結局、何事にも代償というのは必要なわけで。
「………腹減ったぁ」
自由を求めれば、責任や拘束がない分、保障というものもない。
「いい加減、死んでしまうなぁ」
『一昨日の夜、あれだけ暴飲暴食を繰り返したくせに?』
零石の場合、其れが生命の危機に直結しているのだった。
公園のベンチ。日もすっかり昇り、明るい公園に置かれた一つのベンチで、すっかり項垂れた男の子の姿があった。うつ伏せで、手すりに顔を乗せているような格好のまま、ぶつくさと文句を言っている零石の背中で、子猫状態の蒼露が毛繕いをしていた。
ふわぁ、と欠伸をしている蒼露を忌々しそうに思いながら、零石はため息を吐いた。
「クソ………。弁当でも作ってもらえばよかったか」
『どんだけ〜』
お腹が空いた、という理由だけであれだけの啖呵を撤回しようとする零石に、蒼露が呆れたように首を振った。その蒼露を振り払いながら、零石は身体を反転させて腕を組むと、大きく息を吐く。
「ったく、世知辛い世の中だなぁ。人助けしても感謝もせずどっかに行くし、お礼もしない。田神に死ねって言ってるもんかよ」
『………まぁ、ね』
零石は昨日、海鳴市を一日中歩き回り、様々な手助けをしていた。ご老人の荷物運びは勿論の事、喧嘩の仲裁、引ったくり犯の拿捕など、様々な事をしたのだが、感謝されるだけで代価をもらっていないのだ。
勿論、零石は代償を求めているわけではない。
ただ、その代償で生計を立てていた覚えのある零石は、その違いに戸惑っていたのだ。
「ご老人は飴をくれたけど、正直、あれだけじゃあなぁ」
『ネズミもいないしね。でも、犬鍋はないと思うよ』
切羽詰った零石は、公園で犬を捕まえ、解体しようとして通報―――後一歩で逮捕、とまでなったぐらいだ。
零石は、重い身体を上げ、ため息を吐く。頭をかきむしりながら、立ち上がった。
「ま、どうでもいいか。飯の食い場は、おっちゃんに教えられたし」
そういって、ベンチの下からつなぎを縛り上げた四振りの日本刀を、引きずり出した。
四季の刀。田神である証明であるその日本刀を肩に担ぐと、ベンチの背もたれの上へよじ登ってきた蒼露に、声を掛ける。
「ま、どっちにしろ俺のやる事は変わらん。行くぞ」
零石が言うには、田神とは、「田んぼの神様」とのことだった。意味は分からなかったけど、零石は「そんなもんだ」と相手にもしてくれなかった。
日本の人を護る為の存在。その代償に衣食住を提供してもらう、というのが零石の言葉だったけど、実際のところ、其れは難しいと思う。
人は、結構冷たい。
零石が声をかけても無視するし、手助けするといっても裏を読んで断られるのだ。
でも、零石は其れを続けていた。
人の仕事を邪魔するつもりはない。ただ、日常生活で困っている誰かが居た場合、声をかけて助ける、というものだ。
今も、主婦の女性に声をかけている。幾つもの荷物をくくりつけた自転車をこいでいる女性だったが、零石が声をかけても、気味悪がるだけで、完全に無視していた。
ずっと、そんな調子だった。
誰も、零石を必要としない。声を聞いても無視するし、気味悪がるだけで距離を置いて行くのだ。
その姿が、とても悲しい。
人間って、こういう生き物なの? と零石に聞いたこともあった。その時、零石は笑うだけで、答えてくれなかった。
今日も、零石は歩き続ける。
必要とされる人を、探して。
「――――駄目だ。今日も、無理だな」
昼を越えた頃、零石はそんなことをいいながら、駅前の階段後ろで呟いていた。
はっきり言って、誰も相手をしてくれない。顔にははっきりと疲れた表情を貼り付けている零石を見上げて、口を開いた。
『大丈夫?』
「駄目だ。死んでしまう」
両膝を抱え、大きく息を吐く零石が、視線をあげたときだった。其の鼻が、ピクンと動いたのだった。
「――――」
すっと、零石の向けた視線の先には、壮麗な女性が立っていた。
「おい」
そう、私――アルフが声をかけられたときには、正直、心臓が跳ね上がった。
フェイトが余りご飯を食べないから、何か美味しいものを、と探しに来た途端に、これだった。
目の前に立ってる奴は、この間、私とフェイトが戦っていた巨大イカを横取りして、消えていった奴。
私の人間姿を見ていないはずだが、現に声をかけてきている。『探知』を受けた様子も無いし、なにより、わかんなかった。
背筋にゾッとした寒気を感じた時、その黒い眼差しが、私を覗き込んでいるのを知った。
漆黒のような、眼差し。底の見えない黒にやや気圧されながらも、告げた。
「あ、あのさ。何かようかい? ぼうや」
向こうが知らないことを祈りながら言った言葉に、男の子は――――。
「いや、どこかであったような匂いがしたからな」
そう、言葉を返した。思わず自分の身体をかいでしまったが、ンな匂い、するわけが無い。
ほんの少しだけ呆れながら、口を開いた。
「あのさ、悪いんだけど、私急いでいるんだよ」
「ああ、そうか、悪かった。またな」
気にした様子もなく、男の子は振り返り、歩き出す。其れをある程度見届けてから、思い、声をかけた。
「なぁ、名前、教えてくれないかい!?」
自分でもおかしいと思う、その問いかけに。
「田神 零石」
そんな言葉が、返って来た。其れが相手の名前だと理解したときには、相手―――零石は、姿を消していた。
「やれやれ」
そう呟いて、振り返った私は、あることに気がつき、絶句した。
(ま、またな………?)
