紅坂は、ざわざわとした雑踏の声で、眼を覚ました。

冷たい水を感じるので、川に落ちたのだと考えた。体が動くのを感じながら、上から降り注ぐ水を押し退ける様に立ち上がる。

その時、異変に気付いた。

(上から、水?)

 自分が落ちたのは、確か河川敷だったはずだ。小さな水溜りなら分からなくも無いが、これほどぬれる場所など、早々無いはずだ。

 さらに、空が青かった。

つまり、それは朝を意味するのだが、その青さが尋常ではない。空気汚染が進んだ現代の少し灰色がかった色ではなく、透き通るような青だった。

 そして、なにより、周囲の様子がおかしい。

レンガ積みで出来た家に、質素ながらも、丈夫そうで、いかにも古臭い服を着ている人間達。

そして、いま自分の居る場所が、噴水なのにも胸中で驚いた。

 辺りは中世ヨーロッパのような町並みだった。幾つかの道が、この広場に向かって、伸びている。

いくらかの露天商を見ながら、紅坂は考える。自分が倒れたのが河川敷なので、街中にいるわけが無く、無論、映画のセットや映画村に来ている訳ではない。しかも、噴水に入った訳で、コートが水を吸っていて重い。

それを含めなくても此処の気温は暑かった。

 確実に、今までいた世界とは違っている、そう考えた瞬間だった。

「う、動くな!」

 紅坂の前に、何か金属製の物が何本も突きつけられる。

向けられたほうを見ると、青い服を着た男たちが、怯えた表情で紅坂を囲んでいたのだ。紅坂は服を脱ぎながら考える。

 確かに、紅坂の着ている服は、目の前にいる人間の着ているものとは違う。そして、道路らしき所を歩いている生物を見て、又もや驚いた。

 まるで、ダチョウの顔が大きくなり、巨大化したような生物が、馬車を引いている。周りの人間の大人の殆どが明らかに殺人を目的とした剣を腰に下げているのだ。

 其処から、自分の状況を把握する。

(タイムスリップでは………無いな。昔の本で、あんな生物は見たことが無い。考えられる事で一番の可能性が在るのは………)

「お、おい、聞いているのか!?」

 怯えた男が、出来る限りの虚勢を張って紅坂に槍を突きつけてきた。しかし、紅坂にとってそれは逆鱗を触れたような物だ。

彼は、自分の思考を邪魔する物を許さない。

 逆鱗に触れた男に、紅坂は考えられる限りの不機嫌な顔を向けた。元々悪魔のような男なのに、不機嫌な表情をすると、それこそ世紀末覇者の顔だ。

「ああ?」

 その顔を見て、怯えきった男が槍を投げ、全速力で、変な悲鳴を上げて逃げていった。それを見送りながら、紅坂は槍を拾う。

 試しに、地面に先端部分を突き立てる。弾けるような音と壊れるような音が同時に聞こえ、先端部分が深々と突き刺さっていた。

 明らかに、本物だ。辺りを見回すと、町民らしき人間たちが怯えている。

(さっきの言葉といい、これといい………。これは明らかに違う世界に来たな)

