戦争から、一ヵ月後。

 紅坂の話では、実のところ、戦争はギリギリだったらしい。

 兵力差は、歴然。

いくら奇襲と、奇をてらった戦い方で優位を誇っていても、戦争が長引き、足並みが整えられていたら、確実に負けていた。今ある勝利という二文字は、本当に紙一重だった、というのが紅坂の見解である。

 捕虜として捉えられた大勢の兵士は、マイアの言葉で国へと、返された。武器や兵糧、そして残る人間の為に多少の土地を裂いたぐらいで、この戦争は幕ひきされた。

 本国が攻めて来る、という危機感もあったが、どうやらデジスにほのめかされたカールという総将軍が功を焦っただけで、《ファト》本国は謝罪の手紙と、復興の全面支援を手配していた。

その裏側に、不利な戦争を勝利へ導いた悪魔の存在が在ったのは、誰が見ても明らかだったが、その本人は全く気にした様子もなかった。

 デジスとカールは、島流しだ。適当な船に詰め、沖に出したので、どこにいるかは分からない。

それで良いと、シャロルは思う。下手に殺せば、文字通り『魔属』が攻め込んでくるのだ。

 そんな政治的取引を終え、《ウィルス》の城下町は、復興の慌ただしさを見せている。損害の一番酷かった城も、急務の補強がなされており、すでに完全に復興していた。

 

 慌ただしい城下町を、城の門の上から、シャロルはポーっと眺めていた。

 

 あれからは、毎日が祭り騒ぎだった。誰もが、敗北という結果を見込んでいた戦争の、大勝利――――コウサカは、一気に英雄と言われるまでなった。

 その彼は、あれからずっと、蔵書室にこもっている。

監視の必要がなくなったシャロルは、『攻衣の騎士団』第三騎士団の隊長を任命され、その事後処理と任務で、慌ただしかった。

 コウサカとは、必然的に会っていない。それはマイア女王も同じで、外交の為に国をあけて、すでに一ヶ月経つ。

時間の流れは、速いものだ、とがらにもなく思ってしまった。

「………アホ面丸出しで、何をしてるんだ?」

「きゃあっ!?

 突然の言葉に、シャロルは跳ね上がった。心臓を何とか押し止めながら振り返る。

 其処には、紅坂がいた。

その姿に、シャロルは自分が思っていた以上に驚き、そして取り乱してしまったことに驚く。

 それをさもおかしそうに眺め、紅坂は門の上にある手すりに、腰掛けた。空を仰ぎながら、口を開く。

「どうも、痒いものだな。悪魔といわれていた俺が、英雄にされるなんて」

「………そ、そうですか? コウサカ殿は、立派に英雄であり、素晴らしい人格者だと、思いますが………」

 そう言葉で返しながらも、シャロルは緊張していた。横に居るのは、あの天啓とも取れる作戦を造り、指揮した、文字通りの英雄なのだ。以前の彼とは、もう違う。

 しかし、紅坂は小さく微笑むと、嘲笑うように告げた。

「どうも貴様は、記憶力がないな。俺は、肩書きが大嫌いだって、忘れているようだ」

 紅坂の言葉に、シャロルはハッとする。それと同時に緊張感が不思議と、消えた。

 それを見ていたのか、紅坂は不敵に微笑み、続けた。

「………あれで、良いのか?」

 紅坂の言葉に、シャロルは小さく頷き――――「え?」と怪訝の声をあげた。見てみると、紅坂は不機嫌そうに顔を歪め、続けて説明した。

「デジスとかいう女男だ。………あれで気が済んだのか、って聞いているんだ」

 紅坂の意外な問いに、シャロルは少しだけ神妙な顔で、頷く。納得してはいないが、気は済んだ。そんな心境だった。

 紅坂は、あえて話題を掘り返さなかった。彼女自身、気が済んだならよしとしよう、と考えていたからだろう。

 しばらく、二人の間に沈黙が訪れた。

とはいえ、それは気まずいものではなく、シャロルが紅坂と過ごした時間で、もっとも当たり前のものだった。

「………いい、天気ですね」

「ああ。………籠もっているのも、馬鹿になるぐらいな」

 悪くないと、シャロルは思っていた。こういう空気を持つ人間が、一人はいても良いと、思いはじめても、いた。そう考えて、シャロルは自然に、頬が赤くなってしまう。

 しかし、彼女の中には、一抹の不安があった。

(コウサカは、いつまでここにいられるのだろう………)

