当たり前だが、毎日レストランを開業するわけではない。最初は週三日、そのスパンに慣れたら、四日と変更して行くつもりだ。

 と、いう訳で、一度、加奈が家に帰って行くことになった日だった。彼女自身、何度も此処にくる予定なので、帰るのに渋ったりはしなかったが、それでも渋々、という感覚はあるようだった。

 帰るのは、夜九時の最終電車。一気に都心まで行く急行列車に合わせて駅まで来た三人は、そこで別れの挨拶をした。

「では、兄。また、今度」

 そういい、駅のプラットホームに入って行く加奈の背中を見送った孝治は、隣に立っている誠へ、告げた。

「んで? お前は何時まで居るんだ?」

 孝治の言葉に、誠はしばらく孝治の顔を見た後、踵を返す。振り返り、孝治の肩に拳を握ってぶつけると、告げた。

「後一ヶ月だ。その間に、やりたいことをやれ」

 後、一ヶ月―――――。

 孝治のやる事は、決まっていた。

 

 

 

 加奈が帰って二日後、朝早く起きた孝治は、ある場所に来ていた。

 牧場東側、レストランと牧草地を挟んで正反対の場所で、孝治は久し振りに、きつく頭へタオルを縛りつけた。

 朝靄の掛かる、秋口の牧場は、残暑を振り払ったかのごとく、ひんやりとしている。時間がたてば、また照りつける太陽に焼かれるのを知っている孝治は、日焼けクリームを肌に塗りこむと、顔を叩いた。

「よし」

 再度視線を向けた先にあるのは、竹林。背の低い、それでも密集して生えているその場所を開拓し、畑の形を作ろうとしているのだ。

 実際、今年中の栽培は不可能だ、と考えている。枯れた木々まであるそこを、生産性のある畑まで作るのには、一ヶ月丸々掛かるはずだ。

 飯井 むつみのような畑を作るのは無理だが、何時までも彼女の出荷物を分けてもらう訳には行かない。自給自足が原則なのだから、脚を作っておかないといけないのだ。

 森の近くに作りたくは無いが、他の場所に作れる場所がないので、しかたない。

 時間は、午前五時。朝御飯の下ごしらえは終わっているので、子供達が来る七時まで作業できる。

「………って、今日は休みか」

 思えば、今日は休日。子供達も家で休みたいはずだから、こちらまで来ないだろう。

 そう考え、孝治は鎌を拾い上げながら、近くの竹林に触れた。実際、細くて簡単に切れるのだが、畑を掘り起こす時にかなり面倒だったりもする。

 誠には、起きてから動物達の世話をするように伝えてあるので、手伝ってはもらえない。

 一人で、黙々と竹林を刈る。途中、色々なごみが出てくるのを見て、辟易していた。

「なんでこう、人間って、訳のわからない場所にまで在るんだろうな?」

 誰も足を踏み入れていないはずなのに、空き缶やタバコの空箱、果ては壊れたテレビや自転車まである。それらをいちいち牧場のほうに出すのに、骨が折れた。

 森の手前まで一気に刈り進み、戻って行く。往復するように竹林を切っていると、何時の間にか一時間経ったのか、遠くから牛の啼く声が響く。

 何時の間にか朝か、と考えたときだった。

「おはようございます」

「うわあッ!?」

 突然真後ろから声が掛けられ、孝治が跳ね上がる。あわてて振り返った先には、肩までの髪の毛を乱雑に揃えた、眼鏡をかけた少女が立っていた。服装的には、孝治と同じツナギを着ている彼女は、孝治の様子を面白おかしそうに見ると、言葉を繋いだ。

