7、崩壊

 

 そこにいたのは、白い人間の輪郭体を持つコミュート=B

外見は、人間そのもので、何故、コミュートと分かったかときかれれば、こう答えるしかない。

他の存在とは明らかに違っていたからだ、と。

 体が、浮いている。奇妙な事に、ほんのりと発光している上、そしてなにより、恐ろしいほど綺麗だった。

 爪が消え、落ちていくメシアを、黎徒は抱きかかえる。気を失っているのか、メシアに反応は無かったが、生きているようだ。少しだけ安心し、胸を撫で下ろす。

 黎徒は、彼女を洞窟の端に寝かすと、n・ブレードを抜き放った。目の前の存在――――それへ、切っ先を向けた。

「お前は、何者だ?」

 黎徒の言葉に込められた怒り。鈍感な梢ですら、ピリピリと感じるであろうその殺気―――――それを肌で感じながら、それは口を開く。

「私の名は、メト=B第二十三惑星群二十番第二列惑星、ホウト≠ゥら来た、知識生命体の一つです」

 それ――――メトの口元が、ぐにゃりと歪む。白と赤のコントラストを映し出すそれは、畏怖の念で固められた、謎の存在を示していた。

 建物の中から、梢とキョウが飛び出す。それを追って、巨大なコミュート≠ェ研究所を破壊した。

それは、圧倒的な質量を誇り、二人を追い詰めていく。こちらに走ってきた梢がメシアを抱きかかえ、キョウが彼女の前に仁王立ちしたのを確認し、黎徒は再度、目の前の存在に集中しようとした。

しかし、メトは全く動こうとしない。その余裕の態度に、黎徒は理由を求め―――把握した。

「危ない! 黎!」

 キョウの叫びに、体が反応する。その場を飛び退いた瞬間、巨大なコミュートの触手が地面を抉り、壁に突き刺さった。先ほどのコミュートは、さらに肥大化していたのだ。

 崩壊する岩肌。

今までに会った事の無い、巨大なコミュートを見て、黎徒は叫んだ。

「なんだあれ!?

「あの男だよ! それより、来るっ!」

 奇声と共に繰り出された触手――幾重にも繰り出されるそれを掻い潜り、黎徒は刃をひるがえした。

 斬―――――n・ブレードは、コミュートの触覚を一閃で斬りおとす。

だが、質量に対して切り口はあまりにも小さい。キョウが銃をセミオートにして乱射するが、こちらも同じようなものだ。あまりの大きさに、攻撃が有効に働かないのだ。

小さく舌打ちをして、黎徒が距離を取る。追撃といわんばかりの触手の攻撃を避け、黎徒は叫んだ。

「キョウ! 倒し方は!」

 キョウだったら、何か手を考えているはずだ。案の定、キョウは頷いて答えた。

「………頭部だ! あの男の頭部を撃ち抜けば、あるいは………」

 コミュートの頭部は、あの研究員の頭部に違いない。あの時はあまりの変化で狙いを外したが、人間の脳を撃ち抜けば、倒せるはずだ。

 キョウが乱射していた銃の、弾が切れる。舌打ちをし、それを投げ捨て、キョウは細長い筒を腰から引き抜いた。

 携帯式のミサイルランチャー。人間なら一発で木っ端微塵になる威力だが、一発しかない。

 対するコミュートは、人間の十倍はあるだろう。すでに、天井ギリギリまで膨れ上がっていた。

「………なにか、目印でもあれば―――」

 弾頭は一発きり。外せない。

 何か、なかっただろうか。目印になる何か―――――

 そして、見つけた。

 コミュートの頭部に光る、ガラスの光沢――――男がかけていた額縁眼鏡だ。

 倒せる。確実に。

 狙いを外すはずが無い。さらにいえば、注意が黎徒に向いていて―――今が、最後のチャンスだ。これ以上巨大化すれば、頭部は岩肌に隠れてしまう。

 狙いを絞り、引き金を引くまさにその瞬間―――――。

「良いのですか?」

 女の声が、キョウの耳に届いた。

 

 

 

 視界の隅で、梢の横に立つメト、その手が持つ包丁が、今まさに梢に落とされる。

―――黎徒との距離は、遠い。さらにいえば、梢とは一直線上ではなく横―――自分以外、助けられる人間はいなかった。それも、狙いなのか。

 叫んでも、遅い。梢では、メトの攻撃は避けられない。

 

