八月 九日。

 

 晴海の助言のおかげで、レストランの外装工事は終わった。

穴の中にある害虫を一匹一匹取り出し(これで四日かかった)、穴を木屑で埋め、ヤニで固めた後、塗料を重ねて塗る。単純な作業だが、これはこれで、骨が折れた。

外見に合うように薄茶色を重ねたが、これが意外と風情があって良い感じになったと思う。

「………よし。終わったな」

 顔にペンキをつけながら、孝治は満足げに頷いた。

 今日は、生憎の曇り空で、晴海や真理、そして最近よく来る祐樹の影が無い。

 正確に言うと、晴海は、この間祐樹を連れてきて以来、来ていなかった。

真理は、部活で来ないことが多いが、帰りには必ず顔を見せていく。最近では、それが当たり前みたいな感じだ。夕食をご相伴していくのは、ご愛嬌か。

 牛は、元気に牧草を食べている。

どんなに食べられても、すぐ生えてくるイタリアンライグスの二度目の収穫を終え、冬越えの準備は完了だ。

え? 冬越えの準備早いって? 準備は早めにするべきだよ、ワトソン君。

 未だにシンナーの匂いが取れないレストランの片づけを終え、今日はなにをしようかと悩んでいる頃、それに気が付いた。

「おはようございます。孝治さん」

 レストラン前に立っていたのは、白い日除け帽を被った茜だった。

久し振りに見た彼女は、夏だというのに真っ白な肌で、顔色も悪そうだ。

 彼女が来たのは、この牧場で飼われることとなった牛さん二頭の話である。その為の書類を入れている鞄を持って、彼女は立っていた。

「あ、茜さん。わざわざお越しくださって。………大丈夫ですか?」

「は、はは。ここ最近、寝ていないので」

 何でも、今度行なわれる夏祭りは農協主催らしく、この町にいる農協の事務役職である彼女は、ずっと忙しかったそうだ。しかも、ここ最近ろくに食事もとっていないらしい。

 他の土地なら、こういう事は無いんだろうなぁ、等と、他人事のように考える。なんにしろ、農協の事は、彼女が全部仕切っているのだから。

「でも、今日はお日様が出ていなくて、良い感じです」

 何が良い感じなのか問いただしたかったが、そう言っていられないほど彼女はフラフラだった。

「あ、よろしければ、家に上がっていきますか? それに………何か食べますか?」

 孝治の言葉に、彼女はしばらくボーっとして、ハッと気が付くとしどろもどろになる。

「あ、は、はい、いえ、その………お願いします」

 苦笑しながら、孝治は家――勿論、母屋のほうに上げた。

 

「散らかってますが、くつろいでいってください」

「いえ、綺麗ですよ。はぁ、良いところですね〜〜〜〜」

 興味深そうにあたりを見渡す彼女に苦笑しながら、孝治はキッチンに向かった。

「………さて、何にするか」

 食料は、ほとんどない。とはいえ、昨日五十六じいさんがトマトとズッキーニ等を持ってきてくれていた。という事は、あれを作るしかない。

 トマトの上部を切り落とし、中身をスプーンでくりぬく。

切り取った部分と種を取り除いた中身を千切ったカマンベールチーズと混ぜる。ズッキーニは薄いいちょう切りにして油を熱したフライパンでしんなりするまでいため、塩コショウで味を調えた後、先ほどのトマトとカマンベールチーズを混ぜたものと混ぜ合わせた。

