さて、人には越えなければならない壁と言うモノが、確実に存在する。それを、人は転機と呼んだり、試練と呼んだりする。

 俺も、多くの試練を乗り越えてきた。『ルシフェル』日本本部【メルギド】の総司令と隊長、そしてA級『アカツキ』との戦い―――――そして決別。

 だが、その全てを乗り越え、俺はここにいた。かつていた大事な者達と別れ、今出来つつあった新しい大切な者を、全て護るため。

 だから、この血≠手に入れたのだ。

 そして、振るうのは――――――いまだ。

 

 

 

 

 第十話 吸血鬼って鬼の一種?  後編

 

 

 

 

 朝、窓からネギが入って来た。台所が何故か酷い事になっていたが、ネギは目もくれず、居間に向かう。そこに、その人が居ると、思ったから。

 居間に座っていたのは、お目当ての人物―――駒沢 雄一。眼を瞑り、ジッとしていたが、やがて顔を上げると――――

 

「あ、足が痺れたぁ………」

 

 ズコッと、ネギがこけそうになった。真剣な空気が一変し、本当に足がしびれているのか、指を伸ばしたりしている。

脱力するのを感じながらも、ネギはそれが雄一の照れ隠しと自分に対する思いやりだと、知っていた。思わず、微笑みたくなる―――その前で、未だに足を伸ばしているのは、気のせいだ。

 だから、告げるのだ。自分が、彼の横に立つ為に。

「………ごめん、雄兄。そして僕、頑張るよ!」

 昨日とは違う、男らしい迷いの無いネギの眼差しと顔に、雄一は驚き―――不敵に微笑んだ。

 パチンと、身体の前で拍手を打つ。両足に力を入れるように、両手を叩きつけると、叫んだ。

「良し。行くかッ! ネギッ!」

 その雄一の言葉に。

「うん!」

気合十分のネギの声が、答えた。

 

――――ちなみに。

 

「足がぁ、足がぁッ!」

「ゆ、雄兄ぃッ!? あ、脚伸ばしてッ!」

 昨日から、いつ帰ってきても良いように準備していたのが、仇になったようだ。

 

 

 

「あ、ネギッ! 帰ってきてたのっ!?」 

 朝、様子を見に来た明日菜がネギを見て、大声を上げた。ぱぁ、と顔を輝かせるネギが駆け寄り、明日菜はそのネギを捕まえて思いっきり、頭に拳をねじ込む。

その激痛に、ネギが涙目になり、悲鳴を挙げた。

「何心配かけさせてんのよ! この餓鬼教師――――!!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 高速で謝り続けるネギを見て、雄一はついさっきまで格好よかったネギが、何かの間違いだったのではないか、と思ってしまう。とはいえ、明日菜自身も楽しそうだし、二人の関係には問題無いようだ。

『悪かった! ネギの兄貴! 俺っちが間違ってやした!』

「いいよ、カモ君。カモ君は、僕の為に言ってくれたんだから」

 朝ご飯を雄一が作っている間、カモはネギに謝罪を入れていた。一晩かけて(主にしょうゆと油とフライパンで)説教をした効果は抜群のようである。

ネギも怒っていたわけではなく、すぐにカモを許していた。

『しかし、ネギの兄貴。本当に旦那に『従者』になってもらわなくて良いんですかい?』

 ネギが帰って来た時、雄一はカモから、『従者』のことを聞いていた。雄一としては、ネギが望めば、『従者』にでもなんにでもなってやるつもりでは、あった。

 しかし、ネギは、それを断ったのだ。

理由は――――――

「僕、雄兄にばっかり頼っていちゃ、いけないと思うんだ。『従者』が格下、っていうつもりは無いけど、それだと、雄兄の背中を預かれないと思うから」

 本来、『魔法使い』と『従者』は【相棒(パートナー)】の関係だ。信頼関係があれば、対等の存在にも成れるのだが、雄一と組んだ場合、ネギは自分がどうしても甘えそうになりそうだと思ったらしい。

甘えないで対等になるには、一緒に戦うのが一番。それに気がついたネギの言葉は、真剣だった。

「………ったく、本当に餓鬼ね。でも、少しはいい顔になったじゃない」

 それを聞いた明日菜の言葉が、これである。

 一晩経って帰ってきたネギは、見違えるほど成長していた。最初に見た明日菜も、一瞬誰だか分からなかったぐらいだ。

 その明日菜へ、ネギは真剣な表情を向け、口を開いた。

「ですから、明日菜さん。………僕と、一緒に戦ってください!」

 明日菜には、異能と戦う「力」は、無い。エヴァンジェリンとの確執なんて、それこそ全く関係も無いし、必要も無かった。

 だが、一度は同じ過ちを犯した人間の成長を見て、その頼みを断れるのか? と明日菜は思う。なんとなく、此処にいなければいけないように。

 だから、こういわれて――――明日菜は、断れなかった。断るつもりも、ない、が。

(雄一やネギばっかりに迷惑かけるわけには、行かないしね)

 その心を、口にした。

「分かったわよ。手伝ってあげるわ」

 こうして、戦う方法と力を、明日菜は手に入れたのだ。

 

 

 

 主に精神面が生長したネギ――――それでも、雄一の御飯を食べているネギは、いつもの調子だった。満面の笑顔で雄一の作った朝ご飯を食べ、苦笑しながらネギの口周りに付いた御飯粒を雄一が取る。

ようやく起きてきた木乃香と一緒に、朝ご飯を食べている明日菜は、痛む頭を抑えていた。ほんのついさっき、認めたばかりだというのに、この調子である。

木乃香は木乃香で、「仲がいいなぁ〜♪」と感心するだけだった。

 ちなみに最近、朝御飯は、雄一の部屋でとることが日常になっていた。とはいえ、二日か三日に一度の割合であるし、昼飯は木乃香が作っている。

 朝、早い段階で雄一とネギは先に学校へ、向かっていた。授業の用意は勿論、仕事も色々としなければならないからだ。

昨日のネギの様子を知る人は、誰もがこないと思っていたかもしれない。流石に先生方にはそう思う人物は居なかったようではあった、が。

こう見えてもネギは、きちんと先生としての仕事をこなしている。時々、それを忘れて父親のほうへ関心が行ってしまうが、其れを補ってやるのが雄一の仕事、である。

 ネギは、まだ十歳。失敗なんて、いくらでもすれば良い。

ネギは真っ直ぐ、しっかりとした足取りで、学校へと歩いていた。そのネギの姿に恐れは無く、威風堂々としたものだった。

 昨日のネギを知る者だったら、何が起きたと思うだろう。それほど、その双眸には光が燈っている。

 だから。

「………む」

 登校路で、雄一達はエヴァンジェリンと茶々丸に会った時、エヴァの発した怪訝な声は、当たり前だといえた。朝早くから学校に用事があるらしく、ちょうど出くわした。

 エヴァは、すぐに不敵な笑みを浮かべると、口を開いた。

「おや? 先生。今日は頼りになる兄弟と一緒で、元気だね?」

 エヴァンジェリンの軽口にも、ネギは以前のように、反応はしなかった。無視したのではなく、真剣な表情でエヴァンジェリンを見て、ネギは小さく息を吐くだけだった。

萎えそうになる自分の精神を震わせたのだ、と雄一は察する。ほんの少しだけ、という気遣いで、後ろに立ってやった。

 それを感じたのか、ネギはしっかりとエヴァンジェリンを見据える。

そのネギの態度に、少なからずエヴァンジェリンが驚きの視線を向けた。今までの隙がなくなって、戸惑っていたのかもしれない。

 ネギはまず、静かに絡繰 茶々丸の方向を向くと、頭を下げつつ口を開いた。

「………茶々丸さん。襲い掛かったりして、すみませんでした」

 しっかりと、謝罪する。

「な―――――――――っ!?