 一瞬の迷い――――そして、メトの攻撃は――――自分に向けられていた。

 

 一筋の細い、彼女と同じ色をした槍が――――キョウの頭部をつらぬいた。

 

 はず、だった。

 刹那。その短すぎる時間の中で、梢の抱きかかえていたメシアが、メトを体当たりで吹き飛ばしていた。

 吹飛ぶメトの槍は、キョウの右額を切ったが、致命傷ではない。キョウは視線をコミュートに向けると、自信を滾らせ、引き金を引いた。

「メシア! そいつとそいつを引き連れてこっちに来い!」

 黎徒の号令―――それが、霞む。出来る限りの集中力が途切れ、意識が消えたのだ。

 

 しかし、確信に満ちた一撃は――――――――――外れるわけが、無いのだ。

 

 

 

 コミュートの頭部が、吹飛んだ。次の瞬間、膨張し続けていた肉の隆起が止まり、今度は縮み始めた。シュウウウゥゥという空気の抜ける音と白い煙が、肉体から吹き出ていた。

 それと同時に、小さく地鳴りが響き始め―――――。

 

洞窟の崩壊が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メシアは、その細い身体からは考えられない膂力と人間離れした感覚で、煙の中からキョウと梢、黎徒を見つけた。

 いわれたとおり、二人を連れて行く。ソウトの腕を引っ張ると、彼は微笑み、頭を撫でてくれた。

 そして、告げる。

「二人を連れて、外に出ていろ。………すぐに行く」

 だから、今私は走っている。

 二人を抱え、光のあるところへ―――――――――

 

 

 

 

 

 キョウが意識を取り戻した時には、明るい光が差し込んでいた。

 天国か―――そう思ったが、身体の激痛が違うと教えた。自分を心配そうに覗き込む、梢の姿もあったからだ。

「………こ、ここは?」

「メシアちゃんが外に運んでくれたの。でも、黎徒君が………」

 梢の言葉で、一気に思い出す。痛む頭を抑えながら、キョウは辺りを確認した。

 まわりには、キョウの所属している軍隊の兵隊が展開し、入り口を囲っていた。メシアは、梢に付きっ切りだ。そして、その後ろには、ホバリングを続けるヘリ。

 ヘリとは違う轟音が、背中から響いている。どうやら、ミサイルランチャーはコミュートごと、洞窟の支柱を破壊したようだ。

「………黎」

 洞窟が、土煙をはいている。その闇は、光すら通さない。

しかし、闇の奥底では―――――戦いが、始まろうとしていた。

 ヘリから、一人の兵士が降りてくる。キョウに敬礼すると、高らかに告げた。

「………ヘリへ。黎徒軍曹が戻られたら、すぐに脱出します」

「分かった。行こう。二人とも」

 不安そうな二人を連れ、キョウはヘリに搭乗した。

 

 

