6、メト

 

 翌朝。

黎徒達は、屋上で待っていた。

 救援のヘリが到着するのは、正午。黎徒は、荷物を整理しながら、皆へ告げる。

「最初は、宗と浅葱、次は梢とキョウだ。俺は、まだやるべき事がある」

 最初は、不満があった。こんな、危険な島に黎徒一人置いて全員が脱出するというのに、誰もが反対した。

「で? お前達が残って、どうする?」

 黎徒の言葉に、誰もが答えられなかった。戦闘能力では、キョウが今のところ高いが、持続戦闘と言う点では、黎徒に旗があがる。

心配そうな梢達へ、黎徒は笑顔で告げた。

「梓ネェに逢いに行くんだろ?」

 その言葉に、誰もが頷いた。

 最初のヘリが到着したのは、日が昇ってからだった。数機のヘリ――――キョウのいう話では、CH47JA≠ニ呼ばれる二枚の羽と正面両脇に備え付けられた燃料タンクが特徴的な、軍事ヘリの編成が、次々と広大なグラウンドに降り立ち、兵達を吐き出していく。その中の一機、医療班のヘリに、宗と浅葱は乗り込んだ。

「絶対に戻って来い! 黎徒!」

「先輩、気をつけて!」

 その二人を見て、黎徒は軽く頷く。遠ざかっていくCH47JA≠見ながら、黎徒は大きく溜め息を吐き、辺りを見渡した。

「それじゃ、俺は単独行動をするからな。キョウ! ………梢を頼むぞ?」

「任せてよ」

 キョウの言葉に、黎徒が安心して歩みだそうとした瞬間だった。

「敵襲!」

 ドン、という重い音――――次の瞬間、グラウンドに降り立っていたヘリが一機、爆発した。それに巻き込まれた兵士―――その光景を眺め、黎徒はその影にいた存在を、見つけた。

「………鬼≠ゥ! アイツは昼も動けんのか」

 黎徒は、屋上の縁から、飛び降りる。止まっているヘリの天井に着地すると、そのままグラウンドに降り立った。展開した兵士の銃声音が鳴り響く中、黎徒はゆっくりと辺りを見渡す。どうやら、不意打ちが成功してほとんどの兵士が降り立つ前に離脱したらしい。

「梢がまだだっていうのに、根性無しめ」

 とはいえ、もともときちんとした軍隊がここに来ることになっていたわけではない。本隊はこの後、三日後に壮大な火力を用いて葬り去る、焦土作戦が展開される事になっていた。その間に鬼≠確保するのが、黎徒の使命だ。

 展開していた兵士が、ほとんど斬り殺されていた。鋭い切り傷、斬殺された死体を見下ろし、黎徒はヘリの隙間から、状況を把握した。

 慌てて、銃を構える兵士―――それより早く、影がその喉元を通り過ぎ、一瞬遅く血が吹飛んだ。見覚えのある、包丁。

鬼=\――返り血を浴びたその存在は、おぞましさを通り過ぎ、恐怖そのものだった。殺さなければ、殺される―――――捕獲を命じられたが、捕まえる事は不可能だと、察する。

(………なら!)

n・ブレードを抜き放つ。その瞬間的な殺意を感じ取った鬼≠ェ振り返るよりも早く、黎徒は相手の体の内側に、飛び込む。

振りぬけば殺せる――――しかし、黎徒には、それが出来ない。

(な―――――――!?

 何故――――そう考えて、相手の眼を見て―――確信した。

 繰り出された斬撃―――それを紙一重で避け、黎徒は距離を取った。ゆっくりと立ち上がる鬼≠みて、黎徒は冷汗をかいた。

(殺意が、無い………?