「朝早くから、大変そうですね」

「君は………。ああ、小夜子ちゃん。おはよう」

 飯井 小夜子。飯井 むつみの娘であり、生真面目な女の子だった。彼女は、手に持った籠を孝治に差し出すと、笑顔で言葉を発した。

「これ、母さんからの差し入れです」

 差し出してきた籠の中には、熟れ始めたトマトやピーマン、かぼちゃなどが入っていた。季節的にも最後の食材らしく、十分に熟している。

 その籠を受け取りながら、孝治は相変わらずの素材である野菜に驚きながら、口を開いた。

「んで? 何か伝言は?」

 孝治のその言葉に、一瞬で顔を真っ赤にし、萎縮してしまった彼女だったが、おずおずと言葉を切り出した。

「………カボチャのスープ、手抜きじゃない奴が飲みたい。と。本当にすみません」

 萎縮しきっている小夜子に、孝治は笑った。

 控えめな彼女とは違い、むつみは容赦なく孝治へ料理を要求してくる。最初の約束事の一つがそうなのだからしかたないのだが、小夜子は申し訳ない、と思ってしまうようだ。

 笑う孝治に、小夜子がややムッとした表情を浮かべた時だった。

「おいっす。孝治ぃ、遊びに来たぞ?」

 そういい、牧草地から歩いてきたのは、箕郷だった。

丈の長いTシャツにジーパンをはきこなした彼女は、珍しく長い髪を束ねていた。纏めた髪を結い上げた彼女は、自分の身体を軽くさすりながら、告げる。

「朝はさみぃんだよな、ここって。んで? お前は何やってんだ?」

「見て分からんか? 開拓だ」

 そういいながら、鎌を軽く持ち上げ、見せる。それに納得したように頷いていた箕郷は、軽く辺りを見渡すと、もう一度声をかけた。

「ふぅん。で? 畑か?」

「よく分かったな」

 言葉通りの感情を込め、驚く。孝治の驚きの顔を見ていた箕郷は、当たりを軽く見渡すと、答えた。

「こんだけ土が掘り返されちゃあなぁ。小夜子。孝治はお前んとこから野菜を貰ってんだろ?」

 箕郷の言葉に、小夜子は小さく頷くと、やや不機嫌そうな眼差しで孝治を見上げ、口を開いた。

「まさか、孝治さん。うちの母さんと手を切るつもりですか?」

 小夜子の言葉に、孝治が逆に驚く。慌てた様子で首を左右に振ると、答えた。

「違う違う! やってみたかったことに畑仕事もあったんだよ! 君の家の野菜は凄く良い物だし、真似できないって。これは、家で食べる分。たいした広さじゃないだろ?」

 実際、考えていたのはそういうことだ。

親戚で米が余ると言っている五十六じいさんから米を、レストランの野菜をむつみから貰っている孝治は、いっそのこと完全自給自足を目指しているのだ。

 慌ててそう説明した孝治に、小夜子は小さく頷きながら話を聞いていた。一通り説明した後、納得したように笑顔を浮かべると、言葉を告げた。

「よかったです。母さんは、孝治さんの料理が大好きですから」

 小夜子の満足げな表情に、孝治は嘆息しながら、告げた。

「………なんか、疲れたな」

「どうでもいいけど、朝御飯まだか〜〜〜?」

 ふと見ると、箕郷が不機嫌そうな表情で、肩を鎌で叩きながらこちらを睨んでいた。

 ああ、そうだった、と口の中で呟きながら、朝食を作るためにレストランに脚を向け――――た所で、ふと、脚を止めた。

 ジトッとした目で、箕郷を見据えると、呟く。

「あの、よ。なんで自分の家で食ってこないんだ? っていうか、二人とも朝早すぎないか?」

 その、孝治の言葉に。

「めんどくさいんだよ。言ってなかったっけ? 自炊なんだよ、私」

 と、箕郷が答え。

「朝御飯はもう済んでいますから。コーヒーをください」

 と、小夜子がさらっと告げた。

 籠を両手で持ちながら、相手のことを見据えていた孝治は、ややあってため息をはくと、呟いた。

「わかったよ………」

 エンゲル係数だけ、上がり続けていた。

 

