5、真実

 

「伏せろ」

 突然の言葉――――囁くような、そんな言葉が、梢の耳に入った。驚きの声をあげるよりも、その声のしたほうを向くよりも早く、宗を抱き、梢はその場所に伏せた。

 其処から、世界はゆっくりと動いていた。

 窓から飛び込んできたのは、黒い影――――――真っ黒なマントに、黒いヘルメット、そして黒のバイザー。

 

 次の瞬間、彼が持っていたもの――――それは、日本刀と片手銃。銃弾を怪物の頭に打ち込むと同時に、伸びてきた触手を斬りおとす。

 

 返す刀―――一瞬で距離を詰め、彼は頭部を首元から、斬りおとした。

 

 倒れるコミュート――――それを蹴り飛ばし、それは、声を出した。

 

 

「ったく、情けないな、キョウ」

 

 

 そう言いながら、影は頭に被っていたヘルメットを外す―――――それを見ながら、キョウは苦笑して、答えた。

「………ふぅ、遅いんだよぉ。黎」

 其処に立って居たのは、黎徒その人だった。いつもの無関心な表情のまま、それでも黒く大きなスーツケースを背負いながら、彼は立っている。

 それをその場に下ろしながら、黎徒は続けた。

 

「荷物の落下地点が遠かったんだ。………俺だって、急いでいた」

 

 息を整えながら、そう弁解する黎徒――――それを、梢はずっと見ていた。

「………堤杜くん」

「先輩………」

 同時に言われ、黎徒は改めて梢に向き直る。何を言うか、考えるよりも早く、彼は言った。

「よく頑張ったな。………梢、宗」

 その言葉に、梢は顔を歪め、黎徒に抱きついた。それを咎めもせず、黎徒は軽く頭を撫でてやる。

「………生きていて、生きていたんだねッ………」

 梢の言葉に、黎徒は不敵に笑い、答えた。

 

「当たり前だ。いっただろ? 誰一人、かけないで帰るって」

 

 力強い、何一つ間違えようのない黎徒の言葉に、彼女は顔をあげずに、小さく頷いた。

 

「………うん」

 

 

 

 

「………まったく、貴様は、いつも私を怒らせるな」

「そういうな」

 ようやく落ち着いた梢と宗はキョウを、黎徒は浅葱を介抱していた。コミュートは、どうやら二階から上がって来られないようで、今は小康状態である。

 浅葱は、壁に叩きつけられたときに右肩を裂いていたが、それほど深くはない。

「これ以上、驚くつもりも無いが………説明してもらおうか、堤杜」

 睨み付ける浅葱の肩に包帯を巻き、黎徒は小さく息を吐く。

梢と宗、キョウと浅葱ともに隣の教室の中に入り、鍵をかけた。外を眺めながら、黎徒は小さく口を開いた。

「六年前、助かったって言う女性――――梢も、知っている人だ」

 黎徒の切り出した言葉。それに、梢は気がついた。

「………梓お姉ちゃん、の事?」

 蔵月 梓――――黎徒と梢の、姉的存在の上級生だった。六年前、突如行方不明になり、見つからずにいた。その時、彼女は海外に旅行していて、神隠しの金曜日≠ニは違う事件だと思われていたのだ。

 黎徒は、話を続ける。

「梢は、俺が変わったっていったな。………俺は、唯一、梓姉に会って、息を飲んだ。………酷い、姿だった」

 それから黎徒は、彼女が話した神隠しの金曜日≠フ内容に、愕然とした。それに巻き込まれた彼女は、その四日後に死んでいる。

「………それで、僕の伝手で彼も特殊訓練を受けていたんだ。学校が終った後は僕と、休日は海上に用意してある特殊訓練船で、この六年間、ずっと練習していた」

 血も滲み、あるいは流しながら続ける練習――――黎徒は、ずっとこの事件を待っていたそうだ。梢達が巻き込まれるとは思っていなかったが、黎徒とキョウは、ワザと侵入していたのだ。

 簡単に説明し、黎徒は肩をすくめあげた。

「もともと、目星はついていたんだが、変に勘付かれて世界中にあんな怪物をばら撒かされても仕方ないからな。そのあたりの島々にそれぞれ武器庫を落としておいて、俺はソレを回収しにいっていたんだ。携帯電話の中に発信機が仕組まれているのも知っていたからな。コミュートを潰すついでに捨てたンだが………逆に、不安がらせたようだな」

