八月 十八日。

 

 この日は、二度目の『銀楼学園』、一日登校日だった。

 正確に言えば、全校登校日。夏休みの中間ぐらいで、生徒がどれくらい勉強しているのか、元気に過ごしているのか、確認する為の行事だった。二回に分けて行われるそれは、この学校の規模を示している。

 とはいえ、二回とも参加するのは、二年生ぐらいだ。一回目は一年生、二回目は三年生と、少しずつ変わっていくのだ。

 最初、晴海は行きたがらなかった。しかし、当然の如く朝、森繁牧場に向かい、孝治にたたき出されていた箕郷を見て、ため息混じりに向かうことにしたのだ。

 どうせ午前中で終わる。その言葉通り、晴海と箕郷は午前中に戻ってきた。

 戻ってこなかったのは、真理だった。お昼にはいこうね、と晴海に伝言を残し、別れて以来、あっていなかった。

 

 そして、真理は夕方四時を越えたところで、レストランの扉を叩き開けたのだった。

 

「ごめん! コーチ! 部活忘れてたよ! ご飯何ッ!?」

 その叫び声と共に入って来たのは、鼻の上に絆創膏を張った、ポニーテールの少女―――真理だった。スポーツバッグを肩に背負い、蒼いサッカーのユニフォームに身を包んだ彼女は、完全によごれていた。

「開口一番、其れか。いらっしゃい。とりあえず、顔拭け」

「あぶしっ」

 孝治はキッチンから顔を出すなり、カウンター越しに濡れタオルを投げる。其れは一直線に真理の顔面へ飛んでいき、綺麗に広がって張り付く。

それに足を止めた真理だったが、すぐにそのタオルを両手で掴むと、ごしごしと力任せに拭きだした。

 ボックス席で本を読んでいた晴海が、顔を出す。それに気がついた真理は、パン、と両手を前で合わせて出すと、叫んだ。

「ごめん晴海っち! 遅くなっちゃった!」

「………別に、大丈夫」

 晴海は気にするな、といわんばかりに手を振ると、読書に戻る。実を言うと、読書ではなくて読書感想文の為の読書で、其れをみた真理が悲鳴をあげた。

「あ〜〜〜、読書感想文やらなきゃ〜〜〜〜。お腹すいたぁ〜〜〜。コーチ、ご飯〜〜」

「わかったから静かにな」

 し〜、と指を立てて口に当てる孝治に、真理が小首をかしげた時、彼の指差す方を見て、パァッと顔を輝かせた。

 晴海の向かいに、いつもどおり座っていた祐樹が、目を瞑って眠っているのだ。気持ち良さそうに眠る祐樹を見て、優しい笑顔を浮かべると、物静かな足取りで、カウンターに向かう。

 カウンターには、ゆっくりと湯気を上げるコーヒーと、新聞紙が置いてあった。その向かい側では、孝治がカチャカチャと食器を静かに音立てていた。

 とりあえず、その新聞紙が置いてある席の二つ隣に、真理が座る。満面の笑顔を孝治に向けてから、機嫌よさそうに口を開いた。

「へへへ。祐樹君、寝顔かわいいね♪」

「美男子は、これだ。悔しいぜ、全く」

 そういいながら、それでも微笑を浮かべつつ、孝治はキッチンから出てきた。真理の前を台布巾で拭くと、白い広めの皿を置いた。

「うちの定番メニューで考えている、タコライスだ。ついさっき作った奴だから、安心して食え」

 白い皿の上には、チェダーチーズの黄色とチリソース、トマトの赤色、レタスの緑色にひき肉の茶色という、見た目鮮やかな料理が乗っかっていた。

 最近の孝治は、こうやってレストランの料理を考えているのだ。保健所の研修を受けつつ、色々と料理を作っているのだ。

 わぁ♪、と感心の声をあげる真理に、孝治は補足した。

「夏に合うように、レモンを絞ってみたんだ。ま、食べてみてくれ」

「いただきます!」

 笑顔でスプーンを持ち出し、食べる真理。其れを見ていた孝治は、満足そうに微笑み、振り返ってキッチンに戻るところで、気がついた。

 入り口から、様子を窺っている影がいる。それは、孝治の視線に気がつくと、バッと飛びのき、その場を駆け出したのだ。

 突然響いた物音に、真理が動物のように反応し、顔をあげた。晴海も気がついたのか、バッと外に顔を向ける。

 そして、孝治が扉を開けたときには、その影は遠くに行っていて、見えなくなっていた。怪訝な表情を浮かべつつ、扉を閉めた孝治は、その時戻ってきた人物と顔を合わせていた。