さっき、零石は確かにそういった。それは、また会おうという言葉、そのものだった。
脅えたように振り返った先には、誰も居なかった。
『零石。知り合い?』
「ん? ちょっと、な」
零石はそういうと、歩き出す。零石自身としては、どこかで嗅いだ匂いがしたから声を掛けただけであって、それ以上の思惑もなかった。
今日は休日だからか、日の高い時間帯に零石が歩いていても、誰も止めなかった。毎回警察に連れて行かれるのは、零石自身、辛い。
昼を越え、今日もご飯を食べられないと覚悟した瞬間だった。
突如、地面が捲りあがり、噴出したのだ。
とっさに飛び上がった零石は、そのまま四季の刀を掴み、構えた。
場所は、何の変哲も無い十字路。いきなり噴出した木の根は、近くの建物や乗り物、其の全てを吹き飛ばし、伸びていった。
「おおッ!?」
慌てながらも、零石は噴出すような木の根を跳ね、掻い潜る。一気に深くなって行く影を視界で捉えながら、飛び上がった。
伸びて行く木の根に乗りながら、その光景を見た。
「おおう、すげぇなぁ」
都会として発展している海鳴市の隙間を縫うように、木々が張り巡っている。それは、突如現れた木々のものではなく、何万年も成長を続けた大木のように、思えた。
『零石!』
「お、無事だったか」
蒼露が、零石の近くに降り立つ。突然の木々に巻き込まれたと思っていた零石は、腰に四季の刀を差しながら、口を開く。
「これは、ジュエルシードだな?」
『うん。多分、人間の願いを叶えたんじゃないかな? 一番力が出るのが、そういうのだし』
それは初耳だ、と思いながら、零石は視線を上に、向けた。
つまり、ここにはジュエルシードを持つ人間が、いるのだ。巻き込まれたのか、はたまた其れを望んだのかは分からないが、零石にとって、どうでも良かった。
すっと、視線を降ろす。樹の生長に巻き込まれた住民が、他の人の手を借りて助け出されているのをみて、零石の眼が、鋭くなった。
ゾクッと、感情の無いはずの蒼露の背筋に、寒気が走る。秋月を引き抜いた零石は、その抜き身のような眼差しを持ったまま、口を開く。
「行くぞ、蒼露。お前の仲間のところに、案内しろ」
そう、零石が言ったときだった。
「零石君!」
「お? なの覇王」
「その呼び名止めてって!」
振り返った先には、亜麻色の髪の毛を持つ女の子―――高町 なのはが立っていた。慌てて駆け込んできたのか、息を上下させているなのはを見ながら、零石は辺りを見渡す。
「如何したんだ? 宣戦布告か?」
「う、ううん。近くに見えたから、大丈夫かな、と思って」
心配になって見に来てくれた、と理解した蒼露とは違い、零石は口を開く。
「随分と余裕ですな。流石は【宿敵】だ」
ふん、と鼻を鳴らす。しかし、それでも周りを見渡すと、静かな声を発した。
「………この騒動に、心当たりでもあるのか」
「!」
問いかけではない、断言の言葉。それに驚いたのは、他でもない、なのはだった。
驚愕の眼差しを向けるなのはに、零石は鋭い眼差しを回りに向けながら、告げた。
「だからこそ、そんなに後悔している顔をしている」
なのはの顔が、歪む。それに人目も向けず、しかしそれでも、零石は双眸を鋭くした。
「蒼露、許せ」
周りの、惨状。今のところ巻き込まれた相手が肉視する範囲内で少ないとはいえ、このまま放っておけば、さらに被害が広がる恐れが、ある。
それは、零石も望まない。だから、謝ったのだ。
「なのは」
零石の言葉に、なのはが怪訝な表情を浮かべる。夏月と春月を引き抜くと、口を開いた。
「生憎と、俺には『封印』が出来ない。だから、今回だけはお前に任せる」
「え?」
そこでようやく、零石の眼がなのはを見据えた。
「今は時間がない。後悔するなら、さっさと終わらしてから、やれ」
「れ、零石君―――」
なのはが何かを言うよりも早く、近くの木々が膨れ上がり、噴出したのだ。鋭い木々の根が、零石を貫かんと襲い掛かる。