「もぅ、本当に心配したんだよッ!」

 いつもの梢の表情――――それに、苦笑で返す。梢も宗も、浅葱もキョウも笑い、一行に少しだけ元気が戻った。

「どちらにしろ、今の俺にはお前たちのほうが大切だからな。通信機で、明日には陸上部隊が乗り込むらしいし、今晩が山だな」

 今は小康状態だが、いつ第二波が現れるか、わからなかった。

 キョウは、外を警戒している。黎徒は、自分の持ってきた武器庫の中から、巨大な銃を二本取り出し、廊下に三脚で置いていた。近くにもう一本、三脚を立て、その上に何かを置く。

 静かに見ていた浅葱が、口を開いた。

「なんだ? ソレは?」

「自動追尾機能付き自動小銃だ。センサーに反応して、銃の引き金が引かれる。………ま、それぞれ時間にして十分ぐらいしか掃射できないから、切れたらどうしようもないな」

 手慣れた様子で機具を建てていく黎徒へ、梢が少しだけ悲しそうに、口を開く。

「………変わったと思った原因が、これだったんだね」

「ああ。お前は、気付いていたようだがな」

 軽い口調でそう答え、黎徒は準備を終えた。武器庫から幾つかの武器を出し、その場に並べて行く。その度、時計を眺めていた。

「………梓お姉ちゃん、死んじゃったの?」

「ああ。死んだ」

 淡々とそう答え、黎徒は武器を整えていた。彼が持っていた日本刀を腰にさし、皆には分からない武器の仕度をしながら、言葉を続けた。

「………最後は、笑ってたよ。「黎ちゃんに会えてよかった」と、いってな。………自分が死ぬっていうときに、笑いやがって」

 ジャゴ、という音と共に、銃弾が装填される。それを左手で抱えながら、黎徒は時計を確認した。

「………そろそろ、だな。キョウ! 時間だ」

「了解」

 そういって、キョウは窓の警戒をやめ、荷物を全て投げ出した。

 残っているのは、食料と武器のみ。梢と宗は教室の中心に、浅葱は窓の外、黎徒とキョウは廊下の先を警戒している。

 聞きたくはない、あの地鳴りの音。数は、音を聞くかぎり、多い。

 次の瞬間、雷撃のような銃撃音が、廊下に鳴り響いた。嵐の銃撃音に、梢や宗、あの浅葱でさえ震え上がったが、キョウと黎徒はいたって普通――――そのままだった。

 キョウが、引き金を引く。不規則な銃撃音が鳴り響く。

 ――――――数分経っただろうか、不意に、雷撃のような銃撃音が、鳴り止んだ。

 黎徒とキョウの間に、緊張が走った。何が起きたのか、考えるよりも早く――――――

 教室の底が、爆発音と共に崩れ落ちた。

「キャアアアアアアアァ!」

 梢と宗が、巻き込まれるような形で落ちる。さすがに1階分の高さから落ちて、二人は地面に体をしたたかに打ちつけた。気絶はしなかったものの、梢が細く眼を開ける。

 壮大な煙と共に、暗闇が広がる。その奥から、奇妙な呼吸音のような、空気の音が聞こえる。

 次の瞬間、光の下に粘液の絡まった触手が、映った。どうやら、一階の天井を壊したらしい。

「チッ」

 小さく舌打ちをし、黎徒が空いた穴から飛び降りる。その途中で、腰につけていた刀を引き抜くと、片手で腰の小銃を引き抜いた。

 一瞬早く、触手が梢の右肩の上を、貫く。梢が悲鳴をあげるよりも早く、黎徒の刀が、触手を切り裂いた。

 体を返し、片手で銃の引き金を引く。一瞬明るく部屋が閃き、獣の叫び声が響く。

 それを掻き消すように、黎徒が叫んだ。

「キョウ、浅葱を連れていけ! 俺は、ここを突破する! 梢、宗を背負え!」

 黎徒の叫びに、梢が放心した面持ちで、頷いた。

 そういって、黎徒は銃を上に投げた。瞬間的に、腰から何か、二つの球体を取り出すと、一つはコミュートのいるほうへ、もう一つを教室の窓のほうへ、投げた。

 落ちてきた小銃を受け取った瞬間、二つの閃光が同時に、その場を包んだ。

 

