3 捜索

 

 朝。最後の見張りが全員を起こして、一日が始まった。

 全員で、水道まで行く。顔をあらい、髪をとかした後、朝ご飯が始まった。

「まさか、ここに来て白い御飯が食べられるとはな」

 吉雄の言葉通り、朝ご飯は持ち出し袋の中に入っていた御飯だった。さすがにおかずとかは無かったものの、まともな御飯を食べられるというのは、みんなの活気を滾らせるのに十分だったらしい。

 昨日とは打って変わって和気藹々とした食事が終わった頃、浅葱が口を開いた。

「今日は、ここをいろいろ回ってみよう。日が高いうちなら、そう危なくも無いだろう」

 浅葱の提案に、黎徒は小さく頷きながら、補足した。

「………そうだな。夜も、狼とかの遠吠えも無かったし」

 全員が、静かに頷く。

三手に分かれて捜索したほうがいい、という提案どおり、三手に分かれることになった。一つは、旧校舎。二つ目は新校舎、そしてもう一つは、周辺探索だ。

 組分けは、旧校舎が浅葱と吉雄、周辺は黎徒と宗、新校舎が恭と梢、となった。無論、決めたのは阿弥陀くじだが。

「それじゃあ、十二時まで捜索しよう。その後は、合流してからあやしい所を探す方針で」

 恭の言葉に、全員が頷いた。

 

 

 旧校舎をまわる吉雄の手には、棒の先に包丁がつけられたものが握られていた。いざ、という時の武器で、黎徒が作ったものだ。同じものを恭が持っている。

 旧校舎のほとんどは、昨日のうちに見回っていた。探すのは、3階の教室と1階の教室それぞれだ。

1階には職員室などがあったが、特にめぼしいものはなかった。放送室の中も探したが、電気もバッテリーの類も、全くない。当たり前だと思いながらも、二人は隅々まで捜索する。

 そして、ソレを見つけたのは――――3階だった。

 最初は、何かの物音がしたときだった。吉雄が何かを落としたのか、と思い教室を覗いたとき、壁に立てかけているソレに気がついたのだ。

 昨日も回った場所―――なのに、ソレを見落としていた。浅葱は、ソレを持ち上げると、じっくりと眺める。

 それは、机の天板だった。板をはがし、何か鋭いもので、文字が掘り込まれていた。

 

 冒頭には、『2005年 12月 9日』の文字―――――

 

 浅葱は、其処に書かれているものに、眼を疑った。そして、其処に書かれている文字をずっと眺め、吉雄に声をかける。

 吉雄に天板を渡しながら、次の天板を読む。

「………前の、被害者たちが残したものだ」

 

 

 12月 10日。

 ワタシタチハ、コノバショニキタ。ニンズウハロクニン。

 

 

「………六人? 神隠しは、全員で十二人だろ?」

 吉雄の言葉に、浅葱は頷く。その天板を眺め、触りながら、呟いた。

「もしかしたら、二つに分けていたのかもな。そのうち、合流するだろう」

 浅葱は、次の天板を見た。

 

 

 12月 11日。

 ミンナ、オカシクナル。アノホウソウガアッテカラ、カレラハカワッタ。

 

 

「………放送=H こんな所で、放送があるのか?」

 吉雄の怪訝な声―――それに、浅葱は続けた。

「皆がおかしくなったのは、放送の所為………。彼らってことは、この人は変わってないんだろうか?」

 浅葱の言葉に、吉雄は頷く。そして、最後の天板―――其処には、たった一言。

 

 

 

 コロサレル

 

 

 

「………殺し合いが始まったのか?」

 浅葱の言葉に、吉雄はその天板を眺め――――首を振った。彫られた所を指で擦り、天板のない机の数を眺め、口を開いた。

「ここに在るのは、三枚だけだが、天板のないのは五つ。あと二枚、どこかにあるはずだ。それを、探そう」

 他にあるはずの二枚の天板。

 

 

 しかし、旧校舎を隅々まで探しても、その二枚はどこにもなかった。

 

 

 

 

