さて、エヴァンジェリンとネギの対決も終わり、麻帆良の地にも、ようやく平和が訪れた。最近、血塗れになることが多いのだが、慣れている自分が怖い。いや、実際に慣れているんだけど、これでも痛覚があるから、イヤなのである。

 さてさて、自分が危惧していた『アカツキ』の襲来は、無かった。どうやら、しばらくココに来る可能性は、ないようだ。全世界的に見ても、そのような報告は、無さそうということ。

 

 まぁ、正直、来られたら対処の仕様がない。いくら魔法≠ェ強力だからといって、いつ、何処に、どのくらいの規模で現れるか分からない『アカツキ』に対処するのは、不可能に近いのだ。

 

 とまあ、そう呟いてしまったのだが、此処―――麻帆良学園は、今日も平和だ。

 

 

 

 

 第十一話 麻帆良の日常―――日常って、何だっけ?

 

 

 

 彼女――そういうのが正しいのかは、雄一には分からないが――レウィンとの出会いは、衝撃だった。

 突然街に現れた、オークトの集団。それに対抗するのは、雄一、一人のみ。余りの数の多さに辟易しながら、『武装』も出来ずに戦う雄一の耳に、それが届く。

「反射板、収納。被害無し、戦闘形態へ移行」

 聞こえたのは、機械音声。それと共に、眼に視力が戻ってきた。それと同時に、自分が抱えられている事に気がつく。

 目の前に見えるのは、無機質な双眸。真っ直ぐみられたその眼は、瞬きする事もなくジッと雄一を見ていた。

 まるでカーテンのように長い銀色の髪に二本奔った黒の筋。

本来耳が在るべき場所に配備された、頭の後ろをぐるりと囲む金属質のイヤーカバー、そして無表情に整った顔立ち――――そして、何よりも目に付くのは、その左腕に握られた、肩から腕を多い尽くす巨大な兵器。

 彼女は、雄一を下ろすと、声をかけた。

「無事か?」

 それが、対『アカツキ』戦闘兵器、RW‐38389型、通称ヘルドール=\――レウィンとの出逢いだった。

 

 

 

 

「………」

 チュンチュン――――。

窓の外でさえずるスズメの鳴き声を聞きながら、雄一はぼんやりとする頭を振るった。右腕に走る嫌な激痛を抑えつつ、頭をかいた。

 朝。かすかに明るくなり始めた窓の外を眺めながら、小さく呟く。

「………なんで、今更、アイツとの出会いを思い出すのかね」

 最近では、いろいろな事がありすぎて、思い出さなかった過去の思い出―――突然現れた、レウィンとの出会いを思い出し、苦笑する。

 もとの世界に未練があるか、と聞かれたら、在るとしか答えられない。

向こうの世界では、毎日のように『アカツキ』の襲来がある。まだ、戦争は続いているし、その戦争が終わったら、今度は『人間』との折り合いもあった。未だに『幹部』との戦いすら始まっていない現状で、この場所に居続ける気には、なれなかった。

 ――――が。

「――――――?」

 自分の思考に、眉を潜めた。何かを忘れている、と思った瞬間――――。

「雄兄ッ! おはよう!」

 元気一杯な声と共に、珍しく早起きしているネギが、部屋に入ってきた。心配そうな、それでもどこか嬉しそうなその顔に、雄一は思考をやめ、笑顔で返す。

「おはよう、ネギ。今日もいい天気だな」

「うん! あ、着替えるの手伝おうか?」

 腕が動かない雄一の手伝いを申し出てきたネギへ、雄一は苦笑して手を振る。そっか、と小さく呟きながらも、彼は笑顔で「先にリビングで待ってるね」といい、部屋を後にしていった。

戻らなくてはいけない――――とはいえ、この世界を見棄てるつもりも、雄一には無かった。必ずどちらかを選ばなければいけないときがくるのも分かっていても、ネギの成長を見守り、ナギを見つけ出しエヴァンジェリンとネギに謝らせ、殴り飛ばすまで、帰れないのだ。

 

 麻帆良に来て一ヶ月――――雄一の非日常は、日常になりつつあった。

 

 

 

 

 エヴァンジェリンとの戦闘が終わった次の日の朝食の場で、雄一は途方に暮れていた。

「腕、どうすっかな………」

 その呟きと共に、自分の右腕を見る。

エヴァンジェリンが落ちる瞬間、とっさに動いてしまい、反射的に右腕のグエディンナで身体を止めたから、右腕の筋肉に極端な負荷が掛かったのだ。

それだけならまだしも、あろう事か、『瞬動』で飛び出した上、かなりの高度から落ちてきたエヴァンジェリンを抱きかかえた事により、腕の筋肉が千切れたのであった。

 雄一の傷は、基本的に血≠ニ『フォトン』の強化で、かなり速く完治する。が、早くても二、三日は、治らないだろう。

 そして、目の前にあるのは、朝食だった。右腕が全く動かない雄一が作ったのは、手抜きともいえるサンドイッチ―――とはいえ、本人が手抜きと言い張っているだけなのだが。

「う〜〜〜〜〜む。朝ご飯はガッチリ食いたいんだけどな」

「………それでも、雄一の料理って美味しいよね」

 雄一が作ったのは、アボガドサンドとタマゴサンド、そしてトマトレタスサンドだ。明日菜と木乃香は、雄一の朝食を食べに来るのが、すでに日課となりつつあった。

「雄兄ッ! 今日は僕が面倒を見るよ♪」

 人が怪我しているのに、少しだけ嬉しそうなネギの笑顔が、視界に入る。どうやら、頼ってもらえるのが嬉しいらしく、右腕が動かない雄一に食べさせようと動く。

そのネギへ、雄一は苦笑交じりに言葉を発した。

「片手で食べられるものを作ったんだ、大丈夫だよ。………あ、あ〜コーヒーでも飲みたいかな?」

「うん! 今淹れてくるね!」

 雄一の言葉にどんどん顔が暗くなっていったネギだが、雄一の頼みを聞くと、満面の笑顔で頷き、ドタドタとキッチンに走っていく。

それを見ていた木乃香が、のほほんと答えた。

「いや〜〜〜。最近ネギ君がカッコようなった思ってたんやけど、やっぱり雄一さんの前じゃ子供やわ〜〜〜」

「子供、ね」

 木乃香に同意するように言った明日菜の言葉に、雄一は苦笑しながら答えた。

「そういうなって。俺だって、ネギがあんなに俺を慕っていてくれるなんて、思ってもいなかったし」

 雄一の言葉は、そのままだった。

 毎回、『仕事』から傷だらけで帰ってくる上、ときおり憂鬱になる態度まで見られて、よく嫌われていなかったな、と雄一は思っていたほどだ。

ネギが淹れてきてくれたコーヒーを飲みつつ、三人と談笑していると、突然、電話がなった。

 小さなディスプレイに映る相手の名前を確認すると、片手で携帯電話を開き、耳に当てる。そして、口を開いた。

「もしもし。あ、ああ、………え? まぁ、いいけど………つうか、随分急に決まるんだな。………はいはい、わかったよ。んじゃ、一人で行けばいいんだな? ネギは良い? あ、おう、わかった。了解、ンじゃな」

