我は、炎。

 

 全てを滅ぼす槍であり、全てを包む翼である。全てを消し、生み出すものは、灰のみ。

 

 我は、炎。

 

 全てを生み出す母であり、全てを滅ぼす父である。幾度の文明が炎と共に生まれ、幾度の文明が炎で消えていく。

 

 我は、炎。

 

 たった一つの、小さな炎だ。

 

 

 












 

 円卓≠ニ呼ばれる事象が、この場所では幾度も起きていた。その名前は、古来より決まりごとを決めていく場所として、その名前がつけられていた。違うのは、会話ではなく実力で全てが決まるというところだろう。

 その場所では、この事象が認識されていない。千年に一度しか行なわれないのだから、当たり前だと言える。今回も、突発的に決まったのだ。

 そして、今日、彼の地≠ヨの扉が開かれた。

 現地の言葉では、チキュウ≠ニ呼ばれる世界で、円卓≠ェ、始まった。

 

 今までずっと足踏みしていた夏の暑さが、一気に駆け出したような朝。

市街地から少し離れた場所に在る、日本古来の建物の入り口で、大きな溜め息が聞こえた。

「行きたくないなぁ」

 時は既に、夏休み。ぼんやりとした顔で、ぼそっと呟いた言葉が、全てを表していた。

 細眼鏡を小さく上げ、その武家屋敷を見上げた。

 黒目と、耳の所で切り揃えられた坊ちゃんスタイルの黒髪、そしてワイシャツと黒ズボン――――根暗といわれる風貌を持つ、一人の男だ。

 名前は、須々木 研一。クラスでは良いところでのエリート坊ちゃんと馬鹿にされるが、実際はそういうわけではない。中学校三年の初春頃に一人暮らしを始めたばかりで、地元から出てきたままの服装なだけだった。

 過剰ともいえる両親の保護から、どうにか自立心を養ってきた。子供(自分)がだめになるだろう、と自分で判断し、遠くの高校に編入したのだ。

両親は、仕事の関係で海外だ。「ざまぁみろ」と小さく呟く。

さすがに坊ちゃん刈りは恥ずかしいので、後ろ髪をゴムで纏めている。ちょうど、ポニーテールのような形になるが、問題ない。

黒額縁の眼鏡も、既に細眼鏡に替えていた。何となくしっくりとこないのか、随分微調整するように、動かした。

「………まったく、何で、ここで勉強なんだよ」

 辟易したような言葉、それは、ここの住人があまり好きではないことに起因している。

 住んでいる人間の名前は、海藤 創――渾名は、ソウ。研一自身、彼の親友と自負しているし、それを認めるように、よくここにも遊びに来たものだ。というより、高校に編入するきっかけも、彼にあったのだ。

 しかし、今日は一つだけ違う。ここに、もう一人の女子生徒が来るのだ。

「………皐さんか」

 自分が好意を寄せる人物であり、ソウの事が好きだと噂される人だ。今は珍しい大和撫子で、顔立ちも良い。彼女本人の性格が温和なので、過激な女子とは一線を画いている。

 親友だから、良い奴だということは分かっているのだ。なにより、彼は『天才』だから、間違いも起きない。

 分かっているが、理解と心は別の物だ。モヤモヤしているが、納得するしかない。その心模様を映すように、空は曇り空だ。

 諦めて、門を潜った。

 

 時間は、一時間前に遡る。

「あああああああああああああああああああああ」

 海藤 創は、いい加減辟易していた。

黒髪の長い髪を掻き分け、小さく唸る。無駄の無い―――使い道も無い身体を、畳の上に投げだした。今では珍しい作務衣を着ている。

 大きな武家屋敷が、彼の家だった。何でも、江戸時代末期に建てられた後、何度かの修繕をしながら使っている、先祖代々の家屋らしい。

今は、この大きな屋敷に創だけが住んでいる。理由は忘れたが、そういったものだ。

「ねみ」

 大きく欠伸をし、眼を閉じる。そのまま、先ほどまで感じていた熱さを無視し、眠りに付こうとする―――――――が。

 セミのうるさい泣き声で眠れる気配も無い。体を起こし、露骨に顔をしかめながら、小さく唸った。

「ったく、眠いって言うのに。今日の夕方から、また騒がしい奴らが来て、俺の家で勉強するのに………」

 ぶつぶつ言いながら、創はまた寝転がった。不満げな顔をしながら、今日来る連中を思い出す。

 一人は、須々木 研一。眼鏡をかけた坊ちゃん頭で、見た目どおり頭が良い。自分とは幼馴染で、親友だ。とはいえ、すぐに諦めるのと根性が無いのが、気に入らないが、嫌いではない。