 煙がはれた時、洞窟には二人の姿しかなかった。

 メトと黎徒。人間と地球外生命体が、そこに居た。

 崩れ落ちる岩を眺めつつ、黎徒は自分の距離を取った。相手の全てを見ることが出来て、相手の一身挙動を見逃さない距離。

 洞窟は、そう長く持たない。だが、目の前の存在を逃がすわけにも、いかなかった。

「………初コンタクトが、俺か。つくづく、奇妙で気運な運命だ」

 そう呟きながら、黎徒はメトを睨む。敵である存在へ、告げた。

「どうして、追いかけない?」

 黎徒の言葉に、メトは小さく微笑むと、告げた。

「分かり合うためです。私は、知性がありますので」

「………まるで、俺たちには知性が無い言い方だな」

 自嘲しながら、n・ブレードを握り締める。一瞬でも気を抜けば、あのキョウを狙った槍が飛んでくる確信があった。

自分が怯えている事に、気が付く。それでも何とか恐怖を押し留めると、口を開いた。

「………一つ、聞いて良いか?」

「どうぞ? 一つといわず、私が知ることなら何でも」

 随分と気前が良い、と胸中で呟きながら、告げる。

「お前達は、地球外生命体だな。何の為に来た?」

「………いうなれば、同族を作りに」

 優しい声音―――メトの言葉は、続く。

「―――もともと、私の星は、ここよりも進歩している惑星の一つです。そこから打ち出された、一つの生命体――――この星の調査を頼まれた、制圧型知能体です」

 メトの言葉に、黎徒は気にした様子も無く、ゆっくり距離を詰める。それを気にした様子もなく、メトは続けた。

「貴方たちがコミュート≠ニ呼ぶ存在は、私の一部であり、私でもあります。元は、この島の研究員でしたが、私と同じ存在になれたのです」

 そう言いながら、メトは右手を上に挙げる。手のひらから伸びた、白いツル―――それは、暴れるように動き回り、肥大化した。

 肥大しきったその存在は、見た目は小さな、赤子のような存在だった。それを愛でるように撫でながら、メトは呟く。

「まぁ、低俗な貴方たちでは、分かりませんね」

 刹那、刃が、煌めいた。メトを一刀両断する軌道に答え、n・ブレードは真っ直ぐ、メトを切り裂く。

 ピッと切れ目が入るメトヘ、黎徒が怒りの表情で、言い放つ。

「知能があるとか言いながら、次は低俗か」

 が、メトは二つに分かれながらも、にやりと大きく笑い、ブワッと広がった。その二つの広がった白――――そこにいくつもの点が現れたと思った瞬間だった。

 そこから、白い突起状の槍が降り注ぐ。

 刹那の判断でその場を飛び退いた黎徒だったが、しかし、足に幾つかの槍が突き刺さり、血が吹飛んだ。

 激痛に眼がかすんだが、一瞬でそれを切り裂くと、槍を抜き、投げ捨てる。それと同じく、返す刃でメトを切り裂いた。

 しかし、その場所に、メトはいない。驚きで眼を見開くと同時に、背中から声が返られた。

「どうして、争うのですか?」

 黎徒への疑問。

いつの間にか、黎徒の後ろに回りこんでいたメトは、人型の姿で黎徒の背中を、その右手で擦る。ぞわっと走った嫌悪を感じた瞬間、身を翻し、刃を振るう。

が、その動きを途中で止めた。

 切っ先の先―――そこには、キョウと梢がいた。ゆらゆらと揺れるメトを切り裂くと、彼女たちも傷つけてしまう。

 

 違う。二人は、メシアが連れて行ったはずだ。強く願うと、二人の姿が消える。それと同時に、メトの姿が宙に浮かんだ。

 

 忌々しそうに見上げる黎徒へ、メトは笑顔を浮かべ、告げた。

 

「メシアと同等に戦えるのですから、大した腕です。ですが、どうして争わなければならないのですか?」

 

 メトの言葉は、重い。彼女はひらりと黎徒の前に躍り出ると、告げた。

 

「もともと、私達コミュート≠ヘ、人間と同じです。私、メトという知能体が総括している、ただ一つの存在――――彼らには、恐怖も恐れもなく、在るのは共有する喜び―――――――何一つ、外される事の無い存在――――素晴らしいと、思いませんか?」

 目の前のメトを、斬る。しかし、n・ブレードは宙を裂くだけで、何の手ごたえも無い。

 メトは、黎徒の斜め前に出現した。

 次の瞬間―――先ほどメトがいた場所から、白い槍が出現した。メトの方向に意識がいっていた黎徒は、それに反応する事が出来ない。

 身をよじって、頭部だけを逸らす。白い槍は黎徒の左肩と左胸を貫くと、そのまま黎徒の身体を持ち上げ―――壁に突き立てられた。

 ごつごつとした岩肌に、突然の激痛。眼が霞むような、恐怖。メトは、黎徒の前に再度現れると、最初と同じ口調、同じ表情で―――告げた。

「全てが一つになれば、この世界も平和です。苦痛や悲しみ、怒りなどなくなり、全てを共有し、争いが無くなる――――素晴らしいと思いませんか?」

 

 

 黎徒に問いかける言葉。その眼差しは、まるで母親のように優しく―――――――――

 

 

 

「違う」

 自分で思考を打ち切り、同時に腕を振るった。

 ヒュン、という軽い音―――しかし、確かに手ごたえがあった。黎徒を貫いていた槍が消え、暗闇にメトが浮かぶ。

 n・ブレードを鞘に納め、二丁拳銃を引き抜く。暗闇に浮かぶメトへ、何度も引き金を引いた。

 ドン、ドン、ドン。

 チィンという、空薬莢が落ちる音。闇に走る発砲音と光。

 ガチャ、という弾切れの合図――――弾切れのシリンダーを外すと、その場を飛び退いた。

 黎徒の居た場所に突き刺さる槍―――黎徒は腰に備え付けておいた予備の弾倉を充填すると、メトの姿を追った。

「ここですよ」

 ゆらりと目の前に現れる。次の瞬間、またもや銃声音が響いた。

 時間稼ぎにもならない。その事実に、舌打ちをした。

(………落ち着け。あいつは、どうやって攻撃する?)