 誰かと電話をしていた雄一は、若干呆れた様子で携帯を折りたたみ、懐に入れる。会話が気になっている周囲の視線に気付くと、明日菜と木乃香に視線を向け、苦笑交じりに答えた。

「今日の夕方、『図書館島探検部』の活動があるらしい。ネギは来ていいっつってたが、来るか?」

「うん! のどかさんと話したいこともありますし!」

 ネギの言葉に、スープを飲んでいた明日菜が眉を潜めた。スープを入れているカップをテーブルの上に戻すと同時に、怪訝そうな表情でネギに尋ねた。

「そういえば、アンタ、よく本屋ちゃんと一緒にいるけど、仲良いの? 楽しそうだし」

「えへへ〜♪ 秘密です♪」

 笑うネギの顔を見て、雄一と明日菜はそれぞれ、視線を交わした。そして、同時に小首を傾げる。木乃香は分かっているのか、ネギと一緒に笑顔を浮かべていた。

 どうも、二人以外には理解できない事らしい。

 その後、朝食が終わり、各々の時間をとることとなった。

 キッチンで洗い物をしていると、(ネギが横に居て、ネギの洗ったものを雄一が拭くという連携を披露していた)、木乃香がトコトコと近付いてきた。

訝しげな視線を向けるネギと雄一へ、彼女はいつもの笑顔を浮かべたまま、口を開いた。

 

「そうや。明日、明日菜の誕生日なんえ〜〜」

 

 ――――一瞬、雄一は頭が真っ白になった。手に持っていた皿が、ずるりと雄一の手を離れていくところで気がつき、慌てて其れをしっかり掴む。

雄一は、落としそうになった皿を机に置くと、そこで小さく溜め息―――――眼をクワッと見開いて驚き、叫んだ。

「何ッ!?

 彼にしては珍しいボケをかましたが、残っている二人は天然属性――気がつく様子も無く、ネギは感心の声を上げた。

「そうだったんですか!」

「うんうん。本人は忘れとるで。せやから、二人とも、何の用事もなかったら、買物にいかへんか? 誕生日プレゼント買いに♪」

 当の明日菜は、すでにどこかに出かけているらしい。その間に明日菜の誕生日プレゼントを買いに行こう、というのが木乃香の提案だった。

木乃香の提案を聞いて、ネギはすぐに了承するが、雄一は申し訳無さそうに断った。「なんでや〜」と不満そうな木乃香へ、弁明する。

「午後に学園長に呼び出されて、な。そんなに時間が取れないんだよ。ネギは大丈夫だから、二人で行って来な。俺は、午前中に適当なものを買いに行くから。あ、夕方ごろには帰ってくるさ」

 そう言いつつも、雄一はすでにプレゼントを決めていた。そのために必要なものを買いにいくのにはそうでは無いが、作成段階で若干ではあるが、ネギ達の眼をそらす必要があるのだ。

なので、街に買い物をしに行くネギ達を見送った後、自身も家を出たのだった。

 

 

 

 

 その日、桜咲 刹那は、久し振りの休暇を味わっていた。

無論、彼女の仕事である「木乃香の護衛」が辛いわけではないのだが、さすがに毎日だと大変だろうと、学園長が高畑先生に頼んで、変わってくれたのだ。

「それでは、お願いします。高畑先生」

 建物の影で放たれたその言葉に、対面する男性教師は「ハハハ」と軽く笑いながら、了承の意を伝えてきた。

「ああ、任せてよ。君みたいに、上手く護れないかもしれないけどね」

高畑の言葉に、刹那は苦笑する。自分よりも強い相手にそういわれても、何か馬鹿にされている感じさえするのだが、それを感じさせないのが、高畑の人望なのだろう。

 木乃香のことを高畑に任せ、刹那は歩いていた。

 とはいえ、やることは、ほとんどない。もともと趣味というものがあるわけでは無いし、鍛錬だって朝のうちに済ませてある。授業の予習、復習はまだだが、取り立てて慌てるものでもない。

久し振りに刀でも磨こうと思い、女子寮に戻る途中――――――――。

「お、刹那か。おはよう」

 入り口で、その人物と出会ってしまった。

 駒沢 雄一。ガラスの槍を振るい、【裏の世界】の力を振るうことなく、異形の者達を倒していく、副担任。

その人物とであった瞬間、刹那は軽い驚きと共に、声を返していた。

「おはようございます、雄一先生。お出かけですか?」

 刹那の問いに、雄一は少し気恥ずかしそうに左手で頬をかく。

「ああ、ちょいっと、工具を買いにな。明日、明日菜の誕生日らしくて。いつも世話になっているし、感謝の意味を込めて」

「そうだったんですか。………私は、余り話した事がありませんから」

 刹那は、影ながら木乃香を護るのを信条にしていた。【裏の世界】を知られないようにする事もあるが、彼女の辛い過去の後悔が、木乃香に近づく事を拒否しているのだ。

 烏族でも、人間でも無い『化け物』――――自分の正体を知った時、もし、木乃香に畏れられたら、と思うと、自然と足が遠のき、胸が張り裂けそうになるのだ。

 だから、その木乃香の友人である明日菜に、近付けなくなっていた。

 む、と刹那は眉を潜めた。

(という事は、神楽坂さんは、雄一さんと仲が良いんですね)

 確かに最初の時、雄一と明日菜は他の人よりも親しげだった。そしてなにより、部屋が近いのである。

 なんでそのことに心がざわめくのか、まだ理解できていない刹那は、話題を変えることにした。

「そういえば、雄一先生。その腕、どうしたんですか?」

 ふと、雄一が首から腕を吊るしている事に気がついた。もともと傷が多いとはいえ、雄一がそれほど酷い怪我をするという事は、よほどのことが在ったのだ、と目算する。

 恐らく、昨日の大停電の時。そう見当をつけたところで、雄一が答えた。

「何、落ちた時にとっさに手を伸ばしたら、筋肉が千切れてな。三日ぐらいは動かないかもしれないが、すぐに治るさ」

 そうは言っても、雄一の顔や身体に走っている傷を見ても、それほど早く直るとは思えなかった。服などに隠れてはいるが、よくよく見れば様々なところに裂傷が在り、意外と傷が深い。