 もう一人は、坂本 博之。

体格も顔も良いと評判だが、いかんせん頭が悪い。今日も、夏休みの宿題を終わらせる為に、この家に来るのだ。その心意気はいいが、ソウに頼っている辺りで気に入らない。ま、妥当といえば妥当だが。

 そして、斎藤 美袋。

女子生徒の中で最も気性が荒く、腕っ節も強い。武術を習っている身として、時期的には兄弟子―――姉弟子か――――に当たる彼女には、頭は上がらないが、気に入らない。

 最後に、如月 (さつき)

同じクラスの女子で、あまり活発的なほうではない。目立たないが虐められているようではないし、まぁ、今の女性としては大和撫子というべきものだろう。

ただ、何故彼達がここに来るのだろうか、ソウにはわからなかった。前述の男友達二人はいつもの事だが、後述の女友達がここに来る理由が何一つ分からない。

まぁ、来るというのなら持てなすのだが。

 そう思い立ち、ソウは身体を持ち上げた。

「………何か、作るか」

ソウという人間がどういう人間かと聞かれれば、「古い人間」と答えるほうが正しい。

最近の文化にはあまり興味が無く、古い風習や文化に興味を持っている。かといって、別にないがしろにしているわけでもなく、どちらかと言えば、といった具合だ。

他人は、彼を『天才』と呼ぶ。彼自身は、自分が天才だとは思っておらず、運動がすきだとか、勉強が好きだとかいう長所を持ち合わせているわけではない。短所も無いが、長所も無いと思っている。

しかし、それは――――彼の天賦の才にあった。

とびっきりのセンスの持ち主。ありとあらゆる事において、天才的な手腕を発揮するのだ。

一回目はどんなにヘタでも、二回目には普通以上、三回目では上級者顔負けの腕前と化す。今まで行なってきたものは全て、既に上級者並である。

だから、なにをしてもつまらない。碁や将棋、裁縫など一回で終わらないものは続けられるが、上達する喜びというものを感じた事が無いのだ。やることといえば勉強か、俳句や絵、料理ぐらいだろう(作る楽しみはあるからだ)。

その料理――――今日は初めて、パンを作ってみようと思った。一回目は黒焦げになったが、二回目には普通、三回目にはお店に出しても問題ないほどの出来になっていた。

「………相変わらず、自分の才能はつまらないな」

 一回目や二回目は上達する喜びを感じるが、三回目には上手い具合にいってしまう。やはり、何事も上手く行かないのは人生か、戦争ぐらいだろう。

 改装したキッチン―――アイランド形式というらしい―――で首を回す。友人には、集中力が絶対に乱れない、と言われる。ここまで来ると、自分自身でも自分がおかしく思えるのだった。

 しみじみ思っていると、空が雨模様になっていることに気が付く。洗濯物をこまなければ、と思い廊下に出た。

 小さく欠伸を噛み殺しながら、心の奥で祈っていた。

 この平穏な世界が、少しだけ乱れてくれないか、と。

 

 如月 皐は、いつもよりも緊張しているのを自覚していた。

一度も染めたことの無い、黒く艶のある長い髪の毛に、人並みの(と本人は思っているが、実際はパーツのそれぞれが規律よく並んでいる、美少女と言える)顔立ちに、いつもよりも長く悩んだブラウスとスカートを着込んだ彼女の頭の中は、混乱中だった。

 隣から、軽快な声が聞こえる。

「おいおい、皐ちゃん。こんな所で緊張していたら、身が持たないぜ?」

 その声は、坂本 博之だ。クラスの中では美形で通っているが、本人自体はそれに鼻をかけることは無く、誰にでも気さくに話しかけていた。そのおかげでクラスでの人気も高いが、彼は――――――――なんか、普通の人とは違う気がする。

 とりあえず、もう一人の女性に声をかけた。

「で、でも、雨が降りそうだよね。大丈夫かな?」

「ん〜〜〜〜〜〜?」

 面倒臭そうに言葉を返したのは、金色の髪をした短髪の女子―――斉藤 美袋。不良生徒の一員だったが、何故かここ最近更正しはじめ、皆と同じ高校を目指し日々勉強をしている。

 顔立ちは、美人だと思う。可愛いというより、格好良いといったほうだし、金色の綺麗に染まった髪がよく似合っていた。最近は染め直していないので、徐々に黒髪が顔を覗かしている。

 美袋は、面倒臭そうに頭を掻くと、告げた。

「大丈夫じゃない? 別に、雨が降っても行くし」

 そう言って、手元に持っているメモカードを覗いた。勉強家だと感心し、皐は視線を空に戻す。

 空は、突然曇り始めていた。どんよりと分厚い雲が、行き先の上に溜まっていた。

 すこしだけ、嫌な予感がしながらも、ソウの家に向かって行った。

 

 

 

 