 地球で、こんな武器を使っていたのは十世紀頃なので、地球ではない。言語が通じるのはおかしいと思うが、解決するほどの情報が無いのも、事実だ。

 違う惑星なのか、それとも自分のいた世界とは違う次元の世界なのか、それは分からないがどちらにしろ、退屈はしない様だ。

「団体さんの御着きのようだしな」

 槍を肩で持て余しながら、紅坂が嬉しそうに言った。それが言い終わると同時に、広場に大勢の足の音が聞こえてきた。

 鎧の摺れる音と、馬の蹄の音。それを聴いた瞬間だった。

「『攻衣の騎士団』だっ!」

 誰かの叫びと共に、広場に安堵の溜め息が聞こえる。

紅坂は気にもせず、相手の到着を待っていた。

広場に入ってきたのは、紅黒の鎧に身をまとった者達だった。かなり訓練されているらしく、止まるのに幾ばくかの差しかない。

馬は、地球で見ていた物にかなり近い。違うのは、タテガミが異常に長いぐらいだ。

 降りた剣士が(腰に剣をぶら下げているので、間違いは無いだろう)紅坂に声をかけてきた。

「貴様が、謎の人物か」

 紅坂は答えない。変わりに、思いっきり不機嫌な顔をした。

 しかし、騎士は気にした様子もなく、剣を引き抜く。

「いきなり現れ、我が騎士団の仲間に手を出したのだ。死を覚悟してもらおう」

 紅坂は動じもしない。実際は動じていたが、それこそ長年培ってきた力が功を期したのか、冷静に見ることができた。

 直後、剣士が剣を薙ぎ払う。

紅坂は瞬間的に槍を下に構え、弾かれるように距離を取る。

完全に虚をついた行動だったはずだが、相手もかなりの強者らしく、この攻防だけで紅坂の強さを把握したようだ。

殺気を伴った気を感じながら、紅坂は自然に笑みを浮かべる。

 一気に、槍を突き出す。勿論、鎧は貫けないので、継ぎ目を狙う。槍の訓練はつんでいたので、寸分の違いも無く、槍は鎧を貫く――――筈だった。

 一瞬の判断で、体を半身にする。槍は鎧の面で弾かれ、剣戟によって槍は二つに折られた。紅坂は、折られた槍の持ち手を持ったまま、相手の股下を摺りぬける。鎧の面によって視界から消えた紅坂を探して、後ろを向くが、既に遅かった。

 紅坂が、折れた持ち手で相手の首の所を絞める。鎧に当たったが、首の所は鎖を幾つかの層で作っただけのようで、圧力を外せるほどの物ではないようだ。

 そのまま、相手の首に少しだけ力を入れる。相手が、悔しそうな声を上げた。

「不覚………」

 ずりっ、と待機していた兵士たちが動こうとする音を聞いて、紅坂は人質を盾に、大声で叫んだ。

「それ以上近づくと、首をへし折るぜ?」

 悪魔のような表情で、断言する。兵士たちの間にざわめきが起きた。

 しかし、紅坂は読み違えていた。首筋に、冷たい金属の感触がした。

「其処まで、だ」

 厳格な男の声がする。耳元で、小さいが良く通るような声で、だ。紅坂は、微塵も動揺の色を見せずに、呟いた。

「俺を殺すつもりか?」

「行動による、な」

 紅坂は人質を解放した。

それと同時に、刃物の感触は消え、視界に一人の剣士が入る。

厳格な雰囲気を持った、初老の屈強な男性。白髪の混じった髪の毛に、鍛えぬいた体と、全てを見てきた老格者たる威厳。絶対に敵に回したくないタイプだ。

 男が、鋭い眼つきでこちらを見ている。相手を値踏みする様な、全てを見透かすような眼だ。しかし、紅坂は動揺も、何もしない。

 その時、先程の剣士がこの男に尋ねてきた。

「どうします? 殺しますか?」

「おしい、が危険のような気もする。だがどちらにしろ、王に聞かねばならん」

 どうやら、王政の時代らしい。紅坂は、思わず笑みを浮かべてしまった。悪魔の、いやそれ以上の存在のような表情を浮かべ、紅坂は歓喜に震えていた。

 腕を後ろで縛られ、連れて行かれる紅坂の後姿を見ながら、先程の、紅坂に負けた剣士が初老の剣士に問いただした。

「いいのですかっ!? 私には彼の者が悪にしか見えません!」

 初老の男は、力を抜きながら、こう答えた。

「彼の服は、明らかにこの町の物ではない。私の長い人生の中で、あのような服を着ていたものは、一人しか覚えていないのだ」

 初老の老人は剣を拾うと、剣士に渡す。

「彼が悪だろうか。正義だろうか。決めるのは、王だ」

 彼らは、自分の馬に跨ると、颯爽とレンガの町並みを走り去った。

 


 店の前を早々と越え、長い道を通り過ぎる。

レンガで舗装されている道の先に、丘が見えた。

緑色の、青々とした草原に、白い城が、重鎮している。後ろには気高い王のような風格を持つ山が立っており、其処から長い滝が流れている。

 巨大な門を抜けると、其処には広々とした中庭に出た。中心には噴水が置いてあり、それを囲むように城が建っている。

其処を左に曲がると、訓練場らしき所に出る。

そこで馬から下ろされた。そのまま強引に引かれそうになった時、ある事に気がついた。

 試しに、少し飛んでみる。軽く飛んだつもりなのに、結構高く飛べた。

(地球より、重力が少し軽いのか?)