 トマトの容器の中に詰め、暖めておいたオーブントースターで5〜6分焼き、粗挽きコショウを振れば完成だ。

 丸ごとトマトのチーズ焼き。本でも紹介されるほど簡単な料理だが、夏に食べるとなお美味しい。

「では、どうぞ」

 スプーンをさらに置いて、彼女に渡す。彼女は歓喜の声をあげ、顔を綻ばせる。

「夏に暑いものっていうのも、おつですね♪ 頂きます!」

 スプーンですくい上げ、ふうふうと冷ます。そして、一口口に入れ、熱かったのか口をはふはふさせ―――飲み込んだ。

「すっごく美味しいです〜〜〜。ふわぁ、私には出来ないなぁ〜〜」

「作り方は簡単ですよ。重いものですから、どうかと想いましたが、食欲はあるようですね。あ、もう一品も出来たようです」

 孝治がキッチンに引っ込み、持ってきたのは―――トマトのスープだった。金色のスープにトマト、ネギと卵が浮かんでいる簡単なものだった。

 それを口に入れると、茜の顔が華やいだ。

「うわぁ。美味しいです。さっすが、調理師ですね!」

「喜んでもらえればなによりです」

 茜が嬉しそうに食べるのを見ながら、孝治は自分の料理の出来に感心し、頷いていた。

「それで、用事というのは?」

「あ、はい。話というのは、ほかでも無いあの牛さんのことですけど」

 彼女の持ってきた書類に眼を通す。何でも、牛の登録申請書と委託の念書だそうだ。これが無いと法的に遺産として移すのが難しいらしい。

「あ、そうっすか。なら、今のうちに書いておきますよ」

「あ、お願いします」

 孝治が持ってきた料理を食べまくる茜を見つつ、孝治はボールペンを走らせる。書き終わっても止まらない彼女の手を見て、孝治は聞いた。

「どれくらい前から食べてないんですか?」

「ええっと………三日ほど前から。あ、でも、ちょくちょくお菓子を食べていたので、そんなに………」

 言葉を濁す茜に、孝治は苦笑するしかない。

「はぁ………。大変ですね」

 それから茜は、孝治の手料理をたっぷり食べて、のほほんとしていた。食休み用の御茶を出すと、彼女は嬉しそうに口をつけている。

 とつぜん、彼女が口を開いた。

「でも、孝治さんが来てから、晴海ちゃんも変わりましたよ」

「………はぁ?」

 突然の茜の言葉に、孝治が訝しげに声をあげた。その孝治を見て面白がっているのか、笑顔を見せつつ茜は続けた。

「以前から、彼女がちょくちょくここに来ているのは、知っていたんですよ。彼女が小さい頃、ここもまだ、綺麗でしたから」

 曾祖父さん、曾祖母さん共々、齢を一〇〇越えながらも働き続けた夫婦だった、らしい。

数年前―――親に聞いても定かではないのだが、突然、姿を消して以来、二人の消息はつかめていない。というよりは、さすがに死んでいるだろう、というのが警察と家族の見解だった。

 晴海は、十四歳。なるほど、曾祖父母に会っている可能性は、ある。

(というか、ことごとく規定外の存在だな、曾祖父母)

 元気というか、人間じゃないというべきか、そんな事を悩んでいると、茜が言葉を続けた。

「………彼女、本当に人と触れ合った事が無いんですよ。ご家族は、厳格な教徒でして、今は離れて暮らしていますが、晴海ちゃんを殺そうとまでして。親族には、たらい回しにされ、最終的には五十六さんが引き取るまで、様々な偏見や批難を浴びて―――――それでも、彼女は全然気にした様子もなくて。………何か、彼女は私たちとは違う存在なんだと思わされていたんですよ」

 晴海の出生のことは、茜からしか聞いたことが無い。

本人が話したがらないし、五十六じいさんも話そうとはしないからだ。孝治も聞いた事が無い、というのが原因かもしれないが。

 しかし、彼女は笑う。自分の不甲斐無さを苦笑するのか、それともそのままの苦笑なのか、困ったように笑った。

「でも、孝治さんが来てから、彼女は本当に………あの、なんていうか………言い方は悪いのですが、人間っぽくなりました。孝治さんの話をするときは、いつもよりも元気そうなんですから」

「そうですか?」

 孝治としては、苦笑しながらも茜の言葉に怪訝な思いを抱いた。

彼女と出会って以来、彼女に変化がおきたとは思えなかった。いつもどこからともなく現われ、本を読んで帰っていく、変わった女の子だとしか考えていないからだ。

「………俺としては、アイツもまだまだ子供ですよ。真理ちゃんと同じ、中学生。そりゃ、生い立ちが悲惨なものはあっても、頭がよくても、ね。………ただ、挫折はして欲しくないだけで」

