かれているネギは、確かに戦力として考えるには、心許ない、というのが刹那の考えだった。

 さらにいえば、日本の魔法≠ニ呼ばれる術式と西洋魔法≠ナは、術式が違う。式神を主に使う東洋魔法≠知っているのは刹那のみだが、前述どおり、すべてを知っているわけではない。

ため息混じりに考えていると、その雄一へ、声が振ってきた。

「ふん、困っているようだな、雄一」

 刹那と真名ではない、威厳のこもった声に、雄一が振り返る。

そこには、エヴァがいた。修学旅行を満喫しているようで、やや機嫌の良さそうな表情を浮かべながら、歩み寄ってくる。

 彼女は、不敵に微笑むと、口を開く。

「条件次第では、手伝ってやらんこともないぞ?」

「………条件って、あれだろ? う〜〜〜む」

 エヴァンジェリンの言葉に、雄一は悩むような声を上げた。

雄一は、チャチャゼロを通して、彼女の手伝う為の条件を、伝えられていた。彼女の出していた条件を呑んで協力を得るべきか、悩んでいたのだ。

 その条件が分からない真名と刹那は、互いに顔を見合わせている。

 雄一に聞こうとした刹那を見て、エヴァが勝ち誇った顔で、告げた。

 

「悩むことはあるまい。私を疵物にしたのは、誰だ?」

 

 ピキッと、空間に軽い音が鳴る。

それに気づいた様子もなく、雄一が顔をしかめた。

「あれは、それしか方法がなかったからな。………悪い、痛かったよ、な? 完全に貫いていたし」

 ビシッと、先ほどよりも重い音が、空間に鳴る。それにようやく気づいた雄一は、音の発信源を探す。

 刹那と真名に視線を向けたまま、エヴァはとどめの言葉を、不敵に告げた。

 

「さて、責任を取ってもらおうか? 先生?」

 

「責任って、お前がやれっていったんじゃ――――ってっ! 刹那っ!? 何で夕凪を引き抜いて――――って、真名はなんでそんな物騒なものを構えてるの!?」

 雄一が刹那と真名のほうに視線を向けると、彼女たちが構えていることに、気がついた。

最近では、何度も吹き飛ばされているので、それが彼女たちの怒りだということには気づいていたが、何に怒っているかは、わかっていない。

 夕凪を構え、ゆらりと立ち上がる刹那。目元は真っ黒なのに、目だけは輝いている。

 それとともに立ち上がった真名は、怒りにほほが引きつっているようだ。なにやら特別な力を持っている彼女の目は、大きく見開いて、雄一を射抜いている。

 

 そして、互いに呼吸を合わせ―――――――。

 

「「この、幼女趣味ぃっ!」」

「俺が何をしたっ!?」

 雄一の講義もむなしく―――――雄一たちの乗っていた新幹線の第三両目が、揺れた。

 吹き飛ばされる雄一は、「この役目はガクエンチョウの役回りだろう」とつぶやいたとか、つぶやかなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかそうか。雄一君の知り合いかぁ」

「ふぉっふぉっふぉ。面白いめぐり合わせじゃのぅ」

 戦闘を開始してから二十分後、高畑とレウィンは、学園長室に来ていた。怪我はないものの、服はぼろぼろ、体中煤だらけになった高畑へ、無傷のレウィンは口を開く。

「マスターの知り合いとは知らず、無礼を働いた。申し訳ない」

「いや、気にしなくていいよ。君に向かって最初に攻撃したのは、僕だし」

 レウィンと高畑の戦いは、高畑がレウィンの『フォトン』に気がついた時点で、終わっていた。きちんと話を聞くと、雄一のことを追いかけてきたそうだ。

 話の流れで、学園長の部屋に通し、学園長に合わせたときから、彼女は学園長に視線を向けようとはしない。

「それで、学園長とは何処にいるんだ?」

どうやら、彼女の思考回路が学園長の存在を認めていないらしく、回りを見渡していた。

「あれ? 儂ってコンピュータにとって存在すら認められんのか?」

 どうやら、別世界のコンピュータも、学園長は生物として認められないようだった。

そのレウィンを見て、高畑は苦笑交じりに答える。

「………一応、あれが学園長だよ。雄一君は、宇宙外生命体『ガクエンチョウ』と呼んでいるけど、ね」

「最近、高畑君まで儂を認めていないように思うんじゃが、どうじゃろう?」

「なるほど、さすがはマスター。的確な表現だ」

 ガクエンチョウの言葉を完全無視して、レウィンと高畑は話を続ける。内容は、この学園に来てからの雄一の生活――――そして、現状だった。

 一通り話を聞いたレウィンは、眼を細めた。

「………なるほど。マスターは、あの後に起きたことを忘れているのか」

「………? どういうことだい?」

 雄一がこの世界に飛ばされたのは、対消滅≠フせいだと言っていた。

しかし、レウィンの態度を見ていると、それも怪しくなる。続きを聞こうと思った高畑へ、レウィンは首を横に振った。

「マスターは、忘れているだけで、嘘をついているわけではない。………許してくれ」

「………どうやら、思いの外深い理由があるようだね」

 高畑の言葉を聴いて、レウィンは肯く。そして、すぐに顔を上げると、口を開いた。

「それでは、私はマスターを追う。連絡は必要ない。………驚かせたいからな」

 そういって微笑むレウィンを見て、高畑は驚いた。

 彼の中に存在するロボットは、茶々丸とチャチャゼロの二人。その二人は両方とも感情に乏しく、彼女のように「人間」のように笑うなど、思ってもいなかったのだ。

 困惑する高畑を背に、レウィンはガクエンチョウ室を後にした。

 目指すは―――――雄一の下。

 

 

 

 

「・・・・あれ? 儂は完全に無視なのか?」

 ただ、ガクエンチョウのぼやきだけが、残っていた。

 

 

 

 

 



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