謎のデパートテロ事件から、二週間が過ぎた。



 

 研一は、今の今まで起きたことに、大きくため息を吐いていた。

 今いるのは、彼の家二階の自室、ベランダ。焼けた髪の毛にあわせたせいで、全体的にかなり短髪になった研一は、青い空を見上げていた。

 

 あの後。

 

 レンカの『ファイナルスキル』、『灼熱の煉獄(エグ・ゾード)』は、『バトルスキル』との併用からか、圧倒的な火力を誇って、『奈落の地獄糸(ファムリア・ヘルフェル)』を吹き飛ばした。

 その後、レンカの亡骸を持っていた研一は、皐と共にソウとアメーリアの手助けを受け、一度ソウの武家屋敷まで足を運んだ。

 そして、レンカの亡骸を弔おうとした矢先―――――

 

 

「研一ッ!」

 

 

 その声に、研一は大きくため息を吐いた。そのままベランダの手すりに背を預け、両手を伸ばす。

 ややあってから、研一の部屋の扉が、開け放たれた。

 その先にいたのは、赤毛の女性―――レンカだった。半袖にジーパン姿の彼女は、研一の部屋に入ってくると、慌てて周りを見回し、研一の勉強机の下に逃げ込んだ。

 その後に入ってきたのは、美袋だった。彼女は手に薄い何かをぷらぷらさせながら、叫ぶ。

「こらァッレンカ! テメェ、ブラぐらいしやがれ!」

 そう叫び、研一を見つけると、美袋はハッとした様子で手に持ったものを隠すと、口を開いた。

「研一! お前からもなんか言ってくれよ! あいつ、言う事きかねぇんだよ!」

「………なんか、悪いね」

 

 つまるところ、レンカの『自動能力(オートスキル)』である炎殺しは、彼女の技に適用されたらしい。

 『ファイナルスキル』に至らない、『ファイナルスキル』。撃てば死ぬ『ファイナルスキル』も、その制約が半減――――半死状態に陥るだけで、済んだのだ。

 アメーリアから言わせて貰えば、かなりの反則技、らしい。弱体化しているとはいえ、死なずに何度も『ファイナルスキル』を撃てるという事は、それだけ脅威のようだ。

 ――――ちなみに、何故レンカが家にいるかというと。

「あ、研一君。晩御飯は、お魚でいいかな?」

 そういい、研一の部屋に入って来たのは、皐だった。彼女のほっぺに浮かぶ聖痕≠ヘ、赤々と光を燈している。

その皐の姿を見た瞬間、美袋の眼差しが険しくなった。仲はいいのだが、何かと美袋は皐を警戒するようになった。

 レンカの契約者が皐になった折、レンカが研一の元を離れたくない、と駄々を捏ね始めたのだ。

 理由としては、レンカを養うにしてもかくまうにしても、一人暮らしで敷地が確保できる研一かソウか、二つに一つしかなかったのだ。

 ソウは、レンカが完全に拒否。博之が何か言っていたが、結果的には研一の家になったのだ。

 その折、皐は研一の家に入り込むようになっていた。理由としてはレンカの世話を上げているが、それだけではない事は、研一以外の人間が分かっている。

 別に、研一が疎いわけではない。皐の好意というのは、非常に分かりにくいのだ。

 と、いうわけで、なぜか美袋まで入り浸るようになり――――研一の家は、今日もにぎやかだった。

 ソウとアメーリアは、今日もどこかぶらぶらしている。ソウの放浪癖にアメーリアが振り回されるのを見ているのが、とても楽しい。

 皐の介入からか、美袋はレンカを追いかけるのをやめたみたいだ。朝から晩まで居座る彼女も、晩飯の手伝いに行ったらしい。

 ちなみに、博之も此処に来ている。恐らく今は、水の入ったバスタブにでも突っ込んでいるだろう。

「………遠距離攻撃を持っていないのが、欠点、か」

 そういいながら、レンカは机の下から這い出てくる。完全に修復した槍と剣、鎧と兜が納められた一枚の銀色の板が、胸元で輝いていた。

 あの後、『王』からいくつかの条件を出され、絶望したように倒れていたレンカだったが、最近ではかなり元気だ。夜は護衛の為に皐の家にまで行くのだが、家に入ると同時に帰ってくる。

 レンカは、そのまま研一の椅子に、座った。疲れたように体を投げ出すと、口を開いた。

「サラシでいいといっているのに、美袋は厳しい。気にしなければいいのに」

「それは………気にして欲しいんだが」

 ヘンドルシに勝ってから、レンカから以前の刺々しさが完全に消えていた。心にゆとりが出来たのか、はたまた守るために出来る事が増えたのが嬉しいのか、勝負も急がなくなっていた。

