「う、うそ………?」

 目の前で起きた、惨劇。自分を庇い、そして吹き飛ばされた少年は、地面に叩きつけられると、そのまま沈黙した。

『ッ! 来るよッ!』

 フェレットの言葉に、なのはが顔をあげた。視線の先には、黒い影が漆黒の闇と同化して、降り注いできた。

 はっとしたなのはが、何かをするよりも早く、闇が押し潰してしまう―――そう確信したなのはが、目を瞑った時だった。

protection

 機械音が響き、次の瞬間、紅い閃光が走る。一気に広がった紅い壁は、そのまま黒い影との間に電光を輝かせ、一気に収束すると、吹き飛ばした。

 吹き飛んだ黒い影が、近くにあった木々を薙ぎ払いながら、地面に突き刺さる。土煙が舞い上がり、一瞬の静寂が戻った。

 なのはが眼を開くと、何時の間にか杖を突き出している自分の姿が、あった。

 キョトン、と眼を瞬かせていると、肩に何かの感触が張った。

 フェレット。彼は油断なく周りを見ると、姿勢を低くした。

「いまだ! 今なら封印できる!」

「ふ、封印ってッ!?」

 未だに状況が把握しきれていないなのはだったが、黒い影が動き出そうとしているところで、動きが止まった。

「急いで! 彼なら無事だから!」

 その言葉に、なのはの動きが止まった。

(そうだ、今は―――)

 地面に転がり、力なく倒れている少年。自分を庇い、傷を負った少年は動く事無く、横たわっていた。

 助けなければ、というなのはの思いが、確かな心と力へ、変わった。

 ようやく前に顔を向けたなのはへ、フェレットが言葉を投げかけた。

「単純な魔法なら、心に思い浮かべるだけで発動します! でも、より大きな魔法を使うには、呪文が必要なんです!」

「呪文?」

 なのはの疑問符に答える間もなく、黒い槍が闇夜を切り裂いた。一瞬早く反応したなのはが、杖を掲げた時、再度紅い壁が聳え立った。

 黒い影の槍が、空中で拮抗する。電光と共に弾かれた槍は、一瞬の拮抗のあと、空中に吹き飛び、四散した。

(何て『魔力』ッ!? 防御魔法だけで、相手の武器を破壊するなんて!)

 なのはの『魔力』に、改めて恐怖すら感じるフェレット。しかし、すぐに思考を振り払うと、元に戻した。

(ジュエル・シードの反応は、二つ! 今の彼女なら、片方なら!)

―――――すっと、手が差し出された。

 差し出したのは、なのは。

虚空を彷徨うその視線は、ゆっくりと相手を見据えると、その視線を固定した。迷いの無い、まっすぐとした眼差しで、なのはは杖を構える。

「どうすればいいの?」

 その眼差しは、落ち着いているように見えた。精一杯の虚勢だ、と理解するよりも早く、フェレットは叫んだ。

「心を落ち着かせて! 心に浮かんだ言葉を唱えてください!」

 フェレットの言葉に、なのははほんの一瞬だけ迷うが、すぐに眼を閉じると、意識を闇に送った。

 自然と、周りから雑音が消え、意識の最奥から、言の葉が生まれる。ゆっくりと眼を見開いた先には、紅い壁とその漆黒の身体を壁に押し付けている影が、映った。

 掴むは、黒き影。紡ぐのは、約束の言の葉。

「リリカル、マジカル」

 

 ここで、物語は一変する。

 

 それは、何気ない言葉であり、そして真実だった。

 

 

 

「封印すべきは、忌まわしき器。ジュエルシード」

 

 それは、間違いではなかった。

 

 

 ただ一人を除いて――――――。

 

 

 

