後日談 それから、そしてこれから
「………」
無言の視線――――驚きや怒り、説明を求める無言の圧力を込めた杏樹の視線。その視線を感じながらも、翔は御飯を口に運んでいた。
夕食は、豚ばら肉の角煮と味噌汁、そしてサラダだった。好きな調味料であるポン酢をかけながら、翔は箸を動かさず無言の圧力をかけてくる杏樹へ、声をかけた。
「早く食わないと、なくなるぞ? あ、料理は美味いぞ」
「あ、ありがとうです―――じゃ、じゃないですッ! お兄ちゃんさんッ!」
珍しい、杏樹の叫び声。それから彼女は、グルッと手を回すと、続けて叫んだ。
「何でこんなに人がいるんですかッ!?」
居間には――――まぁ、つまるところ、全員いた。
レイによって完全治癒した淵東や黒木、絵梨と、大人の女性の姿のままのレイ、そしてボロボロの服を来て、帰ってきた義兄―――それらを見て、杏樹は驚いたものだ。
淵東と黒木は、能力の反動から、すでに眠っていた。親の寝室に寝かしているが、命に別状は無いようだ。
それらをみて、杏樹は今にも泣き出しそうな顔を向ける。無言で説明を求めていても、翔が無視していたからかもしれない。
「君、醤油を取ってくれないか?」
いつもどおりに、眠そうな眼差し―――ボロボロの服の代わりに、翔のTシャツを着ている絵梨へ、翔は箸を口にくわえ、醤油を手渡した。
翔は、箸を口にくわえながらも、小さく首を傾げ、答えた。
「言っただろ? 俺が事故に会う直前に助けてもらった人だって。どうも、財布やらなにやら全てなくして、泊まるところが無いって言うんだ。仕方ないだろ?」
「それは―――――」
そういって、口籠もる。我ながら厳しい言い訳だと思うが、そこは万年頭に花が咲いているような義妹―――すでに、畏縮してしまった。
「お兄ちゃんさんを助けてくれて、ありがとうございました」
「気にするな。俺も、翔の事が気に入ってるからな」
『翔』の事。その呼び名に、杏樹の顔が強張った。一瞬だけだが、水村の顔色も変わった気がした翔は内心、かなり「ふざけんな」と叫びたかったが、すでに居直っているため、気にしない事にした。
覚悟の質は違うが、ある意味人生でもっとも辛い覚悟をいくつか、翔は決めた。
その一つである、行く所が無い――――正確には、帰りたくないレイを、家で面倒を見るということ。
その旨を、杏樹に伝えた所、珍しく眉を潜めていたが、翔を助けた命の恩人だという事で、渋々頷いた。絵梨にいたっては淡白なもので、レイとあった時だって。
「いいんじゃないのか? 魔法使い≠ヘ、多いに越した事は無い」
と一言で片付けたものだ。
しかし、それは翔も分かっていた。
(………どっちかと言えば、これからのほうが大変なんだな)
翔が魔法遣い≠セということは、すでに聯合、総連の両方へ伝わったらしい。あれだけの大掛かりな戦闘―――そのわりには、警察も来なかったが―――が起きれば、まず間違いなく諜報部が気付くそうだ。
淵東と黒木も、この町にいるそうだ。どうやら、翔達の事がいたく気に入ったのもあるが、もともと聯合も好きではなかったらしく、翔を護るため、力を貸してくれるらしい。
(………結局、今まで来るはずの災難のツケが、ここで爆発しただけって事か)
そう考えながら、今までツケを追い払ってきた親友を、横目で見る。疲れているのか、頭をフラフラさせながらも、ボウッとした面持ちで御飯を食べていた。
絵梨が、翔の視線に気がつく。訝しげな気配だけが、わかった。
結局の所―――特殊な環境が、さらに悪化しただけだった。両親が勝手に世界旅行に出て、居候が三人、増えただけの事――――問題は、無いのかもしれない。
(結局、気のもちようだな)
視線を義妹に戻す。戸惑ってはいる様だが、彼女ならすぐに慣れるだろう。
そして、一番の変化であるレイを、見た。思えば、あの狼がここに来た時から、状況は悪化している。なにより、女性だという事に驚いたのだ。
(………つくづく、女に左右される人生だな)
それが、恋愛だとかだったらまだ諦めがつくが、彼女達はただの偶然から、翔の近くにいるだけである。彼女たちにとっては、当たり前の事かもしれない。
「楽は、できないってことか」
思わず、声が出てしまった。
夜―――――杏樹は寝付き、レイは居間のソファーで眠っている頃、翔は屋根の上にいた。
空は、満月。いつもは大気が薄暗く澱み、見えない星空が、なぜか見えていた。
「綺麗だな」
「いまさら、いつの間にかお前が隣にいても、おどろかねぇよ」
いつの間にか――――それは、きっと意識していても気がつかないだろうと、翔は知っていた。
絵梨が、隣に座って星空を眺めている。口にはいつものパイポがくわえられ、爽やかなミントの香りが鼻につく。服は、翔の服を勝手に着ているようだが、上着はいつもの裾の長いジャケットだ。
視線を向けなくても、そこにいるのがわかる――――何故だろうか?
