五、賭け




 

「………魔法使い≠フ聯合と総連がそのことに気がついたのは、一千年以上昔の事だった」

 昔、未だに魔法などが信仰されていたらしく、魔法使い≠フ人々は人の血を好んで飲んでいたという。その人間の部位を食べれば、その部位が強くなるという考えがあったそうだ。

 そして、魔法遣い≠フ血が濃くなった人間を食べた魔法使い≠ェ、意思体になった。そして、その能力に帰依した姿として、滅びるまで存在するという。しかし、その強大な力と人間離れした姿に、最大の禁忌として封印され、『呪い』として今まで伝わったらしい。

 エアゾルの能力は、『空気』。能力が完全に開放された彼は、まさに空気と化しているのだ。それは、まさに人から人へと乗り移る『呪い』の一つといえるだろう。

 空気感染(エアゾル)とは、よく言ったものだ。それに気がつかない自分が嫌になる。

 ただ、欠点もあったらしい。媒体―――この場合、能力ではなく憑依した人間からでて三十秒後、自然消滅するそうだ。

「――――実際、やつを倒す方法は、ない。魔法使い≠フ体から追い出して三十秒、人の居ない場所で憑依した人間が死なないと倒せないんだ。………昔は、密室空間で知らない間に毒を飲ませ、封じ込めて殺したそうだが」

 レイの説明を聞きながら、翔は河を眺めていた。レイは、器用に口だけで河川敷に淵東と黒木を寝かせてから、落ち込む翔の後ろに座っていた。

翔は、足元にある石を拾い上げると、河に投げ―――告げた。

「………殺させるかよ。まだ、俺は謝ってないんだぞ?」

 絵梨が乗っ取られたとき、一瞬何がどうだか、分からなくなった。いつもの不敵な親友ではなく、悪意に満ちた存在に堕ちていった――――それが、どうしようもなく腹ただしかった。

「それで、手はあるのか?」

 翔の言葉――――それに、レイが静かに首を振った。それを気配だけで感じて、翔は大きく溜め息を吐く。

 今ある道は、二つ。レイの言う通りの方法を使って絵梨ごとエアゾルを殺すか、自分が人身御供となって死ぬか。

 

「………どっちも、嫌に決まってるッ!」

 

 激情が、口から奔った。自分が死ぬのも、相方が死ぬのも、翔にとっては気に入らない事でしかなかった。

 

 しかし、それでも――――――。

 

 翔は、静かに見上げた。すでに真っ暗になり、月明かりだけが翔を映していた。

 世界は、非情だった。

ただ、平穏を生きたいと願っているだけなのに、子供のときから忌み嫌われ、一人ぼっちになっていた。今では、唯一の親友でさえ、奪おうとしている。

(………こんな、火花しか出せないような血のせいで―――――)

 遠い昔、祖母は言った。

『翔ちゃんの手は、魔法の手ね』

 何が、魔法の手だ。親友も、自分ですら護れないじゃないか!

『暖かくて、ホッとする手。とっても、優しい手ね』

 暖かくて、ホッとして、優しいからって、何も護れない、力の無い手だッ!

『きっと、多くの人を助ける為に、あるのよ』

「――――誰も、護れないッ!」

 噴出すような、憤り。それを示すように、翔は自分の右手で拳を作り、近くの石を殴った。

 砕けたのは、自分の手。皮膚が裂け、血が流れるというのに、石はそこに存在する。絵梨やエアゾルみたく不思議で壊せるわけでも無い、ただ単に、『火花が生み出せるだけの手』。

「何が、何が魔法だッ!?