 攻撃する際、必ず発生する気配――――殺気。攻撃よりも早い、その殺気を察知して反射的に攻撃する―――それが、黎徒の強さだ。殺気よりも遅い攻撃より、早い攻撃――――生物で、彼に有効打を与える者など、いない。

 なのに、なのに、だ。目の前の存在には、それがなかった。

 刀を構え、相手の動きに備える。鬼≠ヘ両手をダランとさせ、こちらの様子を窺っていた。

「フッ―――――――」

 短い息を吐くと同時に、刃をひるがえす。右斜め上から振り下ろす刃―――鬼≠ヘ、その場で跳躍し、避ける。

 甘い、と胸中で叫び、見上げる。降りてきたところを斬り殺す―――そう考え、絶句した。

 鬼≠フ跳躍は、異常だ。一飛び、それも、まったく予備動作も無しに、十メートルは跳んでいる。

 驚いているうちに、鬼≠ヘ地面に降り立つ。ハッとした黎徒よりも早く、鬼≠ヘその包丁で、黎徒のわき腹を切り裂いた。小さく舌打ちをして、黎徒は刀を返す。

 危険を察知した鬼≠ヘ、一瞬で距離を取る。そのままの距離を、保っていた。

(………厄介だな)

 彼女との距離は、「何があっても対処できる距離」というものだ。一歩踏み込むとしても、体全体の動きを見られ、虚を突く攻撃が出来ない。

「なら」

 小さく呟き、黎徒は刀を収める。静かに構えながら、相手の動向を探った。

 そう思った瞬間、鬼≠ェ跳んだ。何故、と思う瞬間、小さな破裂音と銃弾が鬼≠フいたところに突き刺さった。

 驚いて見上げた先―――銃を取り出していたキョウが、叫んだ。

「飛べるの、残ってる!?

 ざっと辺りを見渡し、黎徒は叫び返した。

「一機だ! 梢と一緒に、先に戻ってろ!」

「分かった!」

 走り出した鬼=\――――黎徒は、その後ろを追いかけた。

 それを見ていたキョウへ、梢は口を開いた。

「………ダメ。彼女、違うよ」

 突然の梢の言葉――――訝しげに見上げたキョウへ、梢は驚きと焦りの混じった表情で、キョウの両肩を掴み、叫んだ。

「彼女、黎徒君も危ないよ!」

「ど、どうしたんだ?」

 キョウの言葉に答えることなく、梢は振り返り、走り出す。

「ま、まって!」

 そこかしこから武器を拾い集め、キョウもその後ろを追いかけた。

 

 

 鬼≠ェ逃げ込んだ先は、海岸沿いの洞窟だった。小さい島なので黎徒も合流前に一度外周を回ったが、こんな所に洞窟があるとは、思えなかった。

 入ろうと思ったとき、声が聞こえた。

「黎徒君! まって!」

 その声に、黎徒は驚きながら振り返る。砂浜の向こう側から、梢とキョウが走ってきたのだ。その二人と合流し、黎徒は訝しげに告げる。

「梢………。先に脱出しろっていっただろうに」

 黎徒の言葉に、梢はせっぱづまったように首を振り、告げた。

「ち、違うの! 彼女が、彼女は鬼≠カゃないって………」

「は?」

 梢の言っている意味が分からず、黎徒が訝しげな顔を浮かべた。梢は何かを良いたそうだが、何か言おうとする時、辛そうな顔をする。どうやら、いうべき言葉が良く分からないらしい。

 黎徒はしばらく考え、大きく溜め息を吐く。彼女の肩をポンと叩くと、キョウのほうを向いて、告げた。

「援軍も、時期来るだろうし、俺達で突っ込むぞ。後ろはキョウ、お前に頼んだ」

 黎徒の言葉に、梢は嬉しそうに顔をほころばせ、頷く。それを見ていたキョウは、やれやれといった表情で頷き、銃を構える。小さく微笑みながら、キョウは告げた。

「………了解。まったく、梢ちゃんには優しいんだから」

「何言ってんだ、この馬鹿」

 短くそういい、黎徒は続けた。

「ここに置いて行っても、浅葱や宗に怒られるし、寝覚めも悪い。………手の届く範囲で、護れないものは無いしな」

 そういい、黎徒はさっさと洞窟のほうに歩いていった。

 

