身体には、激痛が奔っていた。

 漆黒に近いスーツに、紅く奔る回路。半壊したバイザーを押しのけ、自身の武器―――ガラスの槍《グエディンナ》を杖に、雄一は立っていた。

 身に包んでいるのは、『武装』。『ルシフェル』の象徴とも言える、戦闘補助装備だ。エターナル≠ニ呼ばれる物質で構成されている。

 エターナル≠ニ呼ばれる物質が、ある。これは、『フォトン』が純物質化したものであり、『ルシフェル』が作り出すものと対消滅≠フ副産物で生まれるものの、二つがあった。。

 

その硬度や靭度は、正物質のものよりも優れている。

 実を言うと、グエディンナもエターナル≠限りなく純粋に圧縮、構成したものだ。ガラスの十字槍にしか見えないが、強度はある。

 そう考えながら、駒沢 雄一は、それを『解除』した。

 圧縮搭載法という技術を持って、『武装』が腕のブレスレットに戻っていく。グエディンナのもち手を軽く捻ると、それは伸縮し―――――大きな十字架に戻った。それを、腰のホルダーにはめる。

 現れたのは、いつもの服がボロボロになっている、自分の躯。古傷が見えるのは嫌だが、どうしようもない。

 痛む体を起こし、辺りを見渡す。ようやくはっきりし始めた視界の中、溜め息混じりに口を開いた。

「………んで、なんでこうなったんだっけ?」

 辺りは、森だった。ついでに言うと夜の帷が降りている。

 ホゥー、と、ふくろうの鳴く声がした。






 第一話 ここは何処ですか?






 僕の名前は、高畑・T・タカミチ。麻帆良学園で広域生活指導員を務めている、ちょっとふけて見られる先生だ。その気はなかったけど、生徒には『デスメガネ』だったり、『笑う死神』だったりと、様々な渾名をつけられているのには、参ったけどね。

 

まぁ、それは『表』の話。実は、『裏』の顔を持っているんだ。

 まぁ、早い話が、俗に『魔法使い』と呼ばれる存在だ、という事。夢物語に思われるかもしれないけど、ここに、現にいる。


 ―――夜。すっかり日が落ち、夜の帳が綺麗に閉じた頃、学園長の電話と共に、僕はその場所に向かった。それ自身は珍しい事ではなかったし、異論も無い。

 

ただ、いつもとは違う、ということには気付いていた。

『タカミチ君かのぅ。儂じゃが、ちょいっと頼まれてくれんか?』

 学園長は、電話口でそう切り出した。いつもどこか茶目っ気のある学園長にしては、少々警戒心をあらわにしすぎでも、ある。

 

(ふむ? 結界の異常のことかな? しかし、『魔力』は感じないし、ただの歪みだと思うんだけど、ね)

 

365日、1日中展開している結界だから、無論、不具合が出ることもある。そういった時に、僕達の出番、ということだし。

「で? 何が起こったんですか?」

僕の問いかけに、学園長が困ったような声を上げた。


『じつは、のう。儂にも分からんのじゃ』

 電話の声は、僕に戸惑っている印象を与えた。魔法=Aもしくは魔道具でこの学園の隅々を知りえている学園長にしては、珍しすぎた。

『何かが落ちてきたのは確かなんじゃが………・、儂の眼にはうつらんでのぅ。君が一番近いし、いってくれんか?』

「なるほど、そういうわけですか」

 

煙草に火をつけながら、僕は答える。不確定要素が高い現状だったら、確かに僕が適任だろう。

「わかりました。すぐに向かいます」

 そう答えた僕は、この時、はっきり言って油断していたかもしれない。

 

最初は、いつもの襲撃者だと思っていた。世界最高峰の頭脳の持ち主や、どの世界でも有数の魔力保持者、現行の科学技術を軽く凌駕する技術など、理由を挙げればきりが無い。

 

だけど、現場に行くとすぐにおかしな事に気付いた。

 其処にいたのは、身体をボロボロな服で纏った、子供だったのだ。

 子供、というには、彼は歳をとっているかもしれない。青少年、といった所か。黒髪と黒目であるところから見て、日本人だろう。気になるのは、その服が明らかに斬撃や銃弾のようなもので傷ついていることだろう。