 叫ぶ。全てが許せなくて、叫んだ。

 そして、拳をもう一度叩きつけようとして――――とまった。

 レイが、その体を翔の前に滑り込ませたのだ。真っ黒な狼の双眸が翔を見据え、冷静な声が響いた。

「魔法使い≠ヘ、何も生み出せない。破壊と自分を削る事しか、できないんだ」

 レイの言葉―――翔の拳が、止まった。それを確認したのか、または殴られても続けるつもりだったのか、レイは叫んだ。

「魔法遣い≠ヘ、無から有を生み出すッ! 俺達は、何も生み出せないッ!」

 それは――――怒りの声だった。睨みつけるような眼差しでレイは翔を見て、告げた。

「俺たちの能力は、魔法遣い≠フほんの残り香だ。確かに、翔のそれは、俺たちよりも弱いかもしれないが、それに当たる前に………魔法使いと自分のどっちも助けたいなら、傷つけるのではなく、方法を考えろ」

 その声は、震えていた。憤りと憎々しい感情が、レイの声から感じられた。

「――――クソッ!」

 小さくはき捨て、翔はレイを退かした。大きく息を吐いて、頭を抱える。

(俺の能力が、こいつらより上だって!? ………ふざけんなッ! 今までだって、役に立ったことなんて――――――)

 次の瞬間―――――翔の中で、一つの考えが駆け巡った。

それはまさに、天啓というべき考えで、それ以外に考えが無かった。なにより、絶対にうまくいくという確信もあったのだ。

 

「………なぁ、狐、こんな方法は、どうだ?」

 

 レイに、自分の考えを述べる。レイは、聞く前は訝しげだったが、聞いているうちに驚きの表情を浮かべ、全てを聞き終えたときには、完全に呆けていた。

「………さすが、魔法遣い≠セ。それに、それは翔にしかできない」

「まぁ、命がけ、だからな。無事でいられるはず無い」

 

 翔は、絵梨を助ける気だった。

 

翔が提案した方法は、はっきり言って危険極まりないが、確実にエアゾルを滅ぼす事ができる。なにより、ただ単にエアゾルへ体を明け渡すよりは、断然マシだった。

「………頼むぜ、レイ。お前の行動が、全てを握っているんだ」

「任せてくれ」

 レイの言葉に、翔は決心した。

 その横顔を見ていたレイは、確かに笑った。次の瞬間、レイは姿を消し、作戦の下準備へと向かっていったのだと確信する。

 それを見送って、翔は呟いた。

「………俺に、喧嘩を売ったことを後悔させてやる」

 売られた喧嘩は、高く買う――――それが、翔の信条だった。

 

 

 

「………お兄ちゃんさん、遅いですね」

 そう言いながら、杏樹は鍋に火をかけた。

 彼女がいる場所は、キッチン。時計の針はもうすぐ六時を指そうとしていて、すでに翔が帰って来てもおかしくない時間だった。

 それでも、杏樹は嬉しそうに料理を始めた。いつのときでも、料理を作って美味しく食べてもらうのは、楽しい事だ。

「あ、携帯電話持ってこないと」

 部屋に置きっぱなしの携帯電話―――翔から、電話があったかもしれない。

 慌てて階段を駆け上がり、ドアを蹴破るように開ける。ベッドの上に落ちている携帯電話を持ち上げる――――と、不意に写真立てに眼を向けた。

 笑っている自分と、無愛想ながらも優しく頭を撫でていてくれる翔。その写真立てに、ヒビが入っていた。

「あれ? いつ割れたんだろ?」

 それは、翔の顔を裂くように、ひび割れていた。

 

 

 

