人外の災厄など、地球上から見れば天災に比べ、取るに足らない事象なのかもしれない。どれほど人が死のうが、地球が直接滅びるわけではないからだ。
しかし、世界は確かにその人物だけのもの―――――自分の信じたものがなくなれば、世界はどうなるというのだろうか。
その分からない一瞬の出来事へ思いをはせながら、世の中に現れるだろう。
1994年 12月 9日、金曜日。
新しい年を迎えるために、多くの人間が喧騒にもまれる、師走の頃――――事件は、静かに起こった。
最初にそれが発覚したのは、東京だった。
東京都浅草に住む高校生が、その日突然消えたのだ。下校時に友達と別れ、家に向かうといった所で、掻き消えるように、まるで神隠しのように消えた。
その時刻とほぼ同時に、約十一名の高校生が、日本各地で消えていたのだ。無論、警察も組織ぐるみの犯罪と断定し、様々な捜査を行なったものの、消息は不明だった。
2005年 12月 9日、金曜日。
世界が年末に向かって様々な追い込みにかかる中、突然人がいなくなった。
その数、十二名。場所はそれぞれ違うものの、ほぼ同時刻に誘拐され、行方不明となった。無論、二回目の集団誘拐として、しかも時期が時期なだけに、日本の警察も日本のみならず、特に東南アジアを中心に全世界と協力して捜査を続けたのだ。
しかし、捜査は一向に進展もなく、世界中が落胆する結果となった。
そして、いつの日か人はこう言うようになった。
『神隠しの金曜』と――――――――――
End of bread
1、静かなる闇
キ〜ン、コ〜ン、カ〜ン、コ〜ン――――‐‐‐‐‐‐‐。
音程の高さ、質の違うチャイムが鳴り響き、放課後の到来を告げた。
その音を聞きながら、堤杜 黎徒は大きく欠伸をし―――――眼に浮かんだ涙を、腕で拭い去った。そして、教室の中を見上げる。
際立って壮麗な顔立ち――とは言わないものの、それなりに整った顔に、面倒臭そうな眼差しとへの字の口をつけ、短い赤毛をつけた者―――それが、慌ただしくなり始めた教室を、見渡す。
机から開いていない教科書を取り出し、鞄の中に押し込んでいると、後ろからいきなり声をかけられた。
「黎、帰ろう」
そういわれ、振り返る―――と、そこには、友人の北方 恭がいた。名は体を現す、という格言をものの見事に粉々にした百二k、顎のラインは見る影もなく、趣味も無いという至極破局な人間である。
とはいえ、黎徒はそんな彼と一番の親友だった。その理由は、誰も知らない。
その友人を見て、黎徒は大きく溜め息を吐き、彼を引き止めた。
「忘れてないか、恭。・・・俺は、今日委員会だ」
「あ、そうだっけ? そういえば、図書委員会だったな」
ようやく思い出し、恭は大きく溜め息を吐いた。残念そうに振り返りながらも、彼はその巨体を震わせながら、歩き出す。クラスメイトを掻き分け、彼は教室から出て行った。
その後姿を見送り、黎徒は鞄を肩にかけながら、呟いた。
「さて、行くか」
黎徒が通う東池上高等学校は、生徒数千人を越える巨大高校だ。それに比例するように蔵書数も豊富で、図書は別館として離れた場所に建てられていた。
そこに入り、彼はカウンターの向こうがわ――――ガラス張りの管理人室へ、足を踏み入れる。
そこにはすでに、多くの人間がいた。図書室の先生が二人、そして、同じ図書委員会の人間が、二人――――新しく入ってきた蔵書に、バーコードラベルを貼る作業をしていた。
「あ、堤杜くん」
黎徒の存在に気が付いたのは、ラベルを貼っていた片方の女子生徒。