 紅い壁が発光し、影を地面へと叩きつけた。地面に叩きつけられた黒い影へと、なのはは杖を差し向けた。

 力強い眼差しで、叫んだ。

「ジュエルシード、封印!」

Sealing mode. Set up

 杖の紅玉が輝き、光を増す。杖の先端から桃色の光が三つに分かれ、吹きだした。

 桃色の翼。幾重にも重なり合った光条が相手を包み込むと、身体の動きを奪った影の額から、青白い光が浮かんだ。

 浮かび上がった文字は、]]Tの数字。其れを包み込むように、桃色の光条が影を覆い尽くし、収束させる。

 そして、光の帯がその球体に突き刺さった瞬間、一気に光が収束し、弾け跳んだ。

 

 そこから現れたのは、二個の青い宝石だった。

「これが、ジュエルシード………」

 キョトン、とした顔で見ていたなのはは、ゆっくりとそれに近付いていった。

 

 落ちているのは、二個のジュエルシード。片方は封印され、輝きも僅かに劣っていた。

 其れを見ていたなのはへ、フェレットが顔を向けた。

「封印してあるほうに、杖を向けてください。そうすれば、封印が完了しま――――」

 

 

「………今、なんつった?」

 

 

 その時にはすでに、もう一つの影が立ち上がっていた。はっとしたなのはが顔を向けた、その先には――――――。

 

 傷だらけの男の子が、立っていた。

 

 

 