いろいろと聞きたいことがあったが、刹那は押し黙ってしまった。何故か、聞けないような気がしてしまったのだ。

「………大丈夫ですか?」

 どうにか搾り出した言葉が、其れだった。

 利き腕が使えないのなら、日常生活でもかなり支障をきたすだろう、という刹那の問いに、雄一は笑顔で答えた。

「ああ。左腕でも器用だからな。心配してくれてありがとう」

 そう言った瞬間には、雄一は刹那の頭を無意識に左手で撫でていた。

突然すぎる、不意打ち。それに顔を真っ赤にした刹那は、慌てて距離を取ると、雄一の顔を見てしまった。

 自分で分かるほど、顔が真っ赤になっていくのを感じた時には、口が動いていた。

「し、失礼します!」

そう叫び、刹那は駆け出していた。未だに熱を帯びていく両頬と、自分の胸に手を当てながら、眼を回していた。

(何なんだッ!? これはッ!?)

 未だに自分の感情をもてあまし気味の刹那は、その気持ちを知るわけもなく、奔っていく。

 その様子を見ていた雄一は、キョトンとした顔で、呟いた。

「なんだったんだ?」

 ――――恐らくだが、雄一には一生、分からないことなのかもしれない。

 

 

 

 

日曜雑貨店で目的のものを買い占めた雄一は、女子寮に戻る途中で意外な人物に出会うこととなった。

「む? 雄一か」

金色の長いウェーブがかった髪の毛に、人形のような整った顔立ちを持つ女子生徒――――エヴァンジェリンと、その『従者』茶々丸、チャチャゼロの三人だ。

彼女達と対面した雄一は、微妙に驚いたような表情で、口を開いた。

「珍しいな。お前がここらへんにいるなんて」

 雄一の言葉通り、ここは麻帆良学園の商店街。茶々丸がよくいるのは知っているが、エヴァンジェリンがここにいるのは、はじめて見たのである。

 その時だった。突然、頭になにかがぶつかってきた衝撃が走ったかと思うと、首の左右に何かが伸び、頭の上で何かが髪の毛を掴んできた。

カラカラと、変な音がした。

「ケケケ。雄一、ココデ会ッタガ百年目、殺シアオウゼ」

 雄一の頭に飛び乗ってきたのは、いつの間にか後ろに回っていた、チャチャゼロだった。顔は茶々丸そっくりだが、その凶暴性と性格、さらには趣向も危険な、雄一の天敵でもある。

 チャチャゼロの、おどけた声とは違う危険な言葉に、雄一は頭を抱えた。

彼女の中では、雄一の株が結構高い。それほど強くない事を自覚している雄一は、ため息混じりに答えた。

「俺は殺人狂でも戦闘狂でもない。二度と戦わん。つうか、手を出した瞬間、エヴァンジェリンの封印を無効化するのを止めるからな」

「ソリャ、残念ダ」

 雄一の脅し文句にも決して怯まず、心底楽しそうにカタカタと笑うチャチャゼロにやりにくさを感じながら、雄一はエヴァンジェリンを眺めた。

ふんぞりがえっている幼女は、なにやらご機嫌らしく、かすかな微笑だけを浮かべていた。大仰な手振りを見せつつ、横柄な態度で口を開く。

「どうせだ。雄一、貴様も茶に付き合え。『封印』の無効化の礼ぐらい、してやらんでもない」

 雄一は、エヴァンジェリンの言葉を聞いてから、とりあえず、ちょいちょいと茶々丸を手招きした。それに気がつき、音も無くスッと近付いてくる茶々丸へ、耳打ちする。

(そういえば、絡繰。俺の秘密、エヴァンジェリンには喋ってないのか?)

 雄一の秘密―――其れは、他ならぬ『武装』の事だった。

 茶々丸は、エヴァンジェリンにとってみれば、最高の『従者』である。エヴァに情報提供するときには、喋るのが当たり前だったが、彼女ほどの知能を持つ相手にばれると、事が大変なのである。

しかし、茶々丸は静かに首を左右に振った。雄一にかなり近い距離で、しれっと答えた。

(ええ。聞かれていませんから)

 戦闘が始まる前、エヴァンジェリンは雄一の情報を集めるのを止めていた。そのおかげで、雄一の『武装』に気付いていないらしい。

良かったと思い、雄一は再度、茶々丸に頼んでみる。

(悪いんだが、俺の秘密、黙っていてくれないか? ばれると色々面倒なんだ)

「なにを話しているんだ? おい。………コラッ!」

 金髪幼女の言葉を背にしながら、茶々丸は答える。

(………分かりました)

 言葉の口調で重要さが伝わったのか、茶々丸は静かに頷いてくれた。素直な生徒だあぁ、等と感心していると、茶々丸は言葉を続ける。

(確か、幼女趣味、でしたか)

「違うわッ!?

 茶々丸へ、雄一が亜音速のツッコミを入れる。しかし、さすがは最新鋭のガイノイド――――まったく、効果がない。彼の周りに集まる機械の類は、ネジが外れるようだ。

 そこで、幼女の堪忍袋の緒が切れた。

「………貴様ら、私を無視して仲が良さそうだな!」

 そんなわけ(?)で、雄一とエヴァ一家は、喫茶店に入ることとなった。

回りから奇異の眼で見られるが、すでにそんな事に慣れている雄一は、エヴァンジェリンと対面して座る。なお、エヴァンジェリンの横は茶々丸で、雄一の横はチャチャゼロだった。

 二人の話の内容は、それぞれの情報交換。

「六年前、ネギがナギを見たらしい」

ナギ・スプリングフィールドが生きているかも、というネギの情報に、エヴァ(途中で、こう呼んでいいといってきた)は驚き、怒りを隠せないようだった。

その話の流れで、京都にナギの別荘があると聞いた。

 しかも運がいい事に、今年はネギの為に京都旅行になっていた。まぁ、近代日本化しているハワイより、京都や奈良のほうが面白いと、雄一も思っていたのは、秘密である。

 ちなみに、エヴァはもう、『登校地獄』の封印が効いていないそうだ。どうやら、雄一の『フォトン』の作用で、『魔力』を封じる『呪い』を完璧に開かないと効かないらしい。

だからといって学校を休んだり、違う街に出かけたりするつもりは、無さそうだ。

 エヴァは執拗に雄一の能力を探ってきたが、それだけは公言しなかった。ヘタに公言して狙われるようになったら、この世界に、『アカツキ』が来る事になるかもしれないからだ。

 幸い、エヴァは深く追求してこなかった。後は、それなりの時間が経つまで、彼女と茶請け話を広げるだけである。

 そして。

「じゃあな、先生、雄一。闇夜の一人歩きには気をつけることだ」

「ケケケ。マタ遊ボウゼ。雄一ヨ」

「それでは先生、失礼させてもらいます」

 三人とは、喫茶店の前で分かれることとなった。

今日は、『呪い』が聞かなくなった記念に、三人で出かけるそうだ。雄一も誘われたが、この後宇宙外生命体に会いにいかなければ行けないので、丁重にお断りした。

 エヴァンジェリンの魔力供給があるチャチャゼロは、茶々丸の頭の上からカラカラと笑っていた。あの時の戦闘で雄一のことをいたく気に入り、気軽に話し合える存在になっていたのは、雄一自身も驚きである。

 そのエヴァたちと別れ、雄一は一路、学園長室にむかった。

 

 

 

 

 

「――――御主は誰じゃッ!?