「………やれやれ、困ったね」

 正直、僕には荷が重いかもしれない。そう感じたのは、彼が纏っている血のニオイ≠ゥらだ。

 尋常ではない。もはや、血の塊とでも形容すべき、その血の濃いニオイは、濃すぎて逆に気付かないほどだ。

 

それが、彼のニオイだとでも言うように。

どれほどの量の血にまみれれば、この様な匂いになるというのだろうか。大量虐殺をした、歴代の殺人鬼ですら、これよりはマシだ。


 どうやら『氣』も扱えるようだ。『感卦法』が使える可能性だって、否定できない。

なのに、だ。

 

彼の双眸は、ここから見ても、澄んでいた。一点の曇りも無い、青天白日の双眸を忙しく、周りへ向けていた。

 
「………ま、いっか」

 彼が声を上げたのは、ちょうどその瞬間だった。何を適当に切り上げたのかは分からないが、その顔は悲観した色も、困ったような態度も無い。

        
 さらに彼には、異常なところがあった。

 何よりおかしいのは、その濃い血のニオイとは対照的に、彼は圧倒的なまでに、一般人と大差が無いということだ。ある程度の武術の心得はあるようだが、それでもそれは、僕の記憶にある中国拳法を習っている女の子より、下だ。

 現に、僕の気配に気付いていない。纏わり付く血のニオイから察する相手のレベルから、圧倒的にかけ離れているのだ。

 その、異常性。恐怖を感じさせるのではなく、其処に居ないと思わせてしまう、いまだかつて出会ったことの無い気配。

 声をかけよう、と僕は決めた。

(………ま、いざと言うときは――――)

 戦うしかないだろうが。




 さて、現状を確認しよう。

 今日は、確か朝っぱらからレウィン―――ああ、対『アカツキ』用に開発されたロボットで、思考回路が四本ほど抜けている奴だ―――が、なにやらお見合い用に写真を撮ろうと人を拉致し、写真屋に放り込んだところで、『アカツキ』の襲撃があった。

 相手は、カルタニス。真四角の身体を持つ『アカツキ』で、C級最強の存在だ。危険だから、レウィンと共に現場に向かったのだ。

 このカルタニス、厄介な事この上ない。

 半径十m四方を正確に撃ち抜く高圧縮レーザーに、A級と同程度の装甲を持つのだ。

 なにより厄介なのは、コイツは一時間しか現在しない。帰ってくれるのなら万々歳だが、もっと面倒臭い事をしてくれるのだ。



 一時間後、こいつの起こす行動は、現時点最強の『アカツキ』、トールへの進化、もしくは、対消滅≠セ。



 知っているか? 対消滅=B正と負の電荷を持つ物質同士が触れ合うと起きる一種の崩壊現象で、その破壊力や、戦術核の比ではない。

 実際では、『アカツキ』自身は反物質だが、対消滅は起きない、とされている。

 何故か? 

 

理由は、いたって簡単だ。対消滅≠ヘエネルギー同士でしか起きないのだ。なぜそうなのかは、未だに良く判っていない。

 そう、カルタニスがでてきた所までは覚えているのだが、其処から先が、分からない。靄がかかったように、思い出せないのだ。

 手で、耳に触れる。

 いつも耳元につけている通信機で、【メルギド】本部に連絡を取ろうとしたのだが、付いているはずの通信機が、どこかにいってしまったのだ。

 ここが何処だか分からないが、戻るには、少なくとも数日かかる。二つの意味で発信機である通信機がないのだ、捜索も期待できない。

 辺りは森、しかも夜だ。今日は、野宿かもしれない。


「………ま、いっか」


 深く考えても、仕方ない。レウィンは強いし、他の仲間である竜紀や凛香も、自分と同じぐらい強いのだ。しばらく自分が居なくても――――いや、おそらく、俺がいなくても問題ないだろう。

 そう考え、辺りを見渡した。どうにかしてこの場所を抜けなければならない。
 

 ちょうどその時、声をかけられた。


「君、こんな時間に何をしているんだい?」

 俺は、声のした方向に振り返った。

 

 声をかけてきたのは、短髪を立たせ、どこか困ったような雰囲気を見せる男性だった。スーツをビシッと決めている上、顔立ちがいいのでさぞかし人気があるのだろう、と俺は思う。


 突然現れた男に驚いたものの、すぐに安堵の息を吐くと、俺は口を開いた。

「………人が居てよかった。あの、ここは何処ですか?」

 雄一の突然の言葉に、眼の前の男が驚く。その視線は鋭く、どこか油断ない。

(………しかし、危なくないのか?)