 ―――――――――

 

 梢は、宗を背負い、その場に立ち尽くしていた。不意に、腰の辺りに人の手の感触がしたと思うと、ぐわっと体が持ち上げられた。

 二人を担いでいるのは、間違いなく黎徒――――彼はそのまま、その場を走り出す。

 ようやく、眼が慣れた頃、場所は一変していた。旧校舎から飛び出して、新校舎の崩れていない所―――入り口を、黎徒が二人を担いで入っているところだった。

 そこで梢を下ろし、黎徒は刀を引き抜きながら、早口で告げた。

「屋上に繋がっている階段は顕在だから、その上に行け。屋上に付いたら、入り口をこれで爆破しろ」

 右手で梢に何かを渡した瞬間には、黎徒は駆け出していた。

 黎徒が渡したのは、俗世間で言われるプラスチック爆弾。遠隔操作のスイッチも一緒に渡されていた。

梢も、何かを聞くか悩むよりも、宗を連れて逃げたほうがいいと、判断していた。

(今は、自分のことは自分で護らないと――――――)

 そう思い、新校舎の中に駆け込んだ。

 

 黎徒の返す刀が、コミュートの頭を二つに分けた。断末魔もあげず、壮大に血を吐きながら、コミュートは、その場所に倒れこんだ。

 辺りは一面、血の―――そう表現するのが正しいかどうかは分からないが――海だった。肩で息をしながら、黎徒は刀を眺めた。

(………恐ろしい武器だな。この刀)

 最新テクノロジーで作られた、最強の刀―――いうなれば、n・ブレード。刃の尖端が原子レベルに細く、物体を斬るのではなく、原子と原子を切り裂く―――理論上では、全てのものを斬る事が出来る、最強の刀だ。

 ただし、非常に脆い。ミネなど使ったら、一瞬で砕け散ってしまうほど、脆いのだ。

 刀をしまい、銃に弾を込める。どうやら、コミュートは片付いたようだ。

(………ただ、気になるな。鬼=\―――――か)

 梓姉が残した、最後の言葉。

鬼≠ェ、あの偽者の吉雄だとは、キョウから聞いていた。それが、本当に、梓姉が残した言葉の、鬼≠ネのだろうか。

 

 

 

 キョウは、浅葱を連れて3階にまで上っていた。自動小銃は、階段につけてあるので、しばらくは時間を稼げるだろう。

 家庭科準備室に、逃げ込む。扉の替わりに、冷蔵庫や机を、バリケードとして張り巡らせた。

「逃げ道も確保しないとね」

 そういって、キョウは3階に設置された、非常用の梯子を広げていた。浅葱も、それを見ていて、途中で思い出す。

「そういえば、その戸棚に長い包丁みたいのがあったな。あれは、武器になると思うんだが………?」

「長い、包丁――――――?」

 その時だった。

 異様な、空気。肉などの食品が腐り、ウジがわいたときの不快臭というべき臭いが、浅葱の鼻に付いた。その臭いに連れられ、浅葱が、振り返る。

 黎徒が見つけた、あの長い包丁――――それを持っているのは、間違いなく―――――――人。

 夜に輝く月を背に、窓に張り付くような格好でいる、長い体毛――――ではない、ボサボサの黒髪を持つ、闇だというのに丸い光が、二つ、眼の部分に輝く、人。

 次の瞬間、その影は消える。振り返って、銃の照準を合わせようとしたキョウの肩を、切り裂いた。

 返す刀で、首元が、切り裂かれた。

 

 

 

 

 キョウは、過信していた。武器は十二分に在るし、黎徒も戻ってきた。浅葱や梢、宗は冷静だし、士気も十分にあった。

 しかし、ありえないことが起きる可能性を、忘れていたのだ。

 右首を押さえながら、キョウは距離を取る。幸い、反応していたおかげで、薄皮一枚で助かった。首は、かすった程度だ。

 照準を合わせ、引き金を引く。その銃弾に反応したのか、その人≠ヘ、銃弾を避け、窓の外に逃げ出した。銃の方が早いというのに、どう見ても相手のほうが早い。信じられない運動神経だった。