「ほら、早くしろ!」

 そう命令してきた兵士に、思いっきり睨みつける。兵士は、蛇に睨まれた蛙のように、固まってしまった。

「命令すんじゃねえ」

 紅坂がそう言って、一人先に歩いていく。兵士は気がついたようだが、決して紅坂の前を歩こうとはしなかった。

 先程の広場を右、つまり入ってきて中心に位置する扉が、王室に繋がっているらしい。

 扉が開くと、ロビーが広がっていた。紅い絨毯が階段の上から引かれており、左右には絵や壷などが置かれて、所々に装飾が施されている。

 そのまま階段を上ると、長い通路が続いていた。

両脇は窓になっており、下を覗くと驚くことにかなり下の方に水が流れている。飛沫を上げ落ちていく滝を見ながら紅坂は感心した。

(後ろに、滝が流れていたからな………)

 攻めにくい城だ、と感想を洩らしてしまう。

凄まじいことに、この城は滝壺の上に立っているのだ。どんな材質で出来ているのか気になるところである。

 通路も終わる頃、今まで見た扉の中で一番凝った装飾を施した扉が目の前を遮った。紅坂は、少しだけ待って、苛立ったように後ろを歩く見張りの兵に言う。

「さっさと開けろ」

「は、はい!」

 兵士が裏返った声で返事をする。これでは、どちらが犯罪者か分からない。

 扉が、神々しく開かれていく。純白の光を照らしながらその扉は開け放たれる。

「浮浪者を連れました! 失礼いたします」

 兵士が、紅坂を促した。紅坂は、一歩一歩踏みしめながら歩く。紅い絨毯に、鏡のように磨かれた石が、下にはめ込められており、白い柱が両方に立ち、重なるように並べられている。見事な線対称だ。

 奥の方に行くと、先程の二人の剣士が立っていた。初老の男と、仮面を被った剣士が、其々ひれ伏している。

 紅坂は、二人の間に移動させられ、足をついた。目の前には階段があり、その段差の上に、椅子が置いてあるようだ。

 その椅子には、王が座っているようだが、兵士が頭を抑えているので、見ることができないのだ。しかし、その手が退けられるのに、それ程時間は掛からなかった。

「顔を上げてください」

 その言葉を聞いて、紅坂に驚きが走る。確認するため、一気に顔を上げた。

 台座の上―――――――重々しく置かれた、物凄い装飾が施された椅子の上に、少女が座っていたのだ。

 しかし、今まで見てきた人間とは違っていた。薄い青色の髪の毛に、緋色の瞳。白い服と、整った顔立ちに、バランスよく出来た体型。まるで、美の神の様に整いきった存在だった。