「ようやく来たか。魔法遣い=v

 廃工場――――電気が生きていたのだろう、以前は事務室に使われていた場所に、絵梨はいた。暇を持て余していたのか、机の上にすわり、書類を読んでいた。

翔が入ってくると、手に持っていた書類をその場に投げ捨て、立ち上がる。

 否、エアゾルか。そう自分で思い直し、翔はその部屋に足を踏み入れ、扉を閉める。ガラスは割れていないようで、完全な密室状態だった。

 エアゾルは、不敵に笑うと、告げた。

「悪いが、両手を挙げてくれないか? 何かされたら、かなわない」

 翔は、それに従い、両手を挙げ――――その途中で、口を開いた。

「………二つほど、聞きたい事があるんだが、いいか?」

 翔の切り出し―――それを聞いて、エアゾルは顎を擦った。しばらくして、簡単に頷くと、嬉しそうに微笑む。

「おしゃべりは、好きだ。いいぜ。聞いてくれ」

 エアゾルの言葉―――それに、翔は尋ねた。

「………お前は、その姿になって、後悔した事は無いのか?」

「ない。最高だぜ? 永遠の命に、違いないんだからな」

 何のためらいも無い言葉。それに、翔は小さく鼻で笑う。思ったとおり、最悪の奴だ。

 最悪の奴が、最高の親友に乗り移っている。それが、気に入らない。

 その時、翔の鼻が動いた。それと共に、相手にわからないよう、不敵に微笑む。それは、下準備が終わったことを意味しているからだ。

「………もう一つ、聞きたい―――というよりは、見てみたいんだが………。お前の本当の姿、見せてくんないか?」

 翔の言葉に、エアゾルは少し考える素振りを見せ、微笑んだ。

 次の瞬間、エアゾルの体から黒い霧が噴出す。それが吹き出た瞬間、絵梨は力無く倒れた。

 黒い霧―――それが形を作る。グワッと何も無いところが広がり、声が響いた。

「これが、人類最高の姿だ。………まぁ、三十秒で死ぬらしいが、どうでもいい」

 ゆっくりと近付いてくる霧――――それを見て、翔は悲しげに眼差しを伏せた。

「痛いんかね?」

「恐怖も痛みも、全く無いぜ? ま、関係ないか」

 そう言いながら、エアゾルは翔を包み込もうとして、とまった。

 気がつかれたのか、とも思ったが、違うようだ。エアゾルは不敵に微笑むと、嬉しそうに口を開く。

「今から、楽しみだぜ。………どれほど強くなるか」

 そう言いながら、霧がどんどんと近づいて来る。黒い霧が翔を取り囲もうとした。

 

まさに、その瞬間。

 

 

 

―――翔は、小さく、笑った。

 それは、段々と大きくなり、ついには大声で笑い出した。心底おかしそうに、腹を抱きかかえて笑いながら、翔は霧になったエアゾルへ、指を突き出し、叫んだ。

「お前、霧になって臭いもわかんないんだなッ! この臭い匂い、気がつかないとはッ!」

「な、なに………?」

 翔の視線の先――――絵梨が倒れていた場所に、絵梨がいなかった。

 エアゾルが、視線を変えた―――入り口のところに、絵梨をくわえたレイの姿があった。狼は少し微笑むと、すぐに姿を消す。

 その先に見えたのは、アルミ製のボンベ―――次の瞬間、翔が指を、掲げたのだ。

 

 ほんの刹那――――躊躇いの後、翔は微笑む。全ては、この一瞬にかけていたのだ。

 

「死ね。どあほ」

 

 

 

 パチン、という指のすれる音――――それと共に、真っ白な光が部屋から溢れ――――――爆発した。

 

 

 

 翔が提案したのは、ガス爆発による消滅だった。

 エアゾルの能力は、空気。その能力に帰依した意思体であるエアゾルを消滅させるには、炎で吹き飛ばし、空気を燃焼させるしかない。

 そして、翔ができるのは、指から火花を出すこと。できることは、一つしかない。

 まず、レイには先回りをして、ボンベを準備させ、待っていてもらった。後は、翔の話術を使って霧状になってもらい、気を失っている絵梨を外に運んでもらう。そのついでに、ガスを充満してもらった。目の前で大きく笑えば、さすがに戸惑ってくれると思ったのだ。

 なにより、この作戦には翔の能力が大きく関わっていた。

 

 炎―――真っ白な光の中で翔はそれを、身を持って実感しているのだ。炎は、翔に触れる数センチ前で分かれ、服すら燃やさず消えていく。

(………なるほど、ね。炎に抗体があるって、こういう意味か)

 この作戦最大の欠点は、着火点である翔の安否だ。しかし、この作戦を話した時の、レイの口から漏れた言葉は、意外そのものだった。

『魔法遣い≠ヘ、無から有を生み出す。………生み出したものに、危害を与えられるはずが、ないじゃないか』

 翔は、火花を出していたのではなく、創りだしていたのだ。擦っていたのは、先入観からただ単に慣習化したものだった。生み出した物―――つまり、火花がガスに燃え移って行く瞬間、ガスは翔の生み出した炎として、彼に何一つ傷つけられない―――――。

 それが、今証明されたのだ。もっとも、証明されなくてもこれをするつもりだったのだが。

(へ。自分の体を使われるぐらいだったら、死んでやる)