 零石の眼が開いたのは、あの影が消滅するほんの一瞬前だった。

 永い眠りについていたかのように、身体が重い。もともと身体もそれほど丈夫ではないし、何より食事を取っていない上、腹部に違和感があった。

 それに、眼にゴミが入っている所為か、もしくは凄まじい衝撃のためか、前が良く見えない。眼が霞んでよく見えないが、それでも敵の姿だけは、辛うじてつかめた。

 大きく息を吐くと、立ち上がる。

 そして、鋭い眼差しで、声のした方向に向き直り、口を開いた。

「なんて言ったのかって、聞いてるんだよ………ッ」

 戸惑う気配を感じるが、零石は気にしなかった。元あった感覚だけで肩の荷物を降ろすと、其れを解く。

 ザシュ、という音と共に、地面へ四本の棒が突き刺さった。それぞれを引き抜き、腰に差したところで、零石は破けた布を腕に巻く。

「な、なんなんです!? 君はッ!? これを狙っているんですかッ!?」

 男の声が聞こえるが、零石は答える事無く、言葉を重ねた。

「答えてねぇなぁ。――――ああ?」

 最後の言葉と同時に、零石は二番目に短い棒を、引き抜く。声だけを頼りに、一気に駆け出すと、左腕を振りかぶった。

 突き出したのは、左拳。バチン、という音と共に、左腕の先に何かが弾け、焼け付いた。その瞬間、自分の身体が浮遊し、引き止る。

 次の瞬間、身体が押し戻され、吹き飛んだ。

 真後ろに飛ぶよりも早く、右手に構えた棒を身体に引き寄せ、身体を捻った。

 引き絞るように、身体を捻じる。吹き飛んで崩れた体勢を無視して、力の限り、投擲した。

 凄まじい雷鳴のような音が、鳴り響く。それと同時に聞こえてきたのは、違う声だった。

「きゃあああああああッ!?」

 女子の、悲鳴。それを聞いた瞬間、零石はハッとした。

 思えば、あの女の子が近くにいるはずなのだった。巻き込むことはないと思うが、それでも心配でないといえば、嘘だ。

「離れてろッ! 怪我するぞッ!」

「そ、そんな事言っても――――ッ」

 思いの他、声が近い。一気に倒さなければ、自分が危険だ、と判断した零石は、叫んだ。

「どこだッ!? 青石!」

 自分の目的は、あの青い石。其れを察した声の人物が、叫んだ。

「何を考えているんですかッ!? あれは、危険な存在なんですよ!」

「うるせえッ!」

 男の言葉を、それ以上の声でかき消す。ようやく霞んでいた視界がしっかりと晴れ、人物像が薄ぼんやりと、見えてきた。

 白い、影。その前には自分の投げた棒が突き刺さっており、弾かれたのだと理解した。

「駄目です! 貴方はあれがどれほど危険なのか、理解していない!」

 その言葉に、零石は鋭い眼差しを、向けた。

 一気に、跳躍する。その間に一番長い棒を引き抜くと、叩きつけるように振るった。

 しかし、紅い壁が其れを遮り、弾き飛ばす。握っていた棒が、そのまま明後日の方向へ吹き飛んでいった。

 それらを無視し、体を捻り、蹴りを叩き込む。しかし、蹴りを叩き込んだ瞬間に紅い閃光がはじけると、すねの辺りの皮膚が、弾けとんだ。

 刹那、身体が吹き飛ぶ。地面に叩きつけられ、口から何かが毀れそうになっても、必死に噛み潰した。

 そして、すぐに立ち上がる。霞んでいた視界がようやく戻り、土煙が包み込む世界が、あった。

 地面には、青く輝く石が二つ。その内の片方、何故か青い石であると確信したほうを眺めた後、口を開いた。

「………そいつには、なんだかんだいって、命を助けてもらった借りが在る」

 零石は、決して人外の力を持っているわけではない。

 叩きつけられた痛みはまだ引きずっているし、腕に走る傷は焼けるように熱く、痛い。腹も減っていて力も込められそうにないし、其れを誤魔化して戦えるほど、器用ではなかった。

 剣術の腕前も、『達人』ではなく、『門外』。特殊な移動術、防御術も無ければ、身体能力もいたって平凡だ。

 其れはそうだ、と自嘲する。自分が何処の出身で、何歳なのかすら分からない今の状況で、自分を誇れるもの、自分自身を証明するものも、何も無かった。

 それでも、たった一つだけ、胸をはれるものがあった。

 ザッと立ち上がり、二本の棒に、手を添えた。真横に走る一本の筋に指を這わせると、其れをずらした。

 カシャ、という音と共に、棒がスライドした。その先には、漆黒の黒に染められた刀身が、輝いていた。

 風が、啼く。全てが制止したような世界で、彼は刀身を解き放った。

 

 日本刀。

 

 腰の裏には、短刀。一番長い刀はその下に添えられ、両脇には比較的同じ長さの刀が、備えられていた。

 一番長い刀を抜くには、心許ない小さな腕。

黒いタンクトップに、ボロボロのズボン。生きて行くには余りにも未熟な身体で、年に似合わない鋭い眼差しを、影へ向けた。

すっと、刀身を相手に差し向けて、告げた。

「だから、封印なんかさせねぇ」

 そのときに浮かんだ微笑に、影が確かに怯んだ。

 

 刹那、零石が駆け出し、刀を振りかぶって、一気に駆け寄った。

 流れる土煙に、揺れる視界の中、現れたのは白い服を着た女の子で――――――

 

 

「「へ?」」

 

 次の瞬間、零石の顔面に鈍い音が響き、動きを止めた。

 

 

 

 