 

 湿った空気、洞窟特有の臭い―――その中に混じった、錆びた鉄の臭いを感じ取りながら、黎徒は辺りを見渡した。洞窟だけあって、暗いと思ったが、足元を確認できるほど辺りは明るい。

壁に手を触れ、じっくりと眺めながら、口を開く。

「………どうやら、発光する岩石がそこかしこに落ちているようだな。………それ以外にも、いろいろと考えさせられるが………今は良いだろう」

 そういい、黎徒は歩き出す。その後ろを梢、最後にキョウが続く。

 洞窟は、奥に行くほど広がっていくようだ。その広い空間――――ところどころに空いた穴を見て、黎徒が呟く。

「島ほとんどの広さが、ありそうだ。成る程、コミュートが神出鬼没なのも、こういうところに穴があるからか」

 穴のほとんどが、外壁―――崖壁にあるのだろう、発見できなかった理由はいろいろとありそうだったが、その理由の一つがこれだろう。恐らく、島の下――――巨大な空洞が出来ていて、そこからわいて出てきている。間違いなく研究所があるはずだ。

 しばらく歩いた所で、黎徒の歩みが止まった。驚いて止まった梢を背に、黎徒はキョウに声をかける。

「そういえば、コミュートって、夜行性じゃなく、太陽光が苦手なんだったな」

「そうそう。忘れてたよ」

 軽い口調の二人、次の瞬間、梢の体が浮く。

 キョウが梢を抱きかかえた瞬間、長い何かが梢のいた場所―――その岩に突き刺さった。

 黎徒が、返す刀で切り裂く。悲鳴があがったと同時に、上からコミュート≠ェ堕ち、辺りへ体液と肉塊が飛び散る。

 黎徒は、辺りを見渡し――――呟く。

「五匹――――」

 天井に張り付いているのが、二匹。左右の壁についているのが二匹で、前の通路を塞いでいる一匹―――合計五匹を見渡し、刀を納めた。広いとはいえ、洞窟――――外壁を斬ったとしても、ほとんど強度が無いに等しいこの刀が、何かの衝撃で壊れかねない。

 なら、と黎徒は拳銃を二丁引き抜き、天井に張り付いているコミュート≠ヨ、打ち込んだ。体液と肉塊が飛び散り、コミュート≠ェ落下する。

 それを横目で見ながら、胸中で考える。

(コミュート≠ヘ思った以上に、脆い。とはいえ、頭部を潰さないと、いくらでも動くからな)

 膨れ上がった、血管と肌色の皮膚の破裂しそうな頭部を、銃弾で撃ち抜く。両壁についていたコミュート≠撃ち落すと、黎徒が前の通路に向き直る瞬間。

 耳に、金切り音が響く。それが、銃弾のかすった音と思った瞬間、目の前にあったコミュート≠フ顔が破裂―――黎徒の顔に張り付いた。それを振り払いながら、黎徒は後ろにいるキョウへ、告げる。

「忠告だけでいいっつうの」

「ごめんよ」

 全く悪びれも無く、キョウはそう告げる。まだでてくるか、と思ったが、そうでも無いらしい。静まり返った洞窟内で、梢を肩に担いでいたキョウは梢を下ろし、黎徒へ告げる。

「敵の総本山は、ここに違いないね。どうやら、後ろには戻れそうに無いし」

 キョウの言葉に、黎徒は後ろを見る。紅い光が有象無象、明るい白の光がそれらで抑えられていた。焼ける肉の音やコミュート≠フ叫び声を聞きながら、黎徒は呟く。

「厄介だな。ああいう生物っていうのも」

 恐らく、全てのコミュート≠ェ出口を塞いでいるのだろう。太陽光で蒸発するとはいえ、かなりの数がいるのだから、いくらでも抑えられる。それが死体でも、だ。

「まぁ、僕達には地球の裏側からでも分かる発信機があるからね。前に進もうか」

「当たり前だ」

 そういうと、黎徒とキョウは梢をつれ、洞窟の奥に進んでいった。

 