「………は?」

 いたって普通にノックをし、学園長室に足を踏み入れた雄一を待っていたのは、そんな言葉だった。

 開口一番、悲鳴を上げるように叫んだ学園長へ、雄一は眉を潜めた。

 其れは、そうだろう。いたって普通に入ってきたのに、その言い方はあまりにも酷い。

 その学園長は、血走った眼を見開き、叫んだ。

「雄一君じゃったら、問答無用でこの部屋を吹き飛ばすはずじゃ! 御主、偽者じゃな!?

「――――学園長が俺のことをどう思ってるか、わかったよ」

 顔を引き攣らせ、雄一は左腕をそっと持ち上げる。その動きは、いつも自分の手首を切って血≠つけ、プラズマ・ストライクを打ち込む、自虐極まりない動作だった。

それにビクつく学園長を見下ろし――――息を吐いた。

「いや、学園長には感謝しているさ。仮とはいえ、封印から開放されたエヴァと、俺たちに何のお咎めも無しなんだから、な」

 雄一の素直な感想は、それだった。

仮にも学園の全権限以外にも、関東圏内に存在する魔法使い£Bへ、多大な影響力を持つ近衛 近右衛門の管理下で、エヴァンジェリンという賞金首の封印を無効化したと聞かれれば、どれほどの批難が来るか分からない。最悪、雄一とエヴァンジェリンが処分されていた可能性だって、あった。

案の定、『魔法先生』や『魔法生徒』の受けが悪く、そのことは雄一も知っている。突如封印が解けたエヴァンジェリンを危険視し、倒そうとする輩だって出たらしい。

 しかし、学園長はそのようなことをおくびにも見せず、事も無げに口を開いた。

「フォ? エヴァンジェリンの封印は解けているわけではないし、魔法≠使ったわけじゃないからのぅ。それに―――っと、これは置いておくかのぅ」

 学園長が言葉を濁し、雄一が怪訝な思いを抱く。しかし、決して学園長は口を開こうとはしなかった。

実は、戦った後、エヴァはそのまま学園長室に向かっていたのだ。

 彼女が学園長に持ち掛けてきたのは、取引。今までの関係を続けてやる代わり、自分達に干渉するな、といってきたのだ。

 学園長としては、エヴァンジェリンの実力を知っているし、それが力を貸してくれるといっているのだから、悪い話ではないし、心強い事この上ない。

そして、それを引き合いに、他の『魔法先生』や『魔法生徒』を押し黙らせ、彼女との協力体制を引いたのだ。

 それに、と胸中で、区切る。

(まさか、自分から買って出るとは、のぅ。雄一君なら、もしものことがあっても彼女を止めるじゃろうし。本当に、彼には感謝じゃ。………なにやら面白そうな事になりそうじゃし♪)

 学園長がそう考えた瞬間、雄一がブルッと震えた。左腕だけで体を抱きながら、呟く。

「? なんか、今物凄く学園長を吹き飛ばしたい衝動に駆られたんだが………何故だ?」

 勘が鋭いのか鋭くないのか分からない雄一に、学園長はびくびくと震えながらも、頭を左右にふる。

 やがて、雄一は何かに気がついたように、口を開いた。

「それで、今日はなんで呼ばれたんだ?」

 当然過ぎる雄一の言葉に、学園長は顔を上げ、口を開いた。

 

「実はのぅ。来週から始まる修学旅行なんじゃが、中止の危機なんじゃ」

 

 学園長―――いや、宇宙外生命体『ガクエンチョウ』から出た、唐突過ぎるその言葉に。

雄一は爽やかな笑顔を浮かべつつ、しっかりとグエディンナを学園長の首下に付きつけながら、口を開いた。

「いきなり宇宙外言語で言われても、わかんないだろうが。これで、もしも日本語で「修学旅行が中止」なんていわれたら、このまま腕を動かしそうだよ」

「さ、ささっとる! ささっとる!!!」

 しっかりと槍の先端が刺さり、悲鳴を上げるガクエンチョウへ、雄一はいきなり掴みかかると、叫んだ。

「みんなの楽しみを奪うたぁ、いい度胸じゃねぇか! お望みどおり、全力でプラズマ・ストライクを撃ちこんでやる!」

 その言葉と共に、雄一の腕からパリパリという音が、鳴り響く。其れを聞いたガクエンチョウは、慌てたように叫んだ。

「り、理由があるんじゃ! き、聞いとくれ!」

 ガクエンチョウの叫びに、雄一の動きが止まる。怪訝な思いをしながらも、グエディンナを収容すると、適当に投げた。

 クルクルと廻って落ちて行ったグエディンナは、そのままガクエンチョウの頭に刺さる。どくどくと血を流すガクエンチョウへ、雄一は半眼で告げた。

「んで? 理由っつうは?」

「ふむ、実はな――――「理由っつうのが魔法♀ヨ係のいざこざだったら、問答無用で吹き飛ばすからな?」………」

 ガクエンチョウの言葉にかぶせるように放たれた雄一の言葉に、ガクエンチョウが一瞬で押し黙る。

数十秒間沈黙が続いた後、雄一は大きく溜め息を吐き―――――

 

「やむを得ない、か・・・」

 

 双眸を妖しく輝かせながら、幽鬼のようにスローイングダガーを、腰から取り出す。血の気が引くガクエンチョウを尻目に、血≠フ入ったカプセルを引っ張り出し――――――

「ま、待ってくれ! 儂とて、そのいざこざを快く思っておらん! じゃからといって武力衝突するわけにもいかんし、儂は仲直りをしたいのじゃ! しかし、この学園に今、それをなしえる存在がおらんのじゃよ! じゃから、ネギ君に親書を渡してもらおうと思っておるのじゃ!」