男は、両手をポケットに入れて、ジッとこちらを見ていた。その口には、火の燈ったタバコがあり、パラパラと灰が毀れていく。


 濃い森の匂いから分かるが、ここは恐らく森。火事など起こしたら、それこそ大惨事だ。

 注意しようか、と俺が悩んでいる間に、男がそれを取り上げ、口を開いた。

 

 


「本気で言っているのかい?」
 
 ややあって戻ってきた言葉に、目の前の男の子は小首を傾げながら答えた。

「あ、ああ。どうやら、爆発に巻き込まれたらしくて、記憶があやふやなんだけど。………っていうか、東京にこんな場所があったっけ?」

 雄一は小首を傾げるが、高畑には届いていないらしい。なおも警戒心を深める高畑は、胸中呟く。

(ウソを付いているようには、見えない、ね。でも、殺気を放っても無関心だし――――なにより、爆発?)

 何度か牽制で拳を放つ事前動作をしたが、彼は気付いていない。しばらく考えた後、高畑はポケットから手を出し、息を吐いた。

「君には悪いけど、ここは私有地でね。ここの責任者に合わせるから、着いてきてくれるかな?」

 爆発、の意味はわからないが、何かに巻き込まれてここにいるのは、確かだった。やれやれ、と胸中で呟きながら、肩をすくめる。


 後は、学園長に頼む事にしよう―――――

 言葉の裏の言の葉に、僕は知らず知らずのうちに溜め息を吐いていた。それを見ていたのか、男の子は苦笑しながら口を開く。

「ああ、分かったよ。俺の名前は駒沢 雄一」

「僕は高畑・T・タカミチ。一応、麻帆良学園の広域指導員だよ」

 挨拶をして、僕は彼を前に歩き出す。彼はようやく安心した様子で、僕の示す先を歩いていた。

 何となく、仲良くできそうだな、と僕は思っていた。





 世界樹、というものが麻帆良の地には、ある。天高く聳え立つ、神々しくも優しいその大木はこの地のシンボルであり、全世界でも知られた名物でもあった。

 

麻帆良学園にでた所で、雄一が声をあげた。

「でけっ!? 何あれッ!? えッ!? 木でかッ!? つうか何処ここッ!?

 始めて見たように声をあげる雄一へ、高畑は少しだけ怪訝そうに眉を潜めた。

 

 世界樹は見ての通り、この学園の何処からも見ることが出来る。侵入した人間だとすれば、それを今、初めて見るそぶりを見せるわけが無い。

 

警戒の色を濃くしつつ、口を開いた。

「ここは、麻帆良学園都市だよ。………知らなかったのかい?」

高畑の問いに、雄一はいまだに驚きの視線をそらさず、答えた。


「あ、ああ………。なんせ、こんなでかい学園都市なんざ、『桜門外学園都市』しか知らないし」

 自分の出た高校の名前を挙げつつ、「それよりも広いな」と呟く。

 

一方の高畑は、口にくわえていたタバコを、思わず落としそうになってしまっていた。

「麻帆良学園を知らない?」

 世界的にも有名な学園都市だと言うのに、それを知らないと言う雄一――――高畑は、眉を潜めつつも、今は説明せずに彼と共に向かう。

恐らく、この現状を打破できる、人物のところへ。

 


 
 雄一が連れて行かれた場所は、麻帆良学園の学園長室だった。その扉を開けた瞬間、雄一は絶句し――――とっさに扉を閉めた。

 後ろから高畑の訝しげな視線を受ける。が、雄一は腰から十字架、グエディンナを引き出すと、叫んだ。

「逃げろッ! 学園長室になにやら訳の分からん、存在を認めたらなにやら人生の様々な部分で妥協しなくちゃいけない奴がいるッ!