 新校舎組の二人は、1階から新校舎に入っていった。

「………結構、荒れているね」

 巨漢の恭は、そう言いながら新校舎の中に視線を向けた。

 廊下は、ガラスが割れ、扉は大破していた。旧校舎よりも酷い荒れ様に、恭は小さく震え、言葉を続けた。

「前言撤回、酷いね」

「確かに、酷い荒れようだね。………どうしたんだろう?」

 梢は、最寄りの教室を見る。中は、廊下以上に酷い荒れ様で、電灯までもが破壊されていた。それどころか、窓が一つ残らず、壊れていて、酷い所では、壁に穴まで開いている。

 恭を前に、梢達は新校舎を進んだ。廊下には割れたガラスが散らばっており、大変危険な状況だった。

 一通り1階を見渡し、二人は2階に上がる階段を探した。

 しかし、全ての階段が机でバリケードを張っており、上がれそうになかった。

 1階の奥、突き当たりにある階段を前に、梢が泣きそうな声を上げた。

「………どうしよう」

「これは、どうしようもないよね。………戻ろうか?」

 恭の言葉に、梢は頷きながらも、「一応、下も調べよう」と言った。恐いのを押し殺しての発言に、恭は微笑む。

 二人は、1階の教室をしらみつぶしに探した。1階は、旧校舎と同じようで、職員室や放送室、そして保健室などが、ずらっと並べられていた。それを示すプレートはひび割れ、黄色く淀んでいる。

 職員室は、そして散乱した机や様々な書類など、他同様に酷い荒れ様だった。

 何か使えそうなものを探すが、特に使えそうなものは見つからなかった。カッターナイフなどを期待していた恭は、小さく溜め息を吐くと、携帯の時計を見る。

 時刻は、十一時半ほど。入るのに手間取ったせいか、思うように進まなかった。

梢に、声をかける。

「保健室を探したら、戻ろうか? 危ないし、ね」

 恭の提案に、梢も頷いた。廊下に出て、突き当たりにある保健室―――其処の扉を、開けた。

 絶句する―――思わず息を飲むような、異臭。驚いた恭は、梢を手で制した。脅えた眼差しを向ける梢へ、恭は視線を外さずに首を振る。

「見ないほうが、いいよ。………ここで、待っていて」

「う、うん」

 不穏な空気を感じたのだろう、梢が一歩下がる。それを見て、恭は小さく息を吐き、静かに保健室へ足を踏み入れた。

 

 

 ――――血。保健室に張り巡らされたカーテンには、明らかに人のものと思える血が、点々と存在していた。そのカーテンは、風に吹かれてゆらゆらしている。

 鉄の錆びたにおい―――そっと、あたりを見渡す。明らかに争った形跡、そして誰かの靴が片方だけ、其処に置いてあった。

 息を飲み、恭はカーテンに手を触れた。持っていた包丁のついた棒を握り締め、一気にカーテンを開く。

 悪臭が、最初に訪れる。そして、物凄い数のハエ―――その先には―――――

 人の頭蓋骨が、ベッドの上に落ちていた。

 一瞬、言葉を失う―――が、恭はすぐに表情を戒めると、その周りを観察した。

 頭蓋骨は、何かに噛み砕かれた跡があった。頭蓋骨に少しだけ張り付いていた皮膚には、血糊とべったりとした髪の毛―――そして、眼からはウジがわいていた。

 胸の辺りが、ムカムカしてきた。死者に嫌悪感を抱くわけにも行かないが、あまりにも酷すぎる。

 恭は、近くのシーツでその頭蓋骨を覆う。乱れ始めた息を何とか整えながら、保健室を飛び出した。

 中を覗き込もうとしている梢を、恭はその巨体で遮った。いつもの温和な彼とは違い、真剣な表情のまま、つげた。

「皆と合流しよう」

 

 

 

「………先輩、どうしたんですか?」

 黎徒からやや離れた場所に居る宗が、黎徒に声をかけた。旧校舎を見上げていた黎徒は、その声に気がつくと、振り返りながら、答えた。

「いや、随分、古いと思ってな。そのわりには、丈夫だが」

 黎徒は、宗と共に学校の回りを見渡していた。校舎をぐるりと囲むような森は深かったが、南側には海が見えた。海沿いに立つ学校というのも、こういう状況でなければ楽しめるだろう、と実感している。