 アメーリアとは、いつもどおりだ。噛み付くのだが、以前のように喧嘩腰ではなく、挑発するように変わっていた。

 その彼女が、研一を見ていることに気がついた。その眼差しに気がついた研一が、眼をぱちくりさせる。

 レンカは、振り返って、後頭部を見せたまま告げた。

「ありがとう、研一」

 突然感謝され、研一は一瞬混乱し、しどろもどろに答えた。

「あ! い、えぇ………いいさ、頑張ったのは、レンカだし」

 研一の言葉に、レンカが驚いたように眼を見開いたまま、クルクルと椅子を回した。しばらく研一を見た後、彼女は「フフッ」と笑うと、口を開く。

「いつの間にか、言葉遣いが変わっているな」

 からかうようなレンカの言葉に、研一は苦笑しながら答えた。

「いつもは、僕なんだけど、切れると俺になるんだよね。本当の僕は、意外と大雑把なんだ」

 研一の言葉に、レンカは、胸をそらしながら頷いた。

「それでいい。火のような、綺麗な存在だ」

 そう宣言する彼女に、前までの神々しさはなかった。

それでも悪くない、と研一は思う。ヘンドルシみたいな自己欲が強い奴よりは、こうやって取っ付きやすい相手のほうが、断然いい。自分の『従者』ではない、が。

 その彼女が望む願いとは、なんなのだろうか? 

聞いてみたい気がしたが、何故か怖くも思える。なにより、自分には其れを聞く権利も力もない。

 しかし、不思議と恐怖はなかった。彼女が誰かを傷つけることはない、と知っているからだろうか。

(でも、結局、流されるって事か)

 住処を提供した事も、生活を見ていくことも、もし戦闘が起きたとしても―――自分はきっと、彼女達の横にいるだろう。

 研一は、とりあえず溜め息を吐くと、告げた。

「さて、そろそろ逃げたら? そろそろ、美袋が目的を思い出して戻ってくる。俺も、とばっちりはごめんだ」

 そう言っていると、レンカが顔を覗き込んでくる。キョトンとした訝しげな表情で、レンカは尋ねてくる。

「先ほどの研一と、また性格が違うな。二重人格か?」

 レンカの言葉に、研一は顔が真っ赤になった。今までのことを思い出し、自分の悪い癖なのを自覚しているのだが、指摘されると恥かしい。

 気恥ずかしそうに、頬をかきながら応えた。

「………。恥ずかしながら、喧嘩の時は、人が変わるんだ」

 後先を考えず、相手を叩きのめすために全力を尽くす――――昔から変わらない性分だ。

 お人よしと同じぐらい、だが。

 すると、彼女はしばらく驚いた顔をした後、無邪気な笑顔を見せた。まるで、子供が本当に欲しいものを手に入れたときのような、キラキラとした笑顔で、告げる。

「研一は、火だな。穏やかな火と過激な火――――私達は、思いのほかいい組み合わせなのかもしれない」

「君の『王』は、皐ちゃんでしょ。――――っていうか、俺の首を何故掴んでいる」

 何故か自分の襟首を掴んでいるレンカと。顔を合わせる。彼女は不敵に微笑むと、足を手すりにかけながら、口を開いた。

「私と研一は、『仲間』だ。『仲間』のピンチは、助けてくれるんだろう? 研一」

階下から聞こえてくる怒鳴り声と駆け足の音を聞きながら、自分の身体が宙に浮いたのを、自覚した。

そして、理解する。

 なにも「ない」人生は、もう終わった。此処から先は、きっと戦いと出会い、別れの多い大変な事象を切り抜ける、彼女達の力になりたい。

 例え、自分が関係ないとしても。

 「主人公」じゃなくても。

 それを、望むから。

 

 

 だから、今は笑おう。怒りの眼差しで睨みつける美袋と、キッチンで晩御飯を作ってくれている皐と、予想外で屋根に突き刺さっている博之と、今まさに自分ごと隣の家の屋根に飛び移った、レンカを中心に。

 

 円卓≠ヘ、今、始まったばかりだ。

 

 

 

 






 如何でしたでしょうか。炎の円卓、以上で終了です。
 いやはや、誰が予想していただろうか、あの契約。私も思いつきですが、中々面白かったです。悔やまれるのは、博之と皐、美袋のキャラが薄かったぐらいですかね。
 でも、個人的には大好きです。皆さんに気に入られれば、これ幸いか、と。
 長編思考なのは今更ですが、この設定自体は気にいっているです。長編になるかどうかは、皆さんのお声次第です。長編だと、レンカの契約者は研一ですが。
 というわけで、次回作、お楽しみに♪
 
 ではでは、ワルカディでした♪

 


 




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