「――――ッ! クソがッ!」

 零石は、ほんの一瞬だけ意識が飛んだのを意識した後、無理やり顔を押し戻した。

 血は、自分の腕から流れ出ている。掲げた右腕に突き刺さったのだが、軌道は確実に自分の心臓を狙っていたはずだ。自分でも分からないうちに、手を掲げていた自分を、褒めたい気分だった。

 怪訝な思いを抱きつつも、影にもう一度、視線を向けた。

 身長は、170cmほどか。

靴の高さを考えてもそれほど身長の高くない影は、光の短剣を二本、逆手に持って、軽いステップを踏んでいた。

「?」

 一瞬だけ怪訝な思いを抱いた零石へ、再度影が襲い掛かった。

 一気に距離を詰め、心臓に向かって光の切っ先を突き出す。

其れをすんでのところでかわし、身長差を生かして突進―――相手の後ろに回りこみ、そのままベンチに飛びついた。

 右肩に走る、熱。斬られたのだ、と理解したときには、零石はベンチの四本を乱暴に抱え、ベンチの向こう側に転がっていた。

 右肩に、裂傷が走っていた。其れを左腕で押さえながら、零石は上着を腰に巻くと、三本の棒を投げ捨てる。どうせ、三本も使えないのだ。

 手に持っているのは、扱いやすい二番目に短い棒。そこの持ち手をスライドさせると、引き抜いた。

 振り返り、刀を構える。後ろから襲い掛かってくると思っていた相手は、零石の動きを一瞥した後、口を開いた。

「武器を捨てるとは………何を考えている?」

「はぁ?」

 距離を取ったまま、動こうとしない相手へ、零石は怪訝な声を返した。油断無く睨む零石へ、影はしばらく視線を送った後、小首を傾げた。

 懐からもう一度端末を取り出すと、映像を映し出し、口を開いた。

「情報より、背が低いな。どういうことだ?」

 怪訝な思いを抱く影が、スッと腕を上げた瞬間、火花が散った。

 零石が、一気に詰め寄って、斬りかかったのだ。襲い掛かった零石へ、スッと眼差しを向けた後、影は腕を振るう。

 次の瞬間、零石の身体が、吹き飛ぶ。腕力以外の何かが付加された其れになす術無く、零石は森の一番手前の木へ、突き刺さった。

 腰に、異変が走る。軋む音に、激痛を感じながらも、零石はすぐに立ち上がった。

 しかし、その顔に、余裕は無かった。

 

 

 

 