「………先輩。これから、どうするんですか?」

 訝しげな彼女の視線―――それを受けながら、黎徒は持っていた包丁の槍を彼女に預けると、体の隅々を確認するように動かす。そのまま、告げた。

「食べられるキノコとかを探すぞ。その槍は、お前が持ってろ」

 そういい、黎徒は宗と一緒に森へと入っていった。

 うっそうと生い茂った森―――その中で、黎徒は地面を這うように、体を低くしていた。その後ろを、槍を抱きかかえながら、宗がついていく。

「………先輩、なにをしているんですか?」

「キノコか山菜を、な。………お、これ、ワラビじゃないか。それに、野蒜もあるな」

 そういい、黎徒は山菜をどんどん抜いてゆく。宗は、感心しながらも、油断なくあたりを見渡しいていた。

「そう、警戒するな」

 黎徒はポン、と宗の頭を叩き、キノコをかじった。すぐにペッと吐くと、それを投げ捨てる。違うキノコも小さくかじったが、それは捨てなかった。

 そういうことをしながら、黎徒は続ける。

「確かに、今いる状況は、不安だ。でも、俺らの中で誰も取り乱していないし、差し迫った危険も無い。………どうにか、して見せるさ」

 黎徒の言葉に、宗は「はい」と小さく答えた。そして、訝しげに見上げる彼女は、小さく口を開いた。

「それ、なんですか?」

 宗の疑問に、黎徒は話を続けた。

「………万能じゃないが、キノコの判別法だ。少しだけかじって、舌の上や先にピリッと痛みがあれば毒キノコで、それ以外は普通のだ。ちなみに、色が毒々しいからといって喰えないわけじゃないからな。ま、今は、食べた事のあるキノコを探している所だ」

 黎徒の説明に、宗は納得したように頷いた。そして、近くのキノコを取ると、小さくかじって、すぐに吐く。口をふきながら、ぶっきらぼうに告げた。

「………まずいです」

「はは、無理すんな」

 小さく笑い、黎徒は立ち上がった。「これぐらいでいいだろう」と小さく呟くと、黎徒は宗へ、提案した。

「海辺まで、行ってみよう。うまくいけば、ここの場所ぐらい把握できるかもしれない」

「はい」

 少しだけ緊張がほどけたのだろう、宗はさっきよりも黎徒に近付いてきた。取っ付きにくい性格だったが、どうやら体の距離がそのまま信頼の距離に繋がっているらしい。

 海は、アクアマリンの色を浮かべる、綺麗な海だった。真っ白な砂浜、照りつける太陽は、今の状況でなければ、常夏の楽園という所だろうか。

 海の向こうには、幾つかの島が点々としている。それに人がいるのかは、わからなかった。

「………綺麗、ですね」

「そうだな」

 そう答えながら、黎徒は上を見上げた。

 高いヤシの木―――その上にあるヤシの実をみて、小さく息を吐く。

「何個か取ってくるか………。宮内、包丁を貸してくれ」

 宗から包丁の槍を借り、包丁だけとって口にくわえる。そして、ヤシの木をのぼり始めた。運動音痴だと自負していたはずの黎徒は、するすると登っていき、ヤシの実を斬りおとす。

