何の変哲も無い、ごく普通の教室――――銀楼学園、二年 A組。

 いつものざわざわとした教室の一角――――彼女は、そこにいた。

 短く切り揃えられ、すらっとサラサラな黒髪に、白い肌、そして全ての彫刻よりも美しい、その顔立ち―――そして、光の燈らない双眸。

 彼女に、話しかける人間はいない。彼女も、話しかける人間はいない。

 全てを無視して、彼女はそこにいた。

 昼休み、学食で食事を取るときも、学校が終わり、帰るときも―――――彼女は、独りだった。

『―――――呪われた、赤子』

 そう呼ばれたのは、いつの頃だったか。

 理由は、簡単だった。幼少の頃からあまりにも面に感情を表さないせいで、キリスト教徒の両親が悪魔に呪われたと自分を殺そうとしたからだ。今では、両親と離されて生活をしている。

しかし、周りの考えも視線も彼女は気にしないで、窓辺の机に座っている。そこが、彼女に与えられた空間であり、絶対不可侵の領域だった。

 それは、彼女の雰囲気からも感じられる。他人への拒絶――――それが、彼女の体から湧き上がっていた。それが、【孤独姫】――――――。

 視界の隅――――窓の外には、広いコンクリートジャングルが広がっている。コンクリートで固められた視界の、その隅―――一風変わって、森に囲まれた広大な敷地があった。蒼い草原の色を見せるその場所―――元は、牧場らしい。

 彼女は、ただその先を見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 低くも重い重低音が、頭の下から流れていた。時折、石でも踏むのかドン、と体が浮くが、決して体勢を変えようとはしなかった。ただ、目の前に広がる青の色をずっと眺めているだけだ。

 黒髪に、少しだけ無愛想な顔立ち、そしてやる気の無い眼差し。どこにでも居る男といえば、そのままだ。そして、それはあたっているという事を照明しよう。

 彼、森繁 孝治は落第者だった。画家になろうと一生懸命やっていたものの、才能なく、途中で諦めたのだ。

それが去年―――二〇歳の夏。

 やる事が無いので、片手間で覚え、さらには資格まで取った調理師という立場を使い、ここでレストランを開く事にしたのだ。

 無論、御金など無い。仕入先も怪しいと言うのに、どこにそんなものがあるのだ、と親に詰め寄った。

 すると、父親の祖父―――孝治の曾祖父さんが、牧場を持っているということだった。しかも、最近急激に都市化が進んでいる本州の新興都市―――『柳市』にあるというのだから、驚きだ。

 というわけで、決まった。もともと、画家という道を選んで親元から飛び出した身――――お金を貸してもらうことも出来ず、親類縁者の助けも借りられない。

「牧場に行ってから考えろ。どうせ、長続きしないし」

というのは、父親のありがたい(?)言葉だ。

 そして、曾祖父さんの知り合いだという『五十六じいさん』のトラックで、送られてきたところだ。五十六じいさんとは、子供の頃から一緒に話をしていた事もあり、すぐに慣れた。

その荷台には、調理道具や家財道具一式、手元には、テントなどの一式が揃っている。そして、画材道具も持ってきてしまった。

「おい、もう着くぞ?」

 話では七〇を越えている五十六じいさんの声―――孝治は、身体を持ち上げた。動きを止めたトラックの荷台から飛び降り、身体を伸ばしつつ――――叫んだ。

「いよっしゃあああああああああぁ! 何でも! ………・も?」

 そして、眼前に広がる広大な原っぱ―――――孝治の背よりも高い、植物が生い茂っている。

 もう、草。草山としか形容できない。

 よく、田舎のほうで堤防の横にある草むらを想像して欲しい。今回は上からの目線ではなく、真横の視線なので、余計見づらいということも、理解してくれ。

 その孝治を横目に、五十六じいさんは、荷台から荷物を降ろしつつ告げた。

「ここ十数年、誰も入ってないからなぁ。奥の家も、どうなっているか分からんぞ?」

 そう言って、五十六じいさんは軽く手を振りながら、トラックで去っていった。

 眼前に広がる文字通りの草木に、孝治は溜め息を吐きつつ――――とりあえず、家を目指して歩き出した。

 草木を掻き分けて。

 

 

 

 


 

 


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