その場を飛びのきながら、零石は叫んだ。
「なのは! さっさと行け!」
「う、うん!」
幸い、木々の狙いは零石のようだ。先刻突き刺さった木から根が張り出し、再度槍のようになって襲い掛かるが、夏月で真っ直ぐ切り裂く。
左右に分かれて行く木の根を見ながら、思考した。
(末端は、柔らかいな。でも、本体に近付けば近づくほど、硬い、か)
そう思考している零石とは違い、蒼露は驚愕した。
(なんで、零石を!? なのはちゃんの方が『魔力』多いのに!?)
ジュエルシードはそれ自身が強大な『魔力』の塊だから、補給する必要がないといえば、ない。だが、それでも脅威となりうる相手を、先に排除するはずだ。
なら、その脅威というのは、『魔力』を持つ、なのはのはず。なのに、木々は零石を狙った。
木の根の追撃を、辛うじてかわす。伸びきったところを夏月で切り裂くと同時に、駆け出した。
目の前に迫る木の根を、寸でのところで避ける。そのまま木々の根に駆け寄ると、そのまま飛び乗った。
木々の根の上を、一気に駆け出す。足場としては最悪に近いが、それでも零石の足はしっかりと木を捉えていた。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた木々の根を走りながら、肩にしがみついている蒼露へ、叫んだ。
「おい! どこか分からないのか!?」
『む、無理だよ! そんな余裕ないよ!』
小さく舌打ち死ながら、地面に降り立つ。
桃色の光が突如、木々を駆け巡ったのだ。ハッとした零石は、その光が漏れ出す先――――一際高いマンションの屋上へ、視線を向けた。
「なのは、か」
『何で分かるの? 見えるの?』
蒼露の言葉に、零石は不敵に笑い、視線を前に戻した。
「おいおい、俺はアイツの強敵だぞ? 分からないわけがない」
そういった零石は、木々を駆け出した。恐らく、なのはの狙いもジュエルシードそのもので、あれは恐らく、其れを見つけるためのものだ。
それと、ほぼ同時に蒼露が叫ぶ。
『零石っ! あそこだよッ!』
蒼露の言葉に、零石は顔をあげた。
一際大きな、木の幹。そこに浮かぶ、二人組の姿を見て、零石の眼の色が変わった。
鋭い、双眸。夏月と秋月を引き抜いた零石は、一気に樹の根を駆け抜けた。
揺れ動く視界の中、蒼露は思う。
(脚は、早い。でも、普通の人と同じぐらいだ)
子供にしては早いが、だからといって異常に早いわけではない。それでも、無理な運動を許される膂力は、いったい何処から生まれているのか。
『魔力』を感じない零石の一番の謎だった。
引き抜いた夏月を、一気に投げ放つ。真っ直ぐ飛来した夏月は、光の弾ける音と雷撃により、弾かれた。
が、其れが弾け飛ぶよりも早く、秋月が夏月の柄頭を打つ。光の拮抗が激しくなる視界の中、零石の小さな身体は夏月と共に、弾き飛ばされた。
『障壁が在る間は、直接攻撃は無駄だよ!』
「無駄っつっても、限界はあるだろうが! 当たるまで叩きつけるまでだっ!」
そう叫び返し、零石は空中で体勢を立て直し、夏月を手にとって地面に降り立つ。それとほぼ同時に跳躍――――零石のいた場所に、木の根が突き刺さった。
ほぼ同時に、木々が揺れ始める。活性化したのだ、と判断した蒼露が、叫ぶ。
『まずいよ! この質量で暴れられたら、どんな被害を被るか―――』
蒼露の声が、零石に届いたときだった。
「畜生がっ!」
その時だった。
ほんの一瞬で分からなかったが、零石の体の回りが蒼く歪む。空気と世界がほんの僅かにゆがみ、一瞬だけ、蒼露の意思が遠のいた。
次の瞬間、蒼露が意識を取り戻したのは、木々のうねりを利用して飛び出した零石の肩。
ハッとした蒼露の眼前では、最も長い四季の刀である冬月を引き抜いた零石の姿が在った。
振りかぶった瞬間、青い光が走ったのを、蒼露は見た。そして、其れが振るわれた瞬間――――。