 ネギの突然の告白に、茶々丸ではなく、エヴァンジェリンの方が驚きの声を上げる。茶々丸は、そのエヴァの対応とネギの間を、若干困った様子で視線を動かしていた。

 そして、答えた。

「………いえ、気にしておりません」

茶々丸の言葉に、エヴァンジェリンが再度、驚きの視線を向けた。自分に黙っていた『従者』も、それをあろうことか、その『魔法使い』が一緒にいる時に、口にしたのだ。

そのエヴァンジェリンを静かに見ながらも、ネギの眼差しは辛い色を覗かせていた。

「………僕は、確かにエヴァンジェリンさんが、怖かったです。血を吸われた時、とても怖かった――――――――」

 そのネギの言葉に、エヴァンジェリンが勝ち誇った笑顔を浮かべた。その後ろで、雄一は若干ひいた様子で、思考する。

(って言うか、いきなり最強クラスの相手だもんなぁ)

 何となく、しみじみとしたものを感じながら、ネギの言葉に耳を傾けていた。

「そして、お父さん――――ナギ・スプリングフィールドが、貴女に『登校地獄』をかけ、その約束を破ったことも、知りました」

 次いで放たれたネギの言葉に、エヴァンジェリンは眼を見開く。

フン、と小さく鼻を鳴らすと、不機嫌そうな顔で口を開いた。

「だから、なんだ? 貴様の血を死ぬまで吸わせてくれるって言うのか?」

 ネギを嘲笑うかのように、卑下の言葉を出すエヴァンジェリン――――ネギは、顔色一つ変えず、彼女を見続けていた。

 そして、決意の言葉を口にした。

 

「………だから、エヴァンジェリンさん! 僕は貴女に、決闘を申し込みます!」

 

「――――何?」

 ネギの言葉に、エヴァンジェリンが戸惑いの眼差しと、驚きの声を上げる。それを一身で受けながら、ネギは自分の杖を握り、口を開いた。

「僕に勝ったら、好きなだけ血を吸ってください。………でも! 僕が勝ったら、きちんと授業に出てください! クラスの人を襲うのを、止めてください!」

 しっかりと、エヴァンジェリンを見据えて。

「………本気か、坊や?」

 エヴァンジェリンの言葉に、ネギは躊躇いも無く、頷く。その真剣な眼差しと、その言霊に込められた本気の願いを聞いて、エヴァンジェリンは、内心驚いていた。

(………さすが、ナギの息子だな、と思いたいが―――)

 しかし、それは間違っている、というのが瞬時に把握できた。

ネギは、『伝説の英雄』ナギ・スプリングフィールドの息子だから、今の思考に至ったわけではない。

 彼の言葉は、間違いなく、彼が掴んだ一つの言の葉。迷いに迷って見つけた、一つの「答え」だ。そこに、血筋や過去の栄光が入り込む余地など、存在しない。

 ネギの言葉を一身で受け、エヴァンジェリンは――――口を開く。

「後悔するなよ? 『先生』? ………茶々丸、行くぞッ!」

 それは、承諾の言葉だった。今迄で一番面白そうな笑顔を浮かべた後、エヴァンジェリンは茶々丸に、手だけで合図をする

 茶々丸を引き入れ、校舎の方に向かって歩いていく。

二人を見送った後、ネギは―――――――

「ふえぇ、こ、怖かったよぉ………」

「よく頑張ったな、ネギ」

 すぐに涙を流し始めた。

そのネギに苦笑を返しながら、雄一は素直にネギの成長を喜んでいた。不敵に微笑み、彼の頭を撫で付ける。

 実の所、エヴァンジェリンの重圧は、本物だった。ネギより場数を踏んでいるとはいえ、雄一すら、少しだけ気圧されてしまっていた。

「ふぇ〜」

 と、雄一が感心している間に、すでにとろけ始めるネギ―――昨日、構ってあげられなかったのが原因かもしれない―――をみて、雄一は慌てて手を離した。

「っとと、あんまり気を抜かしすぎると、負けちまうな。頑張ろうぜ! ネギ!」

「え………? あ、うん!」

 雄一の言葉に、ネギは一瞬寂しそうな顔をするが、すぐに表情を戒める。真剣な表情で、その場を去っていくエヴァンジェリンを見据え、ネギは胸中で宣言した。

(エヴァンジェリンさん………僕は、負けません!)

 それは、ネギの誓いだった。その意思を固めるように、ネギは杖を持つ手に、力を込める。

それを見て、雄一は、自分も頑張らなければ、と思う。ゆっくり大きく息を吸い――――――――

 

 

「エヴァ! 俺は本気だからな! 絶対、諦めないからな!」

 

 

 

 問題発言(本人はそう思っていない)を発した瞬間、その場の空気が砕けたのを、俺は感じ取っていた。

 あ、エヴァンジェリンがこけてる。こっからだと見えなくてもいいものが見えるんだが、まぁ、無視でいいか。

茶々丸がおろおろしている間に立ち上がり、次の瞬間踵を返して俺のほうに駆け寄ってきた。

俺の胸倉を掴むと、睨みつけてきた。身長の所為で腹の部分を蹴るような格好になるが、器用にバランスをとって、顔を真っ赤にして叫んだ。

「貴様! 公衆の眼前で何をほざくっ!? 今の台詞、何処をどう聞いても告白にしか聞こえんぞ!? しかも、諦めていない重い奴だ!」

 首を思いっきり締め上げるエヴァを見て、俺はしれっと答える。

「まぁ、本気だからな。お前の呪いを解くのは」

「――――――ッ! どの口が言っているんだアアアアァァァァァァッ!」

 ガクガクと前後に揺れ、脳をシェイクされながらも、俺はただ笑い声だけを上げていた。やがて、運動したからか顔を真赤にしているエヴァンジェリンは俺を離すと、指を突きつけてきたのだ。

 指を指すという行為は、一部の民族に大変反感を買うものだったが、生憎と俺は日本人、気にもしない。はっちゃけているなぁ、と感心していると、叫び声を挙げた。

「貴様はっ! 絶対に許さん! ごめんなさいというまで血を吸ってやる!」

 血を吸う、という単語を聞いて、俺はとりあえずやめさせようと、口を開いた。

「あ? 止めといた方がいいと思うぞ? 俺の血≠ヘ―――――――」

 そこで、俺は在る思考に、至っていたのだ。

 

 

 

 

 まるでピタッ、という擬音が出るように、雄一の動きが止まる。訝しげな視線を向けるエヴァンジェリンとネギが、同時に声をかけようとした、次の瞬間。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 雄一が、思いっきり叫んだ。反射的に耳を押さえたエヴァと、ほぼ無防備で雄一に近付いていき、思いっきり耳に響いて眼を回すネギ。そしていつの間にいたのか、何故か尻尾の先の毛までピンとたち、気絶するカモを置いて―――――――雄一は、天啓に近い思考が、働いていた。

 自身の血≠フ、もう一つの方法を。

 

「――――ッ! 死ねッ! へたれ教師!」

 

 思い出した瞬間、エヴァンジェリンのドロップキックが、雄一の後頭部を思いっきり打ち据えた。もんどりうって倒れる雄一を捨て置き、エヴァンジェリンは鼻を鳴らした後、歩いていってしまう。

 しばらくして、むくっと立ち上がった雄一は、一人、呟く。

「ほんと、俺って………馬鹿だ」

 その、何気ない自虐の言葉に。

「ああ。私もそう思うよ」

思いがけない返答と共に、ゴリッ、と音が、した。

 雄一の後頭部に、何かの感触がする。それは髪を掻き揚げ、冷たい感触を雄一の頭皮に与えた。その瞬間、雄一はその人物に思い当たり、絶句した。

「ええ。私も、そう思います」

 シャ、という刀が抜かれる音。それが雄一の首筋に、そっと添えられた瞬間に、その人物を察し、さらに寒気が走った。

「うわッ!? 龍宮さんに桜咲さん!? ど、どうしたんですか!?