「………こんな時間に、何処に行ってたんだ?」

 兄、恭也の言葉に、なのはは身をすくめた。

 場所は、自宅の玄関入り口。こっそりと家の中に入ろうとしていた、なのはの背中に、恭也の言葉が響いたのは、つい先程だった。

後ろに隠したユーノの温もりを感じつつも、なのはは何とか弁明する言葉を捜していた。

 兄の鋭い眼差しに、一瞬だけ、男の子―――零石の顔を、思い出す。動きを止めたなのはに、恭也が怪訝な表情を浮かべた時だった。

「何これ? かわいいぃ♪」

 後ろから声を掛けてきたのは、姉の美由紀だった。眼鏡をかけた、黒く艶のある髪を纏めた彼女は、なのはの手から白い物体を取り出すと、口を開いた。

「うんうん、可愛いねぇ。なのは、この子を探してきたの?」

「あ、うん。そうなの」

「あのなぁ………」

 美由紀となのはの言葉に、恭也が呆れたような声を出す。その呆れ顔の恭也に、なのはは真っ直ぐと顔を向けると、口を開いた。

「あ、あの、お兄ちゃん。ちょっと、聞きたいんだけど………」

「ん? なんだ?」

 珍しそうな表情を浮かべる恭也に、なのはは思い切って、尋ねた。

「四刀流って、聞いたことあるッ!?」

 思い切ったように放たれたなのはの言葉に、恭也と美由紀の表情が強張り、そして。

「「―――――はぁ?」」

 思いっきり、怪訝な声が戻ってきた。美由紀は苦笑しながら、恭也は若干呆れた表情を浮かべたままため息を吐くと、「あのな」と言葉を区切った。

「剣術は基本的に、多くても二本だけだ。口に銜えて三刀流をするという文献も合ったが、四本もどうやって扱うんだ? それに、どうしてそんなことを?」

「あ、いあ、あうぅ………」

 全否定され、言葉を無くすなのはに、恭也はため息を吐きながら頭へ手を置き、撫で上げた。怪訝な表情を浮かべるなのはに、恭也は言葉をかけた。

「中で、母さんが待ってる。説教でも受けて来い」

 その言葉に、なのはの表情が固まり、慌てて駆け出した。それに続くように、美由紀の手の中からユーノが飛び出し、なのはについて行く。

 その二つの影を見送った後、美由紀が恭也に近付き、声を掛けた。

「突然、どうしたんだろうね? なのは。まぁ、悪い事してるわけじゃないようだけど。………それに、四刀流なんて。あるわけ無いのに」

「ああ」

 父親から剣術を習っている二人には、四刀流の剣術なんて聞いた事が無かった。存在するわけがないと断言できるし、まず間違いなく、ありえない。

 ただ、恭也には、なんともいえない不安だけが、残っていた。

 

 そして、母親の桃子が上機嫌でユーノを預かる事を決めた裏で、もう一つの戦闘が、起きていた。

 

 

 

 

 おかしい。

 嫌な汗が、噴出す。自分がどこか間違っているのを自覚しながらも、何処がおかしいのか、零石には分からなかった。

 最初に怪我を負ったときには感じなかった、恐怖。スッと視線を横に向けると、乱雑に転がった三本の棒が、眼に入った。

「―――かし、危険な相手だ。デバイスでは―――」

 ブツブツと何かを呟く相手――――たしか、テトラとかいったか――――は、顎に手を当てたまま、動かない。逃げ出せば追いかけてくる気配を感じるが、自分から襲い掛かってくるような気配は、無かった。

 先程から、耳鳴りが響く。

――――何かが、呼んでいる。

 自分には、記憶が無い。どのように生まれ育ち、どのように戦ってきたのか、覚えていないのだ。

 しかし零石には、その三本が呼んでいると思えた。

 その瞬間、眼前に光が迫っていた。

 再度、横にかわす―――が、一瞬遅く、頬に切り傷が走った。傷は浅いが、その傷跡に、零石は怪訝な思いを抱いた。

 テトラは、ステップを踏みながら下がると、小さく呟く。

「どちらでもいい。排除するのみ」

 どうやら結論が出たらしく、迷いを振り切るように、細かくステップを踏んだ。

 一撃離脱の型。其れがテトラの基本戦術だと判断しながら、零石は眼を細めた。

 左腕で傷を拭いながら、零石は血を吐き捨てる。地面にしみこんだ紅い液が、静かに滲んだ。

腰の痛みが響く上、腹部に激痛だってある。右腕と肩の傷は深いし、腹だって減っていた。

 でも、零石はなぜか、逃げる気にも成らなかった。

 勝てる気など、微塵も無い。

恐怖で身も動かせそうに無いが、それ以上に身体が、逃げることを拒絶していた。

 

 そう、自分は、逃げるということを考えていないのだ。

 

 立ち尽くしている零石へ、テトラが飛び掛る。

迎撃するように剣を振るおうとした零石は、そのまま動きを止めてしまう。なぜ、と自問するよりも早く、踏み込んだテトラの蹴りが、零石の腹に突き刺さり、吹き飛んだ。

転がる、小さな身体。その零石を見て、テトラは勢いを殺さないまま、宙に飛び出した。

(青石は、静かだな)

 飛び上がったテトラが、逆手の光を横にして、こちらに落ちてくる。その姿を見たまま、零石はどこか冷めた表情を浮かべていた。

 分かっている。自分は戦う筋力も無ければ、その経験も完全に忘れているし、記憶すらない。

 相手には、それら全てが、ある。戦う筋力も、戦ってきた経験も、記憶も。

 

(―――は、人を斬る為のものでは――――)