障壁が、真っ二つに切り裂かれた。
其れに驚く蒼露と、追撃しようとした零石の前に、木が迫る。空中で身動きが取れない零石は、それに打ち据えられ、吹き飛んだ。
地面に叩きつけられ、零石は転がる。コンクリートの硬い床に叩きつけられたせいで、身体のそれぞれが軋む。
「まだだ、もう一度っ!」
零石がもう一度切りかかろうと判断した時には、すでに雌雄を決していた。
一際大きな桃色の光が、零石の向かう木々の根に、突き刺さったのだ。
そして、其の瞬間――――樹が、消えた。それと同時に浮遊感を覚え、ほぼ同時に悟った。
今回は、救われた、と。
そして、『悲鳴』が、響き渡った。
「………蒼露。お前には、あれが聞こえるか?」
『え? 何が?』
感慨深い零石とは違い、蒼露は実に淡々と、こたえた。其の言葉が響いた時には、地面を抉り砕いた木々の根が、消えていく。
そして残ったのは、破壊の爪跡だけだった。
すっと、零石は空を見上げた。
桃色の光が放たれた場所。其の場所に居るはずの相手を思い浮かべながら、零石は呟いた。
「もっと、強くならないと、な」
『え?』
蒼露が戸惑っている間に、零石は歩き出していた。
救急車のサイレンが鳴り響く中、零石は瓦礫に埋まった人の救出や避難誘導をしていた。子供ながらもそれなりの力持ちである零石は、瓦礫を冬月で無理やりどかしながら、絡まる電柱ケーブルを一刀両断する。
警察が集るまでの僅かな時間で、零石は今回巻き込まれた人々の救出を、続けていた。
そして、警察が来る頃には、零石は姿を消していた。
なのはは、ゆっくりとレイジング・ハートをおろすと、視線を伏せた。
『なのは………』
心配そうな、ユーノの声。それに気がついたなのはの身体から、光の粒子が解け、元の服に戻る。
なのはは、後悔していた。サッカーの試合が終わった後、ほんの僅かに感じた『ジュエルシード』の姿と反応を、気のせいだと思ってしまったのだ。
その判断の結果が、目の前の惨状。ユーノの話では死傷者は出ていないと言うが、いつ出てもおかしくなかった。
「………」
自分が、不甲斐なく思う。現実離れした今が、急に現実味を帯びて、小さな女の子にのしかかって行く。
そこで、思い出す。ハッとしたなのはは、ユーノを肩に乗せたまま駆け出す。
長い階段を、降りる。必死に降りて、息が上がったなのはは、地上に出て、辺りを見渡した。
サイレンの鳴り響く音と、救急車の走る音。必死にあたりを見渡し、彼の姿を探すが、もういなくなっていた。
『彼が………心配?』
「………うん」
木々の注意は、間違いなく零石に向けられていた。それがなければ、もっと周りに被害が出ている可能性もあり、自分だって索敵に時間を掛ける事は出来なかったはずだ。
「………強くならなくちゃ」
傷だらけの彼。本当は、力なんて借りたくない相手へ、周りの状況を見て躊躇いもなく協力を頼む彼の姿は、強い、と思った。
自分を叱咤してくれた相手を、初めてなのはは、護りたい、と思った。
夜の帳が下りた、神社の境内。丸い電灯が微かに照らす場所で、その子供は咀嚼を繰り返していた。
「………なかなか美味い」
零石はそういいながら、ビーフジャーキーを噛み締めていた。瓦礫から助けた年配の男性に、お礼という名目で貰ったもので、今晩のご飯である。
晩御飯は、おつまみのそれだけ。それだけ食べた零石は、大きく息を吐くと、立ち上がった。
「つうわけで、俺は早急に強くならなければならない。出来れば、空を飛びたい」
『む、無茶振りだね』
今日みたいなことがあってから、零石は自分の移動能力の無さを痛感していた。基本的に徒歩で、しかも『ジュエル・シード』の探索が蒼露任せということもあり、先手を打つことができない。
今のところ、零石にとって危険なのは、なのはではなく花子(金髪少女)だ。なのは相手にでも勝てるとは思えないが、なのはなら何とか逃げ切る自信がある。