 どれくらい歩いただろうか。一気に広がった洞窟の中で、黎徒はその建物を見つけた。

 コンクリート製の、二階建ての小さな建物。屋根の上に備え付けられたアンテナと、その建物に伸びている幾つかのケーブルが特徴的な、歪な存在。

黎徒は、キョウと視線を交わす。そのまま音も無く、その建物へ寄り添っていった。

 目で合図しあい、建物の扉を開ける―――その瞬間、梢が小さく悲鳴を挙げた。

 籠もった臭い―――そして、電気製品独特の気配と起動音―――部屋の中心に置かれたモニターの前で、そいつはいた。

「やぁ。お客さんかい?」

 長い長髪に、額縁眼鏡。さらには紅く染まった白衣に、細身の体――――その男は、ぎこちなく手を伸ばすと、頭を下げた。

「始めまして。この計画責任者、三上 建志です。はて? 本部から視察に来るという話は聞いていないが………。失敬、いま、コーヒーを淹れるよ」

 そういい、男はぎこちない様子で台所のほうに歩き出す。黎徒と眼を合わせたキョウが、いち早く彼の通路を防ぎ、告げた。

「残念ですが、視察ではありません。国際警察のもので、貴方の身柄を確保しに来まし―――――」

 しかし、彼はそのまま台所に行く。いぶかしげなキョウは、その後についていって、絶句した。

 腐乱した死体。血の臭いに、異常繁殖したハエ、そして、荒れまくった台所――――底の割れたコーヒーメーカーに、水を淹れている男。

 キョウの視線を受け、黎徒は頷いた。

 

 

「………どうやら、錯乱どころか、精神崩壊しているらしいな。食料も、人間やコミュート≠ゥ。………梢も卒倒するな」

 男―――三上を縄で縛り、黎徒は三上の精神鑑定をしていた。ペンライトをそこら辺に投げ捨てながら、黎徒は辺りを見渡す。気分が悪くなった梢を介抱するキョウの横―――本棚に近付くと、ファイルを広げる。

 しばらく眼を通し、ファイルを閉じた。

「ご苦労な事で、全部暗号化されている。どっちにしろ、そこの男を連れて帰るしかないな」

「そうなるね」

 キョウの呆れた声を聞きながら、黎徒は苦笑する――――瞬間、その気配を感じた。

 黎徒は、刀を構え、入り口に歩く。それに気がついた梢が、顔を上げ――――不安そうな声で、告げた。

「ど、どこに行くの………?」

 梢の言葉に、黎徒は不敵に微笑みながら、告げた。

「先客だ」

 そういって、外に出る。

 外には、鬼≠ェいた。

 

 

 

 外の見える窓―――――そこから事の経緯を見守る子末は、不安げに告げた。

「大丈夫かな………、黎徒君」

 不安げな梢の言葉に、キョウは軽い感じで告げた。

「大丈夫だよ。こと、体術に関しては、知り合いの中でもっとも強いと思うよ。………それより」

 そう言いながら、キョウは近くに落ちている本を拾い上げた。その表紙――――かかれた言葉は、日記=B

 それをパラパラと捲ったが、そう量は書かれていないらしい。一番目のページを開いて、キョウは読み始めた。

「………一月 一日、元日に、この実験は始まった。宇宙からの贈り物を実用活用する、やりがいのある仕事だ。

 一月 三日。今日はなんと、検体が反応した。それと同時に、数人の研究者が精神をやられた――――――この次は、一ヵ月後だ。

 二月 十二日。最初は五百人いた仲間が、すでに八人―――――我が子――メシアも、泣いている。妻であるマリアも、日に日に衰弱した。実験、変化なし

三月 九日。マリアが死んだ。残っているのは、私と娘――――メシアのみ」

 