 

「―――ッ!」

 自然と、真横に転がっていた。半回転し、地面に手を添えたと同時に、思いっきり突き出し、勢いをつける。

 一瞬後で、地面に何かが突き刺さる音が、聞こえた。その時にはもう、零石は三本の棒の近くまで、飛んでいた。

 雑な映像のように現れた、白髪の老人。その老人は遥かな高みにいて、零石は見上げていることしか出来ない。

その口が、静かに動く。

(―――には、―――すことでしか、救えない―――。しかし、儂等は―――)

 記憶には、雑音とノイズが奔っている。しかし、とても大切な存在で、とても大切な記憶だと、理解していた。

 鞘に、刀を納める。二番目に短い刀を左の腰に、一番短いものを右の腰に、その下に二番目に長い刀を、差した。

 そして、一番長いのを、もはや一本の布になった服で剣先と鍔元を縛り、肩に担いだ。

 その老人が、笑う。

(―――じゃから、お前にこの四本を渡そう。四季の名を持つ、月。神克流正統後継者)

 眼が、見開いた。

「思い出したぜ。お前らの、名前」

 刹那、一番長い刀を肩の上から回し、手元のつばをスライドさせ、刀身を引き出す。

 火花。

 目の前には、一気に距離を詰めていた、テトラの姿。気がつくよりも早く、テトラは再度、距離を取っていた。

 そのまま、鞘を押し、回転するのにあわせるように、引きぬくように刀を投げた。

 反りの深い、最長の刀。其れが地面に落ちるよりも早く、零石は持ち手を握ると、そのまま身体を反転させた。

 ザッと、刀を引き寄せ、相手に視線を向ける。その眼差しを向けたまま、口を開いた。

「冬月」

 そのまま切っ先を鞘に押し、上に放り投げる。刀がそのまま鞘に納まり、カチッと音が鳴った。

 テトラが、もう一度踏み出す。一気に距離を詰めてきたテトラが、逆手の光を振るう。

 零石は二番目に長い刀のつばをスライドさせると同時に、屈んだ。

 テトラの腕が、零石の頭の上を通り過ぎる。それと同時に弾き飛ばせるように、刀を弾いた。

 刀身が全て滑り、柄頭がテトラの顔に、かすかにぶつかった。

 その時にはもう、零石は飛び出していた。テトラの鼻頭に僅かにぶつかった柄を握ると、そのまま押し出した。

 その時にはもう、テトラは距離を取っていた。不意を付いた攻撃に戸惑っていたようだったが、身体能力は完全に上だった。

 しかし、零石は気にした様子も無く、刀身に指を這わせた後、口を開いた。

「秋月」

 鞘に、収める。小柄な零石には納め辛い長さだったが、刀身を掴んで切っ先を入れ、そのまま上に向けることで、納めた。

 そして、今度、零石は二番目に短い、一番使いやすい刀を、引き抜いた。

「夏月」

 確かめるように、響く音。そして、一番短い刀を引き抜くと、囁いた。

「春月」

 刀の名前を全て、思い出した。

 次の瞬間、ありえないほどの力が、手に篭った。けっして、力が篭っているわけではなく、本当に強くなったわけでもなく、なんら変わったわけではない。

 しかし、確かに、零石の中で、何かが変わった。

 それに呼応したかのごとく、全ての刀身が輝いた。

 

 

 

 

 別段、対象に変わったところは、無かった。

 筋力が増強されたわけでもなければ、『魔力』が出てきたわけではない。相も変わらない小さな身体だし、決して強くなったわけではない。

 だが、うかつに踏み込めなくなった。

 以前と同じだ、とテトラは感じた。これ以上、相手に突っ込んでいけば、痛い目を見るのは、自分自身だと、理解した。

 たとえ満身創痍でも、腕が動かなくても、危険だ。それが、相手なのだ。

「――――」

 此処で、必ず仕留める。そう確信したときだった。

 

 

 

 

「こらッ! そこで何をしているッ!」

 

 

 

 