斎藤 梢。同じクラスではないのだが、小中高と同じ学校に通っていたせいか、それなりに面識のある子だ。
清楚な顔立ちと同じ、優しい性格、そして薄くも申し訳程度に施された化粧に、長く艶のある黒髪。大和撫子というに相応しい彼女は、ラベルを張る手を止め、太陽のような笑顔をこちらに向けた。
そして、一瞬で表情を強張らせ、唇を突き出しながら、不機嫌そうに告げた。
「遅刻だよ、遅・刻。私と宗ちゃんとで、ほとんどやっちゃったじゃない」
「そうか。悪い」
そう言いながら、黙々と作業を続けるもう片方の女子を見た。
宮内 宗。短いおかっぱ頭に、物静か―――冷淡とも取れる眼差しを静かに見下ろす、クールな女子―――二年下の、一年生だ。あまり顔見知り、というわけではないが、学績が優秀で、よく黎徒の耳に届いてもいた。とはいえ、性格には難がある。
その彼女にも聞こえるような声で、黎徒は声をあげた。
「これでも急いできたんだ。ま、この埋め合わせは、必ず」
そういい、適当な所に荷物を置く。そのまま辺りを見渡し、近くにいた先生に声をかけた。
「海棠先生、俺は何するのですか?」
右手で優雅に紅茶を飲みながら、左手で器用に小説を読む、男の先生。
海棠 剛志。眼鏡と端麗な顔立ちをした先生で、それなりに女子生徒に人気がある先生は、小説を置きながら軽い口調で答えた。
「それでは、ラベルを貼った本を、本棚に入れてきてください。ほら、キャスターは付いているので」
指先にある箱―――キャスターつきの中に何十冊と入っている本を見て、黎徒は露骨にいやそうに眼を細めた。
しかし、それに気が付いた様子も無く、海棠は本に没頭し始めた。頭を掻きながら考えていると、ラベル作業が終わった梢が、おずおずと声をかけてきた。
「堤杜くん、大丈夫? 手伝おうか?」
梢の言葉に、黎徒は頬を掻きながら、彼女を一瞥後、呟いた。
「いや、いい。俺がやる」
そういうと、そのまま箱を押し始める。所在なさげに手を出していた梢へ、海棠は一目見て、呟く。
「ま、彼もああいう性格ですし、任せてもいいでしょう」
そういい、御茶を飲み干した。
―――――――この学校は、伝統のある学校である。
確か、黎徒が最初に聞いた校長の言葉が、それだった。今年が終わり、来年になれば創立八十周年を迎え、大々的に祝うらしい。
しかし、黎徒たちには、関係ない。来年で卒業するからだ。
本を本棚に入れながら、黎徒はチラッと自分の懐中時計を取り出し、日付を確認した。
《2011年 12月 7日 (水) 4時 20分》
そう。あと四ヶ月足らずで、彼は高校課程を修学し、社会にでるのだ。
高校卒業後の進路は、決まっていない。フリーターやニートでもいいから、とにかく静かに生活したい、そう希望届けに書いていた黎徒だった。
「堤杜くん。手伝うよ」
そう声をかけられ、黎徒は振り返った。
梢が、満面の笑顔でこちらを見ていた。感謝の言葉を待っているわけでもなく、そのまま勝手に箱から本を取り出すと、本棚にしまい始める。
それを横目で見ながら、黎徒は小さく呟く。
「お人よしだな。相変わらず」
「そ、そうかな?」
返答しながらも、彼女は片づけをやめようとはしなかった。黎徒も、別に咎める事なく作業を再開した。梢のおせっかいも、すでに慣れている。
黎徒は声をかけることは、ない。隣に誰がいて、何をしようが基本的に干渉しない。その代わり、彼自身も人から干渉されるのも極端に嫌うのだ。
彼女もそれを知っていたが、やがて沈黙に耐えられなくなったのか、梢が口を開く。
「堤杜くんは、卒業したらどうするの?」