「よう。どうしたんだ?」

「あ、箕郷っち」

 トイレからでてきたのは、メガネをしている箕郷だった。彼女は、手を近くに落ちていた布巾で拭きつつ、コーヒーの置いてある椅子に座ると、新聞紙を広げながら口を開いた。

「泥棒か? 盗むもんなんてありゃしないのに」

「………一応、レジスターはあるんだがな」

 入り口には一応、レジスターが置いてある。中には十万円分の両替用のお金が入っているのだが、未だに使っていない。

 肩を竦めあげながら、口を開いた。

「ま、問題無いだろ。俺に勝てる相手なんていないだろうし」

「へ」

 鼻で笑う箕郷に、ムッとする孝治。

 その二人を後ろに、晴海は無言を貫いていた。

「………」

 外はだんだんと、日を落とし始めていた。

 

 

 

 春日 真理という存在がサッカー部に現れてから、銀楼学園のサッカー部は活気に溢れていた。

 最初は、反対の声も大きかった。女子がサッカー、しかも男子に混ざってやろうとするのだから、見下げるような発言も多かったのだ。

 しかし、彼女は飛びぬけて、サッカーが上手かった。パワーはないが、其れを補って有り余るテクニックに、スピードを持って、男子生徒を圧倒していった。

 唯一勝てるのは、キャプテンである自分ぐらいだった。

 何より凄いのは、マネージャー業もこなす、ということだ。休みの日には誰よりも早く来て、練習の合間に飲むスポーツドリンクを作り、タオルを洗濯して干す。自分も練習に参加して、みんなの体調を管理する。

 

 何より、可愛い。

 

屈託のない笑顔に、分け隔てのないその性格は、誰からも愛された。

 だから、彼女が受け入れられるのに、それほど時間は掛からなかった。

 

 その彼女が、変わった。

 

 いつも早朝練習のときは誰よりも早く来るのだが、最近は何かと遅く、四番目に現れたりする。それでも早いのに変わりはないのだが、マネージャー業もやっているので、練習にでる時間が減り始めたのだ。