 それは、杞憂に終わった。自分が、魔法遣い≠セという実感を残して。

 黒い霧は、炎に包まれていた。真っ白な劫火の中、エアゾルは大きく叫び、燃え尽きていったのだ。

 エアゾルは、空気に帰依している――――その空気を構成している酸素が、燃焼によって無くなれば、彼は文字通り、この世から消滅する、と翔は考えたのだ。翔の考えは見事に成功し、エアゾルは地獄の業火に焼かれるため、地獄へと送り届けられたのだった。

 しかし、爆発の余波は、容赦なく翔へ襲い掛かってきた。爆発の衝撃と余波、さらには降りかかってきた破片などが、翔に降り注ぐと同時に、地面が消え、二階から落ちる。

 爆発してから、数秒―――十数秒、時間が流れた。全ての破片を振り払い、翔はその場で立つ。

 頭上は――――穴だった。綺麗さっぱり吹飛んだ二階部分を見て、自分で苦笑する。

(考えた時はどうかと思ったが………。おっそろしい威力だな)

 火花しか作れないとしたら、考えられる行動は二つ。粉塵爆発と、ガスの充満した部屋で火花を起こせば、共倒れでも相手を倒せると踏んだのだ。

「………は。共倒れなんて、俺に、出来るわけ無いだろうが」

 鼻で笑い、自嘲する。もともと命がけで戦う相手――――誰かのために死ぬなんて考えは、ない。それが、親友だったからこそ、踏ん切りがついたのだ。

 歩き出そうとした―――――まさに、その瞬間、意識が朦朧として倒れた。

 ガチャ、ドチャ――――その音を聞いた瞬間、気がついたのだ。割れたガラス片が、自分の胸を貫いている事に。

 

 脈打つ自分の心臓が、耳を打つ。急激に体温が下がり、目の前が暗くなってきた。

 

 頭を、振るう。少しだけ意識を覚醒させ、動いた。

 

 体を、近くの壁にあずける。口からも血が流れ、呼吸すら困難になり始めた。

 

(ああ………………。これが、死ぬってことか)

 

 炎を喰らわなくても、それ以外のものには全く抵抗がない――――やっぱり、たいした事が無い能力だ、と考える。

 しかし、後悔はなかった。親友を、護れたのだから。

 

(………そういや、何で水村は、俺を護ってくれていたんだ?)

 やはり、思い出せない。思い出せないが、もうどうだっていい気がした。

 

もう、死ぬのだから。

 

「………酷い姿だな。翔」

 声が、聞こえた。虚ろな視線のまま、翔は視線を上げる。

 狼。レイが、闇夜に映っていた。それを確認して、少しだけ微笑んだ後、答えた。

「ほっとけ。………水、村は?」

 声が、途切れ途切れになる。自分でもおかしいと思うほど、声が苦しそうなことに驚いた。すでに、痛覚も麻痺していたのだろう。

 それでもレイが頷いて「大丈夫だ」といったときは、安堵の息を吐いたのだ。

「お前の、いうとお、り、炎は、もんだい、なかった。………俺の、血が、必要なら………持ってけ。心臓も、いらん」

 翔の言葉――――それを聞いた瞬間、レイが大きく溜め息を吐いた。

「………ったく。話を聞いていなかったのか? 呪いを解くのに、それは野暮だって」

 ゆっくりと、レイの足音が聞こえてきた。目の前に狼の顔が映り、その動物の口がゆっくりと開く。

 

「呪いは、キスで解けるんだぜ?」

 

 

「………はぁ?」

 疑問の声をあげるよりも早く―――――イヌ科の動物の鼻が、翔の口についた。

 

 

 

 次の瞬間、レイの体が蒼白く光りだした。光―――――黒い体から蒼白い光が立ち昇り、天井の穴から空へ昇っていく。それに伴い、光が大きくなって、それは次第に人の形を持ってきたのだ。