「ッ!」

 視線を向けると、暗い公園の中に輝く二つの明かりが、見て取れた。其れが、警察官によるものだと理解したときには、零石はもう、走り出していた。

 見てみると、テトラも消えていた。逃げ足が速いな、と舌打ちしながら、零石はそのまま茂みに飛び込む。

 警察官は、しばらく周りを探している様子だったが、そのまま先のほうに走っていってしまった。

 茂みからその様子を窺っていた零石は、そのまま腰を落とす。四本の棒――《四季の月》を身に抱いたまま、大きく息を吐く。

「何だったんだ? 一体?」

 大きくため息を吐きながらも、零石はそろそろ限界だということを自覚していた。

 血は流しすぎたし、傷も深い。腹は痛いし、腹は減っている。これ以上酷い状況があるのか、と自分でも考えてしまうほどだった。

 しかし、もう少し、だった。

 何かが、つかめる。戦場にいれば、自分は何かを思い出せるような気がした。

『零石、大丈夫?』

 今まで黙っていた青石の言葉。其れを聞いた零石は、眉を潜めた。

「今まで、何で黙ってやがった?」

 零石の言葉に、青石は悪びれた様子も見せず、言葉を返してきた。

『相手は、【時空管理局】だったからね。気が付かれると、かなり厄介だし』

「………」

 【時空管理局】。その言葉に、零石の背中に虫唾が走った。恐怖なのか、もしくは怒りなのか分かりかねない感情が、心の奥から噴出す。

 その零石を無視して、青石が口を開いた。

『それで、このまま寝るの?』

「ああ。風邪引くかもしれないけど、な」

『………君なら、大丈夫だよ』

 そのまま、零石は眼を閉じる。

泥のように眠った後、事態は少しでも良くなっているであろうか。

何か、思い出せるだろうか。

 小さなため息と共に、零石の意識は闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 零石が眼を覚ましたのは、茂みの中だった。どうやら、誰にも見つかっていない様子で、零石はそのまま身体を持ち上げた。