どこか浮世離れした雰囲気の少女である。少女といったのは、少なくとも紅坂よりは年下だからだ。

王と言っていたので、髭の生えた中年太りのおっさんだと思っていただけに、ショックは大きかった。顔には出さないが、紅坂は少しだけ落ち着きを無くしていた様な気がする。

 王女は、少し微笑むと、紅坂に声をかけてきた。

「変わった服を着てらっしゃるのね。何処の服かしら?」

 のほほんとした、どこか浮世離れした言葉遣い。紅坂は気を取り戻すと、ぶっきら棒に答えた。

「此処とは違う世界というのは判っている。それ以外のことは分からん」

 紅坂の言葉に、王女は驚きの色を見せる。同時に、横の初老の剣士からも「やはりな」という言葉を聞いた。

「では、クラウスト。彼は………」

「はっ、恐れながら、違う世界の使者であると思います」

 初老の男―――――クラウストが、王女の問いに答える。王女は紅坂を見ると、緋色の透き通った目で尋ねてきた。

「寂しいでしょうね。元々いた世界を離れるとは」

「そうでもない。むしろ、嬉しいぐらいだ」

 ふざける様にいった紅坂に、王女は悲しみを帯びた視線を送る。紅坂は、それが気に障ったが、静かにしていることにした。

「それで、王女。この者の処分は?」

 もう一人の剣士が、王女に尋ねる。王女は少しだけ悩むと、静かに告げた。

「咎めはありません。彼はこの世界に来たばかり、知らぬのも仕方ないことでしょう」

 王女が、宥める様に言う。そして、次に紅坂のほうを見て、尋ねてきた。

「名は、何と申すのでしょうか?」

「人にモノを尋ねるときは自分から言うものだ」

 紅坂が、反発するように言う。王女は驚いたような表情をむけ、何も答えられなかった。

 いい加減我慢の限界というように、クラウストが立ち上がる。

「無礼者がッ!」

クラウストが手を掴むが、それも振りほどく。そのまま、腕に力を込めた。

引き千切れるような音と共に、紅坂を縛っていた縄が、千切れ去った。思ったとおり、この世界の縄の強度は強くない。その上、重力が低いので、身体能力が上がっているのだ。

一堂に驚きの色が走る。それ程、紅坂のした事が意外なのだろう。

 紅坂は立ち上がると同時に、王女に言葉をかけた。

「お前の名は?」

 紅坂がそういった瞬間、叫び声が聞こえた。

「いい加減にしろっ!」

 もう片方の剣士が剣を抜き放つと、薙ぎ払ってきた。紅坂は、指を滑らすように前に出すと、相手の剣の刃を、折り曲げた指の間に挟み、受け止めた。

 剣を引き抜こうとするが、動かない。彼にしては、中学生ぐらいの力に感じた。

「何故、俺が貴様の命令を聞かなくてはならない?」

 紅坂が、剣を払いながら、階段を上った。

それが、当たり前のように。

「二つの眼、耳、口、鼻、足、腕、体!」

 紅坂がそう叫びながら、座っている王女の前に立つ。驚いた表情で見ている王女の顔に、人差し指を突きつける。そして、尋ねた。

「お前と俺、何が違う?」

 王女が、眼をぱちくりさせながら、紅坂の人差し指を見ていたが、やがて顔を綻ばせると、微笑みながらこう答えた。

「何処も、違いはありませんね」

 王女が、紅坂の手を握った。紅坂は、まさか握られるとは思っていなかったので、硬直してしまった。

「私の名は、マイア・フリークスです。あなたの名前は?」

 澄んだ瞳で、尋ねてきた。紅坂は、戸惑いながらも、嘘をつくわけにもいかず、素直に答えた。

「………紅坂。紅坂 創。お前たちの言い方で言えば、ソウ・コウサカだ」

「ソウ様ですね。変わった名前です」

 素直に、そう言い切る。紅坂の本名は(はじめ)なので、ソウは偽名である。

しかし、王女はどこか抜けているようだ。ニコニコと、紅坂のことを見ている。

人のことをすぐに信用する、紅坂にしては、一番苦手な相手だった。

「王女とは、血が違います」

 クラウストが、そういいながら紅坂の腕を掴む。

紅坂はそれを力任せに引き剥がしながら、答えた。

「血が、何を救うんだ? 血が違うと、何故言い切れる? 言っておくが、たった一つだけ、という血は無い」

 紅坂がそういうと、また王女―――マイアはクスクスと笑った。本当に嬉しそうに、笑顔で。

「確かに、ソウ様の言うとおりです。この流れている血が、何を癒せ、何ができるのでしょうか?」

 クラウストに下がるように命じた。クラウストは階段を下がり、ひれ伏している。マイアは、紅坂に尋ねてきた。