そう聞かれ、黎徒は本をしまった格好のまま、しばらく目線を宙に動かした。やがて、屈んで本を取り出しながら、適当に答える。
「さぁな。どこぞからかオファーがない場合、適当に食ってくことになるな」
そう言いながら、隣で作業する梢を一目見て、告げた。
「お前は、一流企業からオファーが来ていたな。・・・まったく、たいした奴だ」
「そ、そんな事ないよ〜」
そう言いながら、恥ずかしそうに顔を赤らめ、下を向く。彼女は、天真爛漫で面倒見がいい性格だが、ほめられる事に慣れていないので、対応に困る事がある。
彼女が就職する企業は、通信企業でも一、二位を争うところで、通常高校生へ声が掛かる事は無い。しかし、彼女の成績と人柄から、白羽の矢があたったのだ。
彼女も、きっと昇進するだろう。人を傷つけることができずに、自分が傷つく性格さえ克服できれば、だが。
「………ま、頑張れ」
黎徒にそういわれ、梢は恥ずかしそうに頬を掻き、小さな声で頷きながら、すぐに笑顔を向けて元気に言った。
「堤杜くんも、頑張れッ!」
「俺はいつでも精一杯だ」
一言で言い切り、黎徒はすっかり空になった箱を持ち上げた。あれ程あったのに、二人でやるとどうして早いのだろうか。
ふぅ、と息を吐く梢を見て、黎徒は無表情のまま、礼を言った。
「悪かったな。この埋め合わせは、必ず」
黎徒の言葉に、彼女は嬉しそうに顔をほころばせ、満面の笑顔で答えた。
「あ、だったら、モンドレアールのシュークリームでいいよ♪」
「………分かった。後で届ける」
そう言って、黎徒は歩き出そうとした―――――瞬間、いきなり声が上がった。
「いやぁ、仲睦ましいですね。ご苦労様、お二人とも」
そこにいたのは、海棠だった。いつも生徒に任せてばかりの彼には珍しく、あるいはあまりにも料があって片付けられないと判断したのか、満タンのキャスターを押しながら準備室から出てきたのだ。
その光景を見て、黎徒は軽い驚きを覚えながら、告げた。
「珍しいですね、先生が動くなんて」
黎徒の言葉に、彼は笑顔で頷いた。
「そうですね。では」
そういい、それをそのまま梢に渡す。そして、軽く手を上げるとさっさと準備室に帰って行ってしまった。
黎徒は、軽い頭痛を覚えながらも、海棠の手際のよさに内心感心した。
梢はその性格上、相手に頼まれると(ほぼ強制だったが)断れない。もし黎徒に渡していたら、そのまま付き返していたはずだ。
(………どうせ、新井原あたりにでも急かされたんだろうな)
先生が動く理由、それはひとえに、四人の図書委員の最後の一人にある。それを証明するように、一人の女子生徒が、怒り心頭の表情で図書準備室から出てきた。
肩ほどまでで綺麗に切り揃えられた髪の毛に、特徴のある髪留め。凛と力強い眼差し、そしてその気の強さを強調するような細い鼻筋と輪郭―――学校でも随一、という美貌を持つ女子生徒。
「堤杜」
新井原 浅葱。何の因果か、梢とともに黎徒と小中高と同じ学校だった、俊才の生徒会会長である。
その容姿と人望の厚さ、そして気の強さからか人気はあるらしいが、黎徒にとっては天災ならぬ人災でしかない。大きく辟易しながら、肩をすくめた。
その黎徒の態度を見て、浅葱は怒りの眼差しで睨みつけ、叫んだ。
「貴様ッ! 遅刻だッ! それに、何故海棠先生に頼んだ物が、梢の手元にあるッ!」
「押し付けていったんだよ。………遅刻は、悪かった」
浅葱は、怒りを滾らせながらもどうにか押さえると、視線の矛先を黎徒から梢に移す。その視線に気が付いた梢は、砕けたように笑った。
「生徒会、終わったんだ。大変だったね〜」
「………梢、いやなものは嫌といえ」