「はっはっは! 悪かったって!」

 日本刀を木刀に納めた零石は、豪快に笑いながら目の前の女の子の肩を叩いた。その零石の顔は真っ赤に染まり、ちょっとだけ鼻血を出していた。

 女の子は、零石に脅えつつも混乱しており、眼を回している。何を言っても反応しない彼女を置いたまま、零石は腕で鼻を拭くと、周りを見た。

 彼女からゆっくり離れると、落ちていた棒を二本引き抜き、腰に差す。再度、女の子に視線を戻すと、口を開いた。

「さっき、ここにもう一人いなかったか?」

「え? え、えと――――」

 零石の言葉に、その少女が戸惑いの声をあげた。頬をかきながら、引きつった表情で視線をそらす女の子へ、もう一度声をかけようとしていた。

 その時だった。

「貴方は、何者ですか? 何で、ジュエルシードを狙うんですか?」

 男の声が響いた瞬間、零石は視線を戒めると周りを見渡しながら、木刀を引き抜いていた。解放する為の継ぎ目に手を添えながらも、ジッと視線を回す。

 人影は、無い。それでも油断なく辺りを見渡すと、ようやく視線が一点に、集中した。

 ネズミ。ネズミである。

真っ白に染まった身体に、太い尻尾は間違いなく、ネズミだった。

 棒で、突いてみる。あう、という音を零しながらも、一歩後ろに飛んだネズミが、威嚇するように毛を逆立てた。

「止めてください! 僕は―――「―――ぃ」―――え?」

 顔を伏せた零石が呟いた言葉が分からず、小首を傾げるネズミへ、零石は口を大きく歪め、叫んだ。

「火をよこせええええええええええええええええええええッ! 動物性たんぱく質ぅううううううううううううううううううううううううッ!!!!」

「うあああああああああああッ!?」

 豹変した零石の手から逃げるように、ネズミが駆け出す。逃がさないように、という意思表示のために腰の棒を引き抜こうとして。

「だ、駄目だよ! それにネズミじゃなくて、フェレットさんだよ!?」

「な、何をするッ!? は、放せ! 貴重な動物性のたんぱく質なんだよ!」

 ぎゃあぎゃあと暴れだす零石を宥めるのに、10分ほど時間が掛かってしまったのは、秘密だった。

 

 

 

「俺の名前は、田神 零石。田んぼの神様に、漢数字のゼロに、石だ」

 フェレットとネズミが違う、という説明をなのはから受けた零石は、とりあえず名乗っていた。

 それを聞いたなのはが、笑顔で答えた。

「あ、私、高町 なのはです」

「………ユーノ・スクライアです。スクライアは部族名だから、名前はユーノです」

 喰われるという生物究極の恐怖を与えられたユーノは、折れそうな心を何とか押し止めながら、なのはの肩で威嚇し続けた。

 その二人を見た後、零石は軽く肩をすくめると、口を開いた。

「まさか、助けてやった奴等に狙われるなんて、ね。随分な話だ」

「そ、それは、ご、ごめんなさい………」

 零石の言葉に、なのはが萎縮する。其れを見ていたのか、はたまた零石自身を警戒しているのか、ユーノはなのはと零石の間に立つと、言葉を発した。

「それはこちらの台詞です。分かっているんですか? 魔法∴ネ外、あの化け物を倒す手段はないんですよ!」

 あろうことか、生身の身体で、しかも四本の真剣だけで斬りかかった零石に、ユーノの非難の言葉が突き刺さる。

 しかし零石は両手を組むと、頭の後ろに回して添え、適当な口調で答えた。

「しらねぇよ」

「な――ッ!」

 余りにも無責任な零石の言葉に、ユーノが声を荒げようとするが、次の台詞で其れは遮られた。

「だって俺、ただの人間だからな」

 零石の言葉に、ユーノの動きが止まる。

 真剣を持っているとはいえ、零石は全くの部外者であり、無論のことジュエルシードも知らなければ、何が起きているのかもはっきり分かっているわけではないはずだ。

 それに、零石自身、魔導師≠ナも無ければ、特別な存在でもない。ある程度探知をかけたところで、ユーノは確信した。

 知らないという事は、罪ではない。そう考えたユーノは、小さく息を吐くと、顔をなのはに向けた。

「えっと、高町さん?」

 ユーノに呼ばれ、なのははちょっとだけキョトンとした顔を向けた。そのなのはは、ひょいっとユーノを拾い上げると、微笑んだ。

「なのはでいいよ、ユーノ君」

 なのはの言葉に、再度ユーノが戸惑いの表情を浮かべるが、すぐに頭を振ると、真剣な表情を浮かべると、口を開いた。

「え? あ、うん、なのは。はやく、ジュエルシードを封印しよう」

 その言葉に反応したのは、なのはでは無く、冷酷だった。

 

「おい、待てコラ」

 

 私には、その男の子―――零石君が怒っている理由が、分かりませんでした。

 ジュエルシード。ユーノ君が言っている、危険な石。さっきの戦闘を見る限り、危険なのは、間違いないはずなのに。

 でも、零石君は、鋭い眼差しを向けると、立ち上がった。

 恐い、と思った。背筋がぞくぞくとして、身体が僅かに震える程。

「させねぇ、って、俺がさっき言っただろうが」

 そういえば、さっきそんなこといってたけど、どうしてなの?