 一足早く覚醒したネギが、突然現れた二人の名前を、叫びに近い声で教えてくれた。桜咲 刹那と龍宮 真名は、礼儀正しいく表情を戒めると、額に青筋を残したまま、ネギへ顔を向け、口を開いた。

「ネギ先生。しばらく、雄一先生を借ります」

「悪いね、ネギ先生。なに、すぐに返すよ。………生死は問わず、ね」

龍宮 真名はいつもの冷静な笑顔を浮かべているが、目元は少しだけ暗く、その口元も微妙に引き攣っていたように見える。

 そして、雄一は理不尽な感じを覚えつつも、胸中、呟いた。

(ああ………、何が気に入らないか分からないけど、俺、死んだかも)

 乙女心の、最初の母音すら分からない雄一へ、刹那は満面の笑顔で向き直る。少しだけ夕凪が揺れ、雄一の首筋から血が流れたのは、ちょっとしたホラーだ。

「うわああああああああああっ! 切れてる! 二つの意味で切れてるって!」

 喚き散らす雄一を捨て置き、刹那は青筋を引き攣らせている。これほど近いと、その動きすら分かるなぁ、と少しずれた思考をしている雄一へ、告げた。

「それで先生、先ほどの発言は、どういう意味ですか?」

 どうやら、真名もそれを知りたいらしく、ズイッと雄一に顔を近づけている。

どうでも良いのだが、息の届く距離まで近付かれると、雄一としては、とても恥ずかしい。

「先ほどの発言? 言葉通り、ダケ、ド………」

 言葉を発するたびに、寒気がさらに倍増されていく。背中に這いずり回る寒気を感じながらも、何も出来なかった。

(ああ、顔が近いから、彼女たちが怒ってるのがわかるよ。何に対して怒っているのかは、分からないけど)

 雄一は、胸中で十字を切り、覚悟した。其れを諦めと見たのか、肯定と見たのか、二人の表情が一変した。

 顔を真っ赤にして、夕凪を引き抜いた刹那と、銃を引き抜き、珍しく怒りに染まった眼で射抜く真名が――――同時に叫んだ。

「せ、先生の、先生の―――――幼女変質者!」

「地獄に落ちろ!」

 刹那の斬岩剣の雨と、真名の銃弾の嵐に呑まれ、雄一は一直線、何故か真上に吹飛ぶ。麻帆良の澄んだ空気の中、スズメの鳴く声が何故か耳に響く、その中で、雄一は思ったという。

 人を呪わば穴二つ、人をからかうと回りまわって自分が落ちるんだ、と。

 そしてそれは、きっと底なしなのだ。

 

 

 

 結局、雄一は夕方の五時まで気を失い、対策を立てる間も無く、夜が訪れた。授業はネギが変わってくれたらしく、雄一はもう頭が上がらなかった。

 

 

 

 決戦は今晩だ。

 

 

 

 

 エヴァンジェリンを封印しているのは、二つの封印。

一つは、ナギ・スプリングフィールドがかけた、『登校地獄』。半強制的に学校に行く事を呪いとし、何年間も学校に登校させる、意外と地味な呪い。

そしてもう一つが、この学園を覆う結界と同じく電気を使う封印。

結界の支柱としてエヴァンジェリンを結界に組み込む事により、強制的に『魔力』を封じるものだ。これは、高位の精神体や『悪魔』などに影響を及ぼし、行動不能に追い込むのだ。

 学園長の話では、『登校地獄』に連動させて、エヴァに無理やり適用している形、らしい。

 『魔法使い』にとって『魔力』とは、車でいうガソリンのような物。どんなに優れた機体でも、燃料がなければ役に立たないのと、同じものである。

 だから、エヴァンジェリンは、この日を待っていたのだ。ネギの来る日を。

――――そして、大停電の日を。

 後ろを振り返れば、自分をバカにしているとしか思えない事を口走った雄一が、突然現れた刹那と真名によって、吹き飛ばされるところだった。

いい様だ、と思いながら、エヴァンジェリンは胸中で、つぶやく。

(クックック………! いつまでその余裕が保てるかな? ネギ『先生』? 雄一『先生』?)

 持てる意味は違えど、エヴァンジェリンは確かに、それを楽しみにしていた。

 

 

 

 夜。

西に沈んでいく太陽の変わりに、文明の光が桜を照らし、風に舞う花弁を優しく照らす。幻想的に煌めくその桜の花――――雄一はそっとそれを、掌に摘んだ。

動きに、淀みは無い。これで動かなくなったら、本当にどうしようもなかった。

 刹那と真名は、やりすぎたことを雄一に謝り、『仕事』に向かっている。今晩は、メンテナンスの為に結界が弱まるから、らしい。

 本来なら一緒について行きたいのだが、生憎と、今日はやることがある。彼女達がなぜ怒っていたのか、未だに理解できていないが、とりあえずお年頃なのだと、勝手に納得する。

 ネギは、昼過ぎから仮眠を取らせていた。楓の話では、一晩中木を眺めていたから、眠いだろうと思っての事だが、両担任が三時から居なくなる教室も、珍しい。

 時刻は、すでに八時二十分前。

明日菜に電話をして、ネギを連れてくるように言ったのは、ほんの三十分前だ。

 雄一は、桜通り入り口のベンチに座っていた。彼の横には、数本の空になった缶、数本の栄養ドリンクが転がっている。

 手元には、三つのカプセルが、転がっていた。赤黒い液体は、それが血≠セということを、如実に表している上、雄一の右腕には確かな切り傷が、闇夜に浮かんでいる。

くらくらする頭を無理やり抑えつつ、雄一はそれをホルダーにしまった。

 『フォトン』が『氣』と同じ性質を持っているのなら、相反する魔法≠防げる、というのが、雄一の考えだった。初の魔法戦≠ノなるのでは、と自分で思ってしまい、ちょっとだけ緊張してしまった。

 しかし、防げるのは最大で、三回のみ。出来れば一つは、捕獲用に回したいし、もう一つも、秘策用にとっておきたい。

(………でも、吸血鬼なんて、な。俺にとっちゃぁ『天敵』かもしれないが、それはそれで俺の目的が達せられるし)

 雄一には、エヴァンジェリンの『封印』を解く方法を、思いついていた。確証が無く、やってみなければわからないが、その価値は十分あるほどのものだ、と感じている。

 問題としては、それまでにエヴァンジェリンへ、説明すると同時に信用してもらわなければいけない。

 なんとなく、ため息を吐いてしまう。

「っても、俺の能力は応用が利くだけで、代価はきついしな。毎回貧血なんて、嫌になるぜ」

 分かっていた事だが、この『能力』、はっきり言って使いづらい。まともに使えるのは一リットル程だし、それ以上使うと血≠フめぐりを確保する為に、『フォトン』の使用量が増えるのだ。

 自分自身の力に文句を言いながら、雄一は最後の缶のプルタブを空け―――――

「雄兄ッ! 遅れてごめん!」

「ったく! 早く起きないからよ!」

 騒がしい声が、そこに響いた。走ってきたのか、息も絶え絶えなネギと共に、明日菜も一緒に現れる。

手に持った缶をベンチに置き、雄一は二人に向き直って、軽く声を掛けた。

「いや、まだいいさ。エヴァンジェリンも、今晩って言っているだけで、場所も時間も指定してこなかったんだし」

 そういいながらも、雄一は二人の服装を確認した。

 ネギは、動きやすい服装と杖、ローブだけ、というシンプルな格好だった。予想以上の軽装に、雄一が軽く声を上げた。

「お、意外と軽装だな。もっと身を固めてくると思っていたんだが―――――」

 ネギの怯えようを知っていた雄一は、前々からネギがいじくっていた「アーティファクト」の類で、身をガチガチに固めると思っていたのだ。

 ネギは、少しだけ苦笑すると、ローブの内側から細い棒を取り出す。先端に星が付いたそれを雄一に見せ、告げた。

「持ってきたのは、初心者用の杖だけなんだ。エヴァンジェリンさんに通じそうもないものばかりだったし。………それに、雄兄と明日菜さんがいるから」

 ネギの言葉に、雄一と明日菜が顔を見合わせ、同時に苦笑する。

「嬉しいこといってくれるな。なら、その信頼にこたえるぐらいは―――――」

 その雄一の言葉を遮るように、放送が響いた。

『――――麻帆良放送部です。これより0時までメンテナンスをするため、麻帆良学園一体が停電になります。教師、生徒は極力外出を控えてください。繰り返します――――』

 その放送の間に、電力が切られたのか、桜通りを燈していた電灯の光が、途切れ途切れに点滅を繰り替え始めた。

遂には電灯が切れ、闇の眷族の世界が訪れた。闇に埋もれた世界に、徐々に眼が慣れ始めるまで、誰も言葉を発しようとしなかった。

 うっすらとした月明かりの下で、雄一は口を開いた。

「………気付いたか? ネギ、カモ」

「はい!」

 ネギと共に、カモが顔を出して口を開いた。

『異様な気配が近付いてくる! 気をつけてくだせぇ! ネギの兄貴と旦那!』

 カモの言葉通り、何かが桜通りを歩いてくる。ゆっくりと歩いてくるその姿を見て、雄一が呟く。

「………ありゃ、まき絵じゃないか」

 フラフラと歩いて来るのは、雄一とネギの生徒である、佐々木 まき絵だった。彼女は、虚ろな視線を雄一とネギの方向に向け、口を開く。

「今晩は。ネギ先生、雄一先生。今宵、我が主エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様が、二人を宴に誘おう。舞台は、この麻帆良――――精々、あがくがいい。なお、今夜に限り、私は結界の干渉を受けない。死にたくなければ、本気でかかって来い」