はぁ、と親友の性分を考え、大きな溜め息が出たようだ。そして、静かに二人の間を見渡すと、仕方ない、という口調で告げた。
「私も手伝うから、早くやろう。堤杜、手伝え」
黎徒は講義の視線を浅葱に向けようとして、やめた。『浅葱との抗戦』と『本片付け』を天秤にかけ、どうせ腕っ節も口先でも勝てないのだから、精神的にも肉体的にも苦痛を最低限にするため、『本片付け』を取ったのだ。
それぞれが分けられた本を持ち、図書室に散らばる。本を片付けながら、言い出した本人である浅葱を横目で見て、黎徒は胸中で考えていた。
(………アイツ、海棠先生が好きだって、噂になってたな)
噂の出所は分からないが、海棠と浅葱が一緒に帰っているところを誰かが見たらしい。とはいえ、車で帰る海棠と、自転車で毎朝すれ違う黎徒を急かして、しかも帰りも塾に行く彼女が、どうやって海棠と一緒に帰るか、分からない。
ふと、自転車で車の横に付いているのか、とも思い、鼻で笑おうとしたが、あながちありえないことも無いと思い、失笑した。
「手が止まっているぞ、堤杜」
両手一杯の図鑑を持って、黎徒の後ろを通り、近くにどかっと降ろす。屈んで図鑑をしまう彼女を見おろし、黎徒は苦笑した。
「堤杜、何がおかしい?」
全くこちらに視線も向けず、彼女はそういった。それに驚き、それでも頭を振って本を戻す作業に戻りながら、黎徒は答えた。
「なんでもない。思い出し笑いだ」
そう言いながらも、今度は視線を梢に向ける。
(アイツも、隣のクラスの槇原と付き合っているというし)
槇原 敦。サッカー部で運動神経抜群、そして外見もスポーツマン風、性格もおおらかで、女子にかなりの人気がある男子生徒だ。黎徒の周囲は御似合いのカップルだといっているが、実の所一緒にいるところなど見たことがない。
(………二人とも、青春謳歌してるということだ)
あの巨漢の恭と一緒で、一度も女子と付き合ったことのない黎徒は、やや客観的にそう考えていた。彼女たちとは長い付き合いなので気にはなるものの、気になるだけでどうこうするつもりも無いし、彼女を作るつもりも無いのだ。
モテナイし。
「手が止まってるぞ、堤杜」
ドン、と後ろから小突かれ、黎徒は意識を本棚に戻した。静かに本棚に戻しながら、物思いにふける。
(………でも、一番変わっているのは俺か)
山のような本を戻し終わった頃には、すでに暗くなっていた。図書準備室で永遠とラベルを貼っていた宗と合流し、ようやく仕事が終わった。
「気をつけて帰るんですよ〜〜〜〜。寄り道は程ほどに〜〜〜」
先生としてはやや問題があるのではないか、とも思える海棠の声を聞いて、黎徒達は一斉に外へ出た。
ちょうど、靴を履き替えて外に出たところで、黎徒は声をかけられた。
「お〜〜〜〜〜い、黎徒」
大きな声―――それが聞こえた方向を見て、黎徒は相手を見上げた。見上げずとも相手はわかっていたが、改めて確認すると、頷いた。
「ああ、柏原か」
大きく手を振り、グラウンドのほうから歩いてくる人物―――彼を見上げ、黎徒はそう呟いた。
柏原 吉雄。黎徒とは高校からの付き合いで、好奇心旺盛かつ活発に運動をする生徒であり、正反対の黎徒と仲良くなったのは、今でも黎徒の謎でもある。
その長身―――黎徒より一回り大きい彼は、女子生徒に囲まれる黎徒を見て、羨ましそうに声をあげた。
「相変わらず、両手に花、後ろに狂気だな。羨ましい反面、可哀想に思える」
「誰が狂気だ? 吉雄君」
浅葱に睨まれ、吉雄は明後日の方向を見て口笛を吹きながら視線を外した。あまり追求しない黎徒は、静かに溜め息を吐く。