 あの影みたいなのは、あの石から出てきた。という事は、あの石は危険なもので、放っておいちゃいけないもののはず。

 でも、彼の眼には、違う色が宿ってた。なんだろう、と思い出すよりも早く、ユーノ君が言葉を返した。

「何を言っているんですか! あれは、本当に危険なものなんですよ!」

「知るか、阿呆」

 その時にはもう、零石君は距離を取っていた。その距離は、私が追いかけても逃げられる距離で、その手のひらには青白い石が二つ、乗っていた。

 其れを見た時、ユーノ君が叫んだ。

「封印はしていても、危険なものなんです! それが―――「必要なのは」―――ッ!」

 ユーノ君の言葉を遮って響いたのは、普通の大きさの、声。その声の先には、鋭い眼差しの男の子が立っていて、不敵な笑みを浮かべていた。

 零石訓の口が、動いた。

「危険かどうかじゃねぇ。大切か、そうじゃないか、だ」

 その言葉に、私の胸は、鷲づかみにされた気がした。

 

 

 

 

 動きが止まったなのはを見て、零石は眼を細めた。

「ま、間違えたのは悪かったが、もう終わっただろ? 俺は行くぜ」

 そういい、手に持った青い石を手で掴んだ瞬間、零石は駆け出した。

「あ、待って!」

 駆け出した零石に、なのはが声をあげ、ユーノが慌てて身体を動かそうとした。

「お、追わないと――――ッ。 ううッ」

「ゆ、ユーノ君ッ!?」

 そしてそのまま、倒れる。其れを横目で見て、零石は一気に走って公園から飛び出した。

 車の走る車道を飛び出し、反対車線に乗り出す。ようやく公園の入り口から出てきた一つの影は、辺りをきょろきょろと見渡した後、何かに気がついたように、慌てて駆け出した。

 その影がなのはだと言う事に気がつき、零石は安堵の息を吐いた。

(姿が変わってたな。着替えたのか? 早着替えの達人か?)

 見当違いの思考に浸りながら、零石は四本の日本刀を纏めて布にくるむと、そのまま肩に担いだ。

 これが真剣だということが分かったのだから、今まで以上に警戒しなければならない、と気を引き締めた。

 そして、ゆっくりと視線を上に向けると、口を開いた。

「腹減った」

 小さな呟きに、答えが戻ってきた。

『………なんだ。生きてたんだ』

「随分な物言いだな。青石」

 今まで沈黙していた青い石―――ジュエルシードの言葉に、零石は適当に言葉を返した。そのまま公園に向かって歩き出す零石へ、ジュエルシードは声をかけた。

『それより、青石って、何? 名前?』

 ジュエルシードの問いかけに、零石は公園に入る数段の階段を飛び越えると、頷いた。

「ああ。御前の名前だ。シリアルナンバーなんていうものもあるだろうが、俺が気に入らん。いいから、貰っとけ」

 零石の言葉は、ジュエルシード―――青石には届かなかった。なにやら嬉しそうな反応が戻ってくるだけで、何も答えない。

 その時だった。

「うッ!?」

 ぐぎゅるるるうるるるるるるるっ――――ッ。

 そんな音が、自分のお腹の中から響き渡った。唐突に足を折った零石に、見当違いの思考に浸っていた青石も、ようやく零石の異常に気がついた。

『どうしたの! 零石!』

 青石の言葉に、零石は真っ青な顔を向けると、口を開いた。

「――――腹が痛い」

 その言葉に、青石は少しだけ考えるそぶりを見せると、答えた。

『当たり前じゃん』

 謎の色彩豊かなキノコに、名も無い草と喋るネズミ。逆に、腹を壊さない要素が無いほどだ。むしろ、腹を壊しただけで他の症状がないほうが、驚きだ。

 とはいえ、状況は屋根無し寝床無しの零石にとって、深刻な状況だった。

 公衆トイレはあるものの、医者に掛かるお金も無ければ、助けてくれる人間もいない。

 とりあえず、公衆トイレに向かう。入り口に、男性マークがあることを確認し、入ろうとしたところで、動きが止まった。

「青石………」

『ん?』

 ポケットに入っている青い石を二つ取り出すと、ボロボロに成った服の一部を剥ぎ取り、包み込む。其処から解けた糸を折り重ね、輪を作って、入り口のマークへ向かって、放り投げた。