 そういうと、まき絵はスッと懐から何かを出す。それに警戒して杖を構えたネギは―――――

「それじゃあねぇ〜〜〜♪ ネギ君♪ 雄一先生♪」

 アハハー、と先ほどとは比べられないほど能天気な声で、笑い声を上げながら懐からリボンを取り出し、それを木に向かって振るう。

枝に巻きついたリボンを使い、彼女は木の上に降り立つと、それを繰り返して闇の麻帆良に消えた。

 思わずこけていたネギを起こしながら、雄一は苦笑する。

 その二人を見ながら、カモが口を開いた。

『電気が消えたと同時に、異様な『魔力』が出現しやしたぜッ!? 確かに、大浴場のほうですぜ!』

 よし、とネギと共に明日菜が走ろうとする―――が、雄一はすぐにその二人の肩を掴んで引き止めた。思わずこけそうになる二人の背中を押して、立たせた。

怪訝そうに眉を潜める二人をとりあえず見て、雄一はカモを睨み、告げた。

 

「………どうでもいいが、カモ。お前、何で大浴場の場所を知ってんだ?」

 

 ビクッと肩を震わす小動物――――それを見ていた明日菜が、瞬時にカモを捕まえ、叫んだ。

「アンタだったのねッ! 最近の下着泥棒は!」

『ぐえええ〜〜〜〜。びょ、病気の妹が〜〜〜〜!』

 いつもどおりの漫才を始める一人と一匹を見て、雄一は溜め息を吐く。やれやれ、と肩を竦めると、二人に向かっていった。

「別にいかなくていい。時間制限が在るのは向こうなんだし、わざわざ罠のある場所に向かう必要はないだろ? ―――――すこし、待ってみるぞ」

 雄一の言葉を聞いて、二人は軽く驚いた。そして、雄一の言っていることが正しいことに気付くと、小さく頷く。

 確かに、此処で向かうことなど、自ら罠に首を突っ込むようなものだ。人質、という形でまき絵を出してきたのかも知れないが、其れを公言させたわけでもないからだ。

 座っていても暇なので、相手のことを話しておく。さすがのネギと明日菜も、雄一の話を聞いて眼を丸くしていたが、話し終わると、神妙な顔をしていた。

「………で? アンタならその『登校地獄』の呪いが、解けるの?」

 明日菜の言葉に、雄一は苦笑し、首を横に振る。「分からない」と前置きをしながら、雄一は、続けて口を開いた。

「ただ、もしかしたら出来るかもしれない、って処か。それなりに制限が付くが―――」

 そこで、雄一の言葉が止まる。キッと表情を戒めた雄一の視線を見送るネギへ、肩に乗っていたカモが叫んだ。

!? 兄貴! エヴァンジェリンの奴、高速で近付いてきやすぜ! 速い所、場所を移動しやしょう!』

 カモの言葉通り、遠くから奇妙な気配を感じる。もともと気配を探るのが苦手な雄一だったが、その気配だけは否が応でも感じる事が出来た。

 雄一が『魔力』を察知できるか、といわれれば、其れこそ首を横に振るしかない。ただ、気配と呼ぶべきものを感じることだけは、誰よりも長けていたのだ。

 ある程度確信しながら、頷いた。

「だな。ま、人の居ないところ――――たしか、南の奥の方に、今は使われていない橋があったな。あそこで迎えうつぞ」

『了解したぜ! 兄貴ッ!』

 雄一の言葉にカモが答え、カモの真意を聞いてネギがすぐに杖を構える。

「うん! 契約執行(シス・メア・パルス)×10分間! ネギの従者(ミニストラ・ネギィ)神楽坂 明日菜!」

 ネギがそう叫んだ瞬間、明日菜の体が淡く発光する。なにやら顔を真っ赤にして、「いつやってもなれないわ」と呟く明日菜へ、雄一は眼を点にしていた。

 雄一には、相手の強さがどれほどなのか、分かる物差しがない。『フォトン・ルース』なら分かるのだが、達人同士で分かるようなあの方法で力量を測るなど、出来ないのだ。

 しかし、そんな雄一でも、分かる。明日菜の体が強化されたのが。

(なるほど。『従者』が足を止めて、『魔法使い』が魔法≠ナ殲滅する、か。クウネルを見た時も思ったんだが、良いな、魔法≠ヘ)

 苦笑している雄一へ、ネギが手を伸ばす。その手を受け取り、雄一はネギの杖に乗った。

 奇妙な浮遊感に、足にぴったりと吸い付く吸着感。

次の瞬間、ネギの杖が風を裂いた。急に視界がゆがみ、流れていく中―――雄一は横を見て、感心の声を挙げた。

「相変わらず速いな! 明日菜! いつも以上じゃないか!」

「私と変わりなさいよ! 速いけど疲れるんだからね!」

 高速で飛来する杖と、それについていく明日菜―――橋に付いたのは、五分後だった。

「あと三時間、か。やるか」

 橋に飛び降りた雄一は、腰のホルダーからグエディンナを引き抜く。『フォトン』を込めて十字槍になるそれを見て、ネギと明日菜、カモが眼を丸くしていた。

 その三人を見て、雄一は小さく頷いた。そういえば、ネギにこれを見せたのは始めてだった。

 ガラスの槍を手で持て余しながら、雄一は口を開く。

「コイツは、俺の【相棒】、《グエディンナ》だ。見た目は綺麗だが、丈夫さは折り紙付きだ。………それより、来るぞ」

 雄一がそういった瞬間だった。

 

 

 風が、吹いた。

 

 

 橋の節々に存在する、尖塔―――その上に現れたのは、三つの影。

 一つは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。きわどい黒の服装を黒のマントで隠している、金色の少女。はっきり言って、似合わない、と雄一は思う。

 もう一人は、メイド服姿の絡繰 茶々丸。緑色の髪の毛を風にたなびかせるその姿は、戦いの場に似つかわしくなかった。

 そして、最後にいたのは、茶々丸の半分ほどしかない身長の、人形だった。体中の継ぎ目がみえるその人形は、カタカタと震えると、口を開く。

「ヨウヨウ、子供ハモウ寝ル時間ダゼ? カッカッカ」

 その人形を見た明日菜は、素直な言葉を口にする。

「うえ………なにアイツ」

 顔は茶々丸に酷似しているそれは、その小さな体には似合わないほど大きな大剣を、持っていた。それを見て、雄一は苦笑した。

(背の小ささといい、あの大剣といい、………・凛香みたいな奴だな)

 【メルギド】主力の一人、柏木 凛香。身に余るような『練器』の大剣《グラシャボス》を振るう、雄一の信頼する人間の一人だ。雷の力を使い、敵を屠るその姿から、「雷神姫」と呼ばれていた。

 その人物を重ねながらも、肌で感じていた。

自分の相手は、アレだ、と。

「さて、ぼーや。今宵はあいにくと、下弦の月――――しかし、私は十五年振りの力を振るう。………死んでも、怨むなよ? 茶々丸! チャチャゼロ!」

 エヴァンジェリンが叫んだ瞬間、彼女の横に経っていた二つの影が、ドン、という音と共に大砲の弾のように、跳んだ。

 瞬間、雄一はグエディンナを構え、チャチャゼロの前に躍り出た。

 

直後、チャチャゼロの大剣が振るわれた瞬間、凄まじい金属音と共に、雄一が吹き飛ばされた。空中で舌打ちし、何とか体勢を立て直しながら着地した。

 その時、前に影が現れた。

「カッカッカ! アシガトマッテルゾ!?