 そして、思う。

自分は、あまりにも晴海の事を知らなかったのかもしれない。

 キッチンに引っ込み、少し経ってから孝治が居間の中に戻ってくると、茜が眠っていた。それほど疲れていたのだろう、テーブルの上に突っ伏しながら寝ている。

 彼女に、タオルケットをかけて置く。本当は忙しいのかもしれないが、今はゆっくりとして欲しいからだ。

 そして、孝治は外に出かけていった。

 

 

モー。

 

 

 牛の鳴き声―――そして、牛糞の匂い。孝治は、牛舎の中の汚物を片付け、新しい藁(五十六じいさんから分けてもらったもの)を敷きかえる。これを毎日行なえば、あまりにも酷い臭いはしない。

 そして、一頭一頭外へ出す。柵の中に出した牛は、思い思いの行動を取る。上を見上げれば、曇りの空が青く晴れ渡っていた。

 しかし、空の端に入道雲が生まれていた。西の空、という事は夕方ごろに大雨が降るかもしれない。

 家の中に戻ると、茜が起きだしていた。眠っていたのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら手に持っていたタオルケットを孝治に渡す。苦笑交じりに口を開く。

「すみません。本当に、眠くて………」

「今日は、ゆっくりしてください。また、雑な料理でよかったらお越しを」

 茜を見送るために外に出て、彼女を見送る。彼女が頭を下げ、振り返った瞬間、誰かに気がついたように微笑んだ後、手を振って踵を返す。

 彼女の視線のあった先には、晴海がいた。

 

 

 

 