 眠い。果てしなく、眠い。眠いのだが、どうしようもないほど頭が覚醒し、もう眠れそうに無かった。

「脳みそが覚醒しているのに眠いとは、これ如何に」

『おはよう。零石』

 青石の言葉に、適当に手を挙げて答えると、四本の刀を茂みから引っ張り出した。

 春月、夏月、秋月、冬月。日本の四季にちなみ、銘を打たれたその武器は、今までとは違う重さを示していた。

「け」

 その重さを、吐き捨てる。どこ行くか分からない、根無し草の自分にとって、剣の重さなど、どうでも良かった。

 ボロボロの上着(というより、布)で包み込み、肩に担ぐ。いい加減臭いがきつくなってきた上着に眼を細めながら、零石はそのまま、公園の水道に向かって歩き出した。

『………っていうかさ、零石。そろそろ何か食べないと、死ぬよ?』

「それには激しく同意だ」

 先程から、腹の音が鳴り止まない。痛みなのか、もしくは空腹なのか、判断すら出来なくなってきた零石へ、現実がのしかかる。

「で? どうやって飯にありつけと?」

 問題は、そこだ。

 住む場所も無ければ親も無く、着る服も無ければ金もない。無いものだらけの現状に、青石は『う〜〜〜ん』と悩む声をあげると、口を開いた。

『もう一回、憑依してくる?』

「ネズミは飽きた。つうか、次はあのユーノしか食わねぇ」

 零石の中では、次に食べる哺乳類はフェレットのユーノと決めていた。ぶっちゃけユーのが余り好きではない零石は、眉を潜めた。

「あいつは、何となく、苦手だな。あの女、なのはも苦手かもしれん」

 その零石の大胆発言に、青石が言葉を返した。

『ええ? 良い子じゃん、二人とも』

「封印されかけてたくせに、よく言うな」

 そういいながら、零石は茂みに顔を向けた。何か食べられるもの無いか、と画策していた時、声が響いた。

「君。こんな時間にこんなところで、何をしている?」

 ―――零石の腕が、ピタッと止まった。

 振り返ると、青い制服を着た二人の男が、立っていた。片方は厳しい表情で声を掛けてきており、もう一人は肩につけられた通信機で、何かを話していた。

「昨日、この辺で不審者が現れてね。危険だから、おじさんと一緒に学校へ行こうか? ん? その肩に担いだものは、何かな?」

 学校へ送るといいながらも、その眼は確実に不審者扱いだった。応援が来るような声が、通信機から響いた時、零石はもう決心した。

 薙ぎ払おう、と。

 零石が静かに肩の荷物を降ろし、夏月を引き抜こうとした時だった。

「あらあら、大丈夫?」

 その声が響いた時、零石が感じたのは、寒気だった。

 その女性は、警察官としばらく話をした後、零石の元に笑顔で歩み寄ってきた。その背中を見送った警察官が、頭を下げた後、そのまま歩いていってしまう。

「さて。ちょっと怪我もしているみたいだし、ついてきてくれるかしら?」

「怪しい人について行っちゃいけませんって、親に言われてまして」

 さらっと放たれた、零石の拒絶の言葉に、彼女は「ふふふ」と魅力的な笑顔を浮かべただけで、不機嫌そうな表情は見せなかった。

 零石の腕を取る。その瞬間、激痛が走ったが、何とか押しのけた。

「怪我してるじゃない。それに、お腹も空いているんでしょう?」

 零石が何かを言う前に、「それに」と、言葉を区切る。怪訝な表情を浮かべる零石へ、彼女は口を開いた。

「子供は、大人に頼るものよ?」

 その言葉に、何もいえなくなってしまった。口を閉ざした零石の首元を、女性は掴み、無理やり引きずり出した。

あがなう力も無ければ、気力も無い零石は、ため息を吐く。何となく負けた気がする零石は、すっと顔をあげて、口を開いた。

「俺の名前は、田神 零石。名前。教えてくれないか?」

 零石の言葉に、彼女は魅力的な笑顔を浮かべると、答えた。

「高町 桃子。しがない主婦よ♪」

 

 

 

 

 

『ジュエルシードは、僕らの世界の古代遺産なんだ』

 国語の授業。

今朝方、ユーノに教わった念話≠聞きながら、なのはは先生の話をノートに書き込んでいた。

 念話℃ゥ体、余りなれているわけではないので、時々挙動不審な態度をとるなのはに、ユーノが口を開く。

『本来は手にした者の願いを叶える魔法の石なんだけど、力の発現が不安定で………。夕べみたいに単体で暴走して使用者を求めて回りに危害を加える場合もあるし』

 暴走体。昨日の夜、何かを探すように暴れまわった影。

 それと共に、戦っていた人物を思い出して、なのはは眉を潜めた。

『たまたま見つけた人や動物が間違って使用してしまって、それを取り込んで暴走する事もあるんだ』

 その言葉に、なのはは頭を振るった後、表情を戒めながら言葉を返すように、念じた。

『そんな危ないものがなんでうちのご近所にあるの?』

 念話≠ェ届いたのか、ユーノが答えた。

『僕のせいなんだ』

 そのユーノの言葉は重々しく、自責の念も感じられた。機微を察したなのはは、それでも言葉を差し込む事無かった。

『僕は、僕達の一族は、故郷で遺跡発掘を仕事にしているんだ。そしてある日、古い遺跡の中であれを発見して、調査団に依頼して保管してもらったんだけど………』

 一瞬だけ躊躇い、言葉が続く。

『運んでいた時空艦船が事故か、何かしらの人為的災害にあってしまって、二十一個のジュエルシードがこの世界に散らばってしまったんだ。今まで見つけられたのはたった二つだけ―――』