「………なぁ、水村」
「………ん?」
眠いのだろう、小さな声が返ってきた。小さく苦笑しながら、それでも続ける。
「悪かったな。疑って」
「本心から疑っていたわけじゃなかったんだろう? 気にするな」
友達だから、という言葉が後に続くのを、翔は感じていた。その居心地のいい空気を纏いながら、翔は視線を前に向ける。
星空が、いつもよりも瞬いている。星の海に沈んでいく街を眺めながら、翔は口を開いた。
「何で、お前は戦ってたんだ?」
翔の言いたいことは、分かっていたはずだ。それを知っていて、どう返してくるか――――――実のところ、翔にも、わかっている。
それを確認するため、隣の幼馴染を見た。その幼馴染は、いつもの眠そうな眼差しを翔に向けたまま、不敵に微笑み、告げた。
「私に総連やら聯合やらへ入れと、言ってきたからだ」
答え――――――期待通りだ。
「そうか。………なら、俺の血を吸わない理由は?」
再度、見る。その幼馴染は不敵に微笑みながら、鼻を鳴らして答えた。
「私は、私だ。興味ない」
そういって、彼女は口にくわえたパイポを指で掴み、投げ捨てた。ゆっくりと屋根の上で立ち上がり、ポケットに手を突っ込みながら、小さな声で続けた。
「君は答えが分かっているようだったが………それでも、聞きたい事だったのか?」
訝しげな、それでもどこか嬉しそうな声―――――それを聞いて、翔は軽く肩をすくめあげる。そして、彼女と同じような声で、告げた。
「………まぁ、な。俺の立場になれば、わかる」
「それは、ごめんこうむるね」
小さく笑い、彼女は歩いていく。
彼女は、どこに行くかわからない。いつも、フラフラとどこかを歩いてきたのだろう。それでも、彼女は自分の近くへ帰ってくる。それを、彼女は望んでいた。
なら、自分と会うまでは――――――きっと、自分以上に辛い経験をしてきたのかもしれない。自分が、今は悲惨な状況にいるとしても、だ。
彼女は、力よりも親友を取った。それだけが、確かな事だ。
そして、その親友は、ずっと自分を助けてくれていた。知っていて、今までどおりにはいけないのだろうか。
しかし、と自嘲する。自分が聞きたいことを、一つ聞いていない。
「………俺達の関係は、変わるのか?」
愚問だな、と自嘲する。
知っているのだ。必ずそう答えてくれると、信じているからだ。
彼女なら、いつもの表情で、こういうだろう―――――――
庭に下りた絵梨は、小さく溜め息を吐く。自分の心臓が激しく動悸するのは、いつまで経ってもなれないものだ。
(………全く。私も、意外と女だ)
そういって、ポケットからパイポを出し、くわえた。これを吸っているときは、心臓がゆっくりとなる。翔といるときの、必需品だ。紅い顔がようやく冷めたところで、一息つく。
そういえば、と顔をあげる。嬉しそうに微笑んだまま、呟いた。
「昔っからの癖………彼のおかげで能力が見つかったわけだ。………・それを悪用する、私はどうだが」
今までは、ずっと護ってきた。しかし、これからは自分で動くだろう。
「………私達の関係は、変わるのか?」
愚問だ、と自分で考える。
知っている。必ずそう答えてくれると、信じているから。
聞けば、彼は不敵に微笑みながらこういうだろう―――――
『変わると、思っているのか?』
祖母は、どこまで気がついていたのだろうか。
翔が純粋な魔法遣い≠セということには気がついていただろうし、全てを知っていたかもしれない。
何故、教えて逝かなかったのだろうか?
知っていれば、抵抗出来たかもしれないのに。
「翔ちゃんは、きっと多くの人を助けるわ。おばあちゃん、わかるもの」
そういって、祖母は死んでいった。まるで、伝える事は全て伝えたように。
その時、祖母は全てを知っていたから、笑ったのだろうか?
翔が、さまざまなつながりで生きていけるということを。
まるで、予言めいた事を言うかのように――――それは、祖母が望んだとおり、永延と翔の心に残る。
そして、今、自分はこうして生きているのだ。新しい、仲間を作って。
他の人間と違いなく、いや、かなり、いや多分に、特殊な環境で。
それでも、火花を創れる、『小さな魔法が使える手』を持って。
はい、というわけで『小さな魔法遣い』のお話は、以上で終わりです。
いかがでしたでしょうか? この話は私が高校生になったぐらいに作ったもので、設定も『魔法遣い』と『魔法使い』の二つぐらいしかないです。テーマは『変わらないもの』と、『男女の友情』です。後編があったら、修羅場とかありそうですが(笑)。
とはいえ、読み終わってから、何かしらすっきりした感じになってもらえたら、良いと思います。そして、よろしければ感想をBBSかメールにてくださると、とても嬉しいです。
このサイト最初の完結作品、読んでいただき、ありがとうございます。
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