 盛大に光る―――あまりの眩しさに、翔は思わず眼を閉じた。

 ゆっくりと、眼を開ける。その先にあったのは、間違いなく、人間の顔だった。

 黒く、艶のある長髪―――この世の物とは思えないほど整った顔立ちに、細い目尻。凛とした眼差しと、形の良い唇が、妖しく潤っていた。

 闇夜に映る白い肌に、程好く紅潮させた頬を持っているそれは――――――間違いなく、女性だった。それを証明する体のラインは、黒い布に包まれている。

 翔は、痛みや死の淵だという事を忘れ、ただ放心していた。その顔を見て、その女性は嬉しそうに笑う。

「随分と驚いていんな。いつ、誰が、俺の事を男だといった?」

 そういい、レイは翔の身体に触れる。次の瞬間、ガラスがするりと抜け、不思議と痛みが治まった。翔が驚いて見るよりも早く、口を開く。

「俺の能力のひとつは、人間の能力を最大限に、かつ最適に発揮させる事だ。そのせいでキメイラになったんだが、まぁ、いいか」

 そういい、体を伸ばす。布は、豊満な体を惜しげもなく現し、揺れていた。

 しかし、まだ信じられない翔は、震えた指を向けながら、叫んだ。

「お、おま、お前………女だったのか!?

「見ればわかるだろ? これでも、狼になる前は二十三歳だったんだ」

 いきなり現れた人語を話す狼は、女性―――しかも年上だった。

 笑える話では、無い。なにより、翔のファーストキス(子供の頃、杏樹にされたのはノーカウント)が、奪われたのだ。

 

 狼に。

 

「呪いを解くには、魔法遣い≠フキスが条件でな。家で飼ってもらえばどさくさに紛れて出来ると思ったんだが、殺されそうになったりと忙しくて無理だと思った。ま、これで呪いも解けたし、万々歳だ」

 そう納得したように何度も頷き、女性――――否、レイは、翔へ手を差し出した。放心状態ながらも、その手を掴み、立ち上がる。

 レイは、翔と同じぐらいの身長だった。長身のほうである翔に近いという事は、かなりスタイルがいいということだ。

 なにより、彼女は綺麗だった。さすがの翔も、眉を潜めるほどに。

 思わず見ていると、レイはその視線に気がつき、ニヤニヤしだした。

「なんだ? 一目ぼれか? 俺としては、翔の事気に入っているからな。いつでも」

「ふざけろ、狐」

 一蹴――――見惚れていた事は、否定しないが、さっきまで狼だった人間に言われると、何故か腹ただしかった。

「俺は、本気なんだが………。ま、別に、急ぐものでも無いしな」

 不吉な声が聞こえた気がしたが、翔は無視した。それよりも、気になることがあった。

「………そういえば」

 黒い布だけしかきていないのに、暴れまわっているレイへ、翔は眉にしわを寄せながら、小さな声で尋ねた。

「どうして、呪われたんだ? よっぽど、怒りを買ったのか?」

「ん? ………………」

 体を止め、彼女はキョトンとした顔のまま――――――物凄く首をかしげた。丁寧にも両腕を組んで、あれやこれや思い出していたようだが、やがて面倒臭そうに首を回すと、事も無げに答えた。

「忘れた。あの坊主が何を考えていたのか、俺にはわからん」

「………そうか」

 とはいえ、あれほどの重傷を治す能力――――聯合も総連も、欲しがるのはわかる気がする。

「それと、しばらくはお前の家に居るからな。ま、よろしく」

 それと共に、レイが翔の後ろから抱きつく。不機嫌そうにそれを追い払いながら、翔は言葉を認識して―――――叫んだ。

「お、おいッ! 犬ッ!」

「わんわん」

 小さく呟き、彼女は跳躍した。クルリと体を反転させ、穴の開いた天井――――そこに残っている一本の棒の上に、降り立った。

 きっと、何を言っても無駄だろう。それをどうこうする力も意思も、翔にはなかった。

 大きく溜め息を吐き、翔は自分の頭を掻く。何もかもが色褪せて――――何というか、いろんなことがありすぎて、ついていけないのか――――溜め息しか出てこなかった。

「………ま、賭けは俺の勝ちって事だ」

 

 唯一の実感を持って、翔は呟いた。それに答えるように、レイは嬉しそうに微笑み、頷く。

 

 天井に開いた穴からは、優しい月光の光が、いつまでも降り注いでいた。

 

 

 

 

 


 

 

 




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