 そこで、言葉が区切られた。ユーノと同じ思考に至ったなのはも、ノートを書き取る手を止めた。

 その二つのうち、一つは今、彼の手元にあった。

黒髪、黒目で不機嫌そうな、同じぐらいの身長の男の子―――田神 零石。駆けつけたなのはを護るように戦い、傷つき、それでも怒りに身を震わせていた。

 彼は、あれが大切なものだと、言った。スッと視線をノートに落とすと、なのはは念じる。

『………ユーノ君。ジュエルシードって、喋るの?』

 なのはの問いかけに、ユーノはほんの少しの躊躇いの後、答えた。

『恐らく、無いと思う。ジュエルシード自体に思念があるという結果も出ていないけど、僕は、聞いた事が無い』

 ユーノの言葉に、なのはは視線を外に向けた。

 なのはの眼前に立った零石は、空ろな眼差しでも真っ直ぐな光を抱いて、睨みつけていた。

 四本の刀を持つ、浮浪者のような男の子。無論、なのはに浮浪者という単語を知ることはないが、家無き子だということは理解していた。

 たった一人でいるということが、どういうことなのか、なのはは知っていた。家族の中でも浮いている存在であるなのはにとって、それはもう、見逃せないものだった。

 ユーノの言葉が、続いた。

『どちらにしても、彼は、止めないと。封印しているジュエルシードが一つと、封印もしていないジュエルシードは、危険だよ。僕は、責任を持って、とめないといけないんだ』

そのユーノの言葉を聞いて、なのはは眉を潜めた。

なのはが聞く限り、ユーノは自分の責任でジュエルシードをばら撒いてしまった、といっているが、ジュエルシードを発見しただけで、ユーノは何も悪くはないと思うのだ。
 無関係な世界にジュエルシードが散らばったとしても、それは運んでいた船の事故。発見者であるユーノを責めるような人物は、いないはずだ。

 なのはの疑問を察したユーノは、若干の躊躇いの後、続けた。

『僕達の【世界】にある、【時空管理局】がこの異変を察知する確率は、かなり低いんだ。僕が回復するまでに、この街が受ける被害がどれほどに成るか、分からないんだ』

 だから、とユーノの言葉が区切られた。何時の間にか進んでいた授業に、なのはが視線を戻した時、言葉が続く。

『力を、貸してほしいんだ。此処を、守るための力を』

 

 なのはは、眼を閉じた。

『ユーノ君は、偉いんだね。たった一人で、知らない場所で………』

『そんなこと―――『から』―――え?』

 なのはは、授業の終わるチャイムと共に、立ち上がった。全員と同調して頭を下げ、顔をあげた後、空を見て、言葉を返した。

『手伝うから。其れができる力が在るなら、そのために使わないといけないって、お父さんも言ってたし。駄目って言っても、絶対に手伝うからね!』

 なのはの眼に、力強い眼差しが奔った。その、他の誰にも変えられそうに無い硬い信念の塊のような思考に、ユーノが動きを止める。

 なのはは、ほんの少しだけ、自分が誇れるようなものを持つことが出来た。それ以前に、ユーノの行動自体、素晴らしい事だと思っていたから、其れを手伝おうと考えていたのだ。

『それに、間違っているなら、止めてあげないと』

 なのはが言っているのは、零石のことだ。

ユーノが言うには、ジュエルシードは意思を持っていない。もしかしたら、ジュエルシードに支配されかけているのだと、考えたのだ。

 だから。

『帰ったら、一緒におやつ食べようね♪』

『う、うん』

 だから、なのはは知る由も無かった。

「よう。邪魔してるぜ?」

 真っ直ぐ家に帰ったなのはが、お店の入り口を開けたとき、ボックス客席に、包帯塗れの零石の姿があった。自分の母親である桃子が隣に立っており、自分の父親である士郎がミートスパゲッティを持ってきたときだった。

 そのままなのはが数十秒固まったのは、言うまでも無かった。

 

 

 

 

 桃子に連れられ、知らないうちに高町家が経営する【翠屋】についた零石は、とりあえず士郎という男性に、荷物を没収された。

 シャワー室を借り、汚れを落とした後、子供の服だと言うTシャツとズボンを履いていた零石は、桃子の持ってきた救急箱で傷口を防ぐ。自分でやった所為か、かなりボロボロになってしまった包帯をまいたまま、【翠屋】のテーブルに戻ってきた。