いくつか斬りおとした後、黎徒はのぼったときの要領で、するすると降りてきた。

 包丁を槍にし、また宗に預ける。落としたヤシの実を拾い上げているとき、宗が声をかけてきた。

「先輩、けっこう、運動神経、いいんですね」

 黎徒の見た目は、どこかの引きこもりの学生と変わらないが、今の動きはその外見に似合わず、さらには彼の印象を打ち消して足るものだった。

 意外な後輩の尊敬の眼差しを受け、黎徒は苦笑する。

「………まぁ、な。それほど自慢する事でも無いが」

 黎徒はそう告げ、次に宗にヤシの木を示した。訝しげに首を傾げる彼女へ、少しだけ笑い、告げた。

「ヤシの木、少しだけ斬ってみろ」

 言われたとおり、宗はヤシの木を切ってみる。そのところから、樹液が少しだけ流れ出す。それを、黎徒は少しだけ嘗めた。

 やってみろ、と首で示す。恐る恐る、といった様子で宗は、それを指ですくい、嘗めた。

「………甘い」

 宗が驚いた表情を、黎徒は始めてみた。少しだけ微笑みながら、黎徒は答える。

「ビックリだろ? ヤシの実よりも、こっちの方が甘いんだ。戦時中は、これが一番の食料だって、爺ちゃんが言っていてな」

 少しだけ微笑み、それらを持って、黎徒は宗へ、告げた。

「戻るか。十分だろ」

「………はい」

 宗は、黎徒の後ろをぴったりとついていった。

 

 