 まるで霧のように突然現れ、鋭い槍を撃ち出して来る。銃や世界最強の接近武器n・ブレードも効果が無い。

 何故か――――。

(精神体………? 違う。姿は、あるはずだ!)

 なら何か。メトと戦う前、その後で違うところ―――――。

 黎徒は、自分が震えている事に気が付いた。そして、確信する。

 ザッと止まると、銃を捨てた。訝しげに眉を潜めるメトの前で、腰からナイフを取り出し―――

 

右足に刺す。激痛と共に、意識内へ何かが走った。

 

 驚くメトと一瞬で、距離を詰める。驚き、距離を取るメトへ一閃。

 

 しかし、足が踏ん張れず、届かなかった。それでもメトの身体に走る、紅い線―――初めて、黎徒の一撃が届いたのだ。そして、確信めいた口調で、黎徒は告げる。

「いちいち人の頭の中に干渉するな。………反吐が出る」

 ペッと口の中の血を吐き捨てる。それと同時に、恐怖が消えた。

 メトは、人―――生物が必ず持つ恐怖を、増大させていたのだ。それにより視線が纏まらず、さらには無茶苦茶に振り回すことになっていた。

 狡猾なのは、メトの口調。難しい言葉で相手を惑わし、恐怖の事を忘れさせる。恐怖を感じている、と分かった時のなんともいえない気持ちを紛らわせていたのだ。

 不屈の精神で立つ。驚きの視線を向けるメトへ、黎徒は告げた。

「………まどろっこしい事しやがって。そんなに知りたいなら、教えてやる」

 頭に走る痛み―――しかし、すでに何も感じない。痛み以上の怒りが、黎徒を支えているのだ。

「何故争う? 貴様が俺の大事な人を傷つけたから―――殺したからだ」

 卑下の眼差しで、メトを睨みつける、黎徒。

「喜びしか共有しない? バカか。人間は苦しみを知ってこそ、人に優しく、そして傷ついて生きている事に気が付くんだよ」

 n・ブレードを肩に担ぐ。先ほどのメトの一撃で、左腕が動かなくなったのだ。

 それでも、黎徒は続けた。心の中で渦巻いていた鬱憤を、全て吐き出すように。

「人同士が争おうが、人とそれ以外が争おうが、人間はなにかの犠牲の上に成り立って生きている。動物を食べ、植物を刈り、地球を削ってな。そのうち、何もしなけりゃ、人間なんざ勝手に滅びる」

 黎徒の脳から、身体に伝令が下された。

残っている右足、左足には、最後の伝令を。

右腕には、たった一つの伝令―――――そして、口は伝令された最後の言葉を、告げていた。

「だが、お前だけは許せねぇ」

 次の瞬間――――メトの槍が黎徒の額を貫いているはずだった。

 今までとは比較にならない、巨大な破壊音。メトの槍に天井から降り注いだ岩が命中し、目標が外れた。槍は、見当違いの方向へ飛んでいく。

 黎徒も、動きを崩されていた。しかし、すでに伝令は下されている。メトの衝撃を踏みこらえ、一歩進み出るように言われた足―――動きを崩しかけていた身体を、元に戻してくれた。

そして右腕は握ったn・ブレードをしっかりと握り、突き出す。

 

 

 

 n・ブレードは、メトの頭部を貫いていた。

 

 

「洞窟が崩れるぞ!」

 誰かがそう叫んだ。それと同時に巨大な地鳴り―――――闇から、地鳴りと共に何かが噴出した。

 コミュートの残骸。それらは太陽の下に飛び出すと、煙になって消えた。それと共に粉塵が舞い上がり、入り口が崩れていく。

 梢は、終始無言だった。ただジッと、洞窟を眺めている。

 キョウは、その音を聞いていることしか出来ない。緊急治療を受けながら、小さく耳を澄ましていた。

 黎徒の声が、聞きたい。誰もが―――浅葱や宗も、彼の帰りを待っている。

 崩壊が終わり、地鳴りがやむ。ヘリが急激に高度を上げていった。

 小さく、点になる島――――キョウが、叫ぶ。

「黎徒はまだだろう!」

 近くの兵士が、「捜索部隊が残っています」とこたえる。しかし、キョウには納得いくものではなかった。

 さらに叫ぼうとして、その声に、遮られた。

「………生きてるよ。黎徒君」

 ヘリの扉に手をつけている梢―――零れ落ちる涙を拭いもせず、ただ、笑って――――

「だって、約束したもの」

 ただ、黎徒の帰りを待っていた。

 