糸が綺麗に掛かり、ぶら下がる。ぷらぷらと揺れる布の中から、声が響いた。

『………え? 何? 放置プレイ?』

「其処で待ってろ。動いたら、流す」

 零石はそのまま、トイレに一時間、篭った。

 

 

 

 

 少女は、困惑していた。

 金色の長い髪の毛を二つに下げた少女は、自分の眼を擦った後、再度其れを見上げた。

 ジュエルシードである。自分が集めようとした矢先、魔力探知によってこの周辺を探していたところ、其れを見つけたのだ。

 ジュエルシードで、ある。

 母親の願いであり、次元世界でも危険な物質と名高い存在。それを集めるために、自分は此処にきたのだ。

 

 それが、目の前で汚い布に吊るされているのだ。しかも、男子トイレの表札に。無防備に。

 

 本当にそうなのか、と何回も『魔力感知』を掛けた。その度に結果は黒―――まごう事なき、ジュエルシードであった。

 悩む。

 あの、ジュエルシードだ。いくらなんでも布に包まれて、こんな無防備においてあるわけが無い、と確信すると、辺りを見渡した。

 つまり、罠。集めている誰かが、自分を捕まえる、もしくは他に誰か狙っている存在をはっきりさせるために、此処に吊るして置いたのだ。

 『魔力感知』を掛けるが、他から魔力≠ヘ感じない。とはいえ、魔力≠ェ無いというだけで罠がない保証は、何処にも無かった。

(どうしたんだい? フェイト? ジュエルシードは見つかったのかい?)

(あ、アルフ―――)

 自分の『使い魔』であり、信頼できる【相棒】の言葉に、女の子―――フェイトが言葉を返そうとした、その時。

「………すこし、いいか?」

「はひッ!?」

 後ろから声を掛けられ、フェイトが身体を跳ね上げる。声を掛けてきたのは、黒髪黒目の、少し汗臭い男の子だった。

 彼は、黒い棒を包んだ布の塊を肩に担いでいる。

 其れぐらいしか、分からない。チラッと見ただけで、フェイトはそれ以上、相手を見ることが出来なかった。

 魔力≠ェ、全く感じられなかったのだ。

いつのまにか後ろに回りこまれていたフェイトは、戦慄した。

(気配も魔力≠焉A全く感じない!)

 そう考えながらも、必死に動揺を隠す。嫌な汗が頬に伝わり、地面へと落ちた。

「退いて、くれ」

 奇妙な気迫が、背中に迫る。それに気圧されるように、フェイトは道を空けると、男の子は頭を下げ、歩き出す。

 遅い足取りとは対照的なすばやい動きで、ぶら下がっている布を取る。フェイトを一瞥した男は、そのままゆっくりと森へ、消えていった。

 フェイトは、自分の行動の浅はかさを知った。

 おそらく、あの男には、自分がジュエルシードを狙っていると気付かれたはずだ。

もし彼が、あの場所の担当なら。

『魔力感知』にも引っかからないほど魔力≠押し殺せる相手なら、自分の素性を明かすことなど、造作も無いはずだ。

 しかも、何の警戒も無く、森へと誘っている。『魔力感知』をしたところで何も見つけられないという事は、隠しているか、魔力≠フ通っていない罠を張っている可能性が、高い。

 今は、追えない。

(フェイト?)