 雄一の世紀末覇者のような笑顔を見て死を確信したのか、ガクエンチョウが悲鳴を上げるように理由を並べる。

それを聞いた雄一は、ガクエンチョウを睨みながら―――――

 ガクエンチョウの頭に刺さっていたグエディンナを引き抜くと、元のホルダーに血≠フカプセルとダガーと一緒に、戻す。

溜め息混じりに頭を抑えながら、口を開いた。

「ま、どこの世界にも縄張り争いはあるわけだし、なにやら深い意味合いもありそうだし、今回だけは協力するさ。どっちにしろ、それを届けるんなら修学旅行を許すんだろ?」

 雄一の言葉に、ガクエンチョウはようやく安堵したように息を吐くと、答えた。

「うむ。まさか、向こうも一般人を巻き込む事は無いと思うんじゃが、な。もしもの事があるといかん。そこで、ネギ君と御主に、親書を渡してもらいたいのじゃ」

 ガクエンチョウの言葉に、雄一は納得したようにすぐ頷くと、不敵に笑った。

 そして、いつもの口調で、告げる。

「安心してくれ。俺が俺である限り、生徒に指一本、触れさせん」

 雄一の言葉に、ガクエンチョウが微笑む。互いに笑みを交わした後、ガクエンチョウが口を開いた。

「フォッフォッフォ。御主は、自分の事を弱いという割には、自信満々じゃな」

 そう、雄一の言葉には、奇妙な安心感があった。

 彼は、戦闘面では確かに、弱い。槍の道を究めているわけでもなく、戦闘時、常に『武装』するわけでもなく、積極的に『フォトン』を使うわけでも無い。

 なのに、雄一は、ここに来て負けたことがなかった。けっして強くはない彼が、何故ここまで戦えるのか、学園長には理解しようにも、出来なかった。

 だが、それでも雄一の戦闘には、裏付したような確かな『強さ』が、あった。それが優しさなのか、退かないことなのか、恐れないことなのか、未だに理解できないが。

 

 それが、恐らく雄一の強さなのだと、ガクエンチョウは感じていた。

 

 

 

 

 

 雄一は、女子寮に戻って明日菜の誕生日プレゼントを創っていた。利き腕ではないので、テーブルの上に万力を置いて、其れに基礎になるものを挟むと、左手を器用に動かして加工していった。

 腕は動かないが、右手は動くのでゆっくりと削っていく。ある程度出来上がったところで、雄一は自分の右腕からブレスレットを外すと、自分を納得させるように呟く。

「なんだかんだいって、これから【裏の世界】に顔を突っ込みそうな明日菜だし。ちょいっと過保護かもしれないけど、これぐらい必要だろ」

 そう言って、自分のブレスレットの後ろ側から、小さなチップ状の物を取り出し、出来上がったそれに細工する。仕上げ、とばかりに、グエディンナで形を整えた。

二時間ほどして出来上がったそれを眺め、満足げに頷く。それを箱に入れ、買ってきた包装紙に入れれば、完璧だ。

 少しよれよれになった紙袋を眺めながら、頷いた。

「これでよし、と。今何時だ?」

 満足げにプレゼントをしまうと、時計を見上げた。そろそろ夕刻―――そう思っていると、突然部屋の扉が開いた。

 そして、元気な声と静かな声が、部屋に鳴り響いた。

「おぃ〜〜〜すッ! 駒沢先生! 出かけるよ!」

「失礼します」

「………お邪魔します」

 入ってきたのは、パル、夕映、宮崎の三人だった。雄一は軽快に返事をすると、玄関に向かう。

 部屋から出てきた雄一を見て、最初に宮崎が声を上げた。

「先生! 本当に、怪我、したんですか………?」

 痛々しい雄一の姿を見て悲鳴を上げる宮崎に、雄一は苦笑する。気恥ずかしそうに頭をかきつつ、答えた。

「ああ、ちょっと、な。あんまり気にしないでくれ、三日ぐらいで治るし」

 そこで雄一は、宮崎の言葉の中に、怪訝な思いを抱いた。

宮崎の言葉の中にあった、「本当に」という単語。それは、事前に誰かから聞かされているということを示唆しているのだ。

雄一の怪訝な思いを払拭するように、彼女の後ろから声が掛けられた。

「だからいったでしょ? こういう奴なのよ、雄一は」

 その言葉に、雄一は理由を悟った。

「って、明日菜か。それに、木乃香、ネギ。どうしたんだ? 一体?」

 三人の後から入って来たのは、明日菜と木乃香、ネギのいつもの三人。

 しかし、雄一の予想以上の人間が、外にいた。

「雄一先生。ご機嫌は如何ですか?」

「雄一! 邪魔するヨ!」

「「邪魔するよ」です」

クーフェイと雪広 あやか、そして鳴滝姉妹まで、そこにいた。それぞれの挨拶に軽く返答しながら、雄一は苦笑した。

「これまた、大所帯だな。何なんだ?」

雄一の問いに、明日菜がなぜか顔を真っ赤にして、頬をかきながら呟いた。

「あ〜〜〜………なんていうか、さ、私、明日が誕生日なんだけど、皆が祝ってくれるらしくて。アンタも、誘ってあげないと可哀想かなって思って、さ。あ! べ、別にアンタのためじゃないんだから!」

 その言葉に、雄一は納得した。

みんなの素直な厚意が恥かしくて顔を真っ赤にしていう明日菜に、クーフェイや鳴滝から茶化す声が上がる。顔を真っ赤にして反論している明日菜に苦笑しながら、雄一は答えた。

「おう、ありがとな。って、ことは、木乃香とネギは、もうプレゼント渡したのか?」

 今日出かけた二人の目的は、明日菜への誕生日プレゼント。其れが一緒にいるというのだから、在る程度予想できた。

 それを肯定するように、二人は答えた。

「うん!」

「オルゴールを上げたんえ〜」

 嬉しそうに返事をする二人を見て、雄一も嬉しそうに微笑む。明日菜も恥かしそうに頬をかいているので、やはり嬉しいのだろう。

なら、と思い、雄一は皆に断りを入れ、一旦部屋に戻った。部屋において置いた包装紙を引っ張り出し、戻る。

 突然行動を起した雄一を見て、怪訝そうな表情を浮かべる明日菜へ、それを渡す。渡されたものを見た明日菜の表情が驚きのものへと変わっていくのを見ながら、祐一は苦笑しながら言った。

「手作りで、俺のデザインだから、気に入らないかもしれないが、ネックレスだ。最近は、色々と危ないから、魔よけに、な」

 雄一の恥ずかしそうな言葉に、明日菜がなぜか顔を真赤にする。

これで反応したのは、明日菜ではなく他の人間だった。後ろから「凄い!」「見せて見せて!」とせがまれ、さらには眼を輝かせている皆の視線に負け、明日菜が包装紙を広げてみせた。