 全員が集合したのは、旧校舎2階の右端にある教室だった。

 黎徒たちの持ってきた食料を調理しながら、それぞれ見つけた収穫を報告しあった。香ばしいにおいが漂う教室の中で、黎徒は口を開く。

「謎の死体に、日記のような天板か。………新校舎は、ほとんど捜索していないみたいだし、午後はそこの捜索か?」

 黎徒の問いに、吉雄が頷いた。恭は、少しだけ気分が悪いのか、力無く頷いている。とはいえ、この暑さに午前中の探索―――疲れているのは、恭だけではないようだ。

 焼きキノコをかじりながら、黎徒は教室の黒板にこの校舎の見取り図を書いた。

 海は、ほとんど目と鼻の先だ。グラウンドもあったが、ほとんど雑草で覆われていて、名残はその向こうに倉庫もあるぐらいしかわからなかった。

「新校舎の1階、保健室に死体、か。危険だ、って考えたほうがいいのか?」

 吉雄の言葉に、浅葱が頷いた。

「この日記では、放送があった後、狂ったとある。それほど、衝撃的な放送があったんだろうな。それが、どのようにして行なわれるかは、わからないが………」

 謎の放送=\――――少なくとも、校内放送ではない。電気はきていないし、そういう設備があるようには思えなかった。

 唯一あるであろう、新校舎の放送室の設備も、壊れていたり電源が無かったりして、使えそうに無い。

 とにかく、と浅葱は無理やり話を区切った。

「午後は新校舎の2階に渡り廊下のバリケードを壊して、行ってみるッ! ………それで、いいな?」

 睨み付けるような浅葱の言葉に、黎徒達は頷いた。とはいえ、午前の捜索で疲れている人間は、置いて行くことになった。

 行く事になったのは、黎徒と浅葱、そして梢だ。宗と吉雄、恭はゆっくり休んで、夜の見張りに回るらしい。黎徒としては、男子だけで行きたかったが、そうも行かないようだ。

 一行は、2階の渡り廊下に来ていた。昨日は、差し迫っていた状況ではないので、このバリケードを破ろうとはしなかったが、今は違う。

「それじゃぁ、壊すぞ?」

 黎徒の声―――頷く二人を見て、黎徒は気合を入れなおした。小さく息を吐くと、黎徒はゆっくりと腰を落とし、構えた。

 気合一喝、バリケードへ跳躍し、回転し、足を叩きつけた。全体重を乗せた蹴りは、バリケードを構成していた一部の机を吹き飛ばし、ついでバリケードが崩れ落ちた。

 机を押し退け、道を作る。まっていた二人へ、声をかけた。

「ほら、行くぞ」

 黎徒の言葉に、梢が反応して、歩く前に、浅葱が小さく呟いた。

「………サバット」

「え?」

 振り返り、驚きの表情を浮かべている浅葱へ、梢は怪訝な顔を向けた。浅葱は、その表情を崩さないまま、告げた。

「フランスの国技だ。………見間違え、かも知れないが」

 浅葱は小さく頭を振ると、「見間違えだ」といい、歩き出す。その後ろをついていきながら、梢はふとした、寂しさを感じた。

 もし、浅葱の言っていることが本当だとしたら。黎徒は、何かを隠していることになる。

 少しだけ前を歩いている黎徒を見ながら、梢は小さく、震えた。

 黎徒は、少しだけ振り返り、それでも前だけを見た。

 二階は、酷い有様だった。ガラスは砕け散り、扉や壁は大破―――そして、ところどころにある、黒く霞んだ―――――血。

「………酷いな」

 平常心を保ちながらも、どこか震える浅葱の声。

次の瞬間、梢が崩れ落ちた。慌てて抱きかかえた浅葱と同時に、梢へ黎徒は駆け寄り、状態を見る。

「………失神、か。確かに、酷すぎるな」

 梢が立っていた場所―――其処から見えるのは、一つの教室。其処を見た瞬間、胸が焼けるように、熱かった。

 教室の中は、一面の赤―――そして、中心にぶら下がっているのは、首をつった死体。

 

そして、滴る血――――――。

 

人の死体が、何かを誇示するように、吊るされていた。

 黎徒は、浅葱に視線も向けず、告げた。

「お前達は戻ってろ。………ここからは、俺が行く」

 黎徒の言葉に、浅葱は、頷くしかなかった。梢をおんぶし、走っていく彼女達を見ながら、黎徒は大きく溜め息を吐いた。

 教室に、足を踏み入れる。ピチャ、という水をふむ音が、耳に響く。

 死体は、死んで間もないものだった。近くに踏み台、そして縄が吊るされている事から、彼は自殺したのだと、確信する。

 死因は、脊髄脱臼。首吊りで死んだ男を、何かの怪物が襲い掛かり、死肉を漁った――――それが、自然動物の類かは、分からない。

 男の近くには、壊れた携帯電話が落ちている。それを持ち上げると、黎徒は歯を食いしばり、呟く。

「………くそったれが」

 ピシッという、携帯電話の壊れる音と小さな声が、あたりに響いた。

 

 

 

 黎徒が戻ってきたのは、夕方過ぎだった。死体をおろし埋葬した、といった彼は、つかれきった面持ちで、新校舎のことを話す。

「他にも死体が四つ、それぞれが違う殺され方で、落ちていた。………眼を背けたかったが、なにより、何に襲われたのか知らなければいけないと思ったからな」

 黎徒の言葉――――それに、全員が息を飲む。

「体長は、少なくとも一m以上、爪があり、何か触手みたいなものを持ってもいるな。鋭い牙で、頭蓋骨を食い潰す―――――なんだか、全く分からないな」

 重い空気。暗くなり始めた闇夜を見上げ、黎徒はそれでも、不敵な笑顔で告げた。

「心配するな。相手は、恐らく一匹――――絶対、全員で帰ろう」

 黎徒の言葉に、全員が苦笑する。苦笑したものの、誰もが思っただろう。

(………生きて帰れるのか?)

 それを、代弁した奴がいた。

「生きて、帰れネェ、かもな」

 そういったのは、吉雄だった。鼻で笑い、小さく肩をすくめあげると、口を開いた。

「だって、そうだろ? 発見もされネェ、逃げる方法もネェ。………どうしようもないな」

 それは、誰にも答えられなかった。

 

 その後、皆は夕食を取った。軽くつまむ程度だったが、恐怖を和らげるものらしく、この頃になると皆にも笑顔が戻ってきていた。

「………そういえば、ヤシの実の内側の皮は、イカの触感がするんだ」

 黎徒はそういい、ヤシの実を二つに割った。白い部分―――其処を包丁で斬り、興味津々の梢に渡した。梢は、少しだけ怪訝そうな顔を浮かべながらも、塩をつけて口に入れる。

 咀嚼して、呟く。

「………触感は、そうだけど、甘い」

 黎徒は、苦笑した。

 二十二時―――見張り以外の全員が、床に着く。最初の見張りである黎徒は、梢と共に昨日と同じ場所で、座っていた。

 梢が、それでも元気な声で告げる。

「ごめんね、………なんか、気絶しちゃって」

「気にするな。誰だってそうだ。………俺だって、ちびってる」

 ハハハ、と互いに軽く笑いあう。笑い終えた後、しばらく無言だったが、やがて、梢が口を開いた。

「………皆、帰れるよね」

「帰す」

 間を置かず、黎徒が告げた。それに梢は優しく微笑み、頷いた。

 今日も、彼女は昨日の格好のままだった。誰もが着替えていないが、まだ長袖を着ている彼女へ、軽い口調で告げた。

「なんで、まだ長袖を着ているんだ? 暑いだろ」

「………」

 無言、だった。いつも明るい彼女としては珍しいその態度へ、黎徒は訝しげな視線を向ける。

 やがて、口を開いた。

「………堤杜くん、ひとつ、聞いてもいいかな?」

「………なんだ?」

 搾り出すような彼女の声――――嫌な予感がしながらも、黎徒はそれを許した。

 そして、彼女は口を開いた。

「どうして、いつもどおりでいられるの?」

 