 アルフの思念波に、フェイトは答えた。

「今、帰る」

 それでも、フェイトは怯まなかった。男が消えた森の先を睨みながら、口を開く。

「もうすぐ」

 ――――戦うことに、なる相手を。

 

 

 

 

「なのは………。大丈夫?」

「ん? うん」

 帰り道、ずっと黙って歩いてたなのはに、ユーノは声をかけた。

突然、巻き込んでしまった少女。突然の出来事に、変化した世界に順応できるかどうかが、ユーノの心配の種だった。

しかし、なのはは悩んだ表情を見せた後、口を開いた。

「零石君、だいじょうぶなのかなぁ、って」

「――――あ」

 田神 零石。

 ジュエルシードを持ち、其れを集めている存在。衣類はボロボロで、四本の棒を担いで戦う、同い年ぐらいの男の子。

 同い年なのに、戦いに慣れている印象を受けた。それでも、どこか違和感を覚えてしまうのは、しかたないことだった。

 しかし、なのはが感じたのは、それ以外のことだった。

「………あの子、傷だらけだったの」

「―――――」

 身体に傷は、ない。でも、その男の子の何かが、擦り切れ、切り刻まれているように感じたのだ。

 摩擦して、磨耗して、消え入りそうな謎の存在。突風の前に消え入りそうな小さな焔のようであって、大海に零した一滴の真水のような、儚い存在。

 その姿を思い浮かべ、なのはは眼を閉じた。

「………ユーノ君。ジュエルシードって、本当に危険なの?」

 なのはの言葉に、ユーノはほんの少しだけ悩む素振りを見せると、口を開いた。

「それは――――勿論。ジュエルシードが叶えられる願いは何でも叶えるけど、行き過ぎなんだ。誰も制御できない。そして、最終的には共鳴して―――『時空震』を起すんだ」

「『時空震』?」

 なのはの疑問に答える前に、ユーノはなのはの首の裏を通ると、反対側の肩に座り込んだ。顔を毛づくろいすると、再度、口を開いた。

「共鳴時に起きる、破滅だよ。それも、取り返しのつかない、ね」

 ユーノの言葉に、なのはは息を飲んだ。その様子を見て、ユーノはゆっくりとなのはの頬に擦り寄ると、口を開く。

「僕は、それだけは防がないといけない。この【世界】が滅びる前に。もちろん、怪我が回復したら、僕達の【世界】の警察へ、連絡することになるけど」

「警察?」

 なのはの問いかけに、ユーノは静かに顔をあげると、答えた。

「うん」

 

 

 

『はっずかしぃ〜〜〜。女の子にみられたぁ♪』

「やかましい。ああ、くそ、腹いて」

 森を抜けた先にある水場で、零石は手を洗っていた。何となくだが、あの場所に居ていいことなど何一つ無いのだと、確信していたからだ。

街灯の下、両手を水で洗っている零石の下へ、誰かが歩み寄ってきた。

「何だ?」

 もはや面影の無い上着で手を拭く零石へ、その影が視線を送る。拭っている上着にそっと視線を動かすと、そのまま零石の後ろにあるベンチに掛けられた四本の棒へ、視線を向けた。

 すっと、影が街灯の下に入ってくる。身長の高い大人で、襟の高いコートとフードを被った存在は、ゆっくりと手を懐に入れると、何かを取り出した。

 透明な、板。そこに映し出された、一枚の劣化した紙を眺めた後、影は其れを服の中に戻した。

「タガミ、レイコクだな?」

 その言葉と共に空気が重くなったのを、零石は感じた。油断無く影を見上げた後、青石の入っている布をポケットに入れると、影の歩み寄ってきた分だけ、後ろに下がった。

 ベンチまで、残り1m。距離を正確に把握した後、零石は重心を移動した。

 そこで、影の言葉が、響く。

 

 

「【時空管理局】。異世界を管轄する、最高機関だよ」

 ユーノが、誇らしげにそう答えた。

 

 

 

「【時空管理局】機動二課、テトラ・オルスパイン」

 すっと、影の腕が二つ、下ろされた。其処から伸びたのは青白い光であり、其れはある程度の長さを示すと、そのまま形状を維持した。

 二本の短刀。其れを把握した零石が、自分の武器へ手を伸ばすよりも早く。

「【管理局法】に基づき、貴様を滅殺する」

 その言葉と共に、黒い影が零石の前に躍りだし、ベンチとの間に入りこむ。それに驚いて、眼を見開く零石の顔面へ、逆手に持った短刀が、突き出され。

 

 

 赤い血が、闇夜に飛び散った。






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