 丁寧に包装された箱の中に入っていたのは、ガラスのような結晶で創られた、菱形の細かい彫刻の彫られた、ネックレスだった。透明だからその凹凸が分かりづらいものの、中心に填められた蒼い水晶球を囲むような装飾は、職人顔負けの出来上がりである。

「「「「すごぉ〜〜〜〜〜い(アル)!」」」」

 同時に歓声を上げる皆を置いて、明日菜はそれに魅入っていた。呆けたように見ている明日菜へ、雄一は笑顔で、いうべき言葉を紡いだ。

「誕生日、おめでとう。明日菜」

 その、雄一の言葉に。

「………ありがと。大事にするわ」

 少しだけ恥かしそうに、其れでも笑顔で、明日菜が答えた。

 明日菜はさっそく、ネックレスを首に通した。胸元で輝くネックレスを見て、それに呼応したように皆が誕生日を祝う言葉を紡ぎ、鳴滝姉妹等はネックレスを食い入るように見ていた。

(………)

 明日菜のネックレスを神妙な面持ちで見ていたのは、宮崎だった。

明日菜当人は、雄一のことを特別な感情で見ていないのを知っている。とはいえ、こうやって見ると、本当に仲が良い。

 宮崎は、明確ではないとはいえ、雄一のことを好ましく思っていた。どうして明確じゃないのかと聞かれると、自分と雄一との間に距離があるから、だと彼女は思っている。

 しかし、それは彼女だけの考えではなかった。一番近いと思っているネギでさえ、雄一のことを理解しているとは、いいがたいのだから、其れは生易しいものではない。

 悲しげに肩を落としていると、機敏に察したネギが、声をかけた。

「宮崎さん。雄兄は、本当に深い意味も無いと思いますよ? 明日菜さんとは、いつも仲が良いですから。だから、頑張ってください!」

 ネギの言葉に、心配そうな表情を浮かべた夕映が、続いた。

「そうなのです。雄一先生は、休日に会ったぐらいで何の下心もなく、御茶に誘う男性です。気にしていたら、負けますよ」

「ネギ先生、夕映………」

 何を隠そう、雄一ファンであるネギは、宮崎が雄一に好意を抱いている事を知っている人間の一人だった。ネギはネギで、その恋を応援している立場であり、夕映も同じ立場だった。

 ちなみに、もうハルナも知っている。ハルナは基本的に客観的な立場でいるが、仲が良い夕映とネギは、共に内気な宮崎を後押ししているのだ。

 その時、ハルナの声が響いた。

「ッというわけで! 先生! これからお誕生日会前夜際を開催するよ! ほらほら、財布を持ってでてくる!」

「「うわ〜〜い!」」

 鳴滝 風香と史伽に引っ張られ、雄一は「こらこら、引っ張るな」とお父さんのようなことを言いながら、数人と共に家を出て行った。

 その背中を見ながら、宮崎が頑張ろう、と自分を勇気付ける。其れを見た夕映とネギが、それぞれ微笑んだ。

 そういうわけで、雄一はクーフェイの薦めもあり、明日菜の誕生会は【超包子(チャオパオズ)】でする事になった。屋台で宴会をするようなものだが、同じクラスの四葉 五月――通称、さっちゃんのおかげもあり、貸し切り状態だ。

 最初は静かだった広場だが、騒ぎを聞きつけたクラスメイトが集り、世界樹広場前は一気に活気を得始めた。

 そしてその片隅で、たった一人の人間が顔を蒼くしていた。

「いやいや、先生も太っ腹ネ。――――団体割引しておくヨ」

「………悪いな、超」

 

 バンバン注文をしている一行を背に、強制的におごり役となった雄一は、顔を蒼くしていた。全てが自分の財布から出ていく喪失感を覚えながらも、早めに勘定を済ませるべく、会計をしていたのだ。

 その不憫な雄一の前にいるのは、両頬に紅い点でもついているような笑顔を浮かべる、中国娘の超 鈴音(チャオ リンシェン)だ。

パオと呼ばれる髪飾りを揺らしながら微笑む彼女へ、雄一は苦笑交じりに、あるカードを差し出す。

「一括で良いから、追加するたびに切ってくれ」

「分かったアルが、先生、大丈夫カ?」

 雄一が差しだしたカード――――実はこれは、ガクエンチョウのクレジットカードである。別に盗んだものでも強奪したものでもなく、拾ったものだ。

 なので、満面の笑顔で答えた。

「ああ。いくらでもいいぞ。いくらでも」

「そ、ソウカ………。で、先生、腕は平気アルカ?」

 超の心配そうな言葉に、雄一は「大丈夫だ」と軽い口調で、答えた。会うたびに誰かが心配してくれる皆を微笑ましく思いながら、雄一は超に断りをいれ、席に戻る。

席―――正確に言うと、屋台の横に急遽配備された、畳に戻ると、隣に宮崎が座っていた。

さっきまで隣に座っていたネギはどうしたのだろう、と視線でネギを探すと、途中で参加してきた楓と一緒にカラオケを歌っているところを見つけたのだ。

どうでも良いのだが、カラオケなんて屋台につけて良いのか? と雄一は考える。

(騒ぎ好きとはいえ、近隣迷惑になると思うのだがなぁ)

 そんなことを考えながら、席に座り、隣の宮崎へ声をかける。

「よ、宮崎。………大丈夫か?」

「は、はひ! 大丈夫です!」

 宮崎の男性恐怖症は、筋金入りだった。

男性に触れただけで身体を硬直させ、逃げ出す。話しかけるだけでビクッと身体を跳ね上げる。さらには、雄一が話しかけると極度に緊張してしまうのだ。苦手に思われているのか、と思ってもいた。

 どこぞかの白イタチの所為だ、と雄一は責任を擦り付ける。そんなことを考えると、あることに気がついた。

(あれ? 最近、見かけないな?)

 思えば、エヴァ戦辺りからカモを見かけなくなった。何処に行ったのかなぁ、等と考えていると、宮崎がおずおずと声をかけてきた。

「あ、あの、先生。食べないんですか?」

 話しかけてきた宮崎に、雄一は視線を向ける。真っ向から見ることが出来るようになったのも最近の事で、未だになれていないのか、頬が赤い。

 ネギとの差に釈然としないものを感じつつ、答えた。

「この手じゃ、肉まんが精々だからな。それに、あいつ等が危ないからな」

 視線を、他の連中に向ける。先ほどから、ジュースを飲んで顔を真赤にし、騒いでいるパルや明日菜、ネギに木乃香を見ていると、ひやひやして仕方ない。

(どうでもいいが、それはお酒じゃないよな? だよな?)