 そこで、なのはが帰ってきたのだ。

「あらあら。それじゃいけないわ」

 【翠屋】のカウンターで皿を拭いていた桃子が、零石の姿を見て、そんな声をあげた。皿をカウンターにおいて、近くまで歩み寄ってきた桃子は、零石の腕を取る。

 包帯を解き、巻きなおす。しっかりと包帯を巻きなおすと、笑顔を向けた。

「それで、どうしてあんなところで、あんな格好でいたの? 旅の途中だったのかしら?」

「ああ、おおむねそんな感じだ」

 適当に答え、零石は視線を前に向けた。その視線の先には、入り口で固まったままのなのはの姿がある。

 その零石の前に、コトッという音と共に、お皿が置かれた。その上に乗っているものを見て、零石は顔をあげる。

「何だこれ? 変種か?」

 紅い液体と肉の細切れ、そして麺の乗っかった皿を見て疑問符をあげた零石へ、皿を置いた人物である高町 士郎が怪訝そうな表情を浮かべると、答えた。

「ミートスパゲッティだよ。………知らないのかい?」

「ああ。今まで、米やらキノコやらネズミやらしか食ってなかったからな」

 零石の言葉に、士郎と桃子が神妙な表情を浮かべ、顔を見合わせた。その間に、零石は机の上に視線を向け、小首を傾げた。

「おい、店主。箸が無いぞ?」

「箸? ああ、ごめん。フォークとスプーンしか用意してなかったね」

 怪訝な思いを抱きながらも、士郎は視線をテーブルの上に戻し、眉を潜めた。

「あれ? 割り箸があるけど?」

 【翠屋】では、スプーンとフォーク、ナイフの入っている籠に、割り箸が一緒に入っているのだ。

 しかし、零石はさらに眉を潜めると、口を開いた。

「割り箸? なんだそれは?」

 怪訝な表情を浮かべた零石へ、士郎が何かを言おうとしたときだった。

「な、なんで此処にいるんですかッ!?」

 ようやく復活したなのはが、零石に叫んだ。突然の声に、士郎と桃子まで目を点とする中、零石は割り箸を拾い、取り出すと、口を開いた。

「そちらの桃子婦人に拾われたんだよ。あ、これ割れんだ。へぇ、便利でいいな」

 割り箸という文明の利器(?)に感動した零石に、桃子はそっと頬に手を添えると、答えてくれた。

「ええ。ちょっと大変そうだから、声を掛けたのよ。でも、なのはの知り合いだったのね」

 やんわりと微笑む桃子を見て、零石はスパゲティを箸でつまみ、口の中に放り込んだ。

「士郎御仁。桃子婦人のその癖、どうにかした方がいいと思うぞ? ガキの俺に言われたくないとは思うが」

 零石の言葉に、士郎は苦笑した。桃子は簡単に笑うだけで、反省の色はまったく無かった。その恩恵にあやかっている零石としては、何も言う気には成れなかった。

 口にスパゲッティの塊を投げ入れ、眼を開いた。

「なかなか美味いなぁ。士郎御仁。いい腕をお持ちで」

「じゃ無くて! なのはの話を聞いてください!」

 ――――士郎と桃子が仕事に戻り、零石の前には気難しそうな表情を浮かべているなのはと、何時の間にか降りてきていたユーノの姿があった。

「――――というわけです」

 零石は、なのはとユーノの話を聞いていた。

本当は念話≠使って会話したかったのだが、零石にイヤだと断られてしまったのだ。釈然としないなのはだったが、お店のほうが忙しくなってきたので、二人が聞く余裕はないと判断したのだ。