 

 

「………」

「扉を開けて入った。開けっ放しが悪い」

 レストランの扉を開けると、もはや当然とばかりにカウンターで本を読む少女の姿が、在った。

 東野 晴海。短めの髪の毛に三白眼が特徴的な彼女は、椅子に座りながら、だらしなく身体を伸ばし、本を読んでいる。

基本、リラックスした姿を見せない彼女だが、レストランは居心地がいいらしく、よくボックス席を占領して、本を読んでいた。孝治に言葉を返した今も、だらしなく身体を伸ばし、寝そべっている。

「お前、すこしはしゃっきりしろよ」

 その寝ている晴海のお尻を軽く叩いて、箕郷が二つはなれた椅子に座る。叩かれた晴海は、少しだけ椅子から跳ね上がるが、一瞬だけ箕郷に恨めしい視線を送っただけで、座りなおすと、まただらけ始めた。

 小夜子は、やや気圧されながらも、箕郷の横に座る。新聞紙を広げる箕郷を横目で見ている彼女へ、キッチンに入った孝治はポットをコンロに置くと、火をつけた。

「しっかし、朝寒いと、昼との温度差で風邪引くぞ? これ」

 そうぼやく孝治に、胸ポケットから伊達眼鏡を取り出した箕郷が、答えた。

「ま、季節の変わり目だからな。そこのは、夏バテっぽいけどな」

 箕郷は、晴海を一瞥すると、そう告げる。そう言われた晴海は、ちょっとだけ身体を揺らすと、息を抜くと共に答えた。

「………眠い」

「ならゆっくり眠って来いよ。………つうか、晴海」

 孝治に呼ばれ、晴海がだれていた顔を上げる。その晴海をじっくり見た後、孝治は告げた。

「ジーパン姿っていうのも、珍しいな。そういえば、箕郷もそうだったか」

 そう。

 インドア派の晴海には珍しく、今日はジーパンとシャツと言う、動きやすい格好だったのだ。ただ、箕郷ほど履き慣れていないようで、青々しくパリッとしたジーパンだが、意外と似合っては、いた。

「意外と似合うな」

基本スカートかワンピースが多い為、新鮮に映った晴海の格好を褒めたのだが、その瞬間、視界の隅に映っていた箕郷の眉間に、しわがよった。

「み―――って、うわッ!?」

 孝治が箕郷に声をかけようとした瞬間、視界が何かでふさがれた。流石の孝治もそれに驚き、慌てて一歩後ずさってしまった。

 黒と肌色の其れが、急に身を乗り出してきた晴海だと気がつくのに数秒掛かってしまったが、その晴海は全く気にした様子もなく、口を開く。

「―当?」

「はい?」

 小さな声に、思わず聞き返した孝治へ、晴海が再度、聞いた。

「本当に、似合う?」

「あ、ああ、似合うから、テーブルから降りろ。行儀悪いぞ」

 テーブルから身を乗り出していた晴海は、孝治の言葉に満足した様子で席に座る。その間にますます箕郷の機嫌が悪くなっていたので、孝治はため息交じりに、冷蔵庫を開けた。

「これでも喰ってろ。箕郷」

「ん? ―――って、これ、ティラミスか?」

 箕郷の前におかれた皿の上におかれたのは、ティラミスだった。クリームソースと柔らかいパイ生地で作った孝治の試作品の其れを見て、箕郷が孝治を見上げる。

「今から朝食で軽いの作るから、それでも喰って待ってろ。言っておくけど試作品だから、不味くても知らんぞ?」

 そういう孝治に、箕郷はしばらく呆然としつつも、ニヒルな笑みを浮かべると手馴れた仕草でカウンターの上に乗っているボックスからスプーンを拾い上げると、くるりと回し、掴む。