 晴海は、自分の部屋で本を読んでいた。

 森繁牧場に行かなくなって、十二日経っていた。家の中にこもって、数日になる。

 晴海の家は、森繁牧場と五十六じいさんの家の間、五十六所有のアパートの一室だ。六個の部屋があるこのアパートには、晴海しか住んでいない。

 御飯は、夏のせいかあまり食べていない。食欲がなくなったのだ。

 何で、と自分でも思う。本を閉じながら、カーテンで締め切った自分の部屋を眺めた。

 分かっていた。孝治の家にいって、御飯を食べなくなったからだ。前々から、朝と昼しか食べてないのだから、当たり前だろう。

 では何故、自分は森繁牧場に足が向かなくなったのか。それが、分からなかったのだ。

 ただ、モヤモヤする。その原因を考えても、自分の頭は答えを見出せなかった。

 なら、森繁牧場に行かない理由も無い。回りまわって、答えに辿り着く。

 森繁牧場に、向かおう。そう決めると、少しだけ体が軽くなった気がする。

 読み終わっていない本を鞄に詰め、簡単に着替える。洗面所で顔を洗い、サンダルを履いてドアを出た。空は曇り空―――雨が降るかもしれない。

 孝治は、なにをしているのだろうか。

 この間は、レストランの改装をしていた。自分に助言を求めてみたときは、何となく嬉しかった。いつも世話をかけていたからかもしれない。

 明日は――――キッチンを作るのだろう。届く日が、確か明日だったと思う。

「………」

 自分でも分かる。

不機嫌。

だけど、自分が不機嫌なのか、分からない。

 対処できない。初めての感覚に、訝しげに小首を傾げる。

 今は、森繁牧場に向かう道を歩いていた。すでに、孝治の家は見えている。その先を見て、自分の動きがはっきり止まるのを感じた。

 茜が、家から出てきたところを。

 茜はこちらに気が付くと、手を振って町のほうに歩いていった。その茜の態度で、孝治がこちらに気が付く。

 晴海は、小さく顔を歪める。自分でそうした理由も分からず、孝治のほうに歩いていった。胸が、ちょっとだけ痛い。

 孝治は、満面の笑顔で晴海を見て、口を開いた。

「久し振りに来たな! いや、友達が少ない俺は、寂しかったよ」

 孝治の言葉に、晴海はただ、頷いただけだった。

 孝治は晴海を家に上げ、いつもの椅子を引いてやる。そこに座った晴海の反対側に、孝治は座った後、自分を見た。

「最近来なかったのは、何でだ?」

 聞かれたくはなかった言葉―――しかし、自分は自然に答える。

「………忙しかったから」

 これは、嘘だ。暇を持て余し、家にある本を読み返していたほどだ。しかし、孝治は納得したように頷き、同調した。

「そりゃそうか。いや、前は結構頻繁に来ていたしな。それより、五十六じいさんが顔を見せてくれって言ってたぜ? 少しは、会いに行ったほうが良いんじゃないのか?」

 孝治の言葉は、周りの人間がよく口にする言葉だ。ただ、孝治に言われると他の人とは違う感覚に陥る。

「………そのうちね」

 不思議な人間だと、晴海は思った。

 すでに、胸の痛みは、ない。

 孝治は、いつもどおり牧場の仕事に出かけた。

晴海には、孝治が居ないだけなのにこの家の中が急に静かになったと思っていた。気にしないで、持ってきた本を地下にしまってある本と取り替える。

 本を開いて、ただ時間を費やす事にした。

 

 

 

 夜。

 牛の世話も終わり、レストランの改装にも一段落つき、ようやく幸先が見え始めた頃だ。

 家に戻ると、意外な事がおきていた。

晴海の姿がなかったのだ。帰ったのか、と思った瞬間、キッチンから盛大な―――主に皿が割れるような音が響く。

慌ててキッチンに向かうと、晴海がそこで倒れていた。

バンダナを使って髪を纏め、孝治のエプロンをかけている晴海―――目の前には、こげとも炭とも見分けが付かない何かが、落ちている。コンロを見ると、フライパンがひっくり返っている。

晴海はしばらく孝治の顔を見た後、立ち上がり、埃を落とす。

さも何事もなかったかのようにコンロの前に立つと、少しだけ高いフライパンを所定の位置に戻した。

「………」

「………」

 ジッと見ていると、彼女は少しだけ顔を背け、呟いた。

「なんでもない」

「………ある意味大物だな、お前」

 話を聞くと、どうやら暇だったらしく、夕食を作っていてくれたらしい。

ただ、コンロの高さや食材のありかが分からないことから、随分と時間がかかり――――彼女曰く、『ちょっとこげた』そうだ。

 こげた物を片付け、孝治が夕食を作る。その手際のよさを飽きもせず眺めていた晴海は、弁明するように口を開いた。

「………このキッチン、私に優しくない」

「まぁ、他人のふんどしで相撲を取るようなものだからな」

 このあたりも年の差だろう。とはいえ、前々に食べた彼女の弁当は悪くなかったが。

 ちゃっちゃと晩御飯を作ると、ダンダン、とドアの扉が叩かれた。訝しげに思ったとき、晴海が呟く。

「真理か」

 晴海が呟いた瞬間、扉が盛大な音と共に開き、元気一杯な声が響いた。

「コーチ! 合宿から帰ってきたよ!」

 成る程、来ていなかったのは合宿だったのか、と思った瞬間キッチンに彼女の姿が現れる。

「あ、晴海ッち。久し振り〜〜〜〜〜♪ 夏休み満喫している?」

「………それなり」

 低音と高音、違う意味の低温と高温の二極の二人がそろうと、この家は随分と活気に溢れる。良いことだ、と思いながら、孝治は晴海の顔を見て、眉を潜めた。

 彼女の姿は、白と赤の混じったサッカーのユニフォーム。ドロで汚れたそれを見て、孝治は口を開く。

「お前、直行か。綺麗な服あるか? っつうか、風呂はいって来いよ」

「あ、良いの!? いやぁ、途中で家に帰ろうかなって思ったけど、お腹すいたから♪」

 以前、夕食は自分の家で取れ、といった事をすでに忘れているのだろう。満面の笑顔を浮かべながら風呂場に行こうとする彼女―――クルッと身体をこちらに向け、笑顔でいってきた。

「コーチ! 一緒にはいろ♪」

「………俺はお前のお父さんじゃない。早く入ってこないと冷めるぞ」

 軽く、受け流す。ケラケラと笑いながら風呂場に向かった真理を溜め息混じりに眺めていると、晴海が視界に入ってきた。いつもの半眼で、告げる。

「鼻の下、伸びてるよ」

「………マジか?」

(俺にはロリ属性などなかったはずだが………)