 違う、人間の限界を超えていた。その人≠ヘ、そのまま新校舎のほうに走っていってしまった。

「大丈夫か!? キョウ!」

「あ、うん。………大丈夫」

 浅葱が慌ててキョウに駆け寄る。荷物の中から包帯を取り出し、巻いている頃に、黎徒がやってきた。

「外野は、ある程度片付いたぜ。とはいえ、逃げ出したものがいたが。………何があった?」

 首や肩から血を流しているキョウを見て、怪訝そうに眉を潜めていた黎徒へ、先ほど起こった事を、全て話す。それを聞いていた黎徒は、次第に眼を広げた。

「そいつが、鬼≠ゥ」

「………鬼=H それは、吉雄の偽者の事じゃないのか?」

 浅葱の言葉に、黎徒は小さく首を振った。腕を組みながら、答える。

「六年前、梓姉がかえって来た時、心残りだって言っていた存在だ。今回、彼女の救出も兼ねている」

 黎徒の言葉を聞きながら、キョウは苦々しく、告げる。

「まさか、あれほど強いとは思えなかったよ。………動きだって、人間とは思えないけど」

「………まだまだ、秘密がありそうだが………」

 浅葱がそう呟きながら辺りを見て――――眉をしかめた。

「それで、梢達はどうした?」

「ああ、新校舎の屋上に篭城してもらっている。爆発音がしたから、屋上への道は閉ざし―――――――」

 そこで、はっとした。黎徒が、気が付いた瞬間には、他の二人も気が付く。ほぼ同時に頷き、彼らは走り出した。

 梢達に、危険が、迫っていた。

 

 

 彼女≠ニ遭遇したのは、その時だった。

 入り口は、渡されたプラスチック爆弾で吹き飛ばした。粘土みたいなもので、かなり面白かったが、爆発の規模を見ると、背筋が凍る思いだ。

 とはいえ、入り口がなくなったことに間違いない。これで、あのコミュートという怪物は、襲ってこられないだろう。木造建築とは違い、床だってコンクリートなのだから。

 明日には、助けが来る――――――そのことが、どうしようもなく、嬉しい。なにより、黎徒が生きていたのが、何よりも嬉しかった。

 宗は、疲れているのも在ったのか、ぐっすりと眠っていた。確かに彼女は、寡黙だが人一倍緊張していて、誰よりも頑張っていたはずだ。

 彼女の頭を撫でた。くすぐったそうに動き、彼女はゆっくりと、息を吐く。

 その時だった。月夜の影が、ゆっくりと揺れたのは。

 振り返った先には、一つの影―――――紅い血の付いた、長い包丁――――そして、ボサボサの髪――――そして、丸い眼―――――――

 彼女≠ヘ、そこにいた。

 梢は、その存在に驚き、しかし、怯えはしなかった。彼女がそこにいるのに驚き、包丁を持っているのにも驚いたが、恐怖は、感じなかった。

 何故――――そう思いながら、梢は、立ち上がる。小さく、告げた。

「貴女は、誰?」

 彼女≠ヘ、答えない。答えないが、確かに、こちらを向いた。

 彼女≠ノ、少しずつ、近付く。彼女は、その場に立っているだけで、その手に持っている包丁を動かそうとも、敵対心をむき出しにする事も、無い。

 ただ、啼いていた。

 その頬に触れる瞬間――――入り口から、爆音が鳴り響く。驚いて振り返った瞬間、声が聞こえた。

「梢ッ!」

 黎徒の声――――それに気が付いて、また元の方向に振り返ると、彼女≠ヘいなかった。血の跡が点々と、森の方角―――屋上のへりに向かって、伸びていた。

「大丈夫かッ!? 梢! ………何か、されなかったか」

 黎徒が駆け寄ってきたので、梢はやや放心状態で、告げた。

「うん。何も………・。それよりも彼女=\―――――――」

 梢は、黎徒を見上げ、続けて言った。

「悲しそうだった」

 どうしてそう思ったのか、謎だった。

 

 