 その考えどおり、二人は忙しい上、零石の座っている場所が店の奥にあるボックス席に座っているせいで、気がつかないのだ。

 桃子が零石の分の食事を用意して、持ってくるときだけは静かなのだが、基本零石の食事は騒々しかった。

 何より、よく食べる。テーブルの上に重なっていく皿を眺めた後、なのははジト眼で口を開いた。

「………話、聞いていたですか?」

 ジト眼のなのはを見返して、零石は気がついたように顔をあげ、頷いた。

「ん? ああ、納豆にはしょうゆだよ。砂糖なんて、邪道だよな」

『零石。そんな話、微塵もしてないよ?』

「そんな話微塵もしていません!」

 青石となのはのツインで怒声を喰らい、零石は眉を潜めた。今食べている海鮮丼の最後の一口を口の中に放り込みながら、咀嚼―――飲み込み、眼を細めた。

「お前たちのいいたい事はわかった。ジュエルシードが危険だってのは、確かに同意する」

 爪楊枝を口に銜え、息を吐く。たっぷりと入った胃は、かなり膨らみ、下手をするともう一つの存在が入っているようにすら見えた。

 そのでっぷりお腹をさすりながら、零石は視線を前に向けた。

 なのはとユーノ、両方を見た後、口を開く。

「しかし、そのどちらも、俺は信用しない」

「そんな―――ッ!?」

 悲鳴のようなものをあげるなのはへ、零石は爪楊枝で歯の間に詰まったものをかき出しながら、懐から何かを取り出した。

 青い石、ジュエルシード。其れを手で転がしながら、二人に視線を向けた。

「俺には確かにこいつの言葉が聞こえているし、約束もした。どちらも無視するほど、お前たちが信用できない」

『――――ッ! 貴方は昨日、なのはにッ!』

 小動物が威嚇する表情を見せようとするまえに、零石は言葉を発した。

「それに、【時空管理局】――――」

 零石の言葉が紡がれるよりも早く、なのはとユーノが、顔をあげた。何かに気がついたような表情を浮かべた二人は、顔を見合わせて頷くと、立ち上がった。

 なのはは、珍しく怒りの表情を向けると、ビシッと指差した。

「帰ってきたら、話を聞いてもらうからね! 待っててなの!」

「………う〜〜〜い」

 零石の言葉を聞くよりも早く、一人と一匹は走り出した。両親に適当な言葉を掛けて飛び出すなのはを見送って、零石は口を開く。

「………青石。お前の声、あの二人に聞こえていたか?」

『無理だと思うよ? デバイスには最低限の幻術防止機能がついているし。これ、虫の思念波程度の能力だから、大層単純な人間にしか届かないよ』

 青石の言葉に、零石は眉を潜めた。ややあって、口を開く。

「そりゃおめ、俺が単純だといいたいのか?」

『………あ、鳥が飛んでる。そういや、向こうで皆が暴れているみたいだね』

 話をそらした青石だったが、言葉の内容に聞き逃せない単語があった零石が、眉を潜めたときだった。

 ガシャン、と、目の前に見慣れた布の塊が、降ろされた。

 降ろしたのは、高町 士郎。なのはが出て行った先を見ている士郎を横目で眺めながら、静かに口を開く。

「気がついているんですかい? 士郎の御仁」

「ああ」

 やっぱりか、と零石は視線を前に落とす。

 先程から、士郎は零石が行動しようとする前に、威嚇のような視線を向けていた。最初に木刀を取り上げたのは士郎だったし、持っていたのも士郎だ。

 やがて、士郎が口を開いた。

「あの子は、きっと何かを始めたんだろう。しかし、親は、子供が切り出すまで待つものだ」

 スッと、視線を零石に向ける。その視線を真っ直ぐ見返した零石へ、士郎は笑顔をうかべると、零石の肩に手を置いた。

「行きたまえ。君は、君の道があるのだろう?」

 その言葉を聞いて、零石は小さく舌打ちをした。布に包まれた塊を拾い上げると、すっと肩に担ぐ。

 そのまま、歩き出す。ふと気がついた様子を浮かべた零石は、スッと振り返った。

 カウンターから出てきた桃子と士郎の二人に視線を向けると、頬を吊り上げた。不敵な表情のまま、口を開く。

「なんとなく、だけど。お二人には、勝てそうに無いぜ」

 

 

 

 そして、零石が神社に着いたときだった。

『グギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 咆哮をあげ、凶悪な牙と爪を持った巨躯の犬が叫んでいる時。

「………火、どっかにあるかな?」

『まだ食べる気なのッ!?』

 どこか素っ頓狂な声が、木霊した。

 

 






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