「早かったな。お? イメチュンか?」

 玄関で待っていてくれたソウが、研一の髪形を見て声を上げる。細眼鏡を外し、胸ポケットに入れながら、研一は苦笑を返した。

「イメチェン、だろ? たしか。………あれ? 僕が一番か」

 どこか抜けているソウの言葉を聞きながら、研一は家に上がる。見慣れた、古い玄関で、眉を潜めながら、小さく呟く。

「また、なんか作ったの? 香ばしい匂いと酷い匂いが同時に来るけど」

 鼻をつまんで言う研一に、ソウは軽快に答えた。

「ああ。パンを、な。今日は、フランスパンを作ってみたぞ」

 それなりに難しいはずのパンだが、ソウなら三回で上手く作り上げるだろう。辟易したように溜め息を吐きながら、家に上がる。

「それで、どこで勉強するの?」

 この家のことは、大体把握している。それを知っているソウは、簡単に答えた。

「いつもの居間だ。………ああ、行く前にみんなの部屋を準備したいから、まってくれないか?」

 突然の言葉に、研一は肩透かしを受けながらも、頷く。

馬鹿でかいこの武家屋敷にある来賓用の部屋を思い出し、頷く。成る程、人数分はある。

 荷物を居間に置き、待っていたソウと合流した。

 この家は、二階が小分けされた部屋になっている。かつては下宿として経営していたこともあるらしいのだが、今は一人で住んでいる上、下宿をやるほど世話好きでも無い。詰まるところ、空き部屋と化していた。

 その部屋を掃除する。二手に分かれても、やはり時間がかかった。

 とはいえ、全ての部屋の掃除が終わるまで、誰もこなかった。掃除が終わってから、ソウの作ったパンを食べている頃、ようやくソウが口を開く。

「時間、間違えたか?」

「いや、合ってるはずだよ」

 ソウの家の時計を見上げた後、自分の腕時計を確認する。電波時計で、結構いいものなので、ずれる事は無い。間違いないと、ソウも確信する。

 とはいえ、集合時間から十分ぐらいは遅れたとはいえないのでは? 

そう聞くよりも早く、家のチャイムが鳴った。

 それと共に、軽快な声が響く。

 玄関に向かうと、いつもの三人が立っていた。皐の控えめな挨拶とは違い、博之が盛大な声で叫んだ。

「おはよう! 諸君!」

「昼だよ」

 隣の美袋の言葉に眉を潜める博之を無視して、美袋が前に出る。先に来ている二人をみて、手に持っているメモカードを握り締めながら告げた。

「遅れてごめん。この場所が分かりにくくてさ」

「………そうか、それもあったか」

 ここは、市街地の中心にある森と丘の上だ。

実のところ、その森と見える場所が全てソウの家の敷地だったりする。全て、私有地として長い塀が囲み、ビルとビルの間に入り口があるせいで、よく分からないだろう。

 慣れている自分を思い出し、我ながら抜けているのを実感した。

 頭を掻きながら、研一が頭を提げる。

「悪い、忘れてたよ。………ったく、僕はどこか、抜けてるな」

 研一の言葉に、美袋が軽快に笑いながら、答えた。

「何、研一が悪いわけじゃないよ。ソウの馬鹿が教えないのが悪い」

 ソウを睨み付ける美袋――――何かと敵対する二人(美袋が一方的だが)は放って置いて、研一は博之と皐へ声をかける。

「じゃ、あがって。三人の部屋も準備してあるから、荷物を置いたら降りてきて」

「了解」

 二階へあがっていく後姿を眺めながら、研一は開いていた引き戸の入り口を閉めた。

 一瞬、扉が止まる。それに気が付いて振り返るよりも早く、その手ごたえが無くなって入り口が閉まる。

 曇り強化ガラス(研一しか知らない)の向こうに映る、何の変化も無い入り口。訝しげに思いながらも、研一は居間へと向かった。

 

 

 

 

 

 自分は弱い、と自覚していた。

 内なる炎も、外なる炎も、持っている槍ですら、欠けてしまった。歩く足も掴む手も、全て、傷だらけだ。命の炎も、消えそうになる。砕けた鎧と自分の槍、折れた剣がその激戦を物語っていた。

「………ガァ、ハァ、………ハァ、はぁ、はぁ」

まだだ、と自分を力づけると、騎士は立ち上がった。

 まだ、何も始まっていない。これから始まると言うのに、ここで座り込んでいる暇はない。

 例え、今、この心が折れようとも、進んだ先で手に入れればいい。


 勝ち続けるには、絆≠ェ、必要だ。強く、清らかな―――――折れない心が。


 雨が、降り続けていた。深く茂った森の奥―――ぽっかりと空いた、淡い光を零すその入り口は、まだ閉まっていない。その辺りには、死体が散乱していた。

 脂肪の燃える臭い。唇や眼にべとべとした脂肪が張り付き、体に臭いがまとわりつくが、気にしていられなかった。。

血肉の臭いが辺りに充満している。

ここに集まっていた者たちの死体だと、自覚していた。自分をも巻き込んだ争いだが、それを全て認め、進んだそこに、神が居る。その前哨戦でしかないその場所で、自分は勝ち残ったのだ。