「………! こなクソ!」

 次いで振るわれるのは、斬撃―――それを、槍と体全体で弾く。質量の差があるものの、その勢いと力で、雄一はまたもや、吹飛ぶ。

 次の瞬間、血が跳ねた。激痛が走る右腕を見て、小さく舌打ちをする。

 ナイフ。それが、雄一の右腕に突き刺さっていた。

チャチャゼロの片手に握られた数本のナイフを見て、それが突き立てられたのだと、確信する。

 ある程度距離を取って、ナイフを引き抜く雄一を見たチャチャゼロは、肩に大剣を当てながら、口を開いた。

「ナンダ、テメ、タイシタ「使イ手」ジャナイナ?」

 呆れたように告げられるチャチャゼロの言葉。雄一は左手で持っていたそれを彼女のほうに投げ――――視線を他の二人に向けた。

 明日菜は、デコピンで相対する茶々丸と、格闘技で対峙していた。素人である明日菜とは違い、武術では達人級の力を持つ茶々丸だが、戦況は互角のようだ。

 ネギは、エヴァンジェリンと『魔法の矢(サギタ・マギカ)』で撃ちあっていた。一本からはじめ、その本数を増やしていく根競べ―――ネギは何とか、エヴァンジェリンに食いついている。

 戦況は、拮抗。

いや、時間が経てば、未熟なネギには荷が重い、と雄一は判断する。

 雄一は、静かに溜め息を吐く。グエディンナを十字架に戻し、その石突の部分へ、血≠フカプセルを入れ、もう一度槍の姿に戻す。

 ツゥ―――っと、血が槍の空洞を通り、刀身を伝う。それが固形化した瞬間、チャチャゼロから感嘆の声が上がった。

 そのチャチャゼロを見て、雄一は口を開いた。

「良いだろう。我が血=A見せてやる」

 次の瞬間、雄一の姿が――――ぶれた。『瞬動』で距離を詰める雄一へ、チャチャゼロは軽く感心し、叫ぶ。

「へへ、チッタァ動キガヨクナッタジャネェカ!」

 喚声を上げ、チャチャゼロは身体を反転させ、縦に大剣を振るった。

雄一は、それをグエディンナで受け流し、そのまま身体を逆回転させる。自分よりも大きな大剣を振るい、がら空きになったその身体へ、石突を叩き込む。

 それを、チャチャゼロはその小さな足で蹴りを入れ、避けていた。とっさの判断とその決断力に驚きながらも、互いに距離を取った。

 雄一は追撃せず、転身する。刀身を斜め前に下げ、左足を後ろ、右足を前に出し――――息を吸う。

「―――フッ!」

 息を吐くと同時に、もう一度、『瞬動』。

凄まじい動きで動く雄一へ、チャチャゼロは―――――。

「遅イゼ!」

 振り回される大剣が、雄一の身体を切り裂く。とっさの判断で反対の方向に『瞬動』し、距離を取った雄一の体に、鋭い傷が、奔った。

 見えている。さらに言えば、それを見てから振るい、雄一を切り裂くほど、その斬撃は――――――速い。

 しかも、チャチャゼロは息をつく間も無く、追撃を加えてきた。右腕だけで大剣を振るい、雄一の動きを封じ、左腕のナイフを突きたてる。その痛みに一瞬だけ顔をゆがめたが、すぐに体を反転―――蹴り飛ばす。

 本来、自分の獲物であるナイフを手放す事を、チャチャゼロはしない。しかし、そのナイフに固執せず、手を離すと、そのまま勢いに任せて吹き飛び、着地した。

なぜそれをしたかといえば、ただ単に――――遊んでいるのだ。

 今のチャチャゼロなら、すぐに雄一のことを倒せる。さすがに一瞬で殺せると言う事はないが、それほど雄一の動きは、一般人のそれだった。

 しかし、それと同時に、怪訝な思いがあった。それは、今も感じている。

(………ッチ。傷ツイタンダカラ、チッタァ痛ガレヨ)

 雄一の挙動に、チャチャゼロは不服だった。

 チャチャゼロの言葉通り、雄一はナイフを突き立てても、ほんの一瞬だけ動きを鈍らすだけで、すぐに本来の動きを取り戻す。

そして、その後に繰り出される一撃は、その一瞬前よりも、ほんの少しだけ―――――――速い。

 しかし、ナイフはいくらでもあった。腰の後ろに隠してあるナイフを一本引き出すと、ケケケと小さく笑う。

 対する雄一は、小さく舌打ちをしていた。

(ったく、血が足りないっつうのに………。ぶんぶん振り回しやがって)

 雄一は、未だにチャチャゼロとの戦い方に戸惑っていた。全長70センチという奇抜な存在と、それの二倍はある大剣の動きに、雄一は戸惑っていたのだ。

 その体躯から想像は出来ない、重くも鋭い一撃。それに、攻め手を考えさせられていたうえ、隙も少ない。やりにくい相手だ、と感心する。

 だが、雄一の戦いは、けっして慌てる事がないものだ。総司令としての戦いで、彼が慌てたら人が死ぬと、知っているからである。

 だから、落ち着いてリズムを掴んでいく。

一合受ける毎に雄一の動きから隙と迷いが消え――――徐々にチャチャゼロの攻撃をはじく事が出来てくるのだ。

 雄一と戦った事がある人間が、常に感じる違和感。傷つけば傷つくほど強くなる、という雄一の強さは、この戦い方からだった。

一人一人の力量を正確に測り、自分の持てる力で対処するという戦い方なのだ。

 その違和感を、チャチャゼロも覚えていた。

(………ナルホドナ。命ガケノ戦イハ、オ手ノ物ッテカ!)

 理由までは知らずとも、そう判断する。少なくとも雄一には、恐れが無い。

 雄一の動きが、徐々に鋭く、重くなっていく。自分の呼吸音を覚えられたのだ、と思い、チャチャゼロは手の大剣を、捨てた。

 訝しげな視線を向ける雄一へ、チャチャゼロは頭を揺らしながら、告げた。

「ケッケッケ。ヤルジャネェカ。妙ナ力モソウダガ」

「………よく言うぜ」

 雄一は、チャチャゼロの強さに、素直に感心していた。どんなに強い斬撃でも隙一つなく、さらには小さな身体で動き回るその戦い方。

 そして今、大剣を捨て、両手でナイフを握っている。何をしてくるか――――

その瞬間、チャチャゼロが全く表情を変えず―――――爆ぜた。

(覚悟する暇すら無しかよ!)

 銃弾のように飛来するチャチャゼロの一撃を、雄一は辛うじて避ける。しかし、一瞬遅かったのか、左腕に鋭い痛みが走った。

 見てみると、ぱっくりと左腕に切り傷が奔っていた。もうすぐで筋肉に達する其処から漏れる血≠固め、応急処置をしておく。

 チャチャゼロは身体をその場で反転させると、今度は確実に横へ斬撃を振るっていた。それをグエディンナで防ぎ、そのまま押し返そうとし――――背筋に、寒気が走った。

 槍を構えながらも、しゃがむ。グエディンナにぶつかったのは、チャチャゼロの腕―――――そして、ナイフは、その手から開放され、雄一の頭部があったところを飛んでいった。