 鬼≠フ斬撃―――細く、長い包丁の斬撃を、身をそらして避けながら黎徒は刀を鞘に納めたまま、振るう。弾き返そうとしたが、鬼≠フ力は、その細腕よりも強く―――――――押し切られた。

 力任せでは、勝てない。そう踏んだ黎徒は、止まりかけた足で、相手の周りを駆け巡る。

 相手の背中を見た瞬間、鞘を思いっきり打ちつける――――それを、まるで見えているように避け、振り返り様に包丁を振るう。

 ピッ――――頬に筋が入り、血が飛ぶ。紙一重で避けた黎徒は、体勢を立て直しながら距離を取る。刀を引き抜きたかったが、殺してはまずいと思うので、出来ない。

 とはいえ、鞘で致命傷を与える事も不可能―――やはり、体術しかないようだ。

 刀をその辺りに刺すと、鬼≠熾丁を投げ捨てた。訝しげな黎徒の視線を見ながら、鬼≠熾s敵に笑う。

 黎徒は、拭いきれない何かを感じながらも、駆け出した。

 

 

「 四月 二十日。この実験は悪魔の実験だった。幼いメシアが検体に乗っ取られた。そして次々と検体が増え、プロジェクトが始まった。

 感染の特徴は、主に四つ。

 一つ。外見的変化が無い場合、それ以降の変化が起きない。つまり、死んだマリアは当時のまま、顕在だった。

 二つ。外見的変化があった場合、肥大化して凶暴化する。が、第一検体の意思に従い、群れを成すことが分かっている。

 三つ。意思疎通が出来る場合、彼等は自分のすべきことを全て知っていた。それは、人間がどうこう出来るものではない。

 四つ。意思疎通が不可能の場合―――主として前述の二に該当する。彼等は第一検体が主の存在であり、他のものは―――組織で言えば一つひとつの細胞にしか過ぎない。欠損しても、問題の無い部品扱いだ。

 プロジェクトは、暴走を極めた。高校生ぐらいの若い男女をさらい、検体として使用するらしい。私達は、この実験を止めるべきだといった。

四月 二十五日。視察に来た会長を彼女が虐殺、プロジェクトは続行。鬼≠ェ生まれる―――――ここで、日記は終わっているね」

キョウが読み終えたあと、梢が外の鬼≠みて、呟く。

「それじゃあ、あれが………メシアちゃん?」

「――――おそらく、ね」

 外を眺めている梢の後ろから、キョウが外で戦う二つの影を見ながら、口を開く。

「三上というのが、あの男で日本人だろうけど、マリアというのは恐らく外国人。それに、この事件が最初に発覚したのが、いまから十五年前――――子供が乗っ取られた当時、六歳から七歳だとしても、外見的特長は、合うね」

 鬼≠ヘ――――身長として、黎徒の半分ぐらい。女の子だというのは、間違いない。さらにいえば、感染して成長が止まるとしたら―――間違いないだろう。

 しかし――――――二人は、楽しそうに踊っていた。無論、黎徒は真面目に戦っているが、無駄の無い二人の動きは、舞いのように見える。

 それらを眺めながら、それでもキョウには納得し難い内容が日記に記されている事に気が付いた。

「死んだマリアが顕在だった、という事は、マリアという人も検体にされたのだろうか?さらにいえば、メシアちゃんが検体に取り込まれたのが七年前の事件だとすると―――――――この人は、少なくとも七年、ここに閉じ込められていた事になる」