 知っている、幼馴染のもの悲しいその声。

 

 それに、自分はどう答えるべきだろうか。そう考えている黎徒へ、梢の言葉が響く。

「朝、会ったときから、いつもの様子だったよ? 浅葱ちゃんや宗ちゃんだって、ずっと混乱している。私だって、いつもよりも明るく振舞わなくちゃって。………でも、その中で、堤杜くんの冷静な態度が、浮かび上がってくるの」

 泣き声のような、震えた声。幼馴染を、得体の知れない恐怖が、押し潰そうとしていた。

「ずっと、いつも前にいて、いつもの冷静な態度で、見ていた。あの死体を見た時だって、震えもしなかったし、脅えもしなかった」

 彼女は、震えていた。それを肩で感じ、黎徒は苦笑する。小さく笑いながら、黎徒は口を開いた。

「俺だって、混乱しているさ。ただ、冷静でいなければ、って思うだけだ」

 黎徒の言葉、それを聞いていた梢は、小さな声で「そうだよね」と頷いた。納得したのか、と思った黎徒へ、彼女は口を開く。

「変わったよね、堤杜くん。………六年前から」

 六年前――――この前の、神隠しの金曜日≠フ被害者―――――それを思い出しながら、黎徒は鼻で笑った。

「………そうか?」

「うん」

 その言葉に、黎徒は少なからず、驚いていた。自分はソレを知らせないように精一杯振舞っていたし、他の人間は気がついていない。

 それでも、彼女は知っていた。どうやら、ずっと昔から気付いていたらしい。

「………どこが、変わった?」

「無関心になった。………でも、どこか寂しそうだった」

 成る程、と自分でも納得する。それは、確かに彼女に分かる事かもしれない。

 彼女は、優しかった。人を傷つけるのも嫌い、傷ついてでも人のことを知りたい―――――優しすぎるのだ。

 溜め息を吐き、黎徒は視線を前に向けた瞬間、絶句した。

 

 

 

 闇に、ソレはいた。

最初は、闇が蠢いていると思ったが、ゆっくりと進み出てくるソレ―――異物だった。

灰色の身体に、流動線状の躯、そして、二本の腕――――明らかに、人間ではない。足は骨と血管だけなのか、異様に細く、そして頭が異常に大きい。

 エイリアン――――その単語が、ぴったりとはまった。その瞬間、黎徒は叫んだ。

「全員起きろッ!」

 突然の叫び――――梢が驚くよりも早く、黎徒が突き飛ばす。慌てて扉の中に自分の体を入れた瞬間、何かが廊下の突き当たりに、突き刺さった。

 触手―――そう考えた瞬間には、扉を閉め、鍵を閉めた。

 ザッと、距離を取る。何かが這いずる音。それを聞きながら、黎徒は全員を起こした。

「な、ど、どうした?」

「いいから、早く起きろ。恭、お前もだッ!」

 慌てた様子で全員を起こし、黎徒は荷物を纏める。ようやく起きた吉雄達も、外から聞こえる不穏な空気に、体を強張らせた。

「ど、どうしたの? 堤杜くん?」

 梢の脅えた声―――それを聞きながら、黎徒は恭に荷物を渡し、答えた。

「外に化け物がいる。………なんなんだ、あれは?」

 そう呟いた瞬間だった――――――――ずっと沈黙していた校舎の、スピーカーが鳴り響いたのは。

『――――こんばんは、高校生諸君』

 

 

 

 それは、スタートの合図だった。

 

 

 