 そして、誰よりも長くグラウンドに残っていた彼女が、誰よりも早く帰るようになっていた。

 それが、彼――――深井 雅人には、不満だった。

 真理とは、他の誰よりも仲が良いと自賛していた。それは他の誰もが認めることであり、付き合っているという噂まで流れていたぐらいだ。

 当の本人である真理は、全く気にした様子もないが、雅人にとって、それは時間の問題だった。

 年頃の年代である中学生で、初めての恋。其れも同じ夢の持ち主で、仲も良い。

 どこか、彼氏面をしてしまうことが、あった。真理は気にしないのだが、周りのサッカー仲間には、苦笑して見られている。

 その雅人にとって、最近の真理は、彼の予想外だった。

 笑顔は、前よりも多い。しかし、いつもは終わりを残念がっていたのに、最近は早く終わることを祈っているようだった。

 しかし、サッカーの腕は落ちていない。それどころか、腕を使うのと身体を使う、巧みなボディテクニックを取り入れ、男子のパワーにも負けないほど上手くなっていた。

 その彼女が、最近、入り浸っている場所があると、本人から聞いた。

 他のチームメイトからの、何気ない疑問に答える、真理の言葉。

「最近ね、森繁牧場、って場所で、孝治さんに教えてもらっているんだ♪ コーチって、本当に上手なんだよ! もう、料理も上手いし、優しいし!」

 まるで、自分のことのように、誇らしげに話す真理に、感心の声をあげるチームメイト。

 その中で、雅人だけが、不服だった。幾ら上手くなってきたとは言え、キャプテンである自分のほうが上手いし、仲が良いと評判なのだ。

 今日の帰り、練習に誘ってみた。そのときの彼女は、謝るように手を合わせると、口を開いた。

「ごめん、キャプテン! 私、約束があるから!」

 約束がある、という言葉に、胸の奥からもやもやした感情が、吹きだした。

 だから、帰り道の彼女をつけて、其処に来た。

 森繁牧場。

 「あの山」の目の前にある、広大な土地に最近出来た、新しい牧場。開放的な雰囲気が特徴的なものだが、「あの山」の麓と言う事で、誰も近寄ろうとはしない、と知っていた。

 おそらく、真理はしらないだろう。自分も、両親が教えてくれなかったら、知ることもなかったはずだ。

 しかし、彼女の見たことない一面が、そこにはあった。

 全幅の信頼と、満面の笑顔を向ける真理。其れを見て、適当にあしらいながらも面倒見の良い男性。

 そこで、驚いた。其処には梅澤 箕郷もいれば、あの東野 晴海までいる。

 其れを見て、雅人はそれに気がついた。

 そして、噴出したのは、言いようのない不機嫌な感情。そして、其れを知る。

 此処は、「あの山」と同じなのだ、と。

 

 

 

 

「んで、お前はなんでメガネなんかしてんだ?」

「………今更かよ」

 真理がタコライスを頬張っているところで、孝治は新聞紙を広げてコーヒーを飲んでいる箕郷に、声をかけていた。

 来てから四時間以上経つが、ようやく突っ込みを入れた孝治に呆れつつも、メガネを揺らしながら答えた。

「これをすれば、知的に見えるだろ? 新聞紙もあれば完璧だ♪」

「全国の眼鏡さんに謝れ」

 新聞紙を広げるが、どれほど理解しているのか、甚だ疑問だった。

 孝治は、少しだけ顔をあげると、真理と晴海の方に顔を向けた。それに続くように、時計を眺めた後、口を開いた。

「そろそろ、牛を中に入れないとな。ちょっと牧場に出てくるから、待ってろ」

 そういって、孝治はレストランを出て行く。其れを見送った後、箕郷は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 真理の食べているものをジッと見つめると、口を開いた。

「………美味そうだな」

「ムムッ!? 箕郷っちでも、これは渡さないよ!」

 皿を腕でかばうように、真理は唸る。やれやれ、と肩を竦めあげながら、コーヒーを口に入れた。

 一口飲んでから、箕郷は思い出したように、口を開く。

「っていうか、ものの見事なまでに、毎日顔を出しているな、お前ら」

 箕郷と仲良くなってからそれほど時間は経っていないが、その間、晴海と真理は、文字通り毎日、森繁牧場に顔を出していた。晴海は読書、真理はサッカーの練習だが、本当に飽きずに来るもんだ、と感心していた。

 それには、真理も言葉を返した。

「箕郷っちも、毎日顔を出してるじゃん!」

「私はいいんだよ。この辺りには、此処以上に美味いコーヒーを出す場所はないんだから」

 完全に自分を棚に上げて答える箕郷に呆れながらも、真理は答えた。

「ここ、居心地いいからね♪ ご飯美味しいし♪」

「それが本音っぽいな」

 苦笑しながら、箕郷はため息を吐いた。蒸し暑いシャツをパタパタと動かしながら、口を開く。

「ま、居心地は、いいよな」

 ここにいる全員が、訳在りが多いのは、彼女達も知っていた。孝治がこの街の異常性に気がついていない、ということもあるだろう。

 やれやれ、と思いながら、視線を外に向けたところで、孝治が戻ってきた。

「そういえば、今度羊が来るんだよな。………ラムのままばらすか、マトンまで育てるか、其れが問題だな」

 そんな軽口をいいながら、孝治が戻ってきた。

 そこで、彼は口を開く。

「っつうわけで、明日、俺牧場にいないから」

「はぁッ!?」

 本当に突然すぎる孝治の言葉に、箕郷が声をあげ、晴海が顔をあげる。真理がタコライスを詰まらせ咳き込み、祐樹が眼を開けた。

 そこで、孝治が捕捉する。

「明日、農協の会合なんだよ。ま、ほとんど参加しないから、茜さんと話すだけだけどな」

 農協の会合は何回か行われているが、一度も他の人がでた事は、ない。辛うじて五十六じいさんが出てくれるのだが、世間話をするだけで出て行ってしまい、会合らしくないのだ。