 その攻撃に、雄一がゾッとする。

しかも、あろうことかチャチャゼロは姿を消すと、投げたナイフを掴んでいたのだ。ナイフを受け取り、カタカタと笑い声を上げるチャチャゼロを見て、雄一は呻いた。

「………信じらんほど、わけの分からんな、チビ人形」

「ケケケ。ヨクヨケタナ」

 嬉しそうに笑うチャチャゼロを見て、雄一は溜め息を吐く。

 戦況は、悪化し始めた。

茶々丸の相手をしている明日菜の息も上がり、ネギはどんどんエヴァンジェリンの動きに追いつけなくなってきた。この状況を切り抜けられるのは、雄一だけだ。

 チャチャゼロは、強い。それこそ、自分なんかより。

 今の状態では、そのうちチャチャゼロに追いつかれるだろう。

なら、虚を突くしかない。

そう考えた瞬間には、雄一は駆け出していた。チャチャゼロは、それをみて確かに笑い、迎撃に映る。

 雄一の二倍はあるスピードで、チャチャゼロが素早く、動く。一瞬だけ交差した瞬間には、雄一の腕に二本の鋭い切り傷が、浮かぶ。

しかし、雄一は気にせず、距離を詰める。普通の槍使いと違う、その距離―――しかし、雄一はあろうことか片手だけで、槍を振るった。

 それを、チャチャゼロは左腕に持ったナイフで、弾く。それだけで弾ける様な、無様な一撃―――その瞬間、雄一は―――――力を振り絞った。

すでにくらくらする頭を回復させる為に、雄一は体内の血液循環を速め―――ほんの一瞬だけ、チャチャゼロの動きを上回った。

 驚きの表情をしているようにも思えるチャチャゼロの顔をみて、雄一は手に持っていたカプセルを、彼女の小さな身体に――――叩きつけた。

バシャ、と飛び散る血=B

しかし、それは服に染み込むことなく横一線に伸びていくと、彼女の腕ごと、包む。

 次の瞬間、固形化した。身動きを封じられたチャチャゼロは、そのまま地面に落ちる。

「ナ、ナンダッ!? コノ! ――――コワレネェ!」

「―――ッカァ、ハァ、ハァ、お前、顔は絡繰だけど、危なすぎるぞ」

驚いて暴れるチャチャゼロを置いておき、雄一は身体を押さえる。

 一瞬だけチャチャゼロを越える動きをした雄一。

体内の血液循環と脳内の伝達を『フォトン』で速めるというものだが、その反動が酷い。『フォトン』で血管や内部自体を強化しているので破れる事は無いが、出来るのは、『武装』状態でも一分未満だ。

 その時、橋の上で盛大な音が、鳴り響いた。

 

 

 

「ほらほら、行くぞ! ぼーや! リク・ラク・ラ・ラック・ライラック、氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス)17(グラキアーレス) 集い来り(コエウンテース) 敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント) 魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)氷の17(グラキアーリス)!!」

  エヴァンジェリンの身体を中心に、十七つの氷の矢が現れ――――ネギが、迎えうつ。

「光の精霊17柱(セブテントリーキンタ・スピリートゥスルーキス)! 集い来たりて(コエウンテース)! 敵を討て(サギテント・イニミクム)! 魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾・光の17矢(セリエス・ルーキス)!!」

 一瞬遅れ、ネギの魔法≠ェ発動――――迎えうつ。氷の矢が光によって破壊され、辺りに光が燈る。

 その瞬間には、ネギは飛び立っていた。一瞬でエヴァンジェリンの真上に飛びだすと、叫ぶ。

「光の精霊17柱(セブテントリーキンタ・スピリートゥスルーキス)! 集い来たりて(コエウンテース)! 敵を討て(サギテント・イニミクム)! 魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾・光の17矢(セリエス・ルーキス)!!」

 先ほどと全く同じ魔法≠聞いて、エヴァンジェリンが笑った。

「甘いぞ! ぼーや!」

 エヴァンジェリンがすぐに魔法≠使い、相殺する。次の瞬間にはネギの後ろに現れ、思いっきり叩き落した。

「うッ! ………ッ! 風花(フランス) 風障壁(アエリアーリス)!」

 その瞬間、ネギが地面に叩きつけ――――られることはなく、その場に降り立つ。バッと見上げるネギの先には、不敵に微笑むエヴァンジェリンがいた。

しかし彼女は、胸中驚いていた。

(………かれこれ三十分、ぼーやは私に喰らい付いてきた。親譲りとはいえ、ここまで喰らい付いてくる。………それに、何かを狙っているようだが?)

 エヴァンジェリンの言葉通り、ネギは先ほどから、何かを狙っていた。何度も同じような行動をとり、叩き落され――――それでも、立つ。

 そして、その時は来た。

「焔の精霊(ウンデクセサーギンタ・スピリトゥス・イグニス)28柱! 集い来たりて(コエウンテース)! 敵を討て(サギテント・イニミクム)! 魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾・炎の28矢(スピリトゥス・イグニス)!!」

(………! 焔の矢!)

 一瞬息を飲むが、対抗して魔法≠唱えていたエヴァンジェリンは、胸中舌打ちをしながら、放つ。

 しかし、放たれた『魔法の矢』の完成度は、他のものに比べて、低かった。幾つかの『魔法の矢』は貫通して、地面に突き刺さる――――が、エヴァを倒せるほどではない。

 

そう思った次の瞬間、蒸発した水煙が辺りを包んだ。

 

(水蒸気! これが狙いか!)

 ブワッと吹き上がった水蒸気に、とっさにマントで口を塞ぐ。そのエヴァンジェリンを見た後、姿を消すネギ――――あのイタチの所為か、『魔力』が探知できない。

焔の矢は、この状況を作り出すためのものだったのだ、とエヴァンジェリンが確信するのに、そう時間は掛からなかった。

確かに、驚きはした。

しかし、エヴァはもうネギの動きを見切っていた。

「其処だ!」

 そう言って、『魔法の矢』を放つエヴァンジェリン。

それが突き刺さる瞬間、杖が真上に向かって、飛んでいった。手ごたえあり、と嘲笑い――――絶句した。

 命中したのは、杖に掛けられた、ローブ。水煙を吹き飛ばして真上に飛んでいくネギの杖が、水煙を吹き飛ばし、その先に、ネギがいた。

「!」

「―――――吹き荒べ(フレット・テンペスタース)! 西洋の嵐(アウストリーナ)!」

 すでに、魔法≠フ詠唱は終わっていた。次の瞬間、差し出したのは―――練習用の杖。

 エヴァンジェリンは、とっさに一番短い詠唱を、唱えた。

「―――ッ! 氷爆(ニウィス・カースス)!」

 突如、空気中に現れた巨大な氷の塊をだし、エヴァンジェリンは両手を交差させた。

 ネギは、その氷に怯む様子も見せず、列火の叫びと共に、魔法≠放った。

「ああッ! 雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!!」

初心者用の杖が砕け散りると、ほぼ同時に。

雷を伴った風が、撃ちだされた。

 氷の壁を貫き、破壊し――――――世界が、真っ白になった。

 

 

 

 地鳴りと共に撃ち出されたネギの魔法は、雄一の戦いが終わったと同時に、光を放った。雄一は瞬時にネギの方に駆け寄ると、息も絶え絶えなネギの横に、立つ。

「大丈夫か? ネギ?」

「あ、………う、うん、何とか………・」

 雄一の問いかけに笑顔で返すが、もう限界なのは、誰が見ても明らかだった。

 ネギが立てた作戦は、彼が出来る限り、最善の事だった。

 まず、何度もエヴァンジェリンと同じ行動をする。出来る限り押さえた力で、押されるように動き、虚を突く為に力を温存していた。

 そして、虚を突いて、飛び上がる。しかし、それはエヴァンジェリンによって、失敗した。

 しかし、それもネギの作戦だった。氷の刃を焔で溶かし、水蒸気を立て―――姿を消す。そして、ほんの一瞬前の行動を真似て、杖に自分のローブをかけ、上に飛ばす。

あとは、ネギが使える最強の攻撃呪文を、唱えるだけだ。

 この作戦は、ネギとエヴァンジェリンの間に差があったからこそ、出来たのだ。もし、実力が拮抗して、水蒸気が出来た段階でその場を動かれていたら、ネギの魔法≠ヘ、あたらない。