 スピーカーから聞こえてきた声は、老人のものだった。老人のものだったが、それは無機質で、感情のないものだ。機械音声だと気がつくのに、そう時間はかからない。

 声は、続く。

『諸君等は、世界でも有名な『神隠しの金曜日』というものに遭遇している。それは、身に余る光栄だと思って欲しい』

 何が光栄だ、と黎徒は吐き捨てる。油断なく扉を見張りながらも、手元で持ってきた薬品を調合していた。他の全員は、放送に聞き入っている。

『さて、君達は後半組だ。前半組はもう、君達の前にいる怪物に、喰われていてね』

 声の言葉――――それに、誰も言葉を発しなかった。静かに扉の向こうにいる怪物へ、視線を向けた。

 声は、続く。

『彼らは生物兵器、コミュート≠ニいう。食料は人間、意思は持っているし、貪欲だ。君達みたいな若い肉が好きでね。骨も残さない』

 黎徒は、その瓶をいくつか浅葱に渡す。放送に驚き戸惑っている彼女へ、黎徒は告げた。

「これは、簡易爆弾だ。割れた瞬間、中の粉末が発火、そして融合して爆発する。気をつけろよ」

「つ、堤杜、お前、何を――――?」

 浅葱が何かを聞くよりも早く、放送が続いた。

『君達は、コミュートの餌だ。定期的に人間のような栄養豊富な餌を与えないと、彼らも死んでしまうしね………。とはいえ、私たちも鬼ではない。ここは、ゲームをしようか』

「ゲームだと………?」

 吉雄の苛立つ声―――それに答えるように、放送が続いた。

『ルールは簡単。私を見つけてくれたまえ。私は、この島のどこかにいる。私を見つけられたら、ここから出してあげよう。ま、今まで日本人は、三十六名かな? 挑戦して、全員が死んでいるけどね』

 スピーカーから鳴り響く、高笑い―――それを聞いていた浅葱が、忌々しく歯軋りをする。

『さて、では健闘を祈ろう』

 そういった瞬間、ブツッと音が消えた。次の瞬間、廊下から大きな叫び声が、聞こえる。

 それらを見て、宗は梢の影に隠れた。梢や浅葱も、さすがに驚いているようだ。

 ただ一人―――否、二人は、いつもの調子だった。黎徒と恭は、それぞれ纏めた荷物と武器を持ちながら、話をしている。

「恭、俺があれをひきつけるから、その間にみんなで逃げろ。場所は、前の新校舎3階に無事な部屋があった。そこで、バリケードを張れ」

「………わかったよ。気をつけて」

 放送を完全に無視していた、黎徒―――そして恭は、すでに話し合いを始めていた。恭は、黎徒の言葉に頷いて、全員を集める。

「………何を言っているんだ? 二人とも」

 浅葱の言葉―――――それに、黎徒は事も無げに言った。

「俺が囮になるっていってんだ。前からあの怪物を誘い出すから、後ろから出て行け」

 そういって、黎徒は包丁のついた槍を掴む。口にさっき調合していた薬瓶をくわえ、近くの窓を開けた。

 怪物―――コミュートは、前の扉の近くにいる。恭は、その大きな体で皆を後ろの扉に押しやると、小さな声で告げた。

「扉を開けたら、全力で走ってね。場所は、向かいの3階だよ」

「で、でも堤杜くんが」

「いいからッ!」

 何かを言おうとする彼女達を押し切り、黎徒は前の扉を開けた。

刹那、扉の四隅から伸びる、長い触手―――それが、扉ごと黎徒を吹き飛ばした。

 ゆっくりと入ってくる、怪物―――それを、全員が確認した後、恭は叫んだ。

「行ってッ!」

 何かを言うよりも早く、視界の隅で、怪物が黎徒に襲い掛かり―――――視界が、ぶれた。

 其処から先は、無音だった。怒声や悲鳴、破壊音が鳴り響いていたはずなのに、無音だったのだ。

 精一杯、走り出す。渡り廊下を渡り、新校舎の三階―――階段で、窓の向こうを振り返った。

 怪物が、暴れている。それを見た瞬間、恭が押し出した。

「走ってッ!」

 全てが終わり、状況が理解出来たのは、夜明けと同時だった。

 