どうにかするには、自分も同じ立場、力を持てばいい。
しかし、零石には『魔力』を作り出す『リンカーコア』が、感じられない。少なくとも、なのはのように『魔導師』になる事は、不可能だった。
『ま、『デバイス』も無いしね』
「………んじゃ、いっか」
考えてもしかたない、と零石は思い直し、周りを見渡した。
「思えば、今の筋力がどれほどか、知らないんだよな。どれぐらい、持てるんだか」
そういいながら、零石は境内にある狛犬の石像に近づき、手をかけた。
「ぐッ! フンッ! グヌァァァァァァァァァッ!」
ゴゴゴ、ズジ、という音を立て、狛犬の石像が浮かんだ。そのまま、中腰まで引き上げ、持ち帰ると、そのまま真下に入りこみ。
「ぐぬぬっ! ………ウヌァァァアアアアアっ!」
ズン、と、狛犬が高く、掲げられた。しばらくの間、プルプルと震えながら持っていた零石は、狛犬の石像を元の場所に下ろした。
ミキミキと言う音と共に、腕に嫌な痛みが走る。眉を潜めながらも、零石は次いで、四振りの刀を引き抜いた。
ぐるぐると回しながら、小さく呟く。
「冬月が使いづらいな。長すぎるぞ? これ」
『大人向けっぽいよね。まぁ、間違いなく、大人の人向けだよね』
零石の言葉通り、冬月だけは居合いできないほど長く、無理やりには引き抜けないのだ。それは、抜刀に力を使う神克流では、致命的だった。
しばらくは鞘付きでやるしかないな、と判断した零石は、其れを納める。そのままずかっと地面に座り込むと、口を開いた。
「………鍛錬だな。走るぞ」
『え?』
何を思ったのか、零石は立ち上がると、四季の刀をもはや布と化した上着で身体に巻きつけた。ご丁寧にリュックサックの紐まで縮め、身体から離れないようにして、靴の紐を締めなおす。
突然の行動に、蒼露が戸惑いながらも、零石の頭の上に乗りかかる。そのまま、口を開いた。
『どうしたの?』
「今のままじゃ、いずれなのはに負ける。自称『ライバル』を名乗った手前、そういってられないからな。とりあえず、海まで走るか」
『ちょ、結構な距離があるよっ!?』
「ああ、あの崖が見える場所がいいな。そしたら、寒中水泳だ」
蒼露の言葉を無視して、小さな身体が動き出す。
やがて、その小さな身体が、多くの人の人生そのものを変えて行くことを、誰も知らなかった。
零石は、嘘を言わない。
海まで走ったと思ったら、本当に寒中水泳を始める。其のついでに魚を捕まえて、近くの廃屋近くで火を起こし、朝食を食べていた。
食べたら、直ぐに水泳。其のまま剣術の鍛錬に移ったのかと思えば、そのまま筋力トレーニングと、努力は惜しんでいない。
むしろ、過激とも取れた。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ」
零石の未熟な身体では、今の生活でもすぐに体調を崩しかねない。それも、栄養が偏りがちで無理な鍛錬を重ねれば、すぐ風邪を引いてしまうだろう。
だが、零石は慣れている様子だった。体調を崩すことも、その無茶な生活も、だ。
「ほら? お前も食うか?」
『………一応無機物だから、いらない』
なんだかんだ言って、面倒見がいい。差し出した小さな手には焼けた魚が突き刺さった棒が握られており、その指先は切れ、血が滲んでいた。
見たこともない人のために、見捨てるような相手のために、ボロボロになりながらも瓦礫をどけていた、零石。
其の姿には、なんの疑念も無い。それが、彼だというように。
ただ、その生き方は――――創られたものに、感じた。
ザバーン。
「うおおおおっ!? 流されるっ!? 流されるっ!?」
『………考えすぎか』
そして。
「………坊主、家来るか?」
浜辺に打ち上げられた零石に対して、割烹着を着た人が、そんな言葉を掛けてくれた。
面白かったら拍手をお願いします!