 雄一の言動、その動作に、高畑は苦笑する。ぼりぼりと頭を掻きながら、なにやら物々しく部屋に踏み込もうとしている雄一へ、告げた。

「悪いけど、あの人は(多分)人間(に含まれる)だよ。そして、この学園の最高責任者、近衛近右衛門だ」

 高畑の言葉に、雄一は動きを止める。今まさにグエディンナを槍に戻そうとしていた所で踏みとどまり、ぎちぎちと音を立てながら振り返った。

やがて、この世のもの全てを信じられなくなったような目で、すがりつくような声を上げた。


「………マジ?」

「マジだよ」



「ふぉっふぉっふぉ。なにやら君の人生であらゆる妥協を赦さないと存在できない儂が、近衛近右衛門じゃ」

「すいませんでしたッ!」

 絨毯の床に額をこすりつけるように謝る雄一に、「ふぉっふぉっふぉ」と笑っていた。その人間離れした頭には、青筋が見て取れる。

 

が、本気で怒っているようでもなく、渦中の人物が思ったよりものりがいい人間のようで、安心したようだ。

 高畑は、その学園長を見て、苦笑していた。自分もそうだったが、駒沢 雄一という人物は、どこか親しみやすい一面がある。

「さて、冗談じゃが、駒沢 雄一君? 君は、何者じゃ?」

 学園長の問いかけに、雄一は少しだけ顔を歪めると、諦めたように溜め息を吐き、告げた。

「俺は、『ルシフェル』日本本部【メルギド】総司令兼隊長、駒沢 雄一です。多分、内閣府に問い合わせてくれば、分かると思うんですが」

 それは、雄一最大限の証明方法だった。

 

世界共通の敵であり、人類の天敵である『アカツキ』を倒す『ルシフェル』なのだから、証明してくれるだろうとの、思惑もあった。

 

実のところ、内閣府がそれに答えてくれるとは、微塵も思っていない。ただ、その筋から【メルギド】の仲間が見つけてくれることを、祈っていた。

 しかし、近右衛門は、予想外のことを口にした。戸惑うような、それでもどこか不穏な気配を滲ませながら、眉を引き上げる。

「ふむ? 『ルシフェル」とは、【こちら側の世界】の組織かの?」

「え? 知らないんですか? 最近は、【メルギド】の名前も有名になったと思うんですけど?」

 ふむ、と学園長は唸る。その態度を見て、雄一は何をふざけているんだ、と思った。

 『アカツキ』と対抗する『ルシフェル』を知らない人間など、一人もいない。敵意や悪意を抱く人間も、いないことも無いが、どこか雰囲気が違う。

 

なら、何かの悪戯だ。勘弁してくれ、と雄一は思う。

 その時だった。ふと、視界に学園長の机の上にあるカレンダーが映ったのは。

 2003年―――その文字に、眼を見開いた。





「そもそも、『ルシフェル』とはなんじゃ?」





 その瞬間、世界が止まった。


 


 部屋に湧き上がるのは、警戒心と敵意。しかし、雄一はそれに気付いたわけでもなく、それを気にする様子すら、見せない。

 在るのは、困惑。戸惑い。そして、驚愕といった気配。その全てを自覚しながら、雄一は頭を押さえた。

 

ありえない話ではないが、それは机上の空論だった。その説があったとしても、自分は鼻で笑っていたはずだ。

「………どうやら、儂の思惑とは違う事が、おきているようじゃのぅ」
 
 沈黙を切り裂いたのは、学園長の言葉だった。その言葉を聞いて、雄一は口元を押さえる。

「………………マジかよ」

 正直、気が狂うと思った。頭を抱え、雄一は唸り、息を吐く。

 そして、再度二人を見る。ここまで、二人には嘘をついているような態度を見せては居ないし、警戒はしていても、攻撃はしてこない。

 なら、全てを話したほうが良いだろう。信頼してもらえなくとも、こちらから歩み寄らなければならない。

 そして、雄一は改めて―――真剣な表情で、告げた。


「俺は、駒沢 雄一。どうやら、異なる【世界】の人間です」



 それが、この物語の始まりだった。





「………なるほどのぅ。『アカツキ』に『ルシフェル』か。雄一君が眼の色を変えるわけじゃて」

 学園長に自分の世界の事を説明すると、すんなりと受け入れられてしまった。それに驚きながらも、彼等が代わりに説明してくれた事を思い出しながら、呟く。

「魔法=Aですか。………こっちも、甚だ奇想天外ですね」

 この世界には、魔法≠ェあった。基本的に秘匿されるものらしく、公開していた『ルシフェル』とは、確かに正反対のものだ。

 ただ、それでも元の世界に還れるとは限らない、といわれた。

「雄一君の言う『フォトン』とは、こちらで言う『氣』に近いものじゃろう。ただ、限りなく近いだけで、本質は違うようじゃがのぅ」

 それは、高畑の言葉で分かった事だ。彼が『魔法使い』だという事にも驚いたが(魔法使ってないし!)、なによりここには多くの魔法先生が居るというらしい。ちなみに、生徒にもそれに近い人間や、魔法生徒が居るそうだ。