 屋上の入り口をもう一回爆破して塞いだ後、一行はそこで夜が明けるのを待つことにした。いまではもう、宗も眼を覚まし、全員が固形燃料の火の回りに集まっていた。

 キョウは、へりの近くで腰を降ろしている。黎徒は、日本刀の手入れをしていた。

 その様子を、梢達と共に見ていた浅葱が、ようやく口を開いた。

「………堤杜―――黎徒。お前は、これから、どうするんだ?」

 初めて、名前を呼んだ浅葱に、黎徒は小さく、顔を向けた。

「何が、だ?」

 黎徒の言葉に、浅葱は小さく、呟いた。

「………お前は、軍人だろう? この事件が終わった後、………私たちは、普通の生活に戻る。どれくらい時間がかかっても―――――。………お前は、どうするんだ?」

 ここから生きて帰った後―――――黎徒は、どうするのか。その質問に、黎徒は手入れの手を止めた。それをみながらも、浅葱は続けて、キョウに向かって告げた。

「北方は――――――――どうするんだ?」

 浅葱の問いに、キョウは小さく肩をすくめあげ、答えた。

「秘密警察に戻る事になるね。でぶっちょの北方 恭は死んだ事になって、本当のキョウは、きっと、戦争を止める為に日々暗躍すると思う」

 そういって、自分の愛銃『M16』を持ち上げた。弾を装填しながら、呟く。

「………過去、僕は何人も撃った。その人にも家族や友人がいる事を知っていても、知らないつもりをして、殺してきた。………その罪滅ぼしじゃないけど、戦争を起こさないために、全力を尽すさ。………君達との生活は、楽しかったよ」

 そういって、キョウは視線を外に向けた。彼自身、この仕事を続けるのにも意味を感じているが、少なからず北方 恭としての生活に未練があるのかもしれない。

 浅葱や梢達の視線が、黎徒に集まる。それらをみながら、黎徒は小さく、頷いた。

「俺は、秘密警察に属しているわけじゃない。確かに、国防長官や署長とは知り合いだが、人を殺すつもりはないし、戦争を止められるとは思えないさ。………ただ」

 そういって、黎徒は空を見上げ、告げた。

「………梓姉の、御墓参りしてから、考えるさ」

 黎徒の言葉と笑顔に、梢は安心したように頷いて、言った。

「私も、連れてってね」

 梢がそういった時、キョウが軽く手を上げ、笑顔で告げた。

「あ、僕も行きたいね」

 キョウの言葉に、宗と浅葱も続いた。

「………私も、行きたい、です」

「この場所から戻った人だ、見てみたい」

 一行の言葉を聞いて、黎徒はさもおかしそうに微笑むと、続けて、口を開いた。

「………気が向いたらな」

 黎徒の笑い声に、全員が、笑顔で答えた。

 

 

 女性陣一行が寝静まった頃、キョウと交代して番をしていた。

 刀を取り出し、月夜に照らす。月明かりを空かすほど薄いその刃は、全てを切り裂く刃――――立ち上がり、一振りする。

 この刀は、間違いなく、迷いを斬ってくれた。梓姉を殺したと思われる怪物も、斬り殺した。護るべきものを、護ってくれた。

 後は、何を斬れば良い? 何を、お前は求めている?

「………元凶に、決まっているか」

 この事件を担当しているグループの人間は、確認されているだけで、十二人。あのテープレコーダーに残された声を聞く限り、必ず生きているはずだ。この島以外にいるメンバーは、全員捕まえているはず。

 残りは、何人か―――――――刃が、震えていた。それを納め、腰を下ろす。

 固形燃料の燃える炎を眺めながら、黎徒はふと、横に眼をやった。『持ち出し袋』入り口から、乾パンが飛び出しているのに、気が付く。転がっている乾パンを取り出し、ポケットに入れた。

 そのまま、夜はふけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼≠ヘ、今日も、啼いていた。

 啼きやむ事は、ない。この十六年間、鬼≠ヘ啼き続けた。

 全てを受け止めてくれる人を探し、全てを従えて、鬼≠ヘいく。

 一は全、全は一。全ての存在が、彼女の為に存在し、彼女は、彼らの為に存在する。

 闇夜に蠢く、紅い光――――――それらは全てで、一つだった。

 









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