 背筋に寒気が走りながらも、言葉を続けた。

「………ま、ゆっくり食べるよ。それより、宮崎もあんまり食べてないようだけど、いいのか?」

「え、その、あの………」

 そこで、会話が途切れてしまう。前髪を切って美人な地が出て来たのはいいが、俯き加減では、あまり意味がないように、雄一には思えた。

 その時、遠くでパルの目が光った――――気がした。

「ほらほら、のどか〜〜〜。これでも飲んで、落ち着きなさいって」

 そういい、紅いジュースをコップへ注ぐパル。その友人の行動に、宮崎は笑顔で答えた。

「あ、うん。………ありがとう」

 ニヤニヤしながら、紅いジュースを渡すパルを見て、雄一は一瞬、嫌な予感がした。

(ジュース、だよな?)

 明確な危機感が雄一を焦がした時、宮崎が其れに口をつけた。紅い液体が宮崎の唇から、喉に入っていった瞬間。

彼女の顔が、一気に真赤になった。頂点に達して、頭から何かが噴出したあと、ふらふらと倒れそうになる。

雄一は慌てて、彼女を支えた。その時にした匂いを嗅いで―――――。

「って、酒じゃねぇか! パル! 何してるッ!?

「あ、ごめん、間違えちった♪」

 雄一の言葉に、パルが笑って答えた。その笑顔を見て確信犯だ、と理解した雄一は低く唸りながら、先生として愛の鉄拳を脳天に叩き込む。

そして、ふと気が付いた雄一は、いつの間にか―――――宮崎に絡まれていた。

「しぇんしぇ〜〜♪」

 眼をトロン、とさせ、顔を真っ赤にして雄一の裏側から抱きついている宮崎。喉からゴロゴロと鳴らせるなら鳴らしそうな宮崎を背に、雄一は放心していた。

 何とか気を取り直し、傍観している夕映へ、声をかけた。

「なぁ、夕映っち。先生としては彼女が寄っていると、色々と問題なんだが」

「素直になっただけです。自白剤と同じです」

「余計ダメじゃん!」

 夕映の言葉に、雄一が高速で突っ込みを入れる。

(っていうか、自白剤を飲んだとしても、こうやって絡んでくると言う事は、絡み願望でもあるのか? それとも、いつもの反動で逆に男性にくっ付きたくなるとか? ………どれにしても、彼女にお酒を飲ませるのは、止めておいたほうが良いな)

 宮崎には絶対お酒を飲ませない、ということを心から決めた雄一へ、宮崎が擦り寄ってきた。

「しぇんしぇ〜。夕映ばっかりぃ、構ってぇ酷いですぅ。私も構ってくださいよぉ〜」

 そう言って、胡坐をかいている雄一の足元に、宮崎はその華奢な身体をもたれる。そこに、いつもの男性恐怖症の彼女の姿はなく、ただの大きな猫がいるだけだった。

「………もはや別人だな、宮崎」

 雄一がそう呟いた瞬間、宮崎がガバッと起き上がった。突然の事に驚く雄一へ、とろんとした眼でにらみつける宮崎は、先ほどよりもきちんとした口調で、口を開いた。

「なんで、私だけ苗字なんですか?」

 その言葉に、雄一は大きくため息を吐くと、頭を抱えた。

「………あれか。最近の女の子って、名前で呼ばれたいのか?」

 意外な発見をした雄一を横目に、宮崎は突如、顔を歪めた。

「………うぐっ。私、可愛くも無いし、え、ふえ、引っ込み思案だし………んぐっ。………先生が嫌がるのは、分かるんですが………ふえええ」

 と、いきなり泣き出した。其れを見た雄一は、慌てて彼女に言葉を返した。

「ああ! 宮崎―――じゃなくて、のどかだって十分可愛いし、嫌がってないから! ほら、な? 泣き止めよ………」

 突然泣き出した宮崎―――のどかをあやしながら、自分が涙に弱いことを痛感していた。

のどかは、名前を呼ばれたからか、もしくは可愛いといわれたからなのか、それとも酒の所為なのか、顔を真赤にさせたまま、雄一を見上げ――――無邪気に微笑む。

 不覚にも、ドキッとしてしまった雄一へ、彼女は抱きついた。

「えへへ〜〜〜♪」

 嬉しそうに頬を腹に摺り寄せてくるのどかの頭を撫でながら、雄一はホッとする。

「………はぁ」

 ようやく安心したように溜め息を吐いた瞬間だった。

 

「おや、先生。嬉しそうだね」

 

「ええ、全くです」

 

 氷よりも冷たい声が、響く。

 

自分の背中に冷たい氷が走ったかのような寒気に、雄一が背中をピンとさせ、震え――――後頭部に、ジャキッという音と共に冷たい何かが、後頭部に押し付けられた。

それと同時に、すらりとした刀身が、左下の視界に入ってくると、ゆっくりと首元へ突きつけられる。

 龍宮 真名と桜咲 刹那の二人が、其処にいた。

 真名は楓に誘われ、刹那は木乃香の護衛として近くに潜んでいたのだ。

「あ、せっちゃんや〜〜〜〜〜♪」

「ああ、危ないでござるよ」

 これまた顔の紅い木乃香が、刹那に近付こうとするが、楓が止めた。ニコニコしている彼女の顔には、確かに青筋が走っているのを、ネギだけが見ていた。よくよく見ると、頬が引き攣っているのも、分かる。

 真名と刹那に睨まれ、動けば死ぬ状況で一歩も動けない雄一と、抱きついたまま眠ってしまったのどか。

確実に死の階段を昇っている雄一へ、死刑宣告よりも冷たい声が、響いた。

「それで、先生? 先生が怪我をしたと聞いて心配してきた私に、何か言う事はないかい?」

「ええ。あれから心配でしばらく様子を見ていた私にも、何か言いたいことがありますか?」

 その二人の言葉に、何かを言い返したいが、首筋と後頭部に感じる冷たい感触で、一言も喋れそうにない。

のどかの手を剥がそうとするが、恐怖で手が振るえている上に、何故かガッチリとつかまれていて、外れそうになく、傍目から見たら手を繋ぎあっているように見えた。

 さらに殺気が増した2人へ、雄一は搾り出すように、口を開いた。

「あ、ああ、その、なんだ? 宮崎―――のどかも、酔っているわけで、でも俺が認めると皆がかわいそうで、その、ええと、その………」

 宮崎といった瞬間、信じられない強さでホールドスリーパーを掛けられ、慌てて言いなおす雄一の言葉へ、二人は何も返答せず、夕凪に映った刹那の眼が、スッと細められた。

 