 

 

 洞窟は、完全な崩壊を始めていた。

「………おい」

 黎徒は、倒れているメトを見下ろした。頭部を突かれたメトは、虚空を見上げるようにそこに倒れている。今までは発光していたが、すでにその色も消えていた。

 生きているが、それも長くは持たない。それは、黎徒にも分かった。

 黎徒を貫くはずだったメトの槍。今では、液体となって消えていたそれを眺めながら、黎徒はくぐもった息を上げた。

巻き上がる煙――――それが、落ちてきた巨石で、吹飛んだ。

 

 まるで花火のような断続的に続く轟音が、洞窟内に響く。

すでに動く力も無い黎徒は、その場に座り込んだ。n・ブレードを鞘に納め、それを胸に抱き、岩にもたれかかる。

「どうして―――――」

 メトの声。

v気が付けば、黎徒の横に、メトが居た。しかし、消えていくのが分かる細い声―――白い幽霊のようなメト―――その眼差しを、ジッと見た。

 彼女は、告げた。

 

「どうして、一つになるのを拒むのですか? 全てが同じなら、争わずにすむでしょう?」

 

 それは、彼女にとって、どういう意味を持っているのだろうか。

 

 制圧型知能体として送り込まれ、囚われ、兵器化されようとし―――それらを飲み込んだ。プロジェクトが終わっていたのに、上を失い暴走した組織の断片が『神隠しの金曜日』を続け――――犠牲になってきた。

 

 いうなれば、彼女も被害者だ。加害者は、すでに全員死んでいる。

 

 崩壊する洞窟だが、静かだった。不思議とメトとの会話しか、耳に入ってこない。

 メトの問いかけに、黎徒は、大きく息を吸うと、こたえた。

「皆一緒じゃ、つまらない。………ただ、それだけだ」

 黎徒の言葉が意外だったのか、メトは驚きの表情を浮かべた。その顔を見て、黎徒は続ける。

「………昔、だけどな。俺は虐められていた。分かるか? ………お前らでいう同族に、嫌われ、虐げられた」

 遠い記憶。

小学校の話だ。まだ、キョウや吉雄、浅葱や宗に出逢っていない時。

「………助けてくれたのが、梢と梓姉だ。いじめられっこを励まし、いじめっ子を怒ってくれたよ。………つまり、そういうことだ。………分かるか?」

 問われ、戸惑うメト―――それに、黎徒は告げた。

「全部同じ考えを持つ奴は――――役に立たない、もしくは劣っているやつらを、平気で見捨てるようになる。そいつらには、救いが無い。………完全な調和なんて、無いんだよ。この世には」

 何もかもが不完全なこの世界で、黎徒は傷つき―――救われた。救ってくれた人を救えなかったが、その人は最後、笑ってくれた。

 それになにより、と黎徒は区切る。メトを睨みつけ、告げた。

「お前に滅ぼされるのが、気に入らないだけだ」

 微笑んで言った黎徒の言葉に、メトは何も言わず、表情を変えなかった。

 

 しかし、煙になって消える、まさにその刹那―――――――――――――――――――

 

 

 

 少しだけ微笑んだのを、黎徒は見逃さなかった。

 

 

 

 崩壊の進む洞窟の中、黎徒は、ポケットをまさぐった。かなり腹が減っている事に気が付いたのは、緊張が途切れたからだろうか。

 昨日、何の気もなしに入れておいた乾パン。それを見て、物思いにふけた。

 永遠に近い時間の後、辿り着いた星で、兵器として扱われ、闇の中で過ごすしかない生命体―――――コミュート=B今この場所で、それらは滅んだ。

 俺は、全てを護れただろうか。手に届く範囲の、苦しむ存在を。

「………護れた、よな」

 パラパラと、乾パンの上に砂利がのる。それをふるい落とし、汚れた手で口に運んだ。

 噛み締め―――――飲み干す。小さく、呟いた。

「………まずいな」

 最後の晩餐に、これは無いだろう。

 そう思った瞬間―――――全てが、黒に染まった。

 

 

 

 


 





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