 そう言いながら、キョウは銃を引き抜く。意識の無い男を見下ろし、梢に首だけで後ろに回れ、と指示をした。

「そして、最後の疑問――――――」

 弾が装填される音――――キョウが、告げた。

「なぜこの男は、「意思疎通が出来ても、彼等の目的が変えられない」のが分かっていて、実験を続けたのか」

 次の瞬間、男の顔が飛び跳ねた。完全に骨の砕ける音―――男の顔がゆっくりと戻り、口の両端がつりあがった。

 ボン、と顔の半分が砕け散る。口から顔が裏返しになるように、肉がそり出て――――肥大化した。

 キョウが銃弾を撃ち込む。男の右肩が吹飛ぶが、吹飛んだ一部に肉がせりでて、塞いでゆく。その時にはすでに、小さな研究所の天井一杯まで、体が巨大化した。

 そして、現れたのは――――コミュート≠セった。

 

 

 

 鬼≠ヘ、笑っていた。動きは俊敏、膂力は黎徒よりも上で、動きに隙が無い――――が、確かに、笑っているのだ。そして、黎徒は納得する。

(攻撃に殺意が無い――――当たり前だ! こいつ、遊んでる!?

 ピタッと動きを止める。そのままずっと止まっていると、鬼≠ヘ少しだけ、小首を傾げた。その鬼≠ヨ、黎徒は告げる。

「お前………何がしたいんだ?」

 黎徒の問いに、鬼≠ヘまた、首をかしげた。構えを解いた黎徒へ、同じく鬼≠熏\えをほどく。そして、小さな声で、呟いた。

「ア………」

 初めて聞く、鬼≠フ声――――彼女は、黎徒の近くに歩み寄ると、腕を引っ張りながら顔を覗き込んできた。

「ア、アソ………ン、デ。オニ、イチャン、………アソボ、アソ、アソボ」

 長く、ボソボソな髪の間から見える、真っ黒な顔―――真っ白に見える眼――――しかし、彼女は笑っていた。そこに、悪意や敵意などはなく、ただ純粋な子供の目が、あった。

 子供でしかない。

手を伸ばして、黎徒に遊びをねだる子供。過酷な環境下で、強大な膂力を持つその腕も、細く――――脆そうだった。その言葉通り、弱い。

 ボロボロの布。成長の止まった彼女の体。ボロボロの両足――――やせこけた頬―――その彼女の頬に触れると、くすぐったそうに微笑んだ。

 黎徒は、彼女の小さな肩を抱く事しか、出来なかった。

「………帰ろうな。もう、一人じゃない」

「………アソ、ボ? イタイノ? ………ナ、ンデ?」

 鬼≠フ手が、黎徒の頬に触れる。その冷たい感触を感じながら、黎徒は自分を恥じた。

 今まで、何の殺意もなく、その並外れた膂力と無邪気な態度で、人を殺して―――否、生きるための能力を抑える機会が無かった、この子供に――――自分は殺意を抱き、追い詰めてきた。

 連れて帰るべきなのだ。

 黎徒は立ち上がると、鬼≠ノ向けて、笑いかけた。

「名前は?」

 黎徒の笑顔と問いに、鬼≠ヘ無邪気な笑顔で答えた。

「ア、ア、メ、メシ、メシア」

 彼女の頭を撫で、黎徒は続けて、言った。

「アメシア? メシア? ………メシアか。俺は、黎徒。言ってみな」

「ソ、ウト? ソウト、ソウト!」

 そういい、鬼≠ェ抱きつく。微笑まれて警戒心をなくしたのか、鬼=\―――メシアの頭を撫でながら、黎徒は体の軋むのを感じながら、途中で刀を拾い、彼女を建物に連れて行く。

 その他の気配を、背中で感じた瞬間―――黎徒は、背筋に寒気が奔った。

「ダメな子ね、メシア」

 その、流暢な日本語――――そして、綺麗な言葉―――――次の瞬間、メシアの体が吹飛んだ。突き刺さる何か――――白い爪をみて、黎徒は振り返った。

 そこには――――――人が、浮いていた。

 

 

 






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