 これが最後だ、と思い―――――雄一は呟いた。

 

「俺、何にも悪くないよね?」

 

 

 次の瞬間、屋台の横においてあった畳みが吹き飛ばされた。

 

 

その爆心地にいた雄一は、後日、包帯まみれの姿で、こう言ったという。

「ええ。彼女たちの前だと、足が震えてしまうんです。ほんの少しだけ、宇宙外生命体の気持ちが分かったような気がします」

 こうして、雄一は、明日菜の誕生日会だというのに、彼女のことを祝う事もできずに、気を失ったのだった。

 

 

 

 

 後日談。

 昨日あったことを聞いて、のどかは顔を真っ赤にして半日寝込んだという。パルの連絡を聞いて、雄一がお見舞いに行くと、さらに顔を真っ赤にしていた。

 とりあえず、これからは名前で呼んで言い旨を伝え、雄一は部屋に戻った。

 その後、不機嫌な真名と刹那に追及を受け、身体ボロボロになったのは、いうまでも無い。機嫌を直すのに、餡蜜11個と13回連続組み手を喰らい、雄一の身体はさらにボロボロになったという。

ちなみに、明日菜は雄一の創ったネックレスを、他の皆に茶化されても、毎日してくれていた。

「貰ったものだしね」というのは、明日菜の言葉。

 そして、明日菜がそのネックレスの真の価値を知る事になるのは、もっと後の事となるのは、今はどうでもいい話だ。

「………ま、平和だってことだ」

 ふと見上げた麻帆良の空を見ながら、そんな日常も悪くない、と雄一は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の伴う、研究室。そこに静かに佇んでいた銀色の髪を持つ女性は、静かに眼を開けた。

「………それで、マスターの場所は、把握出来たか?」

 レウィンの問いに、研究室にいた男の一人が、声を上げた。ボサボサ髪の眼鏡をかけた男だが、不思議と清潔感がないわけではない、細身の男―――藤次は、答えた。

「正直、発信機の特定は、出来ている。【神】の言葉通り、平行世界に飛ばされているんだろう。なにやら、『時空塊』の向こうにあるし」

 地球の裏側でも見つかる発信機の信号は、細く弱く、『時空塊』―――対消滅≠フ際に起きた、小規模で休止しているブラックホール――――の中から、発信されていた。

 爆心地は、日本の埼玉県。特A級配備をしていたので、住人に被害はないが、地図の上から、市が一つ、消えていた。

 それと共に、未だに存在する『時空塊』。それは、なにをしても効果がない。

「場所が特定できても、帰ってくる方法がない。・・・竜紀達が聞いたら、怒り狂うが、もう、アイツはこの世界の住人じゃあ、ないんだ」

 藤次の言葉に、レウィンは小さく、眼を伏せた。自身の記憶の中に宿る、雄一の最後の姿は、光の粒子に消える、その背中だけだった。

 そして、それを起こした存在――――嫌味なまでに神々しい姿を持った、【敵】を思いだしながら、レウィンはつぶやく。

「………マスター」

 間違いなく、この世界を救った存在―――駒沢 雄一。彼女のマスターでもある彼は、すでにこの世界から、姿を消していた。

 そして、【神】の言葉通り、戻って来られない。

 理不尽だ、と思考回路が打ち出す。しかし、それでも、世界は彼を拒絶した事実だけが、ある。

 そのレウィンへ、藤次が、告げた。

「おそらく、お前なら―――一方通行だが、向こう側に行くことが、できるだろう。戦闘状態から『武装』してもらう事になるが、な。だが、お前の戦闘能力は今のご時世には必要だし、連れて行かせるわけにも行かない。………だから、お前の量産機を送る事になる」

 藤次の言葉に、レウィンは少しだけ、寂しそうな顔をした。ややあって、口を開く。

「そいつをここにおいて、私が行くわけには行かないのか?」

 本当なら、今すぐマスターの元に向かいたい―――そんなレウィンの言葉に、藤次は首を振った。

「性能は問題じゃないんだが、問題なのは『お前が向こうにいける』と言う事だ。竜紀や凛香、京子に遊里、もちろん俺だって、アイツの後を追いたい。でも、な。『アカツキ』は完全に滅んだわけじゃないんだ」

 藤次の言葉に、レウィンは、頷く。

 雄一は、この世界に戻ってこられない。【神】の話では、全てを忘れ、違う世界にいるのだ。

 そして、ゆっくりと見上げる。

 カプセルの中に居るのは、自分よりも髪の毛の短い、同型機。レウィンの記憶と思考回路を受け継いでいる、もう一人の「レウィン」。

「………お前は、幸せだな」

 自分と同じだというのに―――。

 そう呟いた瞬間、藤次が溜め息を吐いた。訝しげに視線を向けるレウィンへ、彼は苦笑めいた顔を浮かべ、口を開く。

「と、いうわけで、だ。お前は、アレに入れ」

「………なんだと?」

 突然の藤次の言葉に、レウィンが声を上げた。カプセルの中に入っている髪の短い「レウィン」を見上げ、藤次は続ける。

「お前のコピーは、お前のオリジナルに入る事になるが、オリジナルのお前は、雄一に会いたいんだろ? 俺たちじゃ会えないから、お前に会ってもらいたいっていうのが、他の皆の意見だ。そして、伝えてもらいたいんだ。雄一に、「ありがとう」って」

「………いいの、か?」

 レウィンに、否定の言葉は、ない。あるのは、希望が見えたことに対する、明るい表情だった。

行っていいといわれたなら、向かい、彼の背中を支える。それが、彼女と雄一との関係なのだから。

 其れを知っている藤次は、微笑んで答えた。

「ああ。だが、成功の可能性は、けっして高くない。それに、コピーのお前は、ここにいるんだからな。別れでは、ないさ」

 そう言って、微笑む藤次。自身の作成者の言葉に、レウィンは頭を下げた。

 そして、万感の思いを込め、口を開いた。

「ありがとう。………ファザー」

「いいんだ。決めたんだろ? 雄一の、紡ぐ世界を見て生きたいって」

 レウィンが望む事―――それは、雄一の行く末、歴史、子孫を、彼女の手で護ると言う事だ。子供を授かる事が出来ぬこの身だが、だからこそ出来る幸せを、レウィンは、感じたかった。

 新しい、自分の躯を眺め、レウィンは―――笑顔で藤次に振り返り、告げた。

「では、行ってくる」

「ああ、行って来い!」

 それは、ある場所での、出来事だった。



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