 

 

 新校舎の3回、北側。突き当りではなく、左右の階段の間にある教室で、皆は上がった息を整えていた。

 恭は、扉に鍵を閉めたまま、扉の窓から外の様子を窺っていた。その表情はいつもの表情で、いささかの疑問も無い。

 破壊音は、鳴り止んでいた。その頃になってようやく、浅葱が口を開いた。

「何で、堤杜が残っているんだッ!」

「囮だよ。彼も、そういっただろう?」

 事も無げにそういう恭を、吉雄は掴みあげた。怒り心頭の表情で、叫んだ。

「テメェッ! 黎徒を見捨てたのかよッ!」

 その手を振り払い、恭は首を横に振った。それでも通路の先に視線を向けたまま、告げた。

「あの時、一番状況を把握していたのは、僕と黎徒だけだった。あのまま全員で逃げても、皆殺しにあうだけだよ」

「それで、先輩を見捨てたんですかッ!」

 宗の叫び。

それに、恭は何も答えなかった。其処からは、何を問いかけても彼は何も言わず、ずっと扉に居座っている。

 夜明け―――ようやく、皆が落ち着いてきた頃、浅葱が口を開いた。

「………そろそろ、話してくれないか? 北方。………お前達は、何を知っている?」

 浅葱の言葉―――それに、恭は苦笑したまま、答えた。

「何も。………少なくとも、あんな化け物は、見たことが無いし、居るとはね」

 恭の言葉に、全員が押し黙る。目の前の巨漢―――脂肪だらけの男は、小さく首を振ると、告げた。

「これからどうするか、簡単に説明しようか」

 恭の言葉―――それに、誰もが驚きの顔を向けただろう。それを無視し、恭は近くの黒板に近付くと、つげた。

「コミュートは、夜にしか行動しない。そうは言っても、たいした確証も無いんだけど、恐らく間違いないと思う。………僕達は、朝のうちに武器や、安全な場所を探そう」

「………どうして、お前が仕切ってんだよ」

 吉雄の言葉――――それを聞いて、恭は訝しげな視線を向けた。

「でも、今までは黎徒の指示に従ってたよね? それと、同じだよ。残り四日、精一杯戦わないとね」

 そういう恭を、誰もが訝しげに思っていた。しかし、誰も何もいえない空気が続き、朝食は乾パンと水だけだった。

 その後、午前中はこの教室にいた―――――が、黎徒は其処に来なかった。

「………北方」

 奇妙な空気の中、浅葱が口を開いた。ずっと扉を眺めていた恭は、その言葉を聞いて、静かに聞いた。

「どうしたの?」

「………堤杜の様子を、見に行かないか? もしかしたら、怪我をしているのかもしれない」

 浅葱の言葉に、恭はしばらく悩んで、頷いた。

「そうだね。そろそろ、様子を見に行ってもいいかな」

 恭の承諾を受け、一行は元の教室に向かっていった。

 旧校舎2階、東側の突き当たりの教室は、荒れ果てていた。爆発の跡が数箇所、そして、コミュートの物だと思われる千切れた触手に、ぽつぽつとたれた血――――――それは、窓の外に向かっていた。

 窓の外は、何かが通った跡が続いていた。それは、深い森を抜けている。

 梢は、走り出した。その後に、全員がついていく。

 玄関から飛び出し、倒れた木々の間を走り抜ける。その先にほろがる海――――それに、嫌な予感がした。

 森が開けた先には―――――崖が、広がっていた。

 切り立った岩肌。

そして、打ち付ける波飛沫。

崩れ落ちた崖――明らかな、爆発の跡。

眼下の岩肌には、あのコミュートと呼ばれる怪物の破片が、黒く変色して落ちていた。まるで、人の柔肌のような皮膚に、赤い血管、そして、口しかない顔――――それが、切り出した岩肌で、肢体をバラバラにしていた。

 死んでいる。そう確認だけは、出来た。

 

そして、そこに落ちているものを、見つけた。

 

黎徒の、携帯――――そして、血糊。

 

 

 梢の叫び声が、辺りに木霊した。

 

 

 


 




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