 そこで、口を開いた。

「仕方ねぇな。私が味見してやむぐ」

 言葉を言い終わるよりも早く、ティラミスをすくったスプーンを、口に入れる。咀嚼して満足げに飲み込むのを見ていると、味はうまくいったみたいだった。

 ようやく静かになった二人を呆然と見ていた小夜子へ、コーヒーを差し出してから、孝治は朝食作りへと、没頭した。

 

 

 

「きょっおは楽しいこ〜ちの日ぃ〜♪」

 サッカー部の朝練(試合のミーティングだけだったので、準備だけ)を終え、森繁牧場に向かう真理は、見るものを笑顔にする満面の笑みで、鼻歌を歌いながら、駆けて行く。

 適当な歌だが、向かう足によどみはない。交通量が少ないとはいえ、車もあるので気をつけているが、本人のはやる気持ちが、足早にさせていた。

 サッカー部で練習するつもりだったが、試合が近いと、真理に出来る事は限られていく。試合形式で練習する中に入って行っても邪魔になるだけだし、休日なので親御さんが選手の面倒を見るので、マネージャー業も減って行くのだ。

 だから、練習を早く上がらせてもらった。サッカー部の仲間は渋ってくれたが、こうなっては試合に集中して欲しい。

 学校から森繁牧場に向かう道は、農道を大回りして行く道と、市街地を突っ切る道の二種類がある。真理が選んだのは後者だったが、ふと、気がついたことがあった。

「なんか今日、ワゴンが多いな」

 休日だからか、先程から何度もワゴンが道路を行ったりきたりしていた。

勿論、休日だから家族総出でどこかに出かけているということもあるのだから当然だとは思うが、それでも多い気がするのだ。

 小首をかしげながらも、真理は森繁牧場へと、歩いて行く。

 何故か、学校方面が騒がしかったのは、気のせいだろう。

 

 

 

「手伝い?」

 晴海と箕郷がジーパンとシャツ姿の理由を聞いたところ、今日こそきちんと手伝う為、動きやすい服装をしてきた、と言うのだ。

 じゃあ、この間の手伝いは何? と聞きたい心境だった孝治だったが、手が足りないということで、手伝ってもらうことにした。今回に関しては、怪我の危険性も少ないだろうと判断したからだ。