 辛うじて残った力で、歩き出す。

蒼白く輝く扉。

円卓≠ヨの参加の道であり、チキュウ≠ヨと続く道。

 最後の一つ。そこを通り、自分は絆≠手に入れなければならない。

 だからこそ、進んだのだ。自分よりも強い存在が蠢くこの戦場で、勝ち残ったのだ。

 しかし、一つの影が、それを遮った。

「まさか、レベル五の貴様がここを通れるとは思うまい?」

 現れたのは、黒い影。自分と全く同じ姿形の、騎士。

「………アメーリア。どうして、ここに」

 目の前に在るのは、最後の一つ――――目の前にいる黒い影は、今回の円卓≠ナ最強と冠される存在だ。数多い扉でここ以外を通っていったと思っていた。

 影は不敵に告げる。

「貴様の『能力』は、少し厄介でな。悪いが、今回は諦めろ」

 折れた槍を、拾い上げる――――が、力が籠もっていないのを自覚していた。全ての力を使いきり勝ち取ったはずの扉のまえで、目の前の影が、手を上げた。

 

 次の瞬間―――――光が包んだ。



 

 

 

 

「―――で、Xが4になるわけだ」

 五人は、高校受験の勉強を黙々とやっていた。決めた時間内は全員が全員真剣で、お菓子をつまむ音と質問する声以外、音が立つ事は無い。

夏場からやるのは早い、と思っているのは大間違いだ。三年間習った事をやるには、半年は必要なのだから。

席は、上座がソウ、その横に皐と座り、対面に研一と美袋、博之が一人で座っていた。

夜の七時。全員が、鉛筆を置いた。

「終わったああああああぁぁぁぁぁ!」

 博之の歓声。皆も全員鉛筆を置き、それぞれ溜め息を吐き出す。

最初に口を開いたのは、美袋だった。

「そういえば、眼鏡と髪形変えたね。似合うじゃない」

 美袋の突然の言葉に、研一は少しだけ恐れながら答えた。

「あ、どうも」

 元不良の彼女のことが、密かに苦手だった。かくいう研一もいじめられっこで、彼女のいた(もはや過去形)グループにかつあげされている。

 しかし、勉強を頑張っている彼女を悪くいうつもりも無い。最初の学力は小学生並だが、この半年で後れを取り返しているその努力は、ソウも認めるところだ。

「ね? 皐もそう思うだろ?」

 そう言って、隣に座っている皐に尋ねた。平均身長より小さい彼女は、座ると本当に子供に見える―――子供なのだが。

 彼女は、躊躇いがちに頷いてくれる。

「で、でも、なんか………武士みたい」

 皐の言葉に、博之の爆笑が鳴り響いた。

研一は苦々しく博之のほうを向いた瞬間、既に美袋が殴り飛ばしていた。拳をわなわな振るわせ、小さく睨みつける。

「アンタ、死にたいのかしら?」

「ごめんよゆるしてごめんなさい」

 やれやれ、といった表情でソウは首をふり、火に油を注ぐ。

「お前らは、本当に仲がいいな。いっそ付き合え」

「はぁ!? 何で私がこんなノウタリンと!」

「俺だって、こんな暴力女よりも皐ちゃんのほうが………」

 美袋によって博之が殴り飛ばされたのは、いうまでも無い。既に見慣れている光景なので、皐がオロオロする以外何もアクションは起きなかった。

「さて、晩御飯にするか。何が良い?」

 そういって立ち上がるソウへ、博之が驚きの声が上がった。

「え? フランスパンが御飯じゃないの?」

「当たり前だろうが」

 一言で斬り捨て、彼はキッチンの奥に消えていく。その背中を眺めながら、研一が捕捉した。

「なんでもない。あいつは、洋食全てが副食だと思っているだけさ」

 天才は、どこかがずれている。それを聞いた誰もが、なんとなく納得してしまうのは、いかがなものか。

「………でもさ。このまま夜までって、暇じゃない?」

 いきなり、美袋が口を開いた。既に勉強道具を片付け、ソウが料理を持ってくるのを待っている状況で、この後の事を話しているのだ。

 疲れでだらけ切っていた博之は、夕方の茜色に染まりつつある外を眺めながら、頷く。

「そうだな。飯食って、やる事が無くなったら――――――」

 ニヤニヤしながら、口を開く。

「肝試し、いくか?」

 

 









 


 




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