 だから今度は、農協の組合員の家を、茜さんと一緒に回ることになった。せめて資料を配りたい、という茜さんの要望に、孝治が答えた形だ。

 会合に出ず、相手を知らないのに協力を求めてくる組合員が多いから、農協の社員である茜さんの手間が増え、仕事が増えるのだ。其れを何とか解消したい孝治が動くのは、分からなくも無い。

 不満も出ず、真理が食べ終わったところで、今日は解散となった。

 家路に着く三人の女子と、一人の男子を見送った後、孝治は顔をあげた。

「………明日は、大変そうだな」

 それに答えるように、風が吹いた。

 

 

 

 八月 十九日。

 

「帰れ帰れ!」

 扉を開けるや否や怒号が響き渡り、引き戸が開けられて茜さんが飛び出す。その若干後に孝治が外に出て、振りかえり様に叫んだ。

「文句ばっかり言いやがって! そんなに会合が嫌なら農協辞めて自分で市場に通しやがれ! この偏屈ジジイッ!」

「やかましい! 尻の青い青二才が! ばぁさん! 塩もってこい!」

「食べ物を粗末にするなぁッ!」

 農協の組合員との対談は、終始こんな感じだった。組合員の余りな物言いに孝治が切れ、茜ともどもたたき出される――――それでも一歩も引かない孝治は、憤怒の表情を浮かべながら、口を開いた。

「ああクソッ! 気にいらねぇクソジジイだ! 最近は成長日記がないと無農薬だって認められないことぐらい知らないのかよ!」

 組合員の物言いは、余りにも酷いものだった。無農薬で米を作っているから、引取りの値段を上げろ、と言い出したのだ。

 無論、茜にそんな権限はない。必要な手続きを踏むとしても、必要な書類が幾つもあり、それを用意していないのに、何とかしろというのだ。

「ふざけんなよ! ったく!」

「こ、孝治さん………すみません」

 終始、茜は恐縮していた。あまり強い物言いが出来ない彼女が原因とはいえ、孝治の怒りの矛先は、いい加減な組合員に向けられていた。

「茜さんのせいじゃない。あんなクソジジイ、切り捨ててくださいよ!」

 農協組合員の義務である組合費も入れないくせに、その権利だけ主張する。しかも相手が若い二人組だと知って、最初から嘲笑って対応する相手が、多すぎるのだ。

 片っ端から殴りたい衝動に駆られるが、流石に茜の手前、孝治は自重した。普段、温厚な孝治がこれほど切れるのだ、相手の対応の悪さが、窺えた。

 二人はとりあえず資料を配り終え、森繁牧場に戻ってきていた。全ての組合員に資料を配るだけで午前中が終わり、午後三時を過ぎたところで終わったのだ。

 というわけで、孝治は牧場のレストランへ、茜を招き入れた。昨日のうちに作っておいたピンクグレープフルーツのゼリーを出した。

 赤みがかった黄色いゼリーの載った、ガラスの食器。カキ氷機で砕いた氷をばら撒かれたそれは、涼しげな色を浮かべていた。

 感心の声をあげる茜へ、孝治はエプロンと三角巾をしながら、言葉を紡いだ。

「今、遅いご飯を作りますよ。材料は――――カレー、かな?」

「あ、はい! 楽しみにしてます!」

 茜の顔に、今日一番の笑顔が、咲いた。

 

 