油断して、その場で対応しようとしたその慢心が、ネギの勝機だ。

 その時、煙が晴れた。その先には、マントを焦がしたエヴァンジェリンの姿があり、怒りの形相を見せている。

「………クッ! やってくれるじゃないか、ぼーや。! ………それに、雄一か。………ちッ! チャチャゼロの奴は、何している!」

 焦るエヴァンジェリンの身体は、ボロボロだった。酷い怪我はないようだが、ところどころに傷が走っている。そのエヴァへ、雄一はグエディンナを構えつつ、答えた。

「アイツは、強かったが、お前と一緒で油断していたからな」

 強いから―――相手と実力が開いているからこそ、油断や慢心が生まれる。雄一の戦いは、それを突くための戦いだ。

 雄一の言葉に、忌々しそうに呻くエヴァンジェリンだったが、すぐに表情を戒めると、叫んだ。

「………フン! これで勝ったと思うなよ! 勝負はこれから――――」

 エヴァンジェリンがそう告げた瞬間――――突然、茶々丸が声を上げた。

「! 危険です! マスター! 復旧が予定よりも――――」

 茶々丸が何かを言い切るよりも早く、空に電流が走った。

それは、麻帆良の空を駆け、エヴァンジェリンの小さな身体に収束し、爆音と光を伴いながら炸裂――――破裂した。

 エヴァンジェリンは、しばらく絶叫したが、光と音が其れを遮る。

それらが収まった瞬間、そのまま落下しはじめた。

それを見ていた茶々丸は、その距離に絶望を抱き、ネギが呆然と見上げている中――――――。

 

 橋の横をエヴァンジェリンが通り過ぎる瞬間、雄一が、橋から躊躇いもなく、飛び降りた。

 

 雄一が、エヴァンジェリンを空中で抱きかかえる。クルリと身体を反転させると、自身のグエディンナを伸ばした。

 ガキッという音と共に、グエディンナの特徴的な両翼の片方が、橋のヘリに引っ掛かった。

その時、飛び出す時の勢いとエヴァンジェリンの重さで、雄一の腕が異音を立てる。片手でエヴァンジェリンを抱き締めながら、雄一は――――両足を橋の壁に、着けた。

「〜〜〜くぅ〜〜〜〜〜ッ!」

 激痛に、眼が霞む。その時、ようやくエヴァンジェリンが眼を覚まして、辺りを見て――――真赤な顔で、雄一を見上げた。

「き、貴様ッ! 何を!」

「――――暴れ、るなッ………! 腕の筋肉が、千切れそうだ………!」

 実質千切れ、チャチャゼロに斬られた傷が、また開いていた。その雄一の悲痛な顔を見たエヴァンジェリンが、驚きに両目を見開きながらも、素直に押し黙った。

筋肉が引き千切れた腕で、しかし、絶対に離そうとはしない雄一とエヴァンジェリンを、契約を引き伸ばした明日菜と茶々丸が、助ける。

 

 

そして―――――戦いは、終わった。

 

 

 戦いの後の橋。

明日菜とネギは、地面に座っていた。雄一は、茶々丸の治療を受けながら、彼女の頭の上にいるチャチャゼロと、顔を合わせていた。

 怪訝そうな眼差しを向けながら、口を開く。

「しっかし、お前は奇想天外な存在だな。どうやって動いてんだ?」

 雄一の言葉に、彼女(?)はカラカラと頭を揺らすと、答えた。

「企業秘密ダナ」

 何となくだが、雄一はチャチャゼロに気に入られたらしい。そんな何でもないことを話していると、誰かが近付いてくる気配がした。

「おい」

 声のした方向に向くと、エヴァンジェリンが怒りの表情で雄一を睨んでいることに氣がついた。

キョトンとした顔で、雄一は小首を傾げている。その雄一をみて、エヴァンジェリンは何となく呻きながら、口を開いた。

「どうして、私を助けた? 私は、敵だった存在だぞ?」

 エヴァンジェリンの苛立つような声に。

「………んなこと言われても、なぁ」

 雄一は、ぽりぽりと頬をかいて、返答に困っていた。にらみつけるように答えを求めるエヴァンジェリンへ、しばらく悩んだ後、雄一は言葉を纏め、口を開いた。

「ま、今回の戦いは、ネギの壁だったわけだが、俺に取っちゃあ、エヴァンジェリンも大切な生徒だし」

 実質、雄一の中で今回の戦いを、そんなに大きなものに位置づけしていなかった。その雄一を見て、エヴァンジェリンが再度怒りの表情を浮かべ――――。

「それに、いっただろ?」

 不意打ちに近い、不敵に微笑む雄一の顔を見て、エヴァンジェリンは、息を飲んだ。

「俺は、お前を助けるって」

 一寸の迷いも無い、真っ直ぐすぎるその雄一の言葉に、エヴァンジェリンは言葉を失った。

 

―――いつからか、彼女は『吸血鬼』の【真祖】として、生活していた。女子供以外の人間を多く殺し、狙われていた。

 それを、後悔した事は無い。自分のしてきたことだし、これからも歩む道なのだ。

 そして、ナギ・スプリングフィールドに助けられた。

その時は、生まれて初めて護ってもらい――――好きになったのだ。物好きな奴がいるものだと思い、自分はそいつを、好きになった。

 しかし、裏切られた。それ以来―――学園の『魔法先生』達ですら、誰も、助けてくれなかった。

 

 だが、眼の前の男は、違った。

ナギとは違い、自分の言った事を護るため―――いや、恐らくそれ以前に勝手に体が動いたように、自然に。

 そして、エヴァンジェリンは――――奇妙に自分の心臓が高鳴っている事に、気付く。

 人間的な優しさなど、エヴァンジェリンは欲していない。自分よりも少ない人生しか歩んでいない、ただの馬鹿のはずだったが―――何故か、その表情を、馬鹿にできなかった。

ただ、時間つぶしの為に、美しさを愛でるために「欲しい」と思っていた存在が、自分の為に「欲しい」と、変わった瞬間だ。

「………貴様は、約束を違えんのだろうな? 雄一」

 思わず出てしまった、エヴァンジェリンらしからぬ弱い問いに、雄一は――――不敵に微笑み、告げた。

 彼女が望む答え―――――――――

「ああ。俺は、お前の呪いを解いてやる」

 ではない雄一の言葉に、エヴァンジェリンがこけた。

右腕を包帯で首からぶら下げている雄一へ、エヴァが怒りをぶつけるよりも早く、雄一は口を開いた。

「それに、方法も思いついているからな」

 

 時が、止まった。

 

「なにいいいいいいいいぃぃぃッ!?

 

 叫び声を上げたのは、エヴァンジェリン本人だった。叫び声は上げなかったが、茶々丸とチャチャゼロも、勿論驚いている。

予想外の反応に驚きながらも、雄一はエヴァに向き直った。

「其処で確認なんだが、エヴァンジェリン。その『登校地獄』って、体内に具現化することが出来るか?」

 雄一の問いかけに、真意が分からないエヴァンジェリンは、とりあえず頷く。

「あ、ああ。本来、そうする意味はないが、不可能ではない。そもそも『解除』も、そうすることが多いのだからな場所は、心臓近くだ」

 エヴァンジェリンの『魔力』を抑えている『登校地獄』等の呪いは、基本的に内部で具現化できる場合が多い――――らしい。

学園長にそのことを聞いていた雄一は、確信したように頷くと、エヴァに何かを渡した。

 大きな紅い球体。それを見た瞬間、エヴァンジェリンが眼を見開く。

「これは………血≠ゥ?」

 エヴァンジェリンの問いに、雄一は頷いて答えた。

「そ。体内で解けるカプセルだ。んで、エヴァンジェリンには悪いが、結構痛いと思うぞ? 本当に不死なんだろうな?」

雄一の問いに、エヴァンジェリンは眉を潜めた。侮辱されていると思ったのか、憮然とした態度で口を開く。

「ああ。厄介なことに、な。それで、どうすればいい?」

 エヴァンジェリンの言葉に、雄一は事も無げに答えた。

「普通に、飲んでくれればいい。その後、俺がどうにかしてやる」

 雄一の言葉に、エヴァンジェリンが息を飲む。しばらくためらった後、その紅い球体を――――飲み込んだ。

 そして、雄一は眼を瞑る。

 エヴァンジェリンの体内で、接する部分だけ固形化する雄一の血=B『フォトン』の気配だけで雄一は其れを操り、大体の進路を決めた。

そして、一思いに、心臓に繋がる食道を、貫く。

「ぐッ………!」

 小さく悲鳴を上げ、胸を押さえて倒れるエヴァンジェリンに、胸中で謝り――――見つけた。

 エヴァンジェリンの躯とは違う、存在。血≠通じて感じるその違和感は、確実に存在した。

雄一は、その存在へ血≠近づけると、固形化したところを、粉々にする。

 それもろとも、雄一はエヴァンジェリンの血が混ざるよりも早く、それを血≠ナ囲む。そして、それを固形化させた瞬間―――――――

「な!」

「ええっ!」

 エヴァンジェリンの体が、光で発光した。湧き上がる自身の『魔力』に、エヴァンジェリン自身どころか、其れを認知できるネギ、驚いては居ないが絡繰姉妹が驚いていた。

 先ほどとは比べ物にならない『魔力』の反流に、エヴァが堪えられす、笑顔を浮かべた。しかし、すぐに眉をしかめると、口を開く。

「しかし、何故だ? 何故、こう言う事が………?」

 エヴァンジェリンの言葉に、雄一は嬉しそうに口を開いた。

「ああ、俺は血≠操れるんだ。しかも、『フォトン』――ああ、俺の力で、もっとも純粋なエネルギーの事だ。んで、それは、『氣』に似ている性質を持ってる。そして、『魔力』と『氣』は相容れない――――」