 相手は中学生(しかもまだ子供)に、自分はなんとも思っていないはずだ。

確かに、毎日来るのは如何なものかと思っていたが、それもそのうち飽きるだろうと思っているので、たいして考えていない。

 あまり気にしていても仕方ないので、孝治は考えるのを止めた。晴海に向き直り、聞く。

「そういえば、アイツ着替え持ってはいっていったか?」

 静かに首を振る。居間には、彼女の合宿用の鞄(ボトルバッグ)が投げ出してある。

溜め息を吐きながら、晴海へ言った。

「前みたいな事が起きるといけないから、着替えとタオル、お前が持っていってくれ。さて、洗うか」

 晴海が着替え(孝治のシャツとズボン)とタオルを持っていく。彼女が持ってきた着替えの服と悪いとは思いつつ真理の鞄から抜いた洗濯物を洗剤ごと洗濯機に投げ入れ、スイッチを押した。

 ゴワンゴワンと回り始める洗濯機。時計を眺め、小さく考え込む。

(洗濯終わって乾燥機かけて、二時間か。ま、親御さんに連絡しないとな)

 そのまま、居間へと戻っていった。

「でね、主将の喜一君も晴海ッちのこと好きらしいんだ。良い人だから、付き合ってみない?」

「………結構」

 すでに湯上りで、孝治の服を着ている真理が、晴海と話をしていた。孝治に気が付いて、顔をこちらに向ける彼女に、告げる。

「勝手に荷物の中の物も洗っといたからな。飯食ったら、家に電話して置けよ」

「ええっ!?

 意外にも、真理から批難の声が上がった。それがでるとも思っていなかった孝治は、少しだけ慄きながら、聞く。

「な、なんだよ、ダメだったか?」

 真理は顔を真赤にさせ、叫んだ。

「は、恥ずかしいよコーチ! 下着だってあったんだよ!?

「………んな、そんなこというなら、家に直接遊びに来るなよ」

 何を言っているのだか、と思ったが、確かに常識がなかったかもしれない。これから思春期を迎える彼女にとっては、重要なのかもしれない。父親の下着と一緒に洗ってもらいたくないのと、同じ心境なのだろう。

 素直に、頭を下げる。

「確かに、少し無遠慮すぎたか。悪い」

 しかし、当の真理は先ほどの表情から一変、笑顔で告げた。

「いいのいいの。コーチが遠慮する事ないって」

 

「………………………」

 

 この年代の相手は、どうしてこう、疲れるのだろうか。

 

 

 

「でさ、コーチ、明日はどうなの?」

 夕食の席で、突然真理が口を開いた。一瞬、何を言っているのかわからなかったが、すぐに思い出す。どうやら、夏祭りの話のようだ。

 少しだけ考えながら、呟く。

「わかんないな。明日、届くものを見てから決めないと。っていうか、夏祭りぐらい友達と行けよ」

「ダメだよぉ。あのあたりは危ないから保護者といってくださいって先生が言ってたんだから。お母さんは、「孝治さんと行くなら良い」って言ってくれたし」

「う〜〜〜〜〜〜む」

 真理の母親が信頼を向けてくれるのは嬉しいが、正直どのくらいかかるか分からない。それに、いくらなんでも中学生の保護者には、若すぎる気がするのだ。変な誤解を受ける可能性もある。

 晴海のほうを、向く。彼女はいつもどおり本に眼を落としていたが、こちらに気を配っている様子が窺えた。

「なぁ。お前はどうなんだ? お前が行くっていうなら、一緒に連れて行ったほうが面目も立つんだが………」

 中学生が二人なら、まだ保護者の面目も効く。

 晴海は、少しだけ顔を上げる。その晴海へ、真理は拝むように両手を合わせ、叫んだ。

「お願い! 晴海ッち! 一生のお願い!」

 真理の懇願と、孝治の顔を行き来していた視線は、不意に止まり、頭が縦に一回、振るわれた。

「………よし! なら、二人とも面倒を見てやるか。ま、レストランの進み具合にもよるが」

「うんうん! ありがとう! 晴海ッち!」

 勢いよく晴海に抱きつく真理――――それが邪魔みたいに顔をしかめ、しかしそれでも晴海は、小さく微笑む。なんだかんだいって、彼女も中学生―――祭りは、楽しいものだと気が付くはずだ。

 しかし、孝治は知らなかった。

 これが、あの事件につながる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 


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