 孝治さんは、本当に優しくて凄い人ですね。私じゃあ、あんなふうに言えないし、感情を真っ直ぐ出せないもの。

 本当に、不思議な人。何でもできるみたいだし、あのボロボロだった牧場が綺麗になっていたし、料理も上手です。

 でも、あの「森繁」の人だし、「あの土地」の人、なんですよね。話は聞いたことしかありませんが、複雑です。この街の、今の状況のように。

 でも、何とかしてくれるなら、この人かもしれないです。

 本当の、この街を。

 

 

 

 ありえない、と思った。

 昨日の男を見かけたのは、部活にいく途中だった。何気なく顔を向けた先には、老人と言い争う男の顔が在り、其処には女性の姿も在った。

 あろう事か、彼女持ちだったのだ。

 相手は、あの飯沼 茜。この辺りでは有名な女性である。

 気に入らない。何もかもが、気に入らなかった。それでも、その姿をいつかは真理が見て、幻滅すると考えていた。

 なかば安心しながら、彼は歩き出した。

 

 

 やがて其れが、一人の少年の運命を大きく変えると知らずに。

 

 

 晴海としては、孝治が其処にいるのはもう、当たり前の風景だった。最近では周りが何かと騒がしくなっていたが、以前の騒がしさに比べ、悪いものではないと自覚していた。

 茜と入れ違いに、真理と一緒に孝治の家へ遊びにいく。最近は何かとレストランにいることが多いが、晴海としてはここのほうが好きだった。

 何年間も、埃を被って、廃墟のようにひっそりしていたこの空間が、今は生き生きとしているように感じる。命を吹き込んだ張本人は、目の前でご飯を食べていた。

 若干、女子が多すぎる気もするが。

 でも、その言葉が出るのは、予想外だった。

「コーチ。今度、ここに泊まっていい?」

 その言葉と、ブフォッ!? と口に含んでいたものを誰もいない方向に吐いた孝治が映ったのは、ほぼ同時だった。

「な、なんでだ?」

 ゴホゴホ、と咳き込みながら、呆然と真理へ眼差しを向ける孝治。その孝治へ、真理が答えた。

「今度、お母さんが懇親会で旅行に行くんだけど、私は行きたくないんだ。それで、コーチのところに泊まるならいい、ってお母さんが言っていたんだけど………駄目かな?」

 小首を傾げる真理を背に、孝治はもう動き出していた。手馴れた手つきで、入り口近くに置いてある受話器をとると、短縮ボタンを押した。

「何を考えていらっしゃるんですかッ!? って、いえ、いや、それは絶対――――でも、――――はぁ、―――はい、分かりました」

 一体どんな言葉の掛け合いがあったのかはわかりかねるが、孝治が負けたのは、分かった。其れを見て、答えが出る前に、真理が笑顔を向けてくる。

 まぁ、真理なら、孝治に迷惑をかけないだろう。孝治だって面倒見は良いし、私だって、別に構わない。

「―――――ちょっと待て。私だって、別に構わない?」

 そんなことを考えていたら、言葉で漏れていたみたいだ。不覚。

「………私も泊まるけど?」

 私の言葉に、受話器を置いた格好のまま、孝治は止まっていた。どうしたのか、真理と顔を合わせて悩んでしまったのは、秘密である。

 というわけで、私達の泊まりは、決まった。

「なら、外で泊まってみるか。テントでも張って、川の辺とかな」

 意外と乗り気な孝治の言葉に、真理も楽しそうに頷く。外は嫌いだが、其れぐらいなら別にいい気がした。

 泊まりは、二十一日から二十三日の二泊三日。孝治の家に服を持って来て、最初の日はテントを持って裏の山に泊まりにいく。二日目は、孝治の仕事を手伝ってみる、という内容になった。

 柄にもなく、楽しみに思っている自分がいることに、驚いていた。

 

 

 

 

 

 八月 二十日。

 

「泊まり? なら私も混ぜろ」

 話をした瞬間には参加を表明し、何を言っても聞かない箕郷に、男一人では心細い、ということで祐樹を誘い、本格的に決まったのが、朝。

 その日、孝治は五十六じいさんから軽トラを貸してもらい、街にまで出てきた。

 来たのは、アウトドアショップ。テントは持っているのだが、生憎小さいのを一つしか持っておらず、この際だから大きな新しいものを用意することにしたのだ。

 思い思いに、全員が分かれていく。

(晴海と祐樹は、飯盒のところか。箕郷は………アウトドア用具売り場。真理は、テント売り場か)