「ソウ様は、これからどうしますか?」

「いくあてが無い上、この世界の知識が無いからな。しばらく図書館に行かせて貰う」

「………『としょかん』ですか?」

 マイアが口籠もる。どうやら、『図書館』という物は無いようだ。若干のやりづらさを感じながらも、紅坂は少し考え、口にした。

「………歴史書を置いてある所を教えてくれ」

 紅坂がそういうと、マイアは嬉しそうに言う。

「それなら、城の蔵書室を使ってください。しばらく、城にいてもいいです」

 マイアが、名案とばかりに手を打ち、早速付き人に指示を出す。

「部屋の準備を。後は、食事の準備を始めてください」

 いつの間にか横に控えていたメイドが頷くと、マイアは紅坂のほうへ振り向く。

「今日は私の話し相手になってくれませんか? ソウ様の世界を聞いてみたいのです」

「悪いが、俺は今日から蔵書を読む。あと、俺に命令をするな」

 鋭い視線で、紅坂が告げる。紅坂の言葉を受けたマイアは残念そうな顔をしたが、すぐに微笑むと、こう言ってきた。

「分かりました。それでは、明日お願いしますね」

 紅坂は体の力が抜けるのを感じた。ここまで来ると、流石の紅坂も、お手上げだ。しかも、一番苦手なタイプだと、思い知る。

「誰も明日だなんて」

「誰か、ソウ様をお連れしてあげてくれますか?」

 話を聞いていない。

天然というか、マイペースというか分からないが、彼女のほうが、紅坂よりある意味、上手なのかもしれない。これ以上何言っても仕方ないだろうと判断した紅坂は、ため息を吐きつつ、頭を押さえた。

「私が行きます」

 先程剣を取り上げた剣士が、手を挙げる。マイアは頷くと、答えた。

「よろしくお願いしますね? シャロル」

 その言葉に、剣士が兜を取る。

短い髪が流れるように落ち、顔が初めて表に出た。

 気の強そうな、正義感溢れる顔立ち。亜麻色の短い髪に、額の中心に斜めに走る傷が、戦乙女のような風貌を醸し出している、完全な少女。

 歳は、マイアと同じぐらいか、紅坂と同じぐらいだろう。何処となく、取っ付き難いような気がする。まあ、紅坂は余り関わりあいたくないので、別段何も感じなかった。

「こちらへ」

「それでは、夕食時に」

 マイアに見送られながら、紅坂は王の間を後にした。

部屋を出た所で、声をかけられた。

「貴公の部屋は離れにあります。ですが、蔵書室は此処から西の方です。離れとは距離がありますが、このまま向かっていいでしょうか?」

 先程までとはうって変わっての言葉遣いに、紅坂は興味無さげに答えた。

「構わん」

「かしこまりました。あと、貴公の世話係として私がつきます。御了承ください」

 通路を淡々と歩きながら、シャロルが告げる。紅坂は、微笑を浮かべながら聞いた。

「それは、監視係か?」

「どちらとも、です」

 後に、会話は続かなかった。元々続けるつもりも無かったので、紅坂にとっては気を使わなくて済む。そのまま、二人は長い通路を抜け、先程のロビーに出る。

 其処を、右に曲がり、扉を開けると、またもや長い通路に出た。

 会話も無く、淡々と歩く。紅坂は決して話し掛けようとはせず、またシャロルも声を掛けなかった。

 通路を終えると、扉が佇んでいる。扉が開いた瞬間、紅坂は息を呑んだ。

円柱状に立てられた建物の二階まで続く螺旋状の階段の外側に本が所狭し、と並べられていた。天井は硝子のようで、キラキラとした光を降り注いでいる。

部屋の中心には、机が置いてある。羽ペンと何枚かの紙が置いてあるようだ。

「自由にお使いください。私は部屋の前で待機しておりますので、御用のときはお声を」

 そういったまま、部屋を出て行った。紅坂は、息を吐くと最寄りの本を開く。

 其処には、紅坂には見慣れない文字で書かれた、文章が並んでいた。

(言葉が一緒でも、文字が一緒とは限らない、か)

 アメリカ大陸の端のほうの人が書いた英語の紙を、対岸地域の人は読めない。そういった具合のものだろう(実際は、きちんと読めるのだが訛りの所為で読めないそうだ)。

 まずは、言葉の速見表を作るべきだろう、と考え、席に着いた。

(言語が一緒って事は、文法は変わらないだろうし、後は推理力を働かせるか)

 紅坂は、早速作業に取り掛かった。

 

 

 

 


 







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