 彼が違う世界の人間だということは、知っていた。絶対に元の世界に戻りたいだろうし、彼は以前、遠い大陸にある『クリムゾン・レッド』に興味を持っていたのも、知っている。

 彼に居場所がないのも、知っていた。英雄とはいえ、悪魔とさえ噂された別の世界の人間――――誰も、彼に近付こうとはしなかった。

「………その浮かない顔は、どう捉えるべきか、な」

 紅坂の言葉に、シャロルは自分で自分に、驚いた。浮かない顔をしていたのか、と自分で両頬を触る。意外に熱いのにも驚いたが、なにより紅坂がそれに気がついたことに、驚いていた。

 驚愕の顔を浮かべる彼女へ、紅坂は苦笑したまま、答えた。

「実のところ、旅に出ようかとも思ったんだが………。まだまだ、俺が必要そうだな」

「わ、私はッ! 別にッ!」

 悲鳴に近い声をあげるシャロルを見て、紅坂は不敵に、笑った。からかわれているのだと気がついたシャロルは、怒りを滾らせながら、叫ぶ―――よりも早く。

「正直、お前たちには………いや、この運命かな? には、感謝している」

 突然の、風向きが違う紅坂の言葉が響き、それにシャロルは言葉を、飲み込んだ。

 見向きもせず、紅坂は続ける。

「俺は、いくら力や兵法があっても、………もとの世界で、生かせなかった。きっと、友達も出来ずに死んでいくのだと、考えていた。自分もそれを、受け入れていた」

 絶対的な、孤独。

それを、紅坂は受け入れて――――否、受け止めていたのだ。孤独だった、孤独だからこそ、これほどの力を持っていた。

引き換えに得た代償は、彼のいた世界としては大きく、不要のものだった。

 だからこそ、紅坂はそれを必要としてくれた彼女達へ、感謝の意を伝えたかったのだ。

「俺は、もうあの世界の紅坂 創ではない。………この世界で、悪魔とも英雄とも呼ばれる、ソウ・コウサカとして、生きて行く」

 真っ直ぐの紅坂―――否、コウサカの、眼。それを受け止めながら、シャロルは胸が高鳴るのを、感じた。

「………って、偽名だったんですかッ!?」

「当たり前だ、阿呆」

 紅坂 創。今までソウと名のっていたのは、偽名だったのだろう。頭が良く、人を信じないコウサカらしいと、今ではシャロルもそう思う。

 しかし、その偽名は、偽名でなくなった。必要とされない世界の名は捨てて、必要としているこの世界で生きるため、悪魔は、ソウ・コウサカになったのだ。

 だから、コウサカは、口を開く。

「この世界でも、統一してみるか。………マイアの言う、平和的会合を実現するため――――――力を貸せよ。シャロル、クウザ、ガルズ

 コウサカの言葉に、シャロルは眉を潜めた。今、この場に居るのは、コウサカと私だけ――――そう考えた時、含み笑いの声と、爆笑する声が、上から降り注いだ。

「貴方が、力を貸せというのも、珍しいですね」

「ンだよ、チューぐらいしろって。期待してたのにさ」

 その声に、シャロルは驚いて、視線を門の上、屋根に視線を向けた。いつの間に其処にいたのか、クウザとガルズが、そこで笑っていた。

 ずっと見られていたのだと思った瞬間、顔が自分で分かるほど、真っ赤になっていた。それを皆に知られないため、シャロルはその顔を俯かせた。

 それを見ていたコウサカは、小さく微笑む。どうも、ここの連中は、面白くて仕方ない。

 この世界に来て、一番に信頼してくれた、あの奇妙な姫の願いを、コウサカは叶えようとしていた。

 

全世界の、平和。

 

地球でも、不可能――――だからこそ、目指すのだ。

 

 こうして、天下統一の歩みは、始まったのだ。





 

 


 いかがでしたでしょうか? この作品は、私が中学生の時に書いた、いわゆる主人公最強系の物語です。軍隊ものとして最初に書いたので、穴ばっかりですが、こういうのも面白いかなぁ、と思います。その内、軍事ものも書きたいぐらいですね。

 何人か部隊長が居ましたが、設定して出さないのも可哀想かな、と想い、書きました。結構好きなんですけどね、軍事モノ。 

 というわけで、ご意見ご感想ございましたら、BBSかメール、拍手にてご連絡を♪
 ワルカディでした♪








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