 それぞれ見渡し、孝治が向かった先は―――――。

 

 一、晴海の元にいく。

 二、箕郷と道具をそろえる。

 三、真理とテントを買う。

 四、このまま置き去りにして帰る。

 五、アキョボー、と叫んでみる。

 

「――――って、また電波かよッ!? 最後のはヤバイだろッ!? 人としてッ!?」

 今の孝治も十分怪しい、という突っ込みは、誰もしない。店員すら目をそらされてしまった孝治は、とりあえず目的の場所に向かった。

 もともと、孝治はテントを買いに来たのだ。下見に来ていた真理と合流し、一緒に見て回る。

 ちなみに、テント売り場は店舗の2階。組み立て方の違いにより陳列されているテントを見渡しながら、口を開いた。

「あ、コーチ! これなんかどうッ!?」

 晴海が示したのは、ドーム型の大きなテントだった。嬉しそうに潜り込んでいく真理を見送りながら、孝治は眉を潜める。

「これ、でかすぎだろ。高いし。もっと小さくていい」

「ぶ〜」

 入り口のフェスナーを上げ、蓑虫のように顔を出している真理が、不満そうな声をあげる。其れを聞きながら、孝治は近くに置いてあったもう一つのほうへ視線を向け、頷いた。

「これならいいんじゃないか?」

 孝治が示したのは、三人用の三角テント。組み立て方も簡単で、処分品だから格安の値段をたたき出している。孝治の持っているテントより大きいが、それでも三人寝るには、少々狭いかもしれない。

 不満そうな表情を浮かべつつも、買うのは孝治だ。余り大きなものを買っても、後で使わなくなっては本末転倒だし、財布の事情もあった。

 真理に会計を任せ、孝治は次に、箕郷のところに向かった。

 箕郷は、サバイバルナイフコーナーで、ガラス越しにキラキラした目で其れを見ていた。いつも大人ぶった表情を見せている彼女とは違う表情に、思うこともあったが、その対象がナイフとなると、複雑な心境だ。

 眉を潜めている孝治に、箕郷はキラキラした目を向けて、叫ぶように提案した。

「一本買え! 主に私のために!」

「それは提案じゃないし、断る! 高いんだよ!」

 箕郷を無視し、固形燃料や炭、アルミ製の食器を買う。ずっと付き纏い、ナイフを買えと煩い箕郷を無視して、孝治はそのまま晴海たちと合流した。

 晴海は、祐樹と一緒に飯盒を見ていた。正確に言うと、晴海に祐樹が付き纏っている感じがするし、話しかけても適当に返されるだけで、奇妙な雰囲気を浮かべている。

 しかし、孝治が向かうと、彼女はいつもの三白眼で見上げると、手に持っていた飯盒を手渡してきた。其れを受け取った孝治は、「サンキュ」とろくに確認もせず、買い物籠に入れた。

 そこで、箕郷の非難の声が上がった。

「おい! なんでこいつの物は買うのに、私のは買ってくれないんだよ!」

「必要だからだよ。ナイフなどいらん」

 そういいながら、レジの方向に向かう孝治と、未だにナイフを強請りながら孝治に引きずられる箕郷。その後ろをついていく二人に、テントの大きな荷物を持って2階から降りてきた真理。

 このとき、孝治は気付かなかった。

 飯盒が、四人分のものだった、ということに。

 

 

 

 

 軽トラから荷物を降ろし、道具をレストランに運び込む。明日から泊り込み、という異常なテンションを見せる箕郷(一番はしゃいでる)と、今度こそ晴海と良い仲になろうと決心している祐樹(晴海の中で、頭数に入っていない)を眺めながら。

「楽しみだね♪ コーチ!」

 横で天真爛漫に笑う少女と、フッと笑みを深めた少女が、立っていた。

 

 

 夏は、まだ続く。

 

 

 

 

 

 


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