ちょうど皆で帰ろうと決めた時、黎徒が声をあげた。
「用事を忘れてた」
「え? ほんと?」
梢の驚いた声に、黎徒は頭を掻きながら、それぞれに視線を向けて頭を下げる。
「また、明日な。柏原、皆を送ってやれよ」
そういい、黎徒は走り出した。その後姿はあっという間に、闇の中に消えていく。走っていった方向が学校の駐輪場だと気が付く。
その後姿を眺めていた浅葱が、小さく呟いた。
「堤杜、何だって言うんだ?」
浅葱の言葉に、梢は首を横に振る。吉雄は、詰まらなさそうに肩をすくめあげると、女性陣に声をかけた。
「さ、帰りますか」
帰りの方向は違うが、吉雄としては駐輪場まででも女性陣を見送るつもりでは、いた。誠実といえば聞こえはいいが、彼自身黎徒士的に努めようとしているだけだ。下心はないものの、浮ついた気持ちはあったかもしれない。
それを見抜いてか、浅葱はにべもなく告げた。
「吉雄君は、当てにならん。ま、行くか。梢、宗」
浅葱の言葉に、女性陣は頷き、歩いていく。
黎徒への妙な敗北感を感じている吉雄へ、梢は笑顔で声をかけた。
「行こうよ、吉田君ッ!」
「………・ありがとう、梢ちゃん」
声をかけてくれた梢へ、名前の間違いを修正する勇気もなく、吉雄は少しだけ後ろを歩いていた。
「でも、毎月八日だけど、堤杜くんはどこかに行くよね? なんでだろ?」
梢の言葉に、浅葱は少し考えた様子で、すぐに「さぁ?」と首を横に振った。
ついで、吉雄のほうに梢は向き直るが、吉雄はすぐに首を横に振ると、笑顔で答えた。
「プライバシーに深入りするのは、感心しないな。ま、だれかれに迷惑をかけているわけじゃないんだから、いいじゃないか」
吉雄の言葉に、全員が首を縦に振った。
黎徒は、最初に指定された場所へ、たった一人できていた。
場所は、町から少し離れた場所に在る高台。自転車でその場所に来た黎徒は、待ち合わせしている人物を、町を見下ろせる展望台のベンチに座りながら待っていた。
「お待たせして、すみません」
そう言って、黎徒の隣に誰かが座る気配がする。
黒いシルクハットに、黒スーツを着込んだ老人。同じような服装の男二人組が黎徒の後ろの左右に立ち、黎徒の一挙一動に注意を向けているのがわかる。
その二人を無視し、黎徒は老人に向き直ると、告げた。
「明後日、ですね」
「ええ。そうです」
何気ない会話――――そこで交わした言葉に、黎徒は辟易を込めた溜め息を吐く。そして、老人に向き直ると、静かに告げた。
「本当に、今年もやるんですか? 前回の十二人は、全員死んでいたではありませんか。世界でも、動いている。さすがに、怪しまれると思いますけど」
黎徒の訝しげな言葉――――それを聞いて、老人は微笑むと、断言した。
「それでも、やりますよ」
それを聞いて、自分の役割を思い出す。大きく息を吐き、呟いた。
「・・・人のすることじゃ、ないですね。本当なら、断りたいところです」
「それでも、君がやるしかないんですよ。・・・君にしか、できないんですから」
そう言って、立ち上がる。階下の町を見渡した後、老人は静かに視線を上げ、小さく呟いた。
「後には、引けません。我々は、引けないのですから」
そう言って、振り返る。左右のSPも一緒に動き出し、老人の左右に付いた。
その後姿を見もせずに、黎徒は町を見下ろしていた。どこか虚しさ―――それと使命感、そして絶対なる無慈悲。どこか運命めいた、自分の役割。
最後に、老人の声が聞こえた。
「鬼≠頼みますよ? 堤杜 黎徒くん」
その言葉には、何と答えればよかったのだろうか。