 朝食の準備が終わった頃、レストランの扉が、勢いよく開かれた。

「コーチ! 朝練しよ! その前に御飯♪」

 そういって飛び込んできたのは、真理だった。朝練がある、との事でジャージ姿の彼女だが、朝御飯の匂いを嗅ぎつけて言葉を変える。

 もはや皆慣れているようで誰も呆れないが、孝治だけはタオルを取り出すという反応を示す。其れを振りかぶったところで、真理がバッと手を掲げ、制止した。

「おっと、コーチ! 今日はへぶっ!?」

「お、悪い。今日はまだだいじょうぶか」

 ペチン、と広がったタオルが、真理の顔面に張り付く。其れを引き離しながら、それでもしっかりと使った真理は、さっぱりとした顔をしながら、孝治に振り返った。

「コーチ! サッカー………じゃなくて、今日は手伝いの日だったっけ! じゃあ、何か手伝うところある!?」

「お・ま・え・も・か」

 そういいながらも、孝治は密かに驚いていた。

意外かと思われるが、真理は結構容赦なくサッカーを要求してくる。孝治が渋ると不満そうな表情を浮かべる彼女のはずなのだが、其れを見せもしないのだ。

 驚愕を隠していない孝治を尻目に、真理はカウンター席に飛び乗るように座る。

「おう。待たせたな――って、全員揃ってるのか。相変わらずだな、ここは」

丁度そのとき、小屋のほうから戻ってきた誠を含めて、朝食が始まった。

 朝御飯は、クラブサンドとコーンスープ、サラダの三点。すでに朝食を済ませている孝治と小夜子はコーヒーとティラミスを食べながら、他の四人が食べ終わるのを待っていた。

「へぇ。肥料って、そう考えるのか」

「一つの土地で何回もやるのは、非効率的ですし、作物も育ちませんからね。あんまり肥料をやりすぎても、どうかと思います」

 小夜子から畑の作り方を聞きながら、朝の休憩をする孝治。それぞれ談笑しながら朝食を取っている様子で、和気藹々とした雰囲気が、レストランに流れていた。

 朝食も終わり始めた頃、箕郷と真理、晴海で何か話をしていたと思ったら、一気に三人の眼が、孝治に向けられた。

 嫌な予感しかしない孝治へ、箕郷が口を開いた。

「なぁ、孝治。ロボットなら歌える奴か罠にはめる奴かヤンデレな奴、どれがいい?」

「最初の奴以外ろくな奴が居ねぇッ!?」

 久々に聞いた孝治の悲鳴。しかし、三人はそれぞれ輝いた眼で孝治を見ているので、本気に聞いている様子が窺えたので、本気だと確信した。

 とりあえず、孝治は――――。

 

 

 一、最近荒んでいるので歌が歌えるロボット、と答えた。

 二、刺激が足りないので罠にはめてくれるロボット、と答えた。

 三、病んでる様子をちょっと見たいのでヤンデレロボット、と答えた。

 

 

「だ・か・ら、選択肢がおかしすぎるッつってんだろがッ!?」

「………孝治」

「疲れているんですよ、きっと」

 誠と小夜子の同情する視線に心が折れそうになりながら、孝治は三人娘に視線を向けると、口を開いた。

「んで? 今回はどういう主旨だ?」

 孝治の問いかけに、真理が指を一本立てながら答えた。

「最近晴海っちに感化されて小説読んだんだ♪ それで、『機械のススメ』っていうのがあったんだけど、ヒロインの三体がそれなんだよね♪ でさ、私は歌が歌えるロボットが好きなんだけど、箕郷っちは罠ヒロインなんだよ。で、晴海っちがヤンデレヒロイン。コーチは誰かなぁって思って」

 痛む頭と眉間を押さえながら、孝治は口を開いた。

「………小説を貸せ。話は其れからだ」

 結局、孝治は答えられなかった。

 

 

 

「と、まぁ、色々と話がそれてしまったわけだが、これより森繁牧場 『目指せ! 畑開墾祭♪』の作戦会議を開始する!」

 そう口火を切ったのは、箕郷。バン、と牧場の簡略図をテーブルに叩きつけると、広げた。

 示されたのは、森繁牧場の地図。南にある入り口から、西にあるレストランとログハウス、北東にある動物小屋とその後ろ側にある畜舎、裏山に続く道と温泉地、そして中心に広がる牧草地があった。