 そこで、雄一は言葉を区切る。どこか、悪戯の成功したような、純粋な笑顔を向けながら、口を開く。

「さて、ここで問題です。『氣』と似ている『フォトン』で、『魔力』の塊として存在している呪を包めば………?」

「相容れぬ存在は反発しあい、効果が打ち消される。………解くというよりは、無効化させていると言う事か」

 雄一の説明を聞いて、ようやく合点が要ったように頷くエヴァンジェリン。それを後ろに、明日菜が雄一を引っ張り出し、耳元で囁いた。

「でも、良いの!? 勝手に解いちゃって………」

 明日菜の心配そうな言葉に、雄一は「大丈夫」と言葉を区切り、答えた。

「解いたわけじゃないからな」

 正直に言うと、そんなものは建前である。『登校地獄』自体は解いていないし、文句も言わせるつもりは無かった。

「………え? でも」

 雄一の説明を聞いても、未だに納得できない明日菜。

確かに、彼女は生粋の【悪の魔法使い】かも知れない。が、この方法にも欠点があることを、彼女達は知らない。

――――確かに、分かりにくいかもしれないな、と雄一は苦笑した。しばらく考え、雄一はエヴァンジェリンに向き直る。

 自分の力が戻った事により、嬉しそうなエヴァンジェリンへ、雄一は一つ、提案をした。

「エヴァンジェリン。嬉しそうなところ悪いが、すこし、魔法の力で浮いてくれるか?」

「何? ………ふん。まぁいいだろう。お前の言う事ぐらい、少しは聞いてやる」

 嬉しいのだろう、余り悩むそぶりも見せず、宙に浮くエヴァンジェリン――――雄一が、指をスッと伸ばし、ぱちんと、指を鳴らした瞬間。

 落ちた。それに驚いたエヴァは、顔から落ち―――痛みに悶えた。

「………え?」

 その様子を見て、素っ頓狂な声を挙げる明日菜へ、雄一は笑いを押し殺しながら、答えた。

「実は、な。『フォトン』は完全に俺が操れるんだ。封印も俺の腕次第、って事だ」

「な、なんだとッ!?

 ようやく痛みから復活し、雄一に文句をぶつけようとしたエヴァンジェリンが、驚きの声を挙げた。そのエヴァンジェリンへ、雄一はビシッと指を差しながら、口を開く。

「しかも、俺が死んだら『フォトン』が消えるからな。気をつけろよ」

 雄一の言葉に、エヴァンジェリンが、絶句した。

自分の封印の主導権が雄一に握られ、さらには雄一が死んだら、元に戻される―――――なんか、状況が悪化したように思ってしまったのかもしれない、と雄一は思う。

 其れを誤魔化す為、提案した。

「ま、普通のときは完全に無力化するから、安心してくれ。あ、それと、あんまり俺から離れすぎても――――まぁ、どのくらい離れないとなくなるか分からないが――――効果がなくなるかも知れないから、気をつけてくれ」

「………まぁ、良いだろう。今までのことを考えれば、悪くはない」

 雄一の言葉を全て聞いて、エヴァンジェリンは頭を垂れ、嘆息したように息を吐いた。

 しかし、悲観しているわけではない。雄一に見えない格好で、小さく、笑っていたのだ。

 悪くは、ない。

どうせ雄一は「欲しい存在」だ。自分の主導権を握っているとはいえ、相手は雄一―――――けっして、自分に不利になることは、しない。そのうち、主導権を奪ってやると、エヴァンジェリンは決心していたのだ。

「大丈夫です! エヴァンジェリンさん! 僕がうんと勉強して、その呪を解きますから!」

「………ふん。まぁ、いいだろう。期待しないで待ってるさ」

 ネギの言葉を聞いて、エヴァンジェリンは再度、胸中で微笑む。

 そう、よく考えれば、事態は悪化していない。むしろ、好転していた。

 ネギを背中に抱き、歩く雄一と、呆れたように溜め息を吐きながらも、すこし嬉しそうに歩く神楽坂。そして、エヴァンジェリンの少し後ろを歩く、茶々丸とチャチャゼロ。雄一のおかげで動けるようになったチャチャゼロは、カラカラと笑うと、口を開く。

「ケケケ。ナカナカ、面白イ事ニナッタナ、ご主人」

「………フン」

 面白い事になった? フン、まだまだ甘い。

面白い事になるのは、これからだ。未だになにかしらを隠している駒沢 雄一の『能力』と素性を知り、自分の物にするのは。

普通の人間―――いや、血≠ニ『フォトン』という力を操っても、『魔法使い』に届かない、一般人の範疇にいる雄一。

 そして、自分を欺いた、ナギの忘れ形見、ネギの成長を見るのも楽しみだった。

 そう、エヴァンジェリンの人生が面白くなるのは、これからだった。

 

 

 

 

 結局、雄一にとって吸血鬼かどうかなんて、どうでも良いのよね。血塗れになっても、人形を壊さずに戦っていたんだもの。ほんと、呆れるわ。

 あの、ヒーロー≠ノ近い、雄一。

 ネギを背負って歩く、雄一。

 ほんと、見ていて飽きないわ。ネギよりもしっかりしている分、ネギよりも危なっかしいんだから。

 でも、ほんの少しだけ、雄一のことを知ったのね。私。………むむぅ、なんか、ムカつくわ。友達――――ううん、親友だと思ってるのに、何となく気に入らない。

 え? 雄一が好きかって? はは、それはないわよ。

 私が好きなのは、高畑先生。私が気に入ってるのは、雄一ってトコかな?

 今のところは、ね。ま、これから変わる事は無いと思うけど。

 そう考え、私―――神楽坂 明日菜は、ネギを背おっている雄一を、横目で見ていた。少しだけ微笑んで、顔を前に向ける。

 桜が、花弁を散らしていた。

風が吹き、それらを吹き飛ばす。その世界は何処までも幻想的で――――綺麗だった。

 

 

 でも、なんか忘れてるのよね? なにかしら。

 

 

 

 そして、忘れられている存在が、一つ。

『お〜〜〜〜〜い、兄貴〜〜〜〜』

 深い森の中、薄汚れた一匹のオコジョが、ローブの上に落ちていた。

物凄く高い場所から落ちたのか、コートごと地面にのめりこんでいる。結構深いのか、もしくはどこか怪我したのか――――でられない。

 

 それは、カモだった。

 

 エヴァンジェリンの魔法探査を誤魔化すために、ネギのローブを口にくわえ、杖にしがみついていたカモは、地面に落ちた後、気を失っていた。

 すでに、ネギは杖を手元に戻していた。そして、あろう事か、誰もカモがいない事に気付いていない。

『………………なんか、俺っち、ここに来てから不幸ばっかだぜ』

 溜め息交じりに吐いたカモの言葉――――――――

「自分のまいた種だ」

 雄一の声が、何故か虚空に響く。

 

 尚、カモが助け出されたのは、これから三日後、木乃香がカモの事を思い出してからだという。

 

 

 

 

                    吸血鬼編     完



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