 どこぞかの小説で言う、【平行世界】と言うものだろう。細部は違うが、大まかに同じなのは助かる。

 今は、2003年。雄一たちのいた世界より、9年も昔だが、『アカツキ』は襲来していないらしい。原因である反物質≠フ作製がないのだから、当たり前だが。

それを聞いて、雄一は安堵の息を吐く。それを見ていた学園長と高畑には、奇妙な印象を与えていた。


 問題は、これからだ。こっちの世界の【裏】も知ってしまった雄一は、どうなると言うのか。

 『ルシフェル』では、機密情報を漏らした相手は、どんな理由があっても軍法会議である。最悪、殺される。


 

「して、雄一君。君は、これからどうするつもりなんじゃ?」



 雄一が危惧していた言葉が、飛ばされた。雄一は、しばらく悩んだ後―――肩をすくめ、答える。

「元の世界に戻る方法を探します。向こうは、多分大丈夫だろうけど、一応司令ですので」

 正直、自分が居ても居なくても、士気にしか関係しない。居なくなったら補充するだろうし、実のところ軍部に嫌われているのは自分だけだから、逆に良かったかもしれない。。

 

俺も寂しいし、皆も寂しいかもしれないが、それが戦争だった。

 雄一の考えにより発された言葉に、学園長は嬉しそうに頷くと、告げた。



「なら、この学園で働いてみんかの?」



 戦術核―――下手をすれば対消滅≠謔閧熕ヲい爆弾発言をのたまってくれたのだ。

 勢いあまって学園長の机に頭突きをかます。よろよろと顔を挙げる雄一へ、学園長は告げた。

「戸籍も身元保証人もおらんのじゃ、これから生きていくのも大変じゃろ。幸い、魔法関係の物はここに集まるし、うまく行けば還る方法が分かるかも知れんぞ? ああ、この学園なら、儂が身元保証人になれば問題ないじゃろ」

「………」

 学園長の申し出は、雄一にとって眉唾物だったが、同時に疑わしいものだった。

「………何を考えているんです?」

 訝しげな雄一の問いに、学園長は飄々とした態度で答えた。

「ここまで知っておいて、さよなら、とはいえんでのぅ。なに、老人の厄介じゃて」

開いているようには見えない目をこちらに向ける学園長に、苦笑しながらこちらを窺う高畑先生。その二人の態度には、敵対心というものが無かった。


 どうやら、本気らしい。本音は、近くに置いて監視したい、といった所か。

 しばらく学園長と睨みあった後、雄一は溜め息混じりに頷き、苦笑して答えた。

「なら、頼みます。んで? 俺は何をすれば良いんですか?」

 雄一の言葉に、学園長は頷きながら答えた。その顔が何処と無く嬉しそうなのは、高畑の気のせいだっただろうか。

「実はのう。今度、新しい担任の先生が来るんじゃ。その副担任をやって欲しい」

 学園長の言葉に、雄一は眉を潜めた。

「いっておきますが、俺は免許持っていないんですよ?」

「ばれなければ良いんじゃ、ばれなければ」

 聖職者あるまじき暴言だが、雄一に選択肢はない。溜め息交じりに答えた。

「分かりました。給料は普通の先生よりも少なめで。あ、あと、夜の警備員もやりますよ」

 その一言を後で後悔―――しかも二回―――するとは、このとき夢にも思わなかった。

「フォッフォッフォ。なら、今夜は仮眠室で寝ると良い。明日には住む所も決めておこう。高畑君、案内を頼むぞい」

「分かりました。………雄一君、大変だと思うが、僕も手伝うから、頑張ってくれ」

「ああ、ありがとう。こっちには見合いを勧める暴走ロボットもいないし、大丈夫だよ」

 遠目で、少しだけ悟りきった声で呟く雄一をつれ、学園長室を後にした。




 二人が出て行った後、学園長は――――小さく、呟いた。




「『ルシフェル』に『アカツキ』とは、のぅ。………皮肉な名じゃ」
 



 世界は、静かに回っていた。

 

 

 

 

 



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