 今回、開拓するのは東側。水を引く場所から考えてもそこがベストなのだが、問題がいくつかあった。

 誠が、地図を指で示しながら、告げた。

「竹林が広がってんだろ? 背が低い奴ってのは、根が広がるからな。掘り起こすのは俺と孝治でやったとしても、運ぶのでも重労働だろ?」

 其れは、孝治も重々承知だった。誠の近くに歩み寄った孝治は、地図を指差しながら、口を開く。

「ここから先までずっと続いてるぞ? 掘り起こすのは、かなりの重労働だよな」

「其れより、根っ子を何処に置くんだ? かなりの量だろ?」

「いやいや、それはここにだな―――」

 孝治と誠の会議が始まった時から、三人娘が蚊帳の外になる。当然とはいえ、この成り行きには、箕郷と晴海、真理もいい顔をしなかった。

「まぁ、分かっては居たんだけどな」

「こうもその通りだと、微妙だね」

「………」

 頭をかきながら呆れた様子の箕郷に、ハハハと笑っている真理、いつもよりもきつめな半眼を浮かべている晴海と、反応は様々。

 しかし、そこに異彩が在った。

「ですけど、これを掘り起こせば、後で畑を掘り返す行程が楽になりますよ? 奥から抜いていけば、土も踏み固めずにすみますし」

「おお、そりゃいい考えだ。小夜子ちゃん」

「ふむ。さすが、農家の娘だけあるな。じゃあ、最初の肥料は?」

「うちに残っている堆肥があります。腐葉土も混ざっているので、大抵のものなら何とか―――」

 孝治と誠の会話に、小夜子が介入していたのだ。家がそういう仕事なので知識があるのだろうが、これには流石の三人も意外だった。

「………小夜子のやつ、人見知りが激しい後輩だったんだがなぁ」

 後輩の成長が見れて複雑な表情を浮かべる箕郷に、真理が軽快な笑顔で続いた。

「結構詳しいね♪ さっすが♪」

「………私の立場」

 微妙にしょげている様子の晴海の呟きには、誰も気がつかなかった。

 

 大まかな流れが決まり、役割分担の時間となった。

 上の部分は孝治が刈り払い機を五十六から借りてきてさっさと切ってしまい、誠と慣れているという小夜子に根を掘り起こしてもらい、箕郷、真理、晴海が根を運ぶという流れになった。

 そもそも、手伝ってもらう事自体に抵抗があった孝治だが、生憎と目の前に居る仲間達は、誰も気にしていないようだった。

「人の厚意は受けておけるときに受けておけ。お前の場合、厚意を受け取ろう、という気概がないと、絶対的に受け取れないんだよ」

 そういう誠の言葉もあり、再度、受け取ることとなった。

 東側の竹林前に集った孝治は、刈り払い機を肩に吊るしながら、周りに声を掛けた。

「それじゃあ、皆下がってくれ。一気に刈り上げるから」

 孝治が刈り払い機で一気に刈り上げ、誠が掘り出す。その根っ子を小夜子が土払いし、真理と箕郷がリアカーで運び、晴海が広い場所で火元に放り込む。

 その流れで一時間ほど経ったときだろうか。

 孝治の刈り払いが終わったところで、箕郷が声をあげた。

「うわっちぃんだよッ! この野郎!」

 十時近くになり、太陽が高く構え、温度が上がるころ、箕郷のそんな悲鳴が響いた。

 実際に、暑さには皆参っていた。一時間とはいえ、それほど長時間外に居れば、その内熱中症にかかってしまうかもしれない。

 そして、ちょうどその頃、小夜子も申し訳なさそうに口を開いた。

「すみません。そろそろ、家の手伝いに行きますので、手伝えるのは此処までです」

 申し訳なさそうな小夜子の言葉に、孝治はとんでもない、と首を左右に振ると、笑顔で答えた。

「いや、助かったよ、本当に。今度、すき焼きでも用意しておくから、いつでも遊びに来てくれ」

 そういって、孝治が小夜子を見送るついでに飲み物を用意するということで、一旦休憩になった。

 レストランの外にあるラウンジに腰を降ろし、大きく息を吐いた箕郷は、刈り上げられた場所をチラッと見ると、嘆息した。

「あそこまでやって、三分の一以下かよ。ったく、マジできちぃぜ」

「あはは♪ そうだね♪」

 箕郷の言葉に、真理が満足そうな笑顔で同意する。

 その真理の笑顔を見ながら、ポケットから棒付き飴を取り出すと、箕郷は其れを口にくわえた。最初は煙草だったが、最近は軒並みこれだ。

 ちょうどそのとき、ラウンジの扉を開けた孝治が、顔を出して声をかけてきた。

「おい、箕郷。あんまりそんなものばっかり舐めてると、太るぞ?」

「ぶん殴るぞ」

 軽く握りこぶしを作り、威嚇するように前へ突き出す。それだけの行為だったが、何となく嬉しくなり、箕郷も笑った。奥に居た晴海も、何事かと想い、顔を出してくる。

 慣れ親しんだ間柄の、心許せる風景。それは、この三人の女の子達に、大切な時間をくれているようだ。

 それに、孝治が小さく微笑んだ時だった。

 丁度そのとき、誠が自身の車から戻ってきた。大き目の車から降ろし、肩に担いできたものを見て、孝治が声をあげた。

「あれ? テレビか?」

「ああ」

 答えながら、レストランの中に入って行く。カウンターに収まる薄いテレビを置きながら、軽くケーブルをセッティングし始めた。

「っていうか、家にアンテナも何も無いぞ?」

 機械をいじり始めた誠の背中へ問いかけた孝治の言葉に、誠は振り返らず、告げた。

「設置用のアンテナを用意してあるから問題無い。別に盗映している訳じゃないし、カードも正規のものだ」

「怪しい………」

 というのは、晴海の談。誠の技術力を一度目の当たりにしているので、そう思うのもしかたないのかもしれない。孝治も孝治で、そんなことを考えていたから、表情も引きつっている。

 と、そこでようやく設置が終わったらしく、今度はリモコンでテレビの設定を始めていた。

終わるまでしばらく時間が掛かるという事で、孝治はもう一度、キッチンに引っ込んで行く。それと入れ替わりに、箕郷と真理がレストランにはいってきた。

「お、なんか面白そうなことしてんじゃん」

「うわぁ! テレビだ! そういえば、コーチの家テレビないね!」

 はしゃぎまわる真理の言葉に、孝治が奥から言葉を返した。

「面倒なんだよ! 時間も早く過ぎちゃうし、もったいなくてな!」

「新聞とってるから、要らない………」

 晴海はそういいながら、わざわざカウンターの離れた場所に座る。彼女なりの孝治への援護だというのも分かるが、当の孝治はその新聞すらろくに読まない有様であった。

 半眼で呻きながら、孝治もふと、考える。

(ま、年頃の女の子たちが此処まで手伝ってくれるって言うのも、幸運の内なんだろうな。箕郷はコーヒーとケーキ、晴海はわけありだから良いとして、真理には、サッカーをちゃんと教えているわけじゃないし………)

 夏休みのうちに肉体改造でもすればよかったなぁ、と考えたときだった。

 

『ハイ! 今回ノ来日ニハ、収穫ガアリマシタ!』

 

 聞き覚えのある、独特な日本語が、耳に響いた。丁度そのとき、食器をそろえたお盆を孝治が持ち上げ、レストランのほうに戻る時だった。

「お、繋がったのか。さっきの声はレナードだし………ワイドショーか」

そういいながら、カウンターを回り、一行の背中に回る。先程まで離れていた晴海も、何故か画面の近くまで寄っていて、全員の視線が画面に突き刺さっていた。

 そして、孝治が視線をテレビに向けようとしたときだった。

 

『トッテモ才能、アリアリデス! 私ハ彼女ヲ強化選手トシテ、引キ抜イテ本国へ帰リマス!』

 

 その、聞き覚えのあるレナードの声と共に、テレビに映ったのは―――――。

 

 

 驚きを隠せないテレビのレポーター達と共に流れる、『衝撃! 伝説の名監督が選んだ、若き力!?』という見出しと。

 

 

 

 満面の笑顔で、今まさにゴールキーパーを抜き去り、ボールを蹴りこんだ、真理の姿。

 

 

 

『私ハ、彼女ヲ、サッカーデモ有数ノ選手ニ育テル事ヲ、宣言シマスヨ!』

 

 

 そして、陽気に、子供のような顔ではしゃぐ、レナードの姿だった。

 

 

 

 

 ―――二つの道が、ある。

 近くて、早い道。遠くても、面白い、楽しい道。

 彼女は、後者を取ろうとした。否、取ったはずだった。

 だが、手は、彼女を早い道へと、引きずり込もうとしていた。

 それは一体、何の手なのか―――――。

 

 少なくとも、分かる事は。

 

 これが、彼女の転機だったということだ。














 面